じっと顔を見つめる。
充実感に満ちた顔を眺め、開かれたままの瞳を自分の手で降ろしてやる。
俺は彼の宗教を知らない。そして俺自身が信じるものが『男の世界』である以上、彼が望む埋葬の仕方はわからないが…。

「墓穴の準備はできたぞ…リンゴォ・ロードアゲイン……」

少なくとも俺の、俺が納得する敬意の表しかたはできる。
その声を合図に俺は彼の体を抱き抱える。割れ物を扱うように慎重に、聖人を扱うように恭しく。
底がならされた一段低くなったその穴にゆっくりと降ろしてやる。少しサイズがあわないのか、体を縮め窮屈そうだけれども致し方ない。
背中を丸めるように横たわる男を見下ろし、俺は先の戦いを掘り起こす。少しずつ、土を被せ顔形が見えなくなるなか、俺は作業を進めながらも考えることをやめなかった。

『俺は行く、男の世界へ!この拳でな…。リンゴォ!お前がどれ程嫌でも付き合ってもらうぜぇー! 』
『ッ…がッ…ぁあ…頼んだ』
『フッ、フフ…見、たか…着ぐるみ、野…郎…!!』

怪我した腕の状態は芳しくない。
それでも俺は丁寧に、丹念に土を被せていく。傍らに立つ男は俺が一人でやりきることに意義があることに理解を示してくれたのか、手を貸すような野暮なことはしなかった。

…それもそうだろうな。

太陽の当たらない、日陰の場所にしか彼を埋葬できなかったことは心残りだがそれも仕方ないことだ。
俺は怪我のため、穴を掘れない。タルカスは太陽の下を歩くことができない。
それでも額から吹き出るように流れ落ちる汗を一拭い、依然手は休めない。
存外短時間で終わった儀式に俺は一息つく。少し盛り上がった土を前に今一度俺は目を閉じ黙祷を捧げる。

地平線よりゆっくりとその姿を見せる太陽。その明るさに目を細めると同時にその温かさともたらす恵みに想いを馳せる。

どこまでも透き通る空の蒼さも。
囀ずる小鳥の歌声も。
俺は彼の分まで背負って行こう。
約束しよう。必ずこの先君との闘いは忘れない。そして、この俺を聖なる領域へと高めてくれたことに…

「感謝いたします」

深々と垂れていた頭を持ち上げ、足を門への方へと向ける。
儀式は終えた。俺は自分の仕事に、己を乗り越えるための場所へと帰る。

「『借り』ができたな、リンゴォよ…」

その時を狙ったのかのようにそいつは声をかけてきた。
俺とはまた違う世界を持つ男。戦士としての誇りをもち、主君に仕えることを第一としている男。
閉めきっていた門を再び開けるため体重をかけるとゆっくりと軋み唸りながらも動き始めた。
来訪者を迎え入れる準備を終え、俺は振り向くとタルカスと視線を合わせる。
日陰にしかいられず太陽の下へは出れないその体。日陰を進み絶対日光が当たらない道を進んだとはいえ危険を犯し俺の儀式の手伝いをしてくれた。


「…手伝いには感謝する。しかし勘違いするな、俺はお前のために門番をしているわけではない………」
「………」
「乗り越えるべきは相手か、自分自身か。俺はこの館でもう三人もの参加者と遭遇した」
「絶好の狩り場だと?」

沈黙で返答とした。俺は来るべき戦いに備え体を伸ばす。門を見据え、まだ見ぬ『男の世界』を夢想する。

「だが借りは返そう。即ちここで俺は約束をしよう、タルカス。『ディオ、そしてその部下どもには手を出さない』とな…」
言い終わってしばらく経ってから背後より忍び笑いが聞こえた。わざとらしいその堪えかたに俺は一息はくと少しだけ声をはった。

「聞こえたか?門の外にいるもの…お前がディオ・ブランドーの部下というならばここに手を出さないことを誓おう」

埋葬の途中、聞こえた蹄の音。僅かに風に乗って運ばれる血の臭い。
そして気配を隠そうとするその警戒心。
だからであろう。俺は姿を表したものが馬に乗った少年であっても油断するようなことはしなかった。
身軽な仕草で馬よりヒラリと降りる。その細かな歩幅で間合いをつめ俺と視線を合わせた。

「貴様ら人間にはわからぬことであろうが…小僧……血の臭いは落とせるようなものではない」

はりつめた空気。無表情の視線を変えたのはタルカスの唸るような言葉。
顔に釣り合わない歪んだ笑みを浮かべて少年は口を開いた。

「バレたってならしょうがねぇよなァー?それにお前らもDIO様組なんだろ?んならまだ…ノープロブレムだな、ヒヒヒ……!」

笑い続ける少年の正面より体半分だけ退かし道を作ってやった。俺の顔へと視線を固めたままそいつは歩いていった。

…残念だ。しかし同時に安心もした。ヤツの、あの少年の目には醜く曇っていた。
汚らわしい決闘にならなかったことを喜ぶべきなのか。それはわからなかったが。
タルカスとなにやら話し込むその会話を片耳に俺は宥めようと馬の手綱を握った。
なかなか収まらないその馬にため息を吐き、同時にまたも自分が戦いに飢えていることにきづいた。




     ◇   ◆   ◇






食器を打ち合わせるような音だけが沈黙を破っていた。
インディアンのくせにどこで身につけたかわからないがそいつはしっかりとテーブルマナーを守り、優雅なティータイムとしゃれこんでいる。
どこかぼんやりとしてうまく働かない頭でそんなことをふと思った。鈍い痛みを手のひらに感じ見てみると指先から血が流れていた。
どうから無意識の内に割れたマグカップの破片を強く握っちまっていたようだ…。

ちっ……俺も弱くなっちまったもんだな…。たくさんの仲間の死を乗り越えたあの旅は俺を強くしたと思ったのによォ………。
いつから俺はこんなセンチメンタルになっちまったんだ。
頭でそんなことを考えながら俺は手を動かす。砕け散ったマグカップの破片を拾い上げてはテーブル上に置いていく。俺の血が破片を赤のまだら模様に染め上げていく。

荒木にここに呼ばれた時、なにもかもが胡散臭く見えたぜ。作り物の世界に放り込まれて自分が信じることができるのは仲間達しかいないと思ってた。
でもよォ…俺はそう思ったはずなのに死んだ仲間の名前を見つけて…それを見て素直に嬉しくなっちまった…。
自分で作り物は信じないと誓ったくせにそれでもそいつの名前を見たときもしかしたらまたそいつに会えるんじゃねーか、なんて希望を持っちまった。
またそいつに会えると思うと嬉しくて楽しみで、あの時照れ臭くて言えなかった礼を言ってやるって俺は固く自分に約束した。

なのに…なのに、なんで死んじまったんだよ、アヴドゥル……………ッ!

液体で満たされていた欠片に一滴、二滴と涙の破片が降りかかる。
重力に従い、赤のまだらを純白に戻しながらテーブルクロスへとその姿を消していく。
くそっ、なんで泣いてんだよ、俺は…。ちくしょう、元々死んだ奴じゃねーか、ジャッジメントの時とは違げーんだよ………。

いつから俺はこんな弱虫になっちまったんだ?俺ってこんな貧弱だったか?
たぶんそうだったんだろうな…。俺は、弱い。
戦いにおいてではなく精神的にという意味でだ。
だから俺はサウンドマンのやつが立ち上がった時も動けなかったのだろう。
トニオさんに感謝の言葉を言い、俺のほうにチラリと目線を向けた時に言葉を口にできなかった。
ただ呆然と突っ立つ俺を残しサウンドマンはいなくなり、扉が閉めた時のベリの音が虚しく響いていただけだった。

「どなたかお知り合いを………亡くされたのですネ」

コーヒーカップとクッキーの皿をお盆に乗せ机を片付けながらトニオさんが俺に訪ねる。
あえて俺の顔を見ないのはトニオさんの気遣いだろう。
本当に強い人だ…トニオさんは俺なんかより遥かに、何倍も強い。
サウンドマンが死者を読み上げた時からそれっきり俺は黙りこくってその上マグカップを取り落として割っちまったのにトニオさんは違う。
微塵も動揺を見せねぇ。
それどころか料理人として、笑顔を浮かべて食事をするっていう誇りを崩さなかった。一秒たりともだ。

でも俺は気づいてる。
たぶんトニオさん本人もわかってるんだろう。キッチンへと向かうその背中はさっきより少し小さく丸まって見える。
それを見ながら俺は自分の中で悲しみ以上のものが込み上げて来たのがわかった。
トニオさんも誰か大切な人を亡くした。それも一人じゃねぇ。何人もだ。寂しげな笑みとあの背中がそれを物語っている。それでもトニオさんは…笑ったんだ。

くそったれ…俺は…なにしてるんだッ!

ゆっくりと立ち上がると俺は拳を握る。自分が不甲斐なかった。
トニオさんはトニオさんの戦いをしてる。パール・ジャムのスタンドは沢山の人を笑顔にしてきた。それはきっとトニオさんにしかできないことだ。
なら…俺の仕事は何だ?俺のすべきことってなんなんだよ?
決まってる。戦うことだ!

ずんずんと向かっていく。その先にある目的のもの、俺はそれに手をかける。
頭を冷やせって?充分冷静だぜ、わかってるよアヴドゥル…
あの旅で成長していなかったら俺はきっとすぐにでもここを飛び出していただろう。なんの自衛の術をもたないトニオさんを残してな。

だから俺はそれを取った。自分の役割を果たすため。
相手が悪党だろうとなんだろうとかまわねぇ。このままじっとなんかしてられるか!
人を殺す輩ならおびき寄せて叩く。荒木に反逆の意思を見せる奴なら仲間にする。

決断をした俺にそのコール音はやけに長く感じられた。
拳を握り直すと俺は汗ばんだ手でもう一度ダイヤルのボタンを押した。





     ◆





いつもなら気にならない水の冷たさは身を切るようだった。気づいたら同じ皿を何度も磨いていて私は苦笑いを浮かべた。

「…仗助サン、…康一サン」

母国の言葉でなく彼らの国の言葉で名前を口にした。そうでないと天国にいる彼らはわからないでしょうからね。
だけど続ける言葉が見あたらなかった。何を言って言いかわからずサウンドマンさんの情報を聞いた時から同じ言葉がぐるぐると頭を回る。

「私ハ料理人トシテ……失格ですネ…」

客を前に上の空じゃ一人前のシェフは名乗れません。何時だって笑顔でお客様の笑顔をも作り上げるのが私の仕事だというのに。

けれども、けれども…この舞台でシェフに何ができるというのだろうか?

バリン、と皿が砕け散る。手から滑り落ち粉々になった皿を見つめて私は思った。
料理で人を元気にする?この私が?自分でさえ元気でない料理人が?
偽りの笑顔しか知らないシェフがいったいどうやってお客様に本当の笑顔を届けることができるというのだろう?
フロアに飛び散った残骸をかき集める。
堪らなく惨めで、寂しかった。

「私ハ…無力ダ………」

仗助サン、康一サン…聞こえますか?私は…どうすればいいんですか………。




     ◇   ◆   ◇





薄暗い廊下を歩いていく。やけに自分たちの足音が木霊していてそれが一層不気味だった。
外観からわかっていたけど相当広いわね、この館…。

空条承太郎を始末した後、私は吉良吉影と供にDIOの館へと向かった。吉良は嫌がっていたけどそんなことは私にどうでもよかった。
恐怖の殺人鬼も正体を知れば私にとってただの変質者でしかなかったのだから。

きっと何処かに引きこもりたがってるんでしょうね…。
最大の脅威が消え去った今、私を含む正体を知っている者を消したい…そう思ってるんでしょうけどそうはさせないわ。

最大の脅威が去ったのは私も一緒。空条承太郎という一つの城を陥落させたなら残るは残党狩り。
確かさっきの放送で…20人近く減ったのかしら?六時間で20は上々のペースね。このまま行けば今夜には終わってるかも。
ふとあたしの脳裏を過ったのはエンヤという老婆。あいつ、しっかり働いてるかしら?

死んでる?生きてる?沢山参加者を殺してくれたかしら?案外くたばってたりして。
ただ一つ言えることはあいつみたいに利用できる人数を増やしていかないとあたしはこの舞台で勝てないでしょうね…。
ラブ・デラックスじゃ遠距離型のスタンドや銃に対抗できない。勝てる手段は全て使わなきゃ……!

だからあたしはDIOの館へと向かった。狂信的までのカリスマ性を誇るDIO。エンヤに代表されるようにその絶対的な力に集まる者は多い。
だからこそそこを行くッ!ギリギリの勝負にはなるでしょうね。それこそがあたしにとっての乗り越えるべき障壁ッ!

既に門で利用できる人物が二名いたことはわかってる。幸いなことにタルカス…だったかしら?
エンヤの名前を出したらすぐに通してくれた。もう一人の男も気になるところだけれども…まぁ、今はいいわ。それよりも中に何人いるか、そっちが優先だわ…。

廊下の終わりの扉に手をかけると私は唾をゴクリと飲み込んだ。意を決して扉を開く。
そこは天井が高めの広々とした部屋だった。でも衝撃だったのはそんな部屋の構造なんかじゃない。何よりも中にいた人物に私達は驚いた。

「川尻…早人………ッ!?」

何処か疑ってるような吉良の声。それもそうでしょうね。あたしだって信じられない。
吉良に敗北の原因で大きな役割を占めた川尻早人。吉良が殺すべき相手としての川尻早人。

獲物を前にした精神の高ぶりからか、一歩一歩近づいていく吉良に対してあたしの脳は冷静だった。
この川尻早人がどうやってあの門を突破したの?どうしてDIOの館なんかに?その目的は?
一方の川尻早人も狼狽えた様子だった。視線があたしに移っては吉良に移り、口をパクパクさせ言葉にできないように見える。

「あなたは……、あなたは…!」
「………お前が私を知っているのか。なにも知らない小僧なのか。そんなことはどうでもいい………!」

「ここでお前を始末するッ!」

吉良は憎々し気に拳を握ると早人ににじりよっていく。今にもキラークイーンで爆発しかねない男にあたしは黙って制止をかけた。
まとわりつく髪の毛を鬱陶しそうにするとやっと冷静さを取り戻したのか吉良はその場に止まる。

「なんのつもりだ…山岸由花子………」
「冷静になりなさいよ。このガキがどうやってあの門をパスしたのよ?不思議だと思わない?」
「そんなものはどうとでも説明できる。なにより問題はそこではない…。この吉良吉影の終わりの発端が目の前にいる。それ以外になにがあるというんだ?」

もはや怒りを通りこして呆れしか沸いてこなかった。こんなにも使えないとは…買い被りすぎたかしら、吉良吉影…。
ため息一つ吐くと伸ばしていた髪の毛を呼び戻す。血みどろの親子対決という名の一方的な虐殺の観戦を決め込むとあたしは近くの椅子を引き寄せて腰かけた。
いや、虐殺っていうのは間違いね。キラークイーンでの殺人なんて一瞬ですもの。

「………ヒヒヒ」
「何が可笑しい?」
「ヒヒヒ……フフフ…ガッハハハハハ!いやいや、失礼…これだからやめられないぜ…まったく自分の能力にはほんと感謝してるぜ…」

突如笑い声をあげはじめた少年。そこに今までの面影は微塵もなく私の知らない何がそこにいた。
ゾワッと全身が逆立つのがわかった。こいつは…川尻早人じゃない。

「能力ってことはもしかしてスタンド能力?相手の姿に変装できるものかしら」
「お前頭脳がマヌケか?自分のスタンド能力をおめおめと晒すやつが何処にいるってんだよ」
「それもそうね。じゃ、一つだけ聞かせてちょうだい。
門の所にいた二人はどうもDIOの犬みたいだった。あたしが知ってるエンヤって婆さんもDIOを盲目的にまで崇拝してた。
貴方はどうもその類いに見えないけど…どうかしら?」

あたしの言葉を受け偽早人は一層顔を歪めた。にやついた顔で焦らすように返答を溜める。

「さぁ、どうだかね?まぁ、そこらへん含めてギブアンドテイクといこうか、お嬢ちゃん。
なに、嘘はつかねぇよ。こっちだって情報が欲しいのは事実なんだしよォ!」

会話を交わしたあたしの率直な感想は、扱いづらい相手というもの。
吉良のように一定のルールに従ってるわけでもなく、タルカスやエンヤのように誰かを利用すれば簡単に従うたまでもない。
自分以外を容易く蹴り落とす、ある意味純粋なプレーヤー。
口車にのせるのは…厳しいわね。ギブアンドテイクって言葉通りにうまくいっても…同盟ってのが妥当なところかしら?

「わかったわ。それなら私から話しましょう」
「ヒヒヒ…大人の世界がわかってるじゃねえか」

でも結局あたしは情報交換をすることができなかった。
扉の軋む音に振り替えると新たに三人の男があたしたちの交渉の舞台に上がったのだから。





     ◇   ◆   ◇





このゲームは運命の巡り合わせ。そこに一つ一つ意味がある。
もしもジョルノとディオがリンゴォ・ロードアゲインと戦うことがなかったならば。
もしもタルカスがリンゴォに負けるようなことがあったならば。
もしもタルカスがディオを知らない時代から呼び寄せられていたら。
そして、もしこのエンリコ・プッチがDIOの館に向かうという選択肢を選ばなかったならば。

…全ては神の導きだ。
なによりも愛されているのはこの私ではない。
進む道、進む道、全てが正しい方向へ向かっていく。そんな星の元に生まれたディオ・ブランドー。
神よ、貴方が全てを決定なさっているというならばなによりもこのエンリコ・プッチとディオ・ブランドーを巡り合わせて下さったことを感謝いたします。

ディオ本人のおかげで懸念されていた門前の無益な争いは避けることができた。
タルカスとやらは太陽のもとを歩くディオを見て驚いていた。
容姿についてはなにも言わなかったことからきっと『スタンド使いになる以前の吸血鬼ディオ』に従っていた者だろう。

そう!ここDIOの館に集まる者は全てDIOの名の下に集う者!
善だろうと悪だろうとその絶対的な名前の元には情報が集まる。だから私はここへ来た。
しかし…蓋をあけたら収穫はそれ以上!

門番二人に少年を合わせると三人もの参加者。
やはり彼は神に愛されている。生まれついての王の元に民がこんなにも容易くあつまるとは…。
ただ戸惑いが生まれるのは確かだろう。

私達三人がディオを先頭に部屋に入った際も三人が三人、僅かに表情を変えただけだった。
つまるところ、『この時代』のディオを知らないのかもしれないな…。

だから私は語った。名を名乗りディオという実例を元に私は先ほど四人で纏めた荒木の能力についての仮説を三人に説明した。
ちなみにタルカスやリンゴォを呼び込むようなことはしなかった。襲撃者を恐れてというのもあったが何より…彼らは頭脳がアレそうだったのでね。
独自の価値観を持つものと戦士にこの話をしても別段利益があるようなものでもないしな…。

私の長い仮説を聞き終えた三人の反応はディオを見たときのそれと対して変わらなかった。
三十代近くの男はそもそも話に興味がないのか、なんの反応を示さずどこからか持ち出した紅茶をたしなんでいる。
少女と呼ぶには幼すぎて、女性と呼ぶには成熟されていない彼女は話の最中僅かに眉をつり上げ視線を少しさまよわせたがその程度。
すぐにもとの鉄仮面に表情を戻してしまった。
そして少年は…最初こそ目を細め胡散臭げに私の話を聞いていたものの、最後には子供とは思えないゲスじみた笑いを浮かべニヤニヤとしていた。
…どうもタルカスの時とは勝手が違うようだな。
ほんの少しだけ不安を抱きながら私は話を進めることにした。

「私の仮説になにか質問は?」

お互いがお互いの反応を伺うような微妙な沈黙。
男はチラリと視線をあげたがその後は知らぬ存じぬを貫く。
彼女は仮面を張りつけたまま微動だにせず。
少年は笑いを堪えきれず忍び笑いを漏らす、それだけ。

…なんなんだ、この三人は。私は知らず知らずの内に苛立ちを覚え始めていた。
主たるディオがいるのにこの態度。まずそこが堪らなく不愉快だ。
いったい何を考えているというのだろう。よもや王座を狙おうとしている輩どもか、と疑いも沸いてくる。
私は少しだけ語調をきつくしながらも疑問を口にした。

「どうやら私の仮説を信じてもらえたようなので私から君たちに質問したい。
君たちは正確にどの『DIO』に仕えていたのか?各々とDIOの関係について詳しく聞きたいと思ってるのだが…」

真っ先に返答をしたのは彼女だった。髪をかきあげながら口を開いた。

「それに答えて私達になにかメリットはあるのかしら?」

思わず耳を疑った。なんだと……今なんと言った?この女はなにをほざいた?

「ヒヒヒ…お嬢ちゃんのいう通りだ。ここじゃ情報が命だからな。ただ一つだけ言ってやろうか?
少なくとも俺が知っているDIO『様』はこんなもやしっ子じゃなかったぜ。
一度対面しただけだったが滲み出るようなカリスマ性とやること全てが正しく思える絶対的な支配力。
そこのお坊ちゃんじゃ………ヒヒヒ……!役不足だ」

こいつは今何を口にした?!何を主張した?!
血液が逆流するほどの怒りが私の中で持ちあがる。もはや私は聖職者という仮面をつけている自信がなかった。
一人の友を侮辱されたという事実が私を一人の人間に戻した。スタンドが答えるかのように私より浮かびあがりそうになる。
奴らに相応しい処刑を施す!私の夢、偉大なるDIOの目的、天国を侮辱した罪はあまりに、重い。
そう思い怒りの言葉が口うをつきそうになった時だった。

「いい加減にしろッ!!」

その声に私は冷水を浴びたかのように一気に冷静を取り戻した。
予期せぬ声に反射的に振り向くと怒りに拳を握りしめ、身を震わすディオの姿が目に入った。
私は失念していた。一番に屈辱に曝されたのはほかでもない、ディオ本人なのだ。

「さっきから黙っておけば言いたい放題言ってくれたな、貴様らッ!
人をモノか何かのように扱い見下した態度ばかりッ!
よくも…よくもこのディオに向かってッ!…この汚ならしい阿呆どもがァーーッ!!」

私は…なんという勘違いを犯してしまったのだ。説明はこのエンリコ・プッチがすべきでなかった。
全てをディオに任せるべきであった!
ディオが話すことで未来の彼と比べると無力ながらもそれを乗り越えんとする決意を示すことができたというのに…!

時既に遅し。ディオはそれだけ言うと憤怒の表情で扉に向かって突進。
数秒後には階段をかけ上るような音だけが虚しく部屋に響く。

「無理もありません。彼は人一倍プライドが高い。
この舞台で彼は思い通りにならないことばかりにぶち当たり、無力感に苛まれていたようですから。
そこにあなたたちの未来のディオ・ブランドーの偉大さを突きつけられては…」

今までずっと沈黙を守っていたジョルノが突然立ち上がった。彼は三人のもとへゆっくりと向かっていきながら話を続ける。

「あなたたちが期待していたディオ・ブランドーが彼でなかったというのならばあなたたちにとってここに来たのは無駄になってしまいますね…」

私としては反論したい意見だ。だが彼ら三人はどこか同意しているようだった。
ジョルノの言葉を続ける。

「でも僕はそうは思いません」

「なぜならこのジョルノ・ジョバーナがあなたたちにとってのディオ・ブランドーとなるからです」

だから私は続けられた言葉に度肝を抜かれた。今、なんと………?
ジョルノ以外の四人が呆けた顔でいる間にたたみかけるようにジョルノは言葉を続けた。

「僕は荒木を倒して全てを手に入れるつもりです。
首輪をつけ殺す覚悟がある以上ヤツに殺される覚悟を見せつけなければならない。舐められぱなっしは嫌いなタチなんです。
時間を操作するヤツの能力を手に入れるには荒木を殴ってでもやらせなければならない。そのために僕は荒木をねじ伏せるつもりです。」

私はとんでもない勘違いを犯していた。この短時間に二つも、だ。
ディオの王としての器を信じきれなかったこと。そしてジョルノの王としての器を見極めきれなかったこと。

誰かを失い動揺していると決めつけたのは私だ。
だが彼はそんな逆境をエネルギーへと変えることができる王の素質を持っている!
それもこの土壇場で!なんという肝っ玉だ…。

「もちろん僕が信頼ならないという方もいると思います。ですから今すぐにとは言いません。強制もしません。
荒木を打ち倒す、その共通の目的へと向かう仲間を僕は募ります!」

三人は完全に彼に呑まれていた。いや…正直に言おう。私自身も呑まれていた。
その背中はとてつもなく大きく見え、私は偉大なる父の影を彼に重ねていた。
それほどまでにジョルノはこの場を支配していた。

「そうですね…では僕と協力してくれるというならば第二回放送時にここで誓いをたてましょうか。
僕も人を待たせてましてね…今すぐにとは行かないわけでして。緊急時にはここにいるエンリコ・プッチ神父が代理になってくれます」

ジョルノ・ジョバーナ。なんという人物だ。私は…私は二人の帝王に恵まれてしまった。
神よ、貴方に再び感謝を述べたい。私をジョルノ・ジョバーナと巡り会わせた貴方の運命に…私は感謝いたします。





     ◇   ◆   ◇





権力を望む者は高い場所を好む傾向にあるらしい。フン…権力、か………。
俺は開け放たれた窓より町を見下ろした。
少し高い所にあるからだろう、吹き付ける風は絶え間なく、怒りに火照った頭をいい具合に冷やしてくれた。
怒りか…。そう、怒りだ。そんな言葉では生ぬるいほど俺は怒っていた。今だかつてないほどに。

しかし今の自分にとってみればそれは恥ずべき自分の汚点だ。確かに俺は侮辱を受けた。それもあんな年端のいかないいけ好かないガキに、だ。
それは言い訳にはならない。そう、俺は誓ったはずだ。七年前、ジョジョの思わぬ反撃にあった時俺は自分に誓ったはずだ。

『自分の欠点は怒りっぽいところだ。反省しなくては!よりもっと自分の心を冷静にコントロールするように成長しなくては………』

そして数時間前にも誓ったはずだ。

『自称未来の友を筆頭にスタンド使いを“上に立って利用してやる”のだッ!』

あれは俺の失態だった。もちろん下手に出るという意味ではない。このディオ・ブランドー、なにがあろうと誇りだけは捨てん!
大笑いの一つでもしてやればよかったのだ。奴らに見せつけるべきだったのはほかでもない。
このディオの帝王としての器!上に立つものとしての度量の広さ!

成長するとは即ち成長『できる』と言い換えることができる。
認めよう、この俺はまだ完成してない未熟者だ。
だからこそ俺は伸びることができる。どこまでもな。

風が与えた静かな時間は俺にとって予想以上に有意義なものとなった。
フン…不思議なものだ。思い返すと一人なったのは殺し合いが始まった直後、ここにいた時以来だな。

数時間前のことがやけに遠く感じられる。俺はそんな自分に知らず知らずの内に笑みを浮かべていた。
もしかしたら長時間もの緊張状態で神経がはりつめていたのかもしれんな…。
それにしてもここが『DIOの館』とは奇妙なものだ。未来の俺が支配した場所で俺は誓いを立てた。そして再びか。
これも何かの因果か………フッ………。

スッキリした頭にもう一度新鮮な空気を入れると今一度伸びをする。さて、下に戻るか。
だがそう思った俺の耳に階段をゆっくりと昇る靴音がはいる。今さらなにか。この俺を無能と罵った奴らがなんの用だ…?
警戒心から俺は気を引き締め少しだけ階段より距離をとった。

「…何か用か?」

階段を昇ってきたのは女だった。プッチの話にいちゃもんをつけたのは確かコイツだったな…。
あの状況にも関わらずあの堂々とした態度からは自信が読み取れた。さてはコイツも『スタンド使い』…なのか?

頭を働かせる俺とは対照的に女は階段を昇りきった場所でふと立ち止まる。
そしてどこか遠い目をしていきなり話を始めた。

「貴方のことは…エンヤっていう老婆に聞いたの。きっと貴方にとっては未来のディオなんでしょうけど…色々と教えてくれたわ、彼のこと」

夢見る表情の女は話を続ける。

「確かに噂通りだったわ。今、確かに貴方は無力だわ。正直な話…こうやって向かい合ってても全然恐怖は湧いてこない。」

「でもね、そんな貴方でも何かやってくれるんじゃないかっていう期待が自然に湧いてくる。
この人についていけばっていう希望が見えてくる。でもね…」

「私に…もうその『希望』は必要ないの」

全身の毛が逆立つような恐怖。馬鹿な、この俺が…脅えているだとッ?!
俺に突きつけられた銃口。その穴より深く、何処までも暗い女の目に吸い込まれる感覚に襲われた。

「貴方を利用させてもらうわ、ディオ・ブランドー。
死にたくなかったら私のいう通りに従いなさい。本当よ、殺したりはしないわ…従ったらね」

くそっ、なんなんだコイツは!自分の顔が青ざめるのがわかる。何故こうも立て続けに…ッ!
だが起きてしまったことはどうしようもない。冷静になるのだ!

「それはつまり…どういうことなんだ?」

少しでも会話を長引かせることに集中する。その間に何か策を考えなければ、俺の命は、ない。
俺の目論みを悟っているのか、それとも他の理由からか。女は余裕たっぷりの笑みを浮かべると素直に口を開いた。

「そうね…話で済むならそれもそっちのほうが楽ね。用件はたったひとつよ、ディオ・ブランドー。
私に従いなさい。…三度目は言わせないでね、私としても時間はない事はわかってるの」
「…質問が悪かったな。『従わせる』、それはなにをだ?この無力な俺を従わせて何の利点がある?武器を持っているお前が」

退かない、媚びない、屈さない…!もう、これ以上この俺が惨めな目にあってたまるか!
俺の些か強気な態度が女の『なにか』に触れたようだ。
先程の笑顔が消えると女の顔がぴくぴくと震える。どうやら俺の発言がお気に召さないようだな…。
それでも表面上は確かに冷静を装っている。だが額に浮かんだ青筋を俺は見逃さなかった。

「ディオ・ブランドー。貴方の名に集まる部下を使って殺し合いを加速させなさい。
ここには何人もの殺しを否定する偽善者がいるわ。その輩を全員殺すのには私の力が足りない」
「そこで貴方を利用する。時代を超え、何人もの臣下を持つ貴方。
頭が回らないタルカスのようなウドの大木も頭が優秀な指揮官ならば使いようはいくらでもあるわ」
「そうね、私もはっきり言わなかったのが悪かったわね…つまり私が言いたいのは…」

「このディオをマリオネットにお前が背後より…この俺の軍団を支配しようというのか…ッ!?」

それはこの俺が尤も屈辱だと感じること。思わず零れ落ちた俺の言葉。
殺されもせず、かといって自由もない。ただこの目の前にいる女に利用されるだけのためにこの先生きる。
外れていて欲しいと思う俺の希望を打ち消すように、よくわかったわね、と言わんばかりに浮かべられた女の笑みが憎い。

だが、そうだ、これも冷静に考えてみろ。これはすなわち圧倒的有利じゃないか?
それはつまり俺を生かしておかなければできないこと。ヤツの目的は俺を利用することだ。
ならば例え俺が反撃しても殺すことはしないはず…ッ!
加えて銃を発砲しようものならば下にいる誰かがここに来るはずだ。そうなればこいつは破滅…!

そうだ、これは試練だ。未来のDIOを乗り越えるチャンス!
そして…思い知らせてやるッ!このディオを舐めたことを…必ず後悔させてやるッ!

俺は下唇を舐めると流れ落ちる汗を拭う。
少しだけ離れた場所にある自分のデイバックににじりよる。
そんな俺を後押しするかのように風が一陣駆け抜けて行った。





     ◇   ◆   ◇





投下順で読む


時系列順で読む

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2016年07月05日 23:09