「ヒ、ヒロト、ク、クリスマスはどうするつもりなんだ?」
「え?クリスマス?コンビニのバイトだなぁ。朝から晩までチキンを揚げては売る機械になるんだ俺・・・・・・」
十津那大学の食堂、昼時の喧騒の中、向かい合わせにそれぞれ昼食を載せたトレイを置いて椅子に腰掛ながら話すのは典型的な日本人の青年と
ミズハミシマから留学してきた鱗人の女性、会話の内容は時節のご他聞に漏れることのない数日後に迫ったクリスマスの予定について。
「トガリさん、チキンを揚げる時はね、誰にも邪魔されず、自由でなんというか救われなきゃダメなんだ、一人で静かに黙々と・・・・・・」
「そ、そうなのか?たしかに私も武術の師に鍛錬についての心構えでそのようなことを言われたことがあるな、何かを極めようとするということはいろいろ共通点があるのかもしれないな」
何かを思い出したのか、突然どこか遠い眼をしてトガリと彼が呼んだ鱗人女性に向けて語りだすヒロトと呼ばれた青年、、その豹変振りにやや驚きつつも律儀に相槌を打つ彼女は日本と
ゲートと呼ばれる接続点で繋がった異世界側の国家ミズハミシマから日本に地球の文物を学ぶ使節団の一員としてやってきた。その大きな目的の一つに地球の武術についての見聞を広めるというものがあり、彼女自身もミズハの武家の出身で幼少から槍の鍛錬に勤しんできたということもあって度々そうした視点で物事を考え口にすることが多い。
「そういうトガリさんはどうなの?俺の知り合いは商業区のクリスマスイベントに行くとか、あと神戸市内まで出かけてみるとか話してたけど」
「わ、私は・・・・・・」
再びいつもの調子に戻ったヒロトがトガリに何気ない感じで尋ねる。自分から話題を振りながら、いざ逆に尋ねられるとどこか歯切れの悪いトガリ、この反応を見てそれなりに人の機微に敏感なものなら彼女がどういう考えと気持ちでこの話題を向かい合う青年に切り出したか分かりそうなものだが、残念ながら当人であるヒロトはこの手のことに関しては極めて鈍感な類であった。
「あらぁ?何の話をしてるの?」
そこへもう一人の声が割って入る。
「あぁ、カスミ。いや、クリスマスの予定のことだ」
「うん、俺はバイトなんだけどね」
トガリの横に座ったのはカスミと呼ばれたトガリと同じくゲートの向こう側に存在する国家
ドニー・ドニーからやってきた鬼人の女性、鬼人という種族の例に漏れず日本人女性より遥かに高い長身をリボンやレースがこれでもかとついた世間一般ではいわゆるゴスロリ、ゴシックロリータな服で包んでいる。それゆえに思い思いの私服姿が当然のように溢れている食堂にあってその姿はかなり浮いた部類に寄っている。しかし、人類種だけならず異世界からの様々な種族がまだまだそう多くはないものの紛れているこの空間ではもはや皆それが当たり前のものとして受け入れている感があって殊更奇異な視線を向けてくる者はいない。
「クリスマスの予定、ねぇ・・・・・」
カスミはそこで一度言葉を区切り、チラリと視線を横へ、それに気がついたトガリが別の方向に視線を向ける。
「私はゴスロリ友の会のみんなとクリスマスバーゲンセールに行く予定ね」
「バーゲン?ゴスロリ服の?」
「それもあるけど、どっちかっていうと生地とかレース?私は既製品着れないから」
やや肩を竦めてそう話し、テーブルの上に置いた昼食に手をつけ始めるカスミ、ちなみに彼女のトレイの上には豚レバーの中華風炒め物に鶏レバーの唐揚げが山盛りになっている。
「相変わらずだな。たまには魚を食べてはどうだ?」
「これを食べないと調子出ないだからしょうがないでしょ?鉄分補給のサプリメントってけっこう高いんだから」
カスミはマイ箸として携帯している鉄箸で唐揚げを摘み上げては口に運びながら話す。その健啖さとは裏腹に箸の持ち方、食べる姿勢、喋る時には口に手を当ててみるなど諸々の所作に彼女の育ちの良さがうかがい知ることができる。
異世界の種族である鬼人は通常の食事とは別に多量の鉄分を摂取することで骨などに鉄分を凝縮させるという性質をもっている。そのため例外なく鉄分の豊富な食物を好んで食べ、場合によっては飴玉のようにパチンコ玉を口の中で転がしている者もいるくらいである。
「それに、トガリだって魚ばっかりじゃない」
「私は毎日メニューを変えている。昨日は煮魚定食だったし、その前は焼き魚定食だった」
「はいはい。結局魚なのは変わりないわね。まぁ、代わり映えしないっていう意味ではヒロト君が一番ね、それ以外食べてるの見たことないもの」
「うむ、たしかに」
「え?俺?」
カスミとトガリがそう言って見つめる先、突然観客席からリングの上に立たされたような表情をするヒロト、その彼の前に置かれたトレイの上に並んでいるのは通称ビンボーランチと呼ばれるその日その日のあまり物食材で作られたメニュー、味に関しては無難、価格を考慮すればむしろ上々の評価を受けてもいいものではあるのだが、『あのランチを食べ続けていると金運が下がる』との噂から、よほどの金欠学生しか注文する者はおらず、それを飽きもせずに常食しているのは学内広しと言えどヒロトくらいだと言われている。
「なんだよ!俺は安くて美味くて栄養も考えられてるから毎日食べてるだけなんだぞ!?ビンボーランチなんて言ってる奴のほうが料理を作ってくれる人に対して失礼だろ!」
「それは、たしかにそうだ・・・・・・」
「自分が食べてるものがなんて呼ばれているかは理解してるのね・・・・・・」
ヒロトの無駄に強い意志の宿った主張にトガリが得心した表情をする一方、カスミは苦笑いを浮かべる。
「ごちそうさまでした!それじゃ俺ちょっと午後の講義の準備を手伝うことになってるからお先」
「あ…、あぁ、わかった」
「ヒロトくん、いってらっしゃい」
三人の中で一番に食べ終えたヒロトはそう言ってトレイをもって席を立つ、それに対してトガリが何か言いかけようとするが無難な言葉で取り繕い、カスミが見送りの言葉をかける。午後の講義はそれぞれバラバラ、その後はそれぞれの予定的に顔を合わせることはないだろう。
「それじゃ、トガリさん、カスミさん、また!」
そう言い残し、ヒロトは遅れて昼食をとるためにやってきた学生や大学関係者でごった返す方向へと食べ終わったトレイを返却するために歩いて行き、やがて群集の中に消えてしまう。
「また今日も言いそびれたのね」
「・・・・・・なんのことだ?」
ヒロトが立ち去った後、食事を再開しながら口にしたカスミの言葉にトガリの箸が止まる。
「クリスマスのことよ、まったく早く切り出さないからバイトの予定なんて入れられちゃうんでしょ?」
「・・・・・・」
既に粗方姿を消した唐揚げと炒め物の山を完全に消滅させんとラストスパートに入るカスミと、完全に箸を止めて俯くトガリ。
「こうなったらイヴは諦めてその翌日か前日、でも、ヒロトくんのことだからクリスマス周辺はもう全滅かもしれないわね」
「うぅ・・・・・・」
先に片付けた炒め物の皿に残ったタレを僅かに残った唐揚げでふき取るように付けて口に運びながら語るカスミと、周囲にドンヨリとした負のオーラを出しながガックリと項垂れていくトガリ。
「このままだとせっかく調べたデートコースとか無駄になっちゃうけど、まぁ、もしダメだったら私と一緒にバーゲンセールでも行きましょ」
「ううぅ・・・・・・」
完全に二つの山を食べ尽くしてごちそうさまの合掌をするカスミと、その横で完全にテーブルに突っ伏すトガリ、色恋より今は趣味と食い気なカスミと、人生で初めての恋に戸惑いにっちもさっちも行かなくなっているトガリ、すでに揺るがぬものとなっているカスミのクリスマスの予定はともかくとして、トガリのクリスマスは多難のようである。
- これは余程のプッシュがないとヒロトがトガリの想いに気付かないパターン!友達以上への道のりが険しい -- (名無しさん) 2015-12-05 23:23:50
- トガリよ、良い事を教えよう…。サンタ…お前がサンタになるのだ…! -- (名無しさん) 2015-12-06 22:53:27
- ヒロトがどんどんバイト戦士へとプロフェッショナル化していけばいくほど離れていくトガリとの恋愛コース -- (名無しさん) 2015-12-27 17:04:21
- 異種混合大学生活の一面ながらも種族性の色が出ていて面白い -- (名無しさん) 2017-08-05 08:41:29
最終更新:2015年12月05日 23:22