「空ってのはどこでも真っ直ぐに飛べるってワケじゃないんだ。
陸で岩をかわすみたいに飛んでる生き物なら見て避けることはそう難しかない。厄介なのは精霊なんだ」
夕暮れがじわりじわりと赤く染め上げる空を、透き通る鳩に先導されるように鳩の様な飛竜が飛ぶ。背には人間と
エルフと
ノームと荷物。
「精霊…風とかですか?」
鳩尻の上、荷台に荷物と一緒にしがみついているラニが騎手である瑪瑙に問いかける。
「そうさ空と言えば風精霊。でも急に集まって溜まりになる水精霊だっているんだぜ。
こっちもそれなりのスピードで飛んでるワケだから、大きな水溜まりにぶつかったらタダじゃ済まない」
「風も水も遠目じゃ見え辛いから危険なんだよね」
「そんなのどうやってよけるんです?!」
急に目を丸くして周囲をぐるぐる見渡すラニ。辺りには目立つような雲らしい雲もない。
「ボクが音を出してその反響で精霊がいるかどうか、どんな気分なのかを察知するの」
「その状況判断を元に俺がワナヴァンを操る。自身で強く周囲に気を張らなくて済むワナヴァンは全力で飛べるってワケだ」
「へ~。だから時々イスズさんが音階を口ずさんでいるんですね」
「そういうこと。しっかしまぁ今回は特に警戒する必要もナシで全身全霊全力疾風さ。
何せ風の大精霊直々に開いてくれる空の道を真っ直ぐに飛ぶだけだからな!そんじょそこらの精霊なら近づいてくることもない」
確かに瑪瑙の言う通りに透き通る鳩が大風を生み出し伸ばす螺旋の風回廊には、時折発生する旋風や雨雲も自ら遠ざかっている様子だ。
『うむ。我が威厳にかけて何者の妨害もさせずこのまま
新天地へと道を開こう』
「さっすが大精霊!毎回こんなんだと大助かりなんだけどなぁ」
「何言ってるんだよメノー。メノーみたいなどこぞの冒険者に、意思と大きな力を持つ精霊が呼びかけに応じてくれるなんてまず有り得ないんだからね。
今回は特別も特別でボク達が大精霊を解放したことの恩返しみたいなものなんだから」
「へいへい分かってますよ。世の中そんなに上手くいきませんよってか」
軽口を叩きながらもワナヴァンは他の空送屋が羨むほどの速度で赤空を真っ直ぐに飛翔する。
「確かにこれなら夜にはニシューネン市に到着できそうです」
『…うむ。いかんな』
「雲行きが怪しくなってきたのだわ」
「うん?どうしたんだ?」
「メノー、これはちょっとまずいかも。音が返ってこないんだ」
夕暮の空に夜の黒が混ざり始めた頃、進路方向遠くに何かが渦巻いて見える。
大精霊の風回廊も物とせずにそれはむしろ大きく大きく膨らんでいくようにも感じた。
イスズは音や歌を発し、それに反応した精霊による反響を感じ取り情報を得ることができる。特に風精霊とは相性が良い。
状況次第では、精霊の気分気持ちに調律を合わせて惹きつけて事象力を行使してもらったりもする。
機嫌が良い精霊なら音には色が付くなどして返り、機嫌が悪い精霊であればそのまま返されたり硬く弾かれて戻ってくる。
しかし今回はそれのどちらでもないケース。
「確かに精霊はいるのに全て吸い込まれてる。意思の疎通も何も無理な精霊なんじゃないかな」
「おいおい…進むにつれてどんどんデカくなってくるぞ? 余程遠くにあってあの大きさなのか?!」
灰色、銀色、青色、白色。多くの色が混ざり合い光る雲は表面が荒れた海面の如くうねっている。
「大精霊!あれをどかすことはできないのか?」
既に翼は六枚に増え鳩の様相から大鷲か隼かに変貌しつつある大精霊に瑪瑙が問いかけるその間も、混雲は巨大に接近してくる。
『うむ。あれは“冬”のようだ』
「冬?」
『うむ。世界に限りなく一体となった無数の精霊が生み出す理。それは幾度となく訪れてきた世界の景色』
「季節を生み出す精霊群!連綿と続けられてきた世界の表情とか人の声が届くわけないよ!」
「なるほど…とりあえず巻き込まれたらカチンコチンか何かでお陀仏ってことか」
明らかに下がっていく温度と吹雪いていく空に緊張が走る。
『うむ。しかし我にも意地がある。出来得る限りあれを防ぐので、その間に皆は ──
ゴォオォッッ!!
まだ遠くに見えていたはずの混雲、冬。それは大精霊の言葉を呑み込み覆いつくす顎。
激しく渦巻く凍える大気の暗闇。大精霊の加護が無ければ一瞬で瑪瑙達は凍り付いていただろう。
『うむ!良かろう!我の存在全てを以ってして冬、お前を止めてみせるぞ!』
一際大きく碧風が巻き起こると、それはワナヴァンごと冬の中から放り出す。
「大精霊!すまない!ワナヴァン、全力で飛ぶんだ!」
「メノー!停まった冬から雲が千切れて向かってくるよ!」
「あわわわ!竜巻になって迫ってくる!」
夜が降りきった空は大荒れ。その中をまるで竜のようにうねり飛び追い立てる冬の欠片からワナヴァンが逃げ飛ぶ。
「…メノー、ボク達もう駄目かも知れない… だから、最後に言っておきたいことがあるの…」
「イスズ!諦めんなよ!最後なんて最後になるまで分かんねぇだろ!」
「二人と一羽さん、頑張って下さい!」
「瑪瑙!イスズ!」
「何だよワナヴァン!」
「先月ディルオクでカラオケセットを落札したのだわ。45万の請求が来月頭にそちらに行くのだわ」
「ちょっ!おまっ、ここぞとばかりにとんでもねぇこと言いやがって!厩舎でどんな生活してやがる!」
「45万はちょっと酷過ぎるよワナヴァン!」
「45万って…俺がこっそり革屋に注文した岩鱗魚の腹革の支払いと合わせたら…」
「何?!メノーも何かあるの!?」
「110万とんで8千円ってとこだな」
「もぅ何やってるんだよ二人共ー!そんなだから貯金が全然貯まらないんだよ!」
「あわわわっ!もうすぐ後ろまできてますよ!」
既に悟りの無表情で手綱を握る瑪瑙の背をポカポカと叩くイスズ。そうこうしているうちにワナヴァンの尾羽が徐々に氷結していく。
「イスズ!何とかして他の風精霊を呼んでスピードを上げるんだ!」
「冬がすぐそこにいるのに精霊が来てくれるワケないじゃないか!」
「イスズ。お前ならできる。いや、お前にしかできないことなんだ。頼む」
顔を横まで振り向いた瑪瑙が片手を伸ばしイスズの腕を取る。凍り付いていくイスズの頬に熱がこもる。
「そんな、メノー、ボクには無理だよ…」
「いや、出来るさ。俺が信じているからな!」
「そ、そこまで言うのならやってみようかな!」
(うわぁ、イスズさんちょろすぎな人です)
(相変わらずちょろいのだわ)
そっと目を閉じてすぐに懇親の声を響かせる。歌詞はなく透き通る音だけが黒空へと舞い上がる。
「…メノー」
「おう!いけそうか?」
「辺り一帯丸っきり全然精霊がいないみたい」
「なんですとーっ!?」
「あわわわわーっ!」
「終わったのだわ」
ゴォウッッ
冬はとてつもなくとんでもなかった
果たして三人と一羽の運命は?ニシューネン市に辿り着くとかそんなの言ってる場合じゃない?!
- 季節とか世界そのものになると神にも匹敵しそう。メノーは金銭感覚が豪快冒険者になってきてるな -- (名無しさん) 2016-02-03 20:41:50
- ワナヴァンの日常が気になる…不思議動物だ -- (名無しさん) 2016-02-03 21:14:46
最終更新:2016年02月03日 04:12