楼商会。
それは中立地帯である『延方海域郡』の小島『全』に根拠地をかまえた通信・運送業を基幹事業とした組織であり、
『大延海史』全般において、大延国軍、鬼族連合軍のどちらの陣営にもつかず、中立の立場を固持しひたすら事業推進をはたしていた組織の一つである。
ただし中立を固持し続けた、というのは正確ではない。
楼商会の3代目会長ロウ=ヨンシクの孫娘であるロウ=メイシンは鬼族連合軍の第肆独立遊撃艦隊『有馬艦隊』に所属しており、ロウ会長自身も数度に渡って有馬艦隊や鬼族連合軍へ助成しているからである。
また、大延国軍とのつながりも近年の研究によって明らかになっている。つまるところ楼商会は両陣営にとりなしていた、と言うことである。
鬼族連合軍提督有馬雪久はこの状態を肯定していた。軍需産業をまかなう以上その態度はある意味において健全である、という彼独特の理論においてである。
また、ロウ=メイシンが自らの艦隊にいる事によって、ロウ=ネットワークと呼ばれる楼商会の私設情報機関を完全に把握する事ができていたのも、彼にそうさせた要因である。
メリットがデメリットを上回ったがゆえの処置だとも言える。
もうお判りだと思うが、ロウ=メイシンが有馬艦隊に配備されたのは、ていの良い人質であった、ということなのである。
両陣営に取りなしているというリスクに対してロウ会長が払った代償は、有馬艦隊に人質として自分の孫娘を軍に送り込むことであった。
後に艦隊への増援、弾薬補給等、一層の援助体制を図るが、天秤が常にどちらに傾いていたかは別問題である。
大延国軍や鬼族連合が楼商会の援助を受けたがっていた最大の理由は、単純に中立海系への進出、および貿易独占状態の維持が困難であったと言うものである。
つまり、大延国海軍と鬼族連合による小競り合いの中期から末期にかけて戦線があまりにも莫大な範囲に拡大してしまったのが、その原因なのである。
両陣営ともに中立海域まで手中におさめるだけの経済的余裕が無かったのである。
(そして当時の鬼族連合最高司令官であったジャパンガプ大将は、補給線の増大を嫌っていた。単純に外交上、戦略上の問題ではなかったのである)
楼商会は、その状態に目を付けたのである。
もともとコングロマリットとしてはこの時代最大級の勢力を誇っていたが、灰縁王を中核とする折王会とのシェア争いをリードするための処置とし(灰縁王は大延国内部に独自の艦隊組織を保有するほどの勢力となっていた)
鬼族連合の有馬艦隊への援助を図り、なおかつ鬼族連合の情報を大延国軍にリークする。そして技術力等を蓄積して有利な陣営に肩入れし、最終的には自分たちの手による中立海域の支配体制の確立を図る。という計画であった。
ゆえに楼商会自身も抗争初期から中期にわたり相当数の戦力を保有していた。専守防衛を題目にしてキャッスル級戦列艦10隻以上、陸戦部隊5個師団、諸島防衛戦隊多数と言った戦力であった。
特にキャッスル級戦列艦を保有しているというのは尋常ではなかった。この時代最強の存在であったキャッスル級戦列艦は、一隻で一艦隊の戦力規模に相当する。
逆に言えば、その維持には一艦隊規模の予算、人員が必要なのである。彼らはその戦力維持に、合法、非合法を問わず全力を注いでいた。最も、彼らの目指した経営方針は極めて非合法な物であったが。
最盛時に保有していたキャッスル級戦列艦は、慶山王、千歳王、千世之王、北斗王、爆進王、星王、そして楼麗であった。
慶山王をネームシップとする6隻は、主に非合法な活動を行う組織、ありていに言えば海賊艦隊に艦隊旗艦として給与され各地を転戦した。
つまり楼商会は私掠船団を保有しその旗艦として製造していたのである。経営戦略でまかないきれない分は非合法の暴力を用いたのである。
キャッスル級戦列艦としての扱いはされてはいないが、戦力の維持を目的とした上では弐級戦列艦を改造して建造された『燭台』が重要な戦力と言えよう。
この艦は、戦列艦の特徴とも言える圧倒的な制圧火力を誇る重火器(とくに機関に負担をかけすぎる精霊制御系主砲)を全て取り外し、その余剰スペースを利用し艦載竜の搭載巣を設けたのだ。
(従来の戦列艦では艦載竜は5匹程度であるが、燭台は実に100騎近い搭載数に設定されている。過去に趨勢を誇った母竜艦なみの搭載数である)。
燭台はこの艦載数を利用し惑星攻撃への支援、ゲリラ戦の敢行、艦隊後方の支援を行っていた。
この当時『大航海時代』は未だ終演を迎えてはおらず、楼商会は一海域すべてを掌握しており、その影響力は他の海洋国家に匹敵する物であった。企業国家として捉えても差し支えは無い。
私掠行為は国家としての対外政策の一環として認識しなければならないのである。実体はマフィア同然であるとしてもである。
大戦中期になり、海賊船団『ネヴァー=セイ=ダイ』を有馬艦隊が打倒し、ロウ=メイシンが船団をその指揮下におき、それを核として分艦隊を編成する。
それに呼応する形で、楼商会は慶山王級戦列艦4隻の任務を解除し、鬼族連合軍第肆独立艦隊『有馬艦隊』の分艦隊主力として送りこむ事となる。
そして第肆拾逸分艦隊旗艦として、楼商会最強の戦列艦を目指して製造された『楼麗』を有馬艦隊に譲渡するのであった。
艦隊内部では(そして鬼族連合軍上層部では)楼商会のこの様な動きに対し少なからず嫌悪感を示したが、現実に戦力は不足しており利用できる物は悪党だろうと何だろうと利用せざるを得ない状況だったのである。
しかし大戦末期になり、戦局は楼商会の思惑から外れてくる。
灰縁王艦隊と鬼族連合艦隊との総力戦となった『決戦海域の戦い』において、主な給与戦列艦はほとんどが沈み、楼商会のネットワークが何者かの手により壊滅する。
さらに予測と異なり、主な戦場であった門春茄海域だけではなく、楼商会がその根拠地とする海域にまで戦禍が及び、小島『全』も数十発の精霊弾の直撃にて壊滅の憂き目にあう。
この時、会長であったロウ=ヨンシクは死去。事実上、楼商会は歴史から姿を消すこととなる。
一説によれば、この事態を引き起こしたのは、かねてより楼商会の、そしてそれを率いるロウ=ヨンシクの存在を嫌悪し、その消滅を願っていたロウ=メイシンであったという。
彼女と有馬雪久、そして自分以外のネットワークの根絶を狙う神『
ディルカカ』が画策した事態である、というのが一部の歴史学者の主張である。
楼商会。それは歴史に翻弄された組織の一つである。同時にその顛末の重要なファクターの一つでもあったのである。
<単艦決戦思想>
文字通り、一艦によって敵性勢力を無力化する事を原則とした思想である。
これは複数の艦によって艦隊を編制し、他用途の局面、作戦に対応させるという従来の軍事的常識とは根本的に相容れないものである。
超高出力の精霊駆動機関、尋常ではない装甲厚と耐精霊兵器膜、常識の範疇を越える精霊制御能力、莫大な航続距離、1万人の兵士に糧秣を供給できるほどの艦内加工工場、
そして艦首軸線上にそって配置される史上最大級の光精霊式破壊兵器、さらには艦載竜を多数搭載した最大最強の戦艦を一艦造り上げ、それによって”ある目的地”まで敵勢力を殲滅しつつ進撃し、
帰還をはたすという軍事プログラムを
クルスベルグ海軍のある青年将校が開発し、ある程度の現実性があると報告された時から、この思想が一部の若年将校達の間で流行した。
あまりにも非常識なために(特に泳ぎの苦手な
ドワーフ達の国であるクルスベルグが舞台となっているため)世間では無視され続けたが、
のちにあらわれるキャッスル級戦列艦の基礎概念となったのは、この単艦決戦思想に見られる”史上最強の戦艦”であったと言われている。
ちなみにそのプログラムの戦列艦には『ヤハト』という
ミズハミシマ風の名前が付けられていたと言われるが、真偽は不明。