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【宵闇座の主】

 その昔、とあるところに若くして演芸を極めた一人の役者がおりました。
 その役者は皆に「その者に演じれぬ役無し、できぬ芸無し」と謳われ、飛ぶ鳥落とす勢いで様々な名声を思うがままとしておりました。
 しかし、そんな周りの評価など役者にとってはどうでも良く、役者は根っからの役の虜でした。
 東に新しい演目があると聞けばそこへ足を運んで自分のものとし、西に誰にもできぬ役があると聞けば足を運んで見事に演じてしまう、役者にとっては世間でどれだけ自分の名が知られようとどうでも良いことで、何かを演じている時だけ役者は喜びを感じられていたのです。
 そんなある日、彼の名声を聞きつけたある男が彼の下へとやってきました。
 舞台上がりの支度部屋で鏡台の前に座って化粧を落としながら、役者は男の話を最初は笑って本気にはしませんでした。
 それもそのはず、その男の話とは役者に自分の影武者をしてほしいというもの、役者も最初は彼がふざけているのだと取り合いませんでしたが、彼の真剣な眼差しにやがてそれが本気であるとわかりました。

「どうして私なのでしょう?」

 役者は居住まいを正し、真正面から男に問いました。

「この役はあなたにしかできないからです」

 男は役者にそう言いました。
 男は死に至る不治の病に蝕まれていました。方々手を尽くし、遠き異国の霊薬まで取り寄せましたが、それすら彼を癒すことはできませんでした。
 日々自分を蝕む病と向き合う彼はあまりにも多くのものを背負う立場にありました。しかし、それらを重圧に思うことも苦と思うことはなく、ただそれに満足に応えられない自分の弱さを悔やんでいました。
 彼には多くの子がおり、いずれは彼の跡をその中の誰かが継ぐだろうと彼も思っていましたが、まだそれには早いとも考えていました。
 彼の子供たちはまだ幼く、今もし自分に何かがあれば、その子達は邪な考えを持つ者たちの争いの道具とされると彼は危惧していました。
 しかし、それをなんとかするためには彼の残りの命はあまりにも短く、考えあぐねた彼に役者の話が耳に入り、そこで彼は閃いたのです。

「私の代わりができるのはあなただけだと断言できます。私が死んでも私が死んだと誰も思いもしないほどに、私を演じることができるのはあなたしかいないと私にはわかります」

 男の言葉に役者は最初に彼の話を冗談だと思った自分を恥じた。そして彼の提案を引き受けようと考えた。

「わかりました。その役お引受けいたしましょう」

 役者は実のところ今の境遇に不満を感じていました。
 幼くして演じることこそ自分の天命であると悟った役者は、ありとあらゆる役をすでに演じ尽くしていました。
 もちろん新しい演目や役は次々とは生まれてきます。しかし、そんなものはまたすぐに尽きてしまう。
 演じたいという欲を満たすことのできない日々、そんな折りに役者のもとに訪れた男の提案に役者はある種の運命めいたものを感じつつありました。
そして、なにより男が役者に明かした自分の身元に役者は激しい驚きと、その役を演じることができるということに言いようのない魅力を感じてしまっていました。

 それから役者は劇場で劇を演じることを止め、影武者を引き受けた男に片時も離れず行動を共にする生活を送ることとなりました。
 些細な仕草や口調、咄嗟に出る表情など、とにかくあらゆることを役者は男の影武者を演じるために観察し自分の物としていきました。
 役者がひとつ男の癖や仕草を自分のものとする度に、男はまるで役者に命を吸い取られたかのように命の灯が弱まっていきました。
 それでも男は普段はこれまで通りに振舞い、役者はそんな彼の全てを自分の中に刻みつけるように覚えこませました。
 役者が彼の影武者となると約束し、彼の傍で生活するようになって一年後、男の全てを役者が演じられるようになるのを見届けるようにして男は帰らぬ人となりました。
 男の死は彼が心から信頼する限られた者達によって伏せられ、彼の亡骸は人知れず葬られました。
 そして、男の死によって役者は彼との約束通り影武者として彼を演じることとなりました。
 役者が影武者を演じた男の名は大延国第85代皇帝センガイ
 真実においてセンガイは27という若さで病に倒れ亡くなったが、大延国皇帝史においてセンガイは48で亡くなったとされている。

 センガイ亡き後21年に渡って役者は亡き皇帝になり変わって大延皇帝という役を演じ続け、親しき者や彼を疎む者まで彼を偽物だと裏がう者はいませんでした。
 役者が大延皇帝の役を引き継いでから21年、センガイが48となったことを祝う宴が宮殿にて催された数日後、役者はこの大延国皇帝の身代わり芝居という大芝居を締めくくることを決心し、その最後を飾るに相応しい渾身の芝居を演じることを決意しました。
 大延国の上流階級に巣食う毒蛇退治と皇帝の死という筋立ての大芝居を

 かつて本物のセンガイが危惧した自分の死を望み彼の子達を政争の道具としようとする者を、役者はこの一世一代の劇の登場人物に仕立て上げたのです。
 劇は役者の描いた筋立てどおりに進み、次の皇帝選議を見越して権謀術策を巡らしていた宮廷貴族や官吏達は次々とその馬脚を現し、醜く滑稽に道化を演じ、そして舞台から引き摺り下ろされていきました。
 そして終幕、役者が最後の敵役として対峙したのは、センガイの異母兄弟であり、かつて皇帝選議でわずかにセンガイに及ばず皇帝となることができず現在は将軍職を預かるシュカク。
 皇帝となることを諦めきれず、その思いは長い年月を経てセンガイへの憎悪とその子らへの歪んだ感情となっていたシュカクは、貴族や官吏を時に焚きつけ時に取り込み自らの手足とし、大延国をその裏から我が物しようとしていた。
 しかし、その手足となっていた貴族や官吏を役者の描いた筋立てによって次々と失い、自らの立場も危うくなったシュカクは、その歪んだ本性を露にして役者の前にその姿を現した。
 すべては役者が描いた筋立て通り、憎悪を剥き出しにしたシュカクの前に現れた役者は、そんなシュカクをあざ笑うかのように表情を面で覆い隠していました。
 静まり返った離宮で最後の芝居の幕が上がり対峙する二人、武芸に優れ、それを精霊達に認められながらも僅かにセンガイに及ばず皇帝となれなかったシュカク、将軍職に就いてからも武を磨き続けてきた彼とセンガイを演じる役者の力量の差は明らか。
 切り結ぶたびにセンガイの纏う衣服は深く切り裂かれ赤い血が滲み噴き出す。
 幾度か目のシュカクの剣戟によってセンガイの顔を覆っていた面が乾いた音を立てて縦に断ち割れ地面に落ち、その瞬間、これまでの憎悪を晴らすことができるという愉悦から暗い笑みを浮かべていたシュカクの顔に、驚きと戸惑いの表情が浮かびました。
 面が割れ、露となったその顔はシュカクの知るセンガイの顔ではありませんでした。
 その身のこなし、剣戟を交えながらも交わした言葉、それらは紛れもなくシュカクの知るセンガイそのものだったはず。
 しかし、仮面が割れ露となった目の前の男の顔は誰でもない誰かの顔、それが瞬く間に自分がこれまで手足としてきた貴族や官吏の顔へと移り変わっていく。
 まるで仙人の変化のように顔が変わり、そして口を動かせばその声色や語り口は本人そのもの
 想像だにしていなかったことに戸惑い、そしてその変化に魅入られたシュカクが最後に見たのは自分の顔。
 そして、その瞬間、シュカクの胸に役者の剣が突き立てられたのでした。

 それから数日後、センガイの崩御が国中に布告され、大延国皇帝センガイの葬儀は国を挙げて幾日も盛大に行われ、自らの命と引き換えに延国支配層に蔓延した腐敗を正した皇帝の死を大延国中が心より惜しんだ。
 また、これは余談ではあるが皇帝センガイを演じきった後の役者の消息はようとして知れない。


 そして、時は流れ場所は移りここは一度死した者達が死神モルテの力によって屍者として宵闇の中で蘇り、屍姫サミュラの統治される国スラヴィア
 屍姫サミュラによって直接生み出された最古の貴族に序せられる万華卿コリオリの所領に建つ大劇場「宵闇座」
様々な国の様式を匠に取り入れた、劇場そのものだけでも精巧な芸術品のようなこの劇場で演じられる演目は古今東西の様々な芝居、この場所で観られぬ演目はないと言われるほど。
 スラヴィアに夜の帳が下りて辺りが闇に沈むと、劇場には煌びやかな精霊の明かりが灯り、今宵も開幕を知らせるベルが鳴り響く。
 劇場内の照明の光量がゆっくりと下げられ、代わりにまだ幕の下りた舞台中央に三方から照明が照らされ人影が浮かび上がる。

「今宵この宵闇座へお越しの皆様、ようこそいらっしゃいました」

 道化師を連想させるモノトーンの衣装に白磁を思わせる質感のオペラマスクに似た仮面を身に付けたこの劇場の水先案内人的キャラクター、ダレン・デモネイが中性的で平板な声で客席へと語りかける。

「今宵演じられる演目は名は偽王、どうぞ最後までお楽しみくださいませ」

 ダレンがそう言って客席に向かって会釈すると、舞台中央へと注がれていた照明が消え、それと同時に舞台に下されていた幕が上がっていく。

 演じるのはこの劇場の主にして唯一の役者、されど演じ分けるはまさに千差万別千変万化。
 たった一人の役者の芝居とは思えない鮮やかな掛け合いと早変わり。
 今宵演じられるのは売れない役者が病を患った王の影武者となり、やがて王宮に巣食う腐敗を命がけで暴き国を救うという筋立てのお芝居。
 役者の動きに連動してクルクルと場面を変化させる舞台装置に色鮮やかに色を変化させる照明、そして効果的に演奏される様々な楽曲が物語を盛り上げていく。
 まさにこの世界のあらゆる演劇の粋を集めたかのような華麗にして重厚な芝居が繰り広げられ、観客を虜にする。
 劇は終幕を迎え、割れんばかりの観客の拍手と共に幕が下り劇が終わりを迎える。


「私、観劇なんて初めてだったけどすごく感動しちゃった!また観に来ようねアデーレ!」

観劇を終えて興奮冷めあらぬといった様子で長身エルフのスラヴィア貴族の腕にしがみつくように腕を絡ませる、まだあどけなさを残した地球出身のスラヴィア貴族成りたて半人前の小柄な少女。

「ユイがこんなに喜んでくれるなんて私も嬉しいわ。連れて来ていただいたレシエ様に感謝ね」

 ユイと呼ばれた少女のはしゃぎぶりにアデーレと呼ばれたエルフのスラヴィア貴族は微笑む。

「たまたま時間が出来てどうかと誘っただけだから気にしなくていいわよ」

 そう言ったのは二人の少し前を赤銅色のリビングメイルを伴って歩くユイよりさらに小柄な体格のドワーフ少女。
 アデーレにレシエ様と呼ばれたこの少女はこの劇場の主と同じくスラヴィアにおいて最も古く強大な力を持つ貴族に序せられ「傀儡侯女」の名を持つ大貴族であり、アデーレにとっては剣の師であり屍人になって間もない頃に後見人となって以来の親しい交流を持つ人物でもある。

「今日の演目はまぁまぁだったかしらね・・・先月の屍姫美譚ほどじゃなかったけれど」
「レシエ様はほぼ毎日通われたそうですね、それほど素晴らしかったのですか?」

 屍姫サミュラを信奉する者がほとんどであるスラヴィアの屍者の中でも熱狂的と言って良いほどにサミュラを敬愛しているレシエが先月まで上演されていた屍姫サミュラを題材とした劇を大変気に入り、上映期間中ほぼ毎日通っていたというのはアデーレの耳にも届いていた。
 どうしても予定を変えられない公務と重なり観劇を諦めざるを得ない日などは、終日イライラと落ち着きがなく、上演が始まる時間にそのピークに達し、上演が終わる時間にはまるでこの世の終わりかのような表情となり、その後は自室に引き籠って枕に顔を埋めて泣き続け枕が涙でズシリと重くなるほど酷い有様だったと後にレシエの従者で、今彼女の傍らを歩く赤銅色のリビングメイルであるセバスからアデーレは個人的に聞き及んでいた。

「素晴らしいってもんじゃないわ!あれこそこの世の至宝!あれこそ芸術の極致!上演期間が今では一瞬の出来事のよう・・・コホン、演じてるのがアレだと思いさえしなければとかいろいろ不満と思えるところはあるけれど・・・」

 思わず声が大きくなった自分のテンションの高さに気がついたのか、小さく咳ばらいをしてあまりにも自分の評価がプラスに偏りすぎていると思ったのかアデーレの手前バランスを取ろうと辛口な言葉を無理に探そうとして口ごもるレシエ。

「表現者としてのあの方は本当に尊敬に値すると私は思いますが・・・」
「役者としては私も認めてるけど・・・アレの趣味が悪いのは貴女だって知ってるでしょ?」
「ハハハ・・・」

 レシエの言葉にアデーレは曖昧な表情を浮かべて若干乾いた笑いが口から漏れる。

「それにしてもまだ入り口のほうは混んでるわね・・・もう少しここで人が減るまで待ったほうが良さそうね」

 レシエは未だ多くの観劇終わりの者達で混雑する階下のホールに視線を向けて言うと、傍らにまるでレシエの影がそのまま立ち上がったかのように佇む赤銅色のリビングメイルに命令する。

「セバス、私たちはここで人混みが捌けるまで休んでいるから、馬車を持って来て頂戴」
<かしこまりました>

 赤銅色のリビングメイルは軽く一礼をすると未だ人混みの続く階下のホールへと降りていく。


「レシエちゃん、おひさしぶり~♪」

 その声が聞こえたのはセバスが階下のホールに消えて数分経ったかという頃合い。

「レシエ様何かおっしゃいましたか?」
「え?私何にも言ってないわよ?」

そうレシエは観客に配られたパンフレットに目を通しながら答えたが、アレーデが耳にしたのは間違いなくレシエの声だったではないかという疑問が浮かんだ次の瞬間、階下のホールの入り口付近から三人のいる場所へと飛来する影がアデーレの視界に映り込む。

「先月は呆れるくらい来てたのに演目が変わったらまったく来てくれないから寂しかったわ♪」

 その人影は階下の入り口近くから飛び込んできたにも関わらず、まるで慣性の法則を無視するかのようにフワリとその勢いを殺すとレシエの声でそう言いながらレシエの首に両腕を絡めるようにして彼女に抱きつく。

「・・・ッ!?」

 いきなり自身に抱きついてきた者の姿を確認してレシエは一瞬ギョッとし、しかし次の瞬間には眉間に深い皺が寄る
レシエに抱きついた人影、それはもう一人のレシエだった、体格も顔立ちも髪型も、そして身につけている服も全て何から何まで瓜二つ。

「え・・・・レシエ様って双子だったんですか?」
「んなわけないでしょ!」

 その光景にポカンとするユイの発した言葉にレシエはものすごい反射速度で言葉を返す。

「コリオリ様お久しぶりです」

 ユイの横に立つアデーレは良く理解しているらしく、落ち着いた口調でこの劇場の主の名前をレシエに抱きつくもう一人のレシエに向けて投げかける。

「アデーレちゃん、本当にお久しぶり♪今回の演目は楽しんでいただけたかしら?そして、そちらのかわいいお嬢さんは新入りさん?」

 なおもレシエに抱きつき引きはがそうともがく彼女をまったく意に介せずといった様子で彼女はアデーレに言葉を返す。

「はい、大変素晴らしい作品で私も恋人のユイもまた来たいと先ほど話していたところです」

 そう言ってアデーレは傍らに立つユイをソッと優しく自分のほうに抱き寄せる。

「そう、気にいってもらえて嬉しいわ。そしてアデーレちゃんが恋人をねぇ・・・新しい演目の題材にできるかもしれないから今度お話聞かせてちょうだい♪」
「え、あ、はい・・・都合が合えば・・・・」

 予想外の反応だったらしくアデーレの表情が少々強張る。

「コリオリ・・・万華卿コリオリ・・・・え!?さっきの劇の人!?」

 ここにきてようやくユイの中でバラバラだった情報が一つにまとまり、思わずユイの口から驚きの声が出る。
 先ほどまで彼女が夢中で観ていた劇をたった一人で全て演じた役者であり、この劇場の主、それがこの嫌がるレシエに無理やり抱きつくもう一人のレシエだと言うのだ。

「はじめましてユイさん、私の劇を気に入ってくれたようでとても嬉しいわ♪また今度ゆっくりお話したいなって思うんだけれど、また日を改めてお茶に誘ってもいいかしら?」

 レシエの姿をしたコリオリは柔和な笑顔を浮かべてそれに答える。

「あ、はい!私もコリオリさんとお話がしたいです!」

 ユイもコリオリの申し出に笑顔で答える。
 その間も「いい加減に離れなさい!離れないとその体引きちぎってもいいのよ!」などと本物のレシエが語気を強めた口調でなんとか引き離そうともがいているが、ガッチリと彼女の首に回った腕はほどける気配もなくコリオリの体はかなり激しく左右に振れていたりするのだが、そのことについてはコリオリもユイもあまり気にならないようだった。

「レシエ様のお姿で出てこられたので驚きました」
「そう♪この姿は今日のお客様のお見送り用♪」
「何勝手に私の姿になってんのよ!悪趣味だからやめろって何度言ったらわかるの!?いくら寛大な私でも次やったら許さないわよ!」

 ようやく自分の体に抱きついたもう一人の自分の体を引きはがしたレシエが叫ぶ。
 その光景を見ながらユイとアデーレは二人揃って「あ、今回は許してあげるんだ」と思ったりする。

「キャーこわ~い♪」

 欠片の反省も自重する気もないとわかる軽い口調でレシエの姿をしたコリオリがわざとらしく媚を売るような仕草でイヤイヤをする。

「だから、その姿でそれはやめろって言ってんでしょーが!」
「え?じゃあ今度はサミュラ様で抱きついてあげましょうか?レシエちゃんにだけ特別にキスのサービス付きで!」
「・・・サミュラ様の姿で・・・・キス・・・」

 その瞬間レシエの動きが止まり、それとは別におかしなスイッチの入ったレシエの脳内ではすさまじい勢いで妄想が膨れ上がり、そして・・・

パタタ・・・・

 劇場の床に敷かれた絨毯に赤い滴が数滴垂れ落ち赤黒い染みを作る。

「レシエ様!鼻から血が!」
「ハッ!?」

 我に返ったレシエはアデーレが咄嗟の機転で取り出したハンカチーフで鼻を押さえる。

「相変わらずレシエちゃんはわかりやすくて面白いわね♪」
「あんた本気でぶっ壊すわよ!?」

 アデーレのハンカチで鼻を押さえながらこめかみに青筋を浮かべながらレシエはコリオリを睨みつける。

「イヤン♪今日はこれで機嫌直して♪」

 そう言うとレシエの姿をしたコリオリは素早くレシエの頬にキスをする。

「・・・・何してくれんのよ!?」

 一瞬の間のあとで鬼の形相と化したレシエが堅く握った拳を自分と同じ顔めがけて叩き込む。

「残念♪ハズレー♪」

 それをヒョイとかわしてレシエの姿をしたコリオリは彼女の間合いから飛び退るとそのまま劇場の外へと流れるの人混みの中に飛び込んでいく。

「待ちなさい!この変態幽霊!」

 それを追って今度はレシエが流れの中に突っ込んでいく。

「・・・なんだか面白い人だね」
「今日は器がレシエ様だからでしょうね。前にお会いした時はもっと落ち着いていらっしゃったんだけど・・・」
「器?」
「えぇ、コリオリ様は本来実体を持たない御方なの。だけどああして人前に出て来られる時は器に自分を納めるの、そうした時は器の容姿にいろいろ引っ張られてしまうみたい」
「へぇ~~~・・・・」

 アデーレの説明にユイは関心と驚きの混ざった声を漏らす。実体をもたない霊体のスラヴィア貴族に会ったのはこれが初めてのことだったからだ。

「あ!ユイさん!?今度あなたの体を採寸させてもらっていいかしら!」

 出口へと向かう人の流れの中からポーンと飛び出したレシエの姿をしたコリオリがユイに向かって言う。

「・・・え?」
「黙れ変態!」

 そこをまるでモグラ叩きのように一瞬遅れて人の流れの中から飛びあがったレシエがコリオリの顔面に拳を叩き込もうとするが、それを紙一重で交わしてまた人ごみの中に消える。

「アデーレちゃんのお話を聞きに行く時にでもお願いね~♪」

 今度は人ごみの中から声が聞こえ、その後はアハハウフフというレシエの声色のコリオリの声と怒声交じりのレシエ本人の声が二人から遠ざかっていく。

「アデーレ?さっきの採寸ってどういうこと?」

 しばらくしてレシエとコリオリ二人の声が完全に聞こえなくなってから、ユイがアデーレに先ほどのコリオリの言葉はどういう意味なのかと訊いてくる。

「そうね・・・なんていえばいいのかしら・・・あの方の困ったところというか・・・まるで服を仕立てるように気になった相手の姿を寸分たがわず再現した体を作って、その中に入って本人そっくりに振舞うのが趣味みたいなものなのよ」

 アデーレは幾分言葉を選びながらユイに説明する。

「もしかしてアデーレも?」
「えぇ、最初にレシエ様に連れて来ていただいた時に。私は直に見たことないけれどきっと私とソックリの器もお持ちのはずよ」
「へぇ・・・そうなんだ・・・」

 なぜかその瞬間、ザワリとユイの周りの空気が揺らいだような気がしたが、アデーレはあえて気がつかなかったように振舞った。
 最近自分がこの手の空気に敏感になってきたことにアデーレは内心苦笑いする。

「だけど、肝心な時に役に立たないのよね・・・」

 心の中だけの言葉だったはずが後半はポロリと口に出てしまう。

「え?役に立たないってアデーレ何のこと?」

 本当に小さなつぶやき程度だった言葉のはずがユイは聞き逃さなかったらしく、そのクリクリとした瞳でアデーレの顔を興味深く覗き込んでくる。

「え!?な、なんでもないの、なんでもないのよ?」
「ホント~~~~~に?」

 小首を傾げて真っすぐにアデーレに問い返してくるユイ、その仕草は小動物のような可愛らしさに満ちているのに、なぜかアデーレの中で急速に危険を知らせる鐘が鳴り響きはじめる。
 無邪気そのものというようなユイの瞳の奥に、すべてを見透かす底知れない深淵がこちらを覗いているように思えて、アデーレのはるか昔に止まったはずの心臓が早鐘のように脈打つ錯覚と、背筋を冷たい汗が流れ落ちる感覚が急速に広がっていく。

 結局その後地の利に長けたコリオリにさんざん翻弄された揚句逃げられたことで脱力気味のレシエが二人のところに戻ってくるまでユイの無言の追及は途切れることなく続き
セバスが入口まで移動させてきたレシエの馬車に乗った後も初めての観劇で高揚したテンションと帰宅した後のことを考えていつも以上にニコニコしているユイと、その横で妙に静かになっているアデーレと、疲れ果ててそうしたことに気が付けずにボーッとしているレシエを乗せてセバスが御者を務める四頭立ての幽霊馬車は帰路についたのだった。

  • 本物になった影武者はいいなぁ 静かに燃える -- (としあき) 2012-09-07 23:55:09
  • スレの中からここまで仕上げて今に繋げるというのは驚きの一言。しっかりキャラも出来上がっている -- (としあき) 2012-09-08 20:03:18
  • 千骸卿=万華卿だったのね。キャラ立ってるしナイスSS! -- (名無しさん) 2013-03-10 23:05:03
  • 役者が皇帝そのものに成り変わりながらも役者としての魂は変わらずながらも皇帝を見事やりとげた。テンプレを越えて広がった部分とスラヴィアにつながるというのが面白い -- (名無しさん) 2014-02-27 23:22:02
  • 演じることが存在理由なら自分は誰であったのかなんて些末なことってなりそう -- (名無しさん) 2014-06-24 22:27:01
  • 皇帝の死と同時に己を消して成り代わる様から今際の切り結びまでが劇のように頭の中に流れていきました。千差万別の他人の人生を演じることがスラヴィアンであり続ける力になっているんだろうなと思わせるコリオリでした -- (名無しさん) 2015-01-04 20:47:20
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最終更新:2015年01月06日 08:06