今ならまだ反撃の余力はある。
奥の手で隠し持っていたホッカイロを握り締め、心を確かに緊張を維持する。
問題があるとすれば“数”。
飛び出したのは自分一人となっては返り討ちが関の山。
しかし、このまま時間が経てば経つ程こちらは体力が削れてゆき、ジリ貧だ。
どうする。
どうする。
── 一日前・山頂を目指して
朝、キャンプをたたみアタックが再開される。
「少し雪がぱらついてきたがどうという事は無い。 さぁ、目指すは山頂だ!」
と、隊長は至って元気なのだが空は青から灰へ、気温は体感できる程にその下がり具合がきつい。
「“冬”が近イ… 引き返した方が良いと思うのだガ」
相変わらずコートから出てこない四肢、片手を空へと伸ばし、その先をじっと見上げていたガイドが隊長を止める。
「ノープロブレム! 厳しい冬であれば毎年どこかしらの地域で体験していし、一年中冬みたいな場所ばかりを転々とした事もあった!」
下見をした上での根拠があるのだろうか、自信満々で胸を張って答える。
半ば強引にガイドの背を押す形で登山は再開された。
隊が登山慣れしているのと、今回は重量物である銃火器類を持っていないのでペースは思いの他早い。
中腹を過ぎると草木もほとんど無くなり雪が山肌の半分以上を覆い、岩場と斜面が続く様になってきた。
周囲に生き物の気配は感じられない。
が、何かにじっと見つめられている感が拭えないのが引っ掛かる。
半日を過ぎ、薄くなった空気と静かに降る雪の中で休憩。
高山より見下ろす
エリスタリアを堪能できた。
「コルトパさんは何処に住んでいるんですか?」
「私は生まれてからずっと冬の国にいル。
何も土地全てが全てこの様な荒れ地ばかりではなイ。住める場所は幾らかあル」
「他の四季領に行った事などは?」
「無いナ。冬の国で境界を守り、侵入者を撃退するのが我ら氏族の役目であり意義だかラ」
「若いのに立派な心がけと言うか何と言うか…」
「若イ?氏族では十を過ぎれば戦士として役目に就く。
それに私は三十@歳ダ」
一の桁が聞き取れなかったが、聞き取れなかったが。うん、まぁそういう事もあるのが異世界なのだろう。
「これは失敬、申し訳無い。 目元に子供らしさが残るのでつい勘違いを」
無言でコルトパ立ち上がる。一歩前進。
袖の中から厳めしいナイフが飛び出すと、腕から背中、そして腕、脚をくぐらせて背中を回って腕。見事な刃舞を披露した。
一同から起こる拍手に少し戸惑い、バツが悪そうに離れた岩陰に座るコルトパ。
灰色の雲間に薄っすらとではあるが山頂が見える。
だが、そこまで行くにはまだまだ時間はかかりそうだ。
吹き付ける風は強く冷たく、積もる雪が脚を隠す。
登山に集中していると、周囲の景色など楽しむ所では無くなる。
ふわっと、鼻先を何かが掠めた様に感じた。
「来るよ」
耳元に置いて行かれた言葉に反応し、前方を見上げると同時にコルトパが振り向き叫んだ。
「“冬”が来たゾ! 身を低くして何かに掴まレ!!」
大蛇、もしくは龍
しかし、“それ”は生き物では無かった。
激しく渦巻き吹雪を撒き散らし、雪雲を従える凍える大気の濁流。
山肌を削る位に低空をうねったかと思えば、そのまま上空へ轟音と共に巻き昇る。
空から完全に青が失せ、灰と黒だけが埋め尽くす。
猛吹雪と化した中で濁流が隊に向かって突進してきた。
「あハハはハハっ」「きャははハハハはッ」「ウフふふフフフフ」
暴れ荒ぶ凍渦の中で、異常病棟に充満する狂った様な底抜けに明るい笑い声を
確かに聞いた。
目を開くと周囲の様相は一変。極点を思わせる程の雪の嵐。
自分と隊長のいる先頭を進んでいた隊が一旦後方を確認しようと振り返った時 ──
「ジーザス… 何てこった!」
後方の二隊との間に、とても飛び越えるも何も無理な亀裂、谷がどこから伸びて何処まで伸びているのか分からない距離抉り形成されていたのだ。
「隊への被害はーっ?」「こちら側は両隊とも無事ですーっ」
「下山は可能かーっ?」「現状では可能ですーっ」
超自然災害に襲われたものの、被害者も出ずに皆無事。奇跡か何かか、それとも遊ばれただけなのか。
一考の後、隊長が指示を出す。
「後方二隊はそのまま下山。こちらは亀裂を回避しつつ他の下山ルートを探す。
急がなくても良い、慎重かつ安全に行動せよ!」
「「了解!」」
妥当である。
後方の隊が出発したのを確認し、こちらも状況分析を進める。
まず亀裂の端が見えない。
頂上付近は、直視することすら憚る豪吹雪。
「コルトパさん、この亀裂を避けるとして、安全なルートはありますか?」
「あル。 しかシ…」
有るのであれば何故そんな難しい顔をするのだろう。
「安全な道には、恐らく“奴ら”が待ち構えているだろウ。
先程の“冬”の襲来は山全体で把握できる規模のものダ。
追い立てられた獲物を狙って“奴ら”が動きだしているに違いなイ」
「“奴ら”とは?」
コルトパが視線をこちらに合わせたまま、指だけを後方の崖の上に向ける。
自分も合わせてそろり視線を上げようとした瞬間、何かがそれを察知したのか、一瞬影が見えるもその姿は失せる。
肉食獣の類か何かか? それであれば隊は十名と一名、下手に広がらなければ対処のし様はある。
「とにかく、今は下手に動けなイ。
守り易い場所を探して朝を待ツ。その後、出来る限り早く下山しよウ」
確かに先程の吹雪で、一同体力も精神力も疲弊している。
早めに休み、今後の対策を考えるのも良策である。
「今までの皆の動きを見てきたガ、襲われ難い危険な道は下りていけなイ。安全な道を案内すル。
運が良ければ“奴ら”の裏をかく事もできル」
「運が良ければ、ですか」
「私の都合の良い願望も込みだがナ」
隊は亀裂が伸び落ちる先の谷をかわし、一旦上へ登り地続きになっている場所を探し、そこから下山するという方向で固まった。
その夜は、半数が警戒にあたる形で二交代して休んだ。
夜の間、“奴ら”との接触は無かったものの、遠くからこちらを伺う気配は徐々に濃くなっていた。
状況は極めて困難になりつつある三話目。
山には魔物が住んでいる。
- 次回いよいよ冬山の魔物の登場ですか、楽しみにしています。 -- (名無しさん) 2012-07-27 06:51:12
- 中々怪物とか登場しないとかエルフの素顔が出ないとかじらしおる -- (名無しさん) 2012-07-27 23:09:08
- 精霊が気候や季節の変化の一端を担っている? 冬はちょっと怖かったですけど中の精霊は単に今は雪を降らせる季節だからという思いだけなんでしょうかね -- (とっしー) 2012-07-31 09:35:18
- 異世界だと気候変動や気象の変化は精霊の活動に由来してる。ので「ちょっとホワイトアウトやっちゃう?」「いいねー!」になれば一寸先でさえなにも見えない吹雪とかが発生する。あの狂ったように愉快そうな雪山の風精霊もきっとただハイテンションで遊んでるだけなんだろうなぁ -- (名無しさん) 2012-07-31 13:17:32
- コルトパの年齢に驚きです。怪物のような冬山の凍える嵐は異世界が楽しいだけだと思っている人間には驚愕でしょうね -- (名無しさん) 2014-10-26 17:30:48
- 異世界の季節は精霊によるところが大きい?人並みの感情がない精霊だと何を思って季節を訪れさせるのか -- (名無しさん) 2014-11-26 18:22:25
最終更新:2013年08月31日 23:36