蛇と教師と御転婆と嘘と悪霊憑きと魔女のうた 前

『藁の城組』
【早朝】E-1 草原

サラ、サラ、と夜明け前の気持ち良い風が草原を薙いで拡がっていく。
風と共に残った闇も払拭していくように、辺り一面の景色が黄金色の光に包まれていく様子が目に見えて分かる。
この空が暴力と残虐に塗れた世界だということは、見た限りではとても信じられないだろう。
しかし、その空の下を群作って歩く5人の男女の表情の固さから、やはりこの場所がただならぬ狂気を孕んだ世界だということが感じ取れる。


その一団の先頭を歩く少女――比那名居天子だけは他の4人とは違い、活き活きとした表情で草の根を踏みしめ歩いていた。
彼女の天真爛漫過ぎる性格は悪という悪を辻斬るために存在しているようで、自らが集団を先導して意気揚々と直進する役目を買って出たのだ。

そんな彼女のブレーキ役兼参謀係の女性――上白沢慧音は天子から1メートルほど離れた後方を歩いている。
若干大股開きで歩き気味の天子が先走りする度に、後ろから注意を呼びかけては団の移動速度を保つという、まさしくこの一味の速度調節役を担っていた。
注意される度に不満げな顔でぶつくさ言う天子を嗜める慧音の表情は、比較的穏やかな物ではあったがやはりこの状況、緊迫した気迫が漏れていた。

慧音の更に1メートル後方、列の中心を挙動不審気味に歩く少女は封獣ぬえ
少々うるさい仲間が増えたとはいえ、一抹の不安を隠せない彼女は常に周りをキョロキョロと見渡しながらそのか細い足を一歩一歩進ませている。
一本のメスを右手に携えながら不安げに歩く彼女は、さっきから後方の視線が気になって仕方ないらしい。
えもいえぬ雰囲気が自分の小さな背中を突き刺すような気がしているのだが振り向くに振り向けず、先ほどから彼女の様子が挙動不審なのはほぼそれが原因なのであった。

その後方を歩くのは白い背広を着たサラリーマン風な男。この場においてやや場違いな格好の吉良吉影が爪を噛みながら歩を進めている。
彼の顔色はもはや穏やかではなく、額にうっすら汗を光らせながら苛立ちをぶつけるようにガジガジと爪を噛み続ける。
前を歩くぬえに無言のプレッシャーを与えているのも吉良のただごとではない様子のせいなのだが、それは彼の意図する所ではなかった。

何故なら吉良のすぐ後ろを歩く不良風の少年――東方仗助のギラギラと貫き刺す視線が吉良の後頭部を常に捉えていたからだ。



「最後尾の警戒は俺がやりますよ。『一般人』の吉良さんに…何かあったら大変っスからねぇ~……」

一行が移動を開始する直前に仗助自らが挙手して申し出た提案がそれだった。
そう言って睨みつけるように吉良を見やった仗助の目は疑心暗鬼の塊。
完全に宿敵を見るかのように敵意を向けられ、吉良の内心は絶望と焦燥、怒りの気持ちで湧き上がる。
今すぐに自身のスタンド『キラークイーン』を発現させ、このクソガキを木っ端微塵に吹き飛ばしてやりたい。
そんな殺意を必死に押さえ、吉良は取り繕った表情で「あぁ…お願い出来るかな?仗助君」と仗助の提案を渋々了承、現在の列形成に至る。

(全く…今日という日は本当に災難な厄日だ…。東方仗助、奴のこの『感じ』…間違いなく私の正体に気が付いているッ!
私は今、『見張られている』というわけだ……クソッ!この状況、どう対処すればいい!?)

ガリガリガリガリガリガリ……

爪を噛み立てる音が一層強くなっていく。ポタポタと血が地面に垂れ、見る人が見ればそれはおぞましい凶行にも見えただろう。
幸いにも前方のぬえ、後方の仗助ともにその姿は視界には入らなかったが、もはや吉良の精神ストレスは限界にも近づいてきた。

『吉良吉影』という人物は『平穏』を望む男。
敵を作らず、味方を作らず、自分の日常が何者かに侵される事を最も嫌う。
追って来る者を気にして背後に怯えたり、穏やかでも安心も出来ない人生を送るのは吉良にとってあってはならない最悪の事態。
まさしく今の状況が吉良にとっての『最悪』だった。とはいえ、この男はそれまでの人生常に『勝利』してきたという事実も間違いの無いことではある。

(あの仗助はそのうち殺すッ!…だが焦ってはいけない。今は…自分を抑えるんだ、吉良吉影…!
この場で仗助を始末するのはあまりにも軽率だ。『植物』のように平穏な心を持て…!
見れば仗助も迂闊には仕掛けて来ない。この大所帯だ、恐らく『機』を狙って私に接触するつもりだろう…)

―――ならば、『先手』を打たなければ…ッ!いずれ来るであろう『接触の時』のためにもッ!

心の中で何度も自分に言い聞かせる。
怯えるのは今だけだ。今こそを我慢すればきっと『運命』は私に味方してくれる。
『あの時』と同じなのだ…私の正体が、殺人が、仗助や承太郎たちにバレて追われていた時…私は『執念』で奴らから逃げ延びたではないかッ!
私は『生きのびる』…平和に『生きのびて』みせる!

『幸福に生きてみせるぞ!』


内から燃え上がるドス黒い執念をみせる吉良を後ろからジッと眺めるガクランの少年、東方仗助は必死で思考を巡らせる。
目の前に居る男は凶悪な殺人鬼。その正体をこの場で唯一知る自分だけが現状の危機に気が付いている。
今すぐに自身のスタンド『クレイジー・ダイヤモンド』でブッ飛ばしてやりたい…ッ!
そんな衝動を必死に抑え、仗助は列の最後尾から殺人鬼へと常に視線を注ぎ続けていた。

(今この場で吉良のヤローをブッ飛ばすのは簡単だ。…いや、キラークイーンは簡単な相手じゃあねーが、とにかく今それはあまりやりたくねえ。
『コイツは殺人鬼です』と言ってブッ飛ばしたところでこの状況だ、下手すりゃ俺が殺人鬼呼ばわりされちまう。
何とかして皆にコイツの正体を伝えて信用させる方法はねーものか…それもコイツの見てない所でコッソリ伝えるのがベストだが…)

腕を組みながら自慢の髪を乗せた頭をウンウン唸らせるが、一向に良いアイディアは浮かんでこない。
だが、吉良にとっても状況は仗助と同じはず。お互いが迂闊なことは出来ない状況にあるのだ。
ならば…と、今のところはこの凶悪な殺人鬼を見張っていることのみに集中するしかない。

(どれだけスカした仮面被ってようと、所詮コイツは人殺し…!『重ちー』殺したことは一生忘れやしねーぜッ!
衆目の前でゼッテー化けの皮剥がしてやるッ!)

既に周囲の警戒という重大な役目を見失い、目の前の危険人物をどうにかしなければという使命にのみ燃える仗助。
その激しい敵意は吉良を通してその前方を歩くぬえにまで飛び火しており、彼女に正体不明のオーラを浴びせてオドオドさせている事には気付いていないようだ。


「みんな!大きな建物が見えたわッ!きっとあの場所が『サンモリッツ廃ホテル』よッ!」


その時、先頭から周囲への警戒の意を全く含まない音量で天子の大声が聞こえてきた。
妖怪の山の麓にかつての幻想郷には存在しなかったはずの現代的な建造物が聳える。

―――サンモリッツ廃ホテル。

元々外界で14世紀に建てられた別荘兼要塞とも伝えられており、外敵の攻撃から身を守り立て篭もるには充分の大型施設。
照り出す朝日の逆光を浴び、まるで深い闇の様な影となった大きな玄関口が一行を手招きするように誘う。
5人の男女は前方に高く聳え立つ要塞を見据えながら、それぞれの思惑を胸に秘める。

希望、不安、焦燥、恐怖…
黄金色の眩い光に目を細め、各々はこれから起こる出来事に様々な未来を想像して一喜する者も居れば、一憂する者も居る。
あの場所に何者が待っているのか。
あの場所ではいったい何が起こるのか。
それは誰にも知る由が無い。
未来の事など、分かる者は存在しないのだ。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
パチュリー・ノーレッジ
【午前5時22分】E-1 サンモリッツ廃ホテル 食堂


ワァーーー!!!


この煩わしい歓声を聞くのはこれで何度目になるんだろうなと、パチュリー・ノーレッジは深い溜息の後に朝イチの紅茶を啜る。

(うん。小悪魔や咲夜ほどでは無いけど我ながら結構美味しく淹れられたかも)

自分の支給品はスタンドDISCの他にもうひとつ、なんら普通のティーセットが一式配られていた。
武器にすらならないこの支給品を何に使用するかと考えるのも馬鹿馬鹿しく、ご丁寧に紅茶のセットまで一丁前に付属してきたのでせっかくだから食後がてらに使ってみたのだ。
慣れない手つきで慣れない事をしたわりには紅茶の完成度はまぁ普通に美味しかった。
が、やはり咲夜の淹れる飲み慣れた紅茶の味には程遠く、同時にあの完全で瀟洒な従者の鉄仮面を思い出してほんのちょっぴりだけ、彼女の身を案じる。

まさかあの完全無欠なメイド長に限ってそうそう死ぬようなことはありえないだろう。
吸血鬼の友人レミィについても同じことが言えるが、ウチの騒々しくも屈強な住人はそう簡単にやられるタマではないのだ。
レミィ、咲夜、そして美鈴…は少し心配だが、とにかく彼女たちがこの自分よりも先に逝ってしまうことなど信じられない。
自分の魔法使いとしての格の大きさには自信はあるが、その戦力を考慮してもどう考えたって我が紅魔館の顔ぶれの中で最も殺し合いに向いていないのは私だろう。

チラリと時計の針に目を向ける。

現在時刻は5時22分。

あと40分ほどで件の放送とやらが流れ始める。
一刻も早く巫女とスキマ妖怪をとっ捕まえて仮説の裏付けを取るべき自分たちが、呑気にも朝食とついでにティータイムなどをとっていた理由はこの中途半端な時間帯にある。
人探しに出掛けるには、放送を聴いてからの方が良いのではないか。
すぐさまホテルからの出発を提案したパチュリーに対して生意気にも横槍を差し込んできた夢美の意見に、だけども反論する事も出来ずパチュリーは押し黙った。

確かに人探しに出掛ける前に放送で流れるであろう――いわゆる死亡者リストを聴いてからの方がこの先動きやすい。
夢美の意見を頬を膨らませながら渋々了承したパチュリーはこうして紅茶によって喉を潤すしかない。



…まぁ、大丈夫だろう。
巫女やスキマ妖怪にしてもレミィ達にしても、今頃は異変解決、打倒主催者に向けて動いているに違いない。
放送までたかが後40分。焦る必要はありなどしないのだ。

少し離れた場所では相変わらず夢美が忙しなくキーボードを叩いてゲーム画面に夢中になっている。
外の世界の娯楽道具など触った事もないが、アレはそこまで彼女を興味津々にさせる代物なのだろうか?
ふむ…なんにせよ、これで少しは静かに紅茶が飲めるというものだわ。東方心綺楼さまさまである。

…いや別に夢美が構ってくれなくて寂しいとかそんなんじゃないわよ。これだけは断言しておくけど。


見ればスタンド使いの少年――広瀬康一も夢美からゲームの攻略を教授されている。
あたふたとキーボードを叩く康一の横で夢美がやかましく「いけ」だの「そこだ」だの「ヘタっち」だの指南(?)を施している姿がどこか滑稽だ。
そしてそんな教授と生徒のやり取りを眺める者がもうひとり。




彼女もパチュリーと同じ様に、夢美たちの茶番を紅茶を啜りながらだるそうにボンヤリと眺めている。
パチュリーは先ほどの出来事…にとりや康一との邂逅をその脳裏に思い出していた。

自分たちを信頼させる為に自ら支給品を手放すという、この会場では限り無く愚かな行為を深く考えずにいともたやすく行った康一。
パチュリーから見てもこの少年は浅はかでかなり危なっかしく思う。にとりが彼を非難するのも至極当然な話だ。
夢美も馬鹿じゃあない。むしろこのゲームをよく理解しているだろうし、そのうえで私と共に脱出の方法を探ってくれている。
これは彼女には絶対言うつもりは無いけど、このトチ狂った会場内において少しは、ほんのちょ~っぴりだけは、頼りにしてる部分も無いとは言えなくはないのかもしれない…ん?つまりどっちだ?

まぁとにかく!夢美もそこそこ頼りになるような奴ってことよ!

…ところがこの河童はどうなのだろう。
康一に対して注意を促した彼女はこのバトルロワイヤルにおいて正しい思考を持っているのかもしれない。
つまり『理想』ではなく『現実』をキチンと見据えることが出来る利口者。そしてパチュリーの耳には少なからずこの青河童の『評判』ぐらいは届いている。
彼女が何か大きな事件を起こしたという話は聞かないが、どうにも滲み出る小悪党臭さを拭いきれていない。

早い話がイマイチ『信用できない』のだ。


人が人を疑うということそれ自体は、別に悪いことではない。ましてやこの状況だ。疑われて当たり前なのである。
しかしこんな状況だからこそ、相手の事を『知らない』というのはあまりにも危険だ。
もしもこの河童とこの先行動を共にしていくのだとしたら、彼女を疑って疑って、疑い尽くさなければいけない。それは誰かがやらなければいけない事だ。

疑を以って相手に尽くす事は、恥ではない。それは智となり友となる。

『疑う』という行為は相手をより深く知ることへの一種の『コミュニケーション』の手段だ。パチュリーはそれを知っていた。
嫌な役回りね、そう毒吐きながらパチュリーは席を立ってにとりの横にゆらりと座る。
それに気付いたにとりは分かりやすくビクンと体を震わせ、多少声も上ずらせながらパチュリーとの会話に転じた。


「や、やあパチュリーさん。なにか用かな…?
この紅茶の感想を聞きたいのなら結構なお手前だと思うけど――」

「悪いけど世間話を楽しみに来たのではないのよ。
いやね、とってもつまらないことで……でもとっても重要な事を思い出したから…ちょっと、ね。…お時間はあるわね?」


にとりは戦慄した。

自分の恐れていたことが早くも起こりつつある。
カップを持つ手の震えを何とか止めようと腕に意識を集中させる。
落ち着け…!冷静に対処しろ…!汗を流すな、この魔法使いは私の反応を見ているんだ…!
そう思いたくとも、しかしにとりは脳内で思考の洪水が止め処なく溢れ出てくるのを抑えられない。

(とても重要な事だって…?マズイッ!やっぱこいつ、完璧に私を疑っていやがるッ!
笑顔だ…とにかく笑顔を崩すな…!いや、変に笑ってるのも不自然だ…ここは何気ない表情で…!
ああもう!接触してくんのが早いよパチュリー!たかだか河童の私なんてどうだっていいだろ!?
いいってば!席に戻って考察するなり紅茶を楽しむなりしてろって!
頼むから放っといてくれってば!さもないと私、ホントにアンタをころ)

「焦っているわね?にとり」


ドクン…と、心臓がより一層跳ね上がった。
パチュリーの小悪魔のような微笑と、囁くような冷たい呟きがにとりの全身をゾワリと包み込む。
その反応に気付いてか気付いてないのか、じっくりとにとりの瞳を覗き込みながら問答を続けるパチュリー。

「ねぇ、にとり。『どうして』貴方はそんなに焦っているの…?私はまだ何も言ってないわ」

魔法使いの嘘を見破るとかいう力。
間違いなく、私は今『試されている』…!私が『害ある存在か』どうかを試されている!
確かに私は殺し合いには『乗っていない』…けど、潔白というわけでもない事は自分でもよく理解している。
今…私が心の内で一瞬浮かべてしまった『殺意』…コイツに感じ取られたか!?
どうする!?どうする!?今この場でパチュリーを始末するわけにもいかないッ!今はダメだ!!
とにかく…平静を装って何事もなく質問に答えるしかないッ!

「パ…パチュリーさんが怖い顔で近づいてきたからだよ。鏡見たら?今のアンタの顔、凄いよ…?」

「お気遣いどうも。でもね、そんなことは些細なことよ。
とても重要なことっていうのはね、そういえば最初に会った時にまだ『聞いていないことがある』…それを思い出したのよ。
にとりは私と夢美の事を、まぁあの時は建前だったとはいえ一応は信じてくれたみたいね。そこは感謝しているわ。
でも、貴方本人には聞いていなかった…『貴方がこのゲームに対してどう動こうと思っているか』…それを聞いていなかった。
どう?つまらないことでしょう。『たったそれだけのこと』よ、聞きたいことというのは」


乗ってなんかない。
私は乗っていないと言え。
だって本当の事じゃないか。私、河城にとりはこんなゲーム『乗っていない』。
だが、そんな返答でこの陰気な魔法使いを納得させられるか?
私は今まさにこの女を『始末』したいと考えているのに!!
今の私はどうなんだ?嘘の気とやらが漏れているのか?それとも漏れているのは『殺気』か。
パチュリーはさっきから私の心を見透かすように目を合わせている。気持ちが悪い。
正念場だ。言うぞ…ッ!言う!
最悪の事態もありうる。その時は…もう、どうとでもなれだ。
不自然に間を空けちゃダメだ。不自然に笑顔を取り繕ってもダメ。
何事でも無いように…どうとでもない事のように…




―――ほんの一瞬の間。

あるいは、その『間』がにとりの命運を分けたのかもしれない。




「――私は、『殺し合い』に…………乗って」




にとりの言葉はそれを境に途切れた。
なぜならば同時に轟いた大きな『破壊音』がこの場の4人の耳を劈いたからだ。
音の出所は玄関ホール。入り口のドアも窓もしっかり鍵をかけてあるのに関わらずこの食堂にまで轟音が響いてきたということは、間違いなく少々乱暴な侵入者がこのホテル内に入ってきたということだ。
それを聞いた夢美はすぐさまゲームを中断、パチュリーが今まで見た事無いような真剣な表情で駆け寄ってきた。

「!!パチュリーッ!今の音…!!」

「……ええ。どうやら侵入者みたいね。皆、念のため戦闘の準備をして」


バタバタと忙しなく駆け巡る周囲の中、にとりだけが呆けたように椅子に座ったまま、顔を俯けていた。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

「よくやったわ、仗助!流石この私の下僕ねッ!」

「じょじょ…仗助君ッ!やり過ぎだ!これではまるで私たちが襲撃しに来たみたいに見えるじゃないかッ!」

「あー…すみませんっス。どうせ直すもんだからつい手加減ナシでブチ抜いちまって…」

「うわ…これが仗助のスタンドパワー…(私のじゃあ真似出来そうもないわね)」

「………」


ホテルの玄関口に辿り着いた妖しげな一行は周囲及び屋内を警戒しつつも内部への侵入を決心する。
が、その大層立派な玄関は押しても引いてもピクリともせず、全ての窓もボロ板で雑多に塞がれていた。
二人か三人かそれ以上か…恐らく誰かが篭城しているのだろう。そうと決まればやるべきことはひとつだと、天子は先ほど獲得した優秀な下僕にこう命じた。

「仗助!あなたのスタンドでこの玄関をブチ壊しなさい!」

俺に任せろと言わんばかりの腕まくりでスタンドを出現させた仗助は、慧音が止める間も無くお得意の壁ブチ抜きを披露し、周囲にその猛音を轟かせた。
その破壊力に四者四様それぞれの反応を見せた後、まずは先陣を切ってホテル内に足を踏み入れた天子に続いてぞろぞろと一行は薄暗い館内に侵入する。
そして最後に仗助が入り、ドアを修復した所で早くも篭城者との掛け合いは起きた。


「そこの男女5名!止まりなさい!
…ふんふん、まな板娘にツノ女に…あれは羽根?かしら。羽根の生えた女の子…それに普通のサラリーマンに最後はハンバーグヘアーの不良学生…
なるほどねー、こりゃまた随分と偏屈な集団がおいでなすったわね…ふむふむ」


奥の扉から現れたのは全身赤ずくめの装いをした少々騒がしくも麗しい女性。
彼女はハツラツと天子たちに警告を促し、なにやら多分に失礼なことまで呟いている。
そんな中、彼女に一番近い位置に居た天子だけはその呟きの中にとんでもなくタブーな語句が混ざっているのに気付き、
冷や汗を交えて仗助の方を素早く振り向いたが、どうやら彼に届いた台詞は前半部だけだったらしく気付いていない。
そのことに心底ホッと安心して一旦落ち着いた天子は、自分がまな板娘などと呼ばれたことも忘れ去り、現れた女に威風堂々と木刀を突きつけて声を張り返した。

「そこの紅女!悪いけど質問するのはまずはこっちからよッ!
この建物には『何人』の人間が居るのかッ!
貴方達は『乗ってる』奴らかッ!
聞きたいのはこの二つよ!さっさと答えなさい!」

「むっ!だぁ~れが『紅女』よッ!この『蒼娘』め!
ここに居るのは『4人』で、もちろん『乗ってない』わよッ!
さぁ!次はそちらさんが答えァ痛―――ッ!?」

「何でちゃっかり答えてんのよこのバカ美。
脳に爆弾が埋め込まれているのか、貴方で解剖実験したっていいのよ?」

妙にハイテンションにいきり立つ女性のツッコミ役のようにゆるりと登場したのは、長く綺麗な紫髪を揺らせる小柄な女性だった。
見た目とは裏腹に物騒な物言いの彼女は、紅い女性の足先を思い切り踏みつけながら天子たちの前に立つ。どうやら物騒なのは台詞だけでなく行動もらしい。

その鋭い漫才を観戦しながらも突き付けた木刀を取り下げずに、あくまでも自分たちが『上』だという態度を崩そうとしない天子の次なる言葉を遮るように慧音が横から割って入ってきた。

「天子。こちらがそのような威圧的な態度だと相手に警戒心を与えてしまう。
我々はあくまでも『対等な立場』のもと、仲間を集めなければいけないのを忘れるな。
こちらもゲームになど『乗っていない』…この答えで満足したかな?……『知識と日陰の少女』、パチュリー・ノーレッジよ」

こちら側のツッコミ役兼参謀が天子の木刀を押さえ、穏やかな物腰で相対する。
その行為に不満なのか、プクリと頬を膨らませた天子は相手の紅髪の女に精一杯のイヤミな視線を送った。
見れば相手の紅髪も全く同じ顔をしながらこちらを睨みつけている。
アクセル役とブレーキ役の似た者コンビが、それぞれ『動』と『静』で構成された火花をチリチリと散りばめる。
そして慧音の言葉を受けて一瞬の間をおき、あちら側の紫髪のブレーキ役がゆっくりと口を開いた。


「…いいえ、満足は出来ないわね。『知識と歴史の半獣』上白沢慧音。
なにせこんな状況だもの。お互い信頼するにはそれ相応の『覚悟』と『根拠』が必要だわ」


パチュリーと呼ばれた彼女はつい先ほど起こった出会いを――さっきも思い出していたが――思い返していた。
大した根拠なども全く無いのに夢美の勝手な行動で仲間に引き入れざるを得なくなってしまった河童と少年。
康一はともかく、にとりの方はパチュリーの中ではどうにも『グレーゾーン』に居る。

このゲームを破壊させるにも脱出するにも、『仲間』は大切。そしてそれ以上に『信頼』が大切。

だったらこれ以上迂闊に安易な『関係』を持つのは避けたいところだ。
まして見たところ相手はどうやら5人も居るらしい。自分ら4人に加えれば全部で『9人』という大所帯になってしまう。
一人一人が信頼のある関係ならばともかく、知り合いですらない全くのイレギュラーが複数存在している。
豊富な知識を借りる為にもあの上白沢は仲間に加えたいところだが、他の4人はどう考えたものだろう。

自分と夢美と上白沢…三人寄らば文殊の知恵と言うが、幻想郷の知識者(一人違うが)をこれほど集めれば文殊どころではない知恵が生み出せる。
だが9人というのは幾らなんでも多すぎる。これでは烏合の衆となるのが目に見えて分かる。
こんな殺し合いゲームの中で9人もの人間が寄せ集まって、もし想定外の『アクシデント』が起こったら…?
そんな事は火を見るより明らか。


『自滅』だ。


一見、『要塞』のような戦力、知恵を集めたとしても…その構造は実に脆く、崩れやすい。
強固な防御を誇る要塞ほど、『内』からの決裂には弱いものなのだ。

―――言うなら、『藁の要塞』…と言ったところね。


ほんの少しのキッカケから起こったアクシデント…その『ヒビ』は次第に大きく裂け始め、気付いた時には既に修復不可能…!
喧々諤々、混乱、喧騒…取り返しがつかない迷妄の霧中にまで来てしまった時、私如きがどこまで彼らを御せるというの?

正直に言うと…自信が無い。
この大人数、身内の不調和から生じた『暴走』『悪意』…もしそれらが重なった時、私ひとりでは…解決出来ないかもしれない。
やはり彼ら5人を受け入れるにはリスクが高すぎるのだ。

やっぱりここは…『戦力』よりも『安定』を選ぶべきなのかしらね…





「と…貴女の事だからきっと『そう思って』んでしょう?パチュリーちゃーん?」

「………え?」

思考がどんどんネガティブな方向へと沈んでいくパチュリーの耳にボソリと聞こえて来たのは隣の夢美のこの上ないニッコリとした声。

「もーう!ひとりで背負い込まないっての!
短い付き合いだけど貴女の考えてることぐらい、この夢美ちゃんにはお見通しよ♪
パチュリーだけでは解決出来ない事態でも、この私が支えてあげればどんな難題だって逆立ちしながらチョチョイのチョイよ!
だからさ、約束っ!この先、貴女がぬきさしならない状況になったら私に助けを求めなさい!
まぁ別に私じゃなくてもいーんだけどさ。とにかく人の肩ぐらい借りろ!ハイ指切りゲーンマン!」

「…え?え、ちょっと…!ゆ、夢美ぃ…」


耳打ちするように、そして流されるように夢美のグイグイと押し切る勝手な約束を、けれどもパチュリーは突っ返す事も出来ずに腕をブンブンと振られながら指を切ってしまう。
紅魔館の本の虫かつ引き篭もりの魔法使いである自分にここまで近づいてこようとする馬鹿者はかつていただろうか?
親友のレミィでさえこうも積極的に自分とは触れ合おうとしない。
初めてともいえるそのどうにも言葉にしづらい感情が胸の中から湧き上がるのを感じつつも、パチュリーはあくまで冷静を取り乱さぬように淡々と相方に礼を言う。

「あー…うん。ま…まぁ、貴方のその…心遣い?には一応感謝…せざるを得ないというかなんというか…
んっとね…早い話が、いわゆる、そのぉ…」

「そういう時はねパチュリー、『ありがとう』って言いなさい。ほれほれ言うのだ!」

「…うるさい、自分で言うなっ!………………あ、ありがとうっ」


消え入るようなか細い声で届いたツッコミ役の珍しい感謝の念に、夢美はニッコ~~と下品に笑う。
それがたまらなくムカつくもんだからパチュリーは彼女の睫毛を一本、プチンと引き抜いてやった後にコホンと咳払いして微妙に赤い顔のまま慧音たちに再度向きなおした。


「…慧音。確認しておくけど後ろの4人は信頼出来るんでしょうね…?
いつぞやのおてんば娘とか、知った顔も混ざってるみたいだけど」

「あぁ、勿論だ。彼らは私が道中保護した者達だ。危険はない。
どうやら…お前も気の合う友人と出会えたようだしな。私もお前達を信頼しよう」

茶化すようにニヤニヤと笑う慧音に対してパチュリーはまたしても頬がほんのり熱くなってきたのを感じ、向けようのないムカツキを横にいる夢美の頬にビンタすることで取りあえずは良しとした。

「良しとするなっ!?」

理不尽な暴力を受けたことでツッコミが逆転してしまったが、このまま慧音たちを突き返すというのも忍びなく、
また横で自分の頬を痛そうに擦っている夢美がフォローしてくれるということでパチュリーは溜息をつきながら彼女ら5人の訪問を許可する。

「…まぁ、貴方ほどの人が私たちを信頼してくれるというのなら無碍に帰すわけにもいかないわね。
どうぞいらっしゃい。汚い拠点だけど広さだけは中々のものだから。お茶ぐらいは出せるわよ」

手招きしながら食堂へのドアを指差すパチュリーと、満面の笑みでうんうんと首を振る夢美。
主たちの許可も出たということで慧音は安心した様子で皆を振り返り、小慣れたツアーガイドのように天子たちを引率し始める。

「さぁ!みんなも安心してくれ。彼女はパチュリー・ノーレッジという立派な魔法使いだ。私とも知らぬ仲ではない。
ホールで立ち話というのもなんだ。まずは彼女の仲間に会って軽い挨拶と今後の方針でも決めようではないか」

「ちょっとちょっと!リーダーは私だって言ったじゃない!
参謀は参謀らしくリーダーを補助する程度でいいのよ。分かったわね、みんな?」

「天子さんと慧音先生がそう決めたんなら俺に異存はねぇっスよ」

「ま…いーんじゃない?このホテル、篭城に向いてそうだしね」

「…私も異議はないよ」

賛成4の反対0で一行はパチュリーたちと行動を共にすることに決定した。
元々は仲間を探し集める為に当てもなく歩いていたので、この意見合致に慧音は満足気なようだ。

さて、そうと決まればもたもたする事も無い。
早速パチュリーに案内されるがまま食堂まで足を運んだ慧音たちは、残る2人の仲間とやらの顔ぶれを各々想像しながら薄暗い廊下を突き進む。
特に会話をすることもなく、パチュリーが食堂のドアを開き天子を筆頭に5人はぞろぞろと広めの食堂に足を踏み入れた。


そこで思わぬ再会を果たしたのはこの2人の少年だった。


最後の仗助がドアをくぐったところで、食堂内にけたたましい2つの少年の声が重なった。


「あれーーーーッ!?じょ、仗助くん!仗助くんじゃないか!!
うわーー無事だったんだねーッ!」

「おッ!?康一!テメー康一じゃあねーかッ!!
なんだよお前こそ元気そーだなオイ!!!」

全く予期せぬところで再会を果たした杜王の少年二人は、互いの無事を喜び駆け寄った。
この会場に来てから不安続きの康一はここ一番の朗らかな笑顔を浮かべる。
対する仗助もさっきからピリピリしていた雰囲気を払拭させて、年齢らしいあどけなさの残る笑顔で一安心した。

「あら?もしかして彼が康一の言っていた『東方仗助』かしら…?」

「はい!仗助くんが居ればもう怖いモノ無しですよ!」

歓喜をあげる2人の様子から、この異様な髪形をした少年が康一が言っていた知り合いの一人だと察したパチュリーは意外な顔をして康一に話しかけた。

ふむ。だとするなら多少は彼らへの信頼も確立するのだろうか。
これほど喜ぶ二人の様子を見るに恐らく仗助と呼ばれた少年は悪い人間ではないのかもしれない。
ならばついでにと、パチュリーは少しだけ気になっていた事項を仗助に問うてみた。

「ねぇ、『東方仗助』…といったかしら?
貴方に少し聞きたいことがあるのだけど、『東方心綺楼』という名前のゲームはご存じ?」

「ん?東方…心綺楼、スか?
いや~悪いけど聞いたこと無いっスね~。ゲームならそこそこしたりもするんスけど」

…まぁ、期待はしていなかった。
彼の『東方』という名字もこのゲームに何か関係があるのではとも思ったりしたけど…偶然以外の何物でもないのだろう。

とにかくこの場は軽く自己紹介でもして少しでも互いの情報交換を執り行っていくべきだろう。
再会の喜びも程々に、彼らをぞろぞろと広いテーブルと椅子に並び座らせていく。
意外にもこの間、夢美が人数分の紅茶と食器を手際良く用意し、自分らの前にとカチャカチャ香ばしい香りの紅茶を並べていった。



「さて…それではそれぞれの挨拶も兼ねて今から情報の交換会をするわね。
不肖、このパチュリー・ノーレッジがこの会を執り進めさせて頂くけども…その前に貴方達に指導者、『リーダー』は居るの?」

全員分に紅茶を行きわたせ、夢美が最後に着席したところでパチュリーが発言する。
それを聞いた天子はハイハイと勢いよく挙手し、薄っぺらな胸と共にふんぞり返ったように自己主張した

「あ!リーダーはわたしわたし!この比那名居天子よ!
ついでにこっちは私の下僕である仗助。覚えておきなさい!」

「えっと、ども。東方仗助っス。
こっちの天子さんの舎弟やってて、康一とは同じ学校のダチです。以後、よろしくっス!」

その見た目とは裏腹に、丁寧に自己紹介をした仗助は椅子から立ち上がって綺麗にお辞儀をした。
それを聞いた康一がおや、と不思議な顔をする。

「舎弟…?それどういう事なの?仗助くん」

「その疑問には私が回答するわ康一とやら!
仗助はね…そう。この私の美貌と器の大きさに感動し、自ら僕になりたいと頭を下げこんできたってわけなのよ!
いまどき見る目があるわ、この男は。そうなのよね?じょーすけ?ね?」

「…………間違いないっス、天子さん」

仗助の返答が一瞬だけ間が空いたのに違和感を感じた康一だが、何かこの二人しか分からないやり取りがあるのだろうとこれ以上の突っ込みはやめておいた。
仗助の殊勝(?)な態度にご機嫌な天子はニッコリと微笑んだ表情を康一に向けながら手元の紅茶に手を付ける。

そこで今度は仗助の真向かいに座っていたにとりが彼に話しかけた。

「あんたが康一の盟友かぁ…話には聞いてたけど『スタンド使い』なんだって?
なんか私が想像してたのとは違うな…康一の大事な盟友にしては随分不良くさい格好だし、
て、いうか…ぷぷ。そもそも何だその妙ちくりんなダサい髪型?それが現代の人間の流行なワケ?
だとしたらチョーウケるんだけど。ギャグ?ギャグなのか?
やっぱ人間は面白いなー。あははは(笑)」







ぶぅーーーッ!

と、仗助の左隣に座っていた天子が飲んでいた紅茶をさながら高密度の弾幕のように盛大に噴きかけ、前に座っていた夢美の顔に思い切り被弾させた。


うぎゃあと熱さで顔を擦る夢美を無視し、天子はダラダラと滝の様な冷や汗を垂らしながら引き攣る表情で横の仗助をそっと見やる。
続いてにとりの左隣に座る康一は顔面蒼白になりながらもカクカクと仗助の方へと首をゆっくりと動かした。



その瞬間、康一が止める間も無くにとりの顔面を轟音と共に拳が貫いた。
仗助のスタンドであるクレイジー・ダイヤモンドの拳はダイヤのように硬く、軍艦砲のような威力を併せ持つ。
にとりは鼻血を振りまきながら、何メートルも空を裂き、勢いよく後頭部を壁へとぶつけた。

「おい、チビ!!今、何つった!?俺の髪型が何だってぇーー!!?
テメーこそルイージみてーな帽子被りがって、あァーーンッッ!?
もういっぺん言ってみろや、コラーーーッ!!!!」


またしても鬼のような形相で怒りの感情を爆発させたこの破天荒な男の突然の変わりように仰天する周りの者たち。
何の脈絡も無くいきなり仲間を吹き飛ばされたパチュリーは状況が理解できず、混乱しながらも弾幕攻撃の準備をし、
また自分の信頼していた温厚な仲間が、話には聞いていたとはいえこのような暴挙に出たことに慧音は慌てることしか出来ず、
ぬえも口元を手で抑えながら丸い目をして仗助から身を引き、夢美はアセアセと顔にかかった紅茶を袖で拭き、吉良は紅茶を飲みながらその光景を静かに傍観していた。

まさに一触即発。

こうして二組のグループはにとりの軽はずみな罵倒と、仗助の古くからの困った性質によって早くも決裂を迎えようとしていた。
天人である天子の強靭な肉体とは違って、そこまで強く鍛えられていない河童のにとりにクレイジー・Dの強烈すぎる顔面パンチは到底耐えられず、壁にめり込んだままのびている。

「じょ…仗助君ッ!?やめるんだッ!!」

「……っ!?!?仗助ッ!?
貴方『たち』、一体なにを…ッ!?
くっ…!『――日符…」

暴走する仗助を抑制しようにも手が付けられない慧音。
そしてこの仗助の暴走を慧音たちによる『謀略』と勘違いをしたパチュリーはすぐさまスペルカードの詠唱を開始した。


「オイィーーーッ!!勝手にのびてんじゃねーぞォこのボケナスがァーーーッ!!!
そっちからフッかけてきた喧嘩だろーがッ!!!とっとと起きあが……って、うおぉッ!?」

ズ シ ン ッ ! !


にとりへと無慈悲な追撃を行おうとテーブルに足をかけた仗助が不思議なことに突然バランスを崩し、まるで『見えない何か』に押し潰されたようにテーブルを破壊させて倒れ込む。
仗助が追撃を叩き込むより先に、パチュリーがスペルカードを仗助に撃ち込むより先に、誰よりも早くこの男が動いたのだ。




「エコーズAct3!!」


広瀬康一のエコーズAct3。
対象に強力な『重力』を付加し、身動き出来なくさせる『エコーズ』の最終形態だ。
身体全体にミシミシとめり込む圧力によって仗助といえどもその重力には抗えない。
彼はバタバタと手足を振り回し、康一に対しても大声を張り上げた。

「康一イイィィィィーーーーーーッ!!!
テメっ!この『エコーズ』を解きやがれェェェーーーーーッ!!!」

「仗助くんッ!!駄目だよこんな事しちゃあッ!
にとりちゃんは女の子なんだよッ!?落ち着いてスタンドをしまってッ!!」



小さくとも針は呑まれぬ、とはこの事か。


その見た目通り穏やかな性格で小柄な体格をしている康一に対して、彼を知る仗助と吉良以外は誰もが心の内で康一を過小評価していた。
しかしスタンド使いと聞いていたとはいえ、まさかその康一が暴れ牛の如き今の仗助を一瞬にして押さえつけた事実にこの場の殆どの者がポカンとするしかなかった。

当の康一はというと、壁にめり込んで気絶したにとりを救いだし優しく床に寝かしている。
そしてこの事態を重きとみた彼は何と友人である仗助に頭を下げ、精一杯の誠意を大きく吐き出した。

「仗助くん!にとりちゃんの発言はボクから謝る!!ごめんなさい!
だから仗助くんもここはどうか抑えてほしい!
今は仲間割れなんかしてる状況じゃないと思うんだ。
この会場のどこかで誰かが被害にあってるかもしれない…仗助くんたちの力が必要だ。
にとりちゃんが目覚めたらもう一度いっしょに謝るから…彼女を許してあげて…?」

『仗助ェ~…『マスター』ガソウ言ッテ頭下ゲテンダゼ~?
オラ!『3 FREEZE』解除シテヤッカラ、ソノ『立派』ナ髪型ゴト頭冷ヤシナッ!』

相変わらず汚い口調のAct3はそう言いながら仗助にかけた『重力』を解除して、頭を下げる康一の横で偉そうに腕を組んでいる。
この予想外すぎる状況に場の雰囲気は数瞬、寂たる空気に支配された。


そしてガラリと、崩れたテーブルの残骸から身を起こす仗助。

彼は頭をポリポリと掻きながら向ける顔無さそうに、そして心底申し訳無さそうに康一の方へこう言葉をかけたのだった。



「…お前が謝る必要は全然ねーよ、康一。
悪かったのは俺の方だぜ。ちと、頭に血が上りすぎた…
ダチに頭下げさせるなんて、あっちゃならねー事だった。
どうかこのとおり、すまなかった!」


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

「えっと……あなたのその自慢の髪型をけなしてしまってごめんなさい。
今後一切、金輪際、絶対に、確実に、二度と、この命に代えても、必ず、死んでも馬鹿にしません」


はてさて、どこかで聞いた覚えのある謝罪が昏睡から復活した河童の口から漏れた。
ともすれば頭の皿ごと頭蓋が粉々になりかねない威力の拳骨を受けて死せずにはいられなかったのは、ひとえににとりが女の子という事で仗助も無意識にも多少の手心があったからであろうか。

とにかくあの後すぐに冷静に戻った仗助は、ぐったりするにとりに駆け寄り急いで治療を開始。
大事には至らずに済んだのだ。

よほど怖い思いをしたのか、治療後も悪夢に苛まれるように唸り声をあげるにとりを心配する康一は、彼女が起きるまでにずっとその手を離さずに握っていた。
康一の祈りが届いたか、思った以上に早く目覚めたにとりは事の顛末を康一から聞きだし、非は全て我にありと頭を床に擦り付ける勢いで仗助に謝意を示した。
尤も、そのどこか謝り慣れた姿は誠意というよりは恐怖心からの謝罪の様にも見えたが。

仗助もすっかり反省したようで、謝ってくれればそれで良いとそれ以上にとりを責めること無く、円卓の和を乱さぬようこの場の全員に向けて再び頭を下げた。
初めは呆然としていたパチュリー達も、康一による『東方仗助の取り扱い注意点』の説明を受けることで取りあえずは納得してくれた。


「人に唾をかけようとする者は自分にも吐き返される。
悪口を言ったところで結局自分が損害を被るのよ。河童風情はこれに懲りたら猛省することね」

とは天子の談。
自分の過去の行いを全く棚に上げての耳を疑う台詞をなぜか偉そうに放った天子だが、仗助が暴れた災時には机の下に潜って半分涙目で龍魚の羽衣を頭から被っていたことを考えると余程のトラウマがあるはずなのだ。

にとりは天子をブン殴りたい衝動を抑え、クレイジー・Dによって修復された机と椅子に康一と共に座った。
和解したとはいえ未だ仗助に対し恐怖心が拭えないのか、横に座る康一の学ランの裾を軽く摘まんでビクついている姿がいかにも非力で可愛い。


とんだアクシデントが入ってしまったが、康一の素早い対応のおかげで何とか和平を保てそうなこの談義。
周囲の康一を見る目が変化したのは気のせいではないだろう。

おとなしそうな少年だが、やるときはやる男。
それこそが広瀬康一なのだということが今回の騒ぎで皆にも理解できた。

仲間であったパチュリーや夢美も康一という存在を内心軽んじていたことに恥を感じ、これからは頼りになる仲間だと再認識してどこか嬉しそうに微笑む。
また、先の仗助と康一とのやり取りから、二人の間にある『友情』は決して紛い物ではない本物の『絆』であることが窺えた。
仗助による懸命の謝罪も、それが上辺だけのものではない、心からの気持ちだということも周囲には理解できたのだ。

結局のところ、にとりのうっかり発言によって生じたこのいざこざ。
結果だけを見れば互いの信頼を確かめる『架け橋』となったのかもしれない。
少なくとも仗助や康一という少年がこんなゲームに乗るような人間ではないことは誰しもが分かった。

そのことが今後の会話に少しでも良い影響を与えたのか、先程まで両者たちの間に漂っていた僅かな緊張感は既に取り払われている。
パチュリーも慧音も、心中不安で一杯だったぬえでさえ自分を話す時には会話に笑顔を織り交ぜていた。

それぞれが自身の持つ情報を話し終え、あらかたの者の順番が終了する。

そして最後の一人である男…



―――吉良吉影に、皆の視点が自然に集まった。



その瞬間、吉良と仗助…二人の持つ空気が豹変した。

とは言っても、その空気の僅かな変貌に気付いたのはそれこそ吉良と仗助、互いの二人だけ。
吉良はチラリと仗助を横目で見ただけですぐに視線を戻し…ゆっくりと口を開こうとする。
それを睨みつけるように見据える仗助は、この殺人鬼が次にどう出てくるかを予測して警戒心をはやらせた。


(吉良…吉影…!テメーこのままシラを切るつもりなんだろうがよォ~…
こっちにゃあ康一がいるんだぜ…!テメーの正体を知ってる仲間がひとりなァ~~…
つまりテメーを見張る仲間がひとり『増える』ってことだぜ!)

この状況、今の吉良には正体を隠し続ける選択しかないだろう。
この場では『まだ』、吉良は動いてこないはずだ。それは確か。

しかし、仗助はどうにもさっきから謎の『違和感』を感じ続けていた。
何か…何かが『おかしい』。なんだ…?妙にしっくりこない部分がある。
そのモヤモヤした違和感の正体が何者か掴めないまま、とうとう吉良は自身の名前から語り始める。



「―――慧音さんたちには既に話したが…私の名前は『吉良吉影』という。
まぁ…とりいって話せることも無い、平凡な外の世界の営業マンだよ」









「……………………え?」


(……………………ん?)



その名前に反応したのは二人。
康一とにとりだけが、『この場に居てはならない』人間の名前に心が揺さぶられた。


(……え?『キラ ヨシカゲ』…だって?
い、今の名前は…ボクの聞き間違いか?
キラ…ヨシカゲ………)

たった今この男の口から発せられた名前が自分の知るあの『吉良吉影』だというのだろうか。
康一は段々と早まる心臓の鼓動を感じつつ、心の中で何度も何度もその名前の持つ『不気味さ』を確認する。

そしてもう一方、ここには『吉良』の名の意味を知る者が座っていた。


(……んん!?今この男、確かに『キラ ヨシカゲ』って言ったよな!?
康一が言っていた、『あの』吉良吉影ってこと!?
『触れたものを爆弾化させる』とかいう、例の殺人鬼じゃんかッ!?
オイィッ!?オイオイオイオイオイオイオイオイマジかコイツ!!)

にとりは吉良という殺人鬼について、事前に康一から要注意人物だと聞いていた。
その要注意人物である殺人鬼が今、平然と自分らの前に何食わぬ顔で座っていたとあっては当然、気が気でない。

(why!?何故!どうして!?こんな奴が…ここに居るんだッ!!)

にとりは混乱する脳内を必死に宥めさせ、現状を理解しようと思考を働かせる。
だが横にいる康一は我慢出来ずに、とうとう声を張り上げてしまう。


「吉良吉影だってェェェーーーーーーーーーッ!!!!」



それは康一にとってあまりにも突然の展開。
自分の目の前にいるこの男が…つい先日逃がしたばかりの『あの』凶悪なスタンド使い…!
顔も名前も変えて承太郎たちからまんまと逃げおおせた、その殺人鬼が目の前にいるッ!

これがいったいどういうことかを考える間も無く、食堂内に大きく響かせたその絶叫は吉良以外の者たちを驚かせた。
吉良以外…すなわち仗助も康一のその反応に少なからず驚いていたのだ。


(なに…!?康一、なんでお前今更驚いているんだ…?
お前、吉良の『こっち』の顔…川尻ン時の顔も知ってるはずじゃねーか!
まさか今まで全然気付いてなかったのか…!?)

仗助の疑問も尤もだろう。
さっきから仗助が感じていた『違和感』とはまさにこの事だった。
康一も仗助と同じで、『あの時』吉良が死んだ場面に居合わせたのだから吉良が『川尻』の顔を乗っ取っていたことを知っているはずだった。
だというのに吉良がこの部屋に入ってきた時も康一は全く反応を見せることなく、仗助と再会を喜んでいただけだ。
そのありえない反応に仗助は心の奥でずっとおかしな違和感を感じ続けていたわけだ。


しかし康一のその反応は、実は当然で然るべきものだった。
今の仗助には知る由も無いことだが、仗助と康一の『連れられてきた』時間軸にはちょっとした『ズレ』がある。
仗助は吉良死亡『後』の時間軸から連れられてきたが、康一は吉良を一度『取り逃がした後』から連れられてきていた。
つまり康一は吉良の奪った『顔』と『名前』(川尻浩作)をまだ知らずにいるということになる。

そこから生じたズレが今回の結果を生んだ。
康一からすれば全く知らぬ関係だと思っていた人物が自分らの追い求めていた『犯人』だということに驚愕を隠せない。



(――ハッ!!しまった、驚きのあまりつい叫んじまったぞ…!
やばい…目立ってしまった…!なんとか誤魔化したいっ!)

汗もタラタラで勢いよく立ちあがった康一を何事かと不審な目で見る周囲。
この状況が何事なのかを一番知りたいのはまさに自分なのだが、ここで目立つのもあまり良くない展開の様だ。
パチュリーがその美しく整った睫毛と満月のように丸い目をパチクリさせながら、唖然としながらも康一に尋ねる。

「ど…どうしたの、康一…?急に叫んじゃって…」

「康一君…?私の名前が…どうかしたのかね…?」

パチュリーに続くように吉良本人も康一の顔を覗きながら聞いてくる。
その顔は心配を装ってはいるが…どこか『薄っぺらい』表情のように康一には見えた。

康一はどうしていいかも分からず、こっそりと前に座る仗助の顔を覗き見る。


(ト・リ・ア・エ・ズ・シ・ラ・ヲ・キ・レ!)


苦虫を噛み潰したような表情で狭い額にしわを寄せて康一にアイコンタクトを送る仗助。
なんとなく仗助の意思が伝わったのか、康一は誰にもわからないほど小さい角度で頭を頷かせる。

「あ……い、いや!そういえばボクのクラスメイトに同じ名前の生徒がいたな~って…
あ、あはは。グーゼンって怖いですね~…いや、それだけなんですけどね…」

どうもお騒がせしましたと、軽く頭を下げて席に座る康一を訝しむ視線で眺める者たち。
それを見る吉良もどこか思案するような顔つきで指を顎に当てていたが、何事も無かったかのようにそのまま話を続けた。

「康一君ったら変なの~」

夢美もボソリと呟いただけでそれ以上の追及は無い。
正直言い訳としてはかなり難のある返答ではあったが、とりあえずは皆も大して気にしていないようである。
康一は事の真偽を確かめるために、まずは心を落ち着けてそこで難しい顔をしている自分の友人との『対話』を試みた。


(エコーズAct1!皆に気付かれないようにボクの言葉を仗助くんに伝えて!)


康一の『エコーズAct1』は『音』を染み込ませ、響かせる能力。
言葉を文字に変え、仗助自身に『貼り付ける』ことで周囲に会話を聞かれることなく、仗助の心そのものに言葉を伝えることが出来る。


『仗助くん!この男…吉良吉影って、どういうこと!?なんで仗助くんが吉良なんかと…』


脳内に直接訴えかけてくるような康一の言葉は仗助に届いた。
しかしそれに返答しようにも仗助はエコーズのように言葉をこっそりと伝える術を持ち合わせていない。
とにかく詳しい話は後だと、仗助は口元に指を当て『今は黙ってろ』とジェスチャーで返す。

混乱しながらもそれに納得した康一は、仗助の意を理解し頷いた。
状況こそ理解できないものの、目の前にいるこの男こそが杜王町の平和をかき乱す『悪』!
その確かな事実に康一は胸の奥に秘めた『黄金の心』をメラメラと滾らせ、決心する。


(こいつが…この男が『吉良吉影』ッ!
『あの時』は逃がしたけど…今度こそは絶対に逃がさないぞ…!)


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

仗助のおかげでひと波乱あった互いの逢着と談も、それ以降は特に大きく展開を見せることも無く進んだ。

それぞれがこの異変解決に向けて動き出していること。
パチュリー達による考察。
今後の方針。

9人による情報の共有を経て彼らは腕を組んだり、飲み物に手を付けたり、軽く天井を仰いだりしながらそれぞれの思考の態勢を作る。
全く、改めて信じ難い話ばかりだ。
特に慧音たちを驚かせたのは康一の支給品である『東方心綺楼』なる得体の知れぬゲームであった。

「うーむ…まさかあの異変がこんな形で再現されていたとは…
このゲームにあの八雲の妖怪が一枚噛んでいる…それがパチュリーたちの考えなのだな?」

「そういうこと。
それの確信を得るために、そして『神降ろし』を行使するためにも霊夢と紫の存在はこの会場の脱出に不可欠よ」

「なるほど…やってみる価値は充分にある。
この頭の中の爆弾を解除するにも、会場を脱出するにも、とにかく最重要事項は霊夢と紫の確保というわけか」


慧音もパチュリーらの仮説を聞いたことにより、今後の方針が固まってきた。
博麗霊夢八雲紫…彼女らは今どこでどうしているのだろう?
此度の異変解決のためというのもあるが、それ以前に慧音は彼女らの身を純粋な気持ちで案ずる。
幻想郷の仲間として互いに世話もしたしされたりもした。

壁にかかる時計を見る。


午前5時43分。


放送まで20分弱。
あの二人がそう簡単にやられるわけが無いことを知っている慧音もやはり心配はするもの。
二人の捜索を開始するのは放送後の6時からだ。それまでの1分1秒がいやに長く感じる。

ここで突然、何やら思案していた仗助が手を挙げてパチュリーたちの会話に割って入ってきた。

「あのォ~~。その『頭の中の爆弾』っつー話なんスけどォ…
『オカルト』とか『呪い』なんてのは俺には分かんない分野なんスけど…」

「…?どうかした?仗助」

「…そいつは『スタンド』の可能性もあるって言いたいんスよ、俺はね。
『例えば』…」


なにやら含みある言い方でたっぷり間をおいて言葉を紡ぐ仗助の視線の先に座るのは、またしてもこの男。

吉良と仗助がその鋭い視線を交差させた。




「触れたものを『爆弾化』させるスタンド使い…そんな奴を俺は知っているっスからねぇ~~~……ッ!」




ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ



この場の何人かだけは感じることの出来る『熱』が、心なしか食堂内の温度を上げた錯覚を起こす。

ゴクリと、喉を鳴らしたのは二人。

康一とにとりだけが、仗助の発言の『意味』を理解して戦慄した。


(じょ、仗助くん…!吉良を『揺さぶって』いるんだ…!精神的に追い詰めるために!)

(待て待て待て待て仗助とやら!お前、吉良の『正体』知ってるうえで言ってんのかソレおい!?
ちょっと突っ込み過ぎじゃないのか!?頼むから私とかを巻き込むなよッ!)


康一は仗助の、まさしく導火線に火をつける様なギリギリの発言に冷や汗をかき、
にとりはその冷たくなった笑顔をガチガチに引き攣らせながら玉粒のような汗で溶かしている。

そして当の吉良本人は…その仗助の敵意をまともに受けているのにも関わらず、涼しい無表情で視線を受け流していた。
その冷たく深い心の内は誰にも読み取ることは出来ない。この男は伊達に15年以上殺人を続けてきたわけではないのだ。


(…やっぱり『これくらい』の揺さぶりじゃあどってことねーか。
だがよォー、テメーの化けの皮…すぐに引っぺがしてやるぜッ!吉良ッ!)

仗助もさすがにこの場で吉良の正体を皆に明かすほど馬鹿ではない。
そんなことすれば大混乱も避けられないし、追い詰められた吉良が何をしてくるか分からない。

ゆっくりだ。
吉良をゆっくりと追い詰める…!

この話し合いが終わった後にでもパチュリーあたりをそっと連れ出し、彼女に事の真相を伝えて慎重に動こう。
仗助はそう考え、今のところはこれ以上吉良を刺激することをやめた。



水面下でそのような闘争が行われていることなど露知らず、パチュリーはその白くしなやかな指を頭にトントンと突き付け疑問を吐く。

「物を爆弾化させるスタンド使いですって…?
仗助、貴方はこの脳の中の爆弾がそのスタンド使いの手によるものだと言うの?」

「いえ、ですから『例えば』の話っスよパチュリーさん。
俺はあの荒木と太田の両方またはどっちかがスタンド使いなんじゃねーかって踏んでるんス」

「その可能性も高いわね。でもいずれにしろ、今はそれを確かめようがない」

「そうよねー。それも含めて今は霊夢さんと紫さんねー。
ていうか仗助君、そんな物騒なスタンド使いと知り合いなのね。
怖いわー、スタンド使い怖いわ―」

夢美も紅茶を飲みながら、若干的外れな事実を添えつつも感単にまとめた。
とにもかくにも、夢美の言うとおり今は霊夢と紫が最優先。
この9人という一集団が最初に向かうべき標は目下のところ、この二人の捜索と確保だということは既に話された。

この拠点を発つのは放送後から。
それまでの20分でやれることはやっておこうと、パチュリーは最後にひとつの案を出す。


「さて!それじゃあみんなちょっと近くに集まって。これからの具体的な方針を言うわね。
このバトルロワイヤルでの私の仮説はさっき言ったとおり。
その仮説の裏付けと解決のためにも私たちはこれから会場のどこかに居るはずの霊夢と紫を探し出す、ていう所まではいいわね?」

パチュリーのハキハキとした進行に、周囲も相槌をとりながら聞き入る。
その反応を見ながら彼女は取り出した会場地図を机上に広げて、皆に分かりやすいように指を地図上に滑らせながら話を進めた。


「現在地はここね…『E-1サンモリッツ廃ホテル』。効率よくいきましょう。
6時になって放送を聞いたら2組あるいは3組に分かれてまずは地図北部、『A-1からF-3』を端からくまなく探す。
たとえ目標人物を見つけても見つけなくても、次の放送時間の12時正午には、そうね…『C-3ジョースター邸』に一旦集合しましょう。
その時点で二人が見つからなければ今度は地図南部、『A-4からF-6』までを同じように探す……これでどうかしら?」


自分の案を一通り披露したパチュリーはどこか凛とした面をあげて周りの反応を待った。
パチュリーの話を顎に指を当てて聞いていた慧音はそこで小さく挙手し、質問を投げかける。

「2組か3組に分けると言ったな。その組み分けはどう決める?」

「詳細は出発前にまた決めるけど、この場には夢美含めスタンド使いが3人。
戦えない者も居るし、バランスよく分けたほうが良いわね」

「組み分けは貴方達に任せるけど、仗助は私の下僕だからもちろん同じチームにさせてもらうわよ」

少し退屈そうにしていた天子も身を乗り出して意見を言う。
横に座る仗助はそれを聞いても文句ひとつ言わないが、少々めんどくさそうな表情に変わった。

「はいはーい!私パチュリーと一緒の班がいーな♪パチュリーも私と一緒がいーでしょ?ねー!」

「こ、こら!くっつくな!?遠足に行くんじゃないのよッ!
と…とにかく!放送時間まであと20分あるからそれまでは各々出発の支度なり心の準備なりでもしておきなさい。
恐らく他の危険な参加者とも何度か遭遇することになるでしょうから……ねッ!」

ゴンッ!と最後にパチュリーの鉄拳を脳天に喰らった夢美以外は、その旨を聞いたところで席を立つ。
パチュリーの言うとおり、これは遊びなんかではない。
今までは運良く危険は避けてこられたものの、どこに危険な参加者が待ち構えているか分からない中での捜索。
少しの油断が死を招く、命懸けでの行動に出るのだ。

運命に導かれてひとつに集まった9羽の群鳥は朝日と共に飛び立とうとしている。

しかし、彼らを歪に取り巻く鎖は決して解かれることはなく、少しずつ少しずつ静かに『侵食』するように縛り付ける。



それは『この男』にとっても例外ではなかった。

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最終更新:2014年05月21日 00:04