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【鯨都 -5品目・ドネルケバブ(ドリンク付き)-】

そろそろ肉も食べてみたいと告げたところ、ミレイがこめかみに指をやった。
眉をひそめてこめかみを揉むのは困ったときの仕草である。
「肉………肉、なあ。
 魚の肉じゃなく、そうだな。あんたのところで言えば豚肉だの牛肉だの鶏肉だの。
 そういうクルスベルクのドワーフどもが年中ばりばり食ってそうなやつのことだろ」
「ええそうです」
とうとう『あんた』と来た。どんどん扱いがぞんざいになっている気がするが代わりに友好度が増している気もするので是非もなく善しとしたい。
何か問題があるのかしばらくミレイは首をひねっていたが、やがて分かったと小さく頷く。
ならば一旦海上に上がろうということになった。細く長い尻尾をくねらせながら最小限の水かきでミレイが浮上していく。
海面より差し込む陽光に照らされるその典雅な姿を後ろから愉しみつつ、頭上に並んでいた屋台を避けながらわたしも後に続いた。
自分の吐いたあぶくがわたしより先に海面へたどり着くのを追いながら空気のある世界へ帰還すれば、先に桟橋へ辿り着いていたミレイがわたしに手を差し伸べている。
遠慮なく握りしめる。驚くほど強い力、しかし絶妙な加減により身体を痛めることなく引き上げられ、わたしは重力によって2本の足で立つ感覚を取り戻した。
「あ、ありがとう」
「うん」
ミレイは素っ気ない態度だ。相槌が返ってくるだけまだ愛想のいい方だろう。
わたしが無事に桟橋の上に立つのを見るなりすたすたと軽やかに歩きだしてしまう。どういう身体の使い方をしているのか、濡れたサンダルが音を立てることはない。
細やかな仕草、繊細な挙動。さり気なくだが隈なく四方に向ける視線。振り返りもしないのにわたしを見失うことなくいつも同じ距離で前にいる。
役人とのことだったが常人ではないのだろう。これだけ共に過ごしていればその程度は確信を持てた。さりとて軽やかな身のこなしは軍人めいたマッシブなものとは違う。分からない話だ。
そのミレイが桟橋の途中でふと立ち止まる。視線はみっつほど先の屋台へ向けられていた。
「少し待っていてくれ」とわたしに一言断るとそちらの方へ歩いていってしまう。慌ててわたしもついていく。
桟橋の上に少々人の行列を作っている屋台だ。何やら肉の焼ける香ばしい匂いもする。
なんだ、悩む割にはまっとうな肉料理を売る店を知っているのではないか。と、彼女の躊躇を不可解に思いつつ、人の波を避けて列の外で待つこと10分ほど。
ミレイが包みふたつと竹筒ひとつをぶら下げてわたしのもとへ帰ってきた。
そのへんの日陰にでも入って食べようか、と言うのでふたり並んで歩く。鯨都の海上の屋台棟にいくつか設えられた安息所のひとつへ滑り込んだ。
さすが一刻、地球の時間で2時間ほどにて作られた都だけあって粗製なるベンチへふたりして座る。そら、と渡された包みひとつに竹筒ひとつ。
どうも何かの酒らしい竹筒の中身はさておき、心躍らせながら早速包みを開けてみた。
それはクレープより厚めな生地の中へたくさんの野菜――キャベツの千切りやトマト、レタスにオニオン…もっとも地球の野菜の知識で判断したもので全く同一かは分からないが――を詰め込み。
同時に、味付けされ炙り焼きにした肉を削ぎ落としたものをたっぷりと挟んだ、近年我が祖国でもファストフードとして認知されだした食べ物。
トルコ料理ではもっとも世界に知られたもののひとつ―――
「ケバブですねこれ」
「そう、ケバブ」
似た料理かと思えばそのままの料理の名前を返された。
いわゆるドネルケバブ。祖国では某所を発信源に流行の兆しを見せており、日本人に合わせた味付けから本格的なものまで多種多様な発展をしつつある食べ物である。
驚いてミレイを見れば自前の水筒を傾けている。やはり酒が入っているだろうそれを嚥下したミレイがわたしの視線に気づき、「言っただろう」と言わんばかりに肩をすくめた。
拍子抜けである。まさかこのミズハミシマに来てまで地球の料理を食べることになろうとは。
「もちろんこの国なりに工夫は加わってる…と思うよ。
 全部が全部真似できるもんじゃないだろうしな。だが、あんたの言うとおりそいつはケバブ。
 そっちの世界の料理だよ、間違いなくね」
首を傾げざるを得ない。
ここまでミレイは案内役としてはまったく不手際のない働きをしてきた。知識は広く深く、紹介するのはどれもミズハミシマの文化を感じさせるものたち。
それらには深く感謝している。しかしこれはミスチョイスだ。地球人のわたしにわざわざ地球の料理を食べさせては彼女がわたしに付き従っている意味がない。
だが、これに意味があるとしたなら。ミレイがわたしの表情に浮かんだものに気づいたのか軽く鼻をならして醒めた目をする。
「そんな顔で見るなよ。きっとこれがこの国の肉料理の事情を知ってもらうには一番だと思ったんだ。
 この通り、ミズハミシマの肉料理というのはこんなものなのさ。なんせ肉食の文化というのは鬼や土蜘蛛の文化だからな」
ミレイがその言葉を口にした途端話がきな臭くなってきた。
鬼や土蜘蛛。わたしも何の用意もせずに訪ミズハミシマしたわけではない。この国の予習とて多少はしている。
ミズハミシマにおいて、その種族とは。
「確か、その人々は」
「ご存知かい。そういうこと。
 この国が抱える内憂としちゃ未だにとびきりの厄ネタだろう。極端な話だが肉を食べる文化というのは敵性の伝統なんだ。
 間違えるなよ、極論だぞ?だが、文化として根付くにはそういう要因が邪魔をしたのは事実なんだよ。
 もともと彼らが持っていた肉食の文化はまともに吸収されず、結果他国やあんたの世界の料理がこの国なりの工夫を加えられて食べられているというわけ。
 この国じゃどこに行っても肉を食おうと思ったらこの調子だよ」
もともと生活の糧は海の中で事足りてたしなぁ、とミレイが言う。いや、ぼやくと言ったほうが表現としては正しいかもしれない。
呟かれた言葉にはかすかな疲弊の色があった。
「難しい話なんだよ。昔ほどじゃないがこの過去の遺恨は今も続いてるんだ。
 今も私たちに迎合せずに反乱分子として活動を続けている鬼たちはこの国にもいるし、事件もたびたび起こしている。
 彼らが逃れていって作った国、隣国たるドニー・ドニーとは微妙に仲が悪いしな。
 勝利者こそが正義なんて傲慢は言わないが、だからといって無法を許す訳にもいかないだろ」
「侵略者のジレンマというわけですか」
「なかなかきついことを言うね」
ふんとミレイが鼻を鳴らす。苦笑だろうか、あまり楽しげなニュアンスはそこにはない。
「ミズハミシマは海中だけを国土にしていた国だ。
 それが地上に住んでいた鬼や土蜘蛛たちを追い出して地上も領土に入れた。その是非についちゃ知ったこっちゃないね。
 私たちは正しかったのか?間違っていたのか?それを考えるのは私の仕事じゃない。四百年も前の話だ、学者様にでも聞いてくれ。
 確かなことは、この国はこうして今ここにあって、こういう形で続いているということだ」
包みには手を付けず、水筒の中身を口に含むミレイの顔が役人の顔つきになっていた。
国の運営の一端に携わる者の目だ。視線は流れ行く人の群れへ幻でも見るような目つきで向けられていた。
こんな温かいものがほんの少しの切欠でひび割れてしまうことを知っている者の顔だった。どこか周囲のざわめきが遠くに聞こえた。
「いつかその是非を問うときが来るのかもしれない。だが、きっとまだ今じゃないんだろう。
 私たちにできるのはその時までに是非を問える環境を作ることだけだ。
 ようやく近年になって、根性のあるやつなら『あの戦争は何だったんだ?』と公の場で言えるようになってきた。
 私の部下にも鬼がいる。少しずつこの国も変わりつつある。今更手を取り合える間柄になれるなんて思いやしないが、穏やかな関係にはなって欲しいもんだね。
 ………あまり面白くない話だったな。詫びる」
わたしの顔色を横目を送って伺ったミレイに、「いえ」と断る。
面白くはない話だったかもしれないが、興味深い内容ではあった。こんなミレイの一面が垣間見れたならこんなところでケバブを食べている意味もあったというものである。
気を取り直すようにミレイが包み紙を解き始めた。わたしもそれに習うとする。
「とはいえ、肉があまり食べられていないというわけじゃない。
 確かにミズハミシマ流の肉料理というものは少ないかもしれないが逆に言えば国際色豊かな肉料理を味わえる環境にあるということでもある。
 延国やイストモスラ・ムールの料理などが中心だな。どれも長い年月の間にこの国なりの発展が加わって、ある意味これがミズハミシマの肉料理と言えるかもしれないくらいだ。
 あんたの世界の料理も最近ちょくちょく出回るようになってるんだ。言っておくがこれ人気だけど結構高いんだぜ?
 地球の食べ物は容器に至るまで面白い。缶詰だの瓶だの、物珍しいもんだから食べても捨てずに持って帰るやつの多いこと」
暗くなった雰囲気を変えたいのか、若干上調子に喋るミレイの話にふんふんと頷きつつわたしはケバブへ齧りつこうとした。ふと違和感に襲われた。
缶詰だの、瓶だの。捨てずに持って帰る者が多いらしい。ちょうどこの鯨都が始まったころのシーンのひとつを思い出す。
ミレイは缶ビールを売店で買い、ちびちびと舐めた後。
「でもミレイはすぐに捨ててましたよね」
それこそ見慣れているかのように、ミズハミシマ産の竹や木で出来た簡易な容器でいっぱいのくず籠へ無造作に。
彼女の言からすれば珍しいものをさして興味もなさそうに。
包み紙の中身を近づけたままミレイの口が半開きで固まった。
言葉を探しているのかぱちぱちと瞼を瞬いた後、何故かばつの悪そうにミレイはケバブを口にした。
「まあ、珍しくてもゴミはゴミだからな」
ケバブの味は地球で食べるものよりもほんのり清涼感の香るソースがかかっていて、わたしとしては好みの味だった。



  • 最初に立ち戻ったり食文化の違いやらしっとりとした文面が予想外でじんと心に響いた -- (名無しさん) 2016-10-24 18:57:20
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最終更新:2016年10月23日 23:09