クルスベルグの坑道をトロッコでひた走る俺。レバーの上下運動にも疲れてきたぞ俺。
しかし坑道ともなるとやはり暗い。薄ぼんやりとした明りが点々としているが、よく見るとただの明りではない。
精霊ランプと言った所だろうか。火や光の精霊が集まりやすいように特殊な鉱石を加工したもののようだ。
そのせいかどうかは分からないが、意外と坑道の中は熱い。
「何ていうか窯の中かと思えるな。今ならパンとかピザの気持ちが良く分かるぞ俺」
もっとも
ラ・ムールの旅で肌はこんがり焼きあがっているため、これ以上やると炭になってしまう。
いやむしろ脂肪分が減っていい感じにジャーキー化するかもしれん。しても困るのだが。
えっさほいさとレバーを動かし続け、やっとこさ出口らしき所までやってきた。
何故出口だと断言できないかと言うと、まだ洞窟のような所の中にいるからである。
乗り換えという可能性は否定できないぞ俺。さすがに腕が持たないの出口であって欲しい。
入った時と同じように、
ノームの女性が受付をしている。
「おや旅人さんかい? トロッコの旅はどうだったかな?」
「特大ジャーキーが出来るかと思ったぞ俺。ところでここはスパルテンベルグなのか?」
「そうだよー。異邦人さん、戦にでも出るのかい? 見た限りだと辛そうだけどなー」
「いやいや俺は包丁を買いに来たんだぞ俺」
「じゃあ鎧をぶった切るくらいのものが必要だね!」
まな板どころか台所そのものまでオーバーキルなので勘弁して下さい。
ついでに管理人さんの手によって俺がころころされるのも目に見えてる。肉と魚と野菜が切れりゃ十分です。
受付を出ると開けた広場のような場所に出た。しかし青天井は拝めない。
どうもスパルテンベルグは洞窟、あるいは山や谷の中に作られた街のようだ。
広場の中央には看板が立ててあるのだが、困った事に読めない。翻訳の加護があっても文字は対象外である。
「うーむ。広場からの出入り口は全部で六つ。そのうちの一つから今出てきたばかり。
まぁ残り五つから適当に進めば店くらい簡単に辿り着くと思うぞ俺」
そしてその考えが甘かったことに気付いたのは1時間ほど歩き回った後である。
ドワーフの方に教えてもらえなかったら広場に戻ってくることすら出来なかったんじゃないかな俺。
そのまま商店街(?)にまで案内して頂いてほとほと感謝だぞ俺。
洞窟の中にある商店街ではドワーフやノーム、そして
イストモスから来たのであろう狗人で賑わっていた。
反響音やらで騒々しさは倍増しなのだが、閉鎖的な場所ではこういう賑やかさがないと寂しいものだ。
結構な数の店を巡り、やっとこさ包丁と呼べそうな刃物を見つけた。たかが包丁なのに探すのに苦労したぞ俺。
というのもこの街、本格的すぎる品揃えが殆どで日用品クラスの商品があまり見当たらないのだ。
さながらこの街そのものが巨大な武器庫といっても良いんじゃないかと言うくらい、それ以外の物が無い。
何だって炎のルーンを刻んだ斧とか、風のルーンを刻んだ剣とかばっかりなんだ。欲しいけど。
ともあれ目的の商品は見つけたので、さっそく購入といきたいのだが……問題発生なんだな俺。
「お前さんみたいな怪しい奴に売ってやる品物なんて、ウチには置いてねぇだよ」
いわゆる一見さんお断り的な店である。やはりというか異世界でもあるもんなのね。
色々な店を覗いてみたが、困ったことにどうもこの店以外に包丁らしき刃物を売っている店が無い。
そういう土地柄なのか、それとも偶然そういう状況なのかは分からないが、とりあえず粘るより他ないぞ俺。
「そこを何とか。おじさんの店以外じゃ見つからなかったんだぞ俺」
「んなコトあるまいに。他の店さ全部見て回って調べたのかよ」
「全部ではないけど結構な数の店は見て回ったぞ俺」
「この街の歩き方も知らねぇ奴が、何を言ってるだぁよ。まず全部の店見てから言いな。
よほどの品でも無きゃどこかの店さに絶対あるハズだぁよ」
ただでさえ入り組んでいるこの街にある店を全部回れ、というのは結構どころでなくキツイ。
何とか労力的にもこの店で購入してしまいたい所だが、正直な話難しい感じだ。
しばらく交渉を続けたが、残念ながら平行線のまま徒労に終わってしまった。
広場に戻り、行き交うドワーフやノーム、狗人たちを見ながらどうしようかと考える。
溜息をついてうつむいていると、どこからともなく一人の狗人が目の前にやってきた。
狗人とは言ったが、その風貌は狗というよりも狼に近い。
銀色の毛と鋭い目つきが俺を睨んでいる。俺何かしたか俺。
「そら。くれてやる」
そう言うと狗人は布で包まれた何かを投げ渡してきた。
恐る恐る中身を確認してみると、それは先ほどの店で見つけた包丁だった。
「えーと、これは……?」
「あの店は見知りの奴しか相手にしないのさ。特に異邦人など相手にする訳がねぇ。
その刃物が目的なんだろう?」
「あ、ありがとうございますだぞ俺!」
「礼などいらん。とっととこの街から出ていけ」
状況が呑み込めないぞ俺。包丁をくれたと思ったら出て行けとはこれいかに。
「……世界が異邦に繋がってから早20年あまり。
何か勘違いをしているようだが、貴様ら異邦人の存在を誰も彼もが容認している訳じゃねぇ。
神々が勝手に招き入れているだけで、オレたちはその気まぐれに付き合わされているだけだ」
言われてみれば確かに。世界を繋げたのは神々の勝手であって異世界の住民の総意という訳ではない。
ゲートが開いたのが20年ほど前、こちらからすればあまりに唐突な出来事だった。
だがそれは、この異世界の住民にとっても唐突な出来事だったのかもしれない。
「気分を害したなら申し訳ないぞ俺。言われた通りすぐに街を出るぞ俺」
「そうしてもらえると助かる。貴様ら異邦人は鼻について敵わないからな」
鋭い眼光に背中を射されながらその場を後にし、坑道の受付へと向かう。
来た時に出会ったノームの女性にまたしても声をかけられた。
「災難だったねー。ナギリのあんちゃんの異邦人嫌いも困ったモンだというか」
「見てたのか俺。ナギリって言う人は何で異邦人が嫌いなんだ?」
「さぁー? 何かあったのかもしれないしー、何もなかったかもしれないしー。
ところで異邦人さんドコ行くんだーい?」
いわゆる外国人嫌いのようなものだろうか。皆が皆サバーニャさんのように親切なわけではないのだな。
もっとも、この発言は地球にだって言えることなのだろう。良い人もいれば悪い人もいる。
もし地球で異世界の人に出会ったら、俺は良い人でありたいと思うぞ俺。
「クルスベルグのゲートがあるところまで行きたいぞ俺」
管理人さん。お土産購入いたしました。ドイツ経由で帰ります。
異世界では色々な体験をしたので、他のお土産も色々持って帰れると思います。
乞うご期待とまではいきませんが、楽しみに待っていてください。
おしまい
【登場人物】
とっしー
「とっしー」としか呼ばれない本名不明の男性。ついに包丁をゲット。
帰宅して試しに肉を切ったら台所が割れた。クルスベルグ恐るべし。
<管理人さんに包丁渡したら三日でダメになったってどういうことなの……
ナギリ
狼のような姿をした狗人。その風貌を一言で表すと、二足歩行するでかいハスキー。
異邦人嫌いらしいが、見た目も含めてどこかツンデレっぽい。
<別に困ってそうだから手を貸した訳じゃねぇ。……手を貸した訳じゃねぇぞ!
管理人
クルスベルグ製の包丁を三日でダメにする人物。
一体何に包丁を使ったのかというと……おや、誰か来たようだ(ガチャ
<ころころしにきました(キラーン
- アトラクションの様な街の様子と仕掛けが面白い。 一筋縄ではいかない世界同士の交流も考えさせられた -- (名無しさん) 2012-12-29 19:38:59
- 旅行記シリーズは自然ななんてことはない流れの中での風景描写がしっかりと異世界しているのが素晴らしいですね。頑固と優しさが染み入りました -- (名無しさん) 2014-07-27 17:05:48
- なんてことない出会いから続く交流は世間そこらの人間が見たまま感じたままで異世界を歩くだけなのにしみ出る味の妙が楽しいシリーズだ -- (名無しさん) 2014-12-02 21:27:51
最終更新:2012年12月29日 19:37