ニシューネン市のフタバ亭から
ドニー・ドニーのデジマにあるフタバ亭二号店に給仕兼経営相談役として向かったラニ。
マスターの知り合いという元海賊の
オークの店長をはじめ、港町で集まった店員達は一癖も二癖もある者ばかりだった。
仮押さえしていたというデジマの海面船地にある端地は土地転がしだの貸した借りただのお前だへちまだのの、ドニーお得意のゴタゴタに巻き込まれて宙ぶらりん。
何とか土地船を改装して作った見るも馬小屋風情な酒場は無事だったものの、暴力と陰謀の渦中の真っ只中でとてもじゃないが経営できる状態ではない。
そこでラニは元海賊である店長からもう一度ドニーの性質、今の勢力構造を聞いて組み立て直し一発回生の逆転策を講じる。
「お前の好きな様にやってこい」というマスターの言葉を小さな胸に秘め、彼女達が向かった先は、ドニー最大の金融商会、
ゴブリン海賊団のネモチーの前である。
今すぐ土地と店の権利を地固めし確約させるのを条件にラニが提示したのは、
「三ヵ月後に九倍の契約金を納める」
という誰が聞いても無理無茶な条件だった。
「出来なければ土地を没収するだけの話だ」と吊り上る口笑み一つで快諾したネモチーに周囲一同驚いたが、
その時既にネモチーはラニの力強い瞳とドヤ笑みに“成功”を予感していたのかも知れない。
経営開始と勇んで見たものの、最初の一ヶ月は惨敗もいい所。
同じデジマの飲食店に大笑いされ続けた一ヶ月であった。
そして二ヶ月目。除々に変化が起き始める。
こと海賊の国であるドニーでは何もかもが大雑把であり、それは豪放磊落で度量広しと当たり前の様に賛美されていた。
長く続いたドニーのその体質は、既に進路を変えることの出来ない錆びた変路器の様にいつも同じレールを走らせる。
ラニは最初の一ヶ月で徹底した“サービス教育”を行ったのである。 それはドニーに蔓延るものとは逆の性質。
「女性の扱いと暴徒のあしらい方なら一級品」のヤサ男
エルフ、
「正体不明の臨機応変。気がつけば腹の底まで見透かされている」というマフラー猫人、
「どう見てもカタギの旅行者ではなく、言葉も荒いし顔も怖いがさり気無い気遣いがニクい」ポン刀持ちの中年人間男性。
この三人による分担実演教育の賜物か、一ヶ月目は「何か変な事をしている店」だったのが
二ヶ月目に入る頃から「何故かもう一度行ってみたくなる店」に変化しつつあった。
実はその“吸引力”の一つにはある一通の手紙が関係していた。
水竜や海底魚などの珍しい素材の入手ルート構築、更にデジマを介する地球の相手国ロシアの駐在員ツテに習得した料理と多国籍酒類。
しかしそれだけ集めても普通の域を出ないと足踏みしていたラニの元にある手紙が届く。
それはニシューネン市のフタバ亭で共に働いていた先輩給仕のシィからの手紙。
読みは並みになったが書きがまだ苦手だったシィが精一杯書いたであろう、何度も書いては消しした跡ある汚れた紙面。
ラニが込み上げる想いの中で読み取った内容は、異国の地で戦うラニへの活とも応援とも取れるエールと、
鬼人族古来より独自に編み出してきた秘伝の“飲み食い合わせ”であった。
酒をより美味く飲むために研鑽した料理との組み合わせであり、シィのそれは
ミズハミシマより外に出た先で鬼人族が更に輪を広げたものと
シィがフタバ亭勤めでこっそり研究してきたものが合わさった、正に鬼に金棒の極意であった。
一見するとありふれたメニューであっても料理の中に隠された食材は、そのメニューに対してオススメの酒の味を引き出すものである。
それを満遍なく発揮する“お好きなお酒にお任せメニュー”の登場はフタバ亭二号店の大きな魅力となるのである。
二ヶ月目に入っても店の改装は日々進み、二階増築、地下倉庫設営、一階遊楽テーブル台設置などみるみるうちに酒場は“らしく”なっていった。
そんな中で他の店にはない画期的な構造が実装される。
それは二号店にやって来た人間の女子大学生、異世界の生物を研究さいにドニーにやってきているという関西弁の楽天家の一言から始まった。
「外寒いやん?中に入るまで待つの辛いやんか? そのまま外で注文受けて外で渡すか食わすかさせたらええやんか」
ラニの頭の中が高速回転する。 「フタバ亭でぼんやり考えてたこと」「フタバ亭でやりたかったけどノートの落書きで止まってたこと」「新機軸酒場」
ドニーにも忙しい労働者は多いし、どうやっても大雑把な人は大雑把止まり。 その逆の層を取り込んだとしてもやはり稼ぎで伸び悩む。
「竹屋ってとこでバイトしてたことあってな、カウンターがぐるっと厨房を囲んでんねん。 店員と客がもうすぐそこで料理も効率化してすぐ出せるようにするんよ。
マグドナルドってとこは外から注文して外ですぐに受け取れるようになっとったなぁ。 ポテトの塩ふりすぎやってよー怒られてたわ」
ラニの小さな背の上から下まで雷撃疾る。
一階を拡張しようとしていた矢先ではあるが、材料が揃わず足踏みしていたのを作戦変更。
何と一階の壁一部を破りカウンターを外に突き出したのである。
拡張しようとしていた屋外には屋根を設置。一本だったカウンターは店の奥厨房から伸びて店の中心でコを描く。
「海賊豪快料理と繊細な目利きを両立する台所の一番隊長」の店長オーク、
「傷で塞がった目は素材の鮮度が見えているかの様。刀を包丁に持ち替えての瞬刀百断」、流し傷の狗人コック、
「言い合いながらも阿吽の呼吸の腕捌き。野菜も魚も手包丁で素材の持ち味を活かし解体」は、どこからやってきたのか鬼人と人間の女コンビ。
店の一番見える場所で料理人がこれでもかと腕を奮うコックショー。
カウンターに番号札と共に置かれた料理を客がすぐさま受け取りそのまま食う。
外からの注文は突き出たカウンターの中を料理しながら移動し、外の客へ出来たてを渡す。
ではカウンターから離れたテーブルは?客がそこから離れて取りに来るのか?いや、何故か客は注文の後にテーブルから離れない。
「言葉少なく目も隠れているがはちきれんばかりの肉体は隠しようがない。奥手と激しい自己主張が混ざり合う魅力」と店の名物とまで言われる
オーガのウエイトレス、
皆はそれを待っている。 勿論小さいながらも頑張る
ノームの小少女も人気である。 たまに皿を落とし割るが。
猫がやってきたらハズレと言うが、その時はまた別の注文をして待とう。
三ヶ月目に入ったところでラニは最後の一手を繰り出した。
“フタバ亭二号店会員制度”の実施である。
二階個室への優先使用権は防音壁で静かに寛ぐもよし、奏者や歌手を呼んで贅沢に過ごすもよし、勿論料理の全ては給仕が運んでくる。
来店して座った後に無料で非売品メニューの“海蛙の脚スープ”を提供。 勿論、冷やしからホット、クールまで選べて飲める。
会計の後に毎日変わる取っておきの小料理詰めの“日替わり折り”お土産が貰える。
魅力の特典にそれまで店にやってきていた客は元より、評判が評判を呼びその他大勢も会員になるためにやってきた。
「砂金の一粒たりも計算違えず、視界に入った者の顔は即座に覚え忘れない」縁の下の小さな力持ち、ゴブリン女会計士は
その時押寄せた会員希望の客全てを一人で捌ききったという。
そしてネモチーとの約束の金は、何と実質最後の一ヶ月で稼ぎきったのであった。
「ようこそおいでくださいました、バルバンクールさん!」
「何か相談事があると海運総合護衛社に手紙が来ていたのだが…?」
「あ、あ、あのっ蛙のスープをどどどどどうぞ! はぅわわわわっ」
二階、奥座敷と言われる部屋の中、ラウダフルが海賊団に所属しドニーの治安維持を請け負うオークの伊達男バルバンクール。
顔を真っ赤にしたオーガの給仕が震える手で差し出したスープの椀をすっと受け取り、羽根突き帽の奥から優しく微笑む。
「ありがとう、淑女(レディ)」
(やっ、やっぱりカッコいい!)
危うく卒倒しかけそうになるのを見かねてか、メモ猫が合図をするとエルフと狗人が巨体をほいさと担ぐ。
「ホンカウさんがここにいるとややこしそうなので外にお願いします」
「合点ニャ!」です!」だ!」
静かになった部屋にはテーブルを挟んでバルバンクールとラニ、オーク店長が向かい合う。
「相談事というのはこれです」
ラニが大きく諸手を広げると、ドニー本島の港町からデジマ一帯までの地図が広がる。
勢いが良すぎたのか、地図を押さえ切れないのを店長が後ろからカバーする。
「この地図にある“道”を、ドニーを治める海賊団の力で“安全な道”にして欲しいのです!」
オーク海運事業組合の持つ港倉庫並木を通り
スキュラ歓楽街営業会の鼻先にあるパンプテーションストリートを眺めた後
ゴブリン金融商会の店舗が並ぶ黄金鷲の巣を見て進み
ドワーフ造船技師工会の有する造船所、頑固者の工具箱の大きさに驚いて
皇帝海中調査団の見えない海中基地を華麗に通り過ぎ
鬼人人材派遣舎から流れる賑やかな太鼓囃子に胸を躍らせ背を押され
ラウダフル海洋護衛兵社が主になって治めるデジマへと繋がる一本の道
「満遍なく通って不公平をなくす、か。 恐らくは、これが実施されればそれぞれの団が我こそがドニーいちだと治安維持と地区発展に乗り出すだろうな。
分かった。私からラウダフル船長に伝えておこう。約束する」
「ホヨホヨ。やけに物分りが良いと言いますかニャ。 ウチみたいなぽっと出の店の言うことをホイホイ聞いて問題ないんですかニャ?」
「ちょっとメモ猫さん、バルバンクールさんが折角 ──
「問題ないさ。 力無き者の絵空事は夢でしかないが、力有る者の絵空事は現実の青図面だ。
現に君達は始まってからの三ヶ月で見事ネモチーを呻らせ、それがまぐれではないと見せるかの様に今もデジマで上に食い込む売り上げを出している。
上々の評判と共にね」
ラニと一同は大喜び。それではお願いしますと礼をした後に階下へと、仕事へと戻っていった。
「店長、少しいいですかね」
一人最後に部屋を出ようとするオーク店長を呼び止めるバルバンクールの面持ちははっきりと見えないながらも少し曇っているのを察することができた。
「なんでしょうか? ひょっとして上申への内緒の条件でも?」
「フッ、そんな欲深なことではないさ。 只、気になっていることがあってね」
「…それは?」
デジマにてフタバ二号店が躍進を知らしめたとほぼ同じくして囁かれた一つの言葉。 “新星(キャプテン)ラニ”
誰が言い始めたのか定かでないそのあだ名だが、少なくとも二号店の者や大手七つの海賊団ではないのは分かっている。
では一体誰が?羨望の意味で?期待を込めて? もしくは、それらとは全く別の意味を込めて?
「店を開いてからの三ヶ月目あたりに、何か“問題”が起こらなかったでしょうか?」
「問題…ですか。 まぁ店の者達でどうにかできる程度のことなら少々…ありましたが」
「こちらでも未然に防いではいるが、証拠不十分の未遂も含めデジマ内でキナ臭い動きが増えてきていてね」
何かを察した店長だが、それは確証と言うよりは過去、海賊であった頃の血で血を洗う呪われた因習の回帰である。
「知っての通り、ドニー・ドニー七大海賊団という支配者の椅子は選挙でも推薦でも合議制でもなく
力の有る者だと認められその座に付けるのだ」
「分かっていやすよ」
「海賊の世で無くなってから過ぎた時はドニーに変化を促した。 何所とは言及しないが、七大海賊団の椅子から降りると打診してきている団もいる」
「なんと、それはまた…」
空気が張り詰め重くなる。 店長は今まで起こってきた事案を整理した。よろしくない結果だ。
「情報はどうあっても漏れ知れ渡る。 結論を言おう、“君達は狙われている”」
「やはり…出る杭は叩けということですかね」
「状況はそれ以上に悪いだろう。 フタバ亭二号店、いやラニさんの差配から全てを追い越し飛び越えての活躍はデジマを、ドニーを再び海賊の争いの渦中に陥れようと企む者達の布石となっているのだ」
「それは大袈裟過ぎでは? 私どもは何もそんな…」
「君達の意志は関係ないのだ。 キャプテンとあだ名を受けた大きな財を築いた、それだけでも七大海賊団入りを狙っていると早合点する者が出てくる。
フッ、悲しいかなドニーは未だ海賊の国なのだろう」
「バルバンクール殿はまさかラニが ──
「ラニさんには少々生き急いでいる風が見られる。 しかし純粋で何の悪意も無い彼女は“夜と知らず太陽を描く(アンタッチャブル)”だ。
知らず知らずの内に他者の悪意を集めている可能性は高い」
「私どもはどうすれば? …まさか店を畳めと…」
「守ってあげて欲しい。そしてデジマの一つの店として戦い続けて欲しい。
時代は既に暴力を必要としなくなっている。 君達が活躍することはドニーの新しい波の光になるはずだ」
バルバンクールは立ち上がり、店長の肩を力強く握ると爽やかな笑みを贈る。
「戦士は剣そのものよりも、斬る意志を畏れる。 困難と思われる決断を実行した小さな少女を、奴らは警戒し恐れているのだ。 だから手を出してきた」
「分かりました。 私も故あって海賊を抜けた身、過去然とした海賊連中には負けませんよ」
麦藁帽子を整え被り直すと、店長も次いで立ち上がり握手を交わす。
「「ドニーと我らの発展のために!」」
「…どうやら悪い輩ではないようだ」
寒風吹きすさぶデジマの鉄の櫓の中腹で、和装の狗人が長い鉄筒を目筋より外す。
「っと、そうこう思っていたら… 射ッ!」
乾いた炸裂音、筒の口より撒き散る火精霊の残照、一直線に放たれる鉄の弾丸。
視線の遥か先、フタバ二号店の裏手で火呼び石を打ち鳴らしていた見るからに怪しいゴブリンが肩を射抜かれ慌てふためきバラックへと消えた。
「ラニ殿…これより先は今よりの苦難が起こるでしょうが、拙者が見守っているで候。 精進なされい」
「にーちゃんいっつもぶつぶつ独り言してるがおつむは大丈夫かい? 薬抜きの香でもやるかい?」
同じく中腹の鉄骨の上に座し長い竿から釣り糸を垂れている猫人が心配そうに尋ねた。
「いやいやお気になさらずに。 それよりもこんな高きより糸を垂れて何が釣れるので?」
「ふぉっふぉ。こんな高い場所からでないと釣り上げれない大物もいるのですぞ?」
「んあ~。鯨でもソコでも船喰いでも釣り上げたらうちの船で料理してやるっちゃ~よ~。飲んで待ってるから早く釣るっちゃ~」
既に赤い海賊様相のスキュラの足元には酒の空瓶が大量に転がっている。
「うぅむ、ここも居辛くなってきたで候。 別の場所を探すべきか」
フタバ亭二号店に吹く風はとても熱いのだが、櫓の隙間を吹き抜ける風はとても冷たかった。
スレ中の手書きやネタなどからデジマのフタバ亭二号店の始まりから想像しました
自己解釈が多分に含まれているので今後のネタの想起になればいいかなと思います
- スレネタ全部詰め込んだ吹いた。二号店からデジマとドニーが広がるといいね -- (名無しさん) 2014-07-30 20:57:30
- 癖の強い種族ちゃんぽんの店の面々が面白い。命とか狙われたりするのかなラニちゃん -- (名無しさん) 2014-07-30 22:59:47
- 若干設定や詳細のずれはあるけど絵とスレの話題でここまで作ったのはうなるな -- (名無しさん) 2014-07-31 23:45:59
- 人がやらないことをやってのけるが成功の秘訣か。子供を出ない純真さと才覚と旅への憧れがデジマ店でどのように形作られていくのか楽しみである -- (名無しさん) 2014-08-04 23:21:06
- 人と金を引き寄せる活用する才覚は実力主義の舞台で軍艦にも匹敵するだろう -- (名無しさん) 2015-10-06 22:10:42
最終更新:2014年07月30日 03:19