勉強中である。
自分は生真面目なつもりは無いが、受験生ともなれば勉強くらいはする。
大学くらいは出ておけという父の言葉を守っているのだ。
という訳で図書館で勉強中である。
のだが。
まったく落ち着かない。
理由は3つある。
ひとつは、今までの人生において今の時間は剣道の稽古の時間なのだ。
最初に竹刀を手にとったのはいくつの年齢だったろうか。
小学校、中学校、そして高校3年間ずっと竹刀を振り続けてきた。
ああ体がウズウズする。道場に行ったら皆普通に練習してるだろうな。
次の大会っていつだったっけ?自分の試合もついこの前のようだ。
ああ落ち着かない。
二つ目の理由は、この図書館の広さにある。
学園全体の総合図書館なだけあって、その蔵書量はもの凄いものなのだそうだ。
それはいい。だが、それによって必要な空間もまたもの凄い規模になっている。
なので、閲覧スペースを含めて呆れかえるほどの広さを誇るのだ。
地下など、どこまで続いているのか見当もつかない。
ああ落ち着かない。
そして最後の一つは・・・フゥカの事だ。
フゥカというのは、
ミズハミシマから留学してきた豚人系
オークで、
オークオーク・ヤーマン・フーウーウー、通称奥山さんという名前の女の子の事だ。
彼らは部族の風習として真の名前を普段は使わないけれど、本当に親しい者にはその名をあかす。
フゥカというのは、彼女の本当の名前だ。
詳しい人の話では一括りにオークと呼んでいる人たちは、実際にはいくつもの種族が居るそうだ。
ドニー・ドニーを中心に勢力を持つ鬼人系オーク種。
大陸からドニー経由でミズハミシマ陸地に渡った豚人系オーク種。
そして大延国を中心に生活圏を持つ獣人系猪人(これが本来の豚人系では?とする話もあるようだ)。
僕とフゥカの関係はというと、一応恋人という事になるのだろうか。
一応というのは、まあ紆余曲折あって恋仲になり、その後も色々と事件があって気づいたら婚約していたからだ。
つまり、嫁という事になる。
2番目の兄には学生の身分で何をやっているかとかなり叱責されたものだが、父母は大笑いして了承したものだ。
そのフゥカが、普段なら一緒に受験勉強しているのだが今日は居ない。
手芸部の活動でもあるのかと思って尋ねて見ても「ひみつです」の一点張りだ。
ああ落ち着かない。
落ち着かない。
「どう見ても落ち着かねぇって雰囲気だな、お前」
不意に後ろから声をかけられた。元剣道部所属の川津だ。
こいつも僕と同様、今年の大会で引退して受験勉強中だ。
「どうせ奥山さんが隣に居なくて落ち着かないんだろ。
<向こう>の連中、どっかに集まって何かやってるみたいだぜ?
ヤマカの姿も見当たらねぇし、杉浦さんも鬼怒川さんも居ない。
なんか今月、行事あったっけ?」
彼の言う<向こう>とは、明石海峡に浮かぶ異世界への門をくぐり抜けて到達する<11門世界>の事だ。
そこには幾多の亜人が暮らす世界がある。僕も夏休みに<向こう側>へと赴き、ちょっとした冒険を重ねてきた。
で、ヤマカってのがミズハミシマ鱗人の『蛇人』で川津の彼女。リア充は死ねばいいと思う。
杉浦さんはミズハミシマ鱗人の『人魚』で特に『スキュラ』と呼ばれる種族、鬼怒川さんはドニー・ドニーから来た『鬼』だ。
異世界からの留学生たちは地球の文化に飢えているようで、どんな些細なイベントでも絶対に参加してくる。
でも11月だろ。何かあったか?
「明日って祝日だったよな。それと何か関係があるんじゃないか」
確か祝日があった記憶がある。
「さっき調べたよ。文化の日だってさ」
あ。
「あー!全日本剣道選手権大会!」
「そうか。すっかり忘れてた。
犬塚さ、受験勉強もいいけどその辺で切り上げて部室行こうぜ。
去年撮ったのも録画設定ついでに見に行こう」
その後の僕らは久々に道場に行き下級生をフルボッコにする嫌がらせを敢行し、
「センパイ達本気でもう引退してください」と現主将に泣きつかれてニヤニヤと笑いつつ、
部室で無駄にエキサイトしながら去年の全日本剣道選手権大会を見ていた。
現役部員は呆れて皆帰宅してしまっていた。
そう言えば去年の今頃、王仁先輩が道場に来てたなぁとか思い出した。
先輩たちも、どこか名残惜しい気持ちがあったのだろうか。
となると、この迷惑のかけかたもある意味で伝統なのかもしれないな。
「やっぱ鬼族は強いわ。スラヴィアンとどっちが上かってトコかね。
ニンゲンじゃ勝ち目ねーな」
川津はそう言ってため息を吐いたが、僕は戦いようがあるのではないかと思ってしまう。
本当の殺し合いならともかく、ルールのある試合だ。
学園内で強そうなのは・・・リビングメイルの片平あたりか。
スラヴィアの饗宴でなら殺されるかもしれないけれども、剣道の試合ならどうだろう。
通常ならばありえない戦術を組み合わせればあるいは。それとも。
ふと外を見ると、もう随分と暗くなってしまった。フゥカにメール入れないと。
その時だった。
ガタガタと部室のドアが震えだした。
「あん?なんだ」
川津が面倒臭そうにドアの方を見ている。
次に換気扇の辺りがガタガタと音を鳴らす。
天井付近に設置したものだ。3mは頭上にあるのに。風か?
さらに天井までもがバタバタと音を鳴らしだした。
僕はドアの方へ外の様子を見に行った。
「強風の予報なんて出てたかね」
川津が換気扇の下へと歩み寄ると、直下の窓がガタンと鳴った。
「と、とりっくおあとりーとぉ」
ドアの向こうから聞き覚えのある声がした。
ああ、そういう事か。
ハロウィンか。
馴染みがなさすぎてまったく想定してなかった。
「イタズラかお菓子か~!テンちゃんどっちがいい?」
窓の方からも声がする。
「イタズラ」
川津が即答する。おい、それでいいのか。
僕がドアを開けると、そこには身長180cmのグラマラスなカボチャ頭と、8本足のドラキュラ伯爵と、
オレンジ主体の魔女風な格好をした鬼と、カボチャ帽子をかぶって首を伸ばした蛇人がいた。
「とりっくおあ・・・これはなしかける方向あってますか?」
とりあえず目の前のカボチャ頭をヒョイと持ち上げると、そこには満面の笑みを浮かべたフゥカが居た。
「ヒウマくん、とりっくおあとりーとですよ?」
「で、トリックを選ぶと何があるんだい?」
「こんばんイタズラしちゃいます」
「お菓子は?」
「ポッキー買ってきてます。いっしょにたべましょう」
元カボチャ頭は懐をゴソゴソとあさり、ポッキーをひと箱出して見せた。
「ねえ、奥山さん。
ハロウィンって本当にこんなイベントなのかな。
仮装するのは楽しいんだけどさ」
8本足のドラキュラ伯爵こと、スキュラの杉浦さんは腑に落ちない様子だ。
「可愛い格好が出来たからいいじゃないですか。
そろそろ皆さん中央広場に集まってるんじゃないですか?
私たちも行きましょう!」
オレンジの魔女こと鬼怒川さんは上機嫌な様子。
「ヒウマくん?」
「両方で」
後ろの方から川津の「リア充死ね」の呟き声が聞こえた。
お前もだバカヤロウ。
- なんとなく続きそうな雰囲気?期待してます -- (名無しさん) 2012-11-04 01:26:37
- 異種族混同でも競技の中でなら張り合えるはずっ -- (とっしー) 2012-11-04 14:30:38
- >「こんばんイタズラしちゃいます」 この一言で全てを爆発させたくなる ぐぬぬ -- (名無しさん) 2012-11-04 18:20:11
- 種族の解釈や説明の説得力がある -- (名無しさん) 2012-11-04 19:47:57
- 試験と勉強は学生にとっての試練ですね。学生キャラにつなげての種族小ネタも面白いシリーズですね。自然に異種族が触れ合っているのが微笑ましく思います -- (名無しさん) 2015-04-12 18:37:13
最終更新:2018年12月24日 00:48