「それでね、彼ったらあの体重で玄の上をピョンピョン足で踏むのよ」
「――そうですか。彼は素晴らしい才能をお持ちなのね。」
この話題は何度目だっただろうか……
二人の間での言葉はすでに数え切れないほど交わされている。だが……そのやり取りは実に奇怪だった。
どんな床でも足音をたてない彼の話やみんなが大統領夫人と呼ぶ悩み。
図書館で取り寄せて読んだばかりの本の結末と感想。
好きな鼻や唇の形。プニプニという触感の気持ちよさ。
知り合いが待っているであろう政府公邸への移動の要求――
そう、会話は幾度となく繰り返されているのにその内容は“たったこれだけ”なのである。
その真相を知る人間はここには一人しかいない。そして彼女は考える。
(今更だが、本当にこれでよかったのだろうか……?
いや、“アレ”を目撃してしまった今はこれが最善か。
私はこんな所で死ぬ訳にはいかないのだから……)
* * * *
話は数時間前に遡る。
今後の方針を必死に説明しようとするミューミューに対しスカーレットはそんな事にはほとんど関心を持たなかった。
ファーストレディという立場は自分から何かしなくても周りがすべてこなしてくれる。自分は何もしなくていい。むしろその自由がない。
彼女の根本にそう言った考え方がある以上は仕方のない事ではあるのだが今は状況が状況である。
せめてYESかNOか……それだけでも答えてほしかったミューミューは次第に彼女に対して怒りにも似た苛立ちを覚え始めていた。
「ですから大統領夫人、我々が今いる場所は地図のここで、政府公邸にはこんなにも距離があるのよ!?」
「距離はどうでもいいでしょう?とにかく私の行くあてはそこしかないの。
それに言ったでしょ!スカーレットって呼んでって!なじるようにッ!」
この問答も何度繰り返していた事か――質問を変えなければ話はいっこうに進みそうにない。
ふう、と息をつき……若干のためらいの後、重く閉じた口を開く。
「ス カ ー レ ッ ト ッ ! !」
「あぁ~~~いいッ!とてもイイ感じだわッ!!」
……自分にはどうも理解出来ない趣味である。同じ女だとは思えないな、などと胸の奥で吐き捨てるミューミューをスカーレットは気にしていないようだった。
いや、気にするという以前にミューミューの表情を見てすらいない。今の叫びの余韻に浸っているのだろう。はぁはぁと肩を揺らし喘ぐように天井を見上げていた。
話の方向性を変えるならこのタイミングしかない。言葉を選ぶように切り出すミューミュー。
「それで……スカーレット。今後私達がその政府公邸に行くとして、そこに辿り着くまでにあなたが危険にさらされる事が無いとは言い切れないの。
私ひとりではあなたを守りきる自信がないわ」
呼びかけに答えるようにゆっくりと顔を正面に戻したスカーレットは意外にも冷静な目つきをしていた。そして、今までとは全く違う様子で言葉を返す。
「そんな事、私にも分かっているわ。あなたの力量と言う点でもそう。もっと言うと私は周りに警護を付けずに外出した事などないもの。
だからこそ彼らを必要としているの。お分かりになって?」
自分の方が立場は上である、と言う威厳と若干の侮辱が言葉に含まれていた。まさか先程までイカれているようにしか見えなかった女がここまでのものとは……さすがは大統領夫人と言ったところか。
「そ……それは勿論分かっているわよ。でも彼らも話に聞くところかなり優秀な方々じゃあないの?今あなたが動かなくても彼らがきっとあなたを探してるわよ」
表情を変えぬように落ち着いて説得する。だがその返答をも彼女はたった一言で切り捨てた。
「じゃあ……あなたが二人を探して、ここに連れて来てくれる?そうすれば私は動かず、護衛は付いて万々歳じゃあない?」
「なっ」
何を馬鹿な、そう言おうとした時だった。
ズゥン……という大きな振動に二人は全ての行動を一時中止せざるを得なくなった。
「何、今の!地震ッ!?」
スカーレットが立ち上がる。その勢いでドアの外に飛び出していきそうな彼女を必死で押さえながらミューミューが口を開く。
「私が様子を見てきます。あなたはここにいて。ドアに鍵をかけるのを忘れないで……」
自分も見に行く、そう言い張るスカーレットを説得する際にも何度か同じ振動が二人を揺さぶる。
その数と規模に恐怖したのだろう。スカーレットは程無くして力を抜きぺたりと椅子に座り込んだ。
それを見とどけたミューミューは踵を返しドアに走る。気をつけて……と背後から聞こえた、そんな気がした。
「なッ……何なんだあれは」
周囲を警戒することも忘れ弾き飛ばすようにドアを開け周囲を見回したミューミューが見た物は闇夜に光り輝く一筋の光だった。
それは少し間をおくと東から、また西からと何かに吸い寄せられるように空を走り抜ける。
自分で呟いた言葉の答えを探すように光の行き先を見つめるとそこから風に乗ってかすかに音が聞こえてくる。
「まさか、アレもスタンドが呼び起したって言うの……?」
冷静になってもう一度空を見上げる。だが――その光は止まってしまったようだ。静寂が辺りを包みこむ。
自分の推測に未だ確証が持てないミューミューではあったが、ホワイトスネイク――荒木のことだ、このくらいのスタンド能力者を用意している事は想像できる。
そして……スタンド使いである自分がこう言うのもなんだが、スタンドは超能力の一種。つまり『なんでもアリ』なのだ。威力や危険性は凄まじいものがあるがちっとも不思議な能力ではない。
「距離はそんなに遠くないみたいだけどその割には意外と目立たない……あんなに地面が揺れたのはきっと“ここ”が地下施設だったからのようね。
今の光……炎もこの距離じゃなければここまで鮮明には見えないでしょうね。まぁヤバイって事には変わりないんだろうけど……」
少し夜風に当たり頭を冷やしたミューミューは深呼吸をして地下室へ戻って行った。
「どうだったッ?何が起こったの!?」
少し外にいた時間が長かったせいだろう、心配なのか恐怖なのか、そこまでの意味は分からないが――うっすらと涙を浮かべていたスカーレットが飛びつく。
「えぇ……全て話すから落ち着いて。さ、そこに腰かけて」
それからゆっくりと順序を追いながら自分が見てきた事を伝えるミューミュー。
最初は震えながら話を聞いていたスカーレットも次第に落ち着きを取り戻していた。
「そう――そんな事があったの」
ひとしきりの説明を終えた後のスカーレットの第一声はその一言だった。まぁ、当然と言えば当然の反応なのだろう。
ミューミューも一呼吸おいて答える。
「えぇ。だから今、外はとても危険なの。ここは狙われてはいないようだけど……あれを見て、聞きつけて誰かがあの場に向かうかもしれない」
……言い終えてミューミューは後悔した。こんなことを言えばスカーレットの目の色が変わる事は想像できていたのに――
「それなら
マイク・Oや
ブラックモアもその場に向かうかもしれないッ!彼らに遭ういい機会だわッ!!」
「いえ、決してそういう意味で言ったわけじゃあ」
「私のためだったらなおさらよッ!早く彼らに会わないと私が危ないんでしょッ!!?」
会話を遮って叫ぶスカーレット。それに対し思わずミューミューも声を荒げる。
「危険な人間もきっと向かっているッ!」
「じゃあ私だけで行くわッ!これでも大統領夫人……アナタみたいなメスネコに頼らなくても行けるわッ!!」
―――ミューミューの堪忍袋の緒がプッツリと音を立てて切れた。
もっとも、堪忍袋の緒なんてものが存在して、それがそんな音を立てるのかなんてミューミューの知るところではないのだが。
「……行くとして、方法は?」
「そんなの外に出てから考えるッ!もうアンタには指図されないッ!!」
静かな怒りを込めたミューミューの言葉をピシャリと遮ったスカーレットはそのまま地上への階段に向かって駆け出す。
「行き先は分かっているの?」
「自分は知ってるって言うのかッ!こんのアバズレがあァァ――ッ!!」
足を止め振り返りそう叫ぶスカーレットにミューミューは愕然とした。目の前で叫んでいる女の本性はいったいどれなのだろうか……?
だがここで私が声を荒げる必要はない。再度質問する。
「私も知らないから聞いているのよ?あてもなく走ってどうするの?」
「走って、マイク・Oにブラックモアを探すのよッ!リンゴォ……だったかしら、アレだって仮にも夫が命令したスタンド使いだし来るかもしれないッ!」
――もう大丈夫だろう。しかしミューミューは油断しなかった。もう自分の言葉でスカーレットの感情を昂らせるような事をしてはいけない。
ここは自分の演技力がモノを言うのだ。出来るだけ感情をこめてダメ押しのもう一声をかける。
「それで?そこに向かった後あなたはここに戻ってくるの?私はもう用無しなの?寂しいわ……」
「そ、それはッ……」
スカーレットが言葉につまり立ち止まる。
よし、と心の中でガッツポーズをする。しかしそれを表情に出すことはなく、そして確実に――とどめを刺した。
「落ち着いて、スカーレット。さ、ここに座って深呼吸して。えっと、何の話をしていたんだっけ?そうだ、“四つの署名”よ。あれの結末って結局どうなったの?」
* * * *
「そう。すごい才能でしょ?モーツァルトの曲を弾いてくれたのよ、マンドリンで。あたしにはそう聞こえたわ……ミューミュー?」
ふと自分の名を呼ばれて我にかえるミューミュー。心配そうな眼差しを送る目の前の女に対し彼女はこう言った。
「本当にすごい人なのね。ぜひお会いしたいものだわ。……あら、スカーレット。ちょっと眠いんじゃあなくって?声に元気がないわよ?」
「えぇ……わかる?なんでかしらね、色々話して疲れちゃったのかしら?」
あれから数時間こうして終わりのない会話をつづけていれば当然だ。と心の中で吐き捨てる。
しかし表面では彼女を気遣うように、ゆっくりと、やさしく声をかけた。
「そう、すごく眠そうだわ……私が見張りをしていますから、あっちの部屋で仮眠をとってきたらどう?」
「ありがとうミューミュー。あなたのそういうところすごく素敵――好きよ。それじゃ、お言葉に甘えてちょっとお休みするわね」
最後の一言にぞくりと鳥肌が立つような思いをしたが、とにかくこれでこの場は一人になる。えぇ、と短く答えてスカーレットを隣の部屋へ移させる。
そして――扉が閉まった事を確認し、大きく息をついた。
「はぁ……ああやっているのも骨が折れるわね。こういう時は“何故全ての記憶を消す能力じゃあないのか”と思いたくなるわね、私のスタンド。
それにしてもあの光……本当に私の推測通りなのかしら?隕石にしてはずいぶんと小さそうだけど。もっと映画みたいな大きなものじゃあないのかしらね?」
ぶつぶつと一人考察にふける彼女が仮眠を取るのはもう少し先になりそうである――
【ナチス研究所地下(F-2)/1日目/黎明(午前3時頃)】
【女看守と大統領夫人】
【
ミュッチャー・ミューラー】
[スタンド]:『ジェイル・ハウス・ロック』
[時間軸]:幽霊の部屋から出た直後
[状態]:健康、ちょっと疲労・ストレス
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、フーゴの辞書(重量4kg)、不明支給品0~2(本人は確認済み、武器ではない)
[思考・状況]
1:ゲームには極力乗らない。身の安全を最優先。
2:他のスタンド使いを仲間にして、アラキを倒したい。
3:スカーレットはこのままでいいか…
[備考]
※ジェイル・ハウス・ロックをスカーレットに仕掛けました。
※ジェイル・ハウス・ロックは制限されているかもしれません。少なくともミューミューが仮眠するまでは能力は維持できるでしょう。
※ジェイル・ハウス・ロックを研究所入口の扉に仕掛けています。
※荒木のスタンドを「ホワイトスネイク」だと思っています。
【
スカーレット・ヴァレンタイン】
[スタンド]:なし
[時間軸]:ルーシーに眠らされた後
[状態]:健康、多少の動揺、仮眠中
[装備]:スーパーエイジャ(首飾りとして)
[道具]:基本支給品一式、不明支給品0~2(本人は確認済み、武器ではない)
[思考・状況]
1:眠っているので思考は一時中断。
2:政府公邸に行けば、誰か助けてくれるかも?
[備考]
※ジェイル・ハウス・ロックによって記憶に制限があります。
※ロック前の最後の記憶は「外に出て護衛を探す」ですが動揺もあったのでその言葉は能力のせいではなく単に忘れているかもしれません。
※ロック後の現在の記憶は「大統領の話」「四つの署名の内容と感想」「政府公邸に行きたい」「プニプニしたい」のループです。
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最終更新:2010年10月12日 11:36