山岳都市ミドンベルグ。
岩山の内部をすっかりくりぬいた地下都市への入り口である巨大な石の城門の前で、“金ピカ鼻の”ギーゼックは最後の立ち退き要求を行っていた。
「いいでしゅか、親愛なる
ドワーフの…たぐいまれなる、鍛冶の匠の皆しゃん。」
この男は
ゴブリン特有の甲高い声に加えて、とんでもなく鼻にかかった舌足らずな喋り方をする。
「これ以上、こちらのコボルドの皆しゃんの土地を違法に占拠なしゃるのは、皆しゃまの情緒的な理由を考慮しても、当方としてはとても看過できましぇん。」
ギーゼックはうやうやしい口調と手振りで、背後に群れ為す生き物たちを指し示す。
ゴブリンを毛むくじゃらにした感じの、狗人の小さな親戚に見えないこともないような生き物。
鉱山にいつの間にか住み着いては、金食いキノコの栽培で鉱床を駄目にしてしまう土地のコボルドたちで、ドワーフには大変忌み嫌われている。
共通語もろくに喋れないくせに“不法占拠反対!”“ミドンベルグ鉱山の即刻開放を!”などと達者な字で書かれたプラカードを持って控える彼らは、口達者なゴブリンに同調するようにもごもごと頷いた。
「カルテルは貴方がたの土地を
ラ・ムール金貨3000枚で買い取る用意がありましゅ。合法的に、平和的にでしゅよう?」
値段の問題ではないにしても、提示された金額は鉱物資源豊富な山を買い取るには少々安すぎだ。
ミドンベルグの棟梁である“頑固者”ゴルテルは職人たちの間からもう一歩進み出ると、仕事用のハンマーを振り上げて一喝するように言った。
「何度も言っておる!!この山はワシら先祖代々の土地じゃ!汚らしい小鬼どもが、ようも堂々と
クルスベルグの玄関口まで上がりこんで来おったのう。よいか、貴様らにはこの山の石くれ一つくれてやるものか。その禿げ頭を金床の上で鍛えなおしてやっても良いのだぞ!」
脅し文句にもゴブリンのいやみたらしい営業スマイルは変わらなかった。
「では、すみましぇん、要求に応じていただけないのならばぁ、カルテルとしても少々、手荒な処置を執行しゅるしかないのでしゅがねぇ~。具体的にはぁ~…」
「何が“かるてる”じゃ。海賊上がり共が気取りおって!出て行け出て行け!!仕事の邪魔じゃ!」
職人たちが口々にわめき立て、ゴブリンたちに向かって唾を吐き捨てる。
ドワーフの投げつけた山リンゴを首をすくめてあやうく回避したギーゼックは、揉み手をしながら大仰な調子で言った。
「あらら仕方ない。交渉決裂でしゅかぁ、残念でしゅ。実に残念。」
うっすらと降り積もる雪の上に、高級な毛皮のコートの引きずり跡を残しながらギーゼック一行は山道を引き返しはじめた。
「アレを見ましゅたか?働き者の綺麗な手でしゅねぇ。」
長年の労働で指先を赤く錆び付かせたドワーフたちには、彼の去り際の言葉が果たして皮肉を言ったものかどうかわからなかった。
++++++++++++++
ミドンベルグの山腹には、急な斜面に突き立つように巨大な角塔が突き出している。
いにしえの時代にドワーフの匠たちによって建てられたこの手のタワーは、現在も山岳防衛の要所として改修に改修を重ねつつ使用されていた。
塔の天辺近くには羽根兜を被りハンマーを掲げるドワーフ戦士像が、横から吹き付ける雪風にも負けずに佇んでおり、はるか麓の外の国々まで至る広大な峡谷を睥睨していた。
この塔もこの像も、帝国時代のさらに以前、ドワーフたちがまだそれぞれの山に部族王を持ち、誇りと名誉のために戦う武人だった頃の遺物だ。
今はそっけなく防衛ポイント32と呼ばれている。
そんな古い塔の下階にある簡素な執務室にて、デスクの前に二人の軍人が整列していた。
二人ともたっぷりとファーに縁取られたレザーの飛行服に身を包み、大きな黒い熊の毛皮の帽子を被っている。
ひとりは横にぴんと張り出した赤銅色の立派な髭を持つ、威風堂々とした身なりのドワーフ。
もう一人のドワーフは熊のような大柄な男で、真っ黒な顎鬚と髪を細く編んで垂らしていた。
「スヴェンソン中隊、参上いたしました」
オラフ・スヴェンソンとその相棒のハルビョルン。
彼らの所属する独立兵科は、グライフリッターと呼ばれている。
帝国時代に西方諸国のワイバーン乗りと並んで大陸の空を支配した飛行部隊、山岳の王者グリフォンを駆り稲妻のように活躍する空の戦士たち。
二人は共和制クルスベルグにおける、数少ない生き残りのグリフォン乗りだった。
つい最近、鍛冶師ギルドから天下りしてきた山羊そっくりの白髭の役人は、思いきり背中を逸らして書面に印字された文字を読もうと悪戦苦闘していた。
そのうち諦めて、頭の上に引っかかったままの老眼鏡を探そうと引き出しを順番に開け始める。
ついにハルビョルンが見かねてごつい手を伸ばし、役人の眼鏡をあるべき位置までずり下げた。
「ええっとネ、君らの中隊は3人だったと思うんだけどネ。もう一人は…」
「あーー…、そうかネ。ノームだから大目に見るけどネ、えーー、そうそう。今しがた連絡が入ったのヨ。南南東からミドンベルグに未確認のぉー、あれだネ、飛行物体が接近中だそうでネ。」
「はぁ。またはぐれドラゴンでは?」
どこか眠たげな目をしたハルビョルンが団子鼻を擦りながら言う。
「では、ないのネ。えー…とォ、それがおかしいのヨ。ウチのものじゃない飛行艇だって言うのヨ。輸送船にも見えないしネ。呼びかけても応答がないみたい。こういう事態は初めてだからネ。今プロトコルを調べていたところなのヨ。警報を発令したものか、どうか…」
「すぐに発令してください上官殿!個人の領空侵犯ならまだしも、大型飛行艇は破壊兵器搭載の可能性がありますぞ!」
オラフは実戦経験の長いドワーフの軍人らしく、何事にも消極的な老人を叱り付けるように叫んだ。
何事も年長者に従うを善しとすべき、なこの国ではなかなか見られない光景ではある。
役人は椅子から少し飛び上がって、おそるおそるデスクの上で埃を被っている警報装置に手を伸ばすと、遠慮がちにボタンを叩いた。
塔の各所でルビー色の警戒ランプが明滅し、角笛を思わせるサイレン音が防衛塔を、そしてそれに連なる山全体を揺るがすように響き始めた。
「ええと、それでネ。普段伝令ばかりやってもらってる君らには大変申し訳ないんだけどネ…」
山羊髭役人が最後まで喋るのを待たずに、オラフはすまし顔で敬礼する。
「出動要請、承りました。急ぐぞハルビョルン」
「こりゃまた久々の大物だな。あいよ、兄弟」
回れ右をする二人のドワーフを、役人は不安そうに見送った。
現在の国民皆兵制度は歩兵の数こそ揃えど、特殊技能が要求される兵科の人員は不足し続けている。
帝国の崩壊以降、誰しも鍛冶に関わらなくては出世できない世の中になったのが遠因とも言える。
たった三人。これが人口1万9000人のミドンベルグの空を守る総戦力だった。
「緊急出動でありますか」
廊下に出ると、ルビーランプに照らされる消し炭色の軍服姿が足を止め、旧帝国式の敬礼で挨拶してくる。
最近あまりいい評判を聞かない軍制改革者の派閥で、若く優秀な軍人は手当たり次第に勧誘されているという。
髑髏十字の勲章を襟元に輝かせるその特務士官も、意味ありげな目の光で二人を見送りながら叫んだ。
「同志オラフ。将軍閣下は貴方がたのご活躍に期待されております。ご武運を!」
早歩きしながら、オラフは言葉にならないような熊の欠伸じみた唸り声で返事する。
「…やつらの趣味はどうも苦手だな」
「ハッ。いつもながら無愛想なこって。今の時代、俺たちを買ってくれてんのはまさにああいう連中じゃないのかい」
後をついてくるハルビョルンが茶化し気味に笑う。
オラフは毅然とした口調でそれを跳ね除けた。
「私は戦士だ。誰の飼い犬にもなるつもりはないよ」
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スコーチはいかめしく鳴り響いているサイレン音もまったく気にせずに防衛塔の最上階でホットドッグを貪っていた。
スヴェンソン中隊の中では唯一のノームである彼は、技師上がりのグリフォン乗りである。
年功序列のドワーフ社会でややもすると子供のように見られがちなノームは、大抵その小柄と童顔ぶりには似合わないファッションに身を包んでいる。
ある者はきっちりした紳士服に付け髭、またある者は子供じみたところのない商人服…。
彼の場合はそれがハクのつく格好という方向性で、傍目にはいささか奇妙でもあった。
竜皮のジャンプスーツの両肩に棘付肩パッドという出で立ちは、軍人というよりはどこかの悪党のようだ。
質の悪いカンラン石を思わせるぴかぴかした色合いの髪は両サイドを大胆に刈り上げられ機械油でツンツンに逆立っている。
ドワーフ社会のある種のこだわりとも言える渋さや慎み深さに反発するように、芸術家肌のノームたちは明るく奇妙でサイケデリックなサブカルチャーを生み出しつつあった。
甘ったるい原色の飲み物をストローで飲みながら、ケチャップでべたべたになった指をもう皺くちゃになった今朝の新聞紙で拭っていると、ドカンと音を立てて軽金属のドアが荒っぽく開いた。
「おおっ」
ドカドカと足音を立ててオラフとハルビョルンが入ってくる。
「出番かい親父さん?」
「そのばかげた耳栓を引っこ抜け!スクランブルだ」
大音量のメタルミュージックを流しっぱなしの地球製CDプレーヤーのイヤホンを丸っこい耳から引っこ抜くと、スコーチは座椅子から飛び降りてモヒカンがきちんと外に出るようにカスタマイズされた飛行帽を手に取った。
「準備はできてるぜ親父さん。天候おおむね良好、グリフォンの体調、これまた良好。
パラシュートの準備も万端!あとハルビョルン、お前のゴーグル割れてたからレンズを交換しといた。
以上、まったく何の問題もなし。ただ一点。ただ一点を除いてはな」
「…アストリッドか」
汚れたひとさし指をぴんと立てるスコーチに、オラフは顔をわずかにしかめた。
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防衛塔の屋上では先回りした赤毛の娘が、父親たちの到着を今か今かと待ち構えていた。
広々とした屋上では山岳に降り敷ける雪が積もった傍から吹き飛ばされていく。
彼女の相棒である真っ白な雪グリフォン≪シュネー≫は寒さなどどこ吹く風といった調子で、まだ鳥舎の中で暖を取っている黒い軍用グリフォンたちをくりくりとした瞳で眺めている。
この寒さでふかふかしたグリフォンの羽毛のたてがみに無意識にお尻をぴったりと押し当てながら、彼女は鳥舎の方から皮のケースを手に三人の人影がやって来るのを見た。
娘の名はアストリッド・ソルヴェイドッティル。
セカンドネームはソルヴェイの娘というほどの意味だが、心無い者たちは跡取り息子のいないオラフをからかって彼女をオラフの娘と呼ぶ。
背こそ低くずんぐりとしているが、彼女は同じ年頃の他のドワーフからしてみれば美人の部類だ。
ドワーフらしい彫りの深い顔立ちがいい方向に作用し、ぽっちゃりした丸顔にシャープな派手さを与えている。
見ようによっては冷たい美人に見えるかもしれないが、三つ編みになった赤銅色の髪とよく表情を変える双眸が顔つきに温かみを与えていた。
「アストリッド」
「お父様!せっかくのスクランブルなのに、四人目にお呼びがかからないってどういうことなの」
腰に手を当てて通せんぼする娘の傍を、オラフはドワーフらしからぬ身のこなしでするりと抜けようとする。
それを逃がすまいと娘の手が、ジャケットに伸びる。
「あたしも連れて行ってよ!」
「お前はまだ未熟だ」
「あいにくの雪じゃない!今からブリザードになるかも。お年寄りにはキツイのではなくて!?」
「雲の上に出ちまえば年中快晴だ」
「私とシュネーはもう雲の上まで飛べるわよ」
「まあまあまあ、親父さんの言うとおりにしときな、嬢ちゃん。
従軍できる年齢になるまで、もう10年ちょっとの辛抱だからよ。」
この緊急事態における父娘のほほえましい交流…つまるところ押し問答、を見かねてハルビョルンが娘をなだめはじめた。
オラフはその隙に雪グリフォンより一回りも大きい黒い愛馬にどっかとまたがり、霜が這わないよう油を塗ったばかりのゴーグルをしっかりと装着する。
「ハルビョルンおじさまばかり、ずるい」
ここに至って娘に完全に無視されているスコーチはそんなことより留守番をしっかり頼むぜと言いたげに、鞍の上でパラシュートや装備に不備はないか念入りに確認しながら、テイクオフの順番を待っている。
白い息を吐き出すグリフォンたちは、吹きすさぶ風に猛禽の本能を揺さぶられたか、灰色の空を見上げて羽根をばたばたと断続的にはためかせている。
「10年も経ったらお嫁に行かなきゃならなくなるわ!お父様、聞いてる?
娘がどこの馬の骨とも知らない男のところに行っちゃう前に、二人で飛んでおけば良かったと思っても遅いのよ!?」
オラフは娘に唸り声で返事しながらグリフォンを滑走路に進ませる。
たしかに雪が強くなってきたが雲の上に出れば心配あるまい。
「まったく鼻っ柱の強い子だよ。母親はあんなんじゃなかった。誰に似たのか…」
若い頃のお前そっくりだよ、と白い息を吐き出しながらハルビョルンはごちた。
「オラフ・スヴェンソン中隊。出るっ!」
三体のグリフォンは翼を広げると、次々に雲上を目指して駆け上がって行く。
その様子は飛べないドワーフたちにも、防衛塔の窓からしっかりと見えた。
置き去りにされたドワーフの娘は、不思議そうに首をかしげている白いグリフォンと目と目を見合わせ悲しそうに眉を下げるのだった。
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黄金色のクチバシがクルスベルグ国境にかかる薄紫色の雲を引き裂いていく。
あたかも雲の海を泳ぐ優雅なガレオン船のように、継ぎ接ぎだらけの醜悪な軍用飛行艇は巡航速度でミドンベルグを目指していた。
そのデッキの上座でギーゼックはもはやただのケチな地上げ屋ではなく、海賊国家
ドニー・ドニー非公認の空賊カルテル≪金鼻団≫の頭目であり、ワイバーン級軍用飛行艇≪ギルデッドビーク≫の艦長だった。
「死んだパパはいつも言っていましゅたねえ。
ギーゼック、世の中で信用できるのは腕力と金だけだって。
ぼくは金でありとあらゆる腕力を買い占めましゅた。
天国のパパもママも見ててくだしゃいよう。
金は腕力に勝る暴力だってことを証明して、ウルサ様もビックリさせてみましゅ。」
皮張りの豪奢なソファに背もたれながらギーゼックはほくそ笑む。
帝国時代のドワーフの技術力はとっくに失われて久しいが、ギーゼックは金と人脈の力でどうにかこのジャンク同然の飛行艇を再稼動させた。
クラーケンの胃袋と竜の皮を複合させた気球は空気よりもずっと軽い「可」燃性ガスを腹いっぱいに吸い込み、高空の気圧でぱんぱんに膨らんでいる。
推進力となる魔導炉の調子は時々火の精霊が暴れだすもののおおむね順調で、下っ端のコボルドたちは忙しげに燃料の石炭をスコップで放り込んだり放出弁の調節を行っていた。
時々勢いあまって炉の中に突っ込んでしまう奴もいて、その度に飛行艇が小刻みに震え、後部の排気管から有毒な黒煙が吹き上がるのを除けば、至って順調そのもの。
「仕事もロクにできねぇ糞コボルド共が……ボス!震動弾の用意ができやしたぜ!」
主に勢いあまってコボルドを炉の中に蹴り落とす犯人がデッキに顔を出し、怒鳴るように言った。
煤だらけの顔で黒豚に似た
オークの機関長だ。
ギーゼックは普段は垂れている大きな尖った耳を、ぱたりと立ててうれしそうに答えた。
「しょれはまことに重畳。諸君、戦闘配置につきなしゃい!いよいよ作戦開始の時刻でしゅ!」
荒くれのオーク空兵たちが缶ビール片手に喝采する。
今宵、再三の要求にも応じずコボルドゆかりの地に居座るドワーフたちに我々カルテルは無慈悲な鉄槌を下す。
革新的テクノロジーの力で、老朽化したミドンベルグを人も建物もまとめて綺麗さっぱりと整地しよう。
そしてドワーフが愚かにも独占している豊かな鉱物資源をいただき、世界中の顧客へと開放するのだ。
そんなマニフェストを胸の中で反芻し、ギーゼックはあたかも自分が正義の使者であるかのような誇らしげな気分になった。
「さて」
禿げ頭のゴブリンは白手袋に包まれた爪をゆっくりと擦り合わせながら言った。
「いよいよショウタイムでしゅねえ、いっひっひっひ。」
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「目標が見えたぜ、なんとまあ趣味の悪い船だ!」
目標まで5キロの時点で、特製ゴーグルで鳥人なみの視力を持つスコーチが叫んだ。
船体各部をやたらと尖がらせメッキパーツで飾られた成金趣味と言っていい船は、雲上でその存在感を遺憾なく発揮させながらミドンベルグを目指して猛進している。
時々船体後方から煙が上がっているところを見ると、かなり無理をしてスピードを保っているのだろう。
「あれだけの船なら降下部隊が何人いるのか知らねえが…奇襲されりゃあ脅威にゃ違いねえ。
仕事疲れの爺さん共にハンマー握らせて無理させるわけにゃあいかねぇからな。」
遅れて敵船の状況を確認し、ハルビョルンもぼやく。
「戦闘開始だ。目標、敵飛行艇。ハンマー用意!」
三人の手でそれぞれのレザーケースから抜き出されたのは、柄の短い鋼色の戦槌。
雷の精霊が宿るサンダーストーンを職人が削りだした先祖伝来の武器。
山の息吹を感じるドワーフが空戦をするには最高の武器だ。
強風にたたき起こされたように、石の中に眠っていた薄紫色の火花が最初はぼんやりと、すぐに明確な意思を持った精霊の姿…この場合は抽象化したドワーフの貌となって、戦槌の表面を彩り始めた。
「精霊の機嫌はいいみたいだな!」
「良くあってもらわなければ困る。頼むぞ。街が危険に晒される」
グライフリッターたちの攻撃が始まった。
飛行艇の上をとったグリフォンから、青白い稲妻が何本も何本も撃ちだされる。
バルーンに何本も生えている仰々しい金属棘が体よく避雷針の役目を果たして、飛行艇は稲妻の手に包まれた。
「今、ピリッ…!と来ましゅたねぇ!」
司令椅子に深々と腰掛けていたギーゼックは、指一つで対空戦闘部隊を動かした。
ガシャン、と飛行艇側面の鉄板が開く。
回転砲座に乗った命知らずのオークたちが、威勢よく横一列になって出現する。
「てめぇら、今日の獲物はでけえ鳥だ!ザックリ串焼きにしてやれや!」
びゅんびゅんと風を裂いて炎をまとった銛が飛んでくる。
本来は氷海の鯨を仕留めるために使われている、この逆棘だらけで凶悪極まりない兵器は、オークたちの大雑把な狙いでグリフォン目指してぶっ飛んでいく。
オラフはいち早く反応してグリフォンを上昇させ、銛の弾幕をかわした。
ハルビョルンも阿吽の呼吸でそれに続き、スコーチがややフラつきながら対応する。
「隊列を乱すな!」
「ワザとだよ親父さん!俺のセオリーじゃ回避にゃヒネリを入れたほうがいいんだ…!」
稲妻の猛襲を受ける大型飛行艇は、ついにバルーンの焦げ目が発火点となってじわじわと燃え上がりつつあった。
「あいつら早すぎら!銛が当たらねえ!」
電撃があちこちのガラスの風防を吹っ飛ばし、銛撃ち機を担当するオーク空兵が悲鳴を上げる。
そのうち木製のフレームや幌に火がつき、飛行艇のあちこちが素敵にライトアップし始める。
オークの中には背中に火がつき、たまらず砲座から外に飛び落ちる者もいた。
「右舷バルーン発火!発火!消化しやがれ畜生!爆発しちまうじゃねえかあ!」
バケツを持って走り回るコボルドを蹴りたてながら、黒豚ががなり立てる。
ギーゼックは艦内のパニックぶりにいらいらしながら椅子から飛び降り、こんなこともあろうかと設置しておいた消化装置のレバーを引く。
汚らしい消化剤の泡があちこちのパイプから溢れ出て、どうにかバルーンの延焼を食い止める。
「落ち着きなしゃあい、諸君!この程度は想定内でしゅよ。
まったく、何のためにこの子を改修しゅたと思って…いったい幾らかかったと…
ええい、本艦を雲の下に降下させるでのでしゅ!!」
ここに来てギーゼックは鼻にかかったキンキン声で伝声管に叫ぶ。
「頼みましゅよう、操舵手しゃん。下は霧の真っ只中でしゅけど。
仮にも元ドニーの海賊なら、霧の中で氷山を裂けることくらいは朝飯前でしょ?」
太い腕で舵輪を掴む
オーガは、もうどうにでもなれとばかりに機体を雲の中へと突っ込ませた。
+++++++++++++
「目標、雲の下に入った。どうするオラフ!?もう墜落するんじゃねーかぁ?!」
散々にしてやったりといった調子で、ハルビョルンが叫ぶ。
気が早い同僚を横目に、オラフは火花を上げるハンマーを目で落ち着かせながら言った。
「まさか降下するとはな…不時着する気かもしれん。」
「かなり風に流されてるとは思うけどな。もうすぐミドンベルグ上空…」
グリフォンの上で器用に測量するスコーチの声で、オラフに直感がひらめいた。
海賊にしろ空賊にしろ、ああいう命知らずの連中は最後に無茶をやらかす。
やつらは最後に隠し玉を見せるかもしれん。
「みんな追うぞ。仕事は仕事だ。いいエールのためにもきっちりと済ませよう」
「おうよ!」 「了解だぜ!」
雪の中を飛ぶのはあまり歓迎でない様子で、ハルビョルンのグリフォンがぎぃと鳴いた。
手負いの獣を追うべく、三人は雲の下に降下する。
機体の損傷のおかげで飛行艇の中には隙間風と雪があちこちから吹き込んでいた。
バルーンにあやうく引火しかけた炎もどうにか鎮火し、焦げ目のついた空兵たちは傾く機体を安定させたり穴を塞いだしようと、大工道具を手にうろうろしている。
ギーゼックは卸したての防寒コートに耳まで包み、蜂蜜たっぷりのホットティーを啜っていた。
「やれやれ、一時はどうなることかと思いましゅた。」
飛行艇は雪に煽られて不安定ながらも、なんとか自前の浮力で高度を保って飛んでいた。
もう山岳都市からは三キロも離れてはいないだろう。
間近に迫った目標。
飛行艇の下部が壊れそうな音を立てながらばっくりと開く。
左側の戸が風圧に耐えかねて吹っ飛んでいく中、その醜悪な物体は異様な存在感で差し迫った出番を待っていた。
直径5メートルほどの竜の卵殻を金属の部品で補強した特製の爆弾。
中には毒竜の臓腑から抽出した高浸透性の汚染物質がたっぷりと詰まっている。
火薬があまり一般的ではないこの世界で、大規模破壊に有効的な代替策の一つが精霊の怒りを人工的に引き起こすことだ。
大抵の精霊は穢れを嫌い、汚されれば犯人が誰であれ災害の力で報いようとするだろう。
そして残念なことに、地の精霊は空を行く飛行艇を追跡するのがあまり得意ではない。
ここで大規模汚染が怒れば結果はミドンベルグ山を崩壊させるほどの大地震が起こるだろうというのが、この手の兵器を開発する技術者の予想だった。
「投下準備!」
多弁なギーゼックが爆発物には敬意を持って接する様子に、黒豚機関士は鼻を鳴らした。
爆弾を固定するフックをマニュアル通りに一つずつ解除し、レバーひとつで投下できる状態にする。
地上側に向けて固定された照準機を覗き込みながら、ちょうど山の中腹に飛行艇が差し掛かるのを今か今かと待つ。
グリフォンが冷たい雲の中を抜けると飛行艇がいよいよ山に近づいているのがわかった。
昼にもかかわらず地上は薄暗い白で、山岳都市の明かりの他は谷間の交易所の灯りがちらほらと目に付く程度だ。
激しい風の音がなければしんと静まり返った銀世界だっただろう。
飛行艇の下部から吊り下げられた不気味な卵を見たノームは、ほとんど女の矯正のような悲鳴を上げた。
「なんてこった、ありゃ震動弾だあ!ヤバいぜ親父さん!」
「何だと?」
「ヤバいんだよ!アレが落ちると化学反応でまず一発ドーン!
連鎖で暴走した地精霊が地盤をドンドンドーン…!
そんでもって大地震がドドドーン!!」
複雑な物質-精霊間連鎖反応を擬音を使って大層わかりやすく表現するスコーチ。
飛行艇そのものはかなり損傷している、墜落させることは難しくないだろうが…
ふたたび砲座につきはじめるオークたちに稲妻を打ちながら、ハルビョルンが叫んだ。
「どうするオラフ!アレを止めるったって…作戦はあるのか!?」
「なんとかする!!」
オラフはハンマーを握り締めて、飛行艇の下から回り込もうとする。
スピードはさっきより落ちているはずなのに、風圧はますます強く感じられる。
あの爆弾をどうにか無事に…しかし、ハルビョルンの言うとおりだ。どうやって?
山の風そのものが空中からの侵略者に抗っているのかどうか定かではなかった。
「しつっこい連中でしゅねえ!」
ひびの入った展望ガラス越し、ギーゼックは追ってくるグリフォンたちをオペラグラスで眺める。
「雪の中では奴等も身動きが取れないにきまってましゅ!!
こういう時、気合の入った海賊、いんや空賊はどうするんでしゅか?ええ?!
もちろん、おもかじ一杯!ぶつけてやるんでしゅ!」
「アイアイサァ!」
がららららら……っ!
オーガがここぞとばかりに全力で飛行艇の舵輪を回転させる。
強引かつ急な旋回。
ハルビョルンのグリフォンは飛行艇にやや接近しすぎていた。
「ハルビョルン!何やっている、回避しろ!」
急な突風でハルビョルンのグリフォンはうまく上昇できなかった。
巨大な船体がグリフォンに叩きつける壁となり、逞しき空の帝王はあっけなく数百メートル下の地上へときりもみ回転しながら落ちていく。
「うわぁあああ」
悲鳴はすぐに雪にかき消された。
この高度で無事にパラシュートが開いたのかどうか。
技師のスコーチにもはっきりとしたことは言えない。
「まだだ。まだ爆弾が…」
焦燥する状況にオラフは歯を食いしばる。
「お父様!」
下界の雪の中から翼影が浮かび上がった。いつからいたのか?
純白のグリフォンにまたがった飛行帽の娘。
いつものように留守番をさせていたはずの娘が、いま目の前でグリフォンを駆っている。
彼女が戦闘用のハンマーすら持たないのを思い出してオラフは怒鳴る。
「アストリッド!!このバカ娘!こんなところで何をしている!?」
「この船は爆弾を積んでいるんでしょ?だったらやることは決まってるわ」
彼女が手にしているのは救助用のワイヤーを射出するクロスボウだった。
金属の弓にセットされた太矢。クリスタルスコープの照準をしっかりと合わせる。
「見ててお父様!クロスボウの腕前はイノシシ撃ちで鍛えたとおりだもの!」
太矢が卵の上部にある引っ掛け金具の穴を見事に通り抜け、同時に飛行艇側のフックを弾き飛ばした。
アストリッドの腰に結び付けられたワイヤーで、黒い卵は飛行艇から奪い取られグリフォンの方に宙吊りになる。
「んんん…っ!やっぱり重…でもなんとか!」
グリフォンから落ちないようにバランスを取りながら、娘は赤い頬を膨らませてなんとか震動弾の運搬をこなす。
ドワーフ持ち前の腕力と、ホバリングに適した雪グリフォンの力強い羽ばたきのなせる業だった。
雪と風に抱きとめられるように、白い羽毛の生き物はゆっくりと地上に降下していく。
「何をしてるんでしゅか!震動弾が!!あのグリフォンをはやく撃ち落しなしゃい!」
「させねえよ!!」
ギーゼックががなり立てるも、飛行艇の下部にある銛撃ち砲座に、スコーチが次々とサンダーボルトを放つ。
雷に打たれたオークが手足をばたつかせながら砲座から落下していく。
「くっそう!やってくれるぜ嬢ちゃん!!」
スコーチが感極まった様子で叫ぶ。
この状況で救助用ワイヤーの実戦導入の可能性についてまくし立てられないほど、ノームは感極まっていた。
「お前たちにはもううんざりだ!」
オラフの放つ最大威力の稲妻が、飛行艇の機関部を荒々しく貫いた。
黒い煙に包まれて横にゆっくりと回転しながら、飛行艇はコントロールを失って墜落していく。
ギーゼックが最後に見たものは大クルスベルグ山脈の絶壁。
ゆっくりと山にぶつかる船体は紙風船のように前後にぺしゃんこになり、それから業火に包まれて爆発した。
+++++++++++++
「交易所の方から連絡が入ったぜ。ハルビョルンはなんとか不時着して無事だそうだ。
グリフォンは杉の林に突っ込んでよう。どっちもまあ、要するに骨折だ。
医者の話じゃあ半月くらいはベッドから動けないらしいぜ!」
山深く灰色の町並みの中でも例外的に賑わっている、ミドンベルグの公営酒場。
鍛冶場帰りのドワーフたちがそろそろ大挙して押し寄せてこようかという頃合だ。
歯車式の自動販売機から泡だらけのエールを注いで来たスコーチは、席に着くなりタバコに火をつけた。
「なぁーーっ!?俺の整備したパラシュートはきちんと開いたろ?開かねえはずねえんだ!」
タバコを吹かしながら、目玉を大きくひん剥いて何かを強調するノーム。
オラフはジョッキになみなみと注がれたエールを喉を鳴らして飲み、頬をやや赤くして言った。
「あいつの頑丈さは士官学校から良く知っているが、それでも冷や冷やさせられたよ」
夕飯のブラッドソーセージをフォークで口に運びながら、グリフォン乗りたちは笑い合う。
空賊団が運んできた爆弾は、あの後きちんと軍が回収してしかるべき場所に廃棄する予定だそうだ。
飛行艇の残骸を調べれば今回の詳しいこともゆくゆくは判明するだろう。
こういった政治的なあれこれを現在の国軍に任せるにはいささか不安な面もあったが、悲観はしないでおこうとオラフは思った。
「で?なんでこの格好なのよ!!?」
アストリッドは赤と白のエプロンドレス姿で、他の給仕の娘たちに混じってエールを運んでいた。
ビスチェだのフリルのついたスカートなど滅多に着ない娘は、酒場の煤けたランプの下で顔をやたら赤らめていた。
スコーチは自前の携帯写真機でそれをぱちぱちと撮影している。
「あーーー。言いつけを破ったんだから罰は罰だ。
本当は伝統通りに一ヶ月間トイレ掃除をさせるつもりだった。
だが、助けられたことは事実だ。しっかり頼むぞ!」
「お父様、それ自分で言ってて苦しくないかしら!?
別に新作のトナカイのバッグが欲しいとか言わないから、娘にちょっとくらいご褒美を考えても罰は当たらないと思うんだけどー?」
「親には親の矜持というものがあるのさ。…それにな、いい社会勉強じゃないか。」
「ちょっ、どこ触ってるの?きゃあッ!」
仕事中なのにもかかわらず酔いの回った同年代の娘たちにはやくも体をまさぐられるアストリッド。
スコーチはパンクファッションのノームの娘を捕まえて口説き始めている。
そんな酒場の様子を一瞥して、オラフはまたゆっくりとエールを飲む。
グリフォンたちが寒さで凍えないよう、軍に頼んでいい餌を調達せねば。
自分たちの先祖がそうしたように、ドワーフの戦士は厳しいクルスベルグの冬に思いを馳せるのだった。
- かっこいいの一言に尽きますね。争いの発端からリッターの出撃とゴブリンの飛空艇の応戦から決着まで色取り取りの異世界素材で作られたものが飛び回り激しくぶつかり合う。細かいものから大きい兵器までこれはありそうと納得する作りが凄かったです。地球の道具の使い方も交流の産物みたいで面白いですね -- (名無しさん) 2013-05-06 19:18:10
- ドワーフと空というのが予想外。需要と供給というわけではないけど戦う構図がしっかりあるのが面白い -- (名無しさん) 2014-10-24 23:29:16
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最終更新:2011年10月17日 12:07