……ある。

確かに、ある。

首に嵌められた、冷たい金属の塊……首輪を摘みながら、
これから何をすべきか、私は考え始めた。

まず、私に渡されたものらしい背負い鞄から、出せるものを出してみる。
パン、ボトル入りの水、電灯、地図、鉛筆に紙、方位磁石、小型の時計。
この殺し合いの参加者名簿と、一枚の紙切れ。

参加者名簿をざっと読んでみるが、特に知り合いの名は無い。
『スカーレット・ヴァレンタイン』……
私に依頼を託した合衆国第23代大統領、ファニー・ヴァレンタイン。
その夫人の名と記憶しているが、会った事も会話した事も無いので他人同然だろう。
この状況では、ファーストレディの権威など存在しない。

続いて地図を見るが……『訳が分からない』の一言に尽きた。
『コロッセオ』『ナイル川』『マキナック海峡』などが、
ここでは一緒くたに集められているらしい。
恐らく、あの男――荒木飛呂彦が、より殺し合いを面白くする為に作り出した世界なのだろう。

閉じられた紙切れを開くと突然、奇怪な形状の小型ナイフ――メスが出現した。
物理的に有り得ない現象だが、これも荒木のスタンド能力の一部なのだろうか?
とりあえず、メスはポケットの中に入れておく。

私が“飛ばされた”のは、近代的な街の一角だった。
荷物の整理を終えると、慎重に歩き始める。

夜の闇は、原始的な恐怖を湧き上がらせた。
襲撃者を知る手段は無い。
攻撃的な人物が近くに潜んでいれば、ほぼ丸腰で歩いている私は格好のターゲットだろう。

電灯で前方を照らしながら数十分ほど進み続けると、列車の線路が見えた。
地図を開き、位置を確認する。
方位磁石や地形、道の形から察するに、恐らく【B-7】の位置だろうか。

私は、地図を背負い鞄にしまい、移動を再開しようとした。

――その時だった。

ゆっくりと、しかし確実に音量を上げながら。
重くけたたましい音が、私の耳朶に響き渡ってきたのだ。

周囲を見回すが、街には闇が広がるばかりだ。
何の音なのか。誰が鳴らしているのか。
全く事態を把握できないまま、『そいつ』は確かに私との距離を縮めていく。

結局、何も出来ないまま。
『そいつ』は近くの角を曲がり、私の眼前に出現した。

『そいつ』の姿を視認した私は、思わず身を後方に引く。

――人の背丈以上もある、巨大な自動機械だった。
それが、その機動力で持ってして、私に急接近していた。

その前部に取り付けられた一対のライト。
放たれる閃光に、一瞬だけ視界を奪われてしまう。

私のスタンド能力は、直接攻撃型ではない。
持っている武器も、ポケットのメスだけである。
この巨大な物体にダメージを与える手段を、私は一切持ち合わせていない。
もしそのまま体当たりでもされれば、その時点で私の命は終わりである。

思わず近くの塀に背中を貼り付け、私はガタガタと震え上がった。

だがそんな私の恐怖をよそに、機械は……静かに停止した。
煌々と輝いていたライトは消灯し、前部の扉が開けられる。

そして、一人の男が現れた。

「何を、そんなに怯えているんだ……ただの車だろう?
 おっと、その前に言っておくべき事があったな――“私は敵ではない”」

戦闘の意思が無い事を示しつつ、男は私に近づいてくる。

まず、ネックレスの下に巻かれた首輪が目に付いた。私に付けられたのと同じ物である。
つまり彼も、私と同じ『参加者』らしい。
浅黒い肌と顔付き、そして服装を見るに、中東近辺出身の人間だろうか?

男は、奇妙な物体を腕に抱えていた。
縦、横、奥行きの六方向に延びる、奇妙な形の炎。
闇の中で、それから放たれる淡い光が、彼の顔を下から照らしていた。
私は、思わず質問してしまう。

「おい、君が持っている……『それ』は何だ?」

色黒の男は、ニヤリと笑みを浮かべ……楽しげに、解説を始めた。

「チッ、チッ、チッ!
 この状況で、容易に『スタンド』が見える、などと口走ってはいけないな。
 それは君が『スタンド使い』であるという確たる証拠となってしまうからだ。
 場合によっては、それは命より大事な情報と成りうるぞ。
 まぁ、今回は相手が私で良かったがな……ハッハッハッ!」

「……」

自慢げに説明を続ける男を見ながら、
私の胸に、ある一つの感情が湧き上がった。

いきなり、なんなんだ……?こいつは。


 *  *  *


『モハメド・アヴドゥル』と名乗るその男は、私に語った。
自分に荒木の提唱する殺し合いに参加する意志は無く、
当然、私に対する敵意も殺意も無い事。
そして、荒木と共に闘う為の仲間を探そうとしていた事。

「君の名前は?
 ……ああそれと、生年と年齢も教えて欲しい」

「フェルディナンド。地質学・古生物学者だ。
 『フェルディナンド博士』と呼んでくれ。
 18XX年生まれの、XX歳だが……」

生年を答える意味が分からなかったが、
私は聞かれるがままに事実を話した。

「18XX年!?それは本当なのか!?」

アヴドゥルは驚嘆の表情で、私に詰問した。
どうやら彼の驚きの対象は、
私が合衆国古生物学会における若き新星である事実では無いらしいが。

確認の問いに私が頷くと、アヴドゥルは唸った。

「ううむ……。
 『参加者名簿』を初めて閲覧した際、その内容に疑念を持ったものだったが。
 本当に、そういう事なのだな……」

「さっきから、何を言っている?
 私の生年と関係があるのか?」

「私は1989年から、この世界に呼び出された。
 つまり……この街には、『異なる時間に生きる人々が集められている』」

「何だとッ……!?」

そうと知れば、私も驚愕せざるを得ない。
時間の壁なるものを突破し、私をこの場に連れ出したと言う事なのか……あの男、荒木は?

「……いや、考察は後だ。
 とりあえず、私と戦う気が無いのならこの車に乗ってくれ。
 近隣に君以外の生物の気配は見当たらなかったが、念の為だ」

アヴドゥルは巨大な自走車の中に戻り、私に向けて手招きする。
私は慣れない動きで、その扉に潜り込んだ。

後に聞いた話だが、この巨大な車はアヴドゥルに渡された支給品らしい。
悪路でも獰猛に疾走し、数十Kmもの距離を燃料補給無しで移動できる。
アヴドゥルの時代では、この程度の自動車は当たり前の存在なのだそうだ。
『スティール・ボール・ラン』1stステージで、あっという間にリタイアした
ドイツ人の自動車をさんざん馬鹿にしたものだが……科学技術の進歩とはすさまじい。


 *  *  *


車内で私とアヴドゥルは、しばらくお互いについて話し合った。
この奇妙で異常な世界に呼び出されるまでの、それぞれの事情を。

――アヴドゥルは1989年、エジプトから。
この殺し合いの参加者の一人でもある、ディオ・ブランドーを倒す為の旅の道中で。

――私は1890年、合衆国から。
大陸横断レース『スティール・ボール・ラン』中に
第23代大統領ファニー・ヴァレンタインから命令を受け、
とある聖人――あのお方の『遺体』を手に入れる為に
ロッキー山脈に向かう途中で……この街に召集された。

お互い、信じ難い話ではあった。
しかし私は嘘を付いていないし、彼の話も口から出まかせとは思えない。

アヴドゥルの仲間達も、この世界に呼び出されているらしい。
名簿を指し示しながら彼は説明する。
「空条承太郎に、ジョセフ・ジョースターさん。
 花京院典明に、J・P・ポルナレフ。そして犬のイギー。
 エジプトまで戦い抜いてきた、頼もしい戦友達だ」

――ここまで知ると、私は考え始めた。
SBRレースの参加者であり、
『聖人の遺体』の居場所を知っているというジョニィ・ジョースター。
ジョセフとはもしや、彼の子孫なのだろうか?
ブランドーの姓も、レース優勝候補の一人として記憶している。名はディエゴ。
これもアヴドゥルの宿敵――ディオ・ブランドーとの何らかの関わりを感じずにはいられない。
さらに、SBRレースでジョースターと行動を共にするジャイロ・ツェペリの姓も確認した。
ジョッキーと同じ姓を持つ、三人もの参加者の存在。偶然の産物とは言い難い。

しかし、私はアヴドゥルにこれらの事実を話さなかった。
彼らについての情報を特に知らないという事もあったが、
時間軸の異なる人々が集まったこの状況で、話が混乱するだけだろうと感じたからだ。

我々は次に、それぞれのスタンド能力について情報交換した。
アヴドゥルの能力は『魔術師の炎』。
数千℃もの火炎を自在に操り、敵を焼き尽くすというものだそうだ。
味方として、中々頼りになりそうなスタンドである。
近隣の生物を察知できる『炎の探知機』で私が探り当てられた事も、その時に知った。

アヴドゥルが運転席、私が助手席に乗り会話しているこの自動車だが、
先ほどから一切動かしていない。
方針を決めぬままに走りだしても限りある燃料の無駄遣いだし、
機関部の騒音が周囲に漏れる危険があるからだ。
『炎の探知機』があるとは言え、情報交換中に移動はできない。

「ところで……フェルディナンド博士。
 今さらで何だが、君は『参加』するつもりなのか?この殺し合いに」

運転席から、落ち着いた口調でアヴドゥルが訊く。
答えは分かっているだろうが、一応の確認を求めてきたのだ。

私は、馬鹿馬鹿しい、と言わんばかりに手を振った。

「まさか、だろ?
 こんな意味の無い戦いは、無駄以外の何物でもない。
 血で『大地』が穢れてしまうではないか」

「ああ、私も同感だ。
 この戦いを……荒木を、止めるべきだ」

アヴドゥルの瞳は、闇の中でも輝いて見える。
この状況の全ての元凶……荒木への闘志に、燃えているのだ。

彼は、これからの展望を話し始めた。

「いいか、我々がこれから行うべき行動は次の二つだ。
 ①荒木と戦う仲間を探し出し、可能な限り頭数を増やす。
 ②積極的に殺し合いに参加しようとする参加者の撃破。

 名簿を見る限り、参加者は八十人以上いる。
 荒木の誘いに『乗った』者達の戦闘は既に始まっている――そう考えていい。
 そして私とお前を見る限り、参加者には『スタンド使い』も少なくない」

「死力を尽くしたスタンド戦……か」

私が知る限り、基本的にスタンドは非常に攻撃的な性格を有している。
アヴドゥルの『魔術師の赤』も、攻撃に意図して使えば強力な火器となるだろう。
『ゲーム』が始まってから、既に一時間余りが経過していた。
既に死者が出ている可能性も否定できない。

――情報交換もそれなりに済んだ頃。
このバトルフィールドの地図を見ながら、私は彼に疑問を呈する。

「さて……これからどうする?
 我々は『便利な自動車』を持っている。それはラッキーだ。
 だが、むやみやたらに街を走り回る訳にも行かないだろう?」

「それについてだが、人が集まりやすい街の中央部へは、
 人数を増やしてから乗り込むべきだと私は考えている。
 まずはこの周辺を探索して回り、仲間を探そう。
 我々は『探知機』を持っている。これを使えば隠れ潜む参加者も把握できる。
 確実にこちらから先手が打てるというのは、大きな利点だ」

「なるほど。この【B-7】と、その周囲の調査だな。
 とにかく情報を得る必要があるからな……賛成だ」

「よし、行くぞ」

アヴドゥルが頷き、自動車を起動させる。
この頼もしき機械は、再び街を走り出す。

我々の闘いが――今、始まったのだ。


 *  *  *


……と、ここまでの私の話を聞く限り、
私はアヴドゥルにホイホイ付いていき、味方になっただけのように思われるかも知れない。

だが、ここに明言しておく。
私の目的は殺し合いの阻止でも、荒木の撃破でもない。
『優勝』。飽くまでも、このフェルディナンド博士の最終目標はそれである。

初めて荒木のスタンド能力を目にした時から、私はその圧倒的な力に恐怖を抱いていた。
そして『未来人』アヴドゥルとの出会いで、それは一層確実なものに変わった。
“一世紀もの時を超えて人々を召集し、殺し合わせる”。
この事実で、荒木と奴の能力の特異性、異常性を理解したのだ。

『圧倒的に次元が違う』――そう、私は直感した。

私自身も、『スタンド使い』だ。
科学の尺では計れない超自然的現象――
それがスタンド能力である事は、我が身を持って知っている。
荒木が自らのスタンドを使い、この異常な環境を作り上げた。
それ自体は、不自然な話ではない。

しかし、その前提を置いても、奴の能力のパワーは常軌を逸していると考えざるを得ない。
あらゆる時代、あらゆる場所から『スタンド使い』を集め、首輪を取り付け、闘獣のように弄ぶ。
この偉大なる『大地』を作りたもうた神に、如何程の能力を与えられたというのか……あの男は?

もし参加者が奴に挑み戦闘しても、『勝率は0%』だと私は考えている。
普通のスタンド使いが何人纏めて掛かっても無駄だろう。能力者としての次元が全く違うのだから。
私から見れば、モハメド・アヴドゥルは命知らずな馬鹿者以外の何でもない。

荒木には勝てない。そこまで考えた時点で、私が向かうべき道は一つだ。
『荒木の意志に加担し、優勝を目指す』。
無論、こちらの賭けも危険である事に変わりはない。
だが、奴と闘う道よりは遙かに安全だろう。

アヴドゥルの推測通り、この街で既に戦闘を始めている人間も多いのだろうが――
私からすれば、彼らの思考は短絡的で、間抜けとしか言い様がない。
この『ゲーム』では、『攻撃者』の側に回った時点で、後の生存率が劇的に低下する。
『防衛としての反撃』が正当化されるからだ。
そしてその反撃にも、さらに反撃……と続き、無意味な潰し合いが始まってしまう。
最終的に、両者が確実に損をする結果となる。
見ず知らずの人々が集められたこの環境では、突発的、感情的な行動は自殺行為でしかない。

だから暫くの間、私は殺し合いを止めようとする側に立ち、事態を静観する。
人数がある程度削られ、荒木を倒す為に参加者が一カ所に集結した瞬間。
その時こそが、私が勝ち残る最大で最後のチャンスだ。

……実は、私はアヴドゥルに一つだけ嘘を付いている。
『私の恐竜化能力は人間には使えない』という、嘘を。

それには二つの理由がある。
一つは、私が参加者に対し無力である事を示し、危険な存在だと見られないようにする為。
そしてもう一つ、これが重要なのだが――『最後の手段』を隠す為だ。

我が『スケアリーモンスターズ』は、生物を恐竜に変貌させ支配する能力。
勿論、その対象には人間も含まれる。
今、ポケット内のメスにスタンドエネルギーを込め、隣に座るアヴドゥルを切れば、
彼は私の操り人形になる。それは確かな事実だ。
しかし、今の時点でアヴドゥルに能力を行使するのは好ましくない。
何故なら、私は自らの能力の弱点も把握しているからだ。

そう……『超ニガテ』な能力効果の持続力だ。
発動から半日程度で『恐竜化』は解除され、次の発動までには暫しの休息が必要となる。
半日の内に、この街中に散らばった参加者全てを支配下に置く自信はない。

その上、このフィールドに散らばった八十人もの人々の内に
どのようなスタンド使いが紛れているかも分からない。
『恐竜化』が効かない奴がいる可能性も考えられる。
用心には用心を重ねる必要があるのだ。

飽くまでも、『人間の恐竜化』は最後の手段。
私が『攻撃者』である事がバレるのは、ゲーム終盤の『詰み』一回のみが理想的だ。
それまでは、『非力なスタンド使い』としてアヴドゥル達――『反荒木派』に協力し続ける。

私は、絶対に生き残る。
野蛮な力では無く、ヒトの知でもって。
この生態系の頂点に、上り詰めてみせる。


【市街地(B-7)(トラック内部)/一日目/深夜】
【スケアリー・マジシャンズ】

【フェルディナンド】
[スタンド]:『スケアリーモンスターズ』
[時間軸]:ロッキー山脈への移動途中(本編登場前)
[状態]:健康
[装備]:メス(ジャック・ザ・リパーの物)
[道具]:支給品一式
[思考・状況]:
基本行動方針:対荒木チームとして活動を続け、最終的に全員をスタンドで操り殺害、優勝する
1.しばらくはアヴドゥルに味方し続ける
2.可能な限り『人間を恐竜化できる』事は隠し通す
3.荒木への恐怖

※フェルディナンドは、
『ジョセフ・ジョースター、モハメド・アヴドゥル、花京院典明、J・P・ポルナレフ、イギー、空条承太郎』
 の姿と能力を知りました(全て3部時点の情報)。

【モハメド・アヴドゥル】
[スタンド]:『魔術師の赤』
[時間軸]:DIO館突入直前
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:支給品一式
[思考・状況]:
基本行動方針:打倒荒木!
1.共に荒木と闘う仲間を集める
2.ゲームに乗る参加者は再起不能にする
3.まず【B-7】周囲を探索

※アヴドゥルは、フェルディナンドの能力の対象を『人間以外の動物』だと思っています。


[補足]二人が乗っている車は、大型トラック(3部運命の車輪編)です。
残り燃料はマップを半周する程度です。

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モハメド・アヴドゥル 48:The answer to our life
フェルディナンド 48:The answer to our life

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最終更新:2008年08月09日 22:07