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【エリスタリアへ】

 マルロクマルマル
異世界にやってきてからは作戦上の時刻合わせのためだけに動くクォーツの針を読み上げる。
周囲に人影はない。
が、周囲にはいくつかのこんもり盛り上がった雪こぶがある。
 喉は冷気で縛られ、口を開ければ凍気が肺を犯す…
 周囲の隊員が寝てるかどうかも確かめる事すら叶わない。
動けない。
数メートル先の雪こぶまで進み、埋もれた体を揺さぶるだけで良いのに。
動けない。
 分速凡そ1メートルあるかないか。 包囲を狭めるだけというのにこの念の入用…
真に獣の本能には恐れ入る。
 一つ二つ… また増えたか。 接近されるよりも数が増す方が厄介だ。
冬将軍。
今の私達には冬総帥と頷かせる極冬の厳波。
 どうしてこうなったというのは、異世界を侮りすぎたと結論は出ている。
 今考えなければならないのはどうやって、どうやって生き延びるかだ。

── 四日前・イギリス某所
「、という事である。 方々への認可は完璧、装備も揃った。“向こう”でのガイドも手配済みである。」
「だからと言って異世界で訓練ですか? いくら何でも情報が少なすぎるのでは?」
突拍子も無い隊長の提案が一ヶ月前で、誰もがほらか何かかと歯牙にもかけなかったのがいけなかった。
気が付けばこの様に全ての準備は整い、後は選択肢の中の“Yes”“了解”“分りました”のどれを選ぶかだけになっている。

 物好きが高じて陸自に入ったのが高校卒業。
 土木作業と訓練に明け暮れ、取れるだけの免許を取った所で自分の中の何かが冷めた。
 特に上の階級がどうとか思っていなかったからだろうか。
 正直に気持ちを説明して脱隊した後はガイドブックと現地体当たりでの海外渡航。
 狙って治安や統治のなっていない地域を選んだからか、行動はし易かった。
 空港や人ごみでも日本人だと認識されなくなった頃、所属していた傭兵部隊が中東で大規模な戦闘に巻き込まれた。
 そこで紆余曲折あり、戦闘を無事脱した後に戦地を共にした英国外人部隊に(強引に)入隊した(させられた)。

 …戦場で役に立つかはさておき、人は良いのだが隊長は。
 どうも如何せんピーターパン何とかで夢見がちな部分があるのが困りものだ。
仕方無い。
疑問は多々あれ、皆一様に異世界への興味と期待で心を誤魔化しながら書類にサインをしていく。
「処で隊長、異世界には銃火器の類は持ち込めないのでは?」
「持って行く訳が無かろうー?」
「“訓練”ですよね?」
「あぁ、紛う事無き“訓練”である。 君の国の言葉で言えばハッコーダサーンというものである。」
嫌な予感だけが心に充満した。

── 三日前・渡界局
一団、大仰な荷物を担ぎストーンヘンジにある渡界局にて審査、確認。
隊長のみが異世界を体験しているので、通された石遺跡に満ち満ちている七色の霧には自分含め隊員全員が感嘆の声をあげた。
隊長の先導の下、霧の中への分け入り進む。 舌を撫でる空気が少し変わったように思えた。
「ようこそエリスタリアへ!」「ようこそ!」「歓迎します!」
突如眩い緑光と共に明るい声と小さな体の子供、子供?が周囲に押し寄せてきた。
南国旅行でかけられる花輪とはまた違った色とりどりで甘い匂いの花輪。
しかしこの子供達、耳が丸い。
「どうだ凄いだろう! 私達が通ってきたあの霧を吸う事で、こうして“人ならざる人”とも自然に会話ができるのだ!」
確かに人間ではないのは理解できた。
丸耳の後に飲み物らしきモノを盆に載せてやってきた蔦と枝の人のような何かと歓談し、ぐいっと飲み干す隊長を見ればだ。

背の低いこれまた緑葉で頭一面覆われた屈強な幹の人が、いそいそと担いでいる荷物を肩代わりしようとリュックを下から押し上げたが、
「すみません、これは手放せないものでして。 気持ちだけ受け取っておきます、ありがとう。」
と言うと、一回頭をもさりと上下し離れていった。
 っと、そこ!荷物を渡すんじゃぁない!
既に何人かの隊員が荷物を預けて葉っぱ人と丸耳人と会話を楽しんでいる。
「隊長、これは訓練ですか?旅行か何かですか?」
「はっはっはー。 まぁカタいことを言うない。何も異世界まで来てワーカホリックしなくても良いだろう?うん?」
「はぁ、まぁ隊長自らが率先して楽しんでおられるのであれば私からは何も言いませんが。」
「んっんー、君も言う様になったじゃないか!結構結構。」
建物を出て後方を見やる。
ゲートを越えて訪れた天井の高い屋内は、その身に緑豊かな枝を幾本も湛える頂上が見えない程の大樹だった。
「“世界樹”はもっと大きくて大きいよ!」
大樹を見上げる耳元でそう囁いたのは、身の丈30センチくらいの羽を生やした青水晶の瞳を持つ小人。
小人がひらひらと飛び去った先で、隊長が声を張り上げ召集をかける。
「ではこれより訓練の場へ向かう。 各々今の内にエリスタリアを楽しんでおく様に!」
胸を張る隊長の背後にイオン混じりの香りと共に急停止したのは、市バス程の体躯を持つ青々とした馬。
足が…4、5、…6対?! まるで昆虫の様に筋骨隆々な脚を生やす巨馬の表皮は見慣れた緑と黒のスプライト。
言われるままに荷物と共に巨馬の牽くいかつい南瓜の客車に乗り込み出発。

 総勢三十名(内、男性三十名)、ゲートを通過しエリスタリアに到着す
 装備は雑貨道具を中心に厳冬深山戦仕様(ただし銃火器の類はなく、コンバットナイフが一本のみ)にて臨む。

馬車の中で案内役の植物嬢と騒いでいる隊員を背に、窓から徐々に変わっていく景色を眺める。
空気が変わった。 明らかに肌を刺す冷気は ──

 「拒絶の大地」

一言を耳に置き去り、青い小さな光が顔を掠めていった。




大ゲート祭でスポットが当たったエリスタリア冬領で何かできないものかと、鍛えていて丈夫な人間を突撃させてみました。
以降、雪の中での異世界交流が始まります。
  • 警戒心緩い外人部隊で笑った。いきなり飲んでるよね -- (名無しさん) 2012-07-27 23:39:05
  • 地球でのゲートがある場所も軍事施設みたいだったり空港みたいだったり遺跡みたいだったりするんでしょうか -- (とっしー) 2012-07-31 09:31:39
  • 続きものだった。異世界に訪れる目的も多様化するのは当然のことか -- (名無しさん) 2014-01-28 21:08:58
  • リゾート地の空港や港みたいなのもいいな。そこから目的の場所へ向かうポータルなの -- (名無しさん) 2014-10-15 22:54:33
  • 異世界には観光だけではないというのは納得しました。そこから新しい交流も生まれたりするのかも。異世界の雪山は本当に寒そうです -- (名無しさん) 2014-10-26 16:51:07
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最終更新:2012年10月31日 21:11