「セイジョー! 私、夏休みに家へ帰るからアンタも一緒に来なさい! そうそう、旅費は全部出すから安心して感謝なさい!」
夏休み前、ティータはそう言った。
清浄は日本国発行のパスポートを見つめながら、先週の出来事を思い出す。
「イギリスから留学してるヤツからそう言われたら、普通はイギリスだと思うよなぁ」
「あー……。なんでパスポート持ってるのかなぁっと思ったら勘違いしてたの?」
ティータはカクンと首を傾げ、金色のツインテールを肩から零しながら清浄の落ち込んだ顔を覗き込む。
港駅内でティータは身長より大きなクマのヌイグルミを抱えながら、ベンチでお澄まししている。その光景は、まるで西洋人形がクマ人形に伸し掛ってるようにも見えた。
スラヴィアンであるティータの肌は病的に白い。地球人として見ると古くユダヤ系ドイツ人だが、イギリス分家である彼女は多くの血の交わり他民族的な特徴を持っている。異世界と地球がピーキーながらドラスティックに混じり合い、危うい可憐さを各所に滲ませる。
軽く鮮やかな金髪。大きめでクリクリと丸く跳ねる様に流れる瞳。陶器の如く冷たくもキメ細かい肌。華奢ですらりと長い四肢。幼いので女性らしい魅力は乏しく、故に少女という若さと活力があり、故にスラヴィアンという死がそれらを容赦無く打ち砕く。
相反するどちらもが魅力として、人ではない美しさがバランスよく融和している。
ティータは夏らしく大きく肩の露出する白のワンピースで身を包み、その涼し気な印象と愛らしさが相まって男女問わず視線を惹きつける。
彼女の隣で、清浄はやはりガリガリと棒付き飴を噛む悪い癖を披露しながら、ガクリと肩を落としてパスポートを名残り惜しそうに見つめていた。
夏休みにも関わらず、何故か制服姿でかなり浮いている。
彼はティータから「家に帰るから付いてきて」と言われ、彼女の実家があるイギリスへいけると思い込んでいた。夏休みの計画が破綻したのも残念だが、ティータが実家以外の「家」を指すならばそれは
スラヴィアにほかならない。
ティータが頭の先から爪先にいたるまで美の化身でありながら、清浄の姿は冴えないとしか言いようがない。
硬い髪質で黒髪の散切り頭。鋭く野卑溢れる追うような三白眼。低い鼻に薄い唇が淡泊な表情をより強調する。悪く言えば、彫刻家がアタリを付けて削った顔像を、そのまま仕上げしてしまったかのような器量である。
そんないまいち器量の顔を、落胆させて本日数度目のため息をつく。
「まさか地球の外国へ行くより先に、異世界に行くとは思わなんだ。しかもスラヴィアかよ……」
「スラヴィアも結構いいところよ。治安もいいし」
「治安がいいのに危険度が高いんだろ? どういう意味なんだよ、それ」
統治は行き届いているが、饗宴やらなんやら危険という不自然極まるアンデットの国である。清浄が不安になるのも無理はない。
「ところでティータ。お前の持ってるその縫いぐるみなんなの?」
二人とも荷物が少な目だが、ティータはヌイグルミの分が嵩張っている。どこかクタっとしたヌイグルミだが、ティータの体躯を越える大きさはかなり邪魔だ。
「ああ、これ? これはね」
と言って、ティータはクマの背にあるチャックを開くと、靴を脱いで足を突っ込み始めた。不用意に足を上げたせいか、ティータの青白縞パンがチラリと覗く。清浄は全力で首を右へと振って視線を逸らした。
その様子に気がつかず、うんしょうんしょと懸命にクマの内部に潜り込むティータ。迂闊にもシマシマお尻を披露しているが、空いている港駅でそれを目撃しているものはいない。
やがてクマを着終えたティータは、清浄に向かってガオーと襲いかかるポーズを取った。
「
ゲートの向こうに行くと日の光が大敵でしょ? だから昼間はこれで移動するの。いいアイデアじゃない?」
クマの首の僅かな隙間から、ティータの顔が覗いている。
「ああ、お前の頭にしてはいいアイデアだな」
清浄はクマのヌイグルミと一緒に異世界を旅する羽目になったようだ。
「ねえ、セイジョー。後ろのチャック上げてくれない?」
ティータはちょこちょことクマの足を巡らせて、清浄に背を向けた。そこで清浄は盛大に吹く。
クマの茶色いアンゴラモヘヤ素材の間から、青と白のパンツが見えていた。
着込む時にティータのワンピースがめくり上がり、背中まで露出した状態である。クマの背から膨らみを持ち始めた少女のお尻が覗ける姿は、倒錯的であり艶かしい。
「ねえ、早く~」
「お、おう……」
何を早くだと突っ込みたかったが、たしかに早くチャックを上げなければ不特定多数に目撃される事になる。清浄の心中で、見たい欲望と誰にも見せたくない葛藤とバレた時の恐怖と周囲に抱かれる印象への不安がせめぎ合う。
「て、ていうかこれ来て連絡船に乗る気かよ。こっちにいる間はまだいいじゃねーか」
「いいじゃない。せっかく着たんだし」
やんわりと脱がせる計画は失敗した。
清浄は覚悟を決めて、お尻の下にあるファスナーを引っ張りつつゆっくりと引き上げる。ゆっくりと上げざる得ないのは、別にパンツを凝視するためではない。注意して上げないと、パンツをファスナーで引っ掛けるおそれがあるからだ。
「あ、ワンピースに引っ掛けないでよ」
似たような心配をしたのかティータが忠告する。しかし、その心配は無用である。ワンピースはめくれ上がって一緒にクマの背の中に収まっている。
清浄の視線を逸らしながらファスナーを上げる行為は成功し、縞パンはすっかりモヘヤ素材の向こうへと消え去った。
「よ、よし終了」
清浄はふうと一息付いて最後までファスナーを引き揚げ、新しい棒付き飴を口に放り込む。
「よし、そろそろ連絡船の出発時間だね。いこー」
「……待てこら。それって荷物持てねーだろ?」
悠然と歩き出すティータを呼び止める。
「うん、セイジョーが持って」
「ふざけんな」
悪態を付きながらも、清浄は素直にティータの荷物を手に取った。
パンツを見た対価……ではなく、詫びとして荷物持ちをするのである。決してご馳走様でしたという意味ではない。
二人は何やらどうでもいいことを言い合いながら連絡船へと向かう。
兵法家の家系でありながら、清浄はこの時まだ気がついていなかった。
夜になってティータがクマのヌイグルミを脱ぐとき、ファスナーを下ろせば再びパンツと対面することを……。
なお、この一連の行為を宗徳が盗撮していたことは、また別の話である。
日もすっかり沈んだスラヴィアの港街は、いつものように何艘もの船を受け入れている。船を導く灯台の光も何処かおどろおどろしい。
ミズハミシマ経由で数日かけ、清浄たちはスラヴィア南部の街へと到着した。夜の港だが活気があり、眠らない国で有ることが第一歩から感じ取れる。
そこで彼らを出迎えたのは、紙であった。
その紙は人間大で、ハサミで切り込みをいれただけのような人の形をしていた。
「ティータ様。お待ちしておりました。わたくし、侍従を務めさせていただくカーター・シーロと申します。以後お見知りおきを」
紙はカーター・シーローと名乗り、人間のような動きで会釈をする。
デカイ紙切れとしか思えない出迎えには、スラヴィアンであるティータも予想外だったらしい。清浄と同じように驚いて硬直していた。
「あ、う、うん。よ、よろしく。えっと侍従って?」
「領地は現在、サミュラ様の直轄地から離れ、暫定的なティータ様の統治下にあります。よって派遣された侍従であるわたくしが、及ばずながらティータ様のご用をさせていただきます。……あ、お持ちしましょう」
カーターはこれは気がききませんでと、置かれたティータの荷物に手を延ばす。
不思議なことに、紙切れでありながらふわりとティータの荷物を持ち上げた。どうやら憑依型のスラヴィアンであるらしく、屍人というより幽霊のようだ。憑依の力を分けて荷物を持ち上げているらしい。
ティータは憑依の力に気がついたが、人間である清浄に取っては下手な3Dゲームのキャラが不自然に道具を持った姿を連想した。
やや戸惑い気味のティータと清浄はカーターの用意した馬車に乗り込み、目的の領地へ向かう。道中は現代生活に慣れた清浄に取って不便極まったが、持ち前の負けん気で弱音を吐かず静かに馬車に揺られ続けた。
そんなやせ我慢をする清浄に構わず、カーターは領地について説明を始めた。
二十年前の騒乱を引き起こした先代に代わり、先日までサミュラが統治していた領地は慢性的な財政難にあるという。今回、格別の計らいもあって領地で見込まれる収入の五年分が与えられているが、現在のままでは三年で尽きる計算らしい。
特産品は無し。林業とレンガの生産が主流の山合いの土地だという。これを聴き、清浄の脳裏に一抹の不安が過ぎる。
ティータは収支報告書の束にざっと目を通し、深いため息をつき手を拱いた。
「長期的にブランド力を作る計画があったんだけど、ちょっと無理だったかな。早急な財政改善が必要だね」
ローチャイルド財閥の末席に名を連ねるティータは、金策の軌道修正をせざる得ないと天を仰いだ。
「まさかと思うんだが、またお前のアイデアを地に付ける役目を俺がやるのか? そのために来いとか言い出したのか」
清浄はちらりと報告書をのぞき込み問いかける。
「……え? あ……う、うん。そ、そうよ! べ、別にアンタに来て欲しいから誘ったわけじゃないんだから。せ、せいぜいわたしの為に働いて旅費分を返しなさいね」
なぜか顔を背け、ティータは強がって見せた。
「はいはい。お前はいつもそれだからな。いい迷惑だぜ」
ガリガリと棒付き飴を齧りながら、不機嫌そうに悪態を付く。
「め、迷惑って何よ! わ、わたしと一緒だと迷惑だっていうの?」
「そうは言ってねーよ。お前の思いつきが迷惑だってんだよ。安心しろよ。お前のアイデアは責任もって一緒に突き詰めて纏めてやるから、そっちも感謝しろよな」
「うー……べ、別に一緒に突き詰めなくったっていいんだから……」
唸りながらティータは手に持つ収支報告書を、めいいっぱい握り締めた。
清浄はティータの膝に載る報告書を一枚取り、相向かうのカーターに尋ねる。
「ところでカーターさん」
「カーターで結構です」
紙なので無表情というか、真っ白な態度で応える。
「じゃあカーター。俺はこっちの字があんまりわかんないけど、数字は大体わかるんで気になるから……この税収か? この収入欄で安定した数字を出してる項目はなんだい?」
ほとんど横から覗いていただけでありながら、清浄が報告書の瑣末な点に気がついた事にカーターは深く関心した。
「それは甘樹の加工販売による収入ですね。そちらで言うところの砂糖みたいなものです。集め方は地球でいうゴムの木のようなやり方ですが」
地球出身である領主とその恋人(?)に配慮し、サミュラは人間文化に詳しいカーターを侍従として派遣した。清浄には幸いな事であり、いずれサミュラの温情は多大な功績を彼に与える結果になる。
「へえ、砂糖か。特産品ってほどじゃないのか? それから生産量はどれくらいだい?」
「輸入品で質の良いものがありますし、スラヴィアの他地方で大規模農場があるので特産品といえるほどではありません。生産量も十番目。四馬車に十(四頭立ての荷馬車に十台)。地球でいうところで五トンというところでしょうか」
「気候に影響を受けず?」
「日照りにも長雨にも強いので、山火事や山崩れでも無ければ」
二人の会話は良く噛み合っていた。カーターと清浄が水魚の関係であったことは、ティータに取って望外の幸である。
「領地内での消費量は?」「およそ四馬車の一と半」「少ないな」「贅沢品ですからね。地元では甘樹の葉で料理をして甘味を得るので」「へえ、それは面白い。もしかしたらそれも使えるな」
会話の螺旋が登り始める。
清浄は報告書の項目欄に書かれた名詞をカーターに教わりつつ、利用できる「地についたデータ」を頭に叩き込む。
「ティータ。お菓子作りってのはどうだい?」
甘味料といえばお菓子。短絡的だが無駄がない。
「え? ああ、産業として? ほんとアンタは甘い物が中心で考えるわね。でも……なるほど、ブランドといえばまずは装飾と嗜好品って相場は決まってるものね」
良く出来た物を領主や金持ちが余分な財貨を払って購入する。これは一見贅沢として忌避する人がいるが、立派な経済活動である。
良く出来た首飾りと高く買う人がいれば、職人はこぞってそれに勝る品物を作ろうと奮戦する。さらに素晴らしいアクセサリーが出来れば、さらに高い金で買う。
これを繰り返せば、職人の腕も上がる結果となる。
やがて価値の既成事実が外部の興味を惹きつける。高く買ってくれるだけではなく、よりよい物を作ってくれと資本を投下する人が現れるかもしれない。もし居なくても投資を呼びかけて、資本を集める題材にすることも可能である。
もちろん、そう上手く行くわけではないので、清浄が上手く現実とすり合わせなくてはいけない。
「ですが、甘味料だけではできませんよ。他の材料をほとんど生産してない当地では、食材の大部分が買い入れです。お菓子の材料も入荷しなくては」
カーターがまず考えられる問題を提起する。
「その辺は数字をみないと分からんが、甘樹の販売額と比べて、領地民の食材買い入れ額は分かるかい?」
「甘樹と相対させるなら、四馬車の九ほど……。甘樹の出荷は四馬車の八と安定してますが」
「そこらへんの埋め合わせは、恩賜の金子で賄うとするか。加工品の出荷額が上回れば……」
地球から持ち込んだボールペンとメモ用紙に数字を書き込みながら、清浄は早々と五年計画のお菓子産業の概要を纏め上げた。
「ねえ、セイジョー。最初から一つに絞らないで領地の女の子たちに幾つお菓子を作って振舞ってみない? もちろん買い取った材料でね。こっちの味覚の確認にもなるし、領地の人への施しにもなるしさ」
実務的な計画を立てる清浄。そしてベストと思われるアイデアを出すティータ。
二人の何気ない計画の立案にカーターも内心、舌を巻いた。
(これはとんでもない若者が来ましたね)
まずアイデアがわかりやすい。そして計画が早い。正確さはいまいちだが問題点の修正を繰り返せば許容できる計画である。
(地球からの経済の引き込み……。案外、うまくいきそうですね)
カーターは、仲睦まじく計画を組み上げていく二人を見て、紙故の無表情さで沸き立つ心を隠していた。
馬車が目的地に着く前に、彼らの心と能力は領地を捉えていた。
このお話は饗宴と経済を制する二人のお話である。
いずれ領主ティータは≪ゼプトの恋人≫と呼ばれ、代官である清浄は≪ゼプト≫と称される。
清浄は涅槃寂静の少し手前に立つ事になるだろう。
このスラヴィアの地にて……
おまけ
ゲートを飛び越えミズハミシマに到着し、宿をとったティータと清浄は崩れるようにして部屋への戸を開けた。
「ゲート酔いってマジあるんだな……。一日、十本までと決めてたチュッパチャッ○スを一五本も摂取したのはソーダマンダリン発売依頼だぜ」
清浄は息も絶え絶えで、棒付き飴をくわえ直す。
「……調子悪いと増えるの?」
クマの着ぐるみの中で、ティータは怪訝な表情を作る。
「そういうお前はやっぱ着ぐるみ辛いんだろ? 暑くない? 息苦しくない?」
「わたしは呼吸もしてないし、暑さ寒さも関係ないんだけど?」
ティータはそんな事も分からないの? と言いたげな、腰に手を当て高笑いするポーズを取る。クマさんの格好で。
「あ、そうだ。ねえセイジョー。チャック下ろして」
「やっと脱ぐのか。お前を連れ歩く俺の姿が、地球人なのに目立たないという思わぬ効果を発揮してたが、感謝の言葉が出てこないのはなぜなんだろうな」
と、清浄は背を向けたティータのチャックを無造作に引き下ろした。
清浄は忘れていた。
ファスナーの向こうはパンツの世界であることを。
そして気がつかなかった。無造作に下ろしたファスナーがパンツに引っかかる可能性を。
パンツとファスナーが一緒に引き下ろされ、白く丸い双丘が外気に曝け出された。もともと代謝のないスラヴィアンである。汗一つなく白磁のように滑らかなお尻には、パンツのゴム跡までくっきりと残っている。きっとこの類の跡はなかなか消えないだろう。屍人だけに。
「あ、ぅお! ま待て!」
清浄は慌てて引き上げようとするが、ティータはいち早くクマを脱ぎたい一心で、手を椅子へ置き小さなお尻を突き出し片足を着ぐるみから抜いた。
一瞬、正常はティータのお尻の下に誰も知らない世界を見てしまい、頭(かぶり)を振って記憶を追い払う。清浄とティータは三年ほど親しく付き合っていたが、友人以上恋人以下というパートナー関係であった。
お互いに異性を意識する瞬間もあったが、付かず離れず。しかし常に近くにいる。そんな関係である。近くにいる以上、体が触れ合うことは多かったが裸体など互いに見たことない。
それがいきなりの大盤振る舞いである。
刺激が強すぎる。しかも記憶力のいい清浄の脳裏にはしっかりと、ティータの突き出されたお尻と両足の付け根で合わさる少女の神秘が焼き付いていた。
赤面しながら視線を逸らす清浄の横で、ティータはうんしょうんしょと一人お尻を突き出しながらクマを脱ぎ終えた。もし清浄が邪な心を持って目線を向ければ、間近でティータの大事な幼い何かを暫く観察出来る状況にあった。
とはいえ名前が清浄だからと言うわけでもないが、彼はそのような事をしなかった。ヘタレというか、既に先程の一瞬で目蓋の裏に焼き付いているからというか……。
外気温の変化に強いため、感覚器官が鈍めのティータはパンツが脱げたことに気がついていない。
しかもモコモコとしたクマの内部にシマパンが紛れてしまい、それを知っている清浄でもどこにあるか分からないようになってしまった。
フワリと舞い落ちるワンピースの裾を目の端で確認してから、何事も無かったという演技を顔に張り付け清浄は向き直る。
「……何、顔赤くしてるの?」
「い、いや別に……」
ティータは目敏く清浄の変化に気がついた。流石に演技は出来ても紅潮した頬を、急に戻すのは無理である。
「あ、まさか……。パンツ見たんでしょ! この変態!」
清浄を見上てビシッと指を差し、ティータは仁王立ちして問い詰める。凛々しい姿にも見えるがノーパンである。
「い、いや別に……」
「うー……。アンタは嘘付くとき同じ言葉を繰り返すんだから! 最低!」
パンツを見ていない……パンツの中を見てしまったから問題なのだが、ティータがそれに気がつく様子はない。
「あーあ。なーんで男の子ってこういうんだろー。信じらんなーい」
ティータはワンピースの裾を掴むと、軽くヒラヒラとさせた。身長差があるため、決して見えるような事はないが、清浄は些か動揺した。
その過剰な反応に疑問を覚えたティータは、それと無しに腰に手を当てる。
清浄は息を飲む……。
ティータはハッとした顔になり、両手で前を抑えて俯きがちになる。代謝の無いスラヴィアンのはずなのに、顔は真っ赤に染まり始めた。
「なななあうあうあ、パパパパ……」
「お、落ち着けティータ! あ、安心しろ。俺は何も見ていない。あ、安心しろ」
思わず清浄は嘘をついた。
「黙れ、清浄のバカーッ!」
ティータは低い位置から一気に伸び上がって、清浄の顎へ向けてアッパーを放ち、ひらひらとワンピースの裾が捲れ上がった。
噛み砕かれ棒付き飴が周囲に飛び散り、ふらふらと清浄は部屋の壁際まで下がる。
「……い、いてーな。今の舌噛んだら死ぬぜ」
「う、うるさい黙れ! み、見たのね? だ、誰にもまだ……っ! この変態忍者!」
「忍者じゃねーよ」
清浄は振り上げられたティータの右手を思わず掴み、返す左手も平手で取って握り締める。拘束される不安と、手のひらを握り締められる暖かさを感じてティータは一瞬だけ身を縮めた。
その様子に目敏く気がついた清浄に、少しだけ悪戯心が湧いた。
「ああ、見たよ。見た。しっかり見たぜ」
開き直った告白を聞いて、ティータは涙目で清浄を下から睨みつける。
その目を見詰め返し、清浄はニンマリと笑う。
「正直、三ヶ月はネタに困らねーよ。心置きなく使わせて貰うわ」
「な、ななな何のネタよ!」
「ナニのネタだよ! まあ三ヶ月はお前オンリーだな」
さ、三ヶ月も私だけ! 私だけを……。私だけがセイジョーをセイジョーが私だけを思って私だけを想像してセイジョーが私の……を思い出して三ヶ月もセイジョーがセイジョーを私だけのセイジョーが私を三ヶ月間も……
「はう……」
妄想が先走りしたティータの膝から力が抜ける。
それを見逃さず、清浄は身を翻してティータの小さな身体を壁に押し付けた。
「三ヶ月ってのが嫌なら、現物のお前で一生ってのも代案だぜ」
ティータは金縛りにあったように身体がこわばり、それでありながら力が抜けた様子で清浄の拘束から逃れようとしない。
しかし僅かに顔を背けて清浄の吐息から逃れると、意図に反して敏感な首筋を晒す事となった。
「あらあら。卵床も用意しないといけませんでしたか?」
突如、無遠慮に部屋の扉を開け放ち、水槽車椅子(?)に乗った人魚が姿を現した。
不意を疲れた清浄はダンクシュート逆回転ばりに後方へ飛び退き、ティータはワンピースがめくれるのも気にせず床を転がって、お尻を見せながらベッドの下に逃げ込んだ。
「今は産卵の時期じゃないでしょ? だから卵床の用意してなかったの。ごめんなさいね~。すぐに準備しちゃうから」
「いや、卵とか生まないから!」
清浄が人魚の女将さんにツッコんだ。
「あらあら。そりゃ男の子のあなたはそうでしょうけどね」
女将さんはボケを重ねた!
「いやちげーし。つか、そうじゃないし! 何いってんだ俺」
清浄は混乱した。
「ごめんなさいねぇ。大丈夫よ。アタシの作る卵床なら2000個でもばっちり収まるから!」
「どんだけ生むのよ! わたし!」
さすがにティータも黙って居られなかった。
しかしに暖簾に腕押し。人魚女将に水鉄砲である。
「あら、小さいあなたじゃまだ20個くらいかしら? いいわ。腕によりをかけてぶっかけ易い配置に……」
「「ぶっかけいうなー!!!」」
清浄とティータが同時にツッコんだ。
気分を害された二人は幸い(?)にも、関係が発展する事はなかった。
翌日の朝食がマグロのぶっかけ丼であった事は、また別の話である。
- ちゃんと領地運営しているのが凛々しくもあり分かっているのか分からないチャックおねだりが策士にも思えたりとティータのキャラが立っている。清浄のお守っぷりもさることながら薄いのにインパクトはごん厚なシーロ面白い -- (としあき) 2013-10-31 22:24:56
- ティータと清浄の自然なやりとりが逆にまぶしいです。人魚女将のトンでる提案も種族観がよく出ていて面白いですね -- (名無しさん) 2013-11-06 17:39:40
最終更新:2013年10月31日 22:21