「さぁいよいよ一回戦も残すところ二戦になりました! 残りも私“赤い山脈(レイライン)”と…」
「うぅ…あぁ…えぇと…ワシの酒はどこへいったかのうトリさんや」
「お酒はさっき全部飲み干したでしょう…お爺ちゃん。…の!“青の剣鬼(ケンプファー)”と呼ばれ今尚恐れられている!…のでしょうか?」
「お師匠さまじゃ」
「ゲストの師匠さんでお送りいたします!」
「前の試合は紳士的決着のおかげで然程舞台には被害は出ていませんが…何やら設営で動きがあるようですね」
「おぉ~ぅ。まるで大きな盆栽じゃ~」
それまでの白硬石の円舞台の外側に二周り肥大化させる追加の石が合体する。 その石の上に次々と高速で生え伸びる木木木!
エリスタリア緑園庁の協力により植物を使った舞台演出や構成はあっという間であった。
「次の試合は森の中での戦いとなるようです!バトルインフォレスト!これは動き難そうだぞ!」
「当たらなければいいんじゃ~」
カカッ!
今は夜。闇夜の天幕を虹色の滝が晴らすとそこには二人と一人!
「さぁ!選手の登場だー!
新進気鋭の
スラヴィア貴族とその副官!それまでの饗宴とは一味違う戦いと運営で成績はうなぎのぼりだ!
貴族ティータと共に人間ながら奮戦する清浄のタッグパワーは未知!
大会出場権は、何とあの放浪卿エルバロンを野饗宴にて“秘策チクタクバンバン”で場外に落とし勝利して得たという!期待しましょう!」
ささやかな胸を張り鼻息も荒いツインテールの少女貴族とは対照的に、若干気だるげな面持ちでその後ろを歩く変形学生服の青年。
「そして向こうからの登場は謎多き猫人ディエル!
…何だ何だ何だぁ~?スラヴィア迷宮を勘とすばしっこさで駆け抜けて出場権をゲットした時とはえらく姿が変わっているぞ?伸びてる伸びてる!」
猫人の青年は一歩ごとにオーラを放ちつつ森の前へと歩み寄る。
「そぉ~れぇ~でぇ~はぁ~?レディ?レディ? …~っファイットォーーッッ!!」
号令と同じくして三つの影が森へと飛び込む。
森と行っても直径30メトルほどで走り抜けようと思えば抜けれる広さ。しかし端より落ちれば場外負け。
「さて、と。横か後ろかはたまた上か…」
髭を上下に揺らしながら森の中で周囲ぐるりと気を巡らすディエルだが、即座に短刀を抜き構えた。
「シッ!」
キィインッ
木々の間、黒の中から一直線に喉元を狙い疾(はし)る銀色。
レイピアの切っ先を弾いたのは何処の武器屋にでも売っている平凡なダガー。
「惜しいーッ!ティータのファーストアタックならず!」
「ヒュウ!迷いねぇな!」
「中々の反応速度ね! この大会をちょちょいと優勝して私の人生に花を添えるため…大人しく斬られてもらえせん?」
ティータとディエルの身長差もあってか、切り返す刃、折り返す刃は目も留まらぬ速度で撓り曲がり下方より急所を狙ってくる。
しかし、それを全て見切っているかのように息も切らさず弾き返す視線の網。
「互いの連撃が互いを打ち消し合う! 嵐の様な猛攻だがダメージは0だーッ!」
「身体能力補正を速度に振ったってか?一撃もらったらどうなるか…なッ!?」
双方無数の小攻撃の応酬で一歩も引かぬところから、ディエルが尾で傍の枝を掴み一歩分下がると間合いが崩れリズムが狂う。
「あっ!」
すかさず踏み込み詰めるティータだったが、運悪く足元には盛り上がった根。思わず躓き前のめりになる。
勿論、その勝機を逃す猫の眼ではなく ──
「決めるぜ!」 「お生憎様」
ティータの肩口目掛けて振り下ろされたダガーが届くよりも早く、ディエルの首元を掠める苦無。
咄嗟にダガーを止め首を引かねばクリティカルヒットは間違いなかった。
「本当に勘が鋭いな」
「ちょっとセイジョー何しているのよ!もっと援護しなさいよ!」
ティータの左右後方と素早くステップで移動する清浄。それに向け左手を添え視界に確保するディエルだが…
「二人とも速度重視。その上そっちの男は元から素早さそうだな。 参ったねこりゃ厄介だ」
「厄介ついでにそのまま降参してくれれば楽なんだがな」
「ッ!?」
ディエルの視界から清浄が消える。一瞬のうちに。
感覚を研ぎ澄まし追いかけようとするも、それを阻止する様にティータのレイピアが突き抜いてくる。
「これは何とも激しい攻防になってきました! 木々の中にも関わらずお互い凄いスピードです!」
「ふぅむぅ。あの猫の、一瞬忍の姿を見失ったの~。 これは面白くなってきたわぃ」
「こちらから見ている分には特に消えたりなどありませんが?どういうことでしょうか?」
「ふぁ~ふぁっふぁ。猫の動きを見ていれば分かるかの?特に頭の動きを」
体力ではややティータと清浄が有利。ほぼティータにのみ斬撃を与えるだけではあるが幾分かは防御や掠め当たりがある。
しかし、それ以上にディエルを惑わし焦らせているのが清浄。 視界から消えたと思えば視界の外から襲う刃。しかも速い。
そちらに集中すればティータの剣を受け、警戒を弱めれば閃きの如く斬りたてられる。
「何度かの斬り結びとその後の間合いの取り方で猫の視界を測ったんじゃの~。
娘っこの剣に一瞬気が向いた隙に最短距離を最大速度で視界の外へ退く。猫の目にはまるで消えたように見えておるのかもの~ぅ」
「何とも見事な速度の連携!当たれば逆転なのでしょうが当たらなければ大丈夫という強気の攻め!
互いを信頼しているのでしょうか、動きに一切の迷いがありません!どうするディエル!」
「うはっは!人間って種族はここまでやれんのか!世界は広いな!」
「神力の加護も使いよう。極端に扱う者がいないだけさ。 それはそうとその片目、塞いだままでいいのか?遠慮なく狙わせてもらうが」
周囲の空間把握を密にするためティータに超接近戦を仕掛けるディエル。
カウンターよろしく、あわよくば清浄の攻撃を掴みティータ諸共動きを封じる作戦に出たが、それまで木々や闇から現れ消えていた清浄が
ティータの背後や足元からも飛び出し攻撃を仕掛けてくる。
「呪言と剣舞やらで相手の感覚を惑わすワシの武技に近いが、あの忍は速度と相手の呼吸の調子をずらすことで姿を消しておるの~。
あれだけの基礎ができておる若者、ワシの道場に欲しいくらいじゃ」
「たしか師匠さんはお二人ほど弟子がいるとのことですが?」
「あ~。あ奴らはのぅなまじっか体が強い分、何でも強引にやってのけてしまうもんじゃから、絡め手なんぞ全く覚えようともせんから困っとる。
己の良きも悪きも理解した上で技を練らねば完成とは言えんの~」
「そろそろバテてきたんじゃねぇの?!」
「それはこっちの台詞よ!」
眉間を目掛けた突きを刃背で逸らせ凌ぐも、腕と体の隙間に出来た喉元への一本道。すかさずそこ目掛け苦無の一閃。
しかしそれはあくまで自然な剣撃の流れの中に作ったディエルの誘いだった。肉食獣をカウンターで仕留める際に使う故意の隙。
ディエルの狙いは伸びきったティータの半身ではなく、その背後から飛び出し必撃を繰り出す清浄にあった。
苦無を鼻先でかわし、そのまま出元へダガーを突き出す!
「って!?いねぇっ?!」
持ち手のいない苦無はそのまま枝葉へ向かって飛び上がる。 そして上体を反らしたディエルの下、地を這い滑り来る清浄が袖口より小刀を取り出した。
「ティータの攻撃が当たらないことも、その後の俺の攻撃をかわし狙うのも…読めていた。 勘が良過ぎるんだよ!」
後ろ手に握られた小刀がディエルの延髄目掛けて突き上がる!
カァッ!!
陽光はスラヴィアでは恐怖そのもの。眩いばかりの煌きがディエルより発せられると清浄の切っ先は思わず反れてしまう。
「これは…ディエル選手の超奥義のようです!
体力ゲージ点滅、パワーゲージMAXの状態から相手の攻撃に合わせてという発動条件!」
「う~む眩しいのぅ~」
「“王は不滅(カルバーン)”!! 技の性能は…分かりません!」
警戒のためにティータを抱えて飛び退いた清浄だが、光が体に収束した後はただ立っているディエルに対して攻撃を躊躇いはなかった。
キィンッ! カキィンッ!
自然体から無音で放つ苦無の二突を光の帯が捌き弾く。
交錯する途中、明らかに意識が飛んでいるディエルの表情に何かを感じた清浄は後方に置いたティータへと視線を移す。
── まさにその瞬間
最後の切り結びで破壊されたディエルのダガーは柄だけであったが、その柄から激しく伸びる光の刀身
声は発しないが咆哮の様相で両手を掲げると二色の光が混ざり合い巨大な剣を構成する
会場の闇天井を破り伸びた光剣はそのままディエルの動きに合わせ、それはまるで雷の如く
「っ! 紙蝉の術!」
閃きは瞬く間に幅広になり横薙ぎでティータと清浄を飲み込む。一刀両断に真横に切れ崩れる森。
歓声が巻き起こり決着が囁かれている視線の先で土煙が晴れる。
そこには全体の三分の一ほど黒焦げになったカーター。と、その後ろにティータと清浄。
「上手くいったな。助かった、紙」
「いえいえどういたしまして。ですけど紙使いが荒くありませんか?私コゲちゃいましたよ」
「主人を守ったんだ。名誉の負傷だろう。 …それはそうと、降参だ、俺達は負けを認める」
「えっ?!」
「はっ!?俺は一体」
突然の清浄の降参宣言で目を丸くするティータと自我を取り戻したように目に光が宿るディエル。
「ちょっと何でよセイジョー!まだ全然やれるでしょ?!」
「お前がもっと強けりゃ続けたけどな。不安要素が大きすぎる」
「…あぁ!成る程。ゼプトさんは加護である
モルテ様の力が信用できないと。更に太陽神の力でティータ様が消滅などしてしまうとダークサイドに落ちて復讐の戦士になってしまうーみたいなアレですか」
「え?何何?」
「ちょっと黙ってろ紙。 とりあえず俺達はここまでだ。帰るぞ!」
試合は呆気なく決着。
「面白そう!」
「どうしたのですかモルテ?突然」
「いやぁちょっと面白いネタを思いついただけだヨー」
「何か俺自身も分けが分からないうちに勝っちゃって申し訳ないな」
「いや、あれもあんたの力には違いないんだ。俺達に勝ったんだからこのまま優勝までいけるように祈ってるさ」
「う~ん何か釈然としねぇなぁ… もっぺんあんたらと戦うことってできるか?」
「物好きだな。 …饗宴に参加したら戦うこともあるかもな。生者である俺も参戦できているからあんたもいけるんじゃないか?」
「ふぅん、饗宴か。覚えておく」
「中々見所のある試合でしたね!」
「そうじゃのぅ。若いもんが育っているのがよぉく分かったわい。ところでうちの馬鹿弟子の試合はまだかいのぅ?」
「師匠さん、カナヘビ氏の試合は前に終わっていますよ? 二回戦に進んだので後ほどまたありますが」
「なんじゃて?!」
ディエル ○ ― ● ティータ&清浄
- パワーアップ補正ならではのスピード攻撃か。清浄が降参しなかったら本当にティータは消えてたかもしれない -- (名無しさん) 2015-06-26 09:19:51
- スラヴィアンと太陽神の力とで相性が悪かったのもあるけどモルテの加護が信用できないという降参理由は説得力ある -- (名無しさん) 2015-06-28 20:05:59
最終更新:2015年06月25日 00:51