【異世界生態調査】

各国間での温度差はあるが、慣れ冷めていくと思われていた異世界熱は予想に反して緩やかに増している昨今、大ゲートの規格により大量輸送が出来ないためか異世界についての【情報】の価値は高い。
開門からそう間を置かずにエリスタリアとの国交を結んだ英国政府は列強に先んじようと多くの人員を編成し異世界へと派遣することになる。
早急に組織作りが進められたために人員の多くを民間からも集めることになった。
その中にペット商品会社にて開発部所属であった私も入ることとなる。
生物学を主に調査を進める隊に編入された私はそこからさらに人数を分けて異世界各国各地域へと赴く。
オルニトへと派遣された我が隊は到着からの半年間の様子から増員を要請した。
当初は現地にて書物などを集めて基本的な知識を得てからという段取りであったが、それは早々に頓挫してしまう。
開門当時はそう大きな町ではなかったが海路にて到着したオルニトの港町には商業面でも文化面でも必要最低限の規模が備わっていた。
これからの調査に必要な物資と人心を確保するために活動を始め、私は書店を探し生物に関わる書物を求めた。
そこでいくつか主旨に近い内容の書を見つけることができたが、期待していた情報量は得ることが出来なかった。
翻訳加護にて会話では不自由はなかったが、現地の文字に関しては要学習なので現地人を雇いガイドになってもらったのだが、
彼ら曰く異世界では多種多様な生物がいることは勿論のこと同じ種族でも見た目の違うことも多々あるのだという。

「入ったことはねぇけんども、【図書館】なら何でも分かるかもなぁ」
港町で隊に雇い入れた鳥人親子の話でも口伝えや噂で様々な事柄を知り得ども、本などでより詳しく調べるといったことはほとんどなかったという。
専門分野などでは需要はあっても一般生活では薄いとなると図鑑や解説書などの編纂も少なくなるのは自然であろう。
そういう事もあって、書物などは諦めて直接観察による調査を始めることとなった。
町で物資準備と調査指針をまとめた後、隊をいくつかに分けて、私はオルニトの山脈へと足を踏み入れた。

堕ちた島の山に光の柱が立ってから暫くして、ちらほらとは見かけるようになった【人間】という種族が広場で案内人を募集していた。
休漁の月に入り少し手持無沙汰になっていたのと、報酬も中々であり仕事も案内だけであるということで息子共々手を挙げることにした。
若い頃は雄大な景色見たさに山へ登ったこともあるし妻の実家は山住まいであったので道も動物もある程度は理解しているというのも挙手した理由の一つであった。
しかしこの人間と言う種族、獰猛な動物のいる方面にも進んで行こうとするのはどういうことだ?
危険だと進言すれば、「なら何が何処が危険なのか教えて欲しい。対策をして現地に向かいたい」と何故か目を輝かせる。
気付けば人間一人と私と息子の三人だけが山に入った一団から分かれて先に進むことになったのだが、大丈夫だろうか。

知らないことは知りたくなる。触れたことのない動物は触れたくなる。話を聞くだけでは満足できない性分は少年時代より変わっていないと友人にもよく言われる。
山に入り遭遇する様々な動植物を調査しながらゆっくり登っていく。
思っていたよりも不可思議で奇怪な生物は少なく、地球のものとベースのようなものは同じなのではないだろうかと話しつつ中腹辺りまで到着した。
明らかに自然現象ではなく何かに倒されたであろう木々が森に開けた空地を作っていた。
少し調査をしていると、手の平大の鋼片の様なものを拾う。
「それは多分飛竜のものだろうな」
その言を案内人に聞いた途端に沸き出す興味心は私を大いに興奮させた。
案内人の一団は口を揃えて「危険だ」と言うが、調査目的で観察するだけであれば大丈夫ではないか?と提案したところ、隊の皆は首を横に振ったが父息子の鳥人二人が案内を引くけてくれた。
高山用の物資を選別し隊から分かれて道なき道と山肌を登ること数週間。途中で調査も兼ねながらであったため日は要したものの、異世界の山や動植物について様々な知識を得ることが出来た。
「ここより上は滅多に人が入らねぇ、恐ろしい動物が住んでる場所だよ」
それまでに案内人の知る得る限りの安全対策を教授してもらい気持ちは早まるものの、やはり実際にその場を前にすると冷や汗が出てくる、空気の質が変わる。
隆起する岩、切り立つ崖と厳しくなる山の環境をゆっくりと陰に隠れて進むと所々に何かが争った形跡、しかも大型の部類に入るようなものが見受けられるようになる。
道標もなく地図も曖昧な登山ではあるが、帰り道は風の精霊に聞けば何とかなるという頼もしい言葉を信じて先へ先へと進む。
「ここから先は飛竜の住処と言われている。鼻も目も効く奴らに見つかったらあっという間に食われてしまう」
かき集めた枝葉で自然擬態したテントの中で食べれるものを磨り潰し丸める作業をしながらの談笑の中にも危険忠告が増えてくると、この先の道程の困難さを想像する。
歪な岩肌に飛竜が運んで来たのだろうか、幹や枝から動物の骨が散乱する頃になると風が運んで来る獣臭もますます強くなってくる。

重い荷物に険しくなる山に、その内引き返すだろうと思っていたが思いの外全くその気配がない人間は気のせいかますます目の輝きが増しているようだった。
斜面や崖への対応の早さもあるが、彼が身に着けている道具が大きな補助になっているのだろうと、しっかりと地を掴む滑らない靴を見て思う。
飛竜の縄張りと思しき領域に入ってからはより慎重に行動しているがその気配は感じられない。
ならば今のうちにとより高所へと登り彼らの言う調査のための拠点を作ることにした。
枝葉ではなく骨と皮を集め私達の臭いとテントを上書きする。これならば音や姿を察知されない限りは大丈夫だろう。
飛竜は恐ろしいが、それらが来ない限りは下山はないだろうという覚悟を人間から感じる。早くやってきて欲しいものだ。

食糧を火にくべるとそれだけで居場所を知られてしまう。
カモフラージュしているとは言え、テントの近くを爬虫類や獣も時々通るので気は抜けない。
加熱のルーンを記したスクロールで乾物を巻いて熱でほぐして食べて繋ぐこと一週間、遂に飛竜が飛来する。
巨大な生物が悠々と飛翔するのを目の当たりにして地球における空力や重力の概念が異世界では通じないのかも知れないと直感する。
しかもそれが二頭も現れたのだ。脳に血が逆流し体温が過熱していくようだ。
赤褐色の体表には中腹で拾った鋼片、鱗が埋め尽くす。力強い四肢に大きく筋太い翼。
頭から尾まで所々に刻まれた傷が生存競争の勝利者であり続けている存在だという説得力を放つ。
二頭の飛竜は片方が咥えていた大きな爬虫類を互いに噛み引いて裂き始める。豪快な食事だ。
骨のくずを残して平らげた飛竜は次に足元を埋め尽くす骨の中に頭部を突き刺し、何やら探すようにまさぐっている。
暫くすると引き抜かれた頭、顎には黒い鉱石が噛み挟まれている。
まさか?と思ったが即座にそれらは噛み砕かれ飲み込まれる。何だ?消化補助か何かだろうか?それとも鉱石自体が食事になっているのか?
と考察していると口、牙の隙間から炎が噴き出す。
「あれは…火精霊の炎だな。きっと火精霊の好みの石か何かだったのだろう」
口内に火精霊を蓄えているのか?そうか成程、精霊の力により火を噴くのか。
実際に眼前で行われる飛竜の生態には感動しかないが、あくまで目的は調査であるため見るもの全てを詳細に書き記す。
飛竜が空へと飛び立つまでの三日間は、寝るのも食事するのも惜しんで調査を続けた。
あぁ、いっそのことここに住み着くのも良いかとも思ったが、案内人との話に出て来た飛竜以外の生物も大いに興味がそそられる。

「どうだろうか。飛竜も飛び去って行ったことだし、このまま山伝いに他の動物を…」
「いや、下山しましょう」
「担いできた物資も下山するのにギリギリだっぺ。無理はいけないべや」
確かにノートも書き尽くしてしまった。調査結果を報告するためには下山するしかない。
次なる調査のためにも下山するしかない。


SSシリーズ【旗上の空戦】にて食べられてしまう前の飛竜をシェアしてみました

  • さくっと読めるのに地球や異世界事情が色々感じられる情報量。実際の生態調査のようなアプローチは、シェアされた題材にも違った見え方が生まれて新鮮。シェアから新しい旅が始まるのはイレゲならではの楽しみですね。 -- (名無しさん) 2019-12-02 23:58:43
  • これ異種族が地球にやってきてあれこれ調査するってこともあるんだろうなと想像した -- (名無しさん) 2019-12-03 23:26:47
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最終更新:2019年12月02日 23:57