【未踏破の空の上で】

青と赤の乱気流が絡み合う嵐空を飛行船が飛ぶ。
クルスベルグより東方を、未踏破領域との境界付近を南方へと進む安全を地に置いてきた航路。正しくは未だ確立されていない空の道を進む。
海賊業より海運業へシフトしたドニー・ドニーが異世界の海を圧倒的熱意で席捲し開拓したために航路商売で一山当てようと画策していた者達の幾らかが空に出たのだ。
地球とは違い異世界はまだまだ航空方面の規模は小さく、その中でも独自で研鑽を重ね飛行船を製造し空を行くゴブリン空賊団改め空挺団は来るであろう(と予想している)異世界大航空時代で大きなイニシアチブを得るために活動している。
「石雹が降って来たぞ!鋼板の下へ避難しろーっ!」
精霊の影響かその他の力の影響か、異世界には様々無数の天候気象があり未踏破領域ともなるとその特異性は更に顕著になる。それこそ生命を脅かすようなものも。
「未踏破領域を通らないと駄目なんスかね?!正直こんな航空ばかりやってたらその内墜ちますって!」
「うるせぇ新入り黙って甲板の石掃いて捨てろ!グダグダ言ってるとそれこそ墜落すっぞ!」
「ラムーとエリスの空より未踏破の空の方が風がイイんだよ、説明受けたろぉ?クルスから大延までの航路を拓けば下でタラタラしている奴らの倍以上輸送できるってもんだ」
「うわぁ!酸雨まで降ってきやがった!落とせ落とせ流し落とせぇーっ!」
何度も飛んで慣れたとは言ってもとんでもないものはとんでもないわけで、ゴブリンと幾人かの獣人は船体の維持に大わらわとなる。
「ほらほらどいたどいたー!」
軟鉄合羽で酸雨を防ぎながら元気よく甲板でモップを走らせるゴブリンの少女。
「ピッチェル!飛袋板に跳ね返った石が落ちて来るから船室に入ってろ!危ねーゾ!」
他船員の言うことも聞かずにピッチェルはうねうね蛇行しモップを走らせ続けたが、流石に降る石の量が洒落にならなくなってきたので屋根下へと避難する。
ふと足元に無数の石が転がってくる中の一つへ無意識に視線が向いた。明かな石の中で際立つ黒と黄色のうねり模様の楕円の石。
拾い上げ服端で拭き磨くと、輝きこそしないが落ち着いた夜闇に三つ月が浮かぶ様な風情溢れる雰囲気を纏う。
早速機構室に持ち込んであれこれ調べた後に飾りとして紐でも通そうと錐をあてがったが、石というよりも鉄の様な硬さにより穴を開けるのを諦めた。
「これで、よしっと」
紐細工よろしく楕円を巧みに縛り上げて首飾りに仕立てたものを余程気に入ったのか、ピッチェルは仕事中でも寝る間でも提げていた。
それから数か月後、数度目の航空でマセ・バズークから西の未踏破領域との境界に沿ってドニー・ドニーへ向かい北上していた時にそれは起こる。
昼間の晴天、オルニトの大森林の上空。風精霊の濃い空域に入った飛行船は快速で進んでいたが、雲海に入ったわけでもなく晴天にも関わらず突如猛烈な湿気に包まれる。
「精霊の様子が何だか変な気がする」「んん?そうか?」
ピッチェルは父であり整備班班長でもあるディチェルと一緒に飛行船の舵などを動かす機構を整備していた。
灯りとして蒸気配管に提げていたランタンの中で光精霊の塊が激しく動き回っている。
「外の様子を見て来る!」
ピッチェルは制止も聞かずに甲板へと飛び出すと同じくして周囲に次々と大粒の水滴が発生しそれらが一斉に光り出した。
その場から離れようとするよりも早く発光、電撃となり水滴全てを繋ぎ光の檻が形成された。
甲板にあったものが次々と弾け飛び船員達が避難する喧騒の中でピッチェルは駆け巡る雷光に包まれるが、それらは首飾りへと収束し大事なく無事に済んだ。
非常時加速用の集風ルーンを起動させると飛行船は瞬く間に加速し光る空域を脱するのであった。

甲板でへたり込んでいるピッチェルは首飾りが振るえているのに気付き、陽光に照らした。
ピキッ ピキキッ
楕円の石全体に亀裂が走るとそれは跳ね上がり首から離れ弾け砕けた。
『ピーピピピッピピピピピーッ』
石と思われていたのは何かの卵であったのだろうか、中から飛び出したのは黒い産羽に黄色の縞が走る雛鳥だった。
産まれたばかりでも元気よく短い脚で駆け回る雛鳥を包み上げ、高々と掲げると雛鳥はまだ小さく未熟な翼を広げ天へと嘴を開いた。
ピッチェルは陽光を浴びる雛鳥の頭頂に二つの小さな角が生えているのに気付くのだった。


ゴブリンの少女と羽毛竜との出会い。 続く

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最終更新:2020年09月15日 02:55