【長くのたうつ者2】



7.アクション


「さて、ずっとここにいても始まらない。とりあえず野営地に戻って南蛮人の襲撃から逃れるためにすぐ移動の準備をしないと」
アンゼリカはマリーの手を取って引き起こす。
「…」
「…不安かい?大丈夫だよ。」
アンゼリカはにこやかに笑ってマリーを野営地へ導いた。

「なあ、学者殿?調査自体はどこまで進んでるんだ?」
野営地のテントで腕の治療をした後、荷造りをするローズマリーに護衛として付いた二人のワイルドエルフの内、ベイリーフが質問をした。
「どうして今、そんな事が知りたいの?」
「簡単なことさ。それが終わらない限り、アタシらは胸の悪くなるようなこの地域から離れられないからだよ」
マジョラムが補足し、ローズマリーは調査道具なのか奇妙な丸い形の物を背嚢へ入れる手を止めずにその問いに答える。
「…残念ながらまだ資料不足よ」
「おいおい、南蛮人の工作で決まりだろ?」
「そういう考え方もあるわね…でも、あの根を食い荒らしたモノは何?南蛮の種族で聞いたことが無いわ」
手に黒っぽい板のようなものを持ったまま後ろ向きで答えた。
ベイリーフがマリーへ一歩近づきながら
「心配性過ぎるな…溜まってるんじゃないか?」
「そうそう、エルフは適度にストレスの解消をしないと…」
マジョラムが続けてローズマリーへ近づく。

二人はゆっくりと獲物に襲いかかるカマキリの様に…奇妙に蠢くその手を彼女の肩へ伸ばす。

ゴトッ!

「何!?」
「チッ…アイツか」
「…アタシが見てくる」
マジョラムがテントを飛び出していく。
足音がだんだんと離れ、しばらくの静寂…
ザクッ!ザクッ!テントに何かが連続でぶつかり穴が空く。
穴の向こうで何かが動く影が見えた。
「おい、ここを動くなよ?」
ベイリーフが腰の小剣を抜いてテントから外へ出る。
剣を振るう音と何かを切る音、ドタドタと二人分の足音がテントを周りどこかへ去っていった。

「これは…」
テントに空いた穴の近くの床に2つの何かが転がっている。
「…琥珀?」
小さな丸いそれはエリスタリアの特産である琥珀にルーンを刻み込んだ物だ。
琥珀は過去の記録をその中に閉じ込める事ができ、研究者や通信などを生業にしているものがよく扱っている。官給品だろうこの琥珀は後からの情報の改ざんなどができない研究所などでもよく使われる物だ。

マリーは躊躇なくそれを割り、中の記憶を再生してみた…

「逃げ足の早いやつだ」「まったくね」
しばらくしてチャイブを追い駆けていた二人がテントに戻ってきた。
「おや…」
ローズマリーの姿がテントの中に見えない事に二人が気づいた。
「…」
二人は躊躇なくテント内を探し回り、資料などを詰める大きな背嚢は置き去りにされている事と調査用に使っていた小型のバッグ等がなくなっている事を見つける。
「勘付かれた?」
「いや…これだ」
ベイリーフが寝袋の下に散らばる琥珀の破片をつまみ上げる。
「成る程、下等生物のくせに…」「ああ、猿人のように逃げ足が早いと思ったが、知恵もなかなか回る固体のようだ」
摘んだ琥珀を口に放り込みガリガリと音を立てて噛み砕くベイリーフ。
二人はテントを出て逃亡者達の追跡に移った。


8.ランナウェイ


はぁっはぁっはぁっ…
マリーはバックを肩にかけ枯れかけた森の中を息を切らせて走る。

『生残っているのか!?アンゼリカ隊!調査を中止しすぐ逃げろ!奴らは土の中から襲ってくる。寄生された仲間と戦っても奴らには勝てない…奴らは…がっ!?フェン…ネル…?お前もか…行ってくれ精霊…行って生き残ってる者を助けて……(ぐしゃりと何かが崩れる音と大量の何かが這う音)』
チャイブがくれた琥珀には本当の通信内容と、内通者の可能性からこの情報を隠した事が記録されていた。
そして、もう一つの琥珀には…

「ローズマリー!こんな所に一人でいるなんて一体どうしたんだい?」
アンゼリカが目の前に現れマリーは急停止する。
「…」「ダメじゃないか。外には君を襲ったチャイブがうろついてるのに」
心配そうな顔をして近づくアンジェリカ。
「ねえ…アンジェ」
マリーが呼びかける。
「どうしたんだい?ローズ?」
アンジェリカが優しい笑顔で聞き返す。
「今日はずっと他人行儀だけれど…私をいつもの二人だけの時の呼び方で呼んでくれないかしら?」
その言葉にアンジェリカは一時停止する。
「……ああ、ロージー…だろ?どうしたんだい?こんな時に」
優しい笑顔のままでアンジェリカが答える。まるで笑顔が凍り付いているようだ…

「ねえ、アンジェ…覚えてる?私達の子供の事」
「ああ、この調査が終わったら二人で子供を作ることだね。それが?」
マリーの質問に事も無げに答えるアンジェリカ。
「…そう、その子供の名前をあなたが考えて昨日教えてくれたわよね?なんて言う名前だったかしら?」
「……」
答えに詰まるアンジェリカ。
「あ、あはは…ど忘れしちゃったみたいだ。ミントだったかな?それともバジル?」
「正解は……『そんな事は言ってない』よ?ミミズさん…」
「…」

一瞬で空気が変わる。
「ふむ、君のことを甘く見すぎていたようだ…いつから気づいていた?」
「確信を持ったのはチャイブがくれた琥珀から…貴方のお仲間がチャイブを襲おうとする姿が記録されていたわ…ただ、朝からアンジェリカの様子がおかしいというのは気づいてたけど」
「なるほど、こちらに手抜かりがあった上に君が持つ、雌の勘?というやつだね…これからは留意しよう」
顎を撫ぜながら軽くそう言うアンゼリカの姿をしたモノ。
「これからなんかあるのかしらね?」
「君にはないね」
ソレは一瞬でマリーに近づくと、その細い肩をガシリとつかむ!

ぐちゃり

口や鼻、耳などから琥珀の映像で見たソレがアンジェリカの美しかった顔の穴から一斉に湧き出てくる。
これがあの太い木の根を齧り、哀れな調査隊員達を犠牲にしたであろうワーム…
「!?…うっげっぁ…」
あまりのおぞましさに胃の中の物を吐き戻したマリー。ソレは彼女の反応を意に介さず鋭いノコギリ歯の並んだ口を開いて小さく不快な威嚇音を立てながら襲い掛かった。

バチッ!!
「ギャッ!?」
いきなり衝撃を受けたアンジェリカだったモノはマリーの肩を離して飛び退る。
マリーの手に黒い板状の何かが握られているのが目に入った。
「…貴方達みたいなのでも…こういうのは効くでしょ…?」
殆どが胃液の吐瀉物で汚れた口元を左手で拭いながら、マリーは右手に持ったスタンガンを構える。
「…見たことない武器だ。地球製の武器かな?エリスタリアのエルフがそんなのどこで手に入れたんだい?」
「前に地球人のパートナーが出来た知り合いから餞別にもらったのよ…」
マリーは今はラ・ムールで娼館をやっているというダークエルフの友人と元軍人だという気のよさそうな男の顔を思い出し、今の自分の状況と比べて悲しくなった。
(私も無理せず彼女と一緒に国外へ逃げていれば…)
今そう考えてもしかたがないことではあるが後悔してもしきれない。

「頑張るね。しかし」
その時、ソレの後ろの藪をかき分ける音がし、二人のワイルドエルフだったモノが身を現せた。

「君がこれから中身は『食料』、皮は我らの『服』になることは決定事項なんだ」
ワイルドエルフの二人がマリーへ近づいてくる。
ぐちゃり、ぐちょりと音がする…そして、琥珀の映像で見た通りの姿がそこにあった。
そこには、顔の穴どころか股間やへそ、爪の先など体中の穴の開いている所や皮膚の薄い部分などからワームが大量に湧いて出てこちらを威嚇している。

「さあ、我らと一つになろうか?」
ニコニコと笑いながらそう言うアンジェリカだったモノ。
マリーはこっそりと左手をバッグに手を入れて後退る。
…ジリジリと間が詰まっていく。

バシャ!バシャ!

マリーへ近づく三体のワーム群に幾つかの缶に入った液体が盛大に浴びせられる。
「ガァッ!?」
「ローズマリーさん!こっちです!」
ローズマリーの手が後ろから引っ張られる。チャイブだ。
その小さな身体は擦り傷や切り傷だらけで血が滲んでいる。

「…こんな事で逃がすわけ無いだろ」「綺麗な服にしてやるよ!」
マジョラムとベイリーフを食らった二体のワーム群がこちらへ迫る。
「止せ!この液体は…」
アンジェリカを着たワーム群が止めるが…

チャイブがすかさず二体に対して火口を投げる。
「ぐぎゃああああああああああああああ!!!!!」「あああああああああうううああああああーーー!」
小さな火口の火で一瞬で火に包まれる二体!
「やはり揮発油か…」
一体だけ火の届かない所へ離れ、火達磨になった同胞達を見るアンジェリカを着たワーム。

火達磨になって転げまわる二体は酸鼻極まる状態だ。
火の回ったエルフの体から逃げようと穴という穴から一気に出ようとして詰まり、出られなくなって焼け死ぬ者達、体を食い破って這い出たはいいが熱とそこらに撒かれた揮発油のせいで縮れたように焼け焦げていく者達。
エルフの美しかった肢体から長く禍々しい虫達がのたうちながらはい出て火と熱で縮れ、焼け焦げ死んでいく…

チャイブとマリーはその隙にどこかへ逃亡したようだ。しかし…
「やってくれたね…でも、逃げられはしないよ」


9.ending…?


森の中を二人のエルフがひた走る。
「ロ、ローズマリーさんが、ぶ、無事で良かった。本当に…」
走りながらチャイブがそう話しかける。
彼女は追われた時に攻撃を受けたからか、あちこちに怪我をしているが疲労の色は薄いようだ。
逆に
「…ええ、私だけだけどね」
怪我は少なくてもマリーの疲労の色は濃い…
元々デスクワークが多いこともあるが、アンゼリカを永遠に喪った事が彼女の精神を蝕み疲労を高めている。

「た、焚きつけ用に買ったち、地球製の揮発油が役に立ちました。ああ、あの人達、精霊さんが怖がって攻撃してくれないし、き、切れ味を良くするルーンの彫られたナイフの刃も通らないしで…」
「……そう」
言葉少なにマリーが返事をする。呼吸が荒い。
「も、もう少しで国境警備隊の詰所です。に、逃げまわってて連絡はできなかったけど、そそこまでいけば、あ、安全のはずです……頑張りましょう!」
チャイブはマリーを励ましながらできるだけ支えるように肩を貸しながら歩を進める。
二人は進み続け、岩の積み上がった段差にたどり着いた。

「あ、あたしが先に登ってローズマリーさんを引っ張りますね!」
チャイブはそう言うと岩をよじ登ってマリーに手を差し出した。
マリーはその手を取る。

ゾブリ

と、嫌な音が足元で聞こえる。
「あ、あ、ああああああああああぁあぁぁぁああああーーーー!」
「ロ、ローズマリーさん!!」
マリーの足からあのワームが生えていた。
いや、正確に言うならば地面から出てきた数匹のワームがマリーの足を食い破ったが正しいのだろう。
「ぐぅぅぅうう~~~!は、早く上げて!」
「は、は、はい!」
チャイブは全力でマリーを岩の上に引っ張りあげた。

勢いのつきすぎたせいで岩の上に転がる二人。
しかし、ありがたい事にワーム達は岩の上までは移動できないらしく、二人はすぐに足の止血をすることが出来た。
「ロ、ローズマリーさん…あ、あたしが肩を貸しますからなんとか二人で詰所まで行きましょう」
おろおろしながらそう言うチャイブ。
だが、マリーは静かに答える。
「いいえ、私はこれまでよ…チャイブ、私はここに残るわ。貴方だけ先に行きなさい」
「で、でも!」
「大丈夫、そう簡単に死ぬつもりは無いから…さ、早く行って警備隊にこの事を伝えるの。
そうしないと私達だけでなく他の兄弟姉妹たちも危険にさらされるわ…」
チャイブはなおも食い下がろうとするが、強い意志を感じさせる言葉と真剣な目で見つめられ渋々この場を離れることを了承した。
「こ、ここれを持っていて下さい……絶対に、絶対に助けを呼んで帰って来ますから!!」
揮発油の缶をマリーに一つ渡し、そう言って走り去ったチャイブを笑顔で見送った直後、それは現れた。

「感動のシーンといった方がいいのかな?」
それは振り向きざまにマリーが付き出したスタンガンを弾き飛ばした。
「貴方達でも感動することがあるのね」
バックを腹の辺りに構えて身を守るようにしながら、それに皮肉をいうマリー。
アンジェリカを着たワームだ。
「生き物だからね。だから感動もするし、仲間の死に復讐を誓うこともできる」
「同感だわ」
エルフの体を纏ったワーム達はたやすく岩場を登ってくる。
「さて、君には少し苦しんで服になってもらおう」
「…それは他のみんなとどう違うの?」
「少し痛いのさ…すこぅしね」
ワームはゆっくりと座り込むローズマリーに近づいて、その肩に手を置き指を食い込ませる。
「っ…貴方達が何かやっと分かったわ」
「へえ?」
「昔、世界樹の琥珀アーカイブで見た昔話に書いてあったわ…
地下深くに潜み、隙を見て人の姿に化けて地上を乗っ取ろうとする崑央(クン・ヤン)人…それが貴方達ね」
その言葉にアンゼリカの顔をぐにゃりと歪めてクスクスと笑うワーム。
「それは半分は正解で半分は正しくないな。
我らは地上を返してもらうだけだよ。それに崑央人や根住みなんてのは、ある地域での地下に住まう者の単なる総称や俗称で我らの種族を真に表す言葉ではないな」
「…じゃあ、貴方達は一体何者なの?」
ワームはその問いには答えず、口から無数のワームを湧き出させながら
「さあ、始めるよ?」
ジリジリとマリーを侵食し始めた。
ワームの小さな(しかし鋭い歯の付いた)口がマリーの顔を貪る。
「ぐぅぅぅぅううううう…」
「たっぷり悲鳴を聞かせてくれよ」
余裕のセリフを吐くワーム。
「…ね。アン…」
「?」
何をつぶやいているのかを聞き取ろうと顔を寄せる。

「…ごめんねアンジェ…最後にこんなことしかしてあげられなくて…」
いきなりマリーが最後の力を振り絞り、服にされたアンジェリカの足を払って一緒に岩の上に倒れる。
「ガアッ!?何を…」
シャリンと横にピンのような何かが落ちるのが見えた。
マリーがしっかりと逃さぬようにアンジェリカの体を抱きしめる。
体の間に挟まっているバッグに何か金属質のモノが幾つか入っていることに気づくワーム。
「おまえ…」
「愛しているわアンジェ…永遠に」
血だらけのマリーがワームの湧くアンジェリカの唇にキスをする。そして…


10.ENDROLL


…遠くで地鳴りが聞こえた気がする。
チャイブは猛烈に襲ってきた疲労感を振り払うため頭を振り、先を急ぐ。
もう少し、もう少しで詰所が見えるはずだ。

先に森の切れ目が見えて、足を早めたチャイブはついに死臭に満ちた森を抜ける。
そこには…

「おやおや、どうしたのかね?」
警備兵らしい斧槍を担いだ樹人と、二本の短剣をベルトに挿したホビットが怪訝な顔をして詰所の高い壁と頑丈そうな門の前で彼女を迎える。
「た、助けて…ロ、ローズマリーさんが人食いワームに襲われているの!」
チャイブは必死に事情を話して、二人へローズマリーを助けてくれるように懇願する。
「…話は要領を得ないが、とりあえず怪我人がいて助けて欲しいんだね?」
優しくそう聞く樹人にこくこくと頷くチャイブ。
「安心おしお嬢ちゃん。おい、人手が要りそうだ。中の奴らを呼んできてくれよ」
年かさらしい樹人が怪我と疲労で倒れそうなチャイブの肩を優しく抱きとめて、ホビットの同僚へ他の者を呼ぶように指示する。
「はは、了解です!…しかし、さっき王都から大量の補給が来てみんなお祭り騒ぎだったからシャンとしてるのが残ってりゃいいんですがね…」
ホビットの警備兵は門に手を掛け、開門するための鍵となる定まったルーンをなぞる。

三人は知らなかった。
王都から来た補給隊の様子が少しおかしかった事を…そして、それらを迎え入れた詰所の中がどうなっていたか、ということを……知らなかったのだ。



蛇足
内容大したこと無いのに予想以上に長くなりました…
最後まで呼んでくれた方はお付き合いありがとうございます。

雰囲気があまりにも違ったのでロダの方にカットしたおまけの一章を上げています。
ある意味、さらなる絶望が味わえるのではないかと…
ファイル名【長くのたうつ者おまけ.txt】


  • 洋画を見ているような感覚になる話運びが面白いです。ワーム大放出からの勢いはこわいすごいものを感じました。オチが新たなはじまりなだけに完全決着を期待するところ -- (名無しさん) 2014-10-26 16:54:45
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最終更新:2013年03月30日 13:09