【星空へ】

星は僕達に行く道を教えてくれる
では、夜空の星はどうやって自分の行く道を知るのだろうか?

「おいアンタ!アンタこの前、西でスラヴィアの屍徒の一団とドンパチやったガンマンとか言う異界人だろ?
アンタに頼みがあるんだ…」
岩の上に座って西で行商人から買った赤ワインを飲みつつチーズを乗せた堅パンを齧っていると、いきなり変な格好をしたドワーフから声をかけられた。
「…知りません。僕はエルフの海賊です。西へは農業を教えに来ていました」
帽子を目深に被って答える。
「そういう冗談は暇な時にしてくれ、俺にはクルスベルグにも西にも知り合いがいてな。
 アンタの事はよく聞いているんだ」
油で汚れたツナギを来て、変なゴーグルのようなモノをつけたヒゲのドワーフはそうまくし立てる。

観念した僕は
「一体なんでしょう?今、仕事はお休み中なんですが…」
「アンタにも得になる話だ!取り敢えずうちの作業場まで来てくれ!」
そう言うとドワーフはヒョイッと僕を乗せた大きな岩ごと抱え上げてどこかへ走りだした。
(……まあ、害意は無いみたいだし楽だからいいけど)

僕が運ばれて来た所は小さな天幕が立ち並ぶ集落だった。
「おう!俺は今、ここでご厄介になってるんだ」
そう言いながらドワーフは集落のはずれにあるボロボロの大きな天幕に向かう。

天幕の入り口をめくると、そこには金属でできた長い奇妙な物体が屹立していた…
「これは…まさかロケット?」
「ロケット!?…なんだそいつは?こいつはそんな訳の解らんもんじゃない!星界旅行機だ!
 世界を遥か見晴るかす偉大なテミラン様のいと高き御元に行くための物だ!」
「ええと…つまり、天国へ行くための装置なんですか?」
僕がそう答えるとドワーフはいきなり怒り出した。
「天国!?俺はそんな所に行きたがるほど老いぼれちゃいないぞ!
 俺はテミラン様と同じ世界を見渡せる位置に行きたいだけだ」
この世界だと、打ち上げに成功した時も失敗した時もどちらも同じく天国に行くような気がしたがそこは黙っておいた。

「なるほど…それでその場所まで行って貴方は何をする気なんですか?」
「神様に文句を言いに行くのさ!…いやすまん、今のは冗談だ。俺は世界の全てを見たいんだ。
だから、俺はこいつを造ったんだ」
ドワーフはそう言いながらロケットに近づき外壁をコンコンと叩く。

「ロケットが完成してるなら僕の出番はなさそうですが…」
「理論上はこのロケットで星界までひとっ飛びで行ける。しかし、問題があってな…
 つまり……俺の体が星界まで持たないだろうということだ」
ああ、宇宙服までは造れなかったのか。
「僕達の世界には似たような装置とその為に着る服がありますが、そちらを取り寄せられては?」
僕はそう提案する。
「…アンタのとこの星界服は、星界の濃密な神気や世界と星界を隔てる壁を突き破った時の衝撃を中の人間に通さないようにできるのか?」
「……」
僕が返答に詰まった時、天幕の入り口が小さく開いた。

「あれくせいおじさん、ほしのおふねはかんせいちた?」
奇妙なぬいぐるみ(頭部が星型で胴体は樽のような形)を抱いた小さな犬人の少女が入り口からこわごわ顔を出して聞いた。
「まだだアリオン。しかし完成したも同じだ。
俺が星界へ行くための重要な部品が来たからな!」
アレクセイと呼ばれたドワーフは少女にそう答えると、僕の背中をバンッ!と強く叩いた。
衝撃で僕は少女の前までつんのめる。
少女は僕の目をじっと見つめて手を合わせる。
「おねがいしまつ。おじさんをてみらんさまのもとにいけるようにしてくだちゃい」
そう言って拝まれる…正直、こういうのは苦手だ。
それからペコリとお辞儀して天幕を出ていく…

何とも言えない気持ちになった僕は、アレクセイに少しだけ考える時間をもらい集落の方へ向かった。

「ようこそ異人さん。不在の主人方に代わって歓待します。」
集落で住人である犬人達の歓待を受け、乳茶と羊肉を小麦の皮で包んだものを頂きながら先ほどのアレクセイ達の話を詳しい聞く。
犬人達は
「アレクセイとアリオンがご迷惑をおかけして申し訳ない…実は我々は今、西の住民と長い戦をしているのです」
と、訥々と語りだした
犬人達の話では、この地方は東イストモスではあるが西イストモスとの境に近く、両方の先人が穏やかで交流も多かったので双方は比較的穏やかに暮らしていたらしい。
だが近年、遊牧民である東イストモスの住民と定置で農耕を営む西イストモスの住民の間で土地の権利に関しての諍いが絶えず、つい先日、支配階級のケンタウロスに対する刃傷沙汰にまで及び、ついに双方の我慢の限界が来て戦が起こってしまった。

アリオンの両親は士族の従者であり、犬人に珍しく百人隊を任されるほど武芸が達者であった。
そのため、今回の戦でも先陣を切って出陣せねばならず、幼いアリオンはあの奇妙なぬいぐるみ(平原のど真ん中にあいた大きな穴から両親が見つけてきたらしい)と、集落で両親の無事を祈りながら帰りを待つことになってしまったのだ。

アレクセイはクルスベルグ出身で、禁制品である帝国時代の動力機関を再現してしまったらしく国外追放となり、イストモスで行き倒れているところを何年か前にアリオンとアリオンの両親に救われ、現在はこの集落で鍛冶や砥ぎを行なっている。

アレクセイはとても誠実な男であり、彼の今回の奇行は、元々研究者として星界に興味を示していた事もあるだろうが、アリオンとアリオンの両親に対する忠義心から来ているのだろうと犬人の住民は教えてくれた。
僕は、デザートにベリーのようなグミのような甘酸っぱいジャムがかかったパンを頂いた後、話と茶のお礼を言い天幕を辞して、アレクセイの小屋へ向かった。

いつのまにやら外は一面赤く燃えるような夕焼けに包まれていた。

「おお!!やってくれる気になったか!」
小屋に着くと、アリオンとお茶を飲んでいたアレクセイが立ち上がり大きな声で迎えてくれた。
「今回だけですよ。それと…船の準備の方は?」
「もう火精や風精を集めて暖気してある。すぐにでも出発可能だ!」
準備がいいなぁ…と思いながら僕はリボルバーを引きぬき構える。
「…それが願いを叶える神器か」
「ランプの魔神じゃあるまいし、そんな便利なものじゃありませんよ」
そう言いながらハンマーを上げて撃つ。
タンッ!と軽い音がして、撃たれたアレクセイの周りが一瞬輝く。
「何も変わったように思えんが…」
「大丈夫、ちゃんと宙の強い神気や熱衝撃などを遮断してくれますよ。ただ…」
「分かった!お前を信じよう!善は急げだ!!」
そう言うと話を最後まで聞かずにアレクセイはロケットに乗り込んだ。

(いいのかなぁ…)
そう思っていると服の袖をチョイチョイとアリオンに引かれた。
「ありがとうございましゅ。おじさんをてみらんさまのもとにいけるようにしてくりぇて」
丁寧にお礼を言われた。
ただ、僕はそのお礼を聞きつつ視線は抱きかかえられているぬいぐるみに向けていた。
なぜならそれが自分に向けて強い意思を送っているように感じたからだ。
僕は「ちょっとごめんね」と言い、ぬいぐるみに弾丸を撃ってみた。

アリオンがどうしたんだろう?という目で見ていたが、特にぬいぐるみにはなんの変化も無かっ…
ピクッ
……今一瞬、動いたような気がしたけど気のせいかな?
とりあえず僕は、ごめんねと言ってアリオンにぬいぐるみを返してロケットの発射を見守る事にする。

数分後、轟音を立てながら天幕を豪快に突き破ってロケットは星界に昇って行った。
(アリオンを抱えて潰れた天幕から逃げ出したのはご愛嬌)
「ロケットを外に出すか天幕を片付ければ良かったのに…」
「おじさん、あわてんぼさんだから」

そんな事を言いながらしばらく一緒に空高く昇っていくロケットを二人で見ていた…

と、いきなり
「た、大変だー!異人さんが巨狼の群れに追いかけられてこっちに来るぞーーー!」
見張りをしていた住民の声が聞こえる。
嫌な予感を感じて僕はアリオンを置いてそちらへ走る。
「ししょー!どこっすかー!?弾貸して下さーーーい!!いや、もう誰でもいいから38口径の弾貸してくれーーー!!」
ああ、予感的中だ…
声の方に走ると黒いロングコートと帽子を被った東洋系の大男がこちらに走ってきていた。
「お!やったー!師匠!弾貸して下さい!!」
僕は男にクリップで止めた銃弾を放おってやりながら
「またですか!臨悟くん。君は何でいつも厄介ごとを連れてくるんですか!!」
「やだなー!キッドって呼んで下さいよ。
やー…参りましたよ!腹が減ってたんで死んでた鹿の肉食べたらアイツらが捕ってたご飯だったらしくて…」
彼が親指で指し示す先を見ると3mはありそうな巨大な狼らしき生物が怒りに燃えた瞳でこちらに突進してきていた。

「とにかく、集落に迷惑がかかりますから離れた所までアイツらを誘導しますよ!」
「えー…久しぶりにちゃんとしたメシを食いたかったのになぁ」
ブーツで脛を蹴りつける。
「~ッ!?」
「とっとと来い!スカタン!」
「さ、さー…いえっさー」
僕は集落とは別方向に走りだす。片足を抱えてぴょんぴょん跳ねながらリンゴがそれに続く。
何でこう休み中に面倒事が起こるんだろう?と愚痴りながら星明りを頼りに夜の平原を疾走する。

その日、オストモスのある集落から一人のドワーフと一体のぬいぐるみが消えた。
友達を一度に二人も無くした少女はこの世の終わりとばかりに嘆き悲しんだ。
しかし、三日後にその泣き顔は笑顔に変わることになる。

急に停戦条約が結ばれ、戦地に行った両親が無事に戻って来たのだ。
何でも戦争を始める前に必ず行う星の導きを得ようとする儀式をしたが、いきなり見たこともない奇妙に動く2つの星が現れ、儀式を中断せざるを得なかった。

この不可思議な出来事に対して両陣営の星占術師達は一様に、これは神がこの戦を止めるべきであると考え我々を導かれたのだと訴え
東西両方の士族達が緊急に協議の場を設けて今回の停戦に相成ったのだ。

その後、トントン拍子で和平協定が結ばれ、土地の問題は東西で公平に土地の境界を決める事まで決まった。
東西の住民は、新たな星を現して戦を止めた星神に感謝し、星が現れた日を東西交流のための祭りの日と定め、毎年盛大なお祭りを開くことになった。

「めでたしめでたし…と言うわけですかな?星神殿」
「…うん。
 わたしもあたらしいともだちができたし、なつかしいともだちにもあえてしあわせ…
 ありがとう、ふるくあたらしいかみがみ」
「建国時に貴方には大変お世話になりましたから…では、また何かあればお呼び下さい。できるだけ尽力しましょう」
「ありがとうれぎおん。とりのかみのこともおねがいね?」
「はい、では…」

星は輝き続ける。まるで地上全てを見守るように…


蛇足
新しい星が現れて数年経ってから、星の鉄でできた箱が宙から降って来た。
中には誰も見たことの無い図や字で書かれた本が入っており、星神様の落し物として集落で大切に保管されている。
しかし、もしクルスベルグの技術者がこの本を見たら驚いて腰を抜かしただろう。
その本にはクルスベルグ研究者の専門文字で、星界のことや星界から見たこの世界のことが詳しく図入りで書かれていたのだから…


  • 世界と世界の交流が進んで双方で色んな知識が行き交うようになるとそれまで思いもしなかった行動やものつくりをし始める異世界の人はいるんだろうなと想像させた -- (としあき) 2012-11-13 23:07:38
  • ロケットがスムーズに発射成功したのに驚きました。それだけ入念にアレクセイが作りこんでいたということでしょうか。戦を止めた星の動きが神と出会い彼が願ったことなのかは星のみぞ知るでしょうか -- (名無しさん) 2013-09-03 17:21:13
  • 世界の交流が新しい夢と道を作るっていいな。結果や影響がどうあれ全力を尽くす姿は熱いものがこみ上げる -- (名無しさん) 2014-02-04 00:14:33
  • 色々な文化と人の想いが重なってる。温度差も上下混ざってる。どちらの世界でも人は見上げる空の果てに行ってみたくなる行くものか -- (名無しさん) 2017-03-20 17:08:07
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最終更新:2013年03月27日 14:37