ホビットという種族がいる。
分類では小人の一種であるが、ほかの小人種が
クルスベルグで加工技術を振るうのに対し、ホビットは
エリスタリアで牧歌的な一次産業に従事している。
そんな彼らは平和と食事を何よりも愛しているため、ホビットが主に住まうエリスタリア秋の国には料理を振舞う店が多い。
大延国が美食の国であるなら、こちらは食い倒れの国といったところだろうか。
そんなホビット庄の一地区、とある酒場のテーブルにホビットの少女が二人向かい合って座っていた。
「……それで?その異世界人に罵声浴びせて朝飯も食べさせずに放り出したと?」
「う、うん」
困ったように頷いた少女に、対面の少女が盛大にため息をつく。
「はぁ……アンナはなんだってそうその異世界人を邪険に扱うことしかできないのよ」
「だってレミィ……」
「だってじゃないでしょ、第一何かするたびにチップの要求なんてホビットのやることじゃないでしょうが」
返す言葉もなくテーブルに沈み込むアンナ。やれやれと肩をすくめながら、レミィは手にしたジョッキのエールを飲み干した。
ジョッキがテーブルに着地し、小気味よい音を立てる。
「ホビットの打算的っていうのはそういうのじゃなくて、相手が自発的にそうしてくれるようにこちらが動く。そういうもんでしょ」
「うう……そうだけどさぁ……」
アンナはもふりとした毛に覆われた足を、椅子の下でふらふらと揺らした。
アンナもホビットとして生まれ、これまで生きてきたのだから、レミィの言わんとすることは当然理解している。わかっているのだが、
「どうしても……出来ないのよねぇ……」
はあ、とため息をつく。レミィの方もどうしたものかと、テーブルに盛られた料理をつまみながら唸っている。
その様子をちらりと目だけで見つつ、アンナは心の中で付き合いのいい幼馴染に詫びていた。
理由など、実は当にわかりきっているのだ。
元々、アンナはホビットとしては珍しい体つきをしていた。今現在、身長は女性にしては高めの120cm超えで、しかも肉付きはあまり良くなくほっそりとしている。
背が低く、恰幅のいい体格が好まれるホビットの社会で、自分がその美意識にそぐわないことは前々からわかっていた。
それがコンプレックスの源であり、それゆえにアンナは働き者になることで補おうとしていた。
しかし働けば働くほどに背は伸び肉も落ち、更に体質的な問題か食事が少なくても働けるようになり、ますます高く細くなる。
そんな負の連鎖に飲み込まれ、いつしかアンナは色恋というものに興味を示さなくなっていた。
男女関係というものと無関係な部分で、働き者というのはどんな社会でも歓迎される。
アンナは生涯独り身であっても、仲間たちと牧歌的な生活を送れるのであればそれでいいと思っていたのだった。
それが、神々の働きによって大
ゲートが開き異世界からの旅人がやってくるようになり、あれよあれよという間に気づけばアンナの家にも一人の男がやってきていた。
それが、件の異世界人である。
体はアンナよりも更に50cmは高く、生真面目に働くアンナとは対照的に馬鹿みたいにのんびりとしている男。
長期滞在を求めた男のために、ホビット庄のアンナの家がある地区でもサイズが大き目の家に住んでいたアンナが、受け入れ先として選ばれたのは道理であろう。ちなみに現在では旅人用の大きめの家もいくつか点在している。
初対面で挨拶もそこそこに、いきなりアンナの頭を撫でながら、
「よろしくね、かわいいお嬢さん」
などとのたまったその男に、当然のことながらアンナは激怒し脛に一発を食らわせた。
しかしそれから数日もしないうちにアンナは気づいてしまった。
男の優しげな声、暖かな手、頭を撫でられた感触、漉かれた髪の心地よさ。
それらを再び求めている自分の心に。
それ以来、アンナは男に対してつらく当たり、チップを要求し、気が落ち着かなければ家から放り出す。そのような行為で、自覚してしまった男への思慕の情をひたすらに隠し通していた。
なぜなら――
「……わかるわけないじゃない、どう接すればいいのかなんて」
顔を横にしてテーブルに突っ伏し、ポツリともらした呟き。それを聞くものがアンナの背後に居たなどと露知らず。
「何がわからないんだい?アンナ」
びくりと震える。はねるように飛び起きて、声のした後ろを振り向けば、そこには窮屈そうに身をかがめて立つ男の姿。
「やあ、そろそろ大丈夫かなと思って帰ってみたら、アンナが家に居ないから探しちゃったよ」
相変わらずのほほんとした笑顔で、男はこともなげに言う。
今さっきまで、ずっと頭に思い浮かべていた姿。声。笑顔。それが突然目の前に現れたことで思考がパニックに陥ったアンナがようやく搾り出せたのは、たった一言。
「……き、聞いた……?」
「うん?何かがわかるわけない、って言ってたのは聞こえたけど……いったい何の話?」
アンナが自分の体をとどめておけたのは、そこまでだった。
椅子から立ち上がり、まずは腹に一発。そして脛を蹴る。更に、崩れ落ちた男の首元をつかんで、平手で頬を張る。もう一発張る。張るったら張る。
「忘れなさい!いいから!今聞いたことを!一言一句残さず忘れなさい!」
言葉とともに連続して平手を振るうアンナ。テーブルの上からつまみとジョッキを保持して離れ、その光景を眺めるレミィは、
「……だめだこりゃ」
一言呟き、エールで喉を潤した。
「ねえアンナ、さっき一緒だったのは誰だったの?」
「私の幼馴染よ。その、ちょっとそ、相談事があって……話を聞いてもらってたの」
「ふうん、仲がいいんだね……痛っ、な、なんで蹴るんだいアンナ?」
(あんたとの事で呼んだのに、結局解決してないからよ!……言えないけど!)
- いや、ほんとアンナ可愛いわ -- (名無しさん) 2012-05-14 02:05:02
- まだ逗留していた?異種族の異種族に対する恋愛感情と恋は女性のお菓子なのは同じですねと実感しました -- (名無しさん) 2014-07-20 17:21:34
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最終更新:2012年05月10日 02:39