新年の初日の出は大延国の山で。山具の整備も十分、有給の申請も問題なし。
淡路
ゲートから
ミズハミシマへ渡る。年の瀬なら旅行者も少ないと思ったが、予想外の人の多さに驚いた。
ゲートからミズハミシマに入り一旦港まで渡ると、地球にも勝る賑やかさだった。そこから大延行きの船に乗る。
地球と時間の差異はないか?と思いカレンダー付き腕時計をセットしてきたが、
道中で妙に精霊が寄って来ては珍しそうに触れていくのでズレが出ていないか少し不安だ。
大延国北端の港に到着した後に朝まで宿をとり山付近に向かう馬車などを探す。
初日の出を景色の良い場所で迎えたいという気持ちは地球も異世界も同じのようで、様々な山に向かう獣車便が駅舎に並んでいた。
「おう兄さんどうしたよ?ははんさては山のてっぺんで年明けの朝日でも拝もうってところか?言わなくても分かるさ背中の荷物を見りゃあよ。
それと大延国には余り慣れていないってのも分かる。どうしてそう思うかって?聞きたいか?
名山と名高い絶景称える山々にはもう列ができているからさ。気の早い奴なんざ一月も前から山頂で待ち構えているんだぜ?
今から良い場所に登ろうなんておのぼりさんか大延の年越しを知らない旅行者だけってわけさ」
駅舎の前でどっしり腰掛け、長い牙の間に煙管を差してぷかぷかふかす獣人が丁寧懇切に口上する。
「特に絶景は望んでいないのだが…とりあえず頂上に登れて初日の出が見れるのなら何処でも良いんだ」
「ふふん、成る程。無欲と慎ましさは美徳だが、張りの無い人生にならないように気をつけな。
それじゃあ俺のお勧めの山を教えて差し上げようじゃないか。あそこに見えるのほほんとした案内人がいる便がいいぞ。
近場でそう高くはないありふれた山の麓まで連れて行ってくれる。陽を拝むってだけならそれで満足できるはずだ」
指し示す先には大きな荷物を背負った案内人がきょろきょろしながら立っている。
「ありがとう。これはほんのお礼です」
差し出したさき烏賊の小袋を受け取った獣人はすぐに開けて一切れ口にする。
「いいねぇ。よき新年を迎えてくれよ」
「すみません。山までの案内をお願いしたいのですが」
「あ、はいありがとうございます~。もうすぐ出発しますので、先に車に乗ってお待ち下さい」
背負う荷を受け取った案内人がひょいと荷置きに乗せる。何とも穏やかな表情の
オークの女性ガイドである。
「それでは出発いたします~。短い間ですが道中の案内をさせていただくユエンと申します。よろしくお願いします~」
太い脚を持ち長い毛で覆われた牛とも馬とも言い難い獣二頭が十余人を乗せた車を牽き進む。
大延国の冬はどんなものかと思ったが、そこまで寒いという風ではない。
ガイドが言うには金卓山地より寒風を運ぶ風精霊の数が今年は少ないという。
そして獣車は山の麓に到着した。日はもう山に半分隠れていた。
登るに難しくない軽い山道。周囲の登山者も談笑などして登り進んでいる。
時折少し肌寒い風が上から吹いてくるが、それも心地よい。道の脇に生える野草など見ながら山頂を目指す。
登頂。時計はしっかり31日。満点の夜空。
もうじき日付が変わるのであろう、周囲でもいそいそと酒盛りなどを用意する者も多い。
取り合えず飯盒を用意する。固形燃料の下に火種をくべると何処からとも無く小さな蜥蜴を模した火の塊がやってきて、ゆらめく炎の中で蹲る。
「にゃー」
どこかで風が鳴いたような気がした。
「おにぎりなのだ?おにぎりなのだ?」
空の何処から飛んで来たのか突然頭に乗りかかる子供。
寒空に合わない寝巻きか家着と思わせる薄く楽な服装の、チョコレート色の肌とキタキツネの様な金色の耳と尾を持つ少女。
「あぁ、いつぞやの。残念だが今回はおにぎりじゃないぞ、粥だ」
飯盒の蓋を開けると色取り取りの米粒が湯気の中から顔を見せる。野草を切り分けたもの、茹でおいたものをまとめて放り込む。
「きれいな色なのだ。お花も入って面白いのだ」
「う~ん、後は…」
手元のまな板に並んだ野草、先程摘んだものを前にして悩む。雰囲気だけで選んで摘んだが、始めて見る種で食べれるかどうかが分からないのだ。
「おっ兄さんイイもの持ってるね。登る途中で集めたのだとしたら、中々の目利きだよ」
小さな丸鍋を握った兎人の少年がまな板に並んだ草を覗く。
「摘んですぐに冷水に漬けてアク抜きもしてある。これならすぐに使えるさ…
まずはこの水色の花、寒い時期の夜にだけ花を咲かせる湖畔花。今年は夜がそこまで冷え込まないので花が咲いたものは珍しいんだぜ。
次はこの肉厚のある広葉。地を走る小動物を撫でるくらい垂れ下がった頃が食べごろの尾触草だ。葉の裏が白いのは旨みになる葉素が固まっているのさ。
でもってこれ、兄さんは草か茎かと思ったみたいだけどこいつは虫なのさ。茂みの中の茎に擬態して冬を越す隠れ節という中々見つけにくいものなんだ」
少年は腰に提げた小箱から細包丁を取り出すと、鮮やかな手並みで割き刻み切り分ける。
「ちょっと火を借りるよ」
少年が首にかけている小壷の蓋が勝手に開く。中から栗鼠の様な風貌をした小さな火精霊がぴょんと飛び出す。
飯盒の火元で寝ている火蜥蜴の鼻先をつんつんと突くとそれに呼応して細長い舌がちろちろと出ると火栗鼠の丸い尾がぼっと燃える。
隣では少年が急ごしらえの竃を作る。とたたと走りその中に飛び込んだ火栗鼠がくるくると勢いよく駆け回ると薪が燃え上がる。
「これも使うかい?火の勢いが増すぞ」
火にそのまま放り込む燃料チューブを渡すと、少年がくにくにと握りにやりと笑う。
「面白そうだ。使わせて貰うよ」
ごうと竃から溢れれ、夜闇を煌々と照らす炎に自然と人が集まってくる。
「まだ修行中の身なれどいつかは親父を越える未来の大料理人の腕前と、金炎にも勝る大火精より別たれた小炎精の大立ち回りをとくと御覧あれ!」
鍋に垂らされるとたちまち香ばしい湯気立たせる種油に太い葉身が踊る。少し火が通ると身からでた水気が油と混ざり合うとぱちぱちと飛び跳ねる。
それを見計らって刻んだ草と虫が放り込むと合わせて桃色の酢を流し込む。何とも芳醇で甘い匂いが一面に広がる。
「これも使ってみるかい?」
さき烏賊の大袋を渡すと少年は一口。何かを閃いたのか並べた調味料の袋から穀物の粉を大袋の中に入れて混ぜ込む。
「世の中にはまだまだ見たことの無い食材があるってな!面白いじゃん」
炒められる料理の中で粉をまぶしたさき烏賊が見る見るうちに茶色の衣に包まれていく。
「よし!完成だ!」
少年の合図と共に一際炎が瞬くと、小壷の中に火栗鼠が舞い戻る。
「もう食べていいのだ?いいのだ?」
大皿に移された炒め物と揚げ物の上に水色の花びらが散る。褐色の少女が脇でだらだらと涎の洪水を流しながら待っている。
飯盒の彩粥がいくつかの深い皿によそわれると、いよいよ新年が迫ってくる。
「「「新年明けましておめでとう!」」」
それは地球とは違った勢いの良い日の出であった。情緒はさておき力強さを感じてやまない。
日の出の祝辞を合図に、山頂の皆に配られた紙皿の上に思い思い料理が乗せられ頬張られる。
「うむ!これは温まりますな」「おいしいのだ!」
「まさか日の出と一緒にこんな御馳走を味わえるとは」「うまいのだ!」
「やはり皆考えることは同じですな」「もっと食べるのだ!」
「様々な料理が揃いましたな!はっはっは」「おいしいのだ!!」
「こんな調味料は初めてだ。親父の店でも味わったことが無い。揚げ物にすごく合う」「それも欲しいのだ!」
「言われてみればマヨネーズは異世界で見かけたことはないな」「ほっぺがおちるのだ!」
夜が明けるまで続いた新年夜明けを祝う酒盛り食事会は終わり、皆一様に挨拶を交わして下山していく。
「良い経験になったよ。ありがとう。俺もまだまだ修行が足りないってこったな」
「一度地球に行ってみるのはどうだ?異世界にはないものが沢山あるぞ」
地球と聞いた少年は一つ思案顔で顎を撫でた後ににやりと笑う。
「良いね。親父も知らないものも沢山ありそうだしな」
「おなかいっぱいになったのだ!次は山をおりて町にいくのだ!新年のおまつりなのだ!」
褐色の狐人の少女がいきなり肩に跨ると尻尾を振って催促する。ひょっとしてまた食べる気なのか。
「仕方ない…大延国の祭りも見て帰るか」
新年を迎えるのがめでたいのは地球も異世界も同じであった。
来年はまた別の山で元気な日の出を迎えるのもいいかも知れないなと思った。
あけましておめでとうございます
大延国での初日の出の一幕
大延国のキャラ達と、SS
【小炎真手】のチェンとシャオエンの次代を想像して登場してもらいました
- 特に別格ではないありふれた場でもふと舞い降りるささやかな福に和みました。色んなキャラも登場して楽しいですね -- (名無しさん) 2015-01-02 19:24:50
- ラー初日の出勢いがいいのか。精霊の仕草とか想像したらなごむいいなぁ -- (名無しさん) 2015-01-03 20:44:36
- 山頂パーティーの和気藹々が本当に楽しそうなのと精霊と密な調理風景が面白い。 -- (名無しさん) 2015-01-05 21:56:41
- 交流いいねー。ふとしたところにいる精霊がほっこりする。金羅様と食事したら幸運が訪れる? -- (名無しさん) 2015-01-13 18:12:28
最終更新:2015年01月01日 21:38