【灰色の街】

「ハイホー! ハイホー!」

歯車横丁に陽気な歌声が近づいてくる。

「やばいっ!奴らが来たぞ!」

「おお、セダル・ヌダよ…」

若者はそそくさと物陰に身を隠し、年老いた住人たちも祈るようにつぶやく。
彼らはいつも陽気な掛け声と一緒にやってくる。腰元の長さまで長く伸びた、しかし手入れされていない白髭。菌糸を紡いだ褐色の服。先端に毛玉の飾りがついたコーン型の帽子。
まるで童話の絵本の中から抜け出して来たような、余人が想像するドワーフそのものの風体たちである。
陽気で素朴な外見に反して、彼らの姿を見た者たちの目に好意らしい行為はなく、警戒と猜疑の念が浮かんでいる。
あるいは彼らが皆その肩に担いでいる、黒錆色の物騒なスレッジハンマーのせいかもしれない。
付け加えるなら、彼らの格好は帝政クルスベルグを打ち倒した革命軍のオマージュである。

昨今クルスベルグに流入するようになった「向こう側」の品々。
もっとも危険な麻薬から、部品単位で分解されて持ち込まれる銃器。
この世ならぬ科学の力によって作られた電子機器に、さらには若者に悪影響を及ぼしかねない奇妙で写実的な絵物語の数々。
クルスベルグにはそれらを厳しく取り締まる者たちがいた。
街を練り歩く正義の鉄槌。あるいは権力の犬。
近年になって議会の命を受けたこの新たな役人たちは、ここミドンベルグの街でもよく見られる奇妙かつ恐ろしい光景の一つとなった。

分厚いゴーグルをしたノームの若者が、ドワーフ風集合住宅の一室ではんだごてを手に机の上で基盤に熱中している。
岩壁を掘削して金属と石の支柱で整えられたアパートの外観は灰色一色で、狭い横丁に橋渡しされた洗濯物や、路上の野良猫に鼠たち、錆びかけた味のある金物屋などの看板をもってしてもなお、殺風景な印象が拭えない。
そんなささやかな住居の中で、スコーチはトランジスタを使った初級の電子工作に没頭していた。
あっちの世界の旅行者に頼んで取り寄せてもらったキットはほとんどが完成し、今はもう自前のジャンクパーツを使った模造品の製作に至った段階だ。
棚の上にはグリフォン曲乗り全国大会三位のトロフィーが燦然と輝いている。
ノームに生まれたからには誰でも細かい作業には喜びを見出すものだが、異世界から持ち込まれたこういった品々は、まさにスコーチにとっては宝の山、麻薬にも等しい最上の娯楽なのであった。
額の汗を拭い、はんだごてのバッテリーを確認する。最後の仕上げ作業に取り掛かろうとしたその時、下の階からただならぬ悲鳴とモノが壊れる音が聞こえてくる。
滅多にない地震のようだったが、違った。

「なんだ?騒がしいな。っておい待てよ!まさか……!!」

一体何が起こっているのか。大体理解できたときには冷や汗が背中に伝った!

「おいおいおいおい冗談だろ!!この部屋は借りたばかりだってのに、また奴等がやってきたのか!?」

苛立ちと恐怖の混じった声を上げて、とにかく散らばっているモノをどこかに隠そうと小さな体で部屋中を駆け回る。じっさい、部屋の中は禁制品だらけだった。地球製のラジカセに8ミリの映写機。
それらをいつでも使えるようにバッテリーに、自作の発電機まで用意してある。
こんなブツはまっとうな市場には大っぴらには出回っていないし、ましてや軍の裏ルートを使って手に入れたなどとは口が裂けても言えない。
なんだって休暇中にまた!国民の休日は、みんなが笑って過ごせるようにあるんじゃないのか?!
スコーチは胸中で毒づき、なんとか冷静さを自分の保とうと頬をぱんぱんと叩いた。
いや、まだ自分のささやかな秘密がばれたとは限るまい。
きっと下の階の間抜けが見つかるようなことをやらかしたんだ。
いやしかし、軍靴の足音はまさに階段を登って自分の部屋に近づいているように思える。
およそ下界の出来事には無関心な創造神であるセダル・ヌダに、真面目にお祈りしなかった罰だろうか?

「ハイホー!ハイホー!」

スコーチの願いむなしく、奴らの声と足音はどんどんこちらに近づき、やがてドアの前でぴたりと止まった。

「ハイホー!ハイホー!」

金属製のドアがついにひしゃげて、蝶番から外れる音が最後の悲鳴となった次の瞬間、ハンマーを振り上げたドワーフたちが家の中に雪崩れ込んでくる!

「ドアを壊すな!!人違いだ!俺は何も持ってねえー!!」

「ハイホー!ハイホー!」

まず高々と振り上げられたハンマーが、隠しそこねた電子部品の箱を叩き潰す。

「やめろー!やめろー!それはただの資料だ!軍の命令で保管してるだけだー!」

それからシートのかけられていた発電機と、ベッドの下に押し込まれていたバッテリーが引きずり出されて、まさにドワーフの匠が剣を鍛える手並みでハンマーに打たれる。
まるで何かを生み出す作業のようだが、これは創造ではなく破壊だ。

「ああああ…!畜生!バッテリーが!!せっかく組み上げたのに!」

「ハイホー!ハイホー!」

見る影もなく破壊された機械に続いて、今度は本棚から手荒に地球製の本が引きずり出されて、一まとめにズダ袋の中に放り込まれていく。

「おい、本はいいだろ!!?ただの紙とインクだ!!それもダメだって鍛冶神が言ってるのか!?言ってねえだろ!議会の権力濫用だー!」

「ハイホー!ハイホー!!」

部屋の捜索はさらに念入りに行われる。床にはハンマーでひびが入り、疑われるあらゆる隠しスペースを逃さないようにハンマーがあちこちに落ちる。
石造りの狭い部屋に金属音が響き渡り、スコーチは両耳を押さえて泣き叫んだ。

「なぁ、お願いだ!十分だろもう…!見逃してくれよう、俺は誰にも横流しなんかしちゃいねーし、個人で楽しむだけなんだってばよう!」

「ハイホー!ハイホー!」

泣き叫ぶスコーチの声も役人たちには届かず、さらに組みたて済みの機械が次々と棚から発見され、順繰りに儀式的な動作で壊されていく。

「やめろっ!セキガイセントーシカメラだけはやめてくれーっ!」

「ハイホー!ハイホー!」

役人たちは返事すらしない。ただ黙々と、家の中のものを打ち壊していく。
無慈悲な鉄槌が振り下ろされ、地球から持ち込まれた「禁制品」の数々は粉々になっていく。
やがて箪笥や石の机も含めて、ぶっ壊すものがなくなると、スレッジハンマーの一団は来たときと同じように一列になって帰っていく。
すっかり質素になった部屋の中には、ばかにならない金額の罰金を期日までに支払う旨が大書きされた一枚の紙だけが残されたのだった。

「ちっくしょう!いつもこうだ!奴等どっからか嗅ぎ付けてきやがる!畜生おお!!!」

「やあスコーチ、お前んとこもやられたか。」

下の階で暮らしていた年配のノームが、渋面を浮かべて風通しの良くなった玄関から覗き込んでいた。

「…俺んとこにも先月捜査が入ってな。」

「最悪だ!なんで!俺の!コレクションが!!一つ残らず!!!まるで狂ったオートマタだ!あいつらには心ってもんがないのか!!」

今頃になって、頚動脈から溢れ出す血のようにスコーチの胸には怒りがどくどくと沸いてきている。
小さな拳を握り締めて、近くにあるものは何でもドつき倒したい気分だった。
年配の隣人はどつかれないように一歩二歩下がりながら、

「このところ、ますます規制が厳しくなってな。俺んとこはもう8回目だぜ。毎回毎回嫌になる。でもよう、議会はもっと厳しくするつもりだって言ってるんだよ。アッチの文化やら何やかんやは規制しねえと、若い者に悪影響が及ぶんだとよ…。」

「ざっけんな!俺たちゃ餓鬼じゃねえ!!何を好きになろうと、爺どもに指図される謂われはないはずなんだ!!クソッ、クソッ!闇ルートまで使って手に入れたのに!もう国を出るしかないのか!?くそっ!!やめてやる、軍人なんかやめてバックパッカーにでもなってやる!パスポートが降りなくったって逃げてやる!」

狂ったように自分のモヒカンをかきむしるスコーチ。
泣き崩れるノームの若者に、年配の男は、まあ禁制品の輸入ウォッカでも飲もうやとやさしく手を差し伸べるのだった。

        +++++++++++++++

秘密の会議室とは名ばかりの、とある廃墟と化した酒場のホール。
ランプに照らされるばかりの薄暗いテーブルの上座、軍帽を目深に被ったテュールマン中尉は腰を下ろして、本日もまた新しく党に入った若者たちの顔をじろじろと見つめていた。

「…ようこそ王冠党へ。この国の行く末を憂う者たちよ。」

ドワーフらしく重々しく言ってみたものの、この場末のロッジに集まった若者の中で、本当に優秀な人材は数えるほどしかいない。
ほとんどは工場から叩き出されて路頭に迷った若者たちで、彼らの経歴をちょっとばかり強引な手で真っ白にした後、一般には知られざる部隊に配属する。それがこの男の仕事だった。

「議会のジジイどもったら最悪だ!!全てが禁止され、全てが奪われた!」

「ああ、俺んとこも研究所ごと取り壊されたよ。ちょっとタイタンの鎧の破片を見っけただけなのに。」

「あいつら、ドワーフにならってノームもみんな同じ服を着る法案を通そうとしているらしいよ!」

「まるでみんなが灰色だ!灰色の街だ!灰色の人生だ!」

若者たちの不平不満に怨嗟の声、今にも破裂しそうな感情。
飲み物として供された砂糖入りのビールがこれに拍車をかけているのはまず生理学的に間違いないが、高齢のドワーフたちにはない激情のパワーは有効利用すべきとテュールマンは考えていた。

「君たちには、まず特別施設で訓練を受けてもらう。表向きは民間のツアーだが、そこで兵士としての基礎を学ぶ。大体は徴兵訓練と同じだが、一日中無意味にハンマーを振り回すような無意味な訓練とはおさらばだと思ってくれ。むしろもっと…、そうだ、先進的な戦術を学んでもらいたいと思っている。」

聞き入る若者たちに、テュールマンはつとめて怜悧な声で説明する。

「それから君たちは遠征軍に配属されるだろう。行き先がラ・ムールの神に忘れられた砂漠か、それともスラヴィアの死者の海域か、はたまた誰も知らない土地かはわからないがね。我々は宝探しをしている。創造主が我々にもたらした遺産。それらを正しく取り戻す権利が、帝国の末裔にはあるのだ。遺産の力は国を変える。国が代われば社会も変わる。我々の手で、ドワーフとノーム…地の子らにふさわしい黄金の街を取り戻そうではないか。」

たったそれだけの説明なのに、ドワーフやノームの若者の中には、興奮に息を呑んで声を上げるものもいた。
いつものように反応は上々。テュールマンは右手を上げる。血の通わない銀色の義手だ。
薄暗い中、それはまるで革命のシンボルのようにギラギラと明かりを反射する。

「まっ、堅苦しい挨拶はここまでにしよう。年功序列というのは、ここではなしだ。本日は無礼講、どうか楽しんでいってくれたまえ!」

まるで娼婦のような格好をした給仕の女たちが、若者の口にはなかなか入らない高級なエールを運んでくると、歓声に満ちた宴が始まった。

「せいぜい楽しむのだな、楽しいのは酔いつぶれるまでだ。目が覚めたら地獄が待っているぞ。」

椅子を立ち、若者たちにくるりと背を向けた軍人は給仕の一人にささやく。

「輸送コンテナの用意は抜かりないか?明日の正午までに、彼らを安全に届けねばならんからな。わが党は増員が必要だ。もっと兵士を…もっと戦力を…」

この世界は陰謀に満ちている。
今はまだゆっくりとした渦だが、荒れ狂う嵐となる日を待ち望んでいる。
この日生まれた嵐がどちらに向かうのか、それは創造主にも計り知れないことであった。


  • 宗教や思想弾圧を彷彿させる徹底ぶりに戦々恐々しました。しかしどれだけ仕打ちを受けようともまた創造に挑む熱意が国を変えていくのかもしれません。でもそういう熱意をあらぬ目的に利用しようとする者達もいるようで? -- (名無しさん) 2013-05-31 17:42:00
  • 技術立国だけど異世界だしって思うとそりゃないよって感じる過剰な弾圧取り締まりもありそうと思っちゃう不思議 -- (名無しさん) 2014-04-23 04:20:13
  • 陽気な外観と無機質な破壊がシュールで思考も行動もまたシュール。技術や国の体制がどう進むかの分岐点みたいな感じ -- (名無しさん) 2017-03-15 17:01:36
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最終更新:2013年05月31日 17:39