お土産を買いに異世界にいる俺。当初は
エリスタリアを観光しつつ、
クルスベルグへ行こうと考えていた。
しかしちょっとした問題があったため、お隣である熱砂の国である
ラ・ムールを通って行くことにした俺。
便宜を図ってくれた猫商人さんも、仕入ついでに一緒にクルスベルグまで付き添ってくれるという。
とりあえず運河沿いの街を経由してクルスベルグへと近づいていくことにした。
ちなみにラ・ムールに来る際に使用した船(のような何か)は進入不可と言うので馬車移動である。
日が昇り始める早朝から移動を始め、はや4時間程が経過した。
「あっつー……」
「あっついにゃー……」
運河沿いと言えど、そこは熱砂の国。水の流れに乗ってくる風すら熱く感じる。
照りつける日差しが気温を押し上げ、額はおろか全身から汗が止まらない。あまりの暑さに上着を脱ぐ。
『俺』という文字がプリントされたシャツ一枚になるが、その『俺』も汗が止まらないようだ。
この日差し、なんでも死者には即死効果付きというトンでもない日差しらしいが、生ある者でも大分辛いぞ神様。
生者にとってはVeryHard。死者的にはMustDie。どっちにしろ攻略は困難を極めそうだ。
「今日は日差しが強いにゃ。次の街に着いたら、今日はそこで泊まることにしようにゃ」
「了解。持ってきた飲み物が少なくなってきたし、補充も兼ねて休息を取るぞ俺」
寄港したコマルクル・カ・ムールから、運河を行くこと約6時間。日がちょうど昇りきった頃だろうか。
王都へと続く運河の支流と、海へと続く本流の分岐点に位置する街、アルジャ・ラ・ムールまで辿り着いた。
パッと見で目につくのは、運河の分岐点にそびえる巨大な円筒上の建造物だ。東京ドーム並みの大きさである。
何というか、どこかで見たことがるような気がする。地球に似たようなものがあったような……。
「ここは大きめのバザールがあるけど、王都がそこそこ近いせいで割を食らってる街だにゃ。
良い品物の大半は王都の方に持って行かれるので、ここの品揃えは必然的に1ランク下になるのにゃ。
ほどほどの金でたくさん仕入れるときは、まぁそれなりに使えるけどにゃ。王都より近いし」
商人らしい豆情報である。お土産を買う時にも参考になりそうだ。
この街でのお買い得商品は何かと、興味本位で聞いてみた。
「奴隷だにゃー。この街では奴隷の売買が盛んだにゃ。あの大きな円筒上の建物がその市場だにゃ。
色んな所から集められた奴隷が集い、王都よりも規模が大きい最大市場にゃ」
ラ・ムールでは奴隷の売買が一般的に行われている。
多種多様な種族の奴隷が対象となり、日用品のごとく売られているのだ。
同様に奴隷の仕事も多岐に渡る。荷物の運搬や人の護衛、さらに家事手伝いや子供の教育。
場合によっては国政に関わるような所にまで、奴隷の仕事が存在するから驚きだ。
ある意味で、この国は奴隷たちの国だと言える。奴隷なしでの運営など考えられないという事だ。
「奴隷かぁ……」
「にゃにゃ。とっしー、何か誤解してるにゃ? いや、とっしーだけじゃないと思うけど。
どうも他の種族から見ると、ラ・ムールの奴隷制は冷たい目で見られがちにゃ」
奴隷と聞いて良いイメージは、正直出てこない。
地球を見ても、重労働でこき使われ、人を人と思わぬ仕打ちで虐げてきた歴史が存在する。
「とりあえず宿を探すにゃ。そこでゆっくり話そうにゃ」
「そうだな。知らない事ばかりだし、勝手に決めつけるのも良くないしな俺」
「分かってくれて助かるにゃ。
イストモスの奴らも、それくらい聞き分けが良ければいいんだけどにゃー」
話をするにも腰を据える場所が必要である。とりあえず宿を探し、そこで色々聞くことにした。
こういう時、猫商人さんの顔は広いのだと改めて感じる。物理的な意味じゃ無く。知り合いが多いという意味だ。
街を通るとそこかしこから猫商人さんへ声が掛かる。何を仕入れた、どれが安い、あれは無いのかと。
今回この人に会えたのは、あの船(のような何か)が言った通り、非常に運が良かったと思う。
ほどなくして宿を見つけ、積み荷を降ろして一休みする。
そして猫商人さんから色々と話を聞いた。
「奴隷って、一生奴隷のままなの?」
「よく言われるにゃ。でもそんなこと無いにゃ。その辺を含めて奴隷制を説明するにゃ。
まず、何らかの理由で奴隷になる奴がいるにゃ。親から売られたり、戦いで負けたり、理由は色々にゃ。
そういった人を奴隷商人が買って、他の誰かに売るにゃ。ここまではオッケーにゃ?」
オッケーですが、最初から大分ハードな内容で不安になってきたぞ俺。
「奴隷を買う奴にも、理由は色々あるのにゃ。
仕事を広げたいけど人手が足りないとか、家事手伝いとして奴隷が欲しいとか。
基本的には、人の有効活用って考え方が多いにゃ。奴隷が多ければそれだけ色々仕事を任せられるにゃ」
うーむ、何というか会社員的な、あるいはパート的なものをイメージしたぞ俺。
「奴隷を買った買主は、その奴隷を養う義務を持つにゃ。衣食住は買主が管理しろってことにゃ」
「どんな感じの生活になるんですかね?」
「買主による部分が多いけど、いたって普通だと思うにゃ。
ロクに食事も与えずってことは無いにゃ。ちゃんとした生活をさせないと働く気なんて起きないだろうしにゃ」
まぁそれは人間社会でも言えることですな。
悪い買主っていうのは、キツイ仕事ばかりでロクに休みもないブラック企業のような感じなのだろう。
こう考えるとラ・ムールの奴隷制っていうのは、地球の会社に近いのかも。
どこで働くか選ぶことが出来ない社員って所だろうか。……あれ、これ派遣会社に近いんじゃね。
「奴隷は買主の下で働くことで、少しだけ賃金がもらえるにゃ。手伝い料みたいなものだにゃ。
すごく安いけど無いよりはマシだし、これを払わないと国の法律を無視する事になるにゃ。
それを貯めるなりして、買主に自分を買った時と同じだけの金額を納めると解放してもらえるにゃ」
「金貨100枚で買われたのなら、金貨100枚を納めれば自由って事?」
「そうだにゃ。他にも買主の遺言とか、単純に良く仕事をしてくれたからとかで解放される人も多いにゃ。
奴隷を解放するには国に対して手続とお金が必要だけど、そういうところでケチケチしないにゃ」
一応自由になる手立てはあると。それがどれくらい厳しいものかは分からないが。
ただ全てがお金で解決しているわけではなく、善意による解放とかもあるみたいだ。
「ちょっとまとめると、こんな感じだにゃ。
奴隷を買うメリットは、人手が増える事。仕事に就かせるもよし、家事をさせるもよし。
それで余った時間は他の事に回せばいいにゃ。余った時間で寝る人も多いけどにゃ。
奴隷を買うデメリットは、同じように人が増えることだにゃ。
当然衣食住に掛かるお金は増えるし、その分お金を儲けなきゃいけないにゃ」
ふむふむ。こういうところは商人らしく、非常に説明が分かりやすくて助かるぞ俺。
「奴隷が身分を解放するには、大きく分けて二通りがあるにゃ。
一つは奴隷自身が、自分を買った時と同じ金額を買主に収める方法。もう一つは買主の善意による解放にゃ。
ただどちらも買主が国に手続きと、それなりのお金を払う必要があるにゃ」
「奴隷は解放されると、その後どうなるんだ俺」
「基本的には自由にゃ。国に帰る人もいれば、買主の下で仕事を続ける人もいるにゃ。
解放された奴隷はラ・ムールでの生活権が手に入るから、土地を買ったり出来るようになるにゃ。
国に帰る場合は権利を失う事になるけど、まぁ必要ないだろうからにゃ。
多くは仕事を続けてお金を貯め、その後どうするかを決める事が多いにゃ」
なるほど。解放された奴隷はラ・ムールの国民として扱うのか。
最終的に国へ帰るという選択肢を取ったら、その時にラ・ムールの国民権をはく奪されるが別に問題はないと。
仕事を続けたりして、今後のための資金を整えるわけだな。
「あと奴隷を解放することには、買主にも少なからずメリットがあるにゃ。
奴隷を解放するという事は、名目上は仕事をする人が減るってことだにゃ。
なのでちょっとだけ税を免除してもらえるようになるにゃ。実際にすぐ減ることは少ないけどにゃ。
それに解放した奴隷を通じて、他国での人脈が広がることもあるにゃ。むしろこっちが目的かもにゃ。
そんなわけでラ・ムールでは奴隷の売買も積極的だけど、解放にも積極的にゃ」
大体の事は分かっていた気がするぞ俺。
猫商人さんの話を聞くことで、ラ・ムールについて明るいイメージが持つことが出来たぞ俺。
もちろんこれが全てという訳ではないだろうし、どこかに暗い部分もきっとあるのだろうけど。。
「大体説明したところで、奴隷の仕事とかについても説明しとくかにゃ」
「そうだな、教えてもらえるなら是非聞きたいぞ俺」
「じゃー……円筒市場にでも行こうにゃ。ちょうど仕事してるだろうしにゃ」
「マジか」
「現物を見た方が早いにゃ」
「ちょっと待ってほしいぞ俺。せめて口頭でいいから何を見に行くか説明が欲しいぞ俺」
「円筒市場でやってる奴隷の見世物を見に行くんにゃ。早めにいかないと席がなくなるにゃ。
気に入るかどうかは人それぞれだけど、人気のある見世物にゃよ」
……これは、あれだろうか。いわゆるR18的なものか。
いや確かにそういうものもあるだろうとは思っていたが、いくら何でも展開早いって。
というか、まだ昼間ですよ? こんな時間から市場で見世物なんてやってるのかと疑問に思う。
しかし教えてもらいたいといった手前、引き下がる事は出来ない。恐る恐る聞いてみる。
「内容の程が気になるぞ俺」
「奴隷同士で色々やるんにゃ。たまーに酷い事になるけど、それも売りの一つだにゃ。
まぁ男なら一度は見ておくべきだと思うにゃ。女の人も一度は見ておくべきにゃ」
具体的すぎてサッパリ分からん。酷い事って一体何だ。
「一応聞いておくけど、とっしーは血とか見ても平気かにゃ? あと暴力的な事とか」
「一体何が始まるんです?」
「奴隷同士で行う模擬戦だにゃ。模擬戦と言っても使う武器は本物だけどにゃ。
たまーにグッサリ刺さって大参事になるにゃ」
ああ、大参事異世界大戦ってそういう……。あの円筒状の建物、どこかで見たことがあると思ったのはこれか。
地球はイタリア、ローマにあるコロッセオ。異世界でもやっぱり剣闘士みたいのはあるんですね。
「昼の部はもう間に合わないから、夜の部を予約しに行くにゃ。
最大規模の市場がそのまま戦場になるから、見世物としては王都より良く出来てるにゃ」
ゲームや映画ではない、少しだけ違うが、本物の剣闘が見られると思うと、ちょっと嬉しいぞ俺。
でもグッサリ表現は控えめでお願いしたいぞ俺。
「とっしー、もひとつ聞いておくけどにゃ」
「何でしょうか」
「夜目は効くかにゃ?」
「……慣れれば」
「良い席は取られてるだろうから、視力も良くないと厳しいかもにゃ」
「……うーむ」
期待した直後にこれだ。本当にラ・ムールの神は試練しか与えないな俺。
ある意味、このお土産購入旅行そのものが試練な気がしてきたぞ俺。
……多分あってると思う。
管理人さん。日本発でクルスベルグはやっぱ遠回りな感じです。
とりあえずお土産も兼ねて望遠鏡を買ってきます。
おしまい
【登場人物】
とっしー
「とっしー」としか呼ばれない本名不明の男性。
お土産買いにクルスベルグまで遠足中。日本発で行くと本当に遠い。管理人さんちょっとは考えてくれ。
ちなみに剣闘はというと、望遠鏡の拡大率が凄まじくて良く分からなかったぞ俺。
サバーニャさん
顔の広い猫商人。物理的な意味じゃなくて。
今回はラ・ムールの奴隷制を解説。実はサバーニャさんも元々は奴隷出身だったりする。
頑張れば報われる社会、ラ・ムール。その先は、さらなる頑張りを必要とする試練が待っている。
アルジャ・ラ・ムール
王都から運河の支流を辿り、本流に合流したところにある街。
運河の分岐地点にある巨大な円筒市場が目印となっており、そこは巨大な奴隷市場でもある。
市場はそのまま闘技場にもなり、運河から引いた水で模擬海戦も出来るぞ。
- 文化風習の違いの体験と真っ向に考えを見せ合うというのは理解の第一歩であり全てなのかなと -- (名無しさん) 2014-01-14 23:30:23
- ラ・ムール舞台設定が解説会話仕立てですっと入ってきました。金と実態と法を仰々しくはならないようにサバーニャが説明するので明るくなるのが面白いです -- (名無しさん) 2014-05-11 17:44:51
- 暑いのは苦手は異世界も同じなんだな。人間の分かりやすい疑問を異世界の色を混ぜての丁寧な説明になるほどとうなづくにゃー。栄えていないと砂漠の都なんて誰も来たいと思わないよな -- (名無しさん) 2014-08-01 21:53:44
最終更新:2012年10月11日 03:46