中学生という時代は特殊な時代である。
小学生は少年時代とオーバーラップし、高校生は青春とフィーリングが良い。
中学生という時代は、少年時代とも青春時代とも重なるようでいながら実はどちらも持ち合わせない時間もある。
少年時代を止める時代でもあるし、青春時代を始める時代でもある。不器用ならば始めることもできないかもしれない。
中学三年になったばかりのとある天文少年は少年時代を今まさに終えようとしていた。
星にしか興味の無い天文少年が薄まり、恋を患う青春時代が訪れようとしている。
恋の相手は
エルフ。
エリスタリアから十津那学園へと訪れた留学生。
ダリア・プランティング。
花を褒める言葉を縦連ねても、彼女の美しさを表現することはできまい。
誰もが彼女にあこがれ、エルフの畏怖すべき美を神秘性までに押し上げさせる。
天文少年は夜空の星より、地上の花に夢中となった。
そして勇気を振り絞り、彼女に交際を申し込む。
「わたしたちの交際は秘密にしましょう?」
まるでたった一つの冴えた提案のように、彼女は天文少年に明るい笑顔で言った。
夕日を背に堤防の上を器用に歩きながら自分の影を踏もうとするかのように、ダリアは天文少年の隣を歩く。そしてもう一度言う。
「多分、秘密にしていた方がいいと思うの。こうして合うのも今日みたいな日曜だけ。もちろん頑張って時間を開けるわ。絶対に秘密。そして絶対に日曜日にこうして会いましょう」
提案を断る理由などない。日曜日にこうしてデートみたいな事が出来るのだ。天文少年にはそれだけで十分だった。
少し不満があるとすれば、ダリアはいつも夕方には帰ってしまう。まるで太陽が落ちたら、すぐに屋内へとしまっておかなければならない鉢植えの様に。
門限の厳しい寮ではあるが、日が沈むまでという期限ではない。春先なら少しくらい暗くなっても間に合うはずだ。
でも、きっとダリアは花なのだろう。
日が沈むと花を閉じて眠る花……きっとそうに違いない。
「シンデレラは魔女との約束を守ろうとしたのかしら? 王子様に灰かぶりの格好を見られたくなかったら逃げたのかしら?」
ドゴールコーヒーでダリアは紅茶を飲みながら、雑談に織り交ぜてそんな質問をしてきた。
地球の児童文学に興味を示したダリアは、 シンデレラや白雪姫などグリム童話を読みふけっている。日曜デートが図書館でまるまる潰れたこともあったが、それとて天文少年には十分に楽しい時間であった。
「なんでだろうね。普通に考えたら灰かぶりの格好を見られたくないのかと思うけど」
「もしかしたらだけどね……」
机に乗り出し、ダリアは顔を寄せろと手招きする。
天文少年は一瞬だけ躊躇したのち、遠慮がちに顔をダリアの美しい顔に近づけた。
「きっと追いかけて来て欲しかったのよ、王子様に」
花の香りのような吐息が天文少年の頬にかかる。まるで魔法をかけてきたみたいだ。
「嬉しかったと思う。自分からかけて追いかけてくる王子様の姿を見て。きっと嬉しかったと思う。国中を探し回ってくれる王子様に。そして見分けてくれる王子様に」
天文少年も嬉しかった。
こんなに顔を近づけて、そんな話をしてくれることが。
幸せとか安易には言えないが……。きっとそれはこんな形をしてるのだろう。
だけど幸せは砕けると、きっと尖った硝子みたいになるんだろう。
赤い少女を追いかける。
追いかける。
天文少年とダリアを引き裂いた赤い少女を追いかける。
ダリアは初めて日暮れまで一緒にいることを約束してくれた。
街を彩る冬のイルミネーションを一緒に見ると約束してくれた。
赤い少女はそれを邪魔するかのように表れ、ダリアを赤い傘で消し去ってしまった。
きっとあれは
ゲートなのだろう。天文少年はそう信じて赤い少女を追いかける。まだプレゼントをダリアに渡してないんだ! 渡すんだ! いや取り戻すんだ!
追いすがろうと手を伸ばしたとき、赤い少女が哀れむような目で振り向いた。
少年を赤い傘が覆い、彼はその場から姿を消した。
「ごめんね」
赤い少女は傘で顔隠しながら、一人きりで誰かに誤った。
ダリアは琥珀の中にいた。
だが、さっきまで一緒にいたダリアは、その前で崩れていた。
そう崩れていた。
まるで絵の具が蒸気で溶けたように。
だがもう一人、裸のダリアが大きな琥珀に包まれ眠り姫となっていた。
シンデレラを追いかけていたら眠り姫だった。
何言ってるか分からないかもしれないが、少年は本当に何が起こっているかわからなかった。
≪試みは満足できる結果をもたらした≫
声が降ってきた。
頭上を見上げる。
葉と枝が踊っていた。
正気に戻った天文少年は周囲を確認する。
足元は木の根が隙間なく蔓延り、歪な床をなしている。頭上の枝はどこまで伸びているのかわからない。そして枝の中心には学校でも収まりそうなほど太い幹の大木があった。
≪少年よ。ダリア・パワードフィフティ・プランティングは新たな個体となった≫
「誰だ? 何をいっているんだ?」
頭上から降る声に問いかける。
声は丁寧に説明してくれた。
ダリアは挿し木だと。つまり、クローンなのだと。プランティングという彼女の名前が答えだったと。
ダリアは既に数世代前の人物で、毎日のように学校へ通っていたダリアはクローンなのだと。
しかも、たった七日の命である挿し木。増やすのではなく、個体の成長を確かめるだけのクローン。
声はさらに説明を重ねた。
遺伝子保存は出来るが魂はそうはいかない。と……。
琥珀の中で薄まる魂。
薄まる魂を濃く、強く、そして強める為に……天文少年は選ばれたに過ぎない。
当て馬もいいところだ。
ひらひらと少年の頭上に木葉が舞い降りる。これがダリアの遺伝子情報だと声は語る。
まるで詫び状か手切れ金のような扱いである。
これがダリアの情報なのだ。
だがダリアではない。
君が言うほど僕はいい人じゃなかった。
いい人だったら今頃、僕はどうしていただろうか?
いい人じゃない僕には想像すらできない。
君が言うほど僕はマトモじゃなかった。
アルミの自動ドア。耐食性の高い合金プールと壁。その中に君を放り込んで見知らぬ科学者たちが好き勝手にかき回す。
耐えられない光景だ。
だけど仕方ないんだ。
硝子の靴は砕け散った。
シンデレラも硝子となって砕け散った。
日曜日の密会もプレゼントも何もかも硝子となって砕け散った。
天文少年はアモルファス・カーボニア射出装置を背負う。
背後の巨大な圧力容器が作り出す、二酸化炭素のアモルファス・カーボニア矢を込めながら今日も狩りに向かう。
砕けた硝子の中から彼女を探し出す。砕けた硝子を組み合わせて彼女を作り出す。
ダリアは言ったじゃないか。
「嬉しかったと思う。自分からかけて追いかけてくる王子様の姿を見て。きっと嬉しかったと思う。国中を探し回ってくれる王子様に。そして見分けてくれる王子様に」
そしてキスをしてくれた後に、その口で聞いたではないか。
「六義は私が逃げたら追いかけてくれる?」
追わない訳がない。
もし僕がなんにでもなれるなら、僕は君の薬になるよ。
砕け散った山のようなガラスの破片の中から、たった一つの宝石を探し出してみせる。
きっと君は尖った硝子の中にいる。
どんなに傷つこうと、誰かを傷つけようと君を探し出すまで……。
- 幕間の短編と思ったらまさかの過去話。少し何カに興味を持つ人がちょっと不思議な切っ掛けで激変してしまう。普通の人生を歩んでいくかそうでないかの分岐点は誰にでもあるんじゃないかと思いました -- (名無しさん) 2013-08-04 19:35:20
- 大切な人を失って悲嘆に暮れるんじゃなくて速攻で目的を持ってないか六義。 抑揚なく奪う側を全うするあたりは最初からどこか心が壊れてて、ダリアの消失で大きく何かが崩れてそれよりも大きな生きる目的が生まれたんじゃない? -- (名無しさん) 2013-08-04 20:15:53
最終更新:2013年08月04日 19:32