「てめー! よくもライルを!!」
「オラくたばれぇー!」
「目が! 俺の目がぁぁぁぁあああああ!?」
エルの始めた喧嘩は周囲の露店を巻き込みながら激しく続いていた。
五人居た軍人は今や三人に減っている。一人は矢を腹部に受け、うずくまって倒れている。もう一人は右目だ。
ここまでやられれば普通逃げ帰るのが常道なのだろうが、そこは屈強の軍人。仲間がやられようと闘争本能に些かの陰りも見られない。
相手の武器は剣と槍。ここまで接近されてから弓矢を射ち込めたエルの技量は並大抵のものではない。
しかもまだ残るギャラリーに矢が行かぬよう、射る方向を限られている為エルは攻撃を読まれてしまっていた。
「く、やり辛いっ!」
エルは後退しつつ相手との距離を取ろうとする。
弓を射るには時間が必要だ。矢を弦につがえ、弓を引き、狙いを定め、手を離す。ここまでやって初めて一回の攻撃が完成するのだ。
しかし相手は腐っても軍人。そんな事は百も承知で、相手に武器が弓矢しかないと見るや、徹底的に弓矢を射るタイミングを与えないよう攻撃してくる。
それはまさに絶え間なく続く刃の舞。エルは何とか二人まで弓で仕留める事が出来たものの、残り三人の連係プレーに押されていた。
「戦いを止めて。お願いだから、戦いは……戦いは……」
俺はソラリアとシエラを連れて観衆の中に隠れていた。二人をこれ以上危険な目に遇わせる訳には行かない。
特にソラリアのさっきからの怯え様は可哀想になるくらいだ。
そんな中、シエラは落ち着きを取り戻してソラリアにゆっくりと近づいてゆく。
俺は戦闘は出来ない。こんな時エルもソラリアも助けてあげる事が出来ない。この状況を前に何も出来ない俺に代わって、シエラは今何かを成そうとしているのだ。
地面にしゃがみ込み頭を抱えて怯えるソラリアの肩に、シエラは自分のお日様の陽を吸って暖かくなった羽の手を乗せた。
「ソラリン」
羽根布団に包まれたような心地良さにソラリアは顔を上げた。目の前にはシエラの顔がいっぱいに映っている。
その口の端には血が滲んでいた。先程ぶたれた時に口中を切ったのだろう。それでもシエラは今まで見た事も無いような真剣な顔で、ソラリアに話しかけてきたのだ。
「ソラリンごめん……私も戦うよ。だってエルは私の為に戦ってくれてるんだもの。それに――」
シエラの口調は穏やかだったが強い決意の意思が篭っている事が感じられた。
エルは最初の二人を倒したきり、その後の三人には押され続け誰の目にもピンチとしか言いようの無い状況だった。
そんな窮状の友達を、シエラは絶対に放っては置けないのだ。
「それにエルは友達だもん」
その言葉を最後に、シエラはエルを追い詰める三人組の後方に躍り出た。奇しくもエルと敵を挟撃する陣形だ。
「大地にあまねく精霊よ」
シエラは風の精霊に願う。普段飛ぶ事にしか使ってこなかった魔法を、人を傷つける為に使う事を許して下さいと。
「我が力、我が威となりて」
精神を集中させるように、目を閉じ前方に翼を出す。演唱を行うのは大きな現象を伴う魔法を使う為だ。より多くの精霊に願いを聞き届けてもらう為だ。
「共に眼前の敵を葬らん」
人を、敵を攻撃できるくらいの風を呼び起こす風の魔法。
その演唱にようやく気付いたのか、エルを攻めていた三人がシエラの方を向いた。
演唱はもう完成しかかっている。シエラの周囲を風が取り巻き、周囲には砂埃と風の魔法力を表す緑のマナが輝き始める。
「ま、まずい! 後の奴、風の魔法を!」
「あいつを先にしとめろー!」
三人は取って返したようにエルを放ってシエラの元へ駆けた。しかし到底間に合うタイミングではない。
一人は大切な武器である剣を投げつける動作をしたが、その時、シエラの演唱は完成したのだった。
「唸れ! 精霊――シルフィード!!」
一人の手から剣が投げ放たれる。その凶悪な刃は真直ぐシエラを狙って飛び込んだが、直前で何か見えない壁に弾かれたように飛ばされてしまう。
風自体は見えないが、周囲に空き起こる土煙でその存在を知る事は出来る。
市場の中央通を猛烈なスピードで、一陣の風が吹き抜けたのが見えた。
『うわぁあああ!』
その風の直撃を受けて、屈強な男三人の体はまるで木の葉のように弾かれ中を舞った。
吹かれて浮いた、と言うより、空気の壁に突撃されて弾け跳んだような、そんな飛び方だ。
空に弾け上り落ちる前に、風の衝撃に絶叫した男三人は意識を失っていたのだった。
「いやー姉さん方強いねぇ」
「ぶっ飛ばしてくれてありがとな! これで俺っちも気が晴れたぜ」
戦いに勝利した二人は市場の人々に囲まれ、周囲はお祭りのような熱気に包まれていた。
皆、口々に賞賛と感謝の言葉を口にし、エルは何とも恥かしそうな顔を、シエラは愛想良く笑顔でこれに答えている。
戦いに参加していなかった俺とソラリアはその光景を見て、この町の爽やかさ、いや、この異世界に暮らす人々の心意気のような物を心地良く感じた。
と、そこに人波を掻き分け、先程まで軍人達に絡まれていた鳥人の娘が輪の中に入ってきた。
「あの、ありがとうございます。本当に何とお礼を申し上げてよいか……」
娘は深々と二人に頭を下げ、自分の為に危険を冒し戦ってくれた労に最大限の感謝の意を表している。
そうか、異世界に地球の故郷と同じような頭を下げると言う文化もあるんだな。などと、俺はその光景を見ながら妙な所で感心してしまう。
「あはは、気にしないで。私達が勝手にやった事だから」
尚も謙遜するシエラとエルだったが、市場の熱気は収まらない。
これは今日一日二人はヒーローだな、などと思いながら俺はその場を離れようと後ろを向いた。流石に蚊帳の外と言う感じがしたからだ。
そう、あの時俺は何も出来なかった。いや、何もしなかったんだ。
ソラリアに止められたからとか、自分には戦う力は無いからとか、そんな言い訳を心の中に思い浮かべて俺は仲間を助けようとしなかった。
結果として、俺が何かしなくとも二人でどうにかなった。それでも俺は、何もしなかった自分の勇気の無さを今更になって恥かしく思う。
「っ!?」
そんな時、さっきまで完全に気絶していた軍人達の一人が意識を取り戻し、何か持っている事に気付いた。
俺だけが後を振り向いていたせいで気づく事が出来たのだ。
後ろ手に縛っておいた筈なのに何故?その答えを見つける暇も無く、俺は状況が切羽詰った物である事を知った。
軍人の手に持たれた物を俺は知っている。地球にもある道具、いや、武器と同じ形だ。
クロスボウ――板バネの力で矢を発射する飛び道具。その矢の先がソラリアを狙っていたのだ。
「あぶないっ!」
俺は後ろに気づいていないソラリアを突き飛ばした。咄嗟の行動だった。
出会ってからまだ一日と経っていない女の子。不思議な出会いを果たした不思議な女の子。その女の子が危ないと思った瞬間、俺の体は考える間も無く勝手に動いていたのだ。
さっきは考えても動けなかったのに、今どうして動けたのか分らない。
分らないが――俺は胸に感じる焼けるような痛みと薄れ行く意識の中、ソラリアが助かった事に心底ホッとしていた。
「きゃっ!」
突然、私は誰かに突き飛ばされて地面に突っ伏した。
腕に感じる砂と土の感触、そして自分が倒れた音。私がもう一つの倒れた音に気付いたのは、倒れた時の痛みが大した事なかったからかもしれない。
私はその場ですぐに体を起すと、隣に倒れている男の人に気付いた。
その人は私が唯一、私の名前以外で覚えていた男の人。地球と言う場所から来た異世界の旅人。
さっきまで私と一緒に二人の戦いを見守っていた、戦っちゃいけない人の筈なのに。なのにそのタクトさんが私の横で怪我をして倒れている。
「え? た、タクトさん……?」
胸の辺りに刺さっているのは矢だ。エルさんの使っていた物より大分短い。その矢が刺さった所から、赤い染みがみるみる広がっていった。
「いやぁぁぁぁぁあああ!! タクトさーーーん!」
私は絶叫した。
人が傷つくのを見るのは嫌い。でも何故自分がこんなに焦る気持ちになるのか分らない。
ただ私の心の内に、タクトさんが倒れた事に対しての絶望と恐怖が、まるでこの服に広がって行く血のように広がっていった。
「これはクロスボウの矢!? 誰だ! 出て来いっ!!」
エルさんが私の叫び声に気付いて駆けつけてくれた。倒れて気を失うタクトさんの傷を見て、横にしながら矢を射った敵を見据える。
その時、私の中に記憶の断片が甦って来た。
私はタクトさんの事を知っていた。そしてタクトさんが危険に晒される事も知っていた。だからさっき絶対に戦っちゃいけないと感じたんだ。
自分が何者なのか、何故あんな場所で眠っていたのか、何故何も覚えていないのか。今は何も分らないけれど――。
「ヒッヒヒヒヒ」
「きっさま~、さっきの!!」
さっきシエラさんとエルさんに倒された軍人の一人が目を覚まして血走った目で笑っている。
その人に向けて、エルさんが再び弓矢を向けて狙いを定めている。
軍人は自分の荷物か何かを前方に構えて、矢の斜線を遮るように体を守っているようだった。そのせいでエルさんも狙いを付け辛くて矢を射る事を躊躇していた。
「そっちの大人しそうなお仲間を狙ったんだけどなぁ。邪魔されちまったよ」
軍人は怒りに狂った顔で狙いは私だった事を告げる。
それを聞いて私は、自分のせいで、自分の為にタクトさんを傷つけてしまったのだと再認識した。
「タクトさん! タクトさん!!」
私は泣きすがる様にタクトさんに呼びかける。目を覚ましてほしい。折角出会えたのに、ずっと出逢えるのを待ってたのに。
――ドクン――
(え?)
「不意打ちとは、この卑怯者!」
「うるせー!!」
いま私、出逢えるのをずっと待ってたって思ったの?
「さっきはよくも魔法で攻撃してくれたなぁ!? こっちが下手に出てりゃ図に乗りやがって!」
頭の上で今も繰り広げられる争い。その下で、私は今、確かに一つ思い出した事があった。
そうだ、私は待ってたんだ。ずっとずっと待っていたんだ。
「な! 火の魔法だとぉ!?」
エルさんが意を決して、荷物に守られていないギリギリ見える頭を狙って矢を射った。
しかしその矢は途中で炎に包まれて目標に到達する前に散り散りの灰になってしまう。そう、火の魔法だ。
そしてその瞬間、軍人が持っていた袋が一瞬で燃え落ちて中の荷物が顕わとなる。
ルーン文字が刻まれて、厳重に封印処理が施された丈夫そうな鉄籠の中に見えたのは、全身に燃える炎を纏ったトカゲのような物。
見るからに分る凶暴な火の精霊。口から炎の舌をチラつかせ、燃える眼は獲物だけを求めている。
「あれはサ、サラマンダー!?」
「まさかお前、サラマンダー部隊か!!」
シエラさんとエルさんが同時に驚く。
火蜥蜴(サラマンダー)と呼ばれた火の精霊は、軍人の手の中で溢れる火の魔法を吐き出したくてウズウズしているようだ。
エルさん達だけじゃない。その姿を見て今まで冷静に見守っていた市場の人達も途端にざわつき始めていた。
「た、大変だ……あいつら、村や集落をいくつも潰してきた、あのサラマンダー部隊だったんだ……」
「みんな逃げろー! 巻き込まれるぞーーー!」
よほど恐ろしい精霊なのか、今まで後ろで私達を見守っていた町の人達も、サラマンダーの姿を見て慌てて逃げ出していく。
でも私は逃げない。タクトさんを置いてなんか逃げられない。
軍人はサラマンダーを掲げながら、相変わらずの荒々しい口調で私達に怒声を浴びせかけてくる。
そんな相手に、エルさんは尚も冷静に一本の矢を向けて射放った。
さっき放った矢は全て届く前にサラマンダーに燃やし尽くされていたというのに、エルさんはそれでもまだ矢を射ったのだ。
「もうこんな町どうなったって構うものか! サラマンダー! この町ごと奴らを焼き尽――ぐえっ!」
次の瞬間だった。無駄だと思われた矢先、しかし次の瞬間軍人の呻き声と倒れる音が聞こえたのだ。
なんと今度の矢は、火を浴びても燃え尽きる事無く正確に、籠に遮られていない軍人の頭部を射抜いていた。
「
クルスベルグで買った鉄製の矢だ。飛距離は出ないが、サラマンダーでも止められなかったろう?」
鉄の矢。
そうか、エルさんは木も一瞬で焼き尽くすサラマンダーの炎でも、鉄製の矢なら燃え尽きず目標を射抜けると判断したんだ。
やっぱりエルさんて凄い……そう思ったのも束の間、倒された軍人が持っていた籠を、後ろにいた誰かが取り上げた。
「危ねぇ危ねぇ。油断も隙もあったもんじゃねーな、あのダークエルフの女は」
何とそれは、後ろで気を失っていた残りの軍人二人だった。
なるべく殺めたくないと思い縛るに留めて置いたのが災いしたらしい。二人は怒りに血走った目をしながらも、不敵な笑みを浮かべ警告も何もなくサラマンダーを市場の店へと向けた。
「っ!? お前ら起きて――」
そして放たれるサラマンダーの炎。隣接して立ち並ぶこうした商店通りは、一軒でも火が出れば連鎖的に炎は広がり大火事になってしまう事は目に見えている。
誰でも分るそんな行為を、軍人達はただ自分達の怒りに任せて何の躊躇も無く行ったのだ。
「うわあぁあ大変だぁーー!」
「お、俺の店がぁ!?」
「きゃーーー!」
こうなっては町の自警団や人々の協力で火を消し止めるしかない。
ただ問題となるのは尚も火を放とうとする軍人達。サラマンダー部隊と言われる彼らが悪名高い所以が良く分る悪逆非道ぶりだ。
彼らを先に倒さなければ被害の拡大は免れない。
エルさんはそう判断したのか、弓矢のような物理攻撃が通じない火の化身であるサラマンダーに、再び魔法で攻撃するようシエラさんに指示を飛ばした。
「しまった! シエラ、もう一度魔法だ! 精霊だが、あのサラマンダーをやるしかない!!」
「わかった! 大地にあまねく精霊よ――」
炎の灯りと立ち上る熱気の中、町の人達は自分達の町を守ろうと水の魔法や飲料水として取っておいた水まで使って、懸命に過酷な運命と戦っている。
タクトさんも私を守ってこんなに傷ついてくれた。それなのに私は……。
さっき思い出した微かな記憶の断片。私にも今出来る事がある事を私は思い出しかけていた。
タクトさんと出逢う為に私はあそこに居た。なら何故私はタクトさんと出逢う必要があったのか?何故私の中でこれ程タクトさんの存在が大きいのか?
私とタクトさんが出逢う意味。出逢った意味。そして、私のこの気持ちの意味も……。
こんな所で死ぬわけにはいかない。タクトさんを死なせるわけにはいかない。
私がそう決意した時、タクトさんの体が微かに動くのを感じた。
「わーーはははは! 燃えろ燃えろー! あはははははっ」
「う……」
俺が目を覚ましたのは焼け付くような熱気と何かが燃えるような臭いの中だった。
どうやら俺は気を失っていたらしい。胸に受けたと思っていた矢も、実際は肩の根元に当たっていたようで命に別状なさそうだ。
致命傷ではないとは言え、初めて矢で打たれたと言うショックで気絶していたとは恥かしい。しかし今は恥かしがっている場合じゃなさそうだ。
目の前に見える泣き出しそうなソラリアの顔以外、周囲は火の手と大変な喧騒で、既にこの町は危機的状況にある事を否応無く知らせてくれる。
「ソラリア……逃げろ……」
「タクトさん!? 大丈夫ですか! タクトさん!」
俺は肩口の痛みも気にせず言った。
ソラリアは戦いの前も酷く怯えていた。きっと気弱な優しい娘なのだと思う。その証拠に今も泣き出しそうな顔をしている。
こんな所に居ていい娘じゃないんだ。俺を庇ってまでこんな所に。
「俺の事は大丈夫だから……早く」
俺は今まで出くわした事も無い、一種の極限状況とも言える現実を目の当たりにして、正直腰が抜けそうだった。
しかし俺がそんなではソラリアも安心して逃げられないだろう。
俺はもうそんな、意地だけとなって脚にありったけの力を込めて再び立ち上がった。
肩の痛みは意外と大した事は無い。恐らくアドレナリンやら何やらのお陰だろう。脚だってこうして気合を入れれば全然動ける。
ソラリアを連れてこの場を逃げる事だって出来る……だが。
「そんな!? シルフィードの風じゃ効かない!?」
「ひゃーははははっ! その程度の風じゃサラマンダーの炎を煽るだけだぜー!」
頼みの綱であるシエラの風を受けても、サラマンダーは散り散りとなった炎から再び現われ消す事が出来ない。
風は火と相性が悪いのだ。
女の子を助けようとしたとは言え、こうなった原因の発端は俺達にある。
シエラもエルも懸命に戦っている。町の人達も戦っている。なのに仲間であるあの二人を置いて、ここで俺が逃げ出す訳にはいかなかった。
「俺……何の力もないから」
俺は逃げられないけど、昨日会ったばかりのソラリアは別だ。俺達の問題にこれ以上巻き込むわけにはいかない。
「偶然だけど、君の事勝手に起して……守ってあげたいのに」
だから俺はソラリアだけを逃がそうと思った。
ソラリアが俺の名前を知っていた事は気になるけど、俺なんて何の力もないただの一般人だ。俺よりこの娘の力になってあげられる奴などきっといくらでも居る。
「だけどごめん。俺がここで逃げ出す訳にはいかないんだ。だから……」
せめてソラリアだけでも逃がしたい。逃げて欲しい。
「だから、せめて君だけでも逃げてくれ」
俺はソラリアに伝えた。ありのままを伝えたつもりだ。
だと言うのに、ソラリアの返事は違ったのだ。
自分だけ逃げても良かったのに、ソラリアの瞳にはサラマンダーの火より熱い、決意の炎が燃えていたから。
「……偶然なんかじゃありません」
「え?」
ソラリアがスッと立ち上がり俺の前に歩み出た。炎と風に煽られた黒髪の輪郭が金色に光って俺の顔を撫ぜる。
背中越しで表情は見えないが、その後姿に先程までの怯えた影は微塵も感じられない。
ソラリアの中で何かが変わったようだった。
「私はずっと、あなたに出逢うのを待っていたんです」
「どう言う――ソラリア?」
ソラリアが遺跡で目覚めた時、一緒に持っていた大きな鍵のような物を取り出した。
それは鍵のような、銃のような、剣のような、とにかくその時ソラリアが持ったソレは、何かの武器であるかのように俺の目に映ったのだ。
「だから……これは、きっと運命!」
その鍵をソラリアが軍人二人に向けて構えた。すると……。
「な、なんだ? 火が……炎がソラリアに集められて行く!?」
「町が、火事が治まっていく?」
ソラリアの構えた鍵の先端に、店の軒先や商品、シート、テントを燃やしていた周囲全ての炎と言う炎が、火の粉までも集まってきた。
まるで火が元居た物を燃やすのを忘れ、ソラリアの鍵に吸い取られて行くように次々集まりだしたのだ。
その光景はまさに魔法のようだった。しかし火の精霊は周囲にその存在を感じられない。
精霊無しに魔法を使っている。この現象は、光景は、そう表現するしかない不思議なものだった。
そしてソラリアを中心に近い炎から同心円状に炎の消えた範囲は広がり、今やサラマンダーの放った火は殆どがソラリアの鍵に集められてしまっている。
「な、何だ!? 何をしてやがんだ! お前はぁ!?」
「ソラ……リン?」
「ソラリア……お前……」
軍人達は今起きている現象が理解できず、肩を寄せ合いサラマンダーをソラリア一人に向けて構えている。
状況を一変させたソラリアが恐いのだ。切り札であるサラマンダーだけが頼りなのだ。
同じように状況を理解できない町の住民達は、突然消火の必要がなくなり、その場に立ち尽くしただ状況をじっと見守るだけとなっていた。
エルとシエラも攻撃の手を止め、目の前で起こっている魔法で無い何か――奇跡としか言いようが無い現象に唖然としていた。
「サラマンダー! あいつを攻撃しろーーー!!」
軍人の一人が命令する。
サラマンダーは自分が放った火を吸い取られ腹が立っていたのだろう。今までで一番火力の大きな炎をソラリアに向けて放射した。
その大火は一瞬にして俺とソラリアの居た場所を火の海に変える。
「ソ、ソラリア! タクトー!」
「ソラリン!? お兄ちゃーーーん!!」
絶望的光景。
飛びかかる矢を空中で一瞬にして灰に変える火力が、まさに火の塊となって俺達を飲み込んだのだ。
エルとシエラがこちらの名を叫ぶ声が聞こえる。だが俺は目を閉じたまま周囲の状況を見回す余裕など無い。
もう死んだ。そう思った時、同時に自分が無事であり熱くもない事に気が付いた。
「大丈夫ですよ、タクトさん」
聞こえたのはソラリアの声。
その声に俺がようやく目を開けた時、周囲を囲っていた火の海は弾けるように四散して無数の火の粉となり飛び散った。
「げぇ!?」
「綺麗……」
周囲はまるでルビーの粉を散らしたように光り輝き、町の娘達は思わず感嘆の声を漏らす。
しかしそれは同時に敵にとって、サラマンダーの炎が効かなかったと言う事実でもあった。
火の精霊、いや、炎の邪霊サラマンダー。その炎をもソラリアは自身の鍵へと集めていってしまう。
「私が運命を切り開きます。タクトさんも……私も……絶対に死なない!!」
今や周囲全ての炎を鍵の先一箇所に集めた物は、炎と言うよりプラズマの塊のように凄まじい放射熱と光を周囲に放っていた。
それはまさしく小さな太陽。
その太陽のような光球を前に、敵は成す術を失い最早立ち尽くすしかなかった。
「こいつ炎が効かないのか!? 何故!? 一体何だと言うんだお前はぁーーー!!」
半狂乱となった軍人の一人が叫ぶ。
もう一人は尚もサラマンダーを構え抵抗の意思を示しているが、それが本当に抵抗の意思なのかサラマンダーに縋っているだけなのか、俺にはわからない。
ただ一つだけ言える事は……。
「サラマンダーの火の制御を奪ってるの……? ソラリンが? 精霊の力も借りずに???」
精霊と心通じるシエラは先程から感じていた違和感を口に出す。
火の精霊の存在をソラリアから感じないのだ。それなのに、サラマンダーより強い支配力を持って火を操っている。その事が理解出来ないからだ。
「これって……いったい……」
「昨晩のランプの火はやっぱり……しかしこれは……」
同じようにエルも事の理屈が理解できないで居た。
エルも簡単な水と風の魔法は使える。
精霊の力を借りて行使するのが魔法。しかしソラリアはまるで精霊の力無しで魔法を使っているように見えるからだ。
そんな事が出来るのは神の力を分け与えられた者か、或いは精霊自身しか居ない。ならソラリアの正体とはいったい?
「何をしているサラマンダー! 早く次の火を放て! 放つんだー!!」
「ダメだ……こいつ怯えてる!? 逃げろーーー!!」
考えがまとまらない内に軍人の一人は狂ったようにサラマンダーの籠を振り回して火を吐けと命令している。
しかしサラマンダーはその命令に応えようとしない。籠の中で丸まって身を隠そうとするばかりだ。
その様子を見てもう一人の軍人が逃げ出した。だが――。
「集束火粒子砲――ファイヤー!!」
ソラリアの眼が光った。
勝負は既に着いているのに、鍵に溜められた火の力を解き放ったのだ。
全ての火の力を一度に放出した光は、炎と言うよりまるで漫画かアニメで見た事のあるビームかレーザーのように、一瞬にして軍人達全員を飲み込み地面の土をも焼き尽くした。
「ソラリア……君はいったい……」
後に残ったのは抉れた地面と人型の黒い地面の染み。
その圧倒的火力に、町の人々は唖然として立ち尽くす。
子供は泣き出し年寄りには膝を付いて拝みだす人まで居た。
軍人やサラマンダーを倒し平和が戻った市場だったが、炎の邪霊を炎を以って五人の軍人ごと消滅させたソラリアの残した爪痕は、トラウマと言う形で町に深く刻まれたのだった。
一羽の白鳩が
新天地の町から飛び立った。
鳩の行く先は
神の奇跡がもたらした永遠楽土の浮遊大陸。
オルニト。
そのオルニトの豪奢な石造りの神殿に、ソラリアとサラマンダー部隊が激突した町から飛び去った白鳩を待つ、一人の男が居を構えていた。
「ほぅ、精霊から火の制御を奪った女がいた、と」
かつての隆盛を窺い知る事が出来る巨石作りの神殿の中央。
まるで王の座る椅子のような、金銀作りの豪華な椅子に座る男が白鳩を受け取りそう呟いた。
「やはり私は運が良い。運命は私に『黒い月』を取れと言っているよ」
鳩、と思われたものは光の精霊の一種だった。町であった光景を、自分の体を通して主に見せたのだ。
男は鷹のように精悍な顔付きの鳥人だった。
体は鳥人に多い痩せ型の体系とは違い、がっしりと大柄に見える。それでいて鳩をとまらせた立派な腕の羽は、男が飛べる鳥人である事を物語っている。
男の横に人影が現われた。一歩下がった位置に居たのを、男の呼びかけに応じて前に出てきたのだ。
「ミィレス、お前の仲間が見つかったよ。嬉しいか?」
「イエス。マイマスター」
椅子の陰から現れた人物――ミィレスと呼ばれた女性は、男の着る白い神官の衣装でもオルニトの一般的服装とも違う、異世界では見た事も無い形の服を着ていた。
その腰には大きな鍵型の物が専用の鞘に収めて下げられている。
感情の起伏がみられない抑揚の無い調子で答えた女性の顔は、やはりその声と同じで無表情そのものだ。
無表情だがこの女性の顔は、タクトやソラリアと同じ地球人の顔そのものだった。
「我が野望の成就も、そう遠くないな……クックックッ」
そう言って男は手に止めた光の鳩を握り締める。
一瞬グェと言う声が聞こえたような気がした後、鳩は光の粒子となって四散した。
他の誰にも今、自分が見た光景を見られないようにする為だ。男にとっては精霊さえも、自らの目的を果たす為の道具でしかなかった。
「行くぞミィレス。『黒い月』はもう目の前だ」
「イエス。マイマスター」
男の名はファルコ。オルニトの神官の一人。
極右思想で私兵集団を持つ彼を、人は戦闘神官と呼んだ。
そして彼が従える女、ミィレス=アストレス。彼女もまた、ソラリアと同じ『世界に仇成す存在』の一人だった。
運命の歯車が今、動き出そうとしている……。
- 広大でその歴史も解明されていない異世界を旅しているととんでもないものを発見するのは人間ならでは?遺跡や登場人物の特異なことよりもそれらが何の目的でタクトと共に回り始めたのかが気になりました -- (名無しさん) 2013-04-19 18:48:19
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最終更新:2013年07月07日 00:36