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【月灯りの恋人たち番外編~父と彼女~】

「お前は今日からアデーレと名乗るがいい。そしてお前に私の全てを譲ろう・・・領地も屋敷もそして私の力も全て・・・」
屍者として転生し覚醒した意識で最初に聞いた言葉は、ひどく生気に乏しい擦れたものだった。

アグダード・パルファンドゥール伯爵、彼は屍者として永遠の余生を過ごすことに飽きていた。
『最古の貴族』とまではいかないものの『大貴族』にその名を連ねる実力者であった彼でも生き飽きるという屍者の多くが遅かれ早かれ患う病から逃れることはできなかった。
彼は元来これと言った趣味を持たない傾向にあり、それが彼の死期を早めたと囁く者も多かった。
意を決して滅びを迎えたいというその旨を主である屍姫サミュラに伝えた彼は、サミュラより「今後の領地と領民のためにも世継ぎを決めよ」との言葉を賜り即座に世継ぎに相応しい屍者を選定することとした。
しかし、彼の配下にいた屍者の中に、彼が自らの力と地位を譲るに相応しいと思う者は残念なことに居らず、彼は新たに自分の後継者となる屍者の創造を考えるほかなかった。

ルゥドの港、スラヴィアで唯一大型船が安全に寄港できる水深と設備を有する海運候ボニー・ライン・クリストファー所領のスラヴィアにおける海の玄関口
屍姫サミュラより後継の選定を厳命されてより数日後、アグダード・パルファンドゥール伯爵はこのルゥドの港に居た。
この港に荷揚げされた品々はスラヴィア各地へと運ばれ、またスラヴィア各地から様々な物品がこの港へと集められ船によって世界各地へと運ばれていく。
昼間の間は領民が慌ただしく交易船から積み荷を降ろし、またスラヴィアの産品を積み込んでいた岸壁を夜の今では屍者達が蠢き同じように積み込みに精を出している。
しかし彼らが荷物を積み込んでいるのは昼間の交易船ではない、朽ちた船にモルテの力を宿し昼の間は太陽の光差さぬ水底を進む幽霊船だ。
「ライアック久しいな」
彼がそう声を掛けたのはそんな幽霊船が多数停泊する岸壁の奥に佇む他の船と比べて一回り巨大な三本マストと船首に掲げられた両手に剣を携えた骸骨の下半身が刻まれたレリーフが特徴的な一隻の幽霊船
船の船首をおどろおどろしく飾り立てているレリーフだと思われた髑髏が彼の方にその顔を向けてカタカタとその顎を鳴らす。
<アグダードか、病を患ったと聞いたがまだ滅びてないようだな>
彼の者の名はライアック=ルルド、最古の貴族の一人アドミラ・レイス旗下の亡霊艦隊の一部を預かる船団長であり、大貴族に名を連ねるスラヴィア最速と言われる海賊船と一体化した屍者である。
ルゥドは海運候の領地ではあるものの、海運の拠点ということもあって不特定多数の貴族所有の船が寄港し交易品の積み下ろしを行う共用拠点の色合いが強い、そのためこの港街の内外には海運候と親しい間柄の者や金銭での貸与契約を交わして様々な施設や設備を建設している者もそう珍しくはない。
ライアック・ルルドもそうしたルゥドの港で地の利を生かして商売をしている貴族の一人だ。
「姫様からまだ死ぬなと厳命されてな・・・こうしている今も湧きあがってくる衝動を抑えるのに苦労している有様だ、そう長くはないだろう」
<悲しいことを言うな。旧知の友を失うのは辛い>
「娘のいるお前には縁遠い話だな。私もそうしていればこうならずに済んだかもしれぬと今は少し後悔しているが、後悔先に立たずとはまさにこのことだ」
<今になって後悔しても時すでに遅しか・・・それで?今日は何の用があってきた?友に今生の別れを告げるために来たというだけではあるまい?>
「自分の世継ぎとなる器を探している、次のパルファンドゥール領主として私の力を譲り渡すに相応しい器だ」
<・・・そうか。それは責任重大だな>
「あぁ、だからこそお前に頼みたい。お前にしか頼めない」
<友よ心得た。ディニ!ディニはおるか!>
「はい!ディニはここにおりますお父様!」
ピタピタといくつもの足音を立てて岸壁に積まれた積荷の物陰から月明かりの下に姿を現したのは幼さの残る顔立ちをしたスキュラの少女だった。
「アグダード、お前とは初めて会うな。これが私の娘のディニだ」
「お初にお目にかかります。ライアック=ルルドの娘。ディニ=ルルドです」
そう言って彼女はまるでロングスカートの端を摘まんで持ち上げるかのように六本足の二本の脚を左右に広げる所作のスキュラ独特の会釈をする。
「随分とかわいらしい娘さんだ。ライアックの娘と聞いててっきり私は」
<船の屍者だと思っていたか?>
「あぁ」
アグダードの言葉を聴いてライアックはカタカタと笑う
<子をもつなら意外性は多いほうがいい、私と同じ姿など面白くないだろ?>
「たしかにその通りだ。お前はまだまだ長く生きれるな」
<そのつもりだ、娘の行く末を見守るのが親の務め、まだまだ死ぬ気が起きる気がせんよ>
「それでお父様、どのような御用件でしょうか?」
ライアックに呼ばれたディニが尋ねてくる。
<お前が彼を案内して氷室を案内して差し上げなさい>
「わかりましたお父様。それではアグダード様私が氷室をご案内しますのでどうぞこちらへ」
ライアックの娘ディニに案内されてアグダードはルゥドの港の近くにある場所へと赴いた。

ルゥドの港からほど近く、かつては洞窟であった場所をさらに掘り抜き作られた氷室と呼ばれるルルドの一族の主要産業を支える重要な場所がある。
スラヴィアならではと言える商品の保管を目的とした巨大な専用保管施設で、その内部は厳重に断熱が施され、風の精霊によって冷気が満たされ夏の時期でも吐く息は白く染まり長居すれば衣服や髪に霜や氷が張り付く
スラヴィアの社会にとって必要不可欠であり、その保管や管理には繊細で莫大なコストがかかるその商品とは、とどのつまり死体のことである。
スラヴィアでは日々消費される消費財であり、いくらあっても多過ぎることはない。
日々ルゥドに寄港する交易船から積み下ろされる様々な交易品の中で最もデリケートな扱いが求められるのが死体だと言われている。
ルルド家は長年かけてこの死体の管理販売流通の一大販路を作り出し所有する領地こそ大きくないものの、その資金力はスラヴィア貴族社会の中でも上から数えたほうが早い位置に属している。
「アグダード様少々お待ちくださいね・・・これを履かないと中でたちまち脚の吸盤と凍った床がくっついて立ち往生してしまうんです・・・」
そう言ってディニは脚の一本一本に厚手の生地で作られた靴下を器用に履いていく。
ディニの案内で氷室へとやってきた二人は氷室へと入る前に準備がしたいというディニの申し出でまずは氷室の傍に建てられた従業員詰め所へと立ち寄っていた
「大変だな・・・」
椅子に腰掛けてそんな彼女を見ながらアグダードが言う。
「えぇ、この前なんて危うく氷漬けになる寸前にここで管理の助手をしてもらっている領民の方に見つけていただいて・・・それでも運び出すためには張り付いてカチコチに凍った脚を全て切り落とすことになってその後しばらくは大変でした・・・」
屍者なら足を切り落としてもしばらく生気を普段以上に吸収していれば失った体を補填することもできる
それでも、やはり一時的とは家足を切り落とし失うこととなった精神的なショックというものは変わりなく、足を切り落としたという記憶は彼女としてはかなり悲しいことだったようで、その時のことを思い出したのか彼女の表情が若干曇る。
「あ、でも!今はこの通り元通りですよ?」
と彼女はクネクネと靴下を履き終えた足をくねらせる。
「それでは中をご案内しますね」

「前に一度来たことがあるが、その時よりさらに大きくなったな」
「はい、5年前に拡張工事をして、今ではここには常時1000体の依り代があるように管理していますから」
肌を切りつけるような冷気に満ちた氷室の中をディニに先導される形で歩く二人
生者なら防寒着を着込んでいても一刻と長居するのは困難な冷気に包まれた施設内にはスラヴィア国外から交易船によって持ち込まれた様々な死体が収められた棺が整然と通路の両脇に沿って置かれている。
「維持管理も大事な仕事ですから、商品番号と種族や没年だけじゃなく、ここではわかる限りの生前の情報や死因とかもこうやってわかるようにしてあるんです」
そう言ってディニは棺の蓋に刻まれた文字列を指し示す。
「ライアックも几帳面な男だが、娘の君もそれは変わらないようだな」
「はい!親子ですから」
父と同じと言われたのが嬉しいのかディニは微笑む

「アグダード様はどのような器を御所望ですか?やはり元同族がよろしいですか?それとも意外性のあるものを御所望です?」
「これといって決めてはいないな・・・しかし、こういったことは種族や出自どうこうではなく巡り合わせだとは思っている・・・」
「なるほど、巡り合わせですかぁ・・・」
二人で氷室に入ってから一刻あまりが過ぎ、案内するディニは氷室の中にあるおおよその死体の種別を把握しているようでアグダードを案内しながら要所要所で彼女は彼にこれはという棺の中を見せているのだが彼の反応は芳しくない。
「私はまだ自分の配下を作ったことがないのでよくわからないんですけど、自分の力を分け与える器の良し悪しって本当に様々みたいですね」
彼女はそう言ってこれまで自分が対応したいくつかの出来事を話し始める。

「それでパパハイドン伯爵様のご要望というのがそれはもうメチャクチャで」
「・・・・すまないがこの中を見せてもらえるか?」
ふと何かに気づいて立ち止まったアグダードはそう言ってひとつの棺を指し示す。
「え?・・・これですか?」
「あぁ、頼む」
「別に構いませんが・・・この辺りは記録不詳な、言ってみればいわく付きですけど・・・」
そう言ってディニは一旦周囲を見回す。
彼女の言うようにその一帯の棺の蓋には「オーク 男 胸部に損傷アリ」などと簡素な説明しか書かれていなかったりする。
「この辺りは主に作製物《クリエイション》用素材として一山いくらで取引する関係なので、あまり良いものは無いと思いますけど・・・」
彼女はなおもそんなことを言いつつアグダードの指し示した棺を通路に引き出し蓋を開ける
棺の蓋には「エルフ 女 下腹部の損傷アリ」としか記されていない。
「・・・あら?顔立ちとかは割りと良好ですね・・・・あぁ、でもこっちはけっこう酷いですねぇ・・・」
蓋を開け視線を上から下に移しながらディニがそう言うように下腹部にかけてがひどく損壊している。
「やっぱりこれはオススメできませんよ・・・もう少し先に行けば状態の良好かつ生前なかなか素晴らしい経歴を持った依り代がありますから、それも見られて」
「いや、これにしよう」
「そうですよね。さすがにこの損壊状況だと・・・えええ!?」
「さっそくこれを運び出して私の館まで運ぶ手はずをお願いしたい」
「ちょ、ちょとまってください!配下をお作りになるわけじゃないですよね?たしか後継者をって先程お父様とお話になってましたよね!?」
「あぁ、そうだ」
「それならもっと他に・・・」
「いや、これでいい・・・いや、これがいいんだ」
彼もなぜそう思ったかはわからない。しかし、その時彼の中の魂がこの依り代こそが自分の次の神力を受け継ぐに相応しい器だと判断していた。
「でもぉ・・・いくらピンと来たと言ってもこう損傷が激しいとオススメはできませんよ・・・」
ディニが困惑した表情でそう弱々しく語る、ライアック・ルルドの娘として転生した彼女も父が海運と同胞を様々な脅威から守るという仕事に誇りをもっているのと同じく、この仕事に誇りをもっている。
だからこそ客がいくら望むからと言ってもそれ相応の器を提供したいというのが偽らざる気持ちだ。
「もしよろしければせめて器の修繕を・・・お時間さえいただければこちらで手配いたしますので」
「いや、しかし・・・」
損傷の激しい死体は、場合によっては引き渡し前に被造式死徒精製者《クリエイター》に依頼して損傷を繕う場合も多い、しかしこうした修繕は見た目が良くなるというメリットがある一方器の質を劣化させてしまう危険性もあるため嫌がる者も多い
長年この仕事で腕を振るってきたルルドがそうした事情を知らないはずもなく、またこうした修繕を依頼するクリエイターの腕も間違いなく一流だということはアグダードにも理解できたが、どうしても乗り気になれない。

「その話、聞かせてもらったッ!」

その時突然通路の奥から声が響く。

「「!?」」
自分達だけしか氷室の中にはいないと思っていた二人の視線は声が響いてきた通路の奥へと向けられる。

「わかる・・・わかるぞ・・・その気持ち・・・魂と魂が呼応する高揚感・・・「これしかない!」と思わず直感し、それがすぐさま確信に変わる運命的な出会いッ!」

通路の奥から熱の篭もった声を響かせながらユラユラと青い二つの炎が近づいてくる。

「しかし、その出会いが常に幸福なものとは限らない・・・不幸にして満足とは言えない姿での出会いということもあるだろう・・・しかしッ!それは不幸ッ!そんな出会いがあってはならんッ!」

青い炎は二つの眼孔に宿るものだということがわかる頃にはディニはその声の正体を理解し思わず声を上げていた。
「ヴェルルギュリウス様!?」
それは紛れも無く最古の貴族の一人に数えられる最古の屍者であり、スラヴィア随一の屍体創造者として知られる「髑髏王」ヴェルルギュリウス伯爵だった。
「いつお越しになられていたんですか?たしか三日前にも来られたって部下が・・・」
「ん?三日前からずっと居たが?」
「三日前!?もしかしてずっとこの中に居たんですか!?」
「当然だ。素材選びに妥協は禁物、以前見た時は良いと思わなかったものが次に見た時には意外な輝きを放っていつこともあるやもしれん。それを見過ごすなぞもってのほか!」
彼の言葉が真実だと語るように、よく見れば彼の頭の冠や纏った豪奢な紫綬の法衣には細かな霜柱や氷が張り付いている。
「それで三日間この中に居たんですか・・・」
「ここしばらく創作意欲を掻き立てるモチーフに恵まれんでな、創作材料に囲まれて過ごせば何か閃くかと思っていたが、世の中そううまくいくものでもなかったのぉ・・・」
「それは・・・」

「しかし、そんなところに聞こえてきたのがお前たち二人の会話だ!修繕をためらう気持ちわかるぞ!そこらのどこの竜馬の骨ともわからぬ者にアレコレいじくられるのは我慢ならんだろう!しかし!ワシならそんな心配は無用!」
「ヴェルルギュリウス殿のご高名を知らぬ者はいないでしょう・・・」
若干気圧されながらアグダードは答える。
「当然だ!屍体創造でワシ以上の者はおらん!ルルドが懇意にしている者の中にもそれなりの腕の者もおるだろうが、ワシに比べれば雑兵!」
「髑髏王様と比較するのは比べられる方がかわいそうですよ」
思わずディニが苦笑いを浮かべあがら言う。
「よってここに最高の技をもつ者がいて、その者が助力を惜しまぬと言っているのだ。これを拒む理由はあるまい?」
「それは・・・そのとおりですね」
「よし!それではさっそく創作活動だ!」
髑髏王の「いいからワシにやらせろ」という迫力に完全に押されてアグダードの口から出た言葉を了承と定義した彼は、そのままディニとアグダードを押しのけて棺の中のエルフの死体を観察しはじめる。
「ふむ・・・見たところ下腹部の臓器、主に生殖器がゴッソリと抉り取られているな・・・
しかし、なんとも雑な切り口だな・・・なんとも嘆かわしい・・・」
などとその場に纏った法衣の裾が床について汚れるのも気にしないといった様子でしゃがみこむと一人ブツブツとあーでもないこうでもないと言いながら傷口を覗き込んだり触ったりして現状を確認する髑髏王
「ふむ・・・大体のデザインと素材は決まった・・・」
そう言って髑髏王は胸元からタブレットとチョークを取り出すとそこにいくつかの文字列を書き込んでいく
「ライアックの娘のディニと言ったな?ここに書かれているものを速やかに用意しろ。それから、ここにもたしか調整室があったな?そこにこれを運んで早急に処置できる状態にしてもらおう」
「はい。かしこまりました!」
何がなんだかわからないままでも日頃の経験の賜物かディニは手渡されたタブレットに書かれた棺をテキパキと見つけ出し、それと同時に部下に連絡してそれらを調整室と呼ばれる場所へ運び込んでいく。
「ヴェルルギュリウス殿・・・」
髑髏王の迫力と手際の良さに事の成り行きを見守るだけとなっていたアグダードがようやく口を開く
「お主がどういう事情かは聞いておる。心配せず待っておれ!お主の思いこのワシが必ず叶えてやろう!」
そう髑髏王は背中越しにアグダードに言って次々と棺が運び込まれる調整室へと去っていく。

それからおよそ一刻後
「全て問題なく終了だ。損壊されていた臓器を移植修繕し、傷口を整形縫合するだけの簡単な術式だったが悪くない出来だ。依り代としても細部まで問題なく機能するとワシが確信をもって保証しよう」
その枯れ木のような骨と皮だけの手を両方ベッタリと血に染めながら満足そうな声を発して調整室から出てくる髑髏王
彼がそう言うように調整室の中央に置かれた台の上に横たえられたエルフの身体はあれほど無惨な傷口を曝していた下腹部はまるでそれが嘘だったかのように縫合跡すら見分けがつかないほど完璧に塞がれ、その全身はたった今息を引き取ったかのような瑞々しさをたたえている。
「肉体的にはもはや何の問題もないが力を注ぐならすぐにでも取り掛かることだ、その器に残った魂はもう大分光を失っておるようだからな」
ディニに手渡された濡れ布で両手の血を適当に拭き取りながら髑髏王が言う。
「ヴェルルギュリウス殿・・・なんとお礼を言ったら良いか」
「何、これも全てはサミュラ様のため、そしてワシ自身のため、感謝する暇があるならさっさと自分の世継ぎを作ることだ」
「えぇ、そうさせてもらいます」
「さて!ワシは新たな創作のアイディアが浮かんだ!ディニ!さっそくだがこれだけのものを揃えてもらおうか」
「はい!えーっと・・・えええええええええええ!?なんですかこれ!?」
またしても髑髏王に手渡されたものを覗き込んだディニが素っ頓狂な声を上げる。
「ん?何とはなんだ、ほんの600ほど死体を注文するだけではないか」
「量がおかしいですよ!うちの在庫の半分以上とか!」
「創作活動とは常にそういうものだ!この仕事を続けていく覚悟ならしかと覚えておくが良い!」
そういい残して髑髏王はアグダードの前から去っていく。そしてその彼の後姿を見送るアグダード

その日、髑髏王によって完璧な修繕が施された来歴不明のエルフの遺体がルルド家の手配によってパルファンドゥール家の屋敷へと運び入れられ、その日のうちにアグダードの手によって屍者再生が行われることとなった。
屍者再生は無事支障なく成功し、この世界に新たな貴族としての力を有する一人の屍者が生み出され、そしてその翌日古き一人の屍者が陽光の下この世から消えていった。


そして、ここからは私の記憶・・・

「お前は今日からアデーレと名乗るがいい。そしてお前に私の全てを譲ろう・・・領地も屋敷もそして私の力も全て・・・」
私は目覚める・・・彼の擦れた声に揺り起されて、命の温もりを失った代わりに私は永遠を手に入れた。
そして彼は私が目覚めるの見届けると、その翌日陽光の中にその身を晒し、彼自身にとってはあまりにも長過ぎた余生に幕を下ろした。

この世を去った彼が私に遺したのは、力の宿った冷たい命と、領地領民を統率する大貴族としての、当時の私には重荷でしかない地位、そしてアデーレという名前と私の後見人となる彼女との出会い

「それで・・・あなたが私にこんな役を紙切れ一枚で押し付けた挙句、私に文句の一つも言わせずにとっとと逝ったあのバカの遺した世間知らずの二代目?」
そして、私はあの日彼女に出会う

「あのバカが私のことをどう思ってたか知らないし、知る気もないけど、私はいろいろと忙しいの。だから色々教えるのは一度だけ。その足りなさそうな頭と魂にしっかりと刻みなさい?いいわね?」
白銀と赤銅色の二体の鎧の従者を伴って私のところに来た彼女は、とても不機嫌そうに呆然とする私の顔を見た途端そう言ったのを覚えている。

それから彼女は私の師となり、私は彼女に様々なことを教わった。
私自身のこと、私に彼から譲り渡された力のこと、今の私の立場、私がこれからどうあらねばならないかということ、そして他にもたくさんのことを私は彼女から教わった。

「踏み込みが甘い!太刀筋も単調で鈍い!全部ダメダメね!これじゃ饗宴で勝ち残ることなんて無理ね、貴方はどこかの誰かに倒されてパルファンドゥールの家名は永遠に失われておしまい、もちろん領地領民もそいつにおいしくいただかれちゃうわね」
切り込んだ剣をいとも簡単に弾き飛ばされ、その返す刃で首元に切っ先を突きつけながら彼女は冷淡に言う。
「いいこと?貴族としての最大の使命は自分の家名と領地領民を賭けて戦うことと心得なさい。サミュラ様のために自分の全存在を賭けて戦うこと、それが私たちの存在意義。その対価として私たちはこうして生きることを許され、生者の命を糧としてそれを貪ることを許されていると知りなさい」

彼女と私は半年ほど共に過ごし、夜は彼女に剣の手ほどきを受け、日が昇っている間は少しの間眠り、また日が落ちるまで彼女に様々なことを教わった。

「駆け足だったけれど、よく付いてこれたと思うわ。私が言うのもなんだけれど、貴方はもうどこに出ても恥じることのない立派なスラヴィア貴族の一人よ。私がここまで言っているのだから自慢に思っていいわ。それでもまだ貴方を悪く言うような者がいるなら私に教えなさい?相手が誰であろうと二度とそんなことが言えないようにしてやるから」

そう言って彼女は微笑み、一人立ちする私に一振りの剣を贈ってくれた。
今では掛け替えのない私の半身とも言える両刃の長くスラリとした細身の剣、その刀身には緻密な彫刻が施されて、実用的でありながら美しさも兼ね揃えている。
「その剣の刀身に刻まれた彫刻の模様はアデーレという花よ?そう、貴方と同じ名前。その花の花言葉は祝福と希望、貴方を生み出したあのバカが何を思って貴方にそんな名前を与えたのかは私にはわからない、だけど貴方は少なくとも望まれずに生まれた存在ではないということ、それだけは確かなことだと思うから忘れないでちょうだい」
思ってもいなかった彼女の言葉に私はその時はじめて自分がこの世界に存在することが許された気がした。
屍者というただでさえ不条理な存在が、自分を生み出した存在に自分の寄る辺について語られることもなくその場に放り出された。そのことが漠然とその足元はおぼろげで不確かなもののように感じさせていた。
それが彼女のその言葉で自分がしっかりとこの世界によって立つ一個の存在であることを肯定された気がした。

そして今・・・

「ねぇアデーレ?アデーレは自分を屍者にした人のことって覚えてる?」
「どうしたのユイ?突然そんなこと」
ふと私の横で私が読み聞かせる本を聞いていた私の最愛の人がそう言ってくる。私は読んでいた本を閉じて彼女に問い返す。
「う~~ん・・・なんとなく聞いてみたくなったっていうか・・・私はアデーレが大好きでアデーレとずっと居たいからこうしてもらったでしょ?だからアデーレはどうだったのかな~って」
彼女は時々こうして何かを見透かしたようなことを聞いてくることがある、彼女としてはまったく悪意も他意もなく「なんとなく思い付いた」ことをつい口にしてしまうのだそうだ。
「そぉ・・・正直私の場合は気がついたらこうなっていたって言うか・・・私を屍者にした人は、自分の担っているものの代役として私を作ったって後で聞かされたわ」
「何それヒドイ!アデーレは身代わりにされるために屍者にされちゃったの!?」
ユイはまるで自分のことのように驚きと怒りの籠った表情と声で私の言葉に反応する。
「そうね・・・実際のところ彼が何を思って私を選んで屍者にしたかは今はもうわからないわ・・・彼は私が目覚めた翌日に自ら命を絶ってしまったから・・・私は彼と数えるほどしか言葉を交わしていないし」
「そんな・・・」
悲しい表情をする彼女に私は私が覚えている限り、そして私が聞いた限りのことを話して聞かせはじめる。
先代アグダード・パルファンドゥールのこと、屍者となった私に様々なことを教えてくれたレシエ様のこと・・・
私自身は完結にかいつまんで話したつもりだったが、ユイに話して聞かせた話は気がつけば空が白らじむ明け方近くまでかかっていた。
それでもユイは真剣に私の話を聞きいって時折私の話の流れを止めないように質問し、それを私が答えるという流れが生まれる
それを私はすごく嬉しく思う、彼女が本当に私のことを知りたいと思ってくれるということと私が彼女に知ってもらいたいという想いが重なっているという感覚がとても心地良い。
「じゃあ先代のアグダードさんがアデーレのお父さん・・・ってことになるんだよね?」
「父・・・そういえばそうなるのかしら・・・ユイに言われるまでそんなこと考えたこともなかったわ。でも・・・そうね・・・たしかに彼は私の父と呼んでいいのかもしれない・・・」
ユイの言葉にはいつも驚かされるばかりだ。先代を父と思うことは今まで考えたこともなかった・・・
しかし、たしかに彼は私を産み出したという意味では本来の親子とはかなり性質は異なるだろうが親と子の関係と考えてもいいのかもしれない。
「じゃあ!その人がアデーレのお父さんならレシエさんはアデーレのお母さんってことになるのかな!?」
「ユイ・・・そういうことは口が裂けてもあの方の前ではしないほうがいいわ・・・」
ユイはこうして冷や汗が出そうになることも何のためらいもなく言うのが怖い・・・ユイ、本当に恐ろしい子ッ!
「え~~?だってレシエ様ってなんだか世話好きの親戚のおばちゃんみたいな(ry」
「ダメよ!絶対そんなこと言ったらダメ!」


同じ頃、自室にて日課の武具の手入れに精を出していたレシエは唐突にクシャミを二度ほどして首を傾げていた。
「これはきっと姫姉様が私のことを思ってくれてるのよ!」
そう勝手に自分の妄想と欲望に沿った都合のいいことを言って鼻歌交じりに武具の手入れを再開する彼女。
しかし、現実とは残酷である。

  • アニーが聞いたら一瞬納得しそうになって慌ててぶんぶん首を振って否定しそうであるな>世話好きのおばちゃん -- (名無しさん) 2012-06-13 23:50:17
  • 沢山のキャラが絡んでここから色んな展開が広がりそう。次はアデーレと優衣の出会い編で守護卿ヤフヌール登場かな? -- (名無しさん) 2012-06-16 19:26:44
  • キャラも種族もてんこもりで賑やか極まれり。 スラヴィアンの世継ぎというのは種族特性上色々な意味で難しい問題だこれ -- (名無しさん) 2013-04-26 20:33:47
  • スラヴィアの風景とそこから生まれる日常が丁寧で分かりやすいですね。スラヴィアンの家族観なども面白いです。髑髏王の気さくさも意外でした。先代の消滅とアデーレとユイの関係は何か切なく思うところがありますね -- (名無しさん) 2014-08-10 18:10:20
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最終更新:2012年06月13日 23:28