【異人食祭記9】

それは、2012年6月の事だ。
ゲート祭という、空前絶後の規模で開催される祭がある。
それは十一門世界と地球との間で門が開かれたことを祝って、
大ゲート間の移動が解放されるという『奇跡の刻』の事だ。
門の周辺では、地球側も十一門世界側も盛大な祭が催される。
そして旅人も世界を駆け巡る。
日本人男性、守山茂もその一人だ。
かつて若い頃には研究者として十一門世界を駆け回ったものだが、
今はすっかり落ち着いて、妻を娶り子を成し、一介の教師として毎日をすごしている。
が、一度は大ゲート祭に行ってみたいという思いは消えず、
ついには妻との出会いの地である大延国へと足を踏み入れたのだ。
そして、その祭の規模に驚かされっぱなしなのである。
「ウワサには聞いていたが、まさかこんな超大規模で開催されているとは・・・」
思わず一人で呟いてしまう。
それほどまでの、人、屋台、人、人、屋台なのだ。
自分の視界全てが食べ物の屋台で埋めつくされている光景など、
まず地球では絶対にお目にかかれないだろう。
さて、何から食べたものやら。そう守山が考えていた時のことだ。

クイ、クイ

何者かが彼のソデを引っ張ってくる。
客引きか?彼はそう思い後ろを振り返るが誰もいない。

クイ、クイ

ああ、下からか。
視線を下に向けると、3歳くらいの狸人の子供が2人、泣きそうな顔をして彼の方を見ていた。
片方は男の子で、もう片方は女の子だろうか。
「お父はんとお母はんの屋台、わからんくなってしもてん」
女の子の方が必死で話す。迷子か。そりゃ出るだろうな、迷子。
「迷子なぁ・・・どうしたものやら」
彼はお供の精霊に話しかけた。
大延のゲート付近で、ナビゲーターとして雇った風精霊である。
普通の地球人ならば精霊を見極めるにも努力や才能が必要なようだが、
彼は婚約指輪に精霊の加護を封入しているためか、割とすんなり精霊の恩恵に預かれている。
『迷子案内所もありますけれど・・・親元へ連れていっては如何ですか?
 こんな小さな子たちを案内所に預けてしまうのは可哀想です』
まあそれもそうだ。
乗りかかった船で、彼はその子狸2人を親元に連れていく事にした。
自分自身の息子たちも、こんな頃があったなぁと思い出してもいたからだ。
「さて、ご両親の名前か、お店の名前は言えるかな?」
彼はグッとかがみこんで、目線を下げて二人に話しかけた。
若干安心したのか、やはり女の子の方が話してくれた。
「いぬづかはんてんって言うんよ。だいと焼きのお店なん」
いぬづかはんてん、ねぇ。
彼はチラリと風精霊の方を見ると、<彼女>はすぐに飛んで行った。
数分たったろうか。ニコリと笑って<彼女>は戻ってきた。
『すぐに見つかりました。けっこう有名なお店みたいですよ』

犬塚飯店は、想像していた以上の規模だった。
屋台の通り1列が、その系列店で埋められていたのだ。
「ファーレン!ユーリ!どこに行ってたんや!」
店の奥から女性の声がして、パタパタと狸人の女性が出てきた。
二人の姿を見ると、目尻に涙を浮かべながらガバっと抱きついた。
「ほんまアホやねぇアンタらは!あとでオシオキ!二人ともお昼抜きや!
 心配かけさせんといて・・・ほんまに・・・」
そう言いつつも、両手で二人の子の頭をクシャクシャとなで続けている。
子らもようやく緊張が解けたのと安堵感からか、一気に涙が溢れかえっていた。
やれやれ。良かった良かった。
「迷子になってたんで連れてきました。あなたがお母さまですか?」
彼はその時あらためて、母親の姿をじっくりと見た。
狸人は比較的若くして子をなすが、それでも彼女は若い方だろう。
ヘタをするとまだ10代後半といったところかもしれない。
それにお腹も大きい。あの子らの弟か妹が胎の中にいるのだろう。
「はい。この犬塚飯店の女将をやっております、犬塚タヌと申します」
と、彼女は言った。
両脇に泣きじゃくりながらまとわりつく子らを抱き寄せながら、
タヌと名乗った女性が屋台店内を案内してくれた。
屋台というよりも仮設店舗といった風情の店の奥に、彼女の主人がいるのだという。
店の中には空腹の身にはあまりにこたえる香りが充満していた。
ただ、どこか懐かしい気持ちにもなる。味噌の香り?異国でそんな事があるだろうか。
彼が不思議に思いながら後をついていくと、厨房の奥にいた主人を紹介されて面食らった。
「ああ、見つかったのか!良かった。良かった。
 ホントこんくらいの子供はドコに行くかわかんねェから。
 コラ!お前らこの兄さんにお礼言ったのか?
 ああ、スンマセン。俺はこの店の料理長やってます犬塚勇人って言います」
地球人、しかも日本人の男性だったのだ。

狸人の子2人にデコピンをみまって「オシオキ終わり。お昼ご飯作るからな」
と宣言した勇人は、炒飯らしき賄い料理を作りつつ彼に話しかけた。
「兄さんも日本人かい?大都は初めて?」
出来れば自分もあの炒飯をご相伴願えないかと思いつつ、守山は答えた。
「その通り、日本人です。十津那学園というところで教師をやってます。
 ただ、大都に来るのは久しぶりといったところでね。
 丁度あなたと同じくらいの歳の時に、研究目的で来てたんですよ」
へぇ、研究ねぇ。と勇人はつぶやき、炒飯を皿に4人分盛り付けた。
「ホーラ、ガキども。お昼ご飯だ!行儀良く食べるンだぞ。
 ほら前かけして。ユーリそれ裏返しだ。ファーレンいただきますって言ってから!
 さて、俺らもメシにしましょう。食材は全てコッチ産の炒飯です。結構味が違うんですよ。
 あとで大都焼きも召し上がってください。
 ああ、大仰な名前つけてますけど、ブッチャケお好み焼きなんで」
コトリと音を立てて、勇人は守山の目の前に炒飯を置いた。
「あー、オシオキはお昼抜きにしょうと思とったのにぃ
 『おやつ』が無駄になってもうた。
 まあええわ。ユーノジ、ウチお店の方に戻るね。
 総支配人がウルサイから」
そう言うと、狸人の女将は『おやつ』のお好み焼きらしきものを置き、
子供たちの頬に軽くキスをして店の方へと姿を消した。
「総支配人?あなたでは無いのですか?」
守山が尋ねると勇人は苦笑しながら言った。
「経営がメチャクチャ得意な狐人がいましてね。
 もう全部まかせちゃってンですよ。
 地球側にまで支店を出すって意気込んでるくらいですから。
 『張郷金ラーメン』って名前で出店する予定なんで、機会があればぜひ」
「随分と変わった名前ですね」
「世話になった人が出資してるモンでね。
 金冠三娘って名前の狐人なんですけど。まあ、色々ありまして」
勇人はポツポツと話しだした。
ゲート転送のトラブルの事。
大延国で、のちに妻になる狸人の娘と出会った時の事。
小さな店をかまえた時の事。
最初の従業員を雇った時の事。
温泉旅行先で、とうとう狸人の娘に手を出してしまった事。
ついに食神祭に出場した時の事。
あの食神祭予選決勝の後での突然の捕縛劇の事。
そして大延国の牢獄にて、不思議な狐人の少女と出会った時の事を。

「あなたには大変申し訳無い事をしました。
 と我が主はおっしゃられました」
ゲート近くの街まで重犯罪人として連れ出され投獄された犬塚勇人の前に
狐人の面会人が現れたのは、その日の夜だった。
「あるじ・・・?」
目の前には白面で金色の髪をなびかせた狐人の少女がいる。
朦朧とする意識の中、夢なのか現実なのかすら判然としなかった。
「わたくしの名は、金冠三娘と申します。
 主の名前は秘匿とさせていただきます。
 とまれ、あなたをこの大延国に呼び出したのが、我が主です。
 地球の食を堪能したくて呼び出してみたはいいが、
 食神祭で味わう前に随分と想定外の事になってしまった。
 イライラしたので莫迦共には相応の罰を与えたが、
 またそなたを神力で転送させても同じことの繰り返しとなる。
 よって正規手続きを進めるので、しばし待たれよ。
 と我が主はおっしゃられました」
狐人の少女はツラツラと言葉を連ねた。
「好き勝手言いやがる。
 つまりアンタのあるじとやらのせいで、俺はこんな目に合ってるってワケか」
「私のおかげで可愛いお嫁さんに出会えたんだから
 むしろ感謝して欲しいくらいだわ。
 それともちょっと浮気したい気分にでもなってきたかしら?
 地球人の作る料理にも興味あるけど、アッチの方も興味あるのよね。
 ・・・と我が主はおっしゃられました」
「まだ嫁じゃねェし」
「それより、例の味噌を食べさせてくれませぬか。
 それとわかってコウジカビをこちら側に持ってこさせたのに。
 それとわかって腐れ神と交渉までしましたのに。
 と、と我が主はおっしゃられました」
「何だ。アンタの仕業だったってコトかい」
「あくまでも、我が主ですわ。フフフ・・・」

「で、まあなんやかやで開放されて、店に戻ったってワケですよ。
 それでも半年くらいは牢獄生活だったなァ。
 勘を取り戻すのにえらい難儀させられました。
 あ、これが大都焼きです。召し上がってください」
『おやつ』を手渡しながら勇人は思い出話を打ち切った。
「狸人を嫁にする方が、難儀だったかもしれませんが」
勇人はニヤリと笑った。
ところが守山も笑いながらこう返した。
「その気苦労はお察しします。
 こんな偶然もあるものかと思いますが、なんせ私も妻が狸人なもので。
 人を化かすのが得意すぎましてね」
守山がそう言うと、さすがに勇人も面食らった。
「厚かましいお願いですが、大都焼き、もう1枚いただいても宜しいですか。
 お代は・・・」
「もちろん、タダでかまいませんよ。ちょっと待っててください」
そう言うと勇人は店の方へと姿を消した。
次に姿を現した時には、両腕に大量に大都焼きを抱えてきた。
両脇に子狸を従えて。

「こんなに美味しいものを食べたのは久々です」
守山は満足そうに口元を拭いた。
「気に入っていただけたようで何よりです」
勇人も満足げにうなづいた。
「体に気ぃつけてくださいね。
 なんやチキュウの方がクルマやの何やの危ない言う話やし。
 あとこれ、お礼のお土産。ほんまウチの子が世話になりました」
ファンナが守山に包みを手渡し言った。
「それではこの辺で。いつかまた会えるといいですね。
 地球に来た時には十津那学園に立ち寄ってください」
そう言って去ろうとした守山のソデが、クイクイと引っ張られた。
彼らの子供達だ。
「もういっちゃうん?」「あの、ね。ありがとさん」
森山はしゃがみこんで、二人の頭に手をあてて言った。
「出会いと別れが人生だ。
 今日ここで別れても、明日また会う事もあるだろう。
 君らのお父さんとお母さんがそうだったように。僕もそうだったように。
 だから、こう言って別れるんだ。『またね』ってな」
そうして守山は地球へと帰って行き、狸人の子らは姿が見えなくなるまで手を振り続けた。
「変わった人やったねぇ
 ユート、何をずっと話しこんどったん?」
「嫁の扱い方・・・かなぁ」
「何やのそれ。ユートは晩ご飯抜きにしたろかしら」
「ちなみに今夜は?」
「地竜肉のスラヴィア果煮込み飛龍卵とじ」
「子供らの好物か」
「今日は寂しい思いさせてもうたから」
「そうだなぁ。
 よーーっしユーリ!ファーレン!一緒に風呂に入るぞー!」
そう叫ぶと、勇人は両肩に二人の子を掲げて、自宅へと足を運ぶのだった。

その日の夜。
二人の子を寝かしつけてファンナが夫婦寝室へと戻って来ると、
勇人が何やら真剣な眼差しで過去につけていた日記帳を読んでいた。
「ユーうトッ!今日はほんまにお疲れさんやったね。
 そや、耳かきしよっか。ウチもなんやちょっとかゆかってん」
丸っこい手で耳かき棒をくるりと回しファンナが長椅子に座ると、
その腿に勇人はずいと頭を横に寝かせた。
カリ・・・コリ・・・かすかな音を立てて耳かき棒が耳をなぞる。
「なあ、ファンナ」
「なぁに」
「俺さ、久々に食神祭に出るよ」
「そか」
「アッサりしてんな」
「そういう目ぇしとったもん。ウチにはぜーんぶわかっとるんや」
「そんなモンかね」
「なんせ、妻やからねぇ・・・フフン」


さて。ここで終劇と相成りました異人食祭記。
ところが犬塚勇人の食神祭への挑戦は、まだまだこれからも続きます。
この続きはいずれ。

またね。




  • ファンナが幸せになって本当に良かった。あの時ゆーとはんに出逢わなかったらどうなっていただろうか -- (名無しさん) 2012-10-25 13:23:00
  • 完走お疲れ様!でも終わりは次の始まりですよね -- (とっしー) 2012-10-25 22:54:28
  • すっきりきれいな後読感。お疲れ様です次の展開待ってます -- (としあき) 2012-10-30 22:44:21
  • 家族と店の風景がとても温かいですね。全てが未来に続く中で他作品へのアプローチなども秀逸です。大延国の食だけでなく風土や文化も見せてくれたシリーズでしたありがとうございます -- (名無しさん) 2015-03-29 18:48:43
  • ちゃんと段階を踏んで丁寧に話が進んでいくからさくさく読めちゃう想像しやすい。俺も好きなシリーズ。「完」のあとに幕がおりてくるような最後も素晴らしい -- (名無しさん) 2015-03-31 23:41:35
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最終更新:2014年08月31日 01:53