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【シキョウ&スイメイ ○ ― ●  セイラン&テンコウ 二】

 攻守を交代すること五回、自分の予想をはるかに超えて、セイランは持ちこたえていた。
 攻めるときについては苦労はなかった。もっぱらシキョウを相手取り、見たことのない珍しい武器に変化した黒剣でもって打ち掛かると、シキョウも楽しげに応じる。セイランの黒剣は手首のわずかな動きに応じて翻り、それがテンコウの起こす風に乗った軽功と合わさって、まるでいっぱしの武人になったかのように飛び回ることができる。そんなセイランにシキョウは苦も無く追随し、セイランの攻撃をやすやすと受け止め、押し返す。時にはぱっと飛びずさって距離を取り、セイランの攻め手をそっくりまねてみせる。ただ黒剣に導かれるままに動くだけのセイランと比べると、その動きの精妙さは素人目にも明らかで、セイランは思わず見とれてしまう。シキョウはそんなセイランに目配せしながら、やれこの棒術は碧山の牧童が編み出したものだの、三星剣術の星一つ一つに込められた由来だのについて楽しげにうんちくを傾けては、思い出したように鼓手に合図して手番を譲るのである。
 初めのうち、観客たちはシキョウのやり方に野次を浴びせていた。真剣勝負を見に来たのだというわけである。だが、それもシキョウが次々と絶技を披露し始めるまでのことだった。シキョウの声は風に乗り、闘技場に余すところなく響き渡る。野次はだんだんと鳴りを潜め、歓声や賞賛にとってかわられた。
 ――大師の言った通りです。
 双刀の沸き立つような乱舞にどよめく人々を見ながら、セイランは胸をなでおろした。
『シキョウ様が存分に手の内を見せてくれるというのですから、喜ばぬものなどおりませんよ』
 大師はそういっていた。武芸の心得のない一般人とて、多彩な武術には目を瞠る。まして武人であるなら、シキョウの伝説的な技を目にして文句のあろうはずもない。それも、見せてくれるのは一つの技に留まらないのだ。
 シキョウはあくまで守りに徹し、わずかな反撃の手を除いてはセイランに打ち掛かってくることもない。セイランが疲れたと見るやシキョウは長話に入り、セイランを休ませてくれる。充分用意が整ってはじめて、シキョウは攻め手をスイメイに譲る。
 そうして始まるスイメイの手番は、セイランにとっては試練である。
 竜巻にもみくちゃにされるというのが近い。スイメイの手番を知らせる太鼓が鳴り響くや否や、セイランをその身に抱え込んだテンコウは目にも留まらぬ速さで駆け回る。だが高く飛ぼうが、速く駆けようが、スイメイの間合いから出ることはできない。そうしてセイランに追いついたスイメイは、鈴をじゃらじゃら下げた短剣で容赦なく攻撃を仕掛けてくる。面倒くさいとでもいうのか、あるいは手加減のつもりなのか、スイメイは武器を一切変えていない。
 だがそんな苛烈な攻撃も、セイランの鈴を奪うには至らない。すべての攻撃は黒剣が防ぎきっているからだ。
 三度目の攻撃をしのぎ切るまで、セイランはそう誤解していた。
 防がれているのではない。防がせているのだ。
 セイランを狙うのはすべて、黒剣を引きずり出すための駆け引きに過ぎない。セイランも、そしてテンコウさえも物の数には入れず、スイメイの冷たいまなざしはただ黒剣だけに据えられている。
 まったく、セイランは気が気でない。
 審判役を買って出ているシキョウがスイメイの手番を終わらせる太鼓を鳴らすたびに、黒剣には傷が増える。艶消しの表面が削れ、その舌から金色に輝く筋が現れる。手番を重ねるごとに、黒剣の動きは重く、鈍くなっていく。
 ――大師、頑張ってください。
 セイランは手に力を込める。黒剣は小さく脈打ち、そうして剣の形をとった大師は、無言でセイランを慰めた。


「私が化けます」
 大師が三千器械のあらましを説明した時、セイランは自分が武器など何一つ使えないということを指摘した。その時に、大師がこともなげに投げ返したのがこの言葉である。
「化けて――どうするんですか」
「私が代わりに動きます。公主さまは、手から離さないように気を付けてくださるだけで結構です。多少でしたら、落とされても自力で戻りますが」
「動きます、って言われても」
 大師の真顔を前にしてなお、セイランはたわごとを聞かされているという感覚がぬぐえなかった。
 セイランにとり、大師は大師である。いつも難しい顔をして、セイランの書き損じをただし、あるいは事あるごとにうんちくを傾ける。帝国一の碩学であり、つまりはとても偉い学者様ということである。
 なるほど見た目より身の軽いところはある。得意とする変身の技も合わせれば、奇想天外な動作で相手をけむに巻くことはできるかもしれない。かつてゲートテロで、セイランは大師が壁や羽虫や水たまりに化けてテロリストを制圧するのを見たことがある。
 しかし戦うとなると、全く見当がつかなかった。
「ご懸念はごもっとも。しかし心配はご無用です。拙い技ではございますが、昔取った杵柄がございます」
「昔、ですか」
 大師の過去をセイランは知らない。この時初めて、セイランは逸れを意識した。
「少し体を動かすよう、聖母からも仰せつかっておりますので。では早速、試してみましょうか」
 そうして、半信半疑のセイランの手の中に大師が黒剣となって飛び込んできた。黒剣はセイランの思うままに動き、そうしてセイランは安どするとともに、大師の意外な一面を知って複雑な思いを抱いた。


 その黒剣は、今や青息吐息のように思われた。どんどんどんと打ち鳴らされる太鼓の音にスイメイが身を引き、ようやくセイランは一息つくことができた。
 黒剣の正体が大師だとは明かしていない。だが怪しいのは誰の目にも明らかであって、だからこそスイメイは黒剣を執拗に狙う。さっさと終わらせようとしているのか、それとも、自分の攻撃をしのがれるという思いもかけない事態にいらだっているのか――スイメイの底知れない深みには今や波が立ち、その波はすべて大師がかぶっている。
 黒剣がぶるりと震え、くにゃりと曲がった。もはや全体至る所ヒビに覆われ、形を保つだけで精一杯にさえ見える。それでも大師はなんとか持ち直して、両端に刃の突き出た丸い小盾の形を取った。攻撃のための武器ではなく、防御に特化した盾。黒地に金の溝が縦横に彫り込まれたその美しさに、セイランは息を呑み、そして決断した。潮時だ。そろそろ負けなくては。
 シキョウがセイランのものと同じ盾を選び、構えた。楽しげだった雰囲気は今や鳴りを潜めている。シキョウもまた、スイメイのやり方に危ういものを覚えているのだ。ちらりとスイメイに投げた視線には、険しいものが宿っていた
 そうして、すっかり静まり返ってしまった会場に、どん、と太鼓が響き渡った。どんどん、と後二回続くはずであった。セイランが攻める手番を告げる太鼓が鳴り――だが、動いたのはスイメイだった。興味を失ったようにたたずんでいたスイメイは、次の瞬間にはセイランの眼前に迫っていた。ぎいん、とにごった音がした。スイメイの剣が、セイランの前に割り込んだシキョウの盾を切断した音だった。金属の外枠ごと半分にされた盾を投げ捨て、セイランを後ろに押しやりながら、シキョウは首を傾げた。
「何の真似だ、スイメイ」
「こちらのセリフだ、シキョウ」
 しゃらん、と鈴が鳴った。スイメイの剣の先に吊るされたいくつもの鈴は、これほど鋭く振るわれても小動もしない。剣でセイランを、そしてシキョウを順繰りに指し、スイメイは低くいった。
「なぜ庇う」
「孫なんでな。忘れてそうだから付け加えるが、お前の孫でもある」
「そして私たちを連れ戻しに来たのだろう。そうだな?」
 初めてスイメイがセイランを見た。黒い穴が足元に開いたような気がして、セイランは小さく飛び上がった。テンコウが起こした風がセイランを持ち上げ、ほんの一瞬浮足立ってしまった。その一瞬を、スイメイは見逃してくれなかった。
「無駄なことだ。私たちは決して戻るつもりはない」
「似たようなことはもう俺が言った」
「なら何故勝負などせねばならん。こんな茶番、時間の無駄だ」
「妙なこと言うじゃないか。この勝負に俺たちを引っ張り込んだのはそもそもお前だろうに」
「――邪魔をするな。さっさと終わらせてやる」
「どうしたんだ、スイメイ」シキョウの声はわずかにかすれていた。「お前らしくもないな」
「そうか?」
「ああ」シキョウがぼそりといった。「すまんな、スイメイ」
 スイメイが剣を下ろした。その肩が揺らぎ、震えだした。スイメイは笑っていた。どろどろと零れ落ちた笑みはやがて、かきむしるような笑い声に変わった。シキョウは立ちすくみ、セイランは身を縮め、見守る観衆たちは言葉をなくした。
 スイメイが嗤うのを止めたとき、真空だけが残された。
「どけ、シキョウ。その剣を破壊する」
「その必要はない。セイランはここで棄権する。お前の望み通り勝負は終わりだ、いいな、セイラン」
 セイランはがくがくとうなずいたが、スイメイは濁ったままだった。
「そんなもの、どうでもよい。その剣を折り、砕いて、この世から消し去るだけだ」
「そんな……」
「なんだ急に。その剣が何した。え? 妙な仕掛けが気に障ったか」
「私の剣を受け止めた」
 私の剣はお前のものだ――凍てついた空気を、言葉がどさりと踏みしだいた。
「お前だけのものだ。私を受け止めてよいのはお前だけだ。それをその剣は汚した。だから破壊する。私にはお前さえいればいい。だから」
「止めてください!」
 黙っていることはできなかった。セイランを包み、守るテンコウが柔らかく体を締め付け、引き下がらせようとしていた。だがセイランは一歩前に出た。大師が化けた黒い盾を抱き抱え、時々走る力ない脈動を感じ取りながら、セイランはスイメイをはっきりとにらみつけた。
「勝手なこと言わないでください! これは大師が化けてるんです! 私の後見人の仙人さまなんです! 壊すなんて言わないでください!」
「なるほどな」とシキョウが言った。「俺の見立てもまずまずだったってことか」
「――それで?」
「それで、って」
「仙人だろうと何だろうと同じことだ。万死に値する」
「そんな――大師、大師! 元の姿に戻ってください! この人に何とか言ってやってください!」
 とくん、と盾が震えた。表面に走る金線が輝きを増し、全体がわずかに温まり――だが、それだけだった。沈黙してしまった大師を抱えて、セイランは茫然となった。シキョウが天を仰いだ。
「怪我か」
「そんな」
「邪魔するなら、お前も同罪だぞ、小娘」
 スイメイの声は、いっそあまやかでさえあった。初めて親しみに目覚めたとでもいうように、スイメイは一歩、また一歩とセイランに向けて歩みだした。
「おまえと、その仙人と、そのふざけた風精と、まとめて斬り捨ててやろう。安心しろ。何も感じないぞ。光栄に思うがいい」
「いい加減にしろ、スイメイ」
 怒気を孕んだシキョウがセイランをかばい、だがスイメイは止まらなかった。
「庇うのだな」
「止めろと言った」
「止めなかったらどうする? 聞き分けの悪い妻にお仕置きでもするか」
「必要ならな」
「それはそれは、楽しみなことだ。遠慮はいらんぞ、シキョウ。存分に私を仕置くがいい。邪魔なこいつらを葬った後で」
「スイメイ……」
「私はお前さえいればいいのだ」
 一言一言進むたび、スイメイの存在は逆に遠ざかっていくように思われた。底知れぬよどみがセイランたちを飲み込もうと蠢いた。悪意と憎悪のしみだす穴は、もはや怪物ですらない。
 息をすることを思いだして、セイランは息を吸い込み――笑い出した。
 一度始まるともう止まらなかった。初めのうちこそ、セイラン自身も驚いていた。恐ろしさのあまり、心のタガが外れてしまったのだと、自分の中の客観的な部分が冷やかに見つめていた。だが、笑い声を耳にしているうちに、だんだんとおかしさが込み上げてきた。セイランは腹の底から笑った。笑って笑って、顔をしかめるスイメイのことごとくを笑い飛ばした。恐怖はとっくに失せていた。
「ばーっかじゃないですか」
「なんだと」
「いい大人が、小娘みたいに駄々こねてバカじゃないですかって言ったんですよ、ご先祖様! ごめんなさい、シキョウ様。奥様を愚弄してしまって」
 セイランはたっぷり気取って頭を下げた。シキョウは目を丸くして、スイメイから視線を外してしまっていた。セイランはますます気を良くした。胸を張り、盾をしっかり抱えながら、セイランはスイメイをびし、と指さした。
「今まで、お二人を連れ戻せるかどうか、自信がありませんでした。できるかどうかもそうですし、何より連れ戻すのがいいことなのかどうかも確信もてませんでした。いろいろ事情がありそうですし、私なんかがくちばしを突っ込んでいいのかって。でも、今、はっきりわかりました。こんな風になってて良いわけがないです!」
「セイラン……」
「お前に」スイメイが止まり、軋んだ。「何がわかる?」
「わかんないですよ、もちろん。ただ、今のスイメイ様がやってることが何なのかはわかります。八つ当たりです! 私みたいな小娘だって、みっともないことだと知ってます。なにが『お前さえいればいい』ですか! 見当違いなやきもち焼いて、シキョウ様を散々困らせて、その挙句にお仕置きが楽しみだなんてもうめちゃくちゃです。
 私、ずっとあなたのお話を聞いて育ってきたんですよ。あなたとシキョウ様の追いかけっこを。変な意地を張ってバカなことをするのはいつだってシキョウ様の方でした。あなたじゃなくて
 いったいどうしちゃったんですか。何がそんなに悲しいんですか。怒ってるんですか。全然らしくないです」
「だまれ」
「黙りません!」
「だま、れ!」
 スイメイが動くのが、今のセイランにははっきりと見えた。剣が持ち上がるのも、シキョウが割り込むのも、それをスイメイが荒々しく突き飛ばすのも。テンコウとともに力いっぱい飛びずさっても、スイメイから離れることはできなかった。スイメイは苦も無く追いすがり、横一文字に剣をふるった。
 さく、と、枯れ木が折れるような音がした。カランと音を立てて、それが地に落ちた。シキョウも、セイランも、テンコウも、そしてスイメイまでも、それを凝視した。自ら動いてセイランを守った黒盾の下半分が、ゆらゆらと揺れていた。その表面に金線が震えた。セイランの手の中で、盾の上半分が熱を帯びた。掌を焼かれて、セイランは思わず盾を取り落した。盾は地に落ち、するすると滑ると、切り離された下半分と自らつなぎ合わさった。その表面で金線が燃えていた。いや、あれは――
「金炎か」シキョウがうめいた。
「まずいな。俺の考えが当たりなら――」
 炎が縮み、脈打ち、そして消えた。ごり、と重い何かが、盾の、大師の中でこすれた。低いうなり声がどこからともなく沸き上がり、盾がカタカタと呻いた。大師であるはずの盾は、まるで獣のように怒りを放射していた。
「――大師?」
 茫然とつぶやいたセイランに応えるように。
 黒い塊が、爆発した。





 但し書き
 文中における誤りは全て筆者に責任があります。
 独自設定についてはこちらからご覧ください。
 また、以下のSSの記述を参考としました。
 【続・その風斯く語りけり】

 四周年企画・スラヴィア大バトル大会における対戦カード シキョウ&スイメイ ○ ― ●  セイラン&テンコウ

  • 冒頭のシキョウの昔語りだけで何本か作れそうなワクワク感。そして恐ろしい怖いスイメイ…マジ怖い! -- (名無しさん) 2015-07-21 02:45:43
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最終更新:2015年07月18日 20:13