【GD】

 はるばる訪れたオルニトの街角で、鳥人の子どもにコートの裾で鼻をかまれた。
 ショックだった。生まれてこの方、僕は自分のと他人のとにかかわらず、服の権利については大いに尊重してきたつもりだ。これは教育の賜物だと思う。「もう大きいんだから服によだれをたらしちゃだめよ」が母の口癖だった。長じるにつれてそれは「袖で鼻水ぬぐうのやめてちょうだい」に代わり、「今度から下着は自分で洗いなさいね」になった。僕を一人前の紳士に育て上げた母の苦労を思うほどに、僕は服に対する尊敬の念を新たにする。服は着るもの、脱ぐもの、そして脱がすものだ。断じて鼻をかむためのものではない。
 だというのに、このガキンチョときたらいとも軽やかにそれを踏みにじってくださる。
 僕は鳥人の子どもをにらみつけた。鳥人の子どもは鳩に似たくちばしをぽかんと開き、大きな目をまん丸に広げて僕を見上げてくる。これまで見てきたオルニト人の大人たちと比べると、全身を覆う羽毛は柔毛に似てもこもこしていて、なんだか異国の森で日がなぴーちくやっているひな鳥を思わせる色合いだ。
 そこまで考えて、確かにひな鳥なのだと僕は思いなおした。なんと言うことだろう、僕はいかにも異世界にいるのだ。鳥の姿をした異人がそのあたりをそぞろ歩いているような世界に。なんとすばらしいことだろう。
 僕の感動をよそに、子どもはまた僕のコートの裾を掴むと鼻をかんだ。
 盛大に鼻水をすすりあげる音によって僕は現実に引き戻された。裾は見るも無残な有様になっていた。一体この小さな体のどこに貯蔵されていたのか不思議になるほどの鼻水が、とりもちも恐れをなして逃げそうな粘性でもってコート一面にしがみついていた。僕は舌を巻いた。ご存知の通り、人の心には鼻水に対する許容量というものがあり、一定以上の鼻水を目にするとそれはまるで豪雨と必要以上に仲良くしてしまったダムのようにあっさりと決壊する。こうなるともう正常な反応、怒りとか憤慨とかは押し流されてどこかに行ってしまう。残るのは笑い、そして畏敬の念だ。僕は二重に感動していた。一つはこの子どもが垂れ流した鼻水に対して、そしてもう一つは鼻水なんてもので感動できてしまうこの世界に対してだ。いやあ、生きてるって本当にいいものですね。
 僕を見上げる子どもは所在なげに僕を見上げると、コートの裾を三度掴んで止まった。視界の隅にそれを認めた僕はなんとか形而下の世界に帰還すると、気を引き締めて子どもから裾をひったくった。危ないところだった。小学校からこのかた、通信簿に「もう少し目の前の物事に集中しましょう」と書かれ続けた僕の感性がまたしても危機を招来してしまうところだった。僕はコートをうち眺めてまたひとしきり感動を味わった後、威儀をただし、堂々たる調子で「人様のコートで鼻をかんではいけません」と述べた。
 子どもは僕を見、コートに視線を移し、再び僕を見上げた。
 その瞳には明らかに僕の期待するものとは異なる何かが宿っていた。コートで鼻をかんではいけないことに疑念を呈し、理由の説明を求めようとする強い意志さえ感じられた。まるでなにもかも丸出しにして街をねり歩く王者のような。正直に言おう。僕は気おされ、後ずさり、うろたえた。
「あのさ」僕は精一杯の威厳をかき集めていった。「あのね、他人様の服で鼻かんだら失礼だと思うよ」
 鳥人の子どもは何もいわず、そのことが僕の自信をいとも効果的に打ち崩した。
『そうとも小僧、俺がタイに行ったときの事を思い出せ』
 僕の心の思い出収納センターから、過日の叔父さんが解凍されて飛び出してきた。叔父さんは脂ぎった顔をつるりと撫でると、口の角から泡を飛ばしてまくし立てた。
『俺だってやましいことを考えてたわけじゃないさ。ただちょっと女子大生とお近づきになりたいなって思っただけなんだ。でも現実にはコーヒー頼んだだけでドボンさ。まさか「コーヒー」が現地の言葉で「おま○こください」になるだなんてだれが思う? 俺は悪くない。俺は何にも悪くないぞ。ただちょっと、異文化交流にしくじっただけなのさ。お前も俺の轍を踏むんじゃないぞ。いや、やっぱり踏め。俺と一緒に捕まれ』
 叔父さんはなおもわめきながら心のどこかへ向けて引っ立てられていき、僕は現実に帰ってきた。
 なるほど、僕は危うく間違いを犯すところだったのかもしれない。なんといってもここは異世界だ。多少の事前講習を受けてきたとは言え、それで何もかも理解したといえるほど僕は傲慢ではない。なんとも間の悪いことに、僕がいびきをかいていたまさにその瞬間に、オルニトにおける親愛の情の表現方法がレクチャーされていた可能性だってある。美人の先生が颯爽とコート姿で現れ、「では早速、オルニト流挨拶の練習をしましょう。さあ、私のコートで鼻をかんでください」というわけだ。僕は自分を呪った。なんて考えなしだったんだろう。もうちょっとで馥郁たる花の香りたつ美人のコートとお近づきになれるところだったのに。
 空想の中でひとしきり美女と戯れていると、ふと子どもがいなくなっていることに気がついた。
 なんて失礼なガキだ。僕はひとしきり憤慨した。挨拶の作法はともかくとして、大人が子どもに向かって怒っているときには、子どもの方はどこか気ままに漂って行ってはいけないというのは万国共通、いや宇宙全体における普遍的な決まりごとではないだろうか? もし子どもがフラフラしてていいなら、お説教はこうなる。
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「いい、ちゃんと学校行かなきゃだめよ、聞いてる?」
「ぶーん」
「こら、どこ行くの」
「うっせえよババァ!」
「ごはんまでには帰ってくるのよ」
「うん」
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 ――ああ、なんということだろう、これはとてもお説教とは呼べない。家庭崩壊だ。この種の不正義はひょっとするとこの異世界のお天道様が見逃している類の物事かもしれないが、だからといって放って僕が見逃していいということにはなるまい。断固たる対応が必要だ。
 僕は決然と視線を起こした。今いる場所はオルニトの畑だか住宅街だか、ともかく田舎っぽいどこかしらだ。いかにも教育のたりてないガキンチョが特産品だといわんばかりの場所ではないか。ガイドもなしにこのあたりへ迷い込んだときにはこの世のおしまいのような雰囲気を味わったものだが、今や僕は正義の使者、ゆくてをさえぎるものが何もないのはかえって好都合だ。まっとれくそガキんちょめが。
 僕は勢いよく第一歩を踏み出した。
 そして早速壁にぶち当たった。
 見たこともないほど冷たい瞳が僕を見下ろしていた。鋭い顔立ちは鷹に似ており、羽毛は整えられて静かな威厳に満ちていた。まとったローブには丁寧な刺繍が施され、首には精緻な細工のナイフを下げていた。これまで見てきたオルニト人たちは大体が腰布いっちょうだったから、この格好は僕を大いに驚かせた。俗世の塵から離れて百年は閲していそうな雰囲気をまとった老鷹人は、うろたえる僕をよそにただその場に立っていた。
 その表情は読めない。だが、彼の意図するところはなんとなく読み取れた。自分で言うのもなんだが、僕は鋭いのだ。
 彼はここの特権階級にちがいない。うろ覚えの事前講習が正しければ、神に仕える神官のはずだ。路を歩けば平民たちが跪き、足を止めればその場でお祈り集会が始まってしまうようなそんな男なのだ。礼儀を弁えない扱いを受ければ激高するにちがいない。たとえ相手が異世界からきた客人だろうと。
 僕は跪いた。彼の全身から放射される威厳がそうさせたのだ。そうして地面に頭を擦り付けながら、この上何をするべきかを必死に考えた。
 そうして、僕は結論を見出した。
 僕は神官の足元にすりより、ローブの裾を掴むと、これでもかとばかりに鼻をかんだ。
 神官は目を見開き、ガクガクと頭を揺らした。僕は確信した。これは肯定のサインに違いない。やっぱりさっきの子どもは僕に挨拶したかったんだ。なんだ、実はいい子だったんじゃないか。
 暖かなものに心を満たされるのを感じながら、僕は再びローブに鼻を擦りつけた。粘膜が切れて鼻血が出たが止めなかった。こういうことは最後までやるのが肝心なのだ。
 そうして、鳥人の神官がけたたましい悲鳴を上げた。



「正直言って、大変びっくりしました」
「すみませんでした」
「ローブで鼻をかんでくる相手に出会ったのはなにぶん初めてでしたから」
「本当にごめんなさい」
「しかし止めろとは言い出せなかったのです。ことによると、異世界ではあのように挨拶するのが普通なのかも知れないと思ったものですから」
「そういうことはないですよ」
「万が一ということもありますからね」
「そろそろ許してください」
 トレクと名のった鷹人の神官は、何も言わず自分のローブの裾を見下ろした。裾はさびた色でまだらになっていた。僕は黙った。
「鼻血は止まりましたか?」
「は、それは何とか」
「血は気をつけたほうがよろしいですよ。あんな血を見たのは生贄の心臓を抉り出したとき以来ですよ」
「い、生贄?」
「ええ、このナイフでね。彼も今ではハピカトルのメッセンジャーになっていますよ。元気そうでした。体のほうは会うたびに死体らしくなっていくんですがね。ところでお茶はお気に召しませんでしたか?」
「いや、そんなことは」
 正直に言って、眼前に鎮座する茶碗にたたえられた代物は液体かどうかも確信が持てない外見だったが、そこは何とか口に出さずにすんだ。
「そうですか」
 トレクは気落ちしたように肩を落とした。
「ここの特産なのですよ。エクメルの葉を乾燥させて煮出すのです。鎮静作用がありまして、落ち着きたいときにはなかなかいいものですよ」
「――つつしんでいただきます」
 暖かいお茶(という触れ込みのなにか)は見た目に反してびっくりするほど甘かった。なんとか喉から先に流し込むと、トレキシクトリは満足げにこちらの茶碗を取り、振り返って声を上げた。
「ネリ、異世界からのお客人にご挨拶なさい」
 トレクの言葉に部屋の入り口に姿を現したのは、さっきの子どもだった。僕は思わず声を上げた。向こうはといえば無反応で、ただ呼ばれたから来ただけとでもいいたげだった。トレクが茶碗を渡すと、ネリはギクシャクとした動きでそのまま去っていった。なんとも奇妙だった。先ほど僕と果たした運命的な出会いはおろか、なけなしの常識や精神それ自体さえすっかり頭から抜け落ちているような有様ではないか。さっき僕のコートを掴んでいたちょっと小憎らしいガキはどこへ行ったのだろうか。
 なんと切り出したものか分からず、僕はネリをただ見送った。
「――ネリが気になりますか」
 ふと気がつくと、トレクの鋭い目がこちらをのぞきこんでいた。率直は美徳だと心のそこから信じてやまない僕も「あの子はちょっと頭が可哀想なんですか?」と聞くことははばかられた。なので、代わりに鼻水がこびりついたコートの裾を見せた。
「――ネリがそれを?」
 僕はただうなずいた。トレクはくちばしを開き、しばらくしてまた閉じた。余裕にあふれた威厳はあっという間にどこかへ消えうせ、取って代わったのは狼狽と恐怖のようだった。何か地雷を踏んでしまったことがわかった。当座の主張として「コートの弁償は月賦でけっこうです」と「僕も昔はやんちゃしたものでね、この傷は勲章ですよ」のどちらが適当かと検討していると、トレクはいかにもつらそうにくちばしを開いた。まるでさっき飲まされたお茶が実は有毒だと後から思い出したような顔つきだった。
「あの子は何か、しゃべりましたか」
「いいえ、別に何も」
「そうですか。良かった」
 あの子は何か有害なんですかという問いかけは礼儀にかなっているだろうか。僕は悩んだ。悩んで正解だった。
「あの子は特別な子どもなのかもしれないのですよ」
 搾り出すように語られたトレクの言葉を耳にした後では、そんなことを考えた自分を許せなくなっただろうから。


 渋るトレクに無理を言って、ネリに会わせてもらった。神殿の最奥部、厳重に出入りを制限された部屋にネリはいた。
 殺風景きわまる部屋だった。快適さという観点で言えばコインロッカーに僅差で勝つのが関の山、単に何かを収めておくためだけのスペースだった。部屋の真ん中でネリは壁とにらめっこをしていた。気持ちは大変よく分かる。僕だって同じ立場に置かれれば、視線で壁に穴をあけるための努力を惜しまないようになるだろう。もしくは部屋から何とか彷徨い出て、最初に目に付いた奴のコートで鼻をかむとか。
 僕はネリの脇に腰を下ろした。そうして、彼女が見ているものを一緒に見ようとした。
 ネリは【雛鳥】というのだそうだ。正確に言えば、その候補なんだとか。
 この世界には神様がいる。僕らの地球と違って、その辺をうろうろしては神の力を行使している。ここオルニトの地にいるのはハピカトルという名前の嵐の神だ。嵐と言っても台風とかハリケーンなんて生易しい代物ではなくて、もっと恐ろしい何かだという。トレクは詳しく語ってはくれなかった。まあ、聞かないほうがいいことはうすうす分かった。
 そしてこの地に生まれる鳥人たちの中には、ハピカトルの影響をつよく受けてしまう子どもが時折混ざる。具体的には白痴が生まれてくる。生まれてきた白痴はよく分からない言葉をさえずり、余人がそれをうっかり聞くと気が狂うこともある。たまに有益な事を口走ったりもする。神の巫女なのだそうだ。トレク曰く、神の贈り物を受けたからには心から名誉に思うべきことであり、この子もきっと幸せになる、云々。
 あんな空疎な言葉を聞いたのは、高校のときに父が「三倍にして返すから」と主張して、阿蘇牛牧場に僕のお年玉を全額投資しようとしたとき以来だったと思う。
 僕が腹を立てる資格はきっとないだろう。なんといっても僕は部外者もいいところだし、ここは昔からこういうやり方でやってきているのだ。偉そうなことを言ったって、勝手な同情以外の何にもならないだろう。分かっている。事前講習を寝てすごしても、それぐらいのことは分かっている。
 それはそれとして、何か言わずにはいられなかった。
「あのさ」
 ネリは微動だにしなかった。
「『泣く子と地頭には勝てない』ってことわざがあるんだよ。知らないと思うけど」
 ネリはただ壁を見ていた。だが不思議と、あの話を掴みでしくじったときに沸いてくる雰囲気は感じられなかった。僕は話を続けることにした。大体、ほかに道はなかった。
「それで、うちの親父がことあるごとにそのことわざを言うわけね。それも大体僕が泣いてるときに。なんでそんなことするのかというと、うちの親父は地頭だからなんだよ。『地頭と泣く子には勝てない、じゃあ地頭と泣く子が対決したらどうなる? 当然地頭が勝つ!』こういうことを大真面目に言うようなひとなんだよ、うちの親父。何が当然なのってかんじだよね。でまあ僕はそのうち泣き止むわけね。こんなのの相手をしても無駄だと幼心に悟ってさ。小学校上がるまではずっとこんな感じだったんだ」
 僕は唾を飲んで喉を湿らせた。
「で、話は飛ぶんだけど僕も中学校に入る日が来たわけね。そこで僕は何を隠そういじめられたんだ。理由は僕が地頭の息子だからなんだよ。ここで事情を知らない君のために補足しとくと、現代日本には地頭っていないんだよね。にもかかわらず僕の親父は自分が地頭だと主張するし、回りもそれを認めてて、そのせいで僕はひどい目にあってたわけさ。具体的にどういう目にあったのかは言わないでおくよ。君だって牛乳飲むときや菊の花を見るたびにいやな思いしたくないだろ。ここに牛乳や菊があるのか知らないけど。
 で、あまりの理不尽さに僕は思わず戦ったんだよ。そう、温厚な草食獣も追い詰められれば牙をむく。僕は親父の首根っこを引きずって校長室に乗り込み、びっくりして声も出ない校長先生の前で親父に宣誓させたんだ。『私は地頭じゃありません』ってね。本当に冗談じゃないよ。地頭って言うのは荘園を管理してるんだよ。税金だって徴収してる。その気になればお金貯め放題なんだよ。帰り道で僕は言ってやったのさ。『父さん、本当に地頭なら僕のお小遣いも上げてよ。それが出来ないならせめて現物支給止めてよ』そう、僕のお小遣いはその時お菓子という形で与えられていたんだね。『それはできんぞ我が息子よ』って親父はいうのさ。『地頭は泣く子に勝てる』そう、僕はその時泣いてたんだ。親父の勝ち誇る顔を見た僕は思ったのさ。ああ、本当に地頭には勝てないなって。
 さてここでネリさんに問題です。このお話の要点はなんでしょう?」
 僕はネリの答えを待った。ネリはいまやはっきりとうろたえていた。僕らを見守るトレクも明らかに狼狽していた。いい兆候だった。少なくとも、この話が通用するわけだから。挨拶代わりに鼻をかむような相手だって、これは理解できるのだ。さっぱり理解できないという形で。
 僕はネリの頭を撫でた。幼い鳥人の羽毛は、予想にたがわずひよこのような手触りだった。ぐしゃぐしゃと頭をこすると、ネリはくすぐったそうに体を逃がした。
 僕はネリの頭をぽんぽんと叩くと、立ち上がってトレクに礼を言った。そのまま部屋を後にしようとする僕の背中に、追いかけてくるものがあった。ネリだった。
「結局何がいいたかったの?」
 ネリは僕のコートの裾を掴んでいた。自分の鼻水は慎重に避けていた。
「コートを汚されたことは怒ってませんよって事さ」
「ごめんなさい」
 ネリは見る影もなくしおれていた。よかった。そういう顔もできるじゃないか。
「いいさ、月賦で弁償してくれれば」
「月賦って何?」
 僕は腰を下ろした。
「月賦について語るためには、まず初任給でピザの釜を買うときにした苦労の話をしなくてはならないな」
「ピザ?」



「《嵐の歌い手》という伝説があるのです」
 僕を見送りながら唐突にそんなことを言い出したトレクの顔には疲れがにじんでいたが、同時にどこか晴れやかだった。
「オルニトの伝説的な神官です。ハピカトルの意志を最もよく理解しながら、同時に正気を失わなず、数々の発明品や予言を生み出してオルニトの建国に貢献したといいます。彼の言行集は、神官を志すものなら必修事項なのです」
「そうですか」
 答える僕はへろへろしていた。ネリにせがまれるままに、三時間以上も完全アドリブでしゃべりとおしたのだ。たかがおしゃべりでそんなに疲れるのかと思われる向きには、一丁となりの玄関を叩いて出てきた相手を三時間つなぎとめてみることをお薦めする。

「あなたの話は、どことなく《嵐の歌い手》に似ていますよ」
「それはまた光栄ですよ。ちなみにどのへんが?」
「意味が分からないのに、いいたいことはなんとなく伝わる辺りが」
「そうですか」
 僕は顎を撫でた。トレクは笑い、羽を震わせて掲げた。
「祈りましょう。あなたがいずこに向かわれるにせよ、ハピカトルがそのゆくてをさえぎることがありませんように」
 僕も祈った。祈り終わったあたりで、僕は重大な事実を思い出した。
「そういえば、僕は本当はオルニトに着てるはずじゃなかったんですよね」
「はい?」
「実はミズハミシマに着いてるはずだったんですよ。日本のゲートくぐったんで」
 トレクの目が濁った。深い同情の表れに違いないと解釈した僕は、勢い込んで言葉を継いだ。
「いやーびっくりしましたね。思ってたのと違うところに着かされて。旅行仲間ともはぐれましたしね」
「あの、それはもっと早めに言っておくべきだったのでは」
「忘れてましたよ。いやでも、ここもいいところですよね。帰るに帰れないのが難点ですけどね。ハハハ」
 言葉をなくした様子のトレクを置いて、僕は颯爽とその場を後にした。
 オルニトから出られたのはもう少しあとになるし、地球に帰れたのはもっとあとのことになる。だが、今語るべきことではない。どうでもいい話が得意な僕でも、引き際ぐらいは心得ているのだ。ほら、この通り。


 終


文中における誤りなどは全て作者に責任があります。
独自設定などはこちらからご覧ください。

  • 思わず鼻水の話だけで終始するのかと思ってしまいました。間に挟む地球での話しなどが旅行者としての味を引き出していました。前向きな交流の姿勢が涙ぐましいのと子供のしつけは世界が変わっても大変なものだと思いました。題名もそうですが文脈のテンポも独特で面白いオルニト集ですね -- (名無しさん) 2013-07-12 18:36:24
  • 改行なさすぎィ!と思いつつも息継ぎ忘れるくらいに読みすすめちゃうわ面白い。異世界に流されまくってる主人公とオルニト設定御覧じろうがたまらん -- (名無しさん) 2014-04-09 23:54:36
  • すごい文字の濃さだった。言葉あそびかと思ってたらしっかりオルニト?え?日本?もう一度読む -- (名無しさん) 2014-07-08 23:18:17
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最終更新:2012年04月12日 12:48