【いつもの旅人 ふりだし】

地球と異世界とで繋がったからと言って、本当に放浪の旅に出るものなど数少ないものだ。
地球人タカギはその数少ないうちの一人である。
必要なものは巨大なバックパックに詰め込んで、ミズハミシマ陸地を縦断し、
格安の貨物船にてドニー・ドニーを経由して今は新天地へと足を運んだ。
あてなど無く歩くつもりが、ミズハミシマで預かった手紙を届けるちょっとした親切心が彼をここまで連れてきてしまったのだ。

「もし、そこの方」
新天地について3日目。
タカギは不思議な生物に出会った。
もっとも言葉を解すのであれば「ひと」なのかもしれないが、身長1mほどのそれを最も適切にあらわす単語は「耳」であった。
一つ目人や動く鎧を見てきたタカギでも、さすがに耳は見た事がなかった。
が、異世界だしそんなものなのだろうとも思う。
とりあえずバックパックを下して挨拶をすることにする。
「やあ初めまして。タカギです。あなたは?」
「神です」
地球ならば胡散臭い新興宗教か精神病患者で終わる話ではあるが、何せここは異世界。
しかも耳が言うのだからあるいは本当かもしれない。
「どういった神なので?」
「それがどうにも。
 神たちの中では最古参ではあるのです。
 ただ何をつかさどっていたかが最近思い出せなくなりまして」
「それはお気の毒に。それよりお茶など如何ですか」
「それよりもお願いがあるのです」
耳はそう言うと何処からか手紙を出してきた。
「あなたがニシューネンの街に届け物がある事は風から聞きました。
 そこで重ねてお願いがあるのです。
 これは『神の取り決め』というものです。
 『神たち』は『神たち』である方法を『神たち』で取り決めておりますが、『私』はこれによって『神たち』なのです。
 ところが私も衰えましたし疲れました。
 そこでこれを返上して『神たち』から引退しようと思うのです」
「はぁ」
気の抜けた返事をしてタカギが書を手に取ると、耳は瞬く間に姿を消した。
同時に周囲は暴風が吹きすさび、その轟音により音という音がかき消えてしまった。

ニシューネンの街に立ち寄り、目当ての古道具屋を見つけそこの店の看板娘であるスキュラに郷里からの便りを渡す。
それでタカギの長い長いクエストは終了のはずだった。
が、今は懐に耳からの願い事が収まっている。
手持ちの金も少なく、路地裏角の安そうな酒場に足を運び、まずは腹ごしらえをしなくては。
そして耳の言う、この書の返上先の話と、当面の路銀が稼げそうな仕事の事を聞く事にする。
店の名前はフタバ亭と言った。
「いらっしゃい・・・おや、神様」
店に入るなり、まるで劇画の世界から外に出たかのような筋骨隆々の鬼のマスターから、にわかには信じがたい声のかけられ方をした。
「いえ、地球人です」
店はなかなかに繁盛していた。
いくつかある席の大半は埋まり、そのすき間を子鬼たちが駆け回っている。
ウェイターか何かなのだろうか。
荷役か船乗りらしき男がテーブルにつっぷして「ラニちゃん・・・」と何やら寂しそうにつぶやくのが見えた。
とりあえずカウンターの空いた席に座り、簡単な食事をお願いする。
「ところで、神様とおっしゃいました?」
そう尋ねるとマスターは無言で懐の書を指差した。
「大昔に海に居た頃に聞いた記憶がある。
 ソイツは『神の取り決め』だろう?ならアンタは神様って事さ」
マスターはそう言いつつ奇怪な魚を手際良くさばきだした。
簡単な食事を、とは言ったが、自分は注文をしただろうか。
「それに、アンタは多分ニッポンジンとかいう種族だろう?
 何人か知り合いがいるんだ。
 お客様は神様です、とか言う言い伝えがあるって聞いたな」
そう言うとマスターは口角を引き上げてニイイと笑った。
人を殺す笑い方だ。
そしてタカギは気付いた。
『神の取り決め』を持つものが神になるのだと。
では一体、自分は何を司る神になったのだろうか。
よもやあの耳と同じ姿になりはすまいか。
少しだけ不安になる。
「神々のおわす庭を知りませんか」
タカギがマスターに尋ねると信じがたい答えが返ってきた。
「店を出て左に抜けてまっすぐ行くと塾舎があって、
 その隣にある建物が神様の詰所になっているから、そこに行けばいい」
タカギは拍子抜けした。
もっと困難な依頼だと思い込んでいたからだ。
思えば耳は、ニシューネンに届け物があると知ってこれを渡してきたのだった。
届け先がニシューネンの街中にあっても不思議ではない。
「ほらよ。お待たせ神様」
奇怪な魚は美味そうな揚げ物になって目の前にあらわれた。
辛めの味付けをされた魚を頬張り、固く焼いたパンにかじりつき、
貝の身が多量に入った麺料理をたらふく食べて、タカギは店をあとにした。
あれだけ食べて銅貨5枚は損しているのではないかとすら思いつつ。

マスターに言われた場所には石造りの建物があった。
朽ちた看板には「じんじゃ」と書かれている。
少なくとも翻訳の加護はそう訳していた。
立てつけの悪いドアを開けると、中には鉢植えがひとつ置いてあった。
「あ、いらっしゃいませ。
 ・・・じゃなかったお帰りなさいませ」
鉢植えは流暢にしゃべった。異世界だしそういう事もあるだろう。
「あなたは」
「私ですか?トーグ・エル・ミン・スールーンと申します世界樹の末端です。
 レギオン様のお手伝いとして月給銅貨20枚で雇用されております」
「そうですか。ではこれを。預かりものです」
タカギが『神の取り決め』を渡そうとすると、トーグ・・・トゲミは怪訝な顔をした。
分厚い本を取り出しパラパラとめくり、一番最後のページの最後の行を読んだ。
「あなたは旅神様ですよね?」
耳は旅を司っていたのか。
タカギは一つの謎が解けた安堵と共に困惑を隠せなかった。
「いえ、私はただの地球からの旅人でして」
「ええ。存じております。旅神様」
話が通じない。
「キャンセルは出来ますか」
「それでは『神の取り決め』の3ページ目をご覧になってください。
 本コースは3年縛りの契約になりますので3年間は継続して神になります。
 3年を待たずして契約を破棄なされる場合は違約神が発生してしまいます」
「違約・・・なに?」
「貧乏神です」
「誰だよこんなものを書いたのは!」
「レギオン様ですよ。
 私もイタズラに過ぎると思うのですが、あの方たちはそういうのを好まれますので。
 というかあなた様も『神たち』レギオン様ですよね?」

そうしてタカギは3年間神になった。
旅神の特典である飲食クーポンの加護をひっさげて。
世界各国への旅がここから始まったのである。

  • 神の力が馴染む前に離れると変異してしまうのか違約神とは面白い。ひょんなことから不思議な力を手にしてしまうのも異世界旅の魅力 -- (名無しさん) 2016-11-03 07:15:29
  • 耳が丁寧にしゃべるというだけでシュール。中の入れ替えが頻繁なレギオンは神の成り立ちをシステム化してスムーズに運べるようにしている? -- (名無しさん) 2016-12-19 08:59:30
  • 等身大の耳が歩いてきたら流石に身構える。違約神で貧乏神とか退路なしじゃぁないですか -- (名無しさん) 2017-01-17 14:10:24
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最終更新:2016年11月05日 21:53
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