1.序
「ここでも根が食い荒らされてる…」
彼女は掘り返した枯れた木の根本を見てそう呟いた。
大樹の国
エリスタリア、
世界樹を主神とするこの国は非常に緑豊かな国である。
多種多様な植物と植物性人類である
エルフ・樹人・
フェアリーを擁するこの国であるが近年、西方の未踏破地域との国境付近で、植物が大量に枯れるという看過できない事件が起こっている。
そのため、この事態に危機感を抱いた女王主導でエルフ族の調査隊が組織され、現在幾つかの部隊が西方は未踏破地域近くに派遣されて、この事件の調査を行なっている。
「他の調査隊からの連絡は?」
ウッドエルフで植物学者のローズマリーが、同じウッドエルフで通信役のチャイブに聞く。
「は、はいっ!風精霊通信は、ま、まだありません…す、すいません!」
いつもの如く、目上の者を異様に恐れるようにおどおどとした口調で返すチャイブ。
そんな彼女の様子を見てため息を漏らすマリー。
エルフ種族は、世界樹に創られた同じエルフでも個体差が激しい上に、創造ロットによって非常に性能に隔たりがある事から、俗に性能が低いと言われるロットの者は非常に卑屈になることがままある。
それ以外にも思想が偏って奇妙なほど物理力向上に励む個体群というのもあるらしいが…今のチャイブの状態よりはまともであろう。
「チャイブ…私は貴方の同僚なんだから怯えなくていいのよ?貴方はちゃんと仕事をしてるわ」
「で、でも、あたし…ラストロットで、ローズマリー様はセカンドロットですし…」
マリーは眉間に手を当てる。ラストロットはウッドエルフの最終ロットであり、最大の失敗作と呼ばれている者たちだ。
失敗と言われる所以は、彼女らの自尊心があまりにも低すぎ、種を集め撒き散らすエルフにとって重要である行動力が非常に低い、有り体に言えば何についても自信が持てない引っ込み思案な性格なのだ。
ちなみにセカンドは、ハイエルフに近しい(場合によると改良版ハイエルフと言える)ファーストの次のロットで、今のウッドエルフの実質的なひな形となったロットの者たちの事である。
「私はロット差別主義者じゃないわ…だから貴方ももっと自信をもって…」
チャイブを諭そうとしたところで大きな声がかかる。
「おい、チャイブ!夕食に使う薪は集めたのか!?」
ワイルドエルフのベイリーフだ。
「は、はい!すす、すみません!!まだです。すぐ取って来ます!!!」
声に驚いたチャイブが薪を集めに一目散に駆け出す。
ニヤニヤとそれを見ながらベイリーフは「トロ臭ぇやつだ」と呟き、マリーはまたため息をついた。
2.ミーティング
夜、調査隊の全員(総勢5名)が焚き火を囲みながら調査の進展について話し合う。
「それで学者さん、女王陛下から承った大量の枯れ木についてはどうだね?」
ローズマリーはエルフの魔法戦士であるアンゼリカの質問に答える。
「他の隊に連絡が取れないから確証は持てないけど、地面に空いた細長い空洞や噛み切られた根の断面を見るに新種のワームか何かだと思うわ。
マセ・バズークの蟲人の意見が聞ければ一番確実なんだけれど…」
微妙に曇った顔でそう言ったマリーを見ながらアンゼリカは
「ミミズか…最悪の事態である南蛮人たちの北上は避けられたってことかな?
だったら、この件もそう難しい事態にはならないだろう」
軽くそう返す。
「そうであればいいのだけれど…」
「…しかし、他の隊との連絡が3日も途絶えてるってそれ自体問題だよね?」
ダークエルフのマジョラムがナイフに刺して炙った肉を頬張りながら言う。
言いながらその目はチャイブの方へ向いている。
「すすすいません…ああたしがもっとしっかりしていれば」
チャイブがまたわたわたと謝り出す。
「謝るくらいならちゃんと仕事しろやドン亀が!」
樹液から作られる琥珀酒を飲んでケラケラ笑いながらベイリーフが煽る。
「こちらの呼びかけにも答えないのよ?単に精霊の気まぐれや他の隊の調査が難航してるだけかもしれないし、チャイブを責めてもしかたがないわ」
「学者殿は、このミソッカスを嫌に庇うね?…こういうのがお気に入りなのかい?」
「そいつは学者さんらしい良いご趣味だ!」
チャイブを庇ったマリーをマジョラムとベイリーフが茶化す。
「……私は!」
マリーが言い返そうとしたところでパンパンと大きく手を叩く音がする。
「はいはい!止め止め。僕らは敬愛する女王陛下の命でここに来てるんだよ?
馬鹿馬鹿しい内輪もめは止めて、楽しく!効率的に!仕事を済ませようよ」
この隊の実質リーダーであるアンゼリカだ。
彼女は、そう言うと矢継ぎ早に各員へ指示を与えていく。
「さて、チャイブ!明日、もし他と連絡がつかなければ女王陛下への現状の確認と、ここまでの調査報告のために君を王都まで走らせることになる。大丈夫だとは思うけど最悪の事態のために用意はしておいてくれるかい?」
「は、はい!」
緊張の面持ちで答えるチャイブ。
「よし!では次、ベイリーフ、マジョラム!今夜はよく警戒をしておいてくれ。
昼間に探索していて感じたが、ここらはミミズの件以外でも土地が肥えているのに妙に植物相と鳥獣の数が少ない。奇妙な場所では用心するのに限るからね」
「わ-ったよ」「はいはい、ボス」
やる気無さげに答える二人。
「ローズマリー、君は調査の続行を…ただし、僕ら警護役と離れないようにね!」
「分かったわアンゼリカ」
素直に返事をするマリー。
全員に指示を出し終わるとアンゼリカは大きく伸びをして
「じゃあ、今日はここまで!非戦闘員の二人は明日の準備をしてすぐに休息、戦闘員の僕らはいつものローテーションで見張りね?解散」
とにこにこしながら言った。
3.ピロートーク
「ロージー…僕だけど今いい?」
「ええ、アンジェ。待ってたわ」
ミーティングの後、マリーの簡易テントにいつもの如くアンジェリカが訪ねてくる。
マリーは入り口をきっちりと閉めるとアンゼリカに抱きつきキスをせがんだ。
「僕の可愛いお姫様…安心して、僕はどこにも逃げないから」
マリーの柔らかな金髪を優しく撫ぜてから、アンゼリカはその美しい薔薇のような赤い唇に深く強く口づけをする。
口づけの中、二人の手は絡み合いその指は相手の胸や秘所に伸び、少しづつ焦らすかの様にまとっている薄衣を脱がしていく…
「ねえロージー?」
事が終わった後、アンゼリカはマリーと裸で抱き合いながら聞いた。
「マジョラムじゃないけど、少しチャイブの事を気にしすぎじゃないかい?」
「ん、妬いてるの?」
「まさか!……と、言いたい所だけどパートナーとしてはちょっと心配ではあるね。
チャイブはどん臭いけど結構可愛いもの。…何というか、苛めたくなるというか、保護欲を掻き立てられるというか…ね」
アンゼリカの言い得て妙な言葉にマリーが吹き出す。
「むー、笑わなくていいじゃないか!」
「ご、ごめんなさい…ふふ……でも、そうねあの子が可愛く見えているのかもしれないわね。
あ、そういう意味じゃないわよ?そんな悲しそうな顔しないで、私の王子様」
一瞬で泣きそうな顔をしたアンゼリカにあわててマリーが弁明する。
「あの子を見てると純粋で、弱々しくて、でも一生懸命で…そう、何というか不出来な妹というか…いえ、幼い娘がいたらきっとこんな感じになるのかもしれないわね…」
そう、少し憂いを含んだ顔でそう呟いた。
アンゼリカはマリーを引き寄せて
「大丈夫、この調査が無事に終われば、報酬として母の樹を使って僕達の子供を創ることができる。
もう少しの辛抱だよ可愛い僕のお姫様…」
「ええ、私の素敵な王子様…」
4.サイレントラン
「まだなの?せっかくあのいけ好かないボスがいないんだから早くしようよ」
「うるせえな…急にもよおしてきたんだからちょっと待てよ」
ワイルドエルフの二人は見張りをサボっていた。
周辺に獣の影もなく、件のミミズも噛み跡から普通のミミズより小型であることから危険は無いと高をくくっていたのだ。
「何ならアタシが手を突っ込んで引っ張りだしてあげようか?」
「バカ野郎、こっちに来たらお前の顔で尻を拭いてやるからな!」
ベイリーフは近くの茂みで用足しをしていた。
が、酒を飲み過ぎたせいか行動がおぼつかない。
「チッ、ちと飲み過ぎたな…」
舌打ちし、やっとのことで下着を下ろして用を足し始めるベイリーフ。
一安心してしまったからか、酒が多すぎたせいか彼女はその異変に気づかなかった…
彼女がちょうど用を足している地面がぼこりと盛り上がる。そして、その中から
~~~~~~~~~~~~~~~!!!
「ん?何かあったの?ベイリーフ?」
くぐもった声を聞いたような気がして、草むらの向こうへ呼びかけるマジョラム。
…返事は帰ってこない。
二分ほど待ち、マジョラムは腰のナイフを取り出して慎重にベイリーフの下へ進もうとした。
ガサリ!
突然の音にマジョリカは身構える。と、
「なんだよベイリーフ…脅かすなよ」
「ああ、すまん」
ベイリーフが草むらの向こうに立っていた。
「お花摘みは終わったの?」
「ああ」
「じゃ、ボスのいないうちに向こうでしけこもうぜ!」
小柄なマジョラムは大柄なベイリーフの腕に抱きつく。なんだかひんやりとしている。
「話が早くて助かる」
「…ん、何が?」「いいや、なんでもない」
ぎこちなく首を振るベイリーフ。マジョリカは少し首をかしげたが、すぐにその挑戦的な瞳を向けてベイリーフに言い放つ。
「まあ、いいや。今日こそはアンタをヒイヒイ言わせてやるから覚悟しな!」
「ああ、楽しみにしている。私もお前を天国へイカせてやるから楽しみにしていろ」
「は、言ってくれるね!」
恋人のやる気な発言で、うきうきとした表情をしたマジョラムは、ベイリーフの腕を引っ張って森の奥へ連れていく。
自ら、仲間の目が届かない場所へと……
5.朝
ローズマリーは起きると服をまといテントから出て葉翼を開く。
アンゼリカは事が終わった後、見張りを交代するために名残惜しそうに去っていった。
(もう少し…もう少しで彼女とずっといられる)
彼女は自身の養分となる眩い朝日をその身と翼に受けながら、パートナーとの未来に思いを馳せる。
初めての植物相調査で彼女と出会ってから、どれくらいの月日が経っただろう…望まぬ相手との性交で種を集める仕事もしたし、人が嫌がる危険な調査も多くこなした。
他種交配至上主義の神がおわすエリスタリアで、やっと…やっと同性エルフ同士での家庭を持つことができるのだ。
静かに思いにふけっていると、慌ただしくこちらへ来る足音が聞こえた。
「あ、あのロ、ローズマリー様!」
「呼び捨てで良いわチャイブ…私達姉妹なのよ?」
チャイブだ。異様なほど取り乱している。
「あ……でも…じゃ、じゃあローズマリーさん」
顔を真赤にして言うチャイブを見てクスクスと笑うマリー。
「どうかしたの?チャイブ」
「あ、あのあの…(息を整えて)…他の隊からの連絡が…でも」
真剣な表情でそう伝える。
『生残って…アンゼリカ隊…を中止しすぐ逃げろ!奴らは土の中から…くる。…された仲…と戦っても…ない』
先行して一番未踏破地域の奥まで行っていた隊からの連絡だった。
何匹もの風精霊を伝って伝えられた精霊通信は地球の通信技術と違い、伝言ゲームのようなものだ。
そのため失われたり、間違えたりした内容をまともな文にするには、かなりの精霊との意思疎通技術がいる。
チャイブはその点について天賦の才能があった。しかし、今回の内容は…
「…これ本当に内容修正間違って無いのかい?」
内容を聞いたアンゼリカが怪訝な顔をしてチャイブに問う。
「は、はい…き、昨日出した連絡の返信だと、思いますぅ」
アンゼリカに言われて自信なくそう答えるチャイブ。
「にわかには信じられないけどね…この声、ディルの声だ。彼、移民の護衛なんかもしてた腕利きの戦士だよ?その彼が敵が何かとも言わないで戦わずに逃げろだなんて…」
唇に指を当てて考えている。
「精霊通信は元々不確かなものだろう」
「そうだね。正直信じられないよ」
ベイリーフとマジョラムだ。
夜の見張り後に朝早く起こされて眠いのか少し茫洋としている感じだ。
「まあ、この内容が合っているとしてもむしろ調査は続行した方がいいだろうね。我々にとって危険があるのなら特にその正体だけでも探っておかないと…」
アンゼリカは調査の続行を宣言し、みなにこれからの指示を出す。
「ねえ、危険じゃないの?」
マリーは他の全員が指示にされた行動に移った後でアンゼリカに問う。
「さっきの連絡のこと?大丈夫だろ。きっと彼女の心の中の怯えが内容の欠けた連絡をあんな荒唐無稽な連絡内容にしてしまったんだと思うよ」
アンゼリカは笑ってそう返す。
「でも心配になるのよアンジェ…これが終わりさえすれば私達、やっと念願の家族を持てるのよ?」
「心配し過ぎだよローズ」
「そうだといいんだけど…」
6.異変
マリーは自室で調査資料の整理をしていた。流石に現状すぐに調査を進めるわけにもいかなかったからだ。
(すぐに何事も無く調査が終わってくれればいいんだけど…)
一人もんもんとした思いを抱えながらいると、部屋を訪ねてくる者がいた。
「あ、あのローズマリーさん…今いいですか?」
「どうしたの?チャイブ」
簡易テントの入口を開けると小柄な彼女がもじもじと立っていた。
「あ、あの…お話が」
「それで…?他の人に聞かれたくない話っていうのは?」
「あ、あのあの…」
テントから離れたところで二人は向かい合う。
チャイブは話すのが苦痛であるか又は怯えているかの如くに口をもごもご、指をもにょもにょさせている。はっきり言っていつもの彼女と比べても様子が変だ。
「…話が無いのなら帰るわよ?物騒な連絡が来てしまったわけだし」
マリーが帰ろうとするといきなり
「あ、あの!!…ローズマリーさんは、さっ昨晩どちらにいらしたんですか?」
真剣な目をして聞く。
「……自室にいたわ」
「お、お一人でですか!?」
いつもの調子とは違い、なおも食い下がるチャイブ。
「プライベートなことを聞きたいのならパスしたいんだけど…」
「ちゃ、ちゃんと答えてください!お、おお、願いします」
チャイブが詰め寄る。マリーはその迫力に負けてため息をついて答える。
「アンゼリカと一緒だった…これで満足?」
言ってからちらりとチャイブの方を見ると彼女は青い顔をして何事かをブツブツ呟いている。
「ちょっと、どうしたの?チャイブ」
「…ん…さい」
「え?」
妙な危機感を感じて後ろへ下がるマリー。
「…めんなさい」
「…」
「ごめんなさい!!」
「くっ!?」
とっさに腕を前に出して身を庇えたのは行幸だったと思う。
チャイブの手には木製の本体に鉄の刃が付けられた官給品のナイフが血に濡れて握られていた。
とっさに出したマリーの左腕はパクリと切り裂かれて血を吹いている。
「っぅ…なんでこんな事を!?」
マリーはチャイブに対してそう問いかけた。
…が、チャイブは自分が傷つけたにも関わらず、それを見て真っ青を通り越して土気色の顔をしている。
「…え?なんで…血が出てる……違った?嘘!嘘!」
可哀想なほどうろたえ、泣きそうな声でそうなんども繰り返している。
「…?」
マリーはどう反応したらいいか分からず傷口を押さえて呆然とするしか無かった。
いきなり、ガキン!という音がしてチャイブのナイフが弾いて落とされる。
マリーが後ろを振り返るとアンゼリカたちがものすごい勢いでこちらへ迫ってくるのが見えた。
「ひっ!」
短い悲鳴を上げて一目散に逃げ出すチャイブ。
その後、すぐにアンジェリカ達三人がマリーの元へ到着する。
「危ないところだったねローズマリー。
彼女は他国に雇われた裏切り者だったんだ」
開口一番アンゼリカはマリーにそう言った。
「…どういうこと?」
腕の傷を服を破って作った布で締め付けながら聞くローズマリー
「大丈夫かい?さっき、他の隊から本当の連絡が来てね。
隊の中に南蛮のスパイが紛れ込んでいて僕らの調査を妨害していたらしい。ほら、本当のディルの連絡だよ」
アンゼリカはパチリと指を鳴らすと精霊を集めて声を再生し始めた。
『我が隊は南蛮の襲撃を受けた。どうやら連絡係が南蛮に通じていて手引きしたらしい…そちらも十分注意されたし』
今朝聞いた声と全く変わらない声が南蛮勢力と裏切り者の出現を事務的に伝えている。
「…じゃあ、チャイブは南蛮のスパイだったと?」
「ああ、姉妹を裏切るなんてとんでもねえ奴だ」「ほんとほんと」
ワイルドエルフの二人は反吐が出るとばかりにそう吐き捨て、アンジェリカも困ったような顔をするばかりだ。
ただ、マリーだけが言いようのない奇妙さを感じていた。
蛇足
長くなりそうなので書き上がったところまでを上げています。
スレを見て、前から考えていたホラー話がどうも需要がありそうだったので書いてみました。
エルフの設定はかなり独自色が強いです。
まずい場合は直しますのでお教え下さい。
7/21 追記
- 百合やレズというよりも相性至上主義のお付き合いというものが浮かんだ。 人数が五人ということもあって展開もスピーディーっぽく次に期待 -- (名無しさん) 2012-07-18 21:40:46
- 確かにホラーだこれ。国関係とか絡んで単なるモンスターパニックものになってない -- (名無しさん) 2014-08-16 03:27:48
- 大国エリスタリアに仇名すものなどないと思っていましたが自然にはまだまだ理解を越える存在があるというのは実に自然。何が相手なのか分からないまま進み変化していく事態は恐怖を煽りますね -- (名無しさん) 2014-10-05 18:51:04
最終更新:2013年03月30日 13:08