マウンテン・ティムが駆けつけたのは全てが終わった後だった。
彼は申し訳なそうに康一に謝り、そして無事に再会できたことを素直に喜んだ。

「怪我はともかく……こうして会えて何よりだよ、康一君」
「ええ。それも全部由花子さんのおかげです」
「……私は何もしてないわ」

マウンテン・ティムの言葉に康一は笑顔でそう返し、由花子は複雑そうな顔でボソリと呟いた。

戦いの終わりは意外なまでに呆気なかった。火を止めた由花子と康一が民家の中を調べてみれば、一人の男が見つかったのだ。
崩れ落ちた瓦礫に挟り、脚だけはみ出たその男を引きずりだすと、見るからに凶悪な面をしていた。ゲスじみた内面が顔まで滲み出ている、そんな顔をした男だった。
幸か不幸か、その男は落ちてきた破片に頭を強く打ち、気を失っていた。二人はとりあえず手足を縛り、猿ぐつわをかませ、今は適当に寝かせてある。
眼が覚めたら色々と情報を聞きだすつもりだ。まさかここまで来ておいて放火や光のスタンドと無関係である、なんてことはないだろう。

その後エコーズの声を元にやってきたマウンテン・ティムと合流し、由花子と康一はこうしてほっと一息ついているのである。
康一は由花子につけられた怪我の手当てを、ティムは未だ起きない男に対する警戒を。
そして由花子は……何をするでもなく、どこか浮かない様子で瓦礫に腰かけている。
彼女が戸惑うのも無理ではない。心中湧き上がるのは康一に対するまとまりのない感情、複雑な想い。

由花子にとってティムが来たことは幸運でもあり、不運でもあった。
正直なところ、戦いが終わったところで康一と二人きりにされたならば、どんな顔で、何を話せばいいかわからなかっただろう。
かといって、ティムが来たことによって康一とゆっくり話す機会を失ったのもまた事実なのだ。
じれったい気持ち、ほっとする気持ち、もどかしい気持ち……様々な想いが今、彼女の中に渦巻いている。
時折康一と目があえば、彼は由花子に向かって微笑みを向ける。その度に由花子は顔をしかめ、顔を背けた。

こんなこと今までなかったのに。こんな感じ、どうすればいいのかわからない。瓦礫に腰かける三人の間に沈黙が流れ、それは長い間破られなかった。
由花子は顔をあげ、瓦礫の隙間から差し込む光を仰いだ。細く差し込む太陽の光が、無性に眩しかった。
いつもは気にならないどうでもいいいことが何故だか今は無性に気になった。
康一の笑い声が、マウンテン・ティムと楽しげに笑う少年の横顔が、目に焼き付いて離れなかった。



「さて、そろそろ二人とも落ち着いただろう」

二人がすっかり回復しきったころ、マウンテン・ティムがそう言った。その言葉をきっかけに情報交換が始まる。
ティムと康一がほとんど一緒に過ごしていたこともあって、話はほとんど長引くことなく終わった。
目を引くような内容を強いてあげるならば、由花子が語った花京院典明と言う少年について、それくらいだろうか。
どっちにしろ即座に対処すべき問題はない様に思えた。
崩れた民家の薄明かりの中、由花子と康一、そして時折質問を投げかけるティムの声が交差していく。
当面の方針としては、まずはこの襲撃犯と思わしき男の眼ざめを待つことで三人は同意する。


「……ティムさん」
「コイツ、目、覚ましたみたいよ」
「待て、何か様子がおかしい」

数分も経たず、猿ぐつわをかまされた男が意識を取り戻す。途端にその男J・ガイルは目を大きく見開くと、縛られた身体を捻り、暴れ出した。
尋常じゃない様子だった。その様子はまるで、その姿勢のままでもいいからとにかくこの場を離れようとしているかのようだった。
拘束されたことで悪態をつくでもなく、逆に開き直って襲いかかって来るでもない。
まるで何かから逃れようとしているかのような、そんな必死さが見る三人にも伝わってくるほどだった。

ティムがゆっくりと口の拘束を緩める。喋られるようになった途端、J・ガイルは街中響くような声でこうがなりたてた。

「助けてくれッ! 早く助けてッ……くそ、なんだこの……ッ! おい、解けよ、このロープッ!」
「自分の立場をわかってないのか? 二人を襲っておきながらそんな虫のいい話があるわけないだろ、このマヌケ」
「間抜けだろーがなんだろーが、今はどうでもいいッ! いいからほどけよ! やばいんだ……ッ! ここは、ヤバいんだよッ!」
「……ヤバい?」

鬼気迫る様子だった。
そこには襲撃者としての開き直りも、凶悪犯としての余裕も残忍さも見られなかった。
額に浮かんだ汗、狼狽した表情。三人は思わず顔を見合わせる。
マウンテン・ティムはカウボーイハットをゆっくりとかぶりなおすと、もがき続けるJ・ガイルに問いかけた。

「康一君、由花子君を襲ったのはお前だな?」
「俺は乗り気じゃなかったんだ! そりゃ最初は正直殺る気満々だったぜ? でもそこにいるアマがしっかり対処するもんだから、俺は途中で諦めたんだ!」
「ならどうして……?」
「脅されたんだよッ! さっきからいってんだろ? 俺は途中から引く気だったんだ!
 せいぜい火を放つにしても、その後は遠目で隙あればスタンドで攻撃する程度のつもりだったさッ!
 じゃなかったらこんなノコノコ接近する理由なんてねーさ! でも『アイツ』がッ!
 『アイツ』が、お前たちを始末しなければ、この俺も殺すなんて言うもんだから! これは不可抗力だったんだよ! 俺は仕方なしに……!」

「アイツ……?」




そう誰かが呟いた時だった。
直後 ――― 瞬時に、そして同時にいくつものことが起きた。幾つもの影が交差した。



J・ガイルの前に覆いかぶさるよう立っていた康一を、由花子が突き飛ばす。
J・ガイルの胸を突き破り、超速で伸び出た一本の刃がそのまま直線状にいた由花子を貫く。声をあげる暇もなく、J・ガイルは絶命する。
死ぬ間際、ほんの僅かに呻いただけだった。呆気ない終わり。最後まで彼の顔から、焦りの色は消えることなく、その凶悪殺人鬼は殺された。

康一の眼の前で由花子がJ・ガイルと連なるような形で刃に串刺しにされる。太く、禍々しい刃は容赦なく彼女の体を貫いていた。



「余計なおしゃべりを……ゴミクズの分際で…………」

積み重なった瓦礫の隙間から、身長二メートルを超す大男が姿を現した。
関節を捻じ曲げ、筋肉伸び縮めさせ、その身体を徐々に三人の前に露わにする。



「こ、コイツは……ッ!」
「逃げて、こう、いちく……ん」
「そ、そんな…………なんで…………ッ!」



ティムが呻く。由花子がか細い声でなく。康一の口から震える声が零れ落ちた。
柱の男カーズがそこにいた。蹲る瓦礫の中で、最強の生物が躍動する。






叫び声が木霊し、悲鳴が行き交う。押しとどめる者、もがく者。
地面に転がっているのは由花子とJ・ガイル。男はもう末にこと切れている。由花子も同じようなものだった。
心臓からその下、肺、胃、肝臓、腎臓……いくつもの臓器を真っ二つに裂かれ、血がとめどなく流れている。生きているのが不思議なほどだ。
もっとも、そう長くないことは間違いないだろう。カーズは舐めるようにあたりを見渡し、満足げに笑った。


「ふむ、一、二、三……全部で四つの首輪だ。なかなかやるじゃないかァ、J・ガイルゥ……?
 口が軽いのはどうかと思ったが、これは思わぬ収穫だったぞ。まぁ、もう聞こえてはいないだろうがね……フフフ……!」
「由花子さんッ!」
「駄目だ、康一君ッ! 行っちゃ駄目だ……!」


―――もう手遅れだ。

その言葉をつけ足すことは躊躇われた。
マウンテン・ティムは血が滴るほどに強く奥歯を噛みしめる。助けに入ろうと今にも飛びださんばかりの康一の背中を掴み、必死で内なる激情を押し殺す。
何もできない、今この状況に。無力な、守るべき少女が目の前で蹂躙されているのにどうしようもできないという事実。

相手は間違いなく『柱の男』と呼ばれる一族だ。シュトロハイムが言った特徴、サンタナを思わせる圧倒的なプレッシャー。
今ここで飛び出せば、間違いなく殺される。マウンテン・ティムも、広瀬康一も。
ちょうど地面に転がるJ・ガイルのように貫かれるのが関の山だ。
ならばここは飛び出すべきではない。例え由花子が虫の息でなっていようとも、今すぐに助けなければ間にあわないとわかっていても……。
考えるべき事は生きるため、死なないため……何をすればこの場から逃れられるか、だ。


―――マウンテン・ティムは間違っていない。だがそれを冷静ととるか、冷徹ととるかは人次第だ。

康一には我慢ならなかった。理性的にだとか、相手の力量を考えてだとか、そんなことは全部吹き飛んでいた。
由花子は自分を庇ったのだ。あの瞬間、何かに感づいた由花子は康一を突き飛ばし、そして彼の代わりに貫かれた。

由花子は康一を救った! 由花子は康一を守った!
本当なら今地べたで血を吐き、内臓を撒き散らしているのは康一だったはずなのだ。
『康一』だったはずなのだ……ッ!


「由花子さん、今助けるからッ! 今、助けるからッ!」
「……『オー! ロンサム・ミー』」
「なッ!?」


康一の体が滑るようにロープの上で分裂し、由花子の元へかけよろとしていた身体は力なく崩れ落ちる。
マウンテン・ティムのスタンドによって脚はもがれ、もはや動けず。口は上下に分かれ、話すこともできず。
それでも康一のバラバラになった身体はマウンテ・ティムの腕の中、弱弱しくもがいていた。
ティムがなぜ助けに入らないのかもわからず。それでも山岸由花子を助けるためになんとかしようと、必死に。

カーズは何も言わずその様子を眺めていた。冷たい眼をすぅ……と細めると感心したように言った。

「撤退を選ぶか。なかなか賢いじゃあないか。激情にかかれて襲いかかるか、我を失って殴りかかって来ると思っていたぞ」
「……生憎『あんた達』の恐ろしさは身にしみるほど知っているんでね」
「…………ほぉ」

それが意味することは柱の男たちと戦ったことがあるという事実。
そして同時に今こうやってカーズの前で立っているということは柱の男と戦って生き残った、勝利したほどの強者と言うことでもある。

そんな相手をどうしてみすみす見逃せようか。カーズのプライドにかけて、そんなことは許せるはずもない。
カーズは唇を釣り上げると凶暴な笑みを浮かべ腕を振りかざした。背筋が凍るような金属音と共に、鋭く磨かれた刃がむき出しになる。
カーズに二人を見逃す気はさらさらない。慎重に、一切油断することなく……この刃で真っ二つにするつもりだッ!


距離はそう離れていない。三人の間にある間合いは柱の一族の前ではあまりに短すぎる距離。
カーズが全力で飛び出せば、一歩、二歩で縮めれるほどの距離だ。問題はタイミング。
マウンテン・ティムが背を向けて走る瞬間。カーズが脚に力を込める時。
どちらが動くか。どちらへ動くか。きっかけをつかめずに、両者微動だにしないまま時間が流れる。

マウンテン・ティムは鋭い視線でカーズを睨む。暴れる康一を押さえつけ、ひたすら逃げる隙を伺い続ける。
カーズは瓦礫の隙間より射し込む太陽の位置を確認し、襲いかかる最短経路を探し出す。獲物の様子を伺い、行動を読むために目を凝らす。


焦れるような沈黙が流れ……そしてカーズが一歩踏み出した ――― その時だったッ!



「む!?」
「行って、マウンテン・ティム……。アタシはもう長くない。せいぜい時間稼ぎと言っても、もってほんの少しだけ……」


その瞬間、脱兎のごとく走り出したティム。カーズは動けない。カーズの足を止めたのは虫の息だった由花子だった!

カーズの足首にまとわりつくラブ・デラックス。最後の力を振り絞り、由花子はスタンドを動かしカーズを引きとめたのだ。
一秒でも長くその場に引き留めるために。すこしでも確実にマウンテン・ティムと康一が逃げ伸びることができるように!
消えそうな命のともしびを必死でつなぎとめ、由花子は最後まで抗った!


「おのれ、この小娘がッ!」


ティムが走る。その肩に担がれた康一は声にならない叫びを放つ。
即座に由花子の静止を振り切ったカーズであったが、今から走ったところで間にあわないのは明らかであった。
二人は既に瓦礫の間を抜け、崩れた家から抜け出し、陽のあたる場所まで走り去ってしまっていたのだから。
ティムは走り続けた。カーズの視界から完全に消えるまで、一度として止まることなく、走り続けた。

歯がみする柱の男にできたのは苛立ち気に悪態をつくだけだった。
足元に転がる、瀕死の小娘に足止めされたという事実は彼の神経を逆なでした。
なんたる恥! なんたる醜態! 餌のまたその餌ごときにこのカーズが邪魔をされただと?
この石仮面を作りし最強で最高のカーズが……たかが人間の小娘に、まんまと一杯食わされただとォ……?!

「貴様……ただではおかんぞッ!」


しかしその言葉を吐いた後、カーズはもはやその言葉が意味を為さないことを理解した。
カーズが見下ろすその先で、由花子はもう既に死んでいた。康一が逃げ延びたのを最後に見届けた彼女は、満足げに頬笑みを浮かべ、とっくにこと切れていた。
残されたのは瓦礫の山、二つの死体、一人の柱の男と敗北感。
カーズは顔をしかめると拳をぎゅっと握った。フンと鼻を鳴らし、振り上げかけた拳をほどくと代わりに刃を振るい、二人の首輪を回収する。


カーズはきっと認めないだろう。しかし確かな事実として、マウンテン・ティムと広瀬康一は生き延びた。
山岸由花子は勝利した。たった一人の少女は自分身を犠牲に、二人の命を救ったのだ。柱の男を相手に勝利した。
後にも先にもそんな偉業を成し遂げたのは彼女ぐらいだろう。

あのカーズを相手に! 一人の女の子が! 真正面から挑み! 二人の命を救ったのだ!


それを成し遂げさせたのは大きな、大きな愛。
それは一人の少女が少年に恋をして、その恋に一生懸命生き、その果てに成し遂げた……大きな愛の物語。
山岸由花子。彼女は愛と共に生き、愛のために死んだ ――― どこにでもいる、ただの少女だった。

彼女は恋する、夢見る少女だったのだ!


強いて言うならば柱の男は山岸由花子にではなく……偉大な偉大な愛(ラブ・デラックス)の前に敗北したのだ。


カーズが刃を振るうその直前、由花子は最後にそっと恋する少年の名を呼んだ。
誰にも届かないその名前を呼び、彼女はそっと目を閉じる。







そして冷たい刃が彼女の喉をかっ切った。








【J・ガイル 死亡】
【残り 62人】








【B-5 南部/一日目 午前】
【広瀬康一】
[スタンド]:『エコーズ act1』 → 『エコーズ act2』
[時間軸]:コミックス31巻終了時
[状態]:悲しみ、ショック、全身傷だらけ、顔中傷だらけ、血まみれ、貧血気味、体力消耗(大)、ダメージ(大)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品×2(食料1、水ボトル少し消費)、ランダム支給品1(確認済)
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いには乗らない。
1.由花子さん…………

【マウンテン・ティム】
[スタンド]:『オー! ロンサム・ミ―』
[時間軸]:ブラックモアに『上』に立たれた直後
[状態]:全身ダメージ(中)、体力消耗(大)
[装備]:ポコロコの投げ縄、琢馬の投げナイフ×2本、ローパーのチェーンソー
[道具]:基本支給品×2(食料1、水ボトル少し消費)、ランダム支給品1(確認済)
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いに乗る気、一切なし。打倒主催者。
0.康一が落ち着くのを待つ。
1.シュトロハイムたちの元へ戻り、合流する。
2.各施設を回り、協力者を集める。



【B-5 南部 民家/一日目 午前】
【カーズ】
[能力]:『光の流法』
[時間軸]:二千年の眠りから目覚めた直後
[状態]:健康
[装備]:服一式
[道具]:基本支給品×5、サヴェージガーデン一匹、首輪×4(億泰、SPW、J・ガイル、由花子)
    ランダム支給品3~7(億泰+由花子+アクセル・RO:1~2/カーズ:0~1)
    工具用品一式、コンビニ強盗のアーミーナイフ、地下地図
[思考・状況]
基本行動方針:柱の男と合流し、殺し合いの舞台から帰還。究極の生命となる。
0.首輪解析に取り掛かるべきか、洞窟探索を続けるか。
1.柱の男と合流。
2.エイジャの赤石の行方について調べる。







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時系列順で読む


キャラを追って読む

前話 登場キャラクター 次話
095:男たちの挽歌 カーズ 148:大乱闘
095:Panic! At The Disco! (前編) J・ガイル GAME OVER
115:死亡遊戯(Game of Death)1 広瀬康一 154:はぐれヒーローたちの協力と限界
115:死亡遊戯(Game of Death)1 山岸由花子 GAME OVER
115:死亡遊戯(Game of Death)1 マウンテン・ティム 154:はぐれヒーローたちの協力と限界

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最終更新:2014年02月06日 00:22