「──ということで私達は生命の環から離れながらもこの世に──
もぞ もぞ
「──しかし決して生者に対して私達は──
もぞ もぞ もぞぞ
「どうかされましたか?目が泳いでいらっしゃいますけども」
待ちに待った
スラヴィアの国主であるサミュラ嬢への取材。記者人生最大のイベントとも言えるこの時なのにどうしても気がそぞろになる。
その理由は…“影”だ。 目の前にて優雅に椅子に腰掛けるサミュラ、その足元で時折見え隠れする黒い黒い影。
しかもその影が私に向けて発するモノ、緊張地帯や危険人物への取材でも感じるソレなのだ。
額を伝う冷や汗を隠せないでいると、私の視線の先に気付いたのだろうかサミュラ嬢がくすりと笑う。
「大丈夫ですよ。この精霊はただ私の足元を隠しているだけで危害は加えません」
「本当にー?本当かなー?絶対に何もしないー?」
不意に背後から無邪気な声が体を抜けてサミュラへと投げかけられる。
まるで標高の高い山で濃霧が体を行き過ぎるような感覚。一瞬の視界のブラックアウトから覚めると膝の上に黒髪の少女が座っている。
まるで全身が木にでもなったかのように微動だにできない私は人間椅子となり黒い少女をいただく。
「ほらまたボクの邪魔をするじゃないか。ほらほらホラホラぁ?」
異世界ならではの摩訶不思議な光景。黒い髪が鋭い槍のように尖り伸びてサミュラのスカートへ。そうするとサミュラの足元からぬめっとした漆黒の壁が現れ防ぐ。
「
モルテだけですよ、私のスカートにちょっかいを出すのは。闇精霊さんは悪戯から私を守ってくれているだけです」
呆れ顔で溜め息をつくサミュラであるが、その足元では未だ激しいやり取りが繰り広げられている。
「精霊“さん”ってそんなカワイイもんじゃないよソレ、サミュラ分かってる?」
「モルテが付きまとって撫で回すから闇が腐りそうと、私の影に逃げ込んだ可哀想な闇精霊さんでしょう?」
影が丸く隆起する様子は確かに可愛らしいのだが、薄暗い部屋は言うに及ばず物陰の暗さよりも黒い塊は圧迫感がある。
「そいつはねーボクが世界をあっちこっち行く先々に現れては命終えるものの“生き影”を食らっては取り込むんだよ。
存在の証である生命の影を奪われた骸は魂が風よりも軽くなるもんだから冥府送りするのも探すのが大変なんだぞ?タチが悪いったらありゃしない」
モルテの愚痴からそうなのですか?と頭を下げて影を覗くサミュラに対して塊は少し反れて見せてまるで御満悦。
「スラヴィアの都を覆う影の傘だってそいつが取り込んだ島龍の影なんだからね。寿命尽きて墜落した島龍の生き影をジュースを飲み干す様に吸い取ったのを見たときは呆れたよ!
“ 獄の滝壺 ”、
“ 闇の水底 ”とか呼ばれて各地の伝承で恐れられてるだけはあるね。まぁそいつ自体が命に対して何かするわけじゃないんだけどさ。
吸い取った影の力は何時でも幾つでも行使できる無尽蔵の闇の溜池、一体どれだけの生き物の影を食らってきたんだか。
ボクの中では
“ 歪み ”って名が一番合ってると思うヨ!忌々しい」
一向に膝から降りないスラヴィアの神、モルテの饒舌は止まらず闇がサミュラの影に入ってからはスカートめくりが成功した試しがないだの、漆黒の塊にうっすら入っている灰色の線から闇が開き取り込んだ影が飛び出してくるだの
思わず予想外のトンデモ話が聞けたのであった。
全て喋りつくして満足したのか、モルテは何時の間にか煙の様に消え去っていった。
当の私はというと急性エコノミー症候群にでもなったのだろうか卒倒してしまい、気が付けば知らない宿屋のベッドの上であった。
今は大
ゲート祭期間中で昼も夜も賑やかな窓の外を見下ろす。 おっと、うっかり窓を開けるとトマトが飛んでくるかも知れない。
サミュラへの取材もそれなりにできたし神自らの話も聞けた、収穫は十分だろう。
経費はまだ残っている。後の日程はスラヴィアの祭りを楽しみながら取材しよう。
とりあえずはテーブルの上に置かれたルームサービス、冷めても美味しいラケルの角煮を平らげることにしよう。