Lost my way
中野は道に迷っていた。
道に迷う、という言葉には二つの成分がある。
一つ目は、今いる場所がどこか分からないということ。中野は、そういった意味合いで、道に迷っていた。彼は、自分が異世界にいるということはどうにか把握しているが、現在地が
スラヴィアであることすら知らない。
中野は星が好きだった。異世界に来る前の彼は、毎週土曜日には欠かさず自動車を転がし、近場の山頂にある観測スポットに星を見に行っていた。趣味の欄には天体観測と書くし、人口衛星の打ち上げから帰還するまでを描いた映画を見るために、数回劇場に足を運んだりもした。
そんな彼が星に興味をもつようになった切っ掛けは、大学一年生のとき初めての恋人と一緒に、アウトドアの一環として星を見にいったことだ。星を見に行くというのはただの思いつきであったし、初めての彼女と色んな場所で思い出を作るという目的さえ果たせるのならば、水族館だろうと動物園だろうとなんでも良かった。ただ、当時の彼は憧れのマイカーを買ったばかりで金が無く、あるのは自慢の車だけだった。そんな理由で、彼は金のかからない天体観測を企画した。
しかし、都会暮らしで星を見る機会が全くなかった中野が初めて見た星空は、大きな衝撃となって降り注いだ。空にかかる満点の宝石は―――当時の恋人には失礼だが―――隣で佇む女性よりも、綺麗で広大だった。それ以降、彼は天体観測に没頭した。
このような経緯に始まり、今では天体学の学術書すら読み漁るようになった中野は、星空を見れば、自分のいる経度緯度のおおよその位置ならば把握できるほどになっていた。その特技も、異世界では役に立たない。
「異世界舐めてた。北極星テラミンの位置は、変わらないみたいだけど、他はバラバラだ。あ、また星が動いた。これじゃあどうしようもないぞ」
途方にくれながらも、中野は異世界の夜空の星を観察し続ける。幸い、先ほど延国で夕食を済ませたばかりなので、空腹はない。そのせいか、今の中野は楽観的だ。
―――異世界であっても、星はいいものだな。
中野が星空を眺めていると、チラチラと北極星が輝いた。すくなくとも、中野にはそう見えた。ほどなくして、上空から星が落ちてくる。
中野は驚いた。星が落ちてきたことにではなく、星が落下したにも関わらず、地面がへこみクレーターができることもなければ、たいした衝撃波もなかったことに、だ。はじめから自分の前に転がっていたのではないか、中野はそんなことを思った。落ちてきた星は、中野の頭の大きさと同じくらいの大きなものではあったが、そこらに転がっている石だと言われてもも不思議はない。
しかし、彼の考えは、意外な人物によって否定された。
「痛くない。びっくりしてない。危なくない。あ、はじめまして。星です。今しがた落ちてきました」
落ちてきた星は、金属の光沢とも、宝石の輝きとも言い難い、不思議な発光をした。
Star
星の神テラミンは、導きの神でもある。
迷える者、苦悩を抱えるものの頭上で儚げに輝き、人々に希望を与える。無神経にギラギラと輝くだけの太陽は、憂鬱な気分の者にとっては鬱陶しいことだろう。今にも消えそうな星の輝きに、心救われることもある。具体的に何かをするわけではないが、そっと寄り添う。あなたは一人じゃない、と語りかける聖母のような神だ。
「どうも、中野です」
「星です。今しがた落ちてきました」と自己紹介されたので、中野は礼儀正しく答えた。中野に驚いた様子はない。
ミズハミシマで喋る岩から作った石造を見た経験のある中野は、喋る星があっても不思議はないな、と考えていた。
「中野さんは道に迷っています?」
「いや、別に?」と意地悪な返答をしたくなるのを我慢して、中野は「はい」と答えた。星と名乗った―――名乗ったのか?―――この星は、なんだか意地悪をしたくなるような言葉遣いと声だったため、中野は年甲斐もないことを考えてしまった。親戚の、少しだけ生意気な子供に、意地悪をしたくなる、そんな感覚に似ている。
「大延国での大仕事に片が付き、ミズハミシマに戻る前に、満漢全席を食べておこうと思い立ったあなたは、延国で有名な飯店石山の白蓮飯店へ行きました。お食事が終わり、トイレに向かったところ、あなたはなぜかこの森にいた。あってます?」
「ああ。間違いない」
中野がトイレで小便を出し終わったところで、彼は小
ゲートに巻き込まれ、スラヴィアまで飛んでいた。中野がとある行為をして、満漢全席を食べ、トイレに向かったところで小ゲートが生じるための術式が整っていたのだが、カオス理論とも呼べるその術式は、今はさほど重要ではない。
「迷える中野さんに、良いことを教えて差し上げます」
「お願いします」
「あなたは今、死国スラヴィア、ローラン領一級領地、不朽気城裏手の森にいます!」
「なるほど」
で、それだけか?中野は呆気にとられた。それで?それがどうした?と詰め寄ることもできたのだが、目の前の星は「やりとげたった!」とでも言いたげな発光をしていて、これ以上の言葉は出てこなかった。
「これから俺はどうすればいいのかな」
「さぁ?わかりませぬ」
Lost your way
道に迷う、という言葉には二つの成分がある。
これからどこへ向かえば良いか分からず途方に暮れること。これが二つ目だ。
- 地上には降りてこないけど導きだ何だで人と接する機会は神の中でも多い方なのかなと思った星神 -- (とっしー) 2012-10-16 02:09:11
- テラミンとテミランは異世界でも呼び違えられてそう。迷子のお助けだけに見えて今まで色んなものを導いてきてそうな神だ -- (としあき) 2012-10-21 16:23:44
- 「やりとげたった!」ドヤ顔の☆さん可愛い -- (名無しさん) 2012-10-30 20:25:58
- 情緒のある表現が目を引いた。生きたGPSの真の価値は何だろう? -- (名無しさん) 2013-02-16 17:58:45
- 星とのやりとりが愉快だ -- (名無しさん) 2013-11-02 22:00:17
- 星が動いて落ちてくる異世界の夜空は楽しいですが星の導きに過剰な期待はしないほうがいいということでしょうか -- (名無しさん) 2015-02-23 22:32:17
- 夜空を見上げていると突然星が落ちてきて挨拶をするまさに異世界。導きと案内はまた紙一重に違うのか -- (名無しさん) 2017-03-20 17:10:23
- 導きはすれど手は貸さない救済バランスは優しい神の一つの完成形か -- (名無しさん) 2017-12-30 00:24:45
最終更新:2012年10月07日 20:22