★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
静葉は、左手の甲に走る痛みで目を醒ました。
(生き、てる………)
静葉はうつ伏せに倒れていた。
胸から感じるのは湿った土と枯葉の感触。背中に感じるのは炎の燃える熱気。
パチパチと草木が燃える音。遠くの方から樹木が軋みを上げて倒れる音が響く。
左手の傷は浅くはないが、動かせないほどではない。
……目立つケガはそれだけらしい。あちこち火傷しているようだが、いずれも軽度に感じられた。
あの時必死で押さえつけた猫草が守ってくれたようだ。
目を開き、首だけを動かして辺りを見回す。
あちこちで炎が燃え盛っており、煙が空高くまで立ち上っているのが見える。
静葉の周囲に限れば、炎の勢いは比較的穏やかだ。
当然だ。あの火力を間近で受けたのだ、燃えるものはすぐに燃え尽きてしまったようだ。
猫草は、無事だ。炭化した樹木の残骸の根本に転がっている。デイパックも一緒だ。
静葉からは、5メートル程離れている。
……何かごほうびでもあげようか。でも一体、何をすると喜ぶのか。
そんな呑気なことを考えながら立ち上がろうとした所で、空から誰かが降り立つ足音が聞こえた。
静葉は息を殺し、薄目でこの恐るべき破壊を引き起こした者の様子を伺うことにする。
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
「フーーッ……。」
深く息をつき、ゆっくりと地面に降り立つお空。
「まさかまだ姿が残っているとはね……」
地面に突っ伏した静葉を睨み、お空は呟く。
あの猫みたいな草で、またも焔の直撃を避けたらしい。
目眩ましで良かったところ、火力の調整をちょっとだけミスってしまった。
完全に『制御不能』だった。いやあ、本当に、ほんのチョットだけしくじった。
そして『制御不能』のエネルギーをぶっぱなしたせいで、またも身体が熱い。
とにかく、身体を冷やさなければ。
お空はデイパックからペットボトルを取り出し、中の水を頭から被った。
頭に当たった水は弾けるように沸騰し、たちまち白い湯気となった。
残った何本かのボトルを全て空け、ようやく顔を水が伝う程度には冷却された。
空となったボトルはデイパックに元通りに収めた。また使うためだ。
その間、ずっと静葉を見張っていたお空だったが……。
目標に動く気配は無し。目立った火傷は無いように見える。
……ショックで気を失っているだけなのか?
だったら、わざわざ止めを刺さずこのまま立ち去るのもアリか。
ここは禁止エリア、あと数分もしない内に私も奴も頭が爆発して死ぬ。
直接ぶっ飛ばしてやれないのはちょっと心残りだが、長居は禁物だ。
霊力の消耗も激しい。
それにさとり様は、今もあの『足跡』のオトリを引き受けてくださっていることだろう。
さとり様、無茶をなさっていないだろうか。
早く合流して、お助けしなければ。さとり様のことが心配だ。
ああ、そうだ。
家族がどこかで危険に晒されてるかもしれないって……こんなに不安なんだ。
お燐とこいし様は、今頃どうしてるのかな。
今の私達みたいに、悪いヤツに襲われて追い回されてないだろうか。
さっきまでの私みたいにところかまわずケンカをふっかけて、
返り討ちに遭ったりは……してないよね、
きっと。
お燐は私と違って頭良いし。こいし様は……ちょっと不安だなぁ。
うーん、さっき言ってたバッテン傷の人間の言ってることが、ちょっとだけ分かった気がする……。
『自分の家族が罪を犯すってのは…マジで悲しいことなんだぜ』かぁ……。
もしお燐やこいし様が誰か殺しちゃったら、
そいつの仲間は地霊殿のみんなのことを恨むんだろうなぁ……。
地底に落ちてきた怨霊にも『家族を手に掛けたあやつだけでなく、一族郎党みんな恨んでやるぅぅ』
みたいなこと言うヤツいっぱいいるし。
あの最初に燃やしてやった、風を起こすキワどい格好のマッチョの男に仲間がいたとしたら、
やっぱり私だけじゃなくてさとり様たちの事も恨むんだろうなぁ……。
あのマッチョの仲間ってやっぱり、アイツみたいにキワどい格好のマッチョばっかりなのかなぁ……。
何かヤだなぁ。……負けはしないけど、あんなのに追い回されるのは、生理的にやだなぁ。
あんな格好のマッチョたちが、私達のことを知ったら、さとり様たちまで狙うことになるのかぁ……。
……ダメ! 危険すぎるよ! 主に絵ヅラが!!
……じゃなくて、お燐たちじゃ、あのマッチョに太刀打ち出来ないかも……。
ああ、私が撒いたタネで家族みんな、危険な目に遭うのかぁ……。
そう思うと、お空の頭に重石のように残り続けていた感覚が、
バッテン傷の人たちから逃げて来て、ずっと感じていた感覚が重くなってくるのを感じた。
そっか。こういうのを、罪悪感っていうのか。
頭の中に居座った重石がずるりと溶け、背中の辺りからまとわりついてくる気がする。
もし私に殺されたマッチョの仲間がお燐たちを殺したら、お燐たちは私を恨むのだろうか。
……いや、お燐たちが私を恨むかどうかは、関係ない。
穢れてしまう。私自身が、私を許せなくなる。
穢れてしまった私に、さとり様に愛される資格はない。
……たとえさとり様が変わらず愛情を注いでくれたとしても、穢れてしまった私はさとり様に近寄れない。
さとり様まで穢してしまうから。
……すぐにお燐たちを探しに行かなきゃ。
さとり様をお助けしたら、すぐに。
でもその前に、バッテン傷の人と、ちっこい吸血鬼とビリビリする技を使う人にも謝っておこう。
私のしでかしたことで、お燐たちに迷惑かけたくないからね。
許してくれるか、わからないけど。
でも、それでも。
一度、会って謝ろう。
……そうやって、『謝る』って心に決めたら、ちょっとだけ、気分が楽になった……気がする。
さあ、倒れてるアイツはもう放っておこう。
さとり様の元へ急がなきゃ。
「運がよかったわね。今回は見逃してあげるわ。
……聞こえてるかどうかは知らないけど」
言い残して飛び立とうとしたお空の眼前を、光弾が横切る。
「待って下さい」
お空が振り向くと、あの襲撃者がゆっくりと立ち上がっていた。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
見逃してやると言い残し、地獄鴉が立ち去ろうとする。
止めを刺す必要はないと判断したのか、主との合流を優先したのか。
ともかく私は、その時『助かった』と感じた。
猫草を手放し、ハイウェイ・スターとも分断され、
武器も仲間も失った私は丸裸の状態だ。
あの鴉も相当消耗しているようだが、それでも私の手に負える相手じゃない。
だからここで見逃してもらえるのは本当に幸運だった。助かった。
……助かったと、思ってしまった。
ああ、情けない、無様で、惨めなことだ。
秋静葉、お前は武器がなければ、仲間がいなければ、手負いの敵一人倒せないのか。
そんな調子であの
エシディシを倒せるのか。
ハイウェイ・スターを操る寅丸さんを倒せるのか。
あの太田と、荒木の元に辿り着けるのか。
穣子を、取り戻せるのか。復讐は、果たせるのか。
……確かに、武器を持つことも、仲間と組むことも、策を練ることも、
勝ち残るためには当然必要なことだろう。
だけど、だけど結局……最後に勝敗を決定づけるのは、丸裸の、徒手空拳の『私』だ。
運良くほぼ五体満足の私と、激しく消耗した敵で一対一。
この状況で私に勝ち目が無いと判断しなければならない現状は……ハッキリ言って『詰んでいる』。
ここで命をつないだとしても、必ずどこかで私は死ぬ。
私自身の力の無さによって。
だから私はあの鴉に戦いを挑み、勝利しなければならない。
彼女を乗り越え、いや、彼女に勝てない自分自身を乗り越え、私は強くなってみせる。
「待って下さい」
「何よ。私は忙しいの」
苛立った声で、地獄鴉が振り向く。
「貴女をこのまま逃がすわけにはいきません。
貴女を、ぶっ殺させて下さい。……私の手で、死んでいただきます」
静葉は空の目を真っ直ぐ見ながら、そう告げた。
「あなた、バカなの?
ここでこれ以上戦ったら、二人共助からないよ。
……あなたが、何の為にそんなに必死なのかは知らないけどさ、
私はさとり様をお守りしなきゃいけないの」
「大事な人なのですね」
「そうよ、大事な人。私の大事な家族なの。
……あなたには、いるの? いるんでしょ?」
「穣子という妹が、いました。
……ですが、ここに呼び出されて最初に、あの二人の男によって殺されました。
それこそ『鉛筆をベキッとへし折る』みたいに」
「……!」
「だから、家族を守る為に戦う事ができる貴女が、少しだけ羨ましい。
私には、そのチャンスさえありませんでした。優勝して穣子を生き返すしか、手がないのです。
……同情してくれとは言いません。戦って下さい、私と」
「……バカっ!!」
「時間なら、あと2分程なら戦っても大丈夫」
「違う! アンタがここにいる人たち皆殺しにして、
その、ひねりこ」
「みのりこ」
「そう、みのりこ! みのりこって人を生き返らせても、その人絶対喜ばないよ!!
『私一人のために、何人の人が死んだの!? お姉ちゃん何人殺したの!』って!!
アンタ、自分の罪を家族にまで背負わせる気なの!?」
「そうですね、穣子を生き返す時は、何も知らないでいてもらいましょうか。
彼女にまで、罪を背負わせる訳にはいかないもの。
自分の罪は、地獄まで背負っていくつもりです」
「わかった。……わかったわ、アンタは、何もわかっちゃいないってことが。
私もまだちょっとしかわかっていない……家族が罪を背負うってこと。
だけど、アンタがこれから何人も殺して、みのりこって子をわざわざ生き返して、
その子まで悲しい目に合わそうっていうなら、アンタは今すぐここで焼き殺す!
この地獄の業火でね! さとり様には悪いけど、ちょっと地獄の出張サービスが必要ね!
私はお空、
霊烏路空! 私こそが、地獄よ!!」
もはや戦いは避けられないことを悟るお空。
静葉に向き直り、戦闘の体勢を取った。
「何と言われようと、穣子は私の大切な妹。あの男たちに復讐を果たし、絶対に取り戻します。
私は秋静葉と申します。……よろしく、お願いします」
彼らが行った決闘の前の礼儀作法……意識した訳ではないが、静葉の意思が自然と、口からこぼれ出ていた。
小さく礼をし、空と相対する静葉。
その瞳には小さな漆黒の炎が宿っていた。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
秋静葉はわずかに足を広げて立ち、掌を重ね、お空に向けて真っ直ぐ腕を突き出す構えを取った。
「葉符……『狂いの落葉』」
お空に向け走りだす静葉。
素早く両手を広げ、赤い手のひら大の物体をいくつも投げ放った。
赤い木の葉。血で、静葉の左手の傷から流れる血液で染められた落ち葉である。
紅葉は手裏剣のように回転し、大きな弧を描きながらお空へ殺到する。
彼女の手で塗られた木の葉は紅葉となり、霊力を込めればある程度自由に操ることができるようになる。
例えば、このスペルカード『狂いの落葉』の弾幕のように。
『紅葉を司る程度の能力』。
現在の彼女が唯一持つ武器である。
……だが。
「グラウンド、メルト!」
お空が右掌を地面に向けてかざし、核エネルギーを照射。
光線が地面をなぞり、軌道から火柱が吹き上がる。
火柱に近づくだけで静葉の放った落葉はあっさり燃え上がり、力を失った。
彼我の力の差はそれほどまでに大きい。
「……ッ!」
火柱は全く勢いを失うこと無く、静葉に向けて襲いかかる。
静葉は横っ飛びして地面を転がりつつ、辛くも火柱を回避。通り過ぎた後には炎の川ができた。
その隙にお空、本命の一撃を放たんとする。
「光熱、『ハイテンション ……ぐっ!!」
右腕を掲げ、スペルを宣言しようとしたお空の首筋が、突如切り裂かれる。
首の左から吹き出る血液。
静葉の放った『狂いの落葉』の1枚が、お空の背後から迂回する軌道で飛来し、
核の焔を逃れてお空の頸動脈を切り裂いたのだ。
首から吹き出る鮮血はお空の体熱によってすぐさま血煙へと変わる。
それでも、お空は止まらない。血管一本で彼女の生命には届かない。
!!Caution!! Caution!! Caution!! Caution!!
「……『ハイテンション……」
つい今しがた決意を新たにしたはずの静葉が、再び戦慄に打ち震えた。
お空の右腕から出現しようとするそれは……
もはや剣(ブレード)と呼べるような代物ではない。
それは剣と呼ぶにはあまりに長く、太く、熱く、大雑把で、
幾つにも枝分かれしていて、その上蛇がのたうつように凶暴に荒れ狂っていた。
それはまさしく荒ぶる火龍、そのものだった。
!!Caution!! Caution!! Caution!! Caution!!
「ブレエェェェェーーーーーー」
お空は出現した火龍を左肩に構え、
その勢いを地面に踏ん張って抑えこみつつ、周りを一気になぎ払いにかかる。
パワーが大きすぎて、ロクに狙いを付けられないのだ。
だが、それは些細な問題だ。
時計回りにグルっと360度一回転。それで終いだ。
!!Caution!! Caution!! Caution!! Caution!!
「ェェェェェェェェーーーーーード!!』」
立ち上がった静葉だったが……この攻撃をどうかわす?
いつもの弾幕ごっこなら、炎の回転に合わせて、こちらもお空の周りを旋回してかわすのがセオリー。
だが、回転が速すぎる。烏天狗でも無い限り無理だ。
地面をえぐり、地中に潜る。鬼のような腕力が無いとそれも無理。
木登りしようにも、先ほどの攻撃でここはもう更地だ。無理。
防御……私が河童でここが水場なら、水の壁を張って一撃ぐらいは凌げるかもしれない。
つまりそれも無理。無理無理蝸牛。
残る手は一つ。跳躍して縄跳びのように回避する。
焔は巨大だが不規則にうねっており、私が跳んだところに運良くうねりの谷が来れば、かわせるかもしれない。
「はあっ!」
迷う暇などない。
火龍が大地を焼き払いながら静葉に迫って来る。
静葉は火龍の衝突する直前のタイミングにあわせて跳び上がった。
「あっ……」
がっ、駄目ッ……!
うねる焔の山が、火龍の背が、ぶつかってくる。
……ツキに見放されたか、秋静葉。
否、結局ここで運に頼らざるを得ない程度なら、それまでのこと。
そこで静葉の目に映ったのは、お空の頸動脈を切り裂いた『狂いの落葉』のひとひら。
お空の背後から回りこむ軌道で飛ばしたそれが、静葉自身に向かってきている。
偶然か必然か、熱気に晒され燃え上がりつつあったその赤い落葉の一枚が、
静葉の右足、靴底の下に滑り込んだ。まだ、命運は尽きていない。
……静葉は願った。
私が紅葉を司る神であるならば、落葉よ、今一度私の思うとおりに動いて欲しい、と。
宙を舞う力を失った私に、この中空を踏み切るための足場となって欲しい、と。
その願いに、落葉が応える。
右足の落葉が一瞬だけ、静葉の体重を支えるべく、空中に固定される。
静葉の右足はしっかりとそれを踏みしめ、2段目の跳躍を行う。
両足を走り幅跳びのように高く上げ、スカートの裾をわずかに焼きながら、
静葉は遂に火龍を飛び越した。
着地目標は、熱い焔のその中心、霊烏路空。
吹き上がる熱気がチリチリと熱い。
こんな時に、こんな時なのに、こんな時だからこそ、か……
あの男の顔が、分厚い唇が、肌から立ち上る熱気が思い出される。
(最後の蹴り、悪くなかったぞ)
……接近戦だ。
霊力のケタが違いすぎる。霊力を使った戦い……弾幕では勝ち目がない。
殴り合いのケンカなんて経験無いけど、勝機はそこにしかない。
「うるぁああああああああ!!」
「そんな、跳んだ!! どうやって!?」
驚愕するお空、反応が一瞬遅れる。
反撃しようにも、『ハイテンションブレード』の大出力がアダとなる。
気を抜くと、ブレードの反動でバランスを崩してしまう。
……つまり、無防備。
ガラ空きとなったお空の左半身めがけ、静葉は飛び蹴りを放つ。
そして……。
バキリ。
木の枝が折れるような、乾いた音。
静葉の全体重を乗せた右足が、お空の左膝を踏み抜いていた。
左膝が内側に破壊され、ひしゃげる。
左脚の支えを失い、お空の身体も左に傾く。
それでも空は止まらない。脚の一本で彼女の生命には届かない。
「こんのおおおおおおお!!」
お空は倒れこみながらも、荒ぶる右腕を左腕で引っ張り寄せ、静葉に向けようとする。
対する静葉、地面に降り立つと腰を落とし、握り拳を腰に構えた。
静葉がこの世に現れてからの長きに渡る間、
毎年秋の終わりを告げる度に、幾度と無く繰り返してきた動作だった。
ある時は蹴りで、ある時は拳で、
赤や黄色に染まった木々を揺さぶり、散らせるために繰り返してきた動作だった。
人の身では一生掛かっても不可能な数だけ、繰り返してきた動作だった。
一瞬の間に行われた動作。だが気の遠くなる程の反復を経た、
流麗かつ洗練されたその動作は、妙にゆっくりとして見えたことだろう。
「風ノ拳『フォーリンブラスト』」
静葉はそのまま腰と腕の捻りを加え、まっすぐに右の拳を突き出した。
空手でいう、正拳中段逆突きである。
静葉の拳がお空の胴体を、赤の目を捉えた。
辺りに低い音が一つ響く。
必殺の威力を秘めた拳と霊力弾がお空の身体に突き刺さった。
赤の目に螺旋のヒビが入り、静葉の拳と一緒にお空のみぞおちに3寸減り込んだ。
お空の背中からは風に舞う紅葉の様に血煙が噴き出た。
お空の右腕の火龍が、姿を消した。
静葉の拳が、お空の生命に届いたのだ。
「え、あ……ゴボッ……」
「…………」
お空は煮え立つ血液を口から吐き出しながら、静葉に身体を預けるようにゆっくりと倒れこんでくる。
静葉は拳を収め、そのままの体勢で自分より頭ひとつ以上大きい彼女の身体を黙って受け止めた。
お空の身体に帯びている熱が徐々に収まりつつあるのを感じた。
もういくばくもなく、お空は息絶える。
静葉はそんな彼女の最期を、看取ってやりたいと感じた。
くだらない感傷か……違う、これは……感謝だ。
彼女との戦いが、自分の中に眠る力をいくつも呼び覚ましてくれた。
だから私は彼女に感謝している。
身勝手なことだ。……彼女にとって私は、殺してやりたいほど憎い相手のはずなのに。
「……なさい」
「!!」
その通り、お空にとって静葉は主の命を狙う敵。死んでも滅ぼさねばならない敵だった。
静葉に覆いかぶさるようにしてのしかかっおた空は、そのまま静葉の背中に腕を回し、組み付いていた。
腕を振り解こうとする静葉だったが、離れない。
どこにそんな力が残っているのか。
命燃え尽きるその瞬間まで、地獄鴉は止まらない。
「さとり様、ごめん! 『アビス………』」
お空の全身が再び高熱を発し始める。
胸のヒビ割れた赤の目が、最期の輝きを放つ。
「ぎゃああああああああああああ!!」
灼熱の赤の目を、顔の左側に押し当てられた静葉。
身体が焼ける響きを、内側から感じた。
鼻孔の中が肉の焼ける匂いで満たされた。
薄れゆく意識、痙攣する四肢。
さらに温度は急上昇してゆく。
今度こそ最期を確信した静葉の目に映ったのは、
「『ハイウェイ・スター』! 間に合って下さい!!」
寅丸星の姿だった。
ハイウェイスターに食らいつかれ、残るエネルギーを奪われたお空。
遂に地面に崩れ落ちた。
「ぐっ、うう……
とらまる、さん……」
「静葉さん、無事ですか!?」
……貴女、その顔……!」
「ん?」
「ああ、ケガの具合は後です!!
時間がない、肩を貸しますから走って下さい!」
「寅丸さんはこの地獄鴉を担いで行ってください。……まだ息があります。
私は猫草を拾ってから追いかけます」
「……分かりました。……遅れないで下さい、静葉さん」
静葉の言葉の意図を察した寅丸星は、ぐったりするお空の身体を担ぎ上げ、東に向けて駆け出した。
焼け残っていた猫草とデイパックを拾い上げた静葉も、彼女に続いた。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
「この辺りまで来れば、大丈夫なはずです……」
「……そうですね……ここがまだ禁止エリアの中だったら、私達もう死んでます……」
二人は火の海となった森をくぐり抜けて何とかC-4エリアへと脱出を果たし、木陰にへたり込んで息を喘がせていた。
「寅丸さん、あのさとり妖怪は……?」
「ごめんなさい。匂いを追えず、見失ってしまいました……
一面が炎に包まれた影響で、煙と、気流の乱れが酷くて、嗅覚が役に立ちませんでした……。
静葉さん、その……火傷は大丈夫ですか……?」
「うーん、鏡が無いからわからないのですけど……あまり大丈夫じゃ無さそうですね。
最後のアレは、焼けた鉄を押し当てられたみたいに熱かったですし。
触ってみると、顔の左半分がドロドロのグズグズです。焼かれた所の中心は痛みを感じません。
寅丸さんから見たら、どんな感じですか?」
「…………その…………何と表現すればいいでしょうか」
「……その反応で、だいたいわかりました」
「……ごめんなさい」
「謝ることありませんよ。この程度は覚悟の上です。
それに、治す手段はあるわけですから」
「そうでしたね。わざわざ彼女に止めを刺さずにおいたのもこのためですし」
そう言って、寅丸星は頭から『ハイウェイ・スター』のDISCを取り出した。
静葉は黙って受け取ったDISCを自分の頭に差し込む。
静葉の目の前には地面に横たわるお空の姿があった。
「『ハイウェイ・スター』」
紫色の人型のビジョンが、今度は静葉の手によって出現した。
『ハイウェイ・スター』は知覚を本体の嗅覚に依存するスタンド。
人間並みの嗅覚しか持たない静葉にコントロールできるスタンドではないが、
この距離なら関係ない。
(寅丸さんが来ていなければ、私は貴女の道連れになっていました。
……勝負は、貴女の勝ちでした。……ありがとう、ございました)
星に聞こえないように、静葉は小さく呟く。
『ハイウェイ・スター』は微かに呼吸をしていたお空に容赦無く喰らいつき、残る養分を全て吸い尽くした。
「寅丸さん……どうですか?」
先ほど『ドロドロのグズグズ』になっていた顔の左側に触れながら、静葉は星に問いかけた。
火傷の痛みは引いていた。左手の切り傷も塞がっていた。
だが……
「……跡に残ってしまっていますね」
「やっぱり……」
無事だった顔の右半分と手で触れた感覚が違っていたから、何となくそんな気はした。
覚悟の上だったとはいえ、顔立ちの良さには密かな自信を抱いていた静葉。少しだけショックだった。
「静葉さん、それも治らない傷では無いと思いますよ。
ほら、私の左腕も、二の腕までは生えてきてますし」
星はそんな静葉の様子を察し、気遣いの言葉を掛けてきた。
一方で静葉は、ふと、どこかで話に聞いたこんなことを思い出していた。
何かしらの強い想いの篭った傷跡は、長い間残り続ける、と。
あの地獄鴉だって、必死だったのだ。
この火傷の跡には、相応の念がこもっているはずだ。
私達が、いや、私が闘う相手の多くが、彼女のような必死な想いを抱いて立ち向かってくるに違いないのだ。
……そうだ、この傷は、始まりに過ぎないのだ。
「……寅丸さん、すぐにあのさとり妖怪を追いましょう。
南の方に逃げたはずです」
「傷は大丈夫ですか、静葉さん」
「ええ。それより、『ハイウェイ・スター』の弱点を知られたかもしれません。
……彼女は優先して片付けなければなりません」
二体の夜叉は再び立ち上がり、歩き出す。
……彼女たちに休息の時は、まだ訪れない。
【霊烏路空@東方地霊殿】 死亡
【残り67/90】
【C-4 魔法の森 西/朝】
【秋静葉@東方風神録】
[状態]:顔の左半分に酷い火傷の痕(視覚などは健在。行動には支障ありません)
精神疲労(中)、霊力消耗(中)、肉体疲労(小)
覚悟、主催者への恐怖(現在は抑え込んでいる)、エシディシへの恐怖、
エシディシの『死の結婚指輪』を心臓付近に埋め込まれる(2日目の正午に毒で死ぬ)
[装備]:猫草(ストレイ・キャット)@ジョジョ第4部、上着の一部が破かれた、服のところが焼け焦げた
[道具]:基本支給品、不明支給品@現実×1(エシディシのもの、確認済み)
[思考・状況]
基本行動方針:穣子を生き返らせる為に戦う。
1:感情を克服してこの闘いに勝ち残る。手段は選ばない。
2:だけど、恐怖を乗り越えただけでは生き残れない。寅丸と共に強くなる。
3:さとりは必ず仕留める。確かB-4エリアから南に逃げたはず。
4:エシディシを二日目の正午までに倒し、鼻ピアスの中の解毒剤を奪う。
5:二人の主催者、特に太田順也に恐怖。だけど、あの二人には必ず復讐する。
6:寅丸と二人生き残った場合はその時どうするか考える。おそらく寅丸を殺さなければならない。
[備考]
※参戦時期は少なくともダブルスポイラー以降です。
※猫草で真空を作り、ある程度の『炎系』の攻撃は防げますが、空の操る『核融合』の大きすぎるパワーは防げない可能性があります。
【寅丸星@東方星蓮船】
[状態]:左腕欠損(二の腕まで復元)、精神疲労(中)、肉体疲労(小)
[装備]:スーパースコープ3D(5/6)@東方心綺楼、スタンドDISC『ハイウェイ・スター』
[道具]:基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:聖を護る。
1:感情を克服してこの闘いに勝ち残る。手段は選ばない。
2:だけど、恐怖を乗り越えただけでは生き残れない。静葉と共に強くなる。
3:さとりは必ず仕留める。確かB-4エリアから南に逃げたはず。
4:誰であろうと聖以外容赦しない。
5:静葉と二人生き残った場合はその時どうするか考える。
[備考]
※参戦時期は神霊廟以降です。
※能力の制限の度合いは不明です。
※ハイウェイ・スターは、嗅覚に優れていない者でも出現させることはできます。
ただし、遠隔操作するためには本体に人並み外れた嗅覚が必要です。
◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎
お空が、まだ来ない。
B-5エリアの森の中、さとりは木の枝に腰掛け、
『足跡』に用心しつつ、お空が追い付いてくるのを待ち続けていた。
北の方角、お空がまだいるはずのB-4エリアを見ると。
森の木々や煙と炎に阻まれた先で、小さな光が1回、一際大きな光が1回、
そしてもう1回光が輝くのが見えた。
さとりが見間違えるはずもない、お空のエネルギーによる光だ。
それから何分も待ち続けているが、お空の姿は見えない。
B-4エリアを脱出していなければ、とっくに頭を爆破されている時間だ。
あの子のことだ、落ち合う場所を忘れてしまい、見当外れの所に向かっているだけかもしれない。
けど、あの子のことだ。きっとこの場所を思い出してくれるに違いない。
心でそう願っていても、頭ではうすうす解っていた。
……きっとお空は助からなかったのだ。
それでも、さとりは何分でも、何時間でも、少なくとも次の放送までは彼女をここで待ち続けるつもりでいた。
それが家族の義務だと信じていたからだ。
だが、彼女のぽっこり膨らんだお腹がそれを許してくれなかった。
さとりは目眩がする程の空腹に襲われていた。
本来妖怪である彼女は、多少の間なら、飲まず食わずでも何ともない。
だが今回ばかりは事情が違った。
ほんの少し補給できた分を差し引いても、『ハイウェイ・スター』にエネルギーを奪われ過ぎていたのだ。
食料も無しにこのままここで待ち続けていては、栄養失調で失神、最悪餓死してしまう。
それだけは避けなければならない。
さとりは苦渋の思いでこの場を発ち、まずは食料を探すことを決断する。
断腸の思い。だがそんな時でも、腹は減る時は減るのだ。
【B-5 魔法の森 北/朝】
【
古明地さとり@東方地霊殿】
[状態]:脊椎損傷による下半身不随?内臓破裂(波紋による治療で回復中)、極度の空腹、
体力消費(大)、霊力消費(中)
[装備]:草刈り鎌、聖人の遺体(頭部)@ジョジョ第7部
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:地霊殿の皆を探し、会場から脱出。
1:食料を確保する。
2:億康達と会って、謝る。
3:襲撃者(寅丸星と秋静葉)との遭遇を避ける。(秋静葉の名前は知らない)
4:お腹に宿った遺体については保留。
[備考]
※会場の大広間で、火炎猫燐、霊烏路空、
古明地こいしと、その他何人かのside東方projectの参加者の姿を確認しています。
※参戦時期は少なくとも地霊殿本編終了以降です。
※読心能力に制限を受けています。東方地霊殿原作などでは画面目測で10m以上離れた相手の心を読むことができる描写がありますが、
このバトル・ロワイアルでは完全に心を読むことのできる距離が1m以内に制限されています。
それより離れた相手の心は近眼に罹ったようにピントがボケ、断片的にしか読むことができません。
精神を統一するなどの方法で読心の射程を伸ばすことはできるかも知れません。
※主催者から、イエローカード一枚の宣告を受けました。
もう一枚もらったら『頭バーン』とのことですが、主催者が彼らな訳ですし、意外と何ともないかもしれません。
そもそもイエローカードの発言自体、ノリで口に出しただけかも知れません。
※両腕のから伸びるコードで、木の上などを移動する術を身につけました。
※『ハイウェイ・スター』について、情報を得ました。
○ハイウェイ・スターは寅丸星の能力。寅丸星と同じエリアが射程距離。
○ハイウェイ・スターは一定以上のスピードを出せない。
○ハイウェイ・スターは一度に一つの標的しか追えない。
○ハイウェイ・スターにこちらから触れることはできない。
○ハイウェイ・スターに触れられると、エネルギーを奪われる。
○ハイウェイ・スターは炎で撹乱できる。(詳細な原理はまだ知らない。)
最終更新:2016年01月05日 05:08