背の高い赤レンガ造りの建物が、貝殻の形をした広場をぐるりと囲んでいる。
イタリア、トスカーナ、カンポ・ディ・フィオーリ。
『花』を意味する名を冠し、構造の完全さと美しさに名高いその町並みは、常の賑々しい和やかな姿から一転し、今や血腥い殺し合いの一舞台として夜闇に粛々とその威容を沈ませていた。

――ほんの少し前、この広場には少女と少年が通りがかった。

少女は夜の闇に溶けそうな、それでいて浮き上がるように艶やかな黒髪に、日本の学生らしいセーラー服を身にまとい、翻るスカートからすんなりと伸びるしなやかな足は若いガゼルやカモシカを思わせた。
意志の強そうな眼差しに、整った顔立ち。しっかりとした足取りで颯爽と歩んでいく姿は、10人居れば7・8人は振り返りそうなほど美しい。
少年は同じく学生のようだが、改造されていると思わしき制服の上着はともすれば腿どころか膝までも隠れてしまいそうな長さで、成長期らしくひょろりと上背のある体躯を包んでいる。
表情を隠すように片側だけ伸ばされた特徴的な前髪に、酷薄そうにも見える薄い唇は自然に引き結ばれ、かっちりとした詰襟姿も相まって彼の頑なさを連想させた。
少年――花京院典明は、少女――山岸由花子よりも幾分か早く、その人影を察知していた。
それは、花京院の用心深さが幸いしたとも言えるし、由花子の慢心ゆえの隙が招いたとも言える。
由花子が夜闇の中の人影……花京院に気づいたとき、すでに彼の攻撃は完了していた。

「すみません、貴女に……少し、質問をしたいのですが」

冷ややかな声が広場に響く。かつかつと響く足音――つい先ほどまではほとんど聞こえることもなかったそれは、どうやら近づいてくることを知らせるようにわざと立てられているようだった。
咄嗟にざわりと蠢かせた黒髪は、しかしクモの巣のような何かに阻まれていつもよりも動きが鈍い。ブヅリと無理やりに引きちぎると、由花子の足元の石畳にピシュンと小さな穴があいた。
強いて言うなら、石ころを銃弾のように撃ち込んだらこんな穴が開くのだろう。

「やめておいたほうが無難ですよ。その髪の毛が貴女のスタンドなら」

――素直に答えて頂ければ、余計な危害は加えません。
――どうやら私の『仲間』ではなさそうですね。

距離にして20数メートルはあるだろうか。会話するには少し遠く、しかし先ほどのクモの糸の件もあり、迂闊には動けない。
糸は今なお、由花子の周りを隙なく囲んでいる。可視には至らなくとも、触感でわかる。由花子の皮膚より鋭敏な触覚である髪が、取り囲む糸の存在を伝えている。

「何よ、あんた。いきなり馴れ馴れしく話しかけてきたりして、気持ち悪い」

目の前に立つのが誰だろうと、彼でなければ今の由花子にとって問題ではなかった。
彼女が気に掛けるのは広瀬康一ただひとり。
広瀬康一でないのなら、有象無象誰であろうと同じこと。まして同年代の見知らぬ男なんて、道端の石ころよりも興味が湧かない。
由花子の刺々しい言葉に、花京院の冷静さを装った仮面が微かに歪む。

「……立場をわかっていないのか? 私の気分次第でお前は死ぬ」
「あたしの邪魔をするなら容赦しないわ。でも……そうね、あたしも聞きたいことがあるの」

沈黙、そして睨み合い。
やがて花京院のほうから幾分険のある声音で会話が再開された。

「いいだろう、質問の内容によっては答えられるかもしれない。その代わり、私の質問にも答えてもらおう」
「何勝手に決めてくれてるわけ? まあ、別に構わないけど」

――康一君、広瀬康一の居場所を知ってる?
――彼の家に行こうと思ってるんだけど、彼がもし家にいなかったら無駄足じゃない。
――彼、素直なんだけどヘンなところで小賢しいっていうか、悪い虫みたいな奴らとつるんでるから。もしそいつらと一緒にいたりしたらちょっと面倒なのよね。別に問題はないけど。

殺すことにかわりはないもの。
そう締めくくられた逸り気味の口調は、言葉を紡ぐにつれゆるやかに平坦になっていった。
由花子が淡々と紡いだ言葉は、あまりにも非日常的で突然だった。ごく一般的な感性の持ち主なら、顔のひとつも引き攣らせ聞き間違いか言い間違いかと問いただすところだろう。
しかし、花京院もまた非日常の一角にいる。生まれたときから共に在った半身とも言うべきスタンド、その異能を以ってひとを殺すこと、それに些かの疑問も感じない。彼の場合、すべてはかの神のためなれば、だが。
花京院は驚くでもなく非難するでもなく、ただ淡々と由花子の言葉を聞き、吟味しているようだった。
由花子は話すことはもう終わったとばかりに、何の感情も映さない無表情でじっと花京院を見据える。

「……残念ながら、知らないな」
「そう、じゃあもういいわ」

――あんたも邪魔よ。

お人好しよろしく相手の質問に答える気などさらさらない。由花子にとって時間の無駄以外の何物でもないからだ。そんな余計なことをしていて、康一がどこかに逃げたりしたら面倒なことこの上ないではないか。
先ほど程度の攻撃であれば、髪で受け流しながら近づいて絞め上げればいい。少し前に出会ったあの不愉快なゴミのように、不気味に落ち着き払ったその首をへし折ればいい。
由花子は周囲の糸を引きちぎりながら進もうとして――びくりとも動かない自身の体に気がついた。髪で引きちぎった糸の数も、髪で認識していた以上に妙に少ない。

「貴女は少々……いえ、だいぶ周りが見えていないようだな。『法王』は既に侵入を終わらせている」

喉が絞め上げられるように苦しくなった。否、実際に絞め上げられている。己の手で。
視界の端で、きらきら光る半透明の緑の糸がびっしりと腕に絡みついているのが見えた。
由花子は懸命に髪で己の手を振りほどいたが、今度は息を吸えども吸えども『吸いこめない』。

「ふん……その髪、力は『法王』以上ですね。ああ、質問に答える気になったら頷いて。早いほうがいい、首吊り死体みたいに顔を膨らませる前に」

ぞんざいに告げられた台詞に由花子は戦慄する。
意識すればするほど、体内に潜り込んだ男のスタンドの存在を認識してしまう。
温度もなく、質感もなく、しかしはっきりと侵入している異物。
内側を侵される気色の悪さに眩暈がする。それは酸欠も多分に影響していたのだろうが。
喉を内側から押し潰される痛み。いくらラブ・デラックスが強くとも、髪の毛を喉に詰めるわけにもいかない。
そんなことをする前に、男の一存で女の細首などいとも簡単に潰されてしまうだろう。

(いつの間に、この男はスタンドをあたしの体内に侵入させていた?!)
(苦しい)
(気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪いッ!!)
(息が)
(嫌)
(康一くん)

気がつけば、由花子はガクガクと頷いていた。
辛うじて意識を失わなかったのは、彼女の異常なまでの精神力の賜物だろう。
呼吸が戻された途端、彼女は膝をついてげほげほと咳き込んだ。エメラルドのようにきらきらとした緑の破片が吐きだされ、地面に落ちる前に消えた。
次いで、涙が落ちる。

「もう少し遅かったら喉を割るところだった」

大きさの微調整は難しいな。
何の気なしに呟かれた言葉に、由花子は再度ぞっとする。
花京院の声色は、人ひとり殺そうとしたわりにあまりにも平坦かつ無感動だった。
その響きが、少し前の彼女の声音によく似ていたというのは皮肉以外の何物でもないが。

「さて、こちらの番だ。嘘はつかないほうがいい、貴女のためにも」

腹の中の異物は消えない。






「1999年……」

少女――山岸由花子という名前だそうだが、花京院にとって彼女の話は荒唐無稽としか思えなかった。
今は1999年で、彼女は数ヶ月前に誰かの手によって『弓と矢』に射られて『スタンド使い』となったというのだ。
試しにDIO様や空条承太郎の名を出してみたが、彼女は首を傾げるばかりかあたかもこちらを精神異常者かなにかのように訝しげに見つめている。
その眼差しに苛立ちが募るが、何よりもこの状況は何なのか考えることが先決だった。
アレッシーと名乗ったあの卑屈そうな男の一件もそうだが、この奇妙な時間の空白――これは何か重大なことを示しているのではないか?
花京院典明は考える。
あの方に害なすものは、何もジョースターの血統に限ったことではないのかもしれない。
あの方に害なすものが、たとえばそれがこの状況を作ったものだとして、果たして己はそれに対抗しうるのか、排除できるのか。
力なき隷属を象徴するような金属の首輪、こんなものはあの方に似つかわしくない。まして、こんなものに命を握られているなど考えたくもない。
仮定に仮定を重ねるなんて臆病にすぎると、あの方は一笑されるやもしれない。しかし、考えることすら放棄するのなら、それはただの獣と変わらない。
あの方を脅かすものは排除しなければならない。
あの方が私の不安や孤独からなる弱いものを取り除いてくださったように。

「ねえ、あんた……何をそんなに驚いているの?」

怒りと困惑とを綯い交ぜに、彼女が問いかけてくるが黙殺する。
考えろ、考えろ、考えろ。一体何が起こっているのか。

「あたし、正直言ってあんたをブチ殺してやりたいけど、今は無理そうだからやめておいてあげるわ。
 大人しくしているから、ねぇ、あんたのこれ、取って頂戴」

こんな文句で誰がほいほい危ない女を解放するというのか。
この女の危険さは、先ほどの一件からも十二分に理解できている。先手を取っている状態だからこそ、この奇妙な対話は成り立っている。
しかし、いつまでもこうしているわけにもいかないのも事実だ。
見晴らしのいい広場は、いつ何どき誰が通りがかるともわからない。まして、己が頼れるものなど砂漠の中の砂金粒を見つけるよりも困難を極めそうな、こんな状態では。

「解放、してもいい。ただし、条件付きで」
「……何?」
「簡単なことです。私と組んでくれればいい」
「はッ? ……頭沸いてるの、あんた。あたし、あんたをブチ殺してやりたいって言ったでしょ」
「ただでとは言わない、広瀬康一……でしたか? 彼を探す手伝いをしましょう。私の『法王の緑』は、広範囲の索敵・捕縛に向いている。彼を見つけて捕獲した時点で同盟は解消しよう」
「……なんだか、あたしにやたら良い条件のような気がするけど?」
「私にも利益はある。今は情報が欲しいんです。接触するときにひとりよりふたりのほうが警戒されないでしょう?」
「……あんた、ただの変態野郎かと思ってたけど、意外と頭回るのね」
「……今すぐ法王を暴れさせてもいいんですよ」

山岸由花子は暫しの間考え込んでいたが、やがて猫のように瞳を細めて微笑みを浮かべた。
見るものの焦燥を駆り立てる、不吉で蠱惑的な魔女の微笑。

「いいわ、乗ってあげる。そっちのほうが早く康一君を見つけられそう」

――でも、康一君の家には行くわよ。そこにいるならそれまでのお付き合いね。
――とりあえずあんた、名前くらい名乗りなさいよ。

「そうですか。なら、とりあえず移動しましょう。ここは見晴らしが良すぎる」

――できるだけ、色々な人から話が聞きたいんです。色々な人から、ね。
――ああ、すみません。花京院、典明です。

表面上は和やかに、少年と少女は連れだって歩きだす。
月光に彩られた古い都で、逢瀬を果たした男女のように連れだって。

彼女を突き動かすものは愛――それは欲望とよく似ている。
彼を突き動かすものは忠誠心――それは愛とよく似ている。

欲望、忠誠心、愛。
似ても似つかないようでいて、その実どれもよく似ている。
いびつに歪んでいることに変わりはないが。






【コンビ名:花*花】

【E-4 カンポ・ディ・フィオーリ広場/1日目 深夜】

【花京院典明】
[時間軸]:JC13巻 学校で承太郎を襲撃する前
[スタンド]:『ハイエロファント・グリーン』
[状態]:健康、肉の芽状態
[装備]:なし
[道具]:基本支給品×2、ランダム支給品1~2(確認済)
[思考・状況]
基本行動方針:DIO様の敵を殺す
1.DIO様の敵を殺し、彼の利となる行動をとる。
2.山岸由花子を警戒・利用しつつ、情報収集する。
3.ジョースター一行、ンドゥール、他人に化ける能力のスタンド使いを警戒。
4.空条承太郎を殺した男は敵か味方か……敵かもしれない。
5.山岸由花子の話の内容で、アレッシーの話を信じつつある。

【アレッシーが語った話まとめ】
花京院の経歴。承太郎襲撃後、ジョースター一行に同行し、ンドゥールの『ゲブ神』に入院させられた。
ジョースター一行の情報。ジョセフ、アヴドゥル、承太郎、ポルナレフの名前とスタンド。
アレッシーもジョースター一行の仲間。
アレッシーが仲間になったのは1月。
花京院に化けてジョースター一行を襲ったスタンド使いの存在。

【山岸由花子が語った話まとめ】
数か月前に『弓と矢』で射られて超能力が目覚めた。(能力、射程等も大まかに説明させられた)
広瀬康一は自分とは違う超能力を持っている。(詳細は不明だが、音を使うとは認識・説明済み)
東方仗助虹村億泰の外見、素行など(康一の悪い友人程度、スタンド能力は知らないしあるとも思っていない)



【山岸由花子】
[スタンド]:『ラブ・デラックス』
[時間軸]:JC32巻 康一を殺そうとしてドッグオンの音に吹き飛ばされる直前
[状態]:健康・虚無の感情
[装備]:なし
[道具]:基本支給品×2、ランダム支給品1~2(確認済み)、アクセル・ROのランダム支給品1~2(未確認)
[思考・状況]
基本行動方針:広瀬康一を殺す。
1.康一くんをブッ殺す。他の奴がどうなろうと知ったことじゃあない。
2.まずは東に向かう。目的地は「広瀬家」。
3.花京院を利用しつつ、用が済んだら処分する。乙女を汚した罪は軽くない。

【備考】アクセル・ROを殺したことについては話していません。話すほど彼女の心に残っていませんでした。






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前話 登場キャラクター 次話
024:intersection point 花京院典明 092:病照
003:喰霊-零- 山岸由花子 092:病照

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最終更新:2012年12月29日 18:00