唐突だが考えて欲しい。仮にあなたが今、彼らのように殺し合いに巻き込まれたとしよう。
積極的に殺し優勝を狙うにしても、地図の隅に隠れてなんとか漁夫の利を狙うにしても、主催者を打倒するにしても大切なのはどこに行くか?今自分がどこにいるか、ではないだろうか?
さらに大切になっていくのが周りの施設であり、建物である。
例えば病院には傷ついた弱者が集まってくる。学校という極めて利用性が高く、それでいてあまり注目されない建物は集合場所に使われることが多い。武器庫なんてものがあったらたちまち辺りに銃声と爆発音が響きわたるだろう。
つまり結論から言うとこの地図というものはたくさんの情報を持っていて、このゲームにおいて生死を分けかねないほど重要なものなのである。
それに早々と気づいた参加者はどのぐらいいるだろうか?少なくともここに一人、陽気で豪快なエジプト人、モハメド・アヴドゥルは気づいたのだ……。この地図の重要性に……。



◇   ◆   ◇



一筋の光が暗闇を裂くように刺している。エンジン音を響かせ走り去っていく車が一台。その車内に二人の男。
窓ガラスから入ってくる風が爽やかに彼らの顔を撫でる。その冷え冷えとした空気がまだ半袖で過ごすにはつらい季節であることを示している。
優雅に舗装された田舎道を走る車の中、フェルディナンドはのんきにもクラシック音楽がBGMに流れていたらさぞかし快適だろうな、と考えていた。
彼は頬杖をつきながらチラリと盗み見るようにアヴドゥルへ視線を送る。
キリッとした眉、ガッシリとしたアゴ、意志の強そうな目。彼の性格を忠実に表しているその顔を見ていると不思議と誰もが彼に説得されたら納得してしまうのだ。このフェルディナンドも例外でなく、うまいように納得してしまったのだ。
ところで彼は今車に乗ってどこへ向かっているのだろうか?
その答えは彼の意識と共に時を少しさかのぼってみればわかるだろう……。数十分前のことである……。



◇   ◆   ◇



私たちはとりあえずアヴドゥルの提案どおり、このB-7の周辺の捜索を行った。けれども、地図を見たときから予想していた通り、ここはこれといって目立った施設もなく、地図の端の方だ。私もアヴドゥルも猫一匹見つけることができなかった。
もっとも接触避けたがった私が適当に調べたのにも原因があったと思うがね。

「フェルディナンド君!君はこの地図を見てどう思ったかね?」
車内で今後について語るアヴドゥル。どうやら彼も最初からほかの人と合えるとは思わなかったようだな…。
「“奇妙”としか言いようがないな…」
「ああ、そこなんだよ。コロッセオ、ナイル川……ポンペイ遺跡にサン・ジョルジョ・マジョーレ島!あげくのはてにスペースシャトルの模型ときたもんだ!私が今何が言いたいかわかるだろうね、フェルディナンド君?」
…正直こうやって自分を馬鹿にされたような話し方をされるとイラッとくるというのが私の本音だ。このアヴドゥルという男はどうやら自分を聡明で賢いと思ってるらしい…。
できるだけ、なんの感情を込めないように努めて平常心で返答する。
「いや、わからないな」
「そうか、では説明しよう!このゲームは大きく分けて二種類の人間がいる。優勝を狙っている輩と我々のように打倒荒木を目指しているものの二種類だ。ここまでは大丈夫かね?」
「ああ…」
しかし一つ訂正させてもらおう。私のように表面だけ協力している人間もいるということを。
「では、その参加者がどこに行くか?考えてみたまえ…。荒木を倒すものは仲間を探しに、優勝を狙うものは獲物を狩りに…。つまり人が集まる所!それは中央部だ!そしてさらに私が注目したのが……ここだッ!」
いつのまにかデイバックから取り出した地図を指差し、アヴドゥルは確信を込めて言い放った。彼の地図をのぞきこむと留置所という文字が彼の指先で踊っていた。
「なぜ留置所なんだ?」
「逆に聞くが君はスペースシャトルというものがなにかわかるかね?」
質問に質問で返すなッ……。スペースシャトル?なんだろう?地図の中央にスペースシャトルの模型と記されているが…。
模型ということは実物もあるはずだな。しかし地図に記されるほどの大きさ…?
「さぁ、見当もつかない…。」
「私も実物を目にしたことがないのだが宇宙へ行くことのできる乗り物の一種だ。君の時代からおよそ90年後の1969年に実際にアポロ11号という宇宙船が月にたどり着いた。」
これには私も素直に驚いた。人間があの光り輝く月に!遥か空に浮かぶ星たちと同じ大地に!
あの月にもさぞ広大な大地があるのだろうとか、そのスペースシャトルというものを作るまでにどれだけ大地を汚したのかなど様々な感情が私の中に沸き起こる。
が、今はそんなことを考えている暇はない。アヴドゥルからまだ答えを聞いてないのだ。
「それが留置所の注目とどう関係してるんだ?」
「君は“何かわからない”場所に向かわないだろ?ところが、君の時代のものにも通じ、そしているかもしれない未来人にも通じる共通の場所が留置所だというわけだ!そして……」
「留置所と言えば武器、またはそれになりうるものが置いてある可能性が高い。それに立て籠ってしまえば大抵の襲撃者には対抗できる利用価値の高い建物。自然と人が集まりやすくなる、と……」
「その通り、さすがフェルディナンド君だ!それではさっそく目的地にむけて――――――――



◇   ◆   ◇



強烈なブレーキ音と共に自分の体が物理学の法則に従い前に動こうとするのを感じて彼の意識は途切れた。
なにがおきたのだろうと怪訝な様子を浮かべアヴドゥルを見ると彼の視線は固定されたかのように真正面を見続けていた。
「フェルディナンド、君は車内で動かないでくれ。」
かれは緊張した顔つきで言った。その声には、今までで一番強い有無を言わせない迫力があった。
一体なにがそこまで彼をこんなにも警戒させているのか?その答えは簡単であった。
いつのまにか入ったD-6の住宅街に1人、殺気を撒き散らしこちらを睨み付けている男がいるからだ。

―――優しい光りが彼らを包んでいた。遥か天から見守る月。彼が目撃者となる今回の闘い、一体どうなるのだろうか?次第に雲が月を隠し始めた……。まるでこれからおきる悲劇から顔を背けるかのように…。



◇   ◆   ◇



D-5のデパート。普段ならば夕食のために買い物をしに来た主婦や、帰宅前のサラ―リーマンでにぎわっていることであろう。しかし今の時間帯は深夜。そして忘れてはならない、ここは“殺し合い”の現場なのだ。当然誰もいない、いるはずがない……。
…いや、いる!一人の男が!ギアッチョ、それがこの男の名前。
彼ははたしてなんのためにこのデパートにいるのだろうか?

唐突だが考えて欲しい。このギアッチョという男の性格についてだ。暗殺チームに所属していて、スタンド“ホワイトアルバム”の使い手である彼の性格はいたってシンプルである。目的のためには手段を選ばない、短気、理屈屋。彼の性格を簡単に言うとこんなところだろう。特に“短気”という点では際立っている。なにせ言葉にキレることができることなど彼ぐらいだろう。

先ほどの疑問への答えは簡単だ。人を待っているのだ。逃がしてやった弱者が、だれか人を呼んでくるのを待っているのだ。だが、しかし……

「このバトルロワイアルってよォ~殺し合いなんだよなぁ?他人を蹴落として、一人だけが生き残るサバイバルゲームだよなァ~?………だったらよぉ~なんでおれに対する支給品がただの“十字架”なんだよーーーーーーッ!?なめやがって、クソッ、クソッ!みんなで神に祈れば願いが通じるとで思ってるのか、クソッ!チクショーー、なめやがって!クソッ、クソッ!」

たださえ、イカ墨がついてそのヒドイ臭いにイライラしていたのに続いて期待していた支給品がこれだ。はたして彼が人を待つなどということができようか?いや、できるわけがない。例え、それが自分の計画であったとしても、だ。
実際には何分待ったのかわからない。三十分?一時間?いや、たったの十分だけかもしれない。ただ彼の中のイライラは最高潮に達している。
そしてギアッチョが出した結論は、“獲物を狩りに行く”。
(とりあえずこの“留置所”に行ってみるか…。スペースシャトルなんかに近寄るやつはいねぇだろうからな…)
その結論がこの先のかれの運命を決定するとは夢にも思わず、彼は歩きだした。綺麗な満月の元、彼は歩き出したのだ…。




◇   ◆   ◇



どうやらこの男、相当の手練れのようだ……。長い間占い師としてたくさんの人を、ジョースターさんたちと一緒に何人もの敵を見てきたから自分自身の人を見る目には自信がある。
だからわかる。この男には貫き通す意志の固さと数多の戦場、修羅場をくぐり抜けてきた臭いがする…。
車から降りてとりあえず説得してみよう。それでもだめなら…仕方がない。
「私の名前はモハメド・アヴドゥル!私たちはこのゲームに乗っていない!協力する気があるならばすぐに止まれッ!」
私の予想に反してその男はピタリと動きを止めた。しかし私の中の危険信号は以前回り続けている。嫌な汗が私の額を流れ、握りしめた拳が汗ばんでくる。
「あんた今、“協力”って言ったかァーーッ?だったらよぉ、この“協力”って漢字おかしくねぇか?せっかく三つの力が力を合わせて積み上がってるのに、ひとつだけでしゃばりやがってッ!せっかくのチームワークと絆が台無しじゃねェーかッ!なめやがって、この漢字!クソッ、イラつくぜェー!くそ、くそッ!」
次の瞬間……正直に言おう。私は恐怖した。
ふと違和感を覚えた拳を開こうとするが開かないのだ。それどころか指が気味の悪い紫色になり、接着剤で固定されたかのように動かないのだ!
そして、気がついた。額にかいた汗をさわるとパリパリと音をたてて透明のものが落ちてくる。自分の両腕には鳥肌がたち、奥歯が自然と鳴り出す。
これは恐怖のためではない。私もスタンド使いのはしくれ、死を恐れて歯が鳴るほど縮みあがるやわな精神ではない。
では、なぜか?温度だ…。急激に気温が下がったのだろう……つまりこいつは温度を操るスタンド使い!
「ほんとはこうゆうのは嫌いなんだけどよォ、お前を“ぶっ殺す”前にひとつ聞くぜ…。お前とあそこにいる野郎はトリッシュって女のこと、知らねェーか?」
チラッと後ろに目を向けると心配そうな顔をしたフェルディナンド君が車から降り、こちらを見ている。目の前の男に注目を払いつつ、手の動きと目でもっと下がるよう指示する。
この男はその動作を見ただけで私の答えを察知したらしい。
「“NO”のようだな、アヴドゥル…。それじゃ、ブチわれな!」
ヤる気満々になりながらも、相手を冷静に見れるとは……。
こいつはなかなかヘヴィになりそうだ!



◇   ◆   ◇



こんな状況でなければ見とれてしまうだろう。それほどまでに月の下で光を反射し、アヴドゥルへと滑っていくギアッチョは美しい。舞い上がる氷がダイヤのように弾け、まるでスケートリンクをかけていく妖精かのようだ。
すぐさま距離を縮めるギアッチョに対し、アヴドゥルはどうするのか?彼の得意技、クロスファイアーハリケーンを放つのか?ジョースター一族伝統的戦法“逃げ”か?
しかしアヴドゥルは迷っていなかった。彼が選んだ選択肢、意外!それは直進ッ!
怪鳥を思わせるような顔、凄まじいほどの熱気をまとったマジシャンズ・レッドを出現させアヴドゥルはまっすぐギアッチョに向かって行く。彼は自分の力を冷静に推し量り、すべてを計算したうえでこの答えを出したのだ。
(スタンドは本体との距離が近ければ近いほど強くなる。やつの射程距離は私を大きく上回っているがスタンドのパワーだったら負けないはずだ!)
アヴドゥルの中にも自負があるのだ。火を操るアヴドゥルがこの“温度”という勝負で負けるわけにはいかないと。
二人の距離が一気に縮まっていく。
50メートル…25メートル…10…5…そして…ぶつかり合う拳と拳!
巨大な氷をフライパンでおもいっきり叩いたような音が周りに響く。均衡している互いの力。だが次第に二つの拳から徐々に、徐々に水滴が現れ両者の手を伝っていく。それはすなわち氷が溶けているということ。アヴドゥルの力が勝っているということ。
手首、ひじ、腕。水滴は重量に逆らうことなく、体を伝っていく。二人はいまだ動かない。まるでこの水滴が二人の勝負を決めると約束したかのように。その水滴が体を離れ、地面に落下した瞬間…、
「ッ!?」
ギアッチョの手を覆っていた氷が目でもはっきりとわかるほど溶け始めたのだ!
直接触れるだけで相手を凍らせ、一種の氷の芸術にしたてあげる“ホワイトアルバム”はアヴドゥルの悪を打ち砕くという心に負けたのだ!
自分の勝利を確信したアヴドゥル。この勝機を逃すまいとマジシャンズ・レッドが熱を強めていく。その強さ!
銃弾も刃物も通さなかった厚い氷が水溜まりとなって二人の足元を濡らすほど!ギアッチョの表情が焦りと恐怖に染まるほど!
もはやギアッチョがまとっている氷の鎧はわずかなもの。

―――しかし
「なッ……に…?!」
アヴドゥルの腹部を衝撃が襲う。
その時アヴドゥルはなにが起きたかわからなかった。ギアッチョが組み合ったまま繰り出してきた蹴りを同じく足でさばき、カウンターを叩き込む。そのはずだった…。ギアッチョの蹴りにはスピードも、キレもなく、パワーも感じない平凡な蹴りであった。
なのに…なぜアヴドゥルはその蹴りをくらってしまったのか…?


ゴゴゴゴゴ……

「たまによォー、画ビョウを踏んづけちまったのに気づかないて靴下が血だらけになってることあるよなぁー?ムカつくよな、チクショー、なんでこんなとこに画ビョウがあんだよって思うよな。あれってつまり足の裏の神経がにぶいんだよなぁー?」

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…

「そう、にぶいんだよなぁ…。ところで寒さって切り詰めていくと痛みになるわけだ。だからだろうな、アヴドゥル…。だからお前の足を凍らせ、水溜まり固定してもお前は気づかなかったんだろうなァー!!」

固定といってもほんの僅かなもの。しかしこのギアッチョの前ではその僅かな隙は死に繋がる。ほんの数秒、足を無理やり引き離そうと思えば可能だ。しかしそれで戦えるほどこの場は甘くない。

追いつめたと思ったのは逆に追いつめたられていたのだ。勝ったと思った時には負けていたのだ。アヴドゥルのパワーが勝っていたわけではない。“あえて”パワーを抑えたギアッチョの作戦だったのだ!
ギアッチョが繰り出した蹴りは的確にアヴドゥルの内臓を揺らした。それはアヴドゥルがマジシャンズ・レッドのコントロールを失うには充分な一撃。

足元から次々と登っていく氷!!
考えてみてほしい!!自分の体が生きたまま氷付けにされていくことを!!痛みももなく、冷たさも感じず自分へ死が近づいていることを!!
「うおおおおおおッ!!」
「チェックメイトだぜ……アヴドゥル!」



◇   ◆   ◇




フェルディナンドは心の底から恐怖していた。絶望していた。
正直に言うとこう思っていたのだ。
自分のこの能力は最強だ、アヴドゥルと供に行動し、何人か仲間が集まったところをブスリ。あとはそいつを利用して恐竜化を伝染させていけばいい、このゲームで優勝するのは自分だ、と。
だがこのギアッチョを見て彼の心と自信はくだけ散った。
(こんなやつ…勝てるわけがない!)
それが率直な感想であった。
百獣の王、ライオンが史上最強の肉食恐竜、ティラノサウルスを相手にするようなものだと思った。
刀を通さない硬い鎧、遠く離れているにもかかわらず自分の息が白くなるほどのパワー、そして今まさに氷ついていくアヴドゥル。
(アヴドゥルが殺されたら次は自分の番だ…いやだ、死にたくないッ!)
しかし気持ちとは裏腹に体は動かない。まるでアヴドゥルと同じように体を凍らされたかのように。
そうこうしているうちに一歩一歩アヴドゥルへと確実に死は近づいている。
アヴドゥルはなんとか固定された氷を溶かそうと炎を燃え上がらせる。懸命に力を振り絞るマジシャンズ・レッド。それでも氷は溶けない、ヒビさえ入らない。
鋭く冷たい氷のような殺気がギアッチョのなかで燃え上がる。蒼白い炎かのように。
口をついてでる言葉と供にギアッチョの眼光がさらに厳しくなる。

ドドドドドド

「覚悟はできてるんだろうな?」
ドドドドドドドドドドドド…

「こいつは俺の仲間の受け売りだがなァ、俺たちギャングは…“ぶっ殺す”と思った時には…」

ドドドドドドドドドドドドドドドドドド…!

「すでにッ!ぶっ殺しているんだッ!」

ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド…!

「死ねェ――――ッアヴドゥル―――……ッ?!」

―――ギアッチョが倒れた。

フェルディナンドは思った。ギアッチョはただ転んだだけだ、すぐに立ち上がるだろう。そしてアヴドゥルと自分を始末するだろう、と。
フェルディナンドの脳裏に今までの人生が走馬灯のように駆け巡る。自分はここで死んでしまうのか、短い人生だったなぁ、とフェルディナンドはぼんやりと思った。しかしその走馬灯もひとつの“奇妙な疑問”の前に頭からふっ飛んだ。
“なぜギアッチョは転んだまま立ち上がらないのか?”
ギアッチョはまるで道端に落ちている犬の糞を避けようとし、足をくじいたかのようにそのまま動かないのである。転んだこと自体不思議なのだが、さらに不思議なのは倒れてから立ち上がるまで時間がかかりすぎているのだ。
まるで“立ち上がらない”のではなく、“立ち上がれない”かのように。

―――――答えは

「な…んだ?!肺…喉…かァ?呼………吸がで…きね…ェ…う…そだそ…んな…馬鹿…なッ!?」
「チッチッチッ…。このモハメド・アヴドゥルがなんの考えもなしに、ただ君のなすがままになっていたと思ったのかね?」
―――フェルディナンドはやっとわかった。なぜモハメド・アヴドゥルが“赤の魔術師”を名乗っているのか。
「火を燃やすには酸素が必要だ。そして火を燃やせば酸素が消費され、二酸化炭素が空気中に発生する。私がなにが言いたいかわかるだろうね?」
―――なぜ彼のスタンドが“火”を使えるのか。
「火事場で火を恐れてはいけない。人間の身体は案外丈夫に作られていてそう簡単に焼け死ぬことはないからね…。では逆にどのようなことに気をつけないといけないのか?それは二酸化炭素を吸いすぎ、酸素が足りなくなることだ。」
―――どうして自分は彼の言葉に説得されるのか。それは…
「今君はまさしく呼吸困難に陥っている…。私の作り出した火とその二酸化炭素によってね!」

―――彼が自分の心に希望という名の火を灯す手品師だったからだ!

「アヴドゥル!」
いつの間にか口をついて出た言葉。しかしその声はほんの数十分前とはまるで違う声。尊敬と感謝、その二つが込められていた。
「Yes I am!!チッ、チッ、チッ!!」



◇   ◆   ◇




ギアッチョが思いだしたのは自分たち暗殺チームが受けた屈辱。ボスの娘、トリッシュを奪うために死んでいった仲間たちのこと。そしてギャングとしての誇り。彼にとってこの状況は屈辱なのだ。勝利を確信している二人を前に、生殺しにされている今の自分が気に入らないのだ。
(なめやがって、クソッ!!俺たちは腕が取れようが、足をもがれようが相手に食らいつくという覚悟の元、ギャングをやっている…。そこらのゴロツキやチンピラとはわけが違うんだぜ…。相手にみすみすと勝ちを手渡すぐらいなら俺たちギャングは…!)
自分の身体に鞭を打って立ち上がったギアッチョ。予想外といった表情をとるフェルディナンド。すかさず戦いの構えをみせるアヴドゥル。
今のギアッチョに付け込む隙があるとしたら、それは今だ凍っている足元の氷。動くことのできないアヴドゥル。そして、二人の油断。
(なんとかして、なんとかしてアヴドゥルの身体に直接触れる。二十秒…いや十秒で充分だ。触り続けることができたならやつを完全な氷像にできるッ!いや、やってみせるぜッ!)
もはやギアッチョに自分の身体を気にするそぶりなどない。もうろうとする意識、整わない呼吸、両手へのヒドイ火傷。
彼は覚悟した。そして別れを告げた。自分の命と死への恐怖に。
マジシャンズ・レッドの燃え盛る拳。左肩に走る激痛。倒れこんだ時に左手首に聞こえたいやな音。もう左手は使い物にならない。なんでもない肘打ち。それすらも止めることができない。
「………ドゥル!!」「…るな!!その…ま……そ……いるん…!!」
どうやら聴力まで失ってしまったようだ。目の前で騒いでいる二人の声がまったく聞こえない。
右胸にくらい再びぶっ飛ばされる。立ち上がる。顔面に左ストレート。立ち上がる。再びその場に倒される。
だが、歩みだけは止めない。一歩一歩確実にアヴドゥルへと向かっていく。自分の誇りを胸にギアッチョは立ち上がり続ける。
そうして何回跳ね飛ばされただろう?何度酸素不足で意識を手放しかけただろう?
しかしギアッチョは諦めなかった。
その執念が!その根性が!彼はついに掴んだのだ、アヴドゥルの手を!
瞬く間に凍り付いていくアヴドゥル。ギアッチョ最後のスタンドパワーの凄まじさと言ったら!
今度こそ仕留めてやる、その気持ちが乗り移ったかのようにホワイトアルバムのパワーは強まっていく。
彼自身の身体が凍ってしまうほどに。
ふたつの氷像ができあがっていく。その様は一種の絵画。一人の男にすがりつくもう一人の男。まるで自分の罪に許しを請う人間とそれに答える聖人かのような。

着々とできあがる氷像を前にギアッチョの表情は満足気であった。自分の信念を貫けた、ギャングの誇りを示すことができた。それだからだろうか、急に意識が遠くなる。身体が言うことを聞かなくなり、瞼がストーンと落ちてくる。
しかし…次の瞬間、彼の目に飛び込んだものは―――
(……!?…アヴドゥル……!!こいつ……ッ!!)
彼の目に映ったのは自分自身の身体を燃やしているアヴドゥル。自分の体に火を着け、なんとか体の凍結を食い止めているアヴドゥル。
人間が生きているということはそこにエネルギーがあるということだ。エネルギーがあるということは熱を持っているということ。熱があるということは凍らないということ。
凍ってしまった体や氷自体を溶かすことができないのはもうわかっていた。よってアヴドゥルは自分自身の身体を燃やしたのだ。その目にひとつの“覚悟”を宿して。

(……完…敗だぜ…。認めてやるよ…、アヴドゥル…。お前の…その光り輝く“黄金の精神”!)
ギアッチョは最後に無念の表情を浮かべ、氷と炎の狭間でその一生を閉じた。



◇   ◆   ◇



住宅街にはもはや戦闘の音は響いていない。ただ一人の男のかすれた声が聞こえるだけだ。
「アヴドゥル…」
死力を尽くしたその男をフェルディナンドは抱きかかえている。彼の腕は氷に包まれ、そして下半身は消し炭かのように真っ黒となり、周りに人間が焼けたときの独特の臭いを漂わせている。そしてそれが示している。もうこの男は助からない、と。
しかし何のいたずらか、彼はまだ生きていた。モハメド・アヴドゥルが必死に生きようと足掻いた結果、天は彼に少しの時間を与えてくれたようだ。
「どうして…こんな……。君がいなかったら…「チッ、チッ、チッ…」
その言葉を遮る。今彼が欲しいのは悲しみにくれる言葉でも、涙でもない。彼が生きた結果、それを新たなものに受け継がせなければならないのだ。
「フェルディナンド君…ここをすぐに離れろ。戦闘音を聞いたほかの凶暴な参加者がやってくるかもしれない…」
アヴドゥルの手がフェルディナンドの手を握る。その手は死を直前に控えた人のものとは言えないほど力がこもった手であった。
アヴドゥルの顔に笑みが浮かぶ。その表情は死を直前に控えた人のものとは言えないほど穏やかでやさしさに満ちている表情であった。

「ジョースターさん、承太郎、花京院にポルナレフにイギー…みんなに謝っといてくれ。“すまない、みんな…今度ばかりは本当に死んでしまうようだ”と…」
フェルディナンドはその手を握り返す。
「自分で言えばいいじゃないか、アヴドゥル…。とてもそんな言葉、私には言えない…」
そう、フェルディナンドにもわかっている。アヴドゥルが死んでいくなんてわかっているのだ。それでも認めたくないという気持ちが彼の中であるのだろう。
しばらくして、心が落ち着いてから彼はアヴドゥルの目を見てはっきりと言った。
「アヴドゥル、君の意志は受け継ぐ。必ずやあの“荒木”を打倒して見せよう」
その力強い言葉を待っていたのだろう、満足したかのように目を閉じる。そしてかすれた声で言う。
「ありがとう、フェルディナンド君…。そしてもうひとつ……みんなに伝えてくれ……。」

「“つらいことがあった、いろんなことがあった…でも楽しかったよ。みんながいたからこの旅は楽しかった”…」

彼の目から一粒の雫が零れ落ちる。
彼の手から…力が…抜けた…。
そして…モハメド・アヴドゥルは…眠りに着いた。
永遠の眠りへと…。

モハメド・アヴドゥルは死んだ。
…そう確かに死んだのだ。

だが次の瞬間、彼は生き返った。偽りの生命を持って。
「言ったじゃないか、アヴドゥル…自分で言えばいいと…」
その目に宿すものは異常なまでの“生”への執着心。自分の目的のために自分自身を捨て去る漆黒の決意。
「君が死んでよくわかったよ…やはり“生きる”というのは大切だ。大地への尊厳以上に大切なんだ、自分が死んだら大地もくそもないからな…。」
その手に握るは医療という名の元、何人もの医者が人々に“生”を与えてきたメス。皮肉なことにそのメスがアヴドゥルに最も穢れた“生”を与えてしまった…。
「約束は確かに果たすよ、アヴドゥル…。君の言葉も確かに伝えよう…。」
その顔に浮かぶのは狂気。過程や方法などどうでもいいといわんばかりの表情。
「だが、生き残るのはこの私だ…。最後に笑うのはこの…、フェルディナンド博士だ…!」

闇に獣の声が響いた。



【D-6 /一日目/黎明】
【フェルディナンド】
[スタンド]:『スケアリーモンスターズ』
[時間軸]:ロッキー山脈への移動途中(本編登場前)
[状態]: 固い決意、精神力疲労(中)
[装備]:メス(ジャック・ザ・リパーの物)
[道具]:支給品一式 ×4、麻薬一袋、ダイアーの未確認支給品×0~2個、スティックス神父の十字架
[思考・状況]:
基本行動方針:優勝する。過程や方法などどうでもいい。
1.優勝する。
2.恐竜化したアヴドゥルを利用する。
3.ジョセフ・ジョースター、花京院典明、J・P・ポルナレフ、イギー、空条承太郎にアヴドゥルの最後の言葉を伝える。協力する気はないが、利用できるならば利用する。
4.荒木に対する恐れ(だいぶ薄れました)

※フェルディナンドは、 『ジョセフ・ジョースター、モハメド・アヴドゥル、花京院典明、J・P・ポルナレフ、イギー、空条承太郎』 の姿と能力を知りました(全て3部時点の情報)。
※フェルディナンドがこの後どこに向かうかは次の書き手さんにお任せします。ちなみに彼は車を運転できません。よって彼が車をどうするかも次の書き手さんにお任せします。
※ギアッチョの支給品はスティックス神父の十字架でした。
※恐竜化したアヴドゥルが博士の近くに横たわっています。
※アヴドゥルの首輪はついたままです。機能自体は停止していますがなかに爆薬はまだ入っています。
※「スケアリー・モンスターズ」は制限されています。
  • 解除後は死亡
  • 恐竜化してもサイズはかわらない
  • 持続力、射程距離、共に制限されています。ある程度距離をとると恐竜化は薄れていきます。細かい制限は次の書き手の皆さんにお任せします。
  • 恐竜化の数にも制限がかかっています。一度に恐竜化できるのは三体までです。
※フェルディナンドは制限に気づいてません。
※荒木は放送でアヴドゥルの名前を呼びます。

【モハメド・アヴドゥル 死亡】
【ギアッチョ 死亡】
【残り 75人】

投下順で読む


時系列順で読む


キャラを追って読む

21:恐竜博士と、占術士 モハメド・アヴドゥル :
18:ダイアーさんは砕けない ギアッチョ :
21:恐竜博士と、占術士 フェルディナンド 84:虫と恐竜

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最終更新:2010年03月09日 16:00