「立ち話も何だ、席に着いたらどうだね?」

ディ・ス・コは動こうとしなかった。座るどころか動くことすら危ういと、彼は感じ取っていた。
目の前の男の存在感は圧倒的だった。それはもう、あまりに圧倒的だった。
例えるならば丸裸丸腰でライオンの檻に閉じ込められたも同然の如く。それは下手に動けば死が訪れることを嫌でも意識させられた。

DIOが椅子を指し示した指先は、長いこと、ただいたずらに宙にかざされていた。やがて彼は腕を下ろし、それを肘掛椅子の上に戻した。

男は何も言わなかった。代わりにその真っ赤な目をゆっくりと細ばめた。
百獣の王、生まれついての捕食者としての目線がディ・ス・コの身体を舐めまわしていく。
身体の隅から隅まで、一部の隙間もなく。ディ・ス・コの肌はゾクリと震えた。

そうかい、私は遠慮なく座らせてもらうがね、と男は言った。
男のの言葉には苛立ちや怒気は込められていなかった。ただ面白そうな何かを見つけた、純粋な興味がにじみ出ていた。


DIOは深々と身を沈めると息を吐き、肘掛椅子の上で頬杖を突く。しばらくの間彼は無言で天井を見つめた。
ディ・ス・コも喋らなかった。何を言えばいいかわからなかった。
沈黙が蜘蛛の張った糸の巣のように辺りにからまり……しばらくの間、二人は共に動くことも、話すこともしなかった。


沈黙を破るきっかけは音だった。
カタカタと微かに聞こえる音にDIOは首を傾けると、男の腕が激しく震えているのが目に映った。
肩にかけたデイパックがその振動を伝え、音を発していたのだ。DIOは頬笑みを浮かべ、ゆっくりと彼に向かって語りかけた。

「震えているのかい? このDIOを前にして」

ディ・ス・コは身体を固くした。それはその声がとても美しかったからだった。
美しいと思って、そして一瞬聞き惚れてしまいそうになった自分に動揺して、彼は身を固くしたのだった。
何を馬鹿なことをしているんだ、と彼は思った。この男を前に自分はなんて呑気なことを。こんなことをしている場合など断じてないというのに。
先手必勝だ。唇を噛みしめ、ディ・ス・コは自身を勇気づける。
相手は椅子に座ったまま余裕を醸し出している。そのどたまにスタンド能力を叩きこんで、一瞬で始末してやれ。
震える腕を伸ばしスタンド出現させ、構える。構えようとして……彼は、動けなかった。
そうわかっているはずだ。そう思っているはずなのに……ディ・ス・コは動かない。動けない。

DIOが話を続けても、スタンドを構えることすらしなかった。
それは彼が心の底では、男の言葉をもっと聞きたいと願っていたからかもしれなかった。


「脅えることはない、何も私は君を取って食おうとしているわけじゃあないんだ……安心してくれ」


男は安心させるよう手を広げ、そして次いではディ・ス・コに向かって笑いかけて見せた。
どうやら彼を気に入ったらしい。肘掛椅子に投げ出していた身体を持ち上げると、男は姿勢をただし、椅子の先に乗り出すように座りなおした。
膝を組み替えてリラックスした様子で、DIOはそっと囁くように続けた。

「安心と恐怖は感情の双子の様なものだ。隣り合わせ、鏡写し……言葉は何であれ、つまるところ恐怖があるから安心があり、安心があるから恐怖がある。
 そもそも人間は誰でも不安や恐怖を克服し、安心を得るために生きている。名声を手に入れたり、人を支配したり、金もうけをするのも安心するためだ。
 結婚したり、友人をつくったりするのも安心するためだ。人の役立つだとか、愛と平和のためにだとか、すべて自分を安心させるためだ。
 安心をもとめる事こそ、人間の唯一にして究極の目的だ……」

不思議と続きが気になる話し方を、DIOはした。彼は話の最中に身振り手振りを加えることをしなかったし、大声で声高々に主張することもしなかった。
しかし、ディ・ス・コは知らず知らずのうちにその話に引き込まれていく。耳を傾け、聞き惚れ、頷いてしまう。
彼は一呼吸置くともう一度口を開いた。相変わらず、その声は囁くような声音であった。

「人間は生まれた時から死ぬ運命を背負っている。
 それは誰一人例外でなく、誰にしも赤ん坊だった時があり、少年だった時があり、青年、成人、そして老人……。
 やがてそうやって人は皆老い、そして死んでいく。
 死は避けようもない人類共通の恐怖だ。いまだかつてそれを克服した人間は誰一人としていない。
 このDIOを除いては、だが……」

快活な笑い声を挟んで、DIOは更に話を続けた。

「恐怖こそが人間を支配する感情だ。恐怖を克服するためならば、人間は死に物狂いで何かを成し遂げることができる。
 君が今身につけている服も、私が手にしているグラスも、口にしているワインも全て、全てその結果だ。
 恐怖という鞭が人間を進化させ、安心という飴を手に入れるために人間は生きているのだ。
 そう考えると人間とは随分低俗で、愛らしく……哀れな生き物だと思わないかね?
 人間は限界がある。恐怖を上回ることも、安心という檻から出ることもできない。
 人間は実に物悲しい生き物だよ……。いたたまれなくて、時には見ていられなくなるほどに……」

ディ・ス・コは答えを返さなかった。
何を言えばいいのかわからなかったし、何を言っても間違った答えになるような気がして、黙って口を閉ざした。
DIOは一向に気にしていないようだった。彼は誰かに話すというよりも、自分の考えを思いのまま、口にしているだけのようだった。

「では吸血鬼になり、永遠の命を得たこのDIOは何に恐怖すればいいのだろうか? 何を目的に生きていけばいいのであろうか?」

沈黙。空白。言葉を切ったDIOはじっと宙を見つめ、そしてまた口を開く。

「……スタンドはその人物の精神の象徴といってもいい。私のスタンドの名は『世界』。能力は、そうだな……文字通り『世界を制する力』といっておこうか。
 どちらにしろそれほど重要なことじゃあない。ここで取り上げるのは能力でなく、名のほうだ。
 『世界』、私はこの名をいたく気に入っている。運命的な出会いとってもいいかもしれない。
 その名前を初めて聞いた時、私はまるでその二文字の言葉が私だけのために用意されていたと思えたほどだ。
 感動すらした。クローゼットの中でずっと袖を通すのを待っていた仕立て済みの服かのように、ピッタリと馴染んだんだ。
 いずれ『世界』を制するであろう私に、まさにうってつけの名前だ。君もそう思わないかね……?」

ディ・ス・コは黙って頷いた。DIOが言うのであればそうなのだろう、そう思って彼は素直に首を縦に振る。
世界を制する。並みのものなら夢物語と馬鹿にされるだけだろうが、彼が言うとその言葉は途端に説得力に満ちたものに変わった。
本当にこの男なら成し遂げてしまうのだろう。ディ・ス・コは実際にそう思って、思ったので頷いた。
DIOは言う。彼の話はまだまだ続いた。

「再び問いかけだ。では世界を制するとは何をもってそう言えるのだろうか? 何を成し遂げれば世界を制したことになりえるのか?」

今度は頷かなかった。ただ黙ったまま頭を何度か左右に振った。
ディ・ス・コにはそんなことはわからなかったし、ただのそれ以上、思いつきもしなかった。
彼にとって沈黙が答えだった。だがそうして黙っていると、奇妙に暗闇が広がっていきそうな感覚が男を襲った。
どちらも口を閉ざしたまま長いこと時間が経った気がした。実際のところはわからない。

「君は神を信じているか?」

DIOが言った。それは突拍子もない疑問で、突然言い放たれた言葉だった。
だが、それが大切な問いかけであることはディ・ス・コにはわかった。DIOの口調でそれがわかった。ディ・ス・コは首をゆっくりと横に振る。
DIOは何も言わなかった。確認のつもりだったのか、彼はそれを見て満足そうに、小さくうなずくだけだった。

サイドテーブルからグラスを取ると、一含みを口の中に流し込み、男は言う。

「かつて最も神に近づいた男がいた。その男は数々の奇跡を起こし、人々に神と崇められ、その思想は今も生きている。
 彼は水をぶどう酒に変えた。家が吹き飛ぶ嵐を片手で静めた。何の変哲もない石や水をパントとワインに変え、海の上を歩き、イチジクから命を吸い取り、そしてまた人々に命を分け与えた。
 そして彼は、一度死んだ後に蘇り、その奇跡が決して不純なものでなく奇跡以外の何でもないことを証明して見せた。
 人々は彼を神と呼んだ。今も呼んでいる。そしてこれからも呼び続けるだろう。人間が生き続ける限り」

それはまさか“あの方”のことを言ってるのですか。喉元まで込み上がった言葉を押し戻し、ディ・ス・コは訳もなく動揺している自分に動揺した。
そんな、まさか。ありえない。しかし本当にあり得ないかどうかとDIOに問われたら、彼は自信を持って返答できたろうか。
DIOならなれる。いや、DIOにならば“彼”を越えて見せれるのではないかと、そう思うほどまでにディ・ス・コの中には確固たる“何か”が芽生え始めていた。


「私は、神(ディオ)になるべき男だ。世界を制するとは、神(ディオ)となり、人々を導くことだと私は思っている」


だから彼はこんなにも私を怯えさせているのだろうか。
こんなにも恐怖で私を竦ませているのは、彼が神に近い男で、私に安心と恐怖を刻みなおすためなのだろうか……?
私にこれからの道筋を、導きを、もう一度示しなおすためなのだろうか……?


「惜しむべきは彼は二度の奇跡を起こさなかった事だ。結局彼が死を克服することはなかった。
 だがこのDIOは違う。私は死を克服した。世界を制する力を手に入れた。
 彼ができない、決して手にすることのない奇跡を、今すぐにでも実践できる力が私にはある。
 このDIOこそが神に相応しいのだ。私は全てを制して見せる。運命も、生命も、世界も、時空も、空間も制し……全ての頂上に私は立って見せる……!」

力を貸してくれないか。そう囁かれた言葉が自分に向けられたものだと気付くのには、時間がかかった。
顔を上がればいつの間にかDIOは椅子より立ち上がり、ディ・ス・コと同じ地べたで同じ高さで、手を差し伸べていた。
直々に。その身で、直接。ディ・ス・コという男のために。

その時、男は初めてDIOの眼を見た。

真っ赤だった。そしてとてもきれいだった。
闇の中でもハッキリとわかるほどに、その目は光って、輝いていた。
自分を見つめるその真っ赤な目から目が離せない。吸い込まれていきそうだ。どこまで澄んでいて、輝いていて、美しくて。

すぅ……と縦に開いた瞳孔が彼を映しだす。真っ赤な輝きとは正反対に、そこには底知れない黒さが潜んでいた。
その輝きから目が離せなかった。その底知れなさに呑みこまれたいとすら、ディ・ス・コは思った。
このままずうっと見ていたいと、ディ・ス・コは思ったほどだった。叶うことならば、ずっと、そのまま……。

ディ・ス・コは何も言わなかった。ただDIOが彼を見つめていることが、たまらなくうれしくて、彼の心は大きく震えた。
その震えは今まで感じたどんな震えよりも大きな震えだった。どんなに人生で幸福だった時よりも、どんなに生涯で嬉しかった記憶よりも……。


奇妙な安心感が男を包む。ディ・ス・コは息を漏らすと、そっと瞳を閉じた……。






「DIOさま……」
「期待しているよ、我が部下ディ・ス・コよ……」

勿体のないお言葉……、と言い放たれた言葉を最後に男の姿は闇に紛れ、そして扉を閉めるような音が微かに響いた。
DIOはしばらくの間身じろぎもしなかったが、やがて面白くもなさそうに鼻を鳴らすと、彼は椅子に深く座りなおした。
どうやら男の興味は既に次のものへと移っているようだった。先ほどとは違って、部屋には新たな緊張感が満ちていた。
見知らぬ誰かを探るような、警戒心に近い緊張感。DIOはそのままの姿勢でじっとしていて……そして不意に笑い声を洩らすと闇に向かって囁いた。

「いつまで隠れている気だい?」

それを合図としたように、ぬっと姿を露わにした男が一人。

「短い間に随分とお行儀が悪くなったじゃないかい、マッシモ」

からかうような言葉に返事もせず、マッシモ・ヴォルペは無言のままDIOの正面の席に腰かけた。
表情は硬く、顔は白い。DIOもしばらくの間は笑顔を浮かべていたが、そんな彼の様子に笑いをひっこめると、彼の顔をじっと見つめた。
二人は長いこと話さなかった。ヴォルペを落ち着かせるように、DIOは彼の膝に手をやると、そっと優しく撫でてやった。
まるで子供をあやす母親のような仕草だった。ほどなくして、ヴォルペが重々しく口を開いた。

「今、俺はこの場で死んでもいいと思ってる」
「それは何故?」
「俺の心に安心は存在しないからだ。二度と、俺の心に安心が吹くことはない」

DIOは問いかける様に彼の眼を見た。ヴォルペは黙って首を振り、その白く濁った眼で彼を見返した。
吸血鬼の彼もゾッとしない、何も見ていない眼を彼はしていた。
ふむ、と唸り声をあげDIOは顎を撫でる。そして腕を伸ばすと、躊躇いなくヴォルペの首元へとその鋭い指先をのめりこませていった。

DIOはヴォルペの血管を指先でつまんだまま動かなかった。青年もまた、動かなかった。
ほんのわずか、どちらかが身体を傾けでもすれば大動脈はかっ切られ、その男は死ぬだろう。
すぅ……と裂けた皮膚から一滴だけ血が流れ落ち、首筋に赤いラインを描いていく。
同時に俯むき具合の彼の頬に、幾筋もの涙が下りていくのをDIOは見た。

静寂の中、二つの液体だけが滴る音が響いた。涙と血。青年は泣き、血を流した。


DIOは首元から手を離した。それは長い長い沈黙の後のことだった。その間もヴォルペは泣き続けていた。音もなく、男は涙していた。
吸血鬼は立ちあがるとぶ厚いカーテンを閉めた窓際に寄りかかり、男に向かって言い放った。

「すまなかった。君を侮辱することになってしまった」
「……別にかまわない」

ヴォルペは本気だった。本当に心の底から死んでしまってもいい、と思っていた。
深い深い絶望が彼を襲い、すさんだ感情が彼を覆っていた。DIOはそれを肌越しにも感じ取った。彼の涙を見て、それを理解した。
青年の深い悲しみと、失意、そして虚無感が本物であり、自分がその事を疑ったことを恥じた。DIOはそっと視線を自らの足元へと落とした。

ヴォルペの頬を伝う涙は追悼の涙だった。一人の少女と一人の老人を想う涙。
彼と彼女がくれた安心。それが二度と戻ってこないと改めて突きつけられたのは辛かった。
一度失って、もしかしたらこの地でもう一度得ることができたかもしれなかっただけに、その辛さはより鋭く、彼の心をえぐっていた。
死んでもいいと言ったのは本当だった。何もかもが空っぽに思えた。
自分にはなにもないし、なにもわからない。わかっていない。
分かり合える時があったはずだったのに、それがわかった時には全て失った後だった。いつも、そうだった。

ヴォルペはうな垂れた。涙はとめどなく流れていた。
そうやって感情が収まっていくと、ようやく自分の正直な気持ちがわかってきて、そこにたどり着くまでにまた随分と時間がかかる自分に嫌気がさした。
暴発的に誰かに殴りかかり、感情的に心許せる男の前で涙し、そうしてようやく自分の気持ちに気づく。
ヴォルペの固く閉じた唇から言葉が零れ落ちた。それは紛れもない、彼の本心だった。

ただ……、どうしようもなく……

「虚しいんだ」

ヴォルペは虚しかった。自分の生きている意味がわからなかった。どうしようもなく自身が空っぽに思えた。
DIOが言っていた幸福も、不安や恐怖も安心も、全部が全部自分にはもはや関係ないもののように思えて辛かった。
自分はどこにも属せない様な強い疎外感が彼を包んでいた。そして、だからこそ自身が唯一安心感を覚えた麻薬チームがどこまでも懐かしくて、愛おしかった。
それが全て終わったものだと知っていても、それを懐かしめれるほどに、彼は強くなかった。ヴォルペには彼を支える今がなかった。

虚しかった。本当に虚しかった。
壊れたオルゴールのように、その言葉をヴォルペはただいたずらに繰り返した。

DIOはじっとヴォルペを見つめていた。彼はゆっくりと立ちあがり、また元の肘掛椅子に座った。
ヴォルペの真正面に位置する椅子だ。男は青年を落ち着かせるように、そっと彼の背中に手を置き、ヴォルペの気が済むまでそうしていた。
やがて青年の心がすっかり平静を取り戻したころ、DIOはゆっくりと口を開いた。

「なぁ、マッシモ」

青年はゆっくりと顔をあげる。DIOは彼の眼を覗き込みながら、話を続ける。

「あるところに男がいた。
 その男は容姿に優れ、素晴らしい運動神経と優れた知性を持ち、比類なき勇気と判断力を持っていた。
 それだけでなく高潔な人間性、熱い情と強い正義感を持ち合わせていて、おまけに有り余るほどの金を持った財団とのコネがあり、更に先祖をたどれば高貴なるジョースター家直属の血統付きときたものだ。
 更に更に彼、空条承太郎はこのDIOと同じタイプのスタンド、同じ能力を持っている。
 ヤツが願うことはないだろうが……うまく立ち回れば世界を制することもできるかもしれない。
 いや、そう願わなくても、ある程度はヤツを中心として自然と世界は回るだろう。きっとこのDIOを打ち倒した後の世界でな」
「……打ち倒した?」
「ああ、そうだとも」
「君が、敗北した相手なのか。その……空条承太郎という男は」
「正確に言えば、“ある世界”では“敗北しうる相手”と言い直させてもらおうか。
 “この”DIOにとってはそれは未来に起こり得ることなので何ともいいかねることだ」
「とても信じられないな」
「私もさ、マッシモ」

DIOの口元には薄く妖艶な笑みが、貼り付けられたように浮かんでいた。
ヴォルペはその笑みから目が離せなくなっていた。その笑みにの裏には灼熱に燃え上がる何かが潜んでいることを、彼は感覚的に理解した。

「そんな全てを手にして空条承太郎という男だが……きっとヤツは今嘆いてる事だろう。慟哭していることだろう。悲しみに打ちひしがれていることだろう。
 言うなれば、ヤツの屈辱的喪失初体験ってところかな……? フフ……!
 空条徐倫……やつに姉や妹がいないことは把握している。母の名は知っているが、その名は既に放送で読み上げられている。
 となるとこの女はヤツの妻か、娘と言ったところか……。どっちにしろ、母を亡くした男にとっては手痛い損失だな……!」

話がどこに向かっているのかわからない。いきなり持ち出された男の話に混乱するヴォルペ。それを察したDIOは丁寧にもう一度その男の話をした。
空条承太郎。その男と彼の血縁。繰り返された話を整理するうちに、ヴォルペもいつしか冷静さを取り戻していた。
涙は止まり、呼吸は整い、今しがたまで荒れていた青年はいつものように冷静な面持ちで彼の話に耳を傾ける。

大きく頷くと、ヴォルペの頭の中ではおぼろげながらに男の存在が像として浮かび上がり始めていた。
なんとも凄まじい人生を歩んできている男だ、とヴォルペは思った。
同時に、羨ましいとため息がこぼれ落ちた。どれほどの充実感、安心感を彼はその手でつかみとってきたのだろう。どれほどの満足感を、彼は築き上げてきたのだろう。
ヴォルペが決して成し遂げられないことを成し遂げれるその男が眩しかった。自分と対極的だとそれがわかり、冷えた心にチクリと痛みが走った。

DIOは気の毒そうに顔を歪めていた。ヴォルペのことを心から同情するような顔をしていた。
青年が顔あげれば彼は慈愛に満ちた頬笑みを浮かべ、励ますようにこう言った。

「不公平だと思わないかい、マッシモ」

一瞬何を言っているのかわからなかった。ヴォルペは不公平という言葉を繰り返し、DIOはその言葉に頷いた。

「君のように不運を掴まされ、不幸な人生を味わい、虚しさに身を縮めている一方で全てを手にしていた男がほんの少しの喪失で君と同じ感情を覚えているんだ。
 君が望んでも得られなかった幸福感をそれこそ山ほど持っていた男が! ほんのちょっぴりを失っただけだというのに!
 ついこの間まで人生を大いに謳歌していた男と、この世全ての不幸を一身に背負っていたような男が同時に失い、しかしどちらも身を引き裂かれたような痛みを嘆くのだ。
 こんなおかしなことはないと思わないかい……?」

じんと頭が痺れるような感触をヴォルペは覚えた。
目の前で淡い光がちかちかとちらつき、眩暈を感じた青年は椅子の中で身を固くする。

不公平。確かにそうだと思った。実際にヴォルペは空条承太郎を妬んだ。羨望した。ずるいとすら思った。
そしてその彼が今自分と同じ失望感に沈んでると考えてみると……不思議と心が揺れた。
それはとても奇妙な感覚だった。

暗く閉め切った部屋の中に浮かんだ二人の影が歪な形に膨らんでいく。
ヴォルペの中で、虚しさ以外の感情が次第に大きく首をもたげ始めていた。


「DIO……俺は」


男は何も言わなかった。ただ彼の顔には艶やかな邪さを秘めた、含み笑いが浮かんでいた。
それは、何も言わずとも君の言いたいことはわかるよ、と言わんばかりの表情だった。
男は椅子から立ち上がり、部屋から出かけの途中でヴォルペの肩に手を乗せこう言った。

焦ることはない、自分の気持ちに戸惑うことは誰だってある。じっくりと時間をかけて自分と向き合う時間が誰だって必要なのだよ、と。

いとおしむように最後に頬を包んだ彼の手の温かさが、ヴォルペは忘れられなかった。
DIOが部屋を後にする際、扉を閉めた音がこびり付いたように耳から離れない。
ヴォルペはしばらくの間石のように動かなかった。ようやく動けるころになると、彼は立ち上がり、男がずっと座っていた椅子に目をやった。
まるでそこに空条承太郎という名の男を創り出そうとするかのように、彼はずっとそこを見つめていた。

ドクドクと心臓が鼓動をたてる音が聞こえた。身体を包んでいた無力感、虚しさはもう薄れていた。
かわりに新しく芽生えた“何か”が、怪しいばかりの生々しさを訴えていた。だがその何かが、今のヴォルぺにはわからなかった。

結局自分は何もわかっていない。自分のことも、仲間たちのことも。そして……DIOのことも。


「知りたい」


そうヴォルペは呟いた。自分が今抱いている感情が一体何なのか、どうなるのか、そしてそれをどうすればいいのか。
同じ無知でも今はそれは絶望の無知ではなかった。DIOが与えてくれた新しい無知、興味だった。
ヴォルペは椅子に腰かけたまま、そっと頬に手をやり、そしてそれを薄暗がりの灯りに透かしてみた。

「空条承太郎、DIO、そして俺自身……」

室内の淡い灯りが青年の細い影を長く落としていた。影に紛れて、彼の表情は伺えない。
最後に呟いた言葉は、誰一人も耳にすることなく、やがて暗闇吸い込まれ、消えてしまった。





【E-2 GDS刑務所 外/一日目 午前】
【ディ・ス・コ】
[スタンド]:『チョコレート・ディスコ』
[時間軸]:SBR17巻 ジャイロに再起不能にされた直後
[状態]:健康。肉の芽
[装備]:なし
[道具]:基本支給品シュガー・マウンテンのランダム支給品1~2(確認済み)
[思考・状況]
基本行動方針:DIOさまのために、不要な参加者とジョースター一族を始末する
1.DIOさま……
[備考]
※肉の芽を埋め込まれました。制限は次以降の書き手さんにお任せします。ジョースター家についての情報がどの程度渡されたかもお任せします。


【E-2 GDS刑務所1F・女子監周辺一室/一日目 午前】
【DIO】
[時間軸]:JC27巻 承太郎の磁石のブラフに引っ掛かり、心臓をぶちぬかれかけた瞬間。
[スタンド]:『世界(ザ・ワールド)』
[状態]:健康
[装備]:携帯電話、ミスタの拳銃(5/6)
[道具]:基本支給品、スポーツ・マックスの首輪、麻薬チームの資料、地下地図、石仮面
    リンプ・ビズキットのDISC、スポーツ・マックスの記憶DISC、予備弾薬18発、ワイン一本とグラス二つ
[思考・状況]
基本行動方針:帝王たる自分が三日以内に死ぬなど欠片も思っていないので、いつもと変わらず、『天国』に向かう方法について考える。
1.しばらくはヴォルペを一人にする。その後は……?
2.マッシモとセッコが戻り次第、地下を移動して行動開始。彼とセッコの気が合えば良いが?
3.プッチ、チョコラータ等と合流したい。
4.『時空間を超越する能力』を持つ主催者を、『どう利用する』のが良いか考えておく。
5.首輪は煩わしいので外せるものか調べてみよう。
[備考]
※『ジョースターの血統の誰か(徐倫の肉体を持ったF・F)』が放送中にGDS刑務所から逃げ出したことは、感じ取りました。
※参戦時期はJC27巻 承太郎の磁石のブラフに引っ掛かり、心臓をぶちぬかれかけた瞬間でした。
※時間軸の違いに気づきました。
※余分な基本支給品×4(内食料一食分消費)は適当な一室に放置されてます。
※ディ・ス・コから情報を聞きだしました。
※不明支給品の内、ポコのものは予備弾薬、重ちー(矢安宮重清)のものはワイングラス二つとワイン一本でした。
 エンポリオの支給品はスモークグレネードのみでした。

【マッシモ・ヴォルペ】
[時間軸]:殺人ウイルスに蝕まれている最中。
[スタンド]:『マニック・デプレッション』
[状態]:疲労(小)、空条承太郎に対して嫉妬と憎しみ?、DIOに対して親愛と尊敬?
[装備]:携帯電話
[道具]:基本支給品、大量の塩、注射器、紙コップ
[思考・状況]
基本行動方針:空条承太郎、DIO、そして自分自身のことを知りたい。
1.空条承太郎、DIO、そして自分自身のことを知りたい 。
2.天国を見るというDIOの情熱を理解。しかし天国そのものについては理解不能。





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前話 登場キャラクター 次話
115:死亡遊戯(Game of Death)1 DIO 138:裏切りの虹村形兆
115:死亡遊戯(Game of Death)1 ディ・ス・コ 133:最強
105:トータル・リコール(模造記憶)(上) マッシモ・ヴォルペ 138:裏切りの虹村形兆

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最終更新:2016年02月01日 13:41