「はとむらー!取材ネタ決まったー?」
ここ数日、GWの休み疲れが残る日が続き、今日くらいはサクリと帰りたいと思った矢先に、
我が新聞部の部長である守屋てゐさんがスカートヒラヒラさせながら部室に乱入してきた。
もう3年なんだし引退すりゃいいのにと思うが、そうもいかないようで、
後輩のやる事が心配で仕方が無いんだとか、そんな理由でほぼ毎日部室に入り浸っている。
あ、ちなみに守屋先輩は人間である。この学校にありがちなアナグラムで鱗人のヤモリ人ではない。
それで、先輩襲撃の度にストックしてある紅茶やお菓子が消えていくので、正直迷惑なワケだ。
何せそれらは大半が自分の自己負担で購入したものなのだ。
ちなみに自分の名前は鳩村耳音(ハトムラジヲン)という。
十津那学園新聞部2年。男。何の面白みも無く、ただのヒュ-マン。
中途半端な学力に、球技以外はそつなくこなす程度の運動能力。
世間に特に感心もなく、嫌いな質問は「好きな芸能人は?」
このままではいけないと一念発起して入部した新聞部ではあるが、
活動に注目している生徒もロクに居ない部活動など、熱意の上がるはずもなく、
今やすっかり放課後英国紳士タイムと化しているのだ。
ちなみに今日の紅茶はダージリンティーである。
何度でも言うが、自分は何の面白みも無い人間である。
紅茶の飲み比べで当てる自信も無いし、そもそも銘柄なんてロクに知らない。
それにしても、今時新聞部とかすげぇ学校ではある。
そんな骨董品は、もうフィクションの世界にしか存在しないと思っていた。
まあ、ツッパリだのバンカラ応援団だの風紀委員の方が凄いが。時代錯誤っぽさが。
あいつらたまに校内で乱闘騒ぎしてるもの。風紀委員なんて武装してるくらいだもの。
あ、一番酷いの「生徒会」だな。自治機能あるとか悪い冗談でしかない。
「はとむら。聞いてんのはとむら。
スコーンとゼリービーンズ食べていいのはとむら。
いただきますはとむら。あと紅茶もいただきますはとむら。
そうそう、本題ね。ネタが決まってないなら、良い話があるぞ」
守屋先輩は一人でペラペラと語りながら自分のスコーンとゼリービーンズを食べ散らかしつつ、
急須から紅茶を注いで飲みはじめた。なぜ急須かと言うと、他に持ってないからだ。
それにしても守屋先輩の砂糖菓子の好きさ加減は異常の域と言える。
ゼリービーンズのようなクソマズいガッカリお婆ちゃん菓子でもザラザラと胃袋に消えていく。
何故それで太らないのか理解に苦しむ。
「水飴とか金平糖とかあればいいのに。気のきかないはとむらだな。
さて、ネタというのはだね。 学園新聞の王道、七不思議だよ!」
うわー。 無いわ。 守屋先輩それは無いわ。
誰もそんな寒い記事を読みませんわ。
殺人事件のトリックと連動してるくらいしないと誰も興味持ちませんわ。
まあ、何をやっても読む人なんていないんですけどね。
というかそれは新聞部ではなく、オカルト研究会か推理小説愛好会の領域ではなかろうか。
「我が十津那学園には既に6つの不思議があった!
すなわち、裏の沼地の水を操る漆黒の魔女!
温室の中に居る邪悪な人影!
剣道部道場裏に夜な夜な現る黒髪の亡霊!
工芸室の奥から響きわたる謎の工作音!
プールの水面を練り歩く黒い影!
そして!校舎の壁にへばりついた無数の人影!
ここにさらに、新たな不思議が誕生するのだ」
守屋先輩は息巻いているが、不思議でも何でもない。
その既存六不思議ってのは、
沼に居る精霊(移民だ)と遊んでたルアン先輩と、
温室で日光浴していた
エリスタリアからの留学生、クラハくんと、
剣道部員の出待ちをしていた
ミズハミシマ留学生の蛇神さんと、
工作をちゃんと許可を取って行なっていた工業科のノム子さんと、
これも普通にプールで練習をしていたスキュラ人の杉浦さんと、
女子更衣室を覗くために命懸けの校舎クライムを行なっていた変態四十七士と、
全て謎は解けているのだ。耳(じ)っちゃんの名にかけて。
「で、新たな不思議ってのは何なんですか」
守屋先輩の顔も立てねばなるまい。
まったく縦割り社会の面倒なところだ。
「うむ。聞いて驚け。これだー!」
そう言いつつ、数枚の紙をもたもたとブリーフケースから引っ張り出して並べ始めた。
聞いて驚けと言って物を見せるとかまったく意味がわからない。
先輩がデスクの上にまき散らした紙には、なにやら校舎の平面図のようであった。
B棟の2階の図面?ていうかデータでよこせばいいのに。アナログにもほどがある。
「で、この図面が一体何なのだと?」
十津那学園の規模は一般に言う高校レベルではない。
学園全体で言えば初等部、中等部、自分の所属する高等部に加えて、
総合大学に高専部門も備える超ド級の規模なのだ。
言ってしまえばそれはもう、一つの都市と言えるかもしれない。
敷地面積や校舎の規模もそれに準じているためか、ほとんど迷路の有様だ。
謎の地下道や実験施設も、普通に存在するのだ。
地下に鉄巨人が隠してあっても、何も不思議じゃない。
「それでも新聞部かね。まったく情けないはとむらだね。
これをみてピンと来ないようでは、1流のジャーナリストムラにはなれませんぞー」
守屋先輩は鼻息も荒く力説しだした。
ジャーナリストとか何を言い出すのか。自分はまったくそんなモノに興味はない。
いや待て。今なんと?
「これは私だけが気づいた大発見なんだけど、ここ数日でネット上に一気に増えた話題がある。
曰く『学園の隠された部屋に、怪奇なる人物が潜んでいる』というものだ。
B棟の2階、2年1組・・・通称『221B』にソレは居る。
それは完全な都市伝説だ。十津那学園B棟には特別教室しかない。
2年1組はA棟に普通に在るのだから。
そう思えばおのずと答えが見えてくる。これは不思議の出現なのだー!
さあわかったら、とっとと取材に行くんだはとむら!」
自分は図面を持たされると瞬く間に部室から追い出された。何をどうすりゃいいんだか・・・
と、普通なら途方に暮れるか、無駄に聞き込みに行って時間を消費するだけだ。
自分はこうした時に最も効果のある行動を知っている。すなわちそれは。
下校、である。つきあってられん。
おおっぴらに表門から帰ると守屋先輩にバレるおそれがあったので、裏門から脱出をはかる。
途中の剣道部部室裏にて、6不思議の一つの『夜な夜な現る黒髪の亡霊!』を確認する。
まあ、普通に蛇人の蛇神さんだな。カレシ待ちで首を長くして待ってるだけだ。
本当に首が伸びるのが、いかにも亜人といったところだが。
やや遠目だが、カシャリとすばやくその姿を撮影したのち、彼女に話しかける。
「ども。先日はお世話になりました」
「え?ああ、新聞部の方ですね。いつも楽しく読ませていただいています。
川津の記事も、随分と良く書いてくださったようでありがとうございました。
私からの言葉も載せてくださったのね。参考程度でよろしかったのに」
「いえ、川津先輩は剣道部躍進の原動力の一人ですから。
その幼馴染の蛇神先輩にインタビューが出来るだなんてありがたい話です。
ところで・・・先輩は『221B』について何かご存知ですか?」
「さて、『221B』ですか?何かの暗号かしら」
「ああ、ご存知なければそれで十分です。
ちなみに、何か不審な人影を見たということも?」
「んー・・・時々アツい視線を感じることはありますけど。
なんて冗談ですよ、冗談」
アツい視線ねぇ。まあ、何人か思い当たる人はいるけど、今回の件には関係ないな。
その時、自分のマイクロフト社製のスマホがメールを受信した。
『現地には行った?聞き込みは順調?サボったらダメだよ。
温かい紅茶を煎れておくからね。あと甘いもの買ってきてはとむら』
守屋先輩からのものだった。完全にバレている。
仕方ない。せめてその幻の教室『221B』を目指してみるか。
それに購買が閉まる前に何か甘いものを買っておかないと、守屋先輩がうるさそうだ。
ペチペチとケータイ画面をいじる。お、遠目なのにバッチリじゃないか。
学園内には購買がある。それもとんでもない規模の購買だ。
世間一般ではそれをスーパーマーケットと呼称するだろう。
いつゾンビ軍団が襲いかかってきても籠城可能な内容だ。
今はスラヴィアンで溢れかえっている時間帯なので、本当は籠城は無理だろう。もう占拠されとる。
ちょっと話を盛りすぎた。
さて、いつもの紅茶の葉っぱに、おつかいの水飴に、ちょっとノドも乾いたから午後ティーでも買うか。
会計待ちで並んでいると、我が新聞部のライバル的ポジションとも言える情報処理部のアリスケ先輩がいた。
実際には何ひとつライバルじゃないのが、どうにも面白可笑しく感じる部分ではある。
強いて言うなら、自分が紅茶派で、アリスケ先輩がコーヒー派な部分が唯一対立するところだろうか。
見るがいい。あの糞甘いジョージアを持って、死んだ魚の目でレジに並ぶその姿を!
自分の午後の紅茶ミルクティーなんて、よりにもよってロイヤルブレンドですぞー。
ちなみに自分は『地球破壊爆弾を製造中の目』と呼ばれている。
「アリスケ先輩、どうもお久しぶりです」
自分が声をかけると、アリスケ先輩はいつもながらのトロリとした視線を自分に向けた。
「よ、久しぶり。いつ以来だ」
「ベニコマチさんの取材をして以来ですかね。
むしろアレはアリスケ先輩の話の方が面白くなっちゃいましたが。
亜人に惚れ込んだ男の素直な気持ち、いい記事になったかもしれなかったんですがね」
「だからさ・・・アレは」
「本命はこっち、でしょ?」
自分はマイクロフト社製のスマホ画面に、ある女子生徒の画像を出して見せた。
黒髪に分厚い眼鏡の女子生徒の画像だ。
「お・・・おう。その通りだよ」
「色々とお世話になりましたからねぇ。
この画像は後ほど先輩のケータイに転送しますよ。
ところで、ちょっとお聞きしたい事があるんですけどね。
アリスケ先輩は『221B』ってご存知ですか?」
「十津那学園の都市伝説の事だろ。
あれ、俺も調べてみたけど、ホントただのウワサ話なだけだぞ。
ウワサ話なだけに、出処もよくわかんないしな」
「では、ここ数日で不審な人物を見かけた、という事は」
「一番不審なのはお前だからな。あとは普通に変態四十七士か。
アイツら最近さらに変態に磨きをかけてるからさ。
こないだも学園裏掲示板で『覗きのベストポジションを見つけたでゴザルの巻』とかスレッド立ててさ。
B棟のどっからしいんだけどバレたみたいで、スレ内で『もうしないでゴザル』とか書いてんの。
あと強いて言うなら、例の都市伝説のせいで要らないウワサを流された水泳部連中かね」
水泳部か。そう言えば、6不思議の一つの『プールの水面を練り歩く黒い影!』ってのがあったな。
アリスケ先輩に別れを告げ、自分はプールへと足を運んだ。
十津那学園にはプールが3つある。
ひとつは、いわゆる一般的な授業で利用されるプール。
2つ目は、飛び込み台も設置した競技トレーニング用のプール。
3つ目は、魚人の学生が主に利用する海水プール。
既存6不思議のプール水面を歩く~というのは、競技用プールで練習中だったスキュラ人の杉浦さんが
その正体だというのは自分が突き止めた事実なのだが、今広まっている噂はまったく異なるようだ。
「どうもご無沙汰しています」
「ああ、新聞部の。杉浦先輩にまた用事か何か?
それとも、例の件での取材?」
「例の件?」
「まさか、知らないで来たの?信じられない。
今、競技水泳部は始まって以来のピンチなのに」
女子部員は随分と怒っている様子だが、自分にはどうにもピンと来ない。
すると奥から杉浦先輩がにゅるりと出てきて、開口一番に言ったのだ。
「盗撮騒ぎがあった。絶対に変態四十七士の仕業なの!」と。
詳しく話を聞くと、何でも通常では考えにくい角度から、練習風景を盗撮されたとの事だ。
何故それが発覚したのかと言えば、何者かのPCから情報が流出して
学内ネットワークに水泳部の水着姿を記録した写真が大量にUPされたと言うのだ。
自分はこっそりとアリスケ先輩に『知っていますか?』とメールを打つと、
『むしろ何で知らないんだ。大丈夫か新聞部』という返信が届いた。
「で、どんな写真だったんですか?」
「もうドスケベとしか言いようがなかった感じ。
私なんてお尻ばっかりアップで撮られててさぁ
おっきいのなんかわかってるっつーの!殺すよマジで!」
杉浦さんはスキュラ人であるがゆえ、ニンゲンの下半身と比べて実にムッチリしているというか、
そもそも足が8本もあるので、つられてお尻が大きくなるのも仕方ないのだ。
にゅるりと伸びたタコ足が実に艶かしいところでもあり、盗撮者の気持ちもわからないでもない。
「そうだ。どうせだったら犯人捕まえてよ、新聞部さん。
温室でも盗撮騒ぎがあったみたいよ」
妙な事になってきたものだ。
温室と言えば『温室の中に居る邪悪な人影!』ってのがあったな。
もうそろそろ夕刻になる時間帯に温室に行っても、とは思うが、念のため足を運んだ。
そこには噂の中心人物であったエリスタリアからの留学生、クラハくんの姿はなかったが、
その代わりに彼と熱愛中であるという、仲原かなさんの姿があった。
「え?クラハくんなら『たまには沼の水を味わってみたい』って、あっちに行ったよ」
「彼の味覚は自分らには理解できないだろうなぁ
ああところで、温室で盗撮騒ぎがあったと聞いたんだけど」
「盗撮は大げさすぎだよ。
クラハくんを探しに温室に来た時に、上階から見られていた気がしたってだけ」
「そうですか。ところで、『221B』について何か知りませんか?」
「んー?農薬?聞いたこと無いなぁ。
クラハくんなら何か知ってるかもね。<向こう>の事かもしれないし」
というワケで、校内に何故か存在する沼地へとやってきた。
『裏の沼地の水を操る漆黒の魔女!』ってのもあったな。
沼地の奥からパチャパチャと水音が鳴り響く。クラハくんだろうな。
ひょいと覗いてみると、沼の水に足をつけたクラハくんと、沼の精霊と話をするルアン先輩の姿があった。
「やあ、久しぶりだね。温室に行ってきたんだ?
かなさんはまだ温室の片付けをやってたのかな。
すぐ終わるものだと思ってたけど、けっこう手間だったのかな。
ルアンさん、ぼくはそろそろかなさんの所に帰るよ」
クラハくんは沼から足を出すと、フラフラと温室の方へ向かっていった。
ふとルアン先輩の方を見ると、沼の水精霊たちがキラキラと先輩の周りを取り囲んでいた。
「キレイなものですね。先輩」
「ニホンに来てからよそよそよしい精霊ばかりだったからな。
ようやく落ち着いて話せる精霊を見つけたよ」
「あの・・・」
「精霊たちから話は聞いているよ。『221B』の事だろう?その単語はわからないけれども。
精霊だけは騙せない。誰かが四方から覗いているわよ」
覗く?何を?
「それにしても、例の6不思議以来ね。ノム子さんにはもう会ったの?」
俗に生徒の間で、機械と鋼鉄の楽園『アイアンガーデン』と呼ばれている施設がある。
何の事はなく、十津那学園大学部工業科棟の事なのだが。
十津那高校工芸室のドアを抜ける近道を通ると、
クルスベルグ出身の留学生のナフ・レノム、
通称ノム子さんのいる工業科作業室へと行き着く。
『工芸室の奥から響きわたる謎の工作音!』・・・か。結局6不思議のほとんどを追記取材したようなものだな。
轟音鳴り響く工業科の廊下を進むと、奥の部屋の明かりが点いていた。
「うむ。これで新作が完成したな」
「で、また被験者を募って実験するってんですか」
「例の愛の戦士がまた来てくれるとありがたいんだがな」
「精霊バイクの実践テストが出来ただけで十分でしょう」
取り込み中かな?
「で、新聞部が一体何のようかな」
「何で来たのがわかったんですか?」
正直ちょっとだけ驚いた。まだドアに手をかけてすらいなかったのだ。
「学内にカメラを大量に設置してモニターしている。君の姿もそれで確認した。
情報関連が異常に得意なヤツが『アイアンガーデン』には居るからな。
ソイツがほぼ無敵の学内ネットワークを作り上げたのさ」
「学内ネットワーク・・・そりゃ凄い」
「まだまだ不十分で未完成だ。
つい先日も『アイアンガーデン』に侵入しようとしたヤツがいた。
実際何枚かプロテクトを破られたよ。
あれはそこらの防御壁じゃ、突破されているかもしれないな」
「学内ネットワークに接続しているPCから、画像が流出することも?」
「ま、無いとは言えないだろうな」
ふと、思い当たる事があった。
懐にしまいこんだ守屋先輩からもらった図面を広げてみる。
蛇神先輩が言っていた。
「んー・・・時々アツい視線を感じることはありますけど」と。
アリスケ先輩が言っていた。
「『覗きのベストポジションを見つけたでゴザルの巻』とかスレッド立ててさ。B棟のどっからしいんだけどバレた」と。
杉浦先輩が言っていた。
「盗撮騒ぎがあった。絶対に変態四十七士の仕業なの!」と。
仲原さんが言っていた。
「クラハくんを探しに温室に来た時に、上階から見られていた気がした」と。
ルアン先輩が言っていた。
「精霊だけは騙せない。誰かが四方から覗いているよ」と。
レノムさんが言っていた。
「『アイアンガーデン』に侵入しようとしたヤツがいた。実際何枚かプロテクトを破られた」と。
6不思議は偶然じゃない。
自分はB棟、剣道部道場、プール、温室、沼、大学部工業科を赤ペンでグリグリと囲い、乱雑にそれらを線で結んだ。
それら全てを睥睨する場所、監視者の王座、それはB棟屋上にあった。
旧天文部部室、天体望遠鏡置き場だ。
自分はすぐさまB棟の階段を駆け上り、屋上へと向かった。
もう数年使用していないが故に乱雑な物置になった屋上階準備室の奥のドアを開け、屋上に出る。
自分の目の前には、夕暮れの赤に染まった半球のドームがあった。
あらためて周囲を見渡すと、ここからなら確かに剣道部道場やプールや温室を見渡せる。
ここに来て初めて鍵を持ってきてない事に気付いたが、まずドアが開くかどうかくらいは確かめてもいいだろう。
ドームに備え付けられたドアには、天文部と書かれたプレートがかかったままだった。
ドアノブに手をかけ、ガチリと回す。するとドアは普通に開いた。カギはかかっていなかった。
「お邪魔・・・します」
中は、まあ当然なのかもしれないが真っ暗闇だった。
明かりをつけるスイッチをガサゴソと探すと、右手にそれらしき感触があったのでパチリとつける。
蛍光灯がパチパチとまたたき、真っ暗な部屋は青白い明かりに包まれた。
そこには誰もいなかったし、何か手がかりになりそうな物も残ってはいなかった。
期待外れというか、まったく見当違いの推理だったと言うことなのだろう。
「ふう・・・まあ、そんなモンだよな。急に名探偵になれるワケでも無し」
急に疲れが全身を襲ったため、自分は手近なイスにどっかりと腰を下ろした。
机にはたくさん落書きがされていた。
『旧天文部部室よ永遠に』『卒業しても忘れないよ!』『フーのバーカ!』『いつかまた来る』
『ベイカーズ優勝!』『連絡ちょうだい
[email protected]』・・・
まあ、思い出を公共の備品に彫り込んでいったって事だわな。
「連絡ちょうだい、ねぇ」
戯れに自分はそのメアドに向けてメールを打ち込んだ。
『はじめまして~ ハトソンだよ~』
完全に舐めきった文章だ。
自分ならこんなメールに対して返信などしない。
鳩村だからハトソンっていう偽名だけは、まずまずのセンスではなかろうか?
<空から こぼれた ストーリー♪>
着信!?返信が来た!?
『キミはよほどのヒマ人だな。ハトソン君。
よりにもよって、私が仕掛けた一番くだらないネタでここまで来たのかい?』
誰だ?まさか本当に、学園の隠された部屋に怪奇なる人物が潜んでいる、とでも言うのか。
自分は慎重に次の文面を打つ。
『そうなんですよ~ ヒマでヒマで仕方ないんです~
ところで、アナタは一体誰なんですかぁ?名前くらいは教えてくださいよぅ』
順番に情報を引き出す。
その上で推論を重ねる。
手順は、間違ってはならない。
『私かい?キミが探す『221B』の主さ。
名前は地球観測・解析用強行偵察型蟲人36号。
マセ・バズークの民だよ。
あるじによって、ネットワークに接続しなくとも無尽蔵の解析能力を用いる事を許された身だよ。
だけれど、そんな能力を発揮する場面なんて、この世に存在しなかったのさ。
だから自身で謎と事件を増やし続けていたんだ。誰かが私にたどり着く日を夢見てね。
それにしても、想定した以上に早かったね。もう少しかかると計算していたよ』
『聞いたことも無い名前だ。どこかに隠れ住んでいるのかい?』
『おや、キャラ作りはもうやめるのかい。懸命な判断だね。
キミは本来、平凡でソツの無いところがウリなのだから。
キミの疑問への回答は単純極まりない。
私は普段は偽名を用いているし、姿も完璧にニンゲンの姿での擬態を保っているよ。
そして堂々とニンゲンとして暮らしている。
キミは校内で私を見ても、けして私だと気付く事は無いだろうね。
さてもう一つの疑問への回答だ。
キミは校舎の図面を持っているのだろう?ここまで来られたんだ。図面をもう一度よく見たまえ』
図面だって?
自分はB棟図面を広げた。不意に守屋先輩の言葉を思い出す。
B棟の2階、2年1組・・・通称『221B』にソレは居る。
2階・・・だが通常教室は無い。つまり、通常教室では無いのだ。
図面を指でなぞる。誰にも見つかることなく居られる場所。
ネットに接続できて・・・この場所に頻繁に通えて・・・
「旧天文部裏に非常階段・・・?
屋上からしか降りられなくて、渡り廊下のある2階までしか続いていなくて・・・
このドアを開けたら、科学準備室につながっていて・・・準備室と科学室は・・・
今はA室だけでB室は使用していない!ここか!」
自分はバタバタと駆けた。
非常階段を下り、B棟2階の廊下をグネグネと回る。
設計した人はかなりの偏執狂だな、とあらためて思う。
空間と空間の隙間、わずか1室だけポツリと取り残された部屋。科学準備室B室。
そこには、勝手に2年1組のプレートがはめこまれていた。
自分はそのドアを開けた。
夕暮れに染まる手狭なその部屋の中心に人影が見える。
ほぼ完璧にニンゲンに擬態したソレは、スカートをヒラヒラとさせて空き教室にたたずんでいた。
ソレの手元が素早く動くと同時に、自分のケータイにメールが着信する。
『やあ、ハトソン君。お疲れ様。
お土産くらいは持ってきてくれているんだろうね?』
それが自分と、自称『地球観測・解析用強行偵察型蟲人36号』との出会いだった。
あれからひと月ほど経った。
以前にも増して守屋先輩からワケのわからん取材命令がくるようになり、
その度に自分は、まるで推理小説まがいの謎を解くハメに陥るようになった。
今回もまさにそのたぐいで、先輩は勝手に「まだらの紐事件だよはとむら!」とか盛り上がっている。
LANケーブルをデタラメに差し替えた愉快犯を追ってるだけなんだけどなぁ
考えながらも、例の部屋に着く。
自分のマイクロフト社製のスマホがメールを受信した。
『やあ、ハトソン君。また来たのかね。
興味をひく土産話をしてくれないと、私の灰色の演算領域は貸せないよ』
ソレはやはり、夕暮れ時の空き教室にたたずんでいた。
ネットワークに接続しなくとも、無尽蔵の解析能力で事件を解決し続ける存在。
群れのリソースの大半を食いつぶすほどに特化した存在。
自称『地球観測・解析用強行偵察型蟲人36号』 僕はソレを、36(シャーロック)と呼ぶことにした。
再びメール受信の音が鳴り響く。
『事件なのだろう?さあ話せ』
探偵は・・・空き教室に居る。
- 本題を追いつつ学園のキャラや中身をテンポよく紹介していくので六不思議もあっという間でダレない。校舎の構造の説明やギミックは図面があると尚分かりやすいが無くても問題ない位置関係で収めている。上手く蟲人の特性でオチをつけてキャラ全てを立たせた一本は学園モノの王道で面白楽しかった -- (名無しさん) 2013-05-25 16:54:39
- 36が何だかルパンみたいなポジにいるのが新鮮。 鳩村意外とスポーツマン? -- (名無しさん) 2013-11-06 23:26:15
- 異種族がいると学校一つでも七不思議が生まれてしまう面白さ。ちょっとした解明パートも上手くまとまっていました。ふと思ったのが36となった個体は異端ゆえに地球へ送られたのかとも -- (名無しさん) 2014-01-01 18:47:30
最終更新:2014年08月31日 01:41