【ルーフトップ】

子供の頃、家の屋根に登るのが好きだった。
高いところに上がると、まるで世界が広がっていくようで爽快な気分になった。
ある日、ふと思いついて隣の家の屋根に登ってみた。二階建てだったので多少てこずったが、てっぺんから見る景色は自分の家以上で清々しい達成感を覚えた。
『なるほど、あなたはこうした試練がお望みなのですね』
吹く風を楽しんでいた私の耳に、そんな声が響いたのが私の運命の始まりだった。

試練の場として神霊が指し示したのは街の教会の尖塔だった。
私は悩んだ末に挑戦することを選び、そして落ちた。脚が折れるだけで済んだのは幸運だった…いや、不幸だったのか。
脚が動かせない間、試練として腕を鍛えさせられた。脚が治ればランニングが待っていた。
リハビリが済んだなら、当然尖塔に挑む時間が待っていた。登りきった時、私はもうこの試練を逃れられなくなっていた。

ある時はマセバズークの聳える蟻塚、ある時はイストモスの大伽藍。
試練に選ばれる場所は次第に高くなっていき、私のミスも次第に減っていった。ミスは死に直結するようなところをよくクリアできたものだと今でも自分に感心する。
ある日ついにオルニトの浮遊大地の係留索を登り切った私に、神霊は満面の笑顔でこう言った。
『素晴らしい身体能力です、これなら“今度こそ”この試練を乗り越えられることでしょう』
次の瞬間、私の眼前には“懐かしい”世界樹が立っていた。
…懐かしい? 私がエリスタリアに来るのは初めてのはずではないのか。

数々の妨害をくぐり抜けながら無心に登るうち、次第に私の心をよぎるものがあった。
ここに来るのは初めてだが、初めてではないような既視感。
その感覚はある樹上神殿にビバークしたとき、ついに確信となった。そこに転がっていた無残に苔むした屍は…私だ。“かつての”私なのだ。ついに私は帰ってきた。

『かつての貴方はここで力尽きました。ですが、今の貴方は違います。必ずやこの試練を乗り越え、ゆくゆくは星界までも達することでしょう』

神霊の熱に浮かされたような言葉も、もう私には意味を持たない。私はただ登る、登る、登り続ける。
ああ、見えた…あの大伽藍で見たテミランの光に似た輝き。あれがきっと



「…で、どうなったんだ」
「さあ…どうなったんだったか。悪いがここまでしか覚えてないんだ」
オークの青年の問いに、猫人の屍人はそう言って白い頭骨を掻いた。
「少なくとも、うわさに聞く『琥珀漬け』にはされなかったらしい。着いたと思って気の抜けた拍子にさっくりいかれちまったかな」
「死因も覚えてないのかよ、しょうがねえな」
呆れたようにため息をつかれ、屍人はへっへっと自虐的に笑った。
「ま、いいさ。二回も三回も行きたい場所じゃねえ、当面の俺の居場所は地べたってことだ」
「また登りたくなることは?」
青年がそう聞くと、屍人はひょいと上を指差した。
「あの飾りは俺がつけたんだ、今はあの高さが精一杯さ」
屍人の家のてっぺんに飾られた風見鶏がきぃきぃと音を立てていた。



  • スラヴィアンオチまでの過程が簡潔で綺麗。神霊が屍人に再度登頂をさせた目的はあれこれ想像できる世界樹もチラ見せも上手い。最後の台詞と一行の清々しさにちょっぴり感動したする -- (名無しさん) 2013-05-25 17:01:02
  • 魂が導かれてかつての自分を越えるというのはなんとも幻想的。 試練の神霊?から屍人へのバトンタッチも珍しいできごとですか? -- (名無しさん) 2013-11-16 17:13:16
  • 私の描写力が足りず誤解させたようで申し訳ないですが、一度目のトライ失敗→転生→二度目のトライ成功?→気がついたらスラヴィアンでした、という構造になってます。世界樹登頂の悲願達成をめざしていた試練の精の行方は杳として知れません。 -- (作者) 2013-11-16 19:01:36
  • 要は、カー・ラ・ムール以外でも試練が絡めば輪廻を超えて何度となく苦難の道を歩むはめになる、かもしれないというケースが書きたかったのです。よりわかりやすい作品が作れるよう今後も精進します。 -- (作者) 2013-11-16 19:07:29
  • 彼がまた登り出す日がいつか来るんだろうか? -- (名無しさん) 2013-11-16 23:01:29
  • こういう神の意思もいいなぁ。二度目の人生があるというのも異世界ならでは -- (名無しさん) 2016-07-12 21:41:09
名前:
コメント:

すべてのコメントを見る

タグ:

c
+ タグ編集
  • タグ:
  • c
最終更新:2013年08月05日 00:27