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【異人食祭記8】

ついに食神祭は大都緑碧市予選決勝まで駒を進めた犬塚勇人。
しかしその影に、地球人を本選に進ませたくない大都緑碧市の長であるアオイナンの陰謀が蠢く。
果たして物語の結末はどうなることか。

「それではぁ~ これよりぃ~ 決勝戦を行ないまぁ~~す」
間延びした狐人の司会者の声が響きわたると、会場中から割れんばかりの声があがった。
この戦いに勝利した者が、栄光の食神祭本選へと出場できるのだ。
玄角席に控えしは、地球人の料理人、犬塚飯店の犬塚勇人。
白尾席に控えしは、狐人の料理人、大緑金子餐館のルウゲン。
「決勝の食材はぁ~・・・」
そう言うと、司会者は口を閉ざしてしまった。
何やら困惑した表情で、目線は貴賓席を向いている。
長のアオイナンがコクリとうなづくと、司会者は再び口を開いた。
「・・・独自の発酵食品です。
 自前で作ったものを持ち込み、それを主に料理を作ってください」
会場全体がどよめいた。
それもそのはず、地球と異なり十一門世界での発酵には困難があるのだ。
発酵という現象を司るのは腐神と呼ばれる名も伝わらぬ古い神とその眷属であり、
発酵技術を持つのは、神に使える祭司や巫女しか居ないのだ。
大緑金子餐館のような古くからの名門店ならば巫女はいるだろう。
だが、犬塚飯店のような店に、そんな者など居るはずもなく、
ましてや地球人に古き神の加護などある筈もない。
にもかかわらず、このような勝負なのである。
ニヤリと笑っているのは、アオイナンだけである。
勇人は呆然と立ち尽くしているし、対戦相手のルウゲンは憐れむような視線を勇人に向けている。
ファンナは息を飲んだまま一言も話せなくなっているし、ローランは憤慨し続けている。
そしてマオは・・・目を輝かせていた。
「姐さん!あたしちょっと店の倉庫から食材を持ってきます!」
マオが矢のような勢いで会場から走り去った。
しかしファンナの耳には届いていない。
「そんな・・・なんでそんな意地悪されなあかんの?
 地球人だからなん・・・酷い・・・」
ファンナは知らず、泣き出していた。
「一体こんな事を目論んだのはどこのどいつですの!絶対に許せませんの!
 食神祭は皆で食を楽しもうという金羅神の想いが詰まっているはずですの!
 それを踏みにじるだなんて、神への冒涜ですの!」
ローランの怒りはまるでおさまらない。
が、どこかそれはファンナの、あるいは会場全体の憤りを代弁しているかのようだ。
ハナから勝負にならない。そのはずなのに勇人は調理を始めた。
「まさか・・・まさかな・・・」
ブツブツと一人ごとを呟く。表情は呆然としたままだ。
会場のどこからか、頑張れーという声援が飛んだ。
主題である発酵食品でなくとも良い。せめて彼に美味い料理を作ってもらいたい。
会場全体がそんな想いに包まれていった。
悲惨なのはルウゲンである。彼とて正々堂々と食神祭本選の座を競いたかったろう。
それがよもやこの有様である。
何もせずとも勝利が決まっているなど、彼の想いもまた折られてしまった。
せめて会場の皆に美味い物でも食べていただきたい、もうそれしか頭には無かった。
だからこそ、彼の脳裏にあった百や千やの独自レシピは捨て、
大緑金子餐館の名物たる『八菜豆腐』を作り始めた。
そんな二人を見てアオイナンは笑いが止まらなかった。
これで本選進出はルウゲンに決まり、大緑金子餐館に金品をたかってハンキョウに流せる。
さすれば自分の地位は、さらに確固たるものへとなるのだ。
だが、事態は急変する。調理も中盤に差し掛かった時である。
「旦那さまーーー!店から<味噌>を持ってきましたーーー!」
マオが一抱えの甁を竜車に乗せて持って来たのである。
その瞬間、呆然としていたはずの勇人の顔が、ニヤリと笑い顔になった。
「まさかこんなに早く使うコトになるなんてなァ」

味噌である。
地球、特に日本で暮らす人々にとって、あまりに普通でありふれた調味料である味噌は、
言うまでもなく穀物を発酵させて作られた日本の発酵食品である。
犬塚勇人が密かに隠し持った種麹は、ゲート事故によって管理者に発見される事なく十一門世界へと入り込んだ。
その後数ヶ月の歳月を経て、腐神の加護を一切受けなかったにも関わらず、こちらの世界の米を使って米麹が完成したのである。
これは極めて奇妙な事なのだ。カビとて世界の制約は受けるはずなのである。
にも関わらず、勇人は発酵に成功させている。つまり『何らかの神の影響を受けている』はずなのだ。
ともあれ、米麹は完成した。そうなれば、あとは応用し放題であった。
この短期間で勇人は、味噌、醤油、酒、みりん、米酢、ありとあらゆる調味料を作る準備を進めていた。
そして完成第一号が、この味噌なのだ。

調理時刻終了を告げる鐘の音が響く。
審査員席には動揺が走っていた。なにせ、生まれてこの方一度もくちにした事のない調味料である。
もちろん大延国にも味噌に似た調味料は既に存在している。
だから、おおよその見当はつく。つくからこそ、心が騒ぐのである。
早く食わせろ、と。
「それでは~ 審査をお願いします~
 先行は~ 犬塚飯店~ 犬塚勇人の~『竜肉味噌汁』~」
宣言されるやいなや、勇人の鍋の前に審査員が殺到した。
言ってしまえば、作ったものは豚汁の肉を十一門世界なじみの地竜に変えただけものだ。
野菜も十一門世界にあるものにした。それだけの素朴なものだ。
それでも審査員の箸は止まらなかった。
すっかり満腹になり、満足するまでおかわりが続いた。
「えぇ、続いては~ 大緑金子餐館~ ルウゲンの~ 『八菜豆腐』~」
ところが今度は審査員の足取りが重い。食べ過ぎたのだ。
一口食べて、いつもの大緑金子餐館の『八菜豆腐』の味わいだと確認して、コクリとうなづきあう。
この時、勝敗は決したのだ。
「さあ、みんなで料理を味わおうじゃありませんか」
もはや何も語るまいと、ルウゲンは晴れやかな笑顔でそう言った。
その瞬間、客席からも人が雪崩込み、勇人の『竜肉味噌汁』とルウゲンの『八菜豆腐』を我先にと争って食べあった。
それ竜肉味噌汁は天下一品だ、やれ八菜豆腐の方が完成度は高いと、好き勝手言い合い食べ合う。
そんな光景がそこかしこに生まれた。
「犬塚さん。その味噌汁とやらを私にもいただけませんか」
ルウゲンが勇人の前に来て笑顔で言った。
「もちろん。俺にもアンタの八菜豆腐を食べさせてくれよな。
 アンタの店、いつも混んでて一回も食べたコトが無ェんだよ」
勇人も笑顔だった。
「姐さん!やりました!間違いなく旦那さんの勝ちですよ!」
マオが破顔しながら会場の様子を報告している。
「大緑金子餐館といえば緑碧市で知らない者の居ないほどの名門店。
 そこの品と互角以上に戦える料理があるなんて・・・これは儲かりますわ!」
ローランも興奮を隠しきれない様子だ。
ファンナは一言もはなさず、ただ勇人の姿を見つめていた。
きっと神様が自分の元へと彼を連れてきてくれたのだ。
これから先も2人で一緒に生きていこう。
今回は本選止まりかもしれない。それでも、ずっと一緒に挑戦していけばいい。
2人ならそれが叶う。きっと叶う。
そう思っていた。
面白くないのはアオイナンである。思い描いた未来を台無しにされたのだ。
「憎らしやチキュウの猿めが!いかにしてくれようぞ!」
手に持った杯を床に叩きつけながら彼は叫んだ。
と、そこへ部下の一人が囁きかけた。
すると、彼の表情はみるみる明るくなっていった。
「ほう・・・随分と尾の緑に染まる話ではないか。
 急ぎ衛兵をかき集めよ。大罪人にこれ以上好きにさせる訳にもいくまい。
 グフッ・・・グフフフフ」

「それでは~ 審査結果を発表いたします~」
視界の狐人が、やはり間延びした声でそう宣言した。
観客の何人かは花束や紙吹雪を持って待ち構えている。
いよいよ食神祭の緑碧市代表が決まるのだ。
その時であった。
「そこまでー!みな動くなー!」
重武装した狐人の集団が会場に乱入した。
緑碧市の治安維持のために配備された衛兵である。
普段はいわゆる警備や警察のような仕事を担っていて、今日も当然会場外の警備にあたっていたのだ。
それが、物々しい武装をして会場入りしてきたのだ。
その中には、勇人が見知った顔の者もいる。
仕事帰りに店によって、晩飯を食べている常連客だ。
「犬塚勇人に捕縛命令が出た。罪状は『ゲートの無断使用』である。
 地球人の身でありながら無断でゲートを悪用し、本来ミズハミシマに行くべきところを
 この大延国に審査なく降り立った事が罪である!
 ・・・犬塚殿。ここはひとつ、おとなしく捕縛されてくだされ。
 きっとこれは何かの間違いでしょう。
 わたしも証言いたしますゆえ、どうか。どうか」
顔見知りの狐人は、申し訳なさそうに言った。
「仕方ねぇなぁ」
勇人は雁字搦めに縄で縛られると、衛兵に囲まれて会場から退出させられた。
「ユート!ユートォ!」
ファンナは必死に人ごみをかきわけて勇人の元へと急いだが、結局間に合う事は無かった。
「大丈夫だ!絶対に戻るから!だから、待ってろ!」
そんな勇人の声も、会場の喧騒に押しつぶされていった。


そして3年の月日が経った。




  • ガチンコの食の対決に手に汗握る…って三年ですかー? -- (としあき) 2012-10-30 22:42:51
  • 異世界における発酵食品の概念が面白いですね。きれいに決着がついた後にこの展開?そして三年? -- (名無しさん) 2015-03-29 18:27:15
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最終更新:2014年08月31日 01:53