▼
13人が集まった直後、億泰が音石を見て怒り爆発。情報交換する暇もなく今に至ってしまった。
よって、その後は残りの全員による情報交換とチームとしての役割分担が決められた。
リンゴォはあくまで個人であることにこだわった。
彼はチームの一員として働くつもりはないと先に公言していた。
ナチス研究所によったのも体を休めるためであって、荒木打倒など彼の考えうることではない。
そこでリゾットは交換条件を申し込む。
ジョルノのスタンドによる治療と引き換えに、門番として働いてほしいと提案したのだ。
リンゴォはこれを了承するも二つの条件を出す。
ひとつは
エシディシ、
吉良吉影に関する情報を優先的に提供するとと同時に、二名がナチスに来るようなことがあればリンゴォが戦闘を行うこと。
またその戦闘には絶対に横やりを入れないこと。
そして門番の期限は真夜中24時まで、それ以降リンゴォは拘束されない。
リゾットは条件をのみ、リンゴォに見張りを一任した。
次に
サンドマン、情報交換を終えるとリゾットは先ほどブチャラティと交わした筆談の写しをサンドマンに託す。
彼はサンドマンに引き続きメッセンジャーとしての役割を求めた。
より多くの協力者を、より多くの情報を。
筆談に関してはあくまで奥の手、信用できそうな人物のみに見せて欲しいと伝える。
リゾットの話を聞き終えるとサンドマンは文句も言わず頷き、即座に準備に取り掛かる。
荷物は少ないほうがいい、それだけ言うとリゾットの食料、水と自分自身の支給品を交換。
バッグに地図と食料、水のみを入れたサンドマンは研究所を飛び出した。
「さて、ほかに何か要望があるやつはいないか?」
席に着いた残りを見渡し、リゾットは一人一人に問いかける。
既に最初に居た人数からはだいぶ減ってしまい、部屋の中はいささか寂しげなものになっていた。
と、そこで気づく。いつの間にか
岸辺露伴がいなくなっていた。
「岸辺露伴は……?」
「露伴さんは先ほど『ナチス研究所なんてめったに見れるものじゃない! しばらく邪魔しないでくれ』と言って、施設内を取材中です」
「そうか」
ジョルノが代わりに答える。
そのジョルノにリゾットは尋ねる。
「ジョルノ、フーゴの様子はどうだ?」
「怪我自体は大したことありません。
フーゴが起きた途端、僕たちに襲いかかる可能性も考え最低限の治療に留めておきました。
動けないこともないですがそれでも彼が暴れることも考え、スタンドで作った蔦で縛り上げました。
彼が無理にでも蔦を引きちぎろうとすれば、僕のスタンドが攻撃を反射することで動きを封じます」
「今目覚めてないのは?」
「単純に疲労の問題かと。こればっかりはどうしようもありません。
無理矢理叩き起こせるかもしれませんが、どうしますか?」
「いや、まだ取り掛かるべき問題は多い。とりあえずは後回しにしよう」
ゴールド・エクスペリエンスをすっと脇に呼び出し拳を構えたジョルノを座らせる。
手荒に起こそうと思えばできるかもしれないがそれより優先すべき問題があるとリゾットは考えていた。
テレンス・T・ダービー。
荒木の刺客として送り込まれた割に、彼は驚くほどおとなしく、素直だった。
事を荒立てるわけでもなく彼の知りうる荒木の情報を全て提供する。
彼のこちら側についた、という言葉を信用するならそこまでだが、問題は荒木がそれをどう思っているのか。
そして荒木自身が言っていた『約束はまだ有効』の発言。
はたしてここでダービーにゲームを挑み、それに勝ったならば荒木はどうするのか。
「僕は彼が必要とは思えない。今ここで殺しておいたほうがいいんじゃないですか?」
だがダービーの問題に移る前に横やりが入った。
今までずっと黙っていた
川尻早人が突如口を開きリゾットに言い放つ。
フーゴに関しては自分が口出しすべきでない。
早人の質問に対しそう判断したリゾットは会議の流れをブチャラティに託し、二人の会話を見守ることにした。
「という意見もあるが、ブチャラティ?」
「早人、君の意見は尤もだ。まして君は襲われた立場、フーゴを危険視するのは充分わかる。
だが、少しだけ話をさせてほしい。フーゴの罪は俺の罪でもある。こいつは俺のチームの一員だからな」
「僕が言いたいのはそんなことじゃない。
人を殺そうとしたやつが今更こっち側につくとは思えないんです。話なんかで気持ちが変わるなんて信じられない。
それにそいつは乗った側であって、仮にこっち側に戻ってきたとしてもそれは見せかけだけかもしれない。
そんな危険な芽は潰しておいたほうがいいんじゃないですか?」
最初から普通の子供ではないと思っていた。
だが、早人が事も無げに『殺す』という単語を口にしたことでブチャラティは確信した。
長い間ギャングをしていると、時として早人の年で重要なポストに就いた子供もいたことをブチャラティは知っている。
だがそんな子供が最後にたどる道は同じだ―――早人は長くは生きられない。
ブチャラティは唇を噛みしめる。ましてや早人はギャングではない、ただの子供だ。
荒木は命をおもちゃにするだけでなく、子供たちの未来をも取り上げる気なのか。
他人の命を軽んじるものは自分の命も大切にできない。
他人に向けた殺意はいつか跳ね返り、殺意に飲み込まれた者は自ら命を絶つ。
早人は犠牲者なのだ。
こんな殺し合いがなければ彼は正義を信じる素晴らしい人物になっていたことだろう。
それが歪んでしまった。荒木によって捻じ曲げられ、凄惨な経験が彼の黄金の意志を汚してしまった。
「ナチス研究所は地図にも載ってるし、外から見ても大きな建物なんです。
乗った参加者からしたら絶好の狩り場、そんなところでいつ爆発するかもわからない爆弾を抱えておくなんてリスクが大きくないですか?
個人的な感情は抑えるべきだとリゾットさんも言ってましたし」
「爆弾も使いどころ次第では強力な武器になる」
「上げ足を取らないでください、ブチャラティさん。
パンナコッタ・フーゴは間違いなく乗った側なんだ……彼を殺すのにこれ以上の理由は必要ないです」
「強力な規律は組織を作る上で必要不可欠なのはわかっている。
だが暴力や死で人は決して動かせない。仮にそれで人を動かしてもそれは恐怖による支配だ。
フーゴがもし乗った側なら俺もこいつを始末することに躊躇いはない。
ただ100%……さらにそこから1%の確信が欲しい。
フーゴはもう『こちら側』に帰って来ることができない、その確信が欲しい」
「じゃあその確信はどうやったらできるんですか?」
「そのために俺はこいつと話してみたい。
少なくとも早人、俺のほうがこいつとの付き合いは長い。
一緒に仕事もした仲だ、俺のほうがフーゴを理解できる」
「それじゃ堂々巡りだ……結局ブチャラティさん次第じゃないか!」
二人の議論は長引く。
ブチャラティは粘り強く早人を説得する。フーゴのためだけでなく、今や早人のことも考え、ブチャラティは言葉を選ぶ。
対して早人も意見を曲げない。燃え盛る漆黒の意志が早人にブチャラティの意見をガンとして受け入れさせない。
早人の言った通り意見の対立は堂々巡りに陥っていた。
その時、部屋の扉がゆっくりと開かれた。
あまりにもゆっくりと開かれたので、そのことに気づいたのはジョルノだけだった。
扉をくぐって入ってきたのは岸辺露伴だった。彼は部屋に入るなり、よろよろとふらつき、壁に寄りかかる。
怪我でもしたのだろうか、心配に思ったジョルノが彼に駆け寄っていく。
「露伴さん、大丈夫ですか?」
「その声はジョルノ君かい? いやぁ~まいったよ、取材をしてたら急に停電でも起きたのかなァ?
暗くってな~~~んにも見えなァ~~いんだよォ~~?
なんで明かりを消したんだよォ~~?」
「停電……? 停電も何も部屋に電気はついてないし、月の光で充分…………ッ!?」
ジョルノは露伴に手を貸して、そして戦慄する。
露伴の眼がなかった。正確には本来あるべき目の部分が削り取られたようになっていた。
―――スタンド攻撃か、そう思うもその割には露伴が痛がる様子もない。
とにかく緊急事態であることは確かだ、そう判断したジョルノは未だ議論が続く部屋中に響く声で叫ぶ。
「リゾット、ブチャラティッ!」
「それにしてもナチスはすごいねェ~~~! 感動してるんだよ僕はァ~~!
なんだかいつになく、清々しい気分なんだよォジョルノ君~~~!」
「ゴールド・エクスペリエンスッ!」
相手がどんなスタンド能力であれ、まずは治療を施さねばならない。
ふらふらと歩き続ける露伴を引き留めつつ、ジョルノは傍らに己の分身を呼び出した。
そしてスタンドが拳を振り上げた、次の瞬間―――
「がッ―――!?」
露伴の口角がつりあがった。それが狙いだ、そう誰かが呟いたのをジョルノは確かに聞いた。
ゴールド・エクスペリエンスが新たに眼を作り出そうとした隙、それを待っていたのだ。
決して人間では出し得ない力、腹をけり上げられたジョルノが天井近くまで浮きあがる。
「ジョルノッ!」
「くそったれがッ!」
「殺すなよ、露伴は操られている可能性があるッ!」
突如起きた襲撃に対応できたのは筋金入りのギャングたちのみ。
近距離型スタンド使いの二人が身を躍らせ、リゾットが吠えた。
近くにいた
ホルマジオは露伴に飛びかかり、小指についた刀を振る。
背をそるような形で露伴はそれを避けると、その体制のまま蹴りを繰り出す。
崩れた態勢で繰り出されたはずの蹴りはホルマジオの想定を超えた威力で彼のガードを突き破る。
「なッ!?」
凄まじい威力にたたらを踏むホルマジオ。ガードがとかれた彼を見て、露伴がにんまりと笑う。
彼にさらなる追撃が襲いかかった。交差した腕を突き抜けんと全力の拳が叩きつけられた。
その一撃はホルマジオを軽々と吹き飛ばすほど。腕の骨が嫌な音を立てたのを部屋中にいた全員が聞いた。
「スティッキィ・フィンガーズッ!」
その隙をつきブチャラティは部屋の机を放り投げる。
会議用に使われた大きな机が露伴に向け迫る。そしてその机の影に隠れ追走するブチャラティ。
右によけるか、左に避けるか。
どちらに出ようとも対処できるようスタンドの拳を構える。
「なッ?!」
だがどちらの手段もとらなかった。露伴は拳を振り上げ、机に叩きつけるッ!
ステンレス制の机はひん曲がり、そして真っ二つに割れた。
虚をつかれたブチャラティだが、逆にチャンス。スタンドのラッシュを露伴目掛け振るう。
「うおおおッ!」
右に左に、俊敏なその姿は本来の露伴のものではない。
同時に気付く。ブチャラティの攻撃をいなす中で拳に触れないように細心の注意を相手は払っている。
ブチャラティはスタンド能力がばれていることを確信する。
拳を餌に、強烈な蹴りを相手にお見舞いする。同時にその力を利用、即座に距離をとる。
空中で体制を整えると二メーターばかり離れ着地。依然戦闘態勢のまま、二人の仲間の回復のため時間を稼ぐ。
「貴様、一体何者だ……?」
『露伴だった』ものは笑い声を返す。
ゾッとするような声だった。殺意と悪意で塗り固められた声に全身の毛が逆立つ。
ゆっくりと、笑い語が大きくなるとともに露伴の体が膨張し始めた。
そして―――
「なかなか着心地のいい肉体だったが……俺には少しばかり窮屈でな」
バリバリ、と皮膚を引き裂き、まるで昆虫のように脱皮を終えた男はそう一言。
体全身を伸び縮めさせ、不敵に笑う。
二メーターを超える大男、纏っているのは民族衣装のような布切れのみ。
襲撃者の姿を見たリゾットは隠すことなく盛大に一つ舌打ちをした。
「
グェス、早人とフーゴを連れて逃げろ!
ダービーと音石もだ! なるべく固まって逃げろッ!」
「俺がそれをさせるとでも?」
瞬間、エシディシの姿が消える。
否、超スピードで部屋内をかけぬけたのだ。
目標は逃走を指示されたグェスと早人。机さえ容易く切り裂く拳が振り上げられた。
「スティッキィ・フィンガーズッ!」
「ぬぅッ」
それをさせまいとスティッキィ・フィンガーズが背後から襲いかかる。
床につけたジッパーを利用し、弾丸のような速度でエシディシに飛びかかる。
これにはさすがのエシディシも防御せざる得ない。
拳の能力を警戒し、腕を払い、直撃を避ける。カウンターを狙い放った拳がブチャラティの頬をかすめた。
「いまだ、はやく行けッ!」
「あわああああああ…………」
「何してんだ、早く行きやがれッ! てめぇもだよ、ダービーッ!」
部屋の隅に飛ばされていたホルマジオが腰を抜かせた音石を立たせる。恐怖に固まっていたダービーがその言葉で我に返った。
ブチャラティのラッシュがエシディシの進行を防ぐ。
その僅かな隙を縫い早人とグェス、フーゴは窓の外から逃げることができた。
「よそ見とは感心せんなァ」
「ハッ!?」
一瞬の隙を突き、腕を掴まれたスティッキィ・フィンガーズが投げ飛ばされた。
本体にダメージはフィードし、ブチャラティは窓を突き破り、外に放り出される。
すかさずホルマジオが助けに入る。
スタンド能力の発動を狙い、刃を振り回すもエシディシはこれを避ける、避ける。
鼻先をかすめ、纏った布が切れていく。そのギリギリの間合いの取り方にホルマジオは焦りを募らせる。
小指の刀はもはや警戒されている。そう判断した彼は小指を囮に距離をとり、足払いをかける。
だが素早い反応でエシディシは跳んだ。
空中にいるにもかかわらず、ホルマジオが腕を振るうより早く、蹴りの体制をとった。
―――俺のほうが遅い。
直前で何かを感じ取りしゃがみこんだホルマジオ。その頭の上を巨大な鎌が刈り取っていく。
髪の毛が数本舞い、冷や汗とともに恐怖が沸き起こる。体を転がし、その場から緊急回避をする。
エシディシはそんなホルマジオを踏みつぶそうと筋肉を収縮させ、途中でやめる。
既に部屋に残るのは戦士だけ。死ぬ覚悟も闘う意志ももった猛者たちだけだ。
今更勝負を焦るのは面白くない。それだけの余裕が彼にはあった。
窓から放り出されたブチャラティが帰ってくる。逃がすべき仲間たちを逃がしたリゾットも戦闘態勢をとる。
奇襲を受けたジョルノもどうやら無事のようだ。口元を伝う血を拭うと起き上がり、四人はそれぞれのスタンドを構えた。
四人と一人が今一度対面する。刹那の緊張感、先に動いたのは人間たち。
左からジョルノが、正面からブチャラティが拳の弾幕とともに接近。
対して怪物は脇に置いてあった机の残骸をジョルノに放り投げ、ブチャラティの攻撃は関節を外し避ける。
唯一戦闘に参加しなかったリゾットのスタンドは近距離には向かないものと判断、ターゲットを変更したエシディシ。
「させねぇよッ」
が、脇から急に飛び出したホルマジオ。
スタンド能力により姿を見えなくしていた男の急襲に、驚きながらも即座に対応。
ジャンプ一番、小指の刃はまたしても彼がまとった布をかするのみ。
紙一重でかわすと宙で一回転、まるで天井に張り付くような姿勢を取る。
天井を蹴ると爆発的な推進力を得てリゾットに迫らんとする。
「消えたッ!?」
が、飛んだ先には誰もいなかった。砂鉄を吸収、本人は壁に紛れその場を離脱。
目標を失い暴走した運動エネルギーは床板を崩壊させる。
床を突き抜け、辺りに木片が舞い、砂埃が立つ。
互いに姿が見えなくなった中、人間たちは影を頼りに今一度肩を寄せ集団で化け物に挑む。
パラパラ、と天井からはがれた塗装が落ちてくる。
戦闘音を聞きつけ駆け付けたガンマンは扉を開け絶句した。
埃が舞い、床板ははがれ、机は粉々、椅子はあちらこちらで倒れている。
「これは……」
「これはこれは
リンゴォ・ロードアゲイン……しばらくぶりだなァ」
「エシディシ……」
「先ほどのインディアンはもういないのか……少し残念だが、まぁいい。
いずれは殺すことになる、早いか遅いかの違いだ」
ぬっと現れた芸術作品ともいえる肉体。
姿を隠すことなんぞ弱者が行うこと、逃げも隠れもせずにエシディシはニヤリと笑った。
リンゴォはそんな男を見て、咄嗟に腰に刺していたナイフを抜く。
ついさっき行った戦闘が頭の中で思い出される。この距離ではマンダムが間に合うか、それすらも危うい。
なにより怪物の瞳には迷いが見えない。
紛れもない殺意。それを前に手だけでなく、体全身の震えがリンゴォを襲っていた。
やがて薄れていく砂埃。完全に収まりきったのを見て人間たちは互いの存在を目で確認する。
エシディシから目を切ることなくじりじりと四人のギャングたちが横一列に並ぶ。
その四人の前に一人の男が立つ。
怪物とギャングたちを遮るように立ち、鋭いナイフが月光を受けキラリと輝いた。
「……ここは俺一人という話のはずだ」
「そういうわけにもいかない。こいつはもはや一人でどうこうという次元じゃ済まない」
「断る。これは俺とあいつの問題だ。」
文字通り怪物に一人で挑むなんぞ自殺行為だ。
拳を交わし、殺意を全身で受けたブチャラティはそれを身をもって知った。
男の肩を掴み、ブチャラティは共闘を申し込む。
が、にべもなく却下される。視線は怪物から離されることなく、ブチャラティは見向きもされなかった。
それでもなんとかしようと再度口を開きかけた彼を遮ったのはリゾットだった。
「ブチャラティ、やらせてやれ」
思わぬ反論に目を見開く。ちょいちょいと指で近づくように合図されたブチャラティは怪物から目を離さぬよう慎重に動く。
リンゴォが向かい合っていると言え、対するは怪物、影すら霞んで見える超スピード。
それをもってすれば誰が襲いかかられてもおかしくない距離で向かいあっているのだ。
「少しでも時間稼ぎができれば上出来だ。
正直言ってリンゴォは他人を殺すことを非としない、扱いにくい存在。
荒木に対して反感は持っているものの、それ以前に俺たちギャングとも歩んでいる『世界』が違いすぎる。
組織の勝利を優先する形で引き留めたが、ここでいなくなっても痛手はそこまでない」
「見殺しにする気か?」
「ブチャラティ、お前も理解しているはずだ。
俺たちギャングはメンツで成り立っている世界、面を汚されたら相手にその分の借りは返す。
やつはそれと同種だ。自分の縄張りに入るものには容赦はしない。
お前だって一度や二度、手を出してはならないサシの勝負ってのを経験しただろう……」
「それとこれは違う……今を逃したら勝機は、ないッ!」
小声で交わされる二人の会話。
これ以上言っても無駄だとブチャラティはわかるとリゾットの制止を振り切り、自ら先立ちエシディシに飛びかかる。
先手必勝、リンゴォ以外にも4人ものスタンド使いがいるのだ。
ここは引く場面ではない……攻める場面ッ!
「なッ!?」
が、それを黙って見ている男ではない。
気づいたらブチャラティは飛びかかってすらいなかった。リゾットとの会話すら終わっていない。
時を六秒巻き戻す、既に情報交換で知っていたとはいえ体験する新しい世界。
戸惑いを隠せないブチャラティにリンゴォは初めて向かい合う。
その眼には確かな敵意が宿っていた。
「
ブローノ・ブチャラティ……これは『神聖なる果たし合い』……お前が入っていい世界ではない。
もしそれでも邪魔をするというのならば……俺はお前にナイフを向けなければならない」
「……! ……仕方がない。リンゴォ、貴方の言うとおりにしよう」
「感謝する」
手を出してはならないサシの戦い―――リゾットの言った通り、リンゴォとエシディシはもはや勝利や死を超越した世界にいるのだろう。
リンゴォの瞳に宿った狂気を見てブチャラティはそう判断した。身を引くと、壁に背をつけ腕を組んだ。
ブチャラティはリンゴォの世界を汚してしまった。それは彼が理解できるものではなかったが、敬意を表するべきだとはわかった。
ならば彼ができることはただ見守るのみ。エシディシが襲ってこようともリンゴォがなんとかしてくれる。
そう信頼することで、敬意を表した。
リンゴォはそれを見てゆっくりと振り返る。ニヤニヤ顔の怪物は大きな隙を見せたにも変わらずその場から一歩も動いていなかった。
人間どもの茶番が―――そう馬鹿にしているのだろうか。
いや、とリンゴォは自らの考えを否定する。こいつはさっきまでとはわけが違う。
「迷いが吹っ切れたか……」
「ああ、お前のおかげでな。やはり俺には人間が理解できないな、リンゴォ。
今お前がブチャラティの助けを拒否したのも俺には不可解におもえるぞ。
この俺に対して一人で挑もうとは……フフフ」
しまいには拍手すらし始めた男は笑みを隠そうとしない。
余裕と自信に満ちた顔は確かな実力に裏づくもの、それをリンゴォは知っている。
ナイフを握りしめた手が汗ばみ、震えが全身へと移っていく。
しばらくの間、そうしていた化け物だが突如顔を真剣なものに変える。
さっきまでの雰囲気を一変させ、男はリンゴォに向かって囁く。
「だが、リンゴォ、そんなお前に敬意を表しよう。
俺には理解はできないが、その勇気だけは評価に値すると考えている。
無敵のように思えるものに立ち向かう、それは無謀でもなく諦めでもなくお前たち人間がもちうる最高の能力だからな」
「おもしろい……少しいい眼光になったな。だが……やはりお前は対応者にすぎない。
男の世界を乗り越えていないお前は所詮その程度なのだ」
「馬鹿にすることはない。激昂するようなこともしない。
貴様が俺をその程度と思うならば、リンゴォ……ここでお前を殺し、俺が対応者でないことを証明しよう……ッ!」
びりびりと部屋が震えるような圧倒的なプレッシャー。
壁に背をつけた四人のギャングは観客たち。目の前で繰り広げられるのは真夜中の前の最後の決闘。
演じるのは銃を持たないガンマンと名前もない怪物(モンスター)。
フィナーレは号砲とともに。BGMはすでに準備完了だ。照らし出す月光がスポットライト代わり。
「「よろしくお願い申しあげます」」
BETするものは己の命、そして誇り。
人間と一人の怪物が今ここに激突する。
一瞬たりとも目が離せない、最高にして最大の遊戯をどうぞご覧ください。
▼
「おい……おい、暴れんなってッ!」
女の周りには誰もいない。デイバッグをたくさん抱え、彼女は一人盛大に悪態をついていた。
ポケットを押さえつけ全速力で駆けていく。飛び込んだ水たまりが足元で大きくしぶきを上げる。
繰り返される独り言、何と闘っているのだろうか、ポケットを抑える力はますます強くなる。
走りつかれたのか、戦い疲れたのか。
足を止めた女は息を整えポケットをまさぐりながら叫ぶ。
「なんだってんだよ……わかったからッ! 今大きくしてやっから待てって!」
マジシャンもびっくりの一芸、ポケットから飛び出た二人はみるみる大きくなる。
幼さを残した表情に不釣り合いな鋭い眼光、少年は地に足をつけた途端周りを見渡し危険がないか目を光らせる。
車いすに乗った青年は今だ意識を取り戻さないのか、ぐらぐらと首を揺らす。
こんな状況でおねんねなんて呑気なもんだぜ、彼を見てグェスが呟いたのを聞き逃さなかった。
早人は舌打ちをする。誰にも聞こえない、自分だけが聞こえる程度の大きさだった。
「まだここじゃ安全とは言えねぇな……。とりあえず川の近くまで行こうぜ。
最悪敵が来ても川に飛び込めばなんとか振り切れるかもしれねー……ってお前何やってんだッ?」
地図を広げていた彼女は現在位置を確認する。
周りを見渡し、大体の位置を確認した彼女が顔をあげると少年はデイバッグをあさっている真っ最中。
腹でも減ったのか、いやいやさすがにそんなわけはないだろう。
ただならぬその様子に少しだけ遠慮がちに、だが強い口調で呼びかける。
少年は振り返ることなく、背中を向けたまま答えた。
「決まってるでしょ? ナチス研究所へ向かうんですよ」
「気でも狂ったのかッ!? あたしたちは逃げるように言われたんだッ!
だいたい戻ってどうするッ!? あたしたちにできることなんてなんもねぇんだよ!」
「……僕も億泰さんと一緒に出ていけばよかった」
「あん?」
「ギャングだとか囚人だとかで期待してたけど、あんたたちは甘ちゃんばかりだ。
こんなんじゃ荒木に勝てるもの勝てなくなってしまう」
「何言ってるんだ……お前」
「僕には絶対果たさなければならない目的がある。そのためには利用できる相手はとことん利用させて貰う。
今回だってそうだ……ナチス研究所に来たのも誰か僕に協力してくれるような人を探すためだった。
でも駄目……ッ! 誰も使えそうな人はいなかった。皆結局、命に執着する人ばかりだ。
そういう意味じゃあの怪物……利用するには少し手間取りそうだけど、自信がないわけじゃない」
「おい早人……」
「なにか武器持ってないですか? 流石に丸腰でいくほどの度胸はないので」
無関心に、無愛想に。
グェスのほうを一切振り向くことなく少年は出発の準備を整える。
目当ての武器が見当たらないのか、イライラを隠さず盛大に舌打ちをした。
グェスが無造作に持ってきたデイバッグをひっくり返し、そこらじゅうに物が散らばっていく。
鬼気迫るその様子に、最初は口調を荒げていたグェスも黙りこみそうになる。
だが少年がナチス研究所へ向かい歩き出すのを見ると、慌てて引き留める。
「おい、待てったらッ! おい、早人ッ!」
だがそれでも少年は振り向かない。
体格的には無理に引き留めようと思えばできるかもしれない。なにより彼女にはスタンド能力があるのだ。
けど、グェスは直感的に感じる。
なぜかそんなイメージが思い浮かばない。
(これは……今のは……)
だんだんと遠ざかる背中に手が延ばされ、力なく宙をかく。
あまりに急に起きた出来事に呆然としながら、それでも早人に追い付こうという気が起きなかった。
いくつかのデイバッグと、車いすに乗った青年を残し、彼は歩いていく。
(どうやっても……止められない……。
アタシ程度が言っても今更どうしようもない……。
なにより……スタンドを使おうとも『なにもされない』という確信がない!)
だが、とグェスは恐怖を覚える。
誰もいない。狂気に走った殺人鬼も、ピンチに駆けつけるヒーローも。
それが一層不安を掻き立てる。誰もいないこと、それが孤独感を煽る。
こんなところにあたし一人残されて、一体どうすればいいんだ―――急に不安に思えてきた彼女は辺りを見回す。
早人が行ってしまったら、もはや自分はどこにも帰れないのではないか?
このままここにいていいのだろうか?
その一方で躊躇いもある。早人の眼が彼女の苦い記憶を思い起こさせていたのだ。
役立たず、どんくさいやつ……様々な負の感情がこもった視線。
そしてそれ以上に、邪魔をするやつには容赦しない、漆黒の意志が早人の眼には宿っていた。
宙ぶらりんになっていた手が何かを掴み取るように動く。
車椅子に乗った青年と少年の背をおろおろと見比べる。
どうすればいいのか、何をすればいいのか、一体自分は何をしているんだ。
口をついて出たのは今まで以上に弱弱しい叫び。
助けを求め、行く先を見失った子ヒツジの哀れな鳴き声。
「お――――――」
そんなグェスの叫びは遂には早人に届くことはなかった。
早人は数歩足を進め、ゆっくりと振り返る。
彼の足を止めたのは彼女の途切れた叫びではない。
彼女の叫びを遮り、響き渡った銃声。まるで最初からわかっていたように早人は振り返り男の眼を見る。
車椅子に座った彼の右手には煙をあげる拳銃。
ぐるぐる巻きに巻かれていた蔦をめちゃくちゃにする彼のスタンド。
そして、ぽっかりと落ちくぼんだ眼。
パンナコッタ・フーゴはゆっくりと車いすから立ち上がると顔をしかめる。
口中に広がった鉄の味に顔をしかめ、ペッと唾を吐いた。
真っ赤に染まった唾液が口を伝い流れてくる。
「起きてたんですか?」
「だいぶ前からね……。すぐに動かなかったのは現状がどうなってるか理解するためさ」
「まぁそんなところだと思っていましたよ」
少年のつっけどんな言葉に彼は皮肉気に微笑み、肩をすくめる。
人が一人死んだ、目の前で人が殺された。だというのに彼らはまるでゴミ捨て場で世間話をするように会話を続ける。
転がったグェスをまたぎ、フーゴが早人へ近づいていく。
靴の裏に付着した血液のぬめりとした感覚に一度は歩みをとめたものの、気にすることなく歩いていく。
「ところで……どうして銃を持っていかなかったんだい?
弾は一発しか入ってなかったけど持っていかないより、持っていったほうがましだろう?
特に君は子供の上にスタンド使いじゃない……電気椅子に座って居眠りするより危険だ」
「一発しか入ってなかったんじゃないですよ。一発『だけ』にしておいたんです」
空になった拳銃を早人に向かって放り投げる。
優しさが微塵も感じられない雑で乱暴なパスを受け取ると、早人は唇の端を歪ませた。
フーゴが眺める先でズボンのポケットをひっくり返す。
出るわ出るわの弾丸の数々。デイバッグからくすねた数十発の弾丸が早人の言葉の証明だ。
ヒューとハズした口笛と拍手の音が虚しく響いた。
「僕がどんな行動をとるか、見計らうためかい?
だとしたら大した度胸だよ……彼女じゃなく、君を撃つ可能性だってあったんだぜ?」
「それはないと踏んでましたよ……あなたにはそんな度胸もないし、なによりここで僕を殺したら本当に後戻りができなくなる」
「……どういうことか、説明してもらっていいかな?」
薄気味悪い笑顔を張った二人、会話はそれでも続いていく。
殺意に染まり殺意に固められた少年と、裏切られたことで裏切りを重ねる少年。
殺意と裏切り、死の香りが辺りに漂い始める。
事切れた女性が最後に狂気に満ちた笑いをあげた。
「いいですよ……交渉しましょう。
僕らが逃げた先にたまたまゲームに乗った殺戮者がいた。グェスさんは残念ながら殺されてしまい、僕は絶体絶命。
そこで目を覚ました貴方が登場、なんとか相手を追い払う。
貴方はゲームに一度でも乗ったことを懺悔し、僕はそんなあなたを赦す。
どうでしょうか……これなら貴方があのチームに殺されることはないんじゃないでしょうか?」
「……それだけかい? なにもそんなボランティアのために僕を助けるわけじゃないだだろう? 君が僕に要求することは?」
「僕の手となり足となり働いてもらいます。当面の仕事は……そうですね、『暗殺』ですね」
両手をあげ、天を仰ぐさまはまるで演劇のよう。
それを見つめニヤつく早人はまさに悪徳非道のギャングそのもの。
選択肢のない弱者をいたぶるように、早人は一歩一歩またフーゴを追いつめる。
「おいおい、やけに足元見てくれるじゃないか」
「それだけの価値はありますし、なにより貴方が何か言える立場ですか?
これでも僕は譲歩しているんですよ? なんならこのままナチスに向かいましょうか?」
「言ってくれるねェ……」
―――降参だ……僕の負けさ。
しばらくの沈黙の後そう言ったフーゴの顔には、爽やかな笑みが浮かんでいた。
状況が状況ならば清々しい勝負の後に言うべきふさわしい言葉だ。
美徳とフェアプレー、両者を称賛する華々しい幕切れ。
だが闇夜に紛れ、死と血の臭いがむせかえるほどの空間では白々しく、虚しい。
貼り付けられた笑みも作られたもの、その裏に隠しているモノは本人しか知りえない。
さっと差し出された手、早人は満足そうな息を漏らす。
散々走り回ってようやく得た力だった。
それも甘ちゃんが口にするような力ではない……確実に相手を葬る手段。
フーゴがいつまでもおとなしい犬でいるとは思えない。
ギャングたちに受け入れられ、早人が用済みになったならばいつ始末されるかはわからない。
後ろ手で弾丸を込めなおした拳銃を握りなおす。
裏切り者には死を―――鉄のおきてに従い、必要ないと判断すればフーゴを処分する。
業火のように燃え上がる殺意。何もかもをのみ込む覚悟が早人には、ある。
愛好と親愛、両者の発展のために。
そんな意志を一切持たない、互いの利益のため、互いに相手を出し抜くため。
早人はジョーカーを手に入れたのだ。パンナコッタ・フーゴと言う爆弾を。
フーゴは再び分かれ道に立つことができた。ギャングに信頼されれば、今再び、殺戮者か反逆者かの道を選ぶことができる。
早人は差し出された手を握るため、ゆっくりと腕をあげた。
「―――なんて言うとでも思ったのかい?」
そしてフーゴがその手をとることはなかった。
「がハァッ…………!」
紫色の腕が雄叫びを上げ、早人の体を貫いた。
宙に浮かされた早人の手はがくりと力を失い、垂れさがる。握っていた拳銃が乾いた地面に落ち、跳ねまわった。
パンナコッタ・フーゴは実験マウスを見るような眼で、崩れ落ちた早人を観察する。
己の分身がくりぬいた早人の腹の断面図、そこに靴をさし込み蹴りあげた。
「舐められたものだよ、この僕も……。
だが感謝はしてるよ。体調は万全じゃなかったからね、武器はどうしたって必要だったんだ」
ありがとう、と感謝の言葉を送り、落ちた拳銃を拾うとグリップに手をなじませる。
川尻早人には知らない事が多すぎた。そして失ったものも多すぎた。
彼はパンナコッタ・フーゴがどんな思いで組織を裏切り、どんな思いで開き直ったのか知らない。
彼がどんな思いで人を殺す決断をし、どんなにその決断をするのに思い悩んだかを知らない。
情報としては知っていただろう。だが理解することはできても、感情をわかろうとは思わなかった。
フーゴはデイバッグからナイフを取り出すと曲芸師のように手の中でもてあそぶ。
興味深いものを発見したのか、しゃがみ込むと少年の体をじっと眺める。
ちぎれた血管、露出した骨、筋肉の断面図。
彼が腕を動かすたびに、鶏が喉を締め付けられたような悲鳴が上がった。
淡々と、感情を交えず、彼はナイフを振るう。
まな板の上に転がされたのは川尻早人。もはや虫の息だというのに、あっさりと逝くことはできなかった。
青年は頭がよかった。スタンドが貫いた場所は致命傷ではあるが、即死はしない個所。
剥き出しになった神経を愛でるようにやさしく、丁寧に。拷問は彼のお得意芸だった。
「僕が君を先に殺さなかった理由はただ一つだ。
君がスタンド使いじゃないからさ。
君がただの子供で、僕が殺そうと思えばいつでも殺せるという確信があったからさ」
その囁き声は優しく、やわらかい。
愛しの女性の耳元で言うかのように、思いやりをこめ、感情をこめ、彼は作業を続ける。
口調とはま逆の感情を瞳に込め、彼は解剖実験をやりきった。
それでも少年は逝くことができない。
生物として、最後の最後まで生きようという意志が彼の生命を繋ぎとめていた。
殺意が彼をこの世に引き留めていた。
「殺す……ぶっ殺してやる……」
青年はとびっきりの笑顔を浮かべると、返事代わりに鉛玉をぶち込んだ。
甲高い音が平野にこだまし、少年の体がもんどりうつ。
もう一度、さらにもう一発、駄目押しで一発。
額に穴をあけ、本来ならば眼球があるべき場所に風穴を開けられた少年。
歪んだ表情には殺意しかなかった。
ダイヤモンドの輝きは、真っ赤な血で染まり、もう光を放つことはなかった。
「 Buonanotte・sogni d'oro (素敵な夢を……)」
散らばった荷物を集め、一つのデイバッグに整理すると、とりあえずは地図を広げた。
別にハイキングに行くようなわくわく感はなかったが、青年の中には確固たる意志が出来上がっていた。
殺意、パンナコッタ・フーゴにはそれが足りなかった。
そして彼は川尻早人の姿からそれ学ぶことができた。
だいたいの位置を確かめ、時計をチラリと確認、青年は目的地に向け出発した。
少年とと女性には目をくれることもなく、ずんずんと進んでいく。
恐怖がないわけではない。ただ、受け入れるしかないと思っていた。
弱い自分、状況に流され動揺しがち。激昂すると周りが見えなくなる。考えすぎてしまい、本質が見えなくなる。
ないものはない、できないことはできない。
開き直りに近いかもしれない。だがとりあえず自分の位置を知ることが大切だ。
殺すのに理由はいらない。ただ拳銃を構え、トリガーを引くだけ。
必要なのは殺意と決断。決断はすでにした。足りなかったのは殺意だけだ。
風が吹き抜けていくと、体の節々がズキンと痛んだ。
体調も万全でない。ならば自分がうまく立ち回るにはどうすればいいのか?
簡単だ、相手に自分の事を悟られなければいい。即ち―――暗殺。
さっそく自分の殺意が試される時。
ありすぎても駄目、なさ過ぎても駄目。悟られてはいけないし、いざという時に躊躇ってもいけない。
これは試練なんだろうなァ……、そうぼそりと呟く。
別に誰に対して言ったわけでもない。ただ自分に言い聞かせるためだ。
新しいパンナコッタ・フーゴ。それへの最初の関門が迫る。
「これは『試練』だ。
過去に打ち勝てという『試練』と、僕は受けとった。
人の成長は…………未熟な過去に打ち勝つことだとな……」
―――青年が向かう先はナチス研究所。月光に浮かび上がる施設は青白く、怪しく煌めいている。
―――デイバッグの中で、奇妙な仮面が怪しく輝いた。
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最終更新:2011年02月04日 23:45