「……うえっぷ」
「どうしたかにゃ、とっしー」
『どうした異邦人。この程度で酔うなんて情けないぞ!』
「……もうちょい何とかなりませんか」
「無理だにゃ」
『ラ―の試練だと思って耐えるんだな!』
お土産を買い忘れたため、アパートの管理人により強制的に異世界行きの船に乗せられた俺。
そうしてやってきた異世界で今、猛烈な船酔いを引き起こしている。
船酔いとは言ったが正確には違う。何というか、とにかく酔っているのだ。
遡ること2時間ほど前。俺はエリス……なんとかと呼ばれる国へ向かおうとしていた。
しかしあいにく船が無い。3日前に出航した船が最後で、しばらくは予定が無いのだという。
異世界に時刻表なんてものは無いので、きっちりとした時間に慣れた日本人にはだいぶ辛いものがある。
情報収集が不足しているのは認めるのだが、誰彼といきなり話ができるほどアクティブじゃないぞ俺。
途方に暮れて港町をぶらぶらしていると、大荷物を背負ったサバトラな猫人の商人が声をかけてきた。
「どうしたかにゃ異邦人さん。なんかブルーだにゃ」
「うん? まぁ何というか。船に乗りそびれたんだぞ俺」
「船かにゃ。どこに行くつもりにゃ」
「エスリターニャとかいう名前だったような」
「
エリスタリアだにゃ? 今はちょっと訳あって船が少ないにゃ」
訳ありと言われると聞きたくなるが、多分ロクでもない事だろうと勘が告げる。
こういう話はスル―するのが無難なのだ。地球でも異世界でもスルー力っていうは重要だ。
「
世界樹の枝が折られて盗まれるという事件があってにゃ。
どうせ主犯はすぐ見つかるだろうけど、ちょっとピキピキしてるんにゃ」
スルー不可でした。しかも訳ありどころか大事件だコレ。しかしそんな事があったんじゃ船は当分出そうにない。
エリストニア行は諦めるべきか。……エスタリトニアだっけ? エストリタリナ?
ともかくそこを観光してから
クルスベルグでお土産を買って帰ろうと思っていたのだが、うーむどうしたものか。
「
ラ・ムール経由で行ってはどうかにゃ?
渡航手段なら格安で提供するにゃ。こっちも帰るところだしにゃ」
さてどうしたものか。うまい話には裏があると良く言うではないか。
ラ・ムールという国は聞く限り、地球で言うところのエジプトみたいな感じだそうな。
暑かったりするのは苦手だぞ俺。寒いのも駄目だけどな俺。春は花粉が厳しいぞ俺。
ただ今後どういうめぐり会いがあるか分からないので、結局お言葉に甘えることにした。
銅貨数枚という確かに格安な料金を支払い、名前を聞かれたので名乗っておく。
「うにゃにゃ。じゃあちょっと手配してくるにゃ。
とっしーはそこで待ってるといいにゃ。すぐ船がくるにゃ」
そういうと猫商人は港の奥にある桟橋へ小走りで駆けて行った。
虚空に向かってなーごなーご喋っているみたいだが、それで船がやってくるようには思えない。
そう考えていたら猫商人は何を思ったのか、手にした硬貨を海に向かって投げ捨てた。
お金ってそういう用途ありましたっけ?
『まいどー!』
虚空から声がしたかと思うと、海から馬鹿でかい貝殻が飛び出してきた。ちょっとした怪獣サイズだ。
ヤドカリというか、カニというか。とりあえず水生生物なのは間違いない。
ただどう見ても船ではない。
「ラ・ムールまで頼むにゃ」
『ちょっと待ってな。ひーふーみー……よし、金はオッケーだ!』
これまた馬鹿でかいハサミで器用に硬貨を数えている。そして食べた。
お金ってそういう用途ありましたっけ?
「とっしー早く来るにゃ」
『異邦の客人か。お前さんラッキーだったな、カッツォの旦那に会えて!
旦那は困ってそうな奴をほっとけない猫情あふれる猫人だぜ!』
「ほめてもサービスはしないにゃ。きっちり必要分しか払わないにゃ」
『さぁさ、早いトコ乗っちまいな』
そういって背負った貝殻をガコンと外し、桟橋にドカンと乗せる。……取れるんかい。
猫商人が手慣れた手つきで貝殻を叩くと、ドアのようにパカッと側面が開いた。……乗れるんかい。
恐る恐る中に入るが、そこには木製の椅子と机が釘打ちで固定されていた。もはや不思議空間である。
『よーし乗ったな。じゃあ準備してくれ』
貝の外から声が聞こえるという何とも言い難い感覚。壁の薄い小部屋に突っ込まれた感じだ。
「とっしー、こっち座るにゃ」
そう言われ椅子に着席すると、いきなり紐でぐるぐる巻きにされた。
「こうしないと頭打って大変なんにゃ」
『おーし準備はいいなー? 行くぞー!』
「ちょっと待てにゃ」
『まだかーまだなのかー』
「ちょっと待てにゃ」
猫商人も椅子に座り、自分の身を紐で固定する。
嫌な予感というよりも、どうやっても嫌な事しか起こらない確信がある。
これは恐らく異世界の人向けの移動方法であって、地球人向けでは絶対にない。
「よし、行っていいにゃ」
『行くぞー!』
メキッという音と共に、体が勢いよく持ちあげられる感覚。
ガコンという音と共に感じる衝撃は凄まじく、首がもげるかと思った。
そしてザブザブと音を立てながら、ゆっさゆっさと上下左右の運動が続く。
猫商人の荷物が右へ左へ、時折宙を舞ってドスンと地面、というか貝殻の中で跳ね回る。
そんな状態で2時間ほど。酔うなという方が無理である。
「……あと、どれ位ですかね」
「どれくらいかにゃ」
『もーちょいだが、加速するか?』
「……大丈夫っす……うぶ」
「これもラーの試練にゃ」
『この程度で駄目ならラ・ムールじゃ生きていけないぞ異邦人!
まぁ俺もあの暑さじゃ生きていけないんだけど』
もはや会話など右から入って左へ流れる始末。直後に左から右へまた揺らされるのだが。
結局ラ・ムールに着いたのは、それから30分くらいの事だった。
頭がぐわんぐわんする。とりあえず猫商人さんが紹介してくれた宿へ行き、そのままばったりと倒れた。
色々とアレなところもあったが、便宜を図ってくれた猫商人さんには感謝したい。
管理人さん。異世界の船は凄かったです。
何ていうか、もう、吐きそうなくらいに。
うぶ!
おええっ!
おしまい
【登場人物】
とっしー
「とっしー」としか呼ばれない本名不明の男性。
管理人へのお土産を買い忘れたため、また異世界へと強制送還されてきた。お土産は重要。超重要。
船酔いはしないタイプなのだが、今回乗ったものは船じゃないので酔ってもセーフ。セーフなんです。
猫人の商人
本名はサバーニャ=カン=カッツォ。あらゆることをビジネスに変えるガチ商人。
幅広い交友を持っているため、大抵の情報と商品は仕入れることが出来るという凄い猫人だったりする。
世界中を放浪しながら商売しているため、会おうと思っても会える人ではない。今回は運が良かった例……多分。
ヤドカリのような、カニのような船
まごうことなき船である。『色々言いたいことはあるだろうが、異論は認める!』
何と言葉を話す船である。『色々言いたいことは(以下略』
結構話の分かる船である。『色々(以下略』
- サクっと異世界の国を見せて堪能して帰ってくるのをこの長さでやってくれるこのシリーズは読みやすくて好き。ラムールの試練は生命セーフティとかありそう? -- (名無しさん) 2014-01-14 23:19:20
- 貝タクシーが異世界っぽくて面白い。でも結構海って広いですよね?狭いタクシーの中で航海というのは大変そうですね -- (名無しさん) 2014-04-06 18:24:46
最終更新:2012年04月06日 23:08