カメラマンには三種類の人間がいる。
食い扶持をカメラで稼ぐ奴。
趣味でカメラを扱う奴。
カメラで食って行けない奴。
この三つだ。
そして困難を前にして人間は大体二つの行動を取る。
逃げるか、立ち向かうか。
カメラマンとしては三番目のロベルト・フリードマンは、人間としての生き方はどちらかという後者である。そして立ち向かうというより、飛び込む――と表現した方が近いかもしれない。
近代のカメラマンは名を売るために戦場へと行く事が多い。その写真を売りながら金を稼ぎながらいつか報道賞やカメラグランプリでチャンスを掴むと信じており、一発狙いの側面が大きい。
ロベルトも多分に漏れず、その気質を持っていた。
ある日、ロベルトはロンドンに妻子を残して
ゲートを飛び越えた。行き先を決めてないどころか、異世界がいかなる場所であるかも理解しないままに。
もちろん下調べはしてあったが、それは通り一遍の知識を仕入れただけに過ぎない。
だからというわけではないが、写真は思うように撮れていた。
思うが侭に飛び出し、気の向くまま異世界を歩き、ファインダーから覗く異世界をフィルムに収める。
愛器のミコンSとカンタックスは、我が侭な主人と違って従順に異世界を撮り、時にはちょっとピンボケの味のある写真をロベルトに与えてくれる。相棒というより右目と左目と言っても過言ではない。
異世界を訪れ早くも半年。ロベルトはドニードニーの海の上にいた。
パーントゥ商船の船内で、彼は写真を撮る。
ドニー・ドニーで一番は俺だと言わんばかりの
オークや
オーガが甲板や船倉で働く姿は実に絵になる。何しろ現代地球には無い木造船だ。時代遅れの操船術が新鮮な映像としてフィルムに収まる。
ドニー・ドニーを支えてるのは俺だと言わんばかりの
ゴブリンたちの、せわしなくも正確な算術と航海術を操る彼らの不器用な笑顔はフィルムによく馴染む。
彼らのしわくちゃの笑顔は地球の老人のそれとは違う。ゴブリンたちの横顔はエネルギーが溢れ、それでいて老人と同じような愛嬌と老練さが滲みでて見たこともない作品となる。
ロベルトは意外にも、自分がこの世界に馴染める人間ではないかと思い始めてきたころ、
「へい、ロブ。海の上なら浮気じゃないんだぜ」
オークの甲板長クラントオルクが、ロベルトを愛称で呼びながら諭すように語る。
「海の男は空よりも自由で、陸に残る女は海より広い心をもっているんだ。もちろん、陸に上がった男は誰よりも妻を愛し、海に出た女は誰よりも夫を愛さねばならん」
クラントオルクはそういいながら、前方に浮かぶ数隻の船を指差す。その船は聊か異質で、地球でいう輸送船を放射状に繋ぎ止めたような姿をしていた。
何より不可思議なのは、張られた帆が実用的な形をしておらず、描かれた絵は豊満なバストを放りだすオーガだ。肉感的というより筋肉的という印象だ。さらに帆の張り具合がこれまた筋肉を想像させる。
「地球に残したカミさんのことなんて気にすんなって。海の上じゃ他の女を抱いても浮気にはならん」
クラントオルクはドニー・ドニーでは一般的で独特な文化を盾に、ロベルトを娼館へと誘おうとする。しかし、ロベルトは妻に気後れして女を買う事を避けているのではない。
いや、彼の貞操観念をフォローするならばそれもあるのだが、そもそも
オークやオーガの娼婦を抱くと言うのは無理なのである。
これは差別とか宗教上とかそういう問題ではない。無理なのだ。
ロベルトの女性の趣味はうるさい訳ではないが、完全な異種族というのは感覚的にタブーの範疇に近く、そもそも彼女たちに性的興奮を覚えることがない。
これが容姿の近い
エルフなどであっても、どこか根底にはそういう意識がブレーキとなるのだろう。
困難に飛び込む性質のロベルトでも、そちらの面では些か尻込みするらしい。
「じゃ、じゃあ取材って事で」
ロベルトはクランオルクの誘いを断りきれず、ミコンSを抱えた。それを見てクランオルクは意外に乗り気なんだろうと解釈して、船上娼館のおすすめ女性を得々と語り始めた。
船上娼館『スキュラ』は文字通り、船の上で営業する売春宿である。いや宿ではないのだろうが……。
ドニーではどうやら船旅での逢瀬は浮気や常事と取られず、妻も恋人も黙認する事が女の度量らしい。なんともうらや……けしからん事なのだろうが、港ごとに恋人や妻を作らせない苦肉の文化なのだろう。
「ランバラーナとフルハンって新人の子がバーンってな感じでたまらなくてな。これまたランバラーナって子の胸は……」
何やら興奮し始めてるせいで、鼻息荒く意味不明瞭なクラントオルクの娼婦紹介が空回りし始めた頃、船がスキュラへ接舷された。ロベルトはどうやって接舷するのかと思っていたが、放射状につなぎとめられた船の間に差し込むように行われた。
船の目的が目的だけに、なんとなく女性の股に潜り込むイメージだ。
クラントオルクは目当ての娼婦が待っていた事に大喜びしたのか、ロベルトを置いてさっさとスキュラの甲板へと飛んでいった。男の本能が強いのは分かるが、どうにもクラントオルクはがっつきすぎている。
とはいえ、他の船員たちも似たりよったりであり、下っ端甲板員も落ち着きなく接舷作業の後始末をしている。
ロベルトはカメラを抱え直し、スキュラの甲板でオーガと交渉する女性を見咎めた。
地球人の女性である。
東洋人の若い女性で、幼くも見える。とても娼婦など出来るような体には思えないほどだ。かといって子供というわけでもなく、女性としては成熟している。
なぜそんな所にいるのかと、心配になったロベルトに気がついたのか笑顔で軽くこちらに手を振った。
「はぁい。悪いわね。いまちょっと浮気の最中なの。地球の男たちには内緒にしてね」
妖艶とは言い難いが、人懐こい笑顔はコケティッシュだ。ロベルトは思わずカメラを構えて、娼婦とオーガの後ろ姿を写真に収めた。
地球の男が飽きられたのか、彼女の生き方がロベルトに似て飛び込む性質なのか。それとも両方なのか。いや、多分両方かもしれない。
彼女はドレスをまい上げて、とびきりの浮気を楽しもうと去ってしまう。
ゲートを飛び越え地球全部の男を振って誰にも出来ない、とびっきりの浮気を……。
- 取材先での触れ合いとドニー海の男らしさというのがこれでもかというくらいすっきりまとまっていて面白い。海が密接に関わっているというのもスキュラ船から伝わってきたが含蓄のある台詞に思わずうなる。最後のオチは全く読めませんでしたね -- (名無しさん) 2013-11-02 17:57:42
- やはりどんな種族でも女性は強い。強くて奔放な女性がドニーにやってきたらどうなる? -- (名無しさん) 2015-10-06 22:05:54
最終更新:2013年11月02日 17:54