Bloody Tears

ジョナサン・ジョースター
【午前】C-4 魔法の森 西


ジョナサンは魔法の森の中でひとり、片膝をついて悔しそうに顔を歪めていた。
彼の眼前には草のベッドにて横たわる、かつては少女だったものの『ナニカ』。
骨と皮だけになったソレは干からびたミイラのようなものに見えたが、ジョナサンはソレが『彼女』の亡骸だということを一目で察した。
察してしまった。
漆黒の翼を持ち、溌剌と幻想を生き、そして家族を何よりも愛した純粋なる少女。

霊烏路空』の変わり果てた姿がそこにあった。

ほんの数時間前に彼女と戦い、言葉を交わし、その人となりは片鱗ではあったが把握できた。
地上を焼け野原にするだとか物騒な野望を叫びつつも、彼女の家族を想う気持ちは本物であったとジョナサンは思う。

悪い娘ではなかった。
億泰が語った必死の言葉を聞いた時、この娘が一瞬浮かべた安心する様な表情をジョナサンは見逃さなかった。
なにより彼女がジョナサン達から逃げ出す直前に呟いた言葉は敵意や悪意といった類ではなく。


『―――………ごめん』


謝罪。
悲しげな表情で、空は確かに謝ったのだ。
億泰の言葉が少し嬉しかったとも言っていた。

悪い娘ではなかった。
霊烏路空という少女は、本当にどこまでも純粋で、本当に家族の事を愛していただけであった。
億泰の言葉は彼女に届かなかったわけではない。
その心に響いたからこそ、彼女は謝った。そして、逃げるように去ってしまった。
もう一度再会すれば、言葉を交わす機会さえあれば。
今度こそ彼女を正しい道へと誘うことができる。
ジョナサンはそう確信していたし、だからこそ追いかける億泰を止めなかった。

―――結果、億泰は死に、空も目の前で悲惨な骸を晒していた。

空は…悪い娘ではなかった…ッ!
普通の人間と同じに家族を愛し、故郷を愛し、仕事に一生懸命の……ッ

「―――ただの少女だったッ!!」


ジョナサンは静かに激昂した。
自分の選択は間違っていたのか…?
やはりあの時、強引にでも億泰を止めるか彼を追えば良かったのではないか。
今となっては意味の無い後悔が押し寄せる波となってジョナサンを襲う。
これでは自分たちに遺志を託して逝った億泰が浮かばれない。
全ては……何もかもが遅かったのだ。
震える唇を噛み締め、拳をグッと握り締める。

(すまない…! すまなかった……億泰、空……ッ!)

億泰の遺した言葉も、もう二度と彼女には伝えられない。自分の非力さを呪い、無念の言葉も露へと消える。
レミリアとブチャラティにも何と言えば良いのか。
ジョナサンは目を閉じ、数十分前の別れを回想する―――。




▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


ジョナサンたち一行は億泰の遺体を埋葬した後、すぐにこれからの行動指針を話し合った。
『空とさとりを追う』『敵を追う』。その両方をやるためには二手に分かれる必要があったのだ。

「俺は敵を追うぜ。あの化け物もそうだが、もうひとりの敵…。俺は奴と必ず決着をつけなければならない」

ブチャラティはどこか遠くを見据えてそう宣言した。
彼の瞳にはどこか宿命に燃えるような、確固たる決意の炎が燻りをあげている気がして。
彼にしかわからない因縁があるのだろう。ジョナサンはそんな予感を感じ取り、その決意を尊重した。

「私もあのふざけた原始人とはいい加減ケリをつけたいわね。……ジョジョ、貴方は?」

レミリアがジョナサンを見上げながら問う。
彼女の子供のような体躯から仰がれる視線は、その外見とは裏腹に千秋の生から蓄積された確かな重みが見て取れた。
レミリアと過ごした時間はごく僅かだが、ジョナサンの意思は彼女にも既に分かりきっている事だろう。
それだけの絆は、築き上げられたと思う。

「空たちを追うよ。彼女とはきっと分かり合える。億泰の遺志を受け継がなければ、彼の魂は永遠に眠れないだろう」

故にジョナサンは強き意思で迷わず応えた。
レミリアも少しの微笑を交えて頷く。

「あなたならきっとそう言うと思ったわ。……しばしお別れかしら?」

「またすぐ会えるさ。僕の『覚悟』と君の『誇り』が磁石のように引き合って…!」

「当然よ。人間の『運命』というものは決まっているわ。
 不可知の運命を恐れず、暗闇の荒野を進み、苦難の道をも勇み歩く……あなたという男はそんな素敵な人間。
 ならば私たちを結ぶ『運命の紅い糸』は再び互いを引き寄せる。…必ずね」


そう告げてレミリアはスッと左手を差し向け、何も言わずにジョナサンを見つめる。
「握手かな?」などと幼稚な考えは彼女の「察しろ」とでも言わんばかりの鋭い睨みを受けてすぐに訂正。
これでもジョナサンは英国貴族の出。淑女の扱いも苦手分野ではあるが学んできた。
片膝を折り、彼女の凄絶なほどに白くしなやかな手を取る。どこまでも冷たく輝く、真冬の渓流のような肌だった。
同じ吸血鬼でもやはりディオとは全く異なるものなんだな、という思考も早々に流し、次に浮かんだ人物は愛する女性の姿。
これからする行為はエリナへの裏切りにならないだろうか、と不安にもなったがそれも一瞬。
あくまで親愛の証であり、絆の再確認というだけだ。レミリアもそれを分かっている。
半ば自分への言い訳のように、少しだけ躊躇した。少しだけ。


そしてジョナサンはそっと優しく、レミリアの手の甲に口づけを落とした。
騎士が姫に忠義を誓うように。
紳士が淑女に親愛を示すように。


視線の関係上ジョナサンにはレミリアの表情は読めない。
それでも彼女の肌から唇を通して伝った僅かな震えが、彼女がその行為に慣れていない事を知るには充分過ぎるものだった。
冷たかった肌も僅かに熱くなり、紅潮も見える気がした。
「可愛いな」などと言ったら彼女は怒るだろうから心の中だけに留めておくとする。

ジョナサンがゆっくりと顔を上げた時には普段の彼女の表情に戻っていた。
ブチャラティも空気を読んだのか、数歩距離を開けて二人の儀式を邪魔せぬように見守っていた。どうやら彼も紳士的なギャングのようだ。
やがて口を開いたのはレミリアの方からだった。

「……もう行くわ。忘れないでジョジョ。
 私たちの『運命』に微笑むのは女神なんかじゃない。この吸血鬼『レミリア・スカーレット』よ」

「ああ! 必ずまた…!」

「無茶はするなよ、ジョナサン。億泰やあの敵たちが落としていった支給品は三人でそれぞれ分けておいた。
 俺達も目的を果たしたらすぐに合流する。それまで…女は護れよ」

「ブチャラティもありがとう。二人とも気をつけて…!」


三人はそれぞれ向き合い、拳を重ね合わせた。
紳士と淑女とギャング。本来決して交叉するはずがなかった各々の路は交わり、今また離れようとしている。
だが『運命を操る吸血鬼』レミリア・スカーレットは言った。

血で血を洗うこの死の地にて、運命の糸は再びこの男女を手繰り寄せると。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


こうしてジョナサンとレミリア、ブチャラティ達は目的の為に一時道を分けた。
それから約一時間の時が経ち、ジョナサンはこうして今、己の行動が一足遅かったことを痛感し嘆いている。

霊烏路空。
彼女のどこに殺される理由があったというのだ。
危険な少女ではあった。一度は死闘を繰り広げたりもした。
しかしその心の根に広がるものは青空のようにどこまでも透き通った純一無雑さ。
彼女にも護りたいものがあった。愛する者がいた。
家族を護りたいと思う心はジョナサンにも痛いほどよく分かる。
空の無念を、億泰の無念を、晴らすことが出来なかった。


「……いや、」


そういえば。
何故今まで忘れていたのかと自分でも迂闊だった。
あまりにショッキングな遺体を見つけて失念していたのか。肝心な人物がここには居ないことを思い出す。
その空の愛する家族『古明地さとり』の姿が見当たらない。
空をこのような姿に変えた『敵』に襲われたのだと予測は出来るが、何せあの重傷だ。
波紋の効果で致命的な部分の損傷は回復させてはいるが、それでもまだまだ歩くには至らない状態の筈。
さとりの死体はここには無い。一人で歩き回ることも考えづらいが…

彼女はどこだ…!? 探して保護しなければ…!


「……ん?」


慌てて立ち上がりかけるジョナサンの視界の端に、ふと映った。
悲惨な姿に変えられた空の干からびた左手、その手元の地面に。



『 さと さま B 5 
    たすけ  おねが 
       それと  ごめ なさ  』



不恰好で崩れ崩れ。所々消えてはいるが。
そこには確かに空の懸命な想いが、確かな文字としてなぞらえてあった。


敵の手により敗北した空は消えゆく最期の灯を、死力を尽くして光を灯した。
静葉と星がこの場を去った後にも、彼女は生きていた。生きて、何とか遺言を託そうと文字を遺した。

誰に?
自分を救おうとした、あの少年に。

空は願った。
あのバッテン傷の少年の名は何と言ったか。確か横にいた大柄の人間が名前を叫んでいた気がする。
おく…なんとか、だ。忘れた。
忘れたが、大切な主人との『待ち合わせ場所』は何とか覚えていた。
無我夢中だった。死にかけの身体を動かし、指で文字を書いた。
不思議なことに、あの男の子が自分を追って来ている予感がした。
だから、家族を助けてやって欲しかった。…自分では護れなかったから。
読み書きは苦手だけど、ちゃんと伝わってくれるだろうか。

ああ、それと……もう一度謝ろう。
『ごめんなさい』って、きちんと謝ろう。さとり様にもそう言われた。


そんな想いを胸に遺し、少女は逝った。
ボロボロになった文字から、彼女の願いが伝わってくる。
ジョナサンはギリリと歯を食いしばり、拳を震わせた。

空の無念。
億泰の無念。
そして空の『言葉』を、億泰に二度と伝えることが出来なくなってしまった己の無念。

自分の中にあるまじき忌まわしげな気持ちが、脱力感と共にフツフツと沸き上がってくる。
億泰の時は間に合わなかった。
今回もまた、一足も二足も遅かった。
次は。
次こそは…!
空の『家族』こそは!
救ってみせるッ! 護ってみせるッ!
空の無念を晴らす事こそ億泰の無念を晴らす事でありッ!
空の家族を救ってやる事こそ二人の無念を晴らす事ッ!

空の遺体は埋葬してやりたかったが、生憎と迫る時間はそれを許してくれそうにない。
まるで血を抜かれたかのような遺体は、吸血鬼にでもやられたのだろうか。殺害方法がわからない。
しかし彼女を葬った『敵』は次にさとりをも殺そうとするだろう。
そうなる前に……さとりはこの自分こそが探し出して保護するッ!

全てが終わってしまう前に…ッ!


「空。君はここに…置いて行く。もう誰も君を…これ以上傷つけたりはしないように、決して……」

―――だが君を必ず故郷の『家』に連れて帰る。



小さく呟き、予めレミリアから渡されていた空の遺品ともいえる制御棒を取り出す。
横たわる空の傍らにそっと置き、ジョナサンは地を駆けた。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


ブローノ・ブチャラティ
【午前】D-2 地下 地霊殿


コツン……コツン……コツン……


レミリアの真紅のように紅い靴と、ブチャラティの丁寧に磨かれた革靴の小気味良い足音が地下空間に響き渡る。
ここは地下道。恐らく主催によって用意されたであろう、『人外』のための闇の根城。
億泰を殺害して逃走したサンタナと、ブチャラティに致命傷を与えた謎の少年を追って、地下の深く深くまで潜り込んだ二人を待っていたのは広大な闇の路。
スティッキィ・フィンガーズから生み出された地面のジッパーの道を辿ることで、この地下空間へと到達する事は容易だった。
気分の悪くなるような地中遊泳を終え、重力の実感を噛み締めたその場所は一本の長い通路。
ゴツゴツした岩や砂が乱雑した洞窟というよりは、人工的に整備されたトンネルのような場所だった。
薄暗くはあるが両壁には一定の間隔で洋灯も備え付けてある。懐中電灯の電池切れを心配する必要も無さそうだ。



100m……200m……500m…………

既に1km以上は歩いただろうか。随分広大な通路のようだった。
地上ではとっくに魔法の森を抜け出る距離を歩いた。レミリアが日光が苦手なのを考えると、敵が地下を逃げている事はこちらにも都合が良い。

そのレミリアだが、地下に着き「奴らは北に進んでいるんだったわね」と当たり前のようにブチャラティの前を歩き始めて以来、会話はしていない。
失ったばかりの部下の事を考えてでもいるのか、それとも半身を失った悲痛な姿の億泰の最期の頼みを思い出しているのか。
後方を歩くブチャラティには彼女の表情は見えない。そもそもレミリアと出会ってから数時間。
まだまだブチャラティは彼女を知らない。彼女の背景を知らない。彼女の強さや弱さは垣間見たが、それだけだ。
この静かな追跡劇の中で友好を深めるような会話を行うほど、ブチャラティもコミュニティに長けているわけではない。
元々口数が少ない男でもある。一本道で敵が北に進んでいるのなら、それを追うだけ。淡々としたものだ。


そういえば、途中地上へと上がる梯子をひとつ発見した。
歩いてきた体感距離とコンパスの針を信じるならば、梯子の先には地図でいうD-3の『廃洋館』に繋がっているのだろう。
地上への扉のフタに最近開閉した跡が無かったので、敵はこの扉は無視したものと考えたが…
それ以前に前を歩くレミリアがさっさと前進して行ったのでブチャラティも首を横に振っただけで扉は無視した。
その梯子の横の壁にも『Harry』と意味不明な名前が彫られたプレートが掛けられていたのを不審に思う。
大方、主催の趣味で宛てられたこの通路の名称、といった所か。





「―――私の『運命を操る程度の能力』は」


突然レミリアがこちらを振り向くことなく呟いた。
完全に不意打ちでの発言だったのでブチャラティは一瞬、思わず歩みを止める。

「相手が本来辿るはずだった人生という道の選択肢を増やしたり、あるいは減らしたり…
 他人の歩む道と交叉させたりなんかして……それは私自身、意図したりしなかったりで作用する能力なんだけど…」

依然歩きながら喋り続けるレミリアの言葉を邪魔せぬよう、ブチャラティも黙って歩く。
幼子のような体格のレミリアの徒歩速度は、ブチャラティよりも少し遅い。それに合わせて少し余裕を持った速度を保つ。

「まっ、要するに他人の運命をほんのちょっぴり掌の上で転がしちゃう力なわけ。
 それは上に転がしたり下に転がしたり、なんかのきっかけでどこかに転落させちゃったり…私の気まぐれでね」

レミリアの能力の事は触れる程度には聞いていた。
なんとも曖昧な能力だが、しかし彼女の言わんとしてる筋が見えない。

「でもね、転がした先にはどんな着地点が見えるかだなんて、そんなの分かりっこない。
 あくまで『運命を操る』だけであって、『運命のその先を見る』能力ではないわ。
 私らしい、随分と自分勝手な能力じゃない? くくく…」

皮肉を込めたような嘲笑が前方の少女から漏れ出た。
その冷たい嘲りはまさしく悪魔のそれだなと、ブチャラティは内心思う。



「……何でも、アンタ達の世界の人間に……なんだっけ? そうそう『ロケランジェロ』って彫刻家が居たみたいね。
 パチェの蔵書から偶然、外の世界の美術史書を発見してね。……まあ偶々見る気になったんだけど。
 他にはえーっと、そう…『レオパルド・ダ・ピンチ』? よね。彼ら、非常に偉大な芸術家だったみたいね」

ここで彼女の記憶違いを訂正するのは簡単だが、話の腰ついでに彼女のプライドまで折りそうなのでやめた。

「ロケランジェロの言ったとされる言葉、私も気に入ってさ。しっかり覚えてるわ。
 『わたしは大理石を彫刻する時…着想を持たない。“石”自体が既に彫るべき形の限界を定めているからだ。
 わたしの手はその形を石の中から取り出してやるだけなのだ』……素敵じゃない?
 彼は『究極の形』は考えてから彫るんじゃなく、既に石の中に運命として『内在している』という考えの持ち主だったのね」

500年を生きた吸血鬼でもやはり人間の美的感覚は共有できるらしい。
ブチャラティは幼少の頃、両親に連れられて行った美術館の事を思い出した。

「『ダ・ピンチ』にしてもそう。幻想郷には馴染みが無い、優れた画家や彫刻家は自分の『魂』や物の『運命』を目に見える形に出来る…
 私の『運命を操る能力』とは似て非なる、極限まで技を昇華させ自在に操れる人間が彼らなのよ。そこの所は尊敬出来るわ」


―――でもね。


そう言葉を続けてレミリアの足がピタリと止まった。
いつの間にか目の前にはせま苦しい通路から一転、巨大な大口を開けた空間が広がっていた。
否応にもまず目に入ったのがその空間の支配者とばかりに聳え立つ大きな洋館。
だがそんな異様な景色を意にも介さぬ様子でレミリアはブチャラティをゆっくりと振り返った。
その瞳には真紅の色が鋭い輝きを放っている。見ているだけで吸い込まれそうだった。

「私にだって他人の『運命を見る』ことくらい、多少の心得はあるつもりよ。
 『運命のその先』は見えなくとも、その人の運命が『何処』に向かって伸びてるのか……ほんのちょっぴりだけ」



レミリアはジョナサンにこう告げた。
自分たちを結ぶ『運命の紅い糸』は再び互いを引き寄せる、と。

ジョナサンはレミリアにこう告げた。
彼の『覚悟』と彼女の『誇り』が磁石のように再び引き合う、と。


「ジョジョと私は……必ずまた出逢う。それは勘でも何でもない、このレミリア・スカーレットの『運命』。それくらいは何となく分かる。
 ……でも、」

直後、レミリアの表情に陰が落ちたような気がした。

迷い。

彼女の表情を端的に表すとしたら、ブチャラティにはレミリアが迷っているかのように見えた。
何か、言うべきか言わないべきか、そんなことを迷っているかのような少しの一面。
これから彼女が言うことが、ブチャラティにとって決して良い内容ではないということを感じ取るには充分な“間”。


そして。





「―――ブチャラティ。貴方の『運命の糸』は途中でプツリと切れている。初めて私と逢った時から、糸は途絶えていたの」






沈黙が制した。


レミリアの表情は変わらず目の前のブチャラティを見据えている。
その瞳の色にはほんの少し、『哀しげ』な感情が混ざっていることにブチャラティは気付いた。
対して宣告を受けたブチャラティ自身はまるで動揺などしない。
それはギャングという闇の世界で暮らしている環境で培われた『覚悟』の賜物なのか。
ここまで共に戦ってきた友人の言葉の重みを知らないブチャラティではない。彼女の放った言葉がどんな意味を持っているのか。
ブチャラティは静かに瞼を下ろした。

「どんな人間や妖怪だって未来を辿る運命の道というものはあるわ。ただし『例外』も存在する。
 死人……俗に言う『幽霊』なんかは私の能力でも彼らの運命が見えることは無い。当然ね、死んでるんだもの」


ブチャラティ、貴方は―――


そう続けようとしたレミリアの言葉を、ブチャラティは掌を突き出して制止する。
言葉の拒絶ではない。ブチャラティはそんなに弱くないことをレミリアはよく知っている。
ならば彼の制止の意味する所は。

「……言わなくていい、レミリア。自分の身体だ、自分が一番理解している」

それだけを言って、ブチャラティは伏せ目がちに首を軽く振る。

何故。
最初にブチャラティを見た時、既に彼の『運命の糸』は途絶えていた。
その事実を言い出すことが、レミリアには今まで出来なかった。
彼が先程あの少年から受けた致命傷は確かにジョナサンが完治させた筈で。
あるいはこの『運命の終焉』はその時の傷によるものだったのかもしれないと、レミリアは不安を募らせた。
しかしこうして完治した後も、ブチャラティの運命は変わらず途絶えたままだ。
道の先に大きな断崖絶壁がぽっかりと開いているかのような、そんなどうしようもない未来の行き止まり。

ありえない。普通ならばこんな事態、絶対に。
もしも『この先』死ぬ未来の人間だとしても、その運命には様々な道が分かれている。
レミリアはそういった者が辿る未来のルートをほんの少し変えたり、『死』までの道のりが見えたりもする。
しかしあくまでも『ほんの少し』。決定された未来までも曲げたりは出来ない。

だが今のブチャラティの状況は。
『この先』などといった可能性は、無い。
『既に』閉ざされている。運命が全く見えない。
言うならそれは、闇が支配する道なき道を、永遠に照らされる事のない暗黒の海原を、光源なく手探りで進んでいるようなものだ。
幻想郷でたまに見かける『幽霊』といった、既に未来が閉ざされた運命と同じモノだった。
しかし彼の肉体は霊魂のように不安定な存在ではなく、どう見ても人間にしか見えない。だからこそレミリアは困惑し、今まで黙っていた。

最初に逢った時から空白の運命で。
その原因が先程の負傷ではないとしたなら。
ブチャラティはこの地へと呼び出される前から既に―――





「―――海、というのは幻想郷にはないのか?」



脈絡なく、ブチャラティはぽつりと一言発した。
急な話題にレミリアも目を少しだけ丸くする。


「見た事が無くても話くらいには聞いた事はあるだろう。俺は小さな漁村の生まれだ。海にも多少詳しいし心が落ち着く。
 父親も立派な漁師でな、まだガキだった俺を自分の船で何度も海原へ連れ出してくれた。イタリアの海は本当に綺麗なんだ」


海。
幻想郷には存在しない、想像し得ない程に巨大な湖。
レミリアが居を構える紅魔館の周りにも霧の湖が広がっているが、アレとは全く比べ物にならない大きさなのだろう。
本ではよく目にするし、吸血鬼のレミリアでも密かに大きく憧憬を抱いている存在でもある。

「だが、海というのは世界で最も危険な場所でもある。
 水難事故に遭った場合、全体の発生件数の割合では死亡率は約50%だという。これは交通事故などよりも圧倒的に高い数値だ。
 そしてそういった水難事故の発生数が世界的に最も高いのはやはり海。
 知識無き半端者が海へ出ると骸すら帰って来ないことも多い。海をナメた奴は死ぬ」

「世界に比べたら人間なんて蟻以下のちっぽけなモンよ。
 そんな蟻達が大自然の深淵深くまで潜って行こうってんなら、知と準備を蓄えて立ち向かうことが常識でしょう?
 それすら行わない愚か者は死んで当然。この星の良い養分になるだけよね」

「どんなに下準備を施したところで『運』が悪けりゃあベテランだって死ぬ事もある。
 特に…夜の海はとびきり危険な世界だ。周り全てが何も見えない闇の空間。
 星の光も気休め程度。目印無しではとても怖くて航海できない。道なき道を進むなんてのは不可能なんだ」

レミリアにとって夜こそが自身の吸血鬼としての本領を発揮できる時間帯。
光こそが生命線、という人間の習性は正直理解は出来ない。
吸血鬼なのだから当然なのだが、それほどに海というのは危険な場所らしい。

「もし今の俺が永遠に照らされる事のない暗黒の海原を浮かんでいるというのなら、『光』が必要だ。
 死んでゆくだけだった俺の心を照らして、道を指し示す『灯台』の光が」


少し空気が変わってきた。
ブチャラティの目がどこか遠い所を見据えながら、薄く瞬きを繰り返す。

その瞳は、せつなく見えた。

「灯台は知っているか? 海の男の、希望となる救い火だ。
 イタリア・カプリ島の最先端プンタカレーナには南イタリアの重要な拠点である灯台が設置されてあるんだ。
 世界で最も美しく碧い海と呼ばれるカプリの海でも夜はやはり危ない。
 灯台とは、そんな道なき道を迷う海の男たちに手を差し伸べる、『希望』そのもの。
 レミリア。お前は俺の『運命の糸』が見えないと言ったな。
 その通りだ。今の……いや、以前までの俺は何処へも進むことの出来ない、ただの『抜け殻』だった。
 前も後ろも見えず、己の使命までも見失って光を求め彷徨う『死人』も同然だったんだ」


―――そんな俺の前にある日、ひとつの『灯台の光』が現れた。


往昔を回顧する老人のように語るブチャラティの言葉を、レミリアはただ黙って聴き入れる。
せつなく見えたその瞳も、だんだんと光を灯していくように漲っていく。

「男の名はジョルノ・ジョバァーナ
 彼は、俺にとっての灯台だった。そして俺の『意志』を受け継いでくれる希望だった。
 ジョルノ(GIORNO)は俺の国の言葉で『日、明けた白日』という意味も持つ。
 ……本当に、太陽のように眩しい光だ、アイツはな……」

ジョルノ・ジョバァーナ。
確か名簿で見た名だった。このブチャラティにとってそれほどに大きな意味を持つ存在。
その男に、少し興味が湧いた。

「ゆっくりと死んでいくだけだった俺の心は…アイツのおかげで生き返ることが出来た。
 もし俺の運命の糸の先がプツリと切れているのだとしても、その先端は誰かの運命に繋げることが出来る。結ぶことが出来る。
 それを俺はジョルノから学ぶことが出来たよ」


つくづく人間とは儚く面白い生き物だなと、レミリアは思う。
強く長命である吸血鬼や幻想郷の妖怪たちはそんな考えは出来ない。
自分の意志を、他の誰かに紡ぐなど。
または、他人の意志を受け継ぐなど。
あのジョジョも、『受け継いだ』人間なのだろう。
だからこそ強い。芯が揺れない。

しかし。

「―――貴方という人間の、『弱さ』……そして『強さ』。少しだけ、理解できたかもしれない。
 でも、違う。そうじゃない。
 私が聞きたい事は、そうじゃあないのよ……!」

レミリアの『運命を操る程度の能力』で見ることが出来る他人の運命は、
そんな人の強さや弱さといった精神的な概念ではなく。
もっと直接的な、肉体的なものである筈で。
すなわちブチャラティの『運命の糸』が既に途絶えているという事実が示す先は―――

「ブチャラティ! 貴方の肉体は既に……ッ!」

「言わなくていいと言った筈だ。
 この『運命』を俺は既に受け入れている。『その時』が来るまでに俺はやるべきことをやらなければならない。
 レミリア。もしも俺に『何か』あった時、またはお前に抜きさしならない状況が迫った時。
 ジョルノに会いに行け。必ずお前の助けになってくれるはずだ」


キッと前を向き、歩き出すブチャラティ。
立ち止まるレミリアを追い越し、躊躇なく巨空間の入り口へと入り込む。
その大きな地下世界の真ん中に聳え立つ洋館の名は『地霊殿』。
奇しくも現在ジョナサンが捜索している古明地さとりの『家』となる建物だ。
自分たちのターゲットはこの地に潜んでいるのか。
ブチャラティはその正門を堂々と潜った。


その背中を、レミリアはじっと見つめる。
彼女が見ているのはブチャラティか。
それとも彼に纏わり付く不完全の運命か。

わからない。
レミリアにはわからない。
どうしてブチャラティが、そんな宿命を背負ってまで歩き出せるかがわからない。
人間の弱さと強さを理解することが出来ても、
自身の決定されたどうしようもない『未来』を反抗もせずに受け入れ、それでも前を向いて歩き出せるなんて。
強者であるが故に、わからない。

人間が、目醒めることで何か意味のあることを切り開いて行く『眠れる奴隷』であることを、祈ることもない。
悪魔は決して何者にも祈らないのだから。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


【D-2 地下 地霊殿/午前】

【ブローノ・ブチャラティ@第5部 黄金の風】
[状態]:疲労(小)、体力消耗(小)、幸運(?)、肉体の老朽化
[装備]:閃光手榴弾@現実×1、マカロフ(8/8)@現実、予備弾倉×3
[道具]:聖人の遺体(両目、心臓)@スティールボールラン、鉄パイプ@現実、香霖堂で回収した物資、基本支給品×2
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いを破壊し、主催者を倒す。
1:ボス(と思われる人物)を追う。
2:ジョルノ達護衛チームと合流。その他殺し合いに乗っていない参加者と協力し、会場からの脱出方法を捜す。
3:殺し合いに乗っている参加者は無力化。場合によっては殺害も辞さない。
4:億泰の頼みは果たす。
5:DIO、サンタナ(名前は知らない)を危険視。いつか必ず倒す。
[備考]
※参戦時期はローマ到着直前です。
※制限の度合いは後の書き手さんにお任せします。
※てゐの『人間を幸運にする程度の能力』の効果や時間がどの程度かは、後の書き手さんにお任せします。
※原作でディアボロから受けた傷による肉体の老朽化が進行しつつあります。


【レミリア・スカーレット@東方紅魔郷】
[状態]:疲労(小)、体力消耗(小)、妖力消費(小)、右腕欠損、再生中
[装備]:妖怪『からかさ小僧』風の傘@現地調達
[道具]:「ピンクダークの少年」1部~3部全巻@ジョジョ第4部、ウォークマン@現実、
    鉄筋(残量90%)、香霖堂や命蓮寺で回収した食糧品や物資、基本支給品×2
[思考・状況]
基本行動方針:誇り高き吸血鬼としてこの殺し合いを打破する。
1:咲夜と美鈴の敵を絶対にとる。
2:ジョナサンと再会の約束。
3:自分の部下や霊夢たち、及びジョナサンの仲間を捜す。
4:殺し合いに乗った参加者は倒す。危険と判断すれば完全に再起不能にする。
5:億泰との誓いを果たす。
6:ジョナサン、ディオ、ジョルノに興味。
7:ウォークマンの曲に興味、暇があれば聞いてみるかも。


[備考]
※参戦時期は少なくとも非想天則以降です。
※波紋及び日光によるダメージで受けた傷は通常の傷よりも治癒が遅いようです。
※「ピンクダークの少年」の第1部を半分以上読みました。
※ジョナサンとレミリアは互いに参加者内の知り合いや危険人物の情報を交換しました。
 どこまで詳しく情報を教えているかは未定です。
※ウォークマンに入っている自身のテーマ曲を聞きました。何故か聞いたことのある懐かしさを感じたようです。
※右腕が欠損していますが、十分な妖力が回復すれば再生出来るかもしれません。
※ブチャラティの肉体に疑問を持ち始めています。

※億泰とディアボロとさとりの支給品はジョナサン達に拾われ分けられました。
※地下トンネルの「Harry」は「廃洋館」と「猫の隠れ里」に繋がっています。
 また猫の隠れ里の地下には「地霊殿」の施設が存在します。


『ジョナサン・ジョースター』
【午前】B-5 魔法の森 北


油断を、していたのかもしれない。

B-4区域は禁止エリアだった為にC-5を経由し、空のメッセージ通りB-5へと到着したジョナサン。
そこで彼を待っていたのは目標人物の古明地さとりではなく、北の方角から勢力を伸ばしつつある火の手だった。
遠方から無数に立ち上がる黒煙。鼻腔にひりつく焦げ付いた臭い。
最近嗅いだばかりの臭いだ。香霖堂での一件。
この火事を招いた犯人はもしや空なのか。
遠くに見える火災を横目に、そんなことを考えながら疾走していた。

その思考が、油断を招いたのか。


「ギニャアアァァーーーーーッ!!!」


猫の叫ぶような吼え声と共に突然ジョナサンの右腕に衝撃が走った。
見えない何かに横から思い切り吹き飛ばされ、たまらず転倒する。

「グ……ッ!? な、何者!!」

近くに敵が居る可能性は重々承知していた。
空という少女を無残な骸に変えた殺人鬼が。
かつて戦った切り裂きジャックや暴君タルカスのような残虐な悪鬼が。
吸血鬼ディオのような悪の王が。
この殺し合いには何人も潜んでいるという可能性を考えていた。

億泰も殺された。空も家族を護って死んでいったのだろう。
そしてそいつが今度はさとりをも亡き者にしようとしている。
許せない。
許せるものか。
そんな『悪』は絶対にこの自分が……ッ


「倒してみせるッ! そこに隠れている奴、出てこいッ!!」


師から学んだ波紋の呼吸を開始する。
滾る血液がビートを刻み始める。
いつでも戦闘を開始できる態勢だ。先程の不手際はもうやらない。


がさり、と。


数メートル前方の茂みから人影が現れた。

「―――ッ!?」

一瞬だけ、呼吸が乱れる。
どれほどの悪人かと思えば現れたのは………ただの、少女。

二人いた。
片方の少女は、しかし片腕が無かった。
頭に花を模した飾りを乗せ、東洋の衣装を着飾っている。
もう片方の赤い服を着た少女は隻腕の少女よりも少し背が低い。
何故か植木鉢のような物を抱えている。
特に目に付くのは、顔の左半分に拡がる酷い火傷。

二人共が共通して金色の髪。
そして二人共が尋常でない怪我を負っている。

だがジョナサンが何よりも驚愕したのは、二人の瞳の色だった。


―――なんて……なんて凄絶で、悲しい瞳をしているんだ……


ジョナサンが想像していた殺人鬼のそれとはまったくかけ離れた容姿で。
もう後には引けなくなった、『覚悟』を極めた冷たい瞳。
言うなら、『漆黒の炎』。
少女特有のあどけなさや純粋な色なんて全く見えない。
いや、純粋といえば純粋なのだろうか。きっと彼女らはどこまでも純粋に決意を固めている。
これが本当に女の子の表情なのか。こんな表情は見たことが無い。
今まで戦ってきた屍生人や吸血鬼といった人外の化物とも違う。
『負』の奈落へと自ら堕ち、呑まれようと身体を預けた『修羅』が二人。


思わず、構えを解いた。




「……空を、あの翼の少女を殺したのは、君たちか?」


ジョナサンは『迎撃』より『対話』を選んだ。
彼女たちがかつての友人ディオとは、根本から違うと感じたからだ。
スピードワゴンはディオを、環境で悪人になったのではなく『生まれついての悪』だと称した。
だが彼女たちは、そうは見えなかった。
この吐き気を催す殺戮の遊戯という『環境』で悪に堕ちてしまったのではないだろうか。
そう、直感したのだ。
スピードワゴンがこの場に居ればまた『アマちゃん』だと、溜息を吐かれるかもしれないな。
そんな事を思考の端で考えながら、それでも彼女たちのことについて知らずにはいられなかった。


「そうよ。あの鴉の妖怪を殺したのは私たち。貴方にも死んでもらうわ」

赤い服の少女が一歩前に進み出て答えた。
思ったとおり、全く話の通じない相手でもなさそうだ。
しかし、「殺した」と答えた少女の瞳にはまるで躊躇や迷いが無い。
本当に、殺すつもりで、殺したのだ。

「……何故だ? どうして彼女を殺した?」

「恨みは無いわ。むしろ彼女には感謝しているくらい。
 もし途方もなく高い、てっぺんが見えないほどに高い山があったとして、自分がその山の頂に辿り着かなければいけないとして。
 貴方、目の前に聳える断崖をひとつひとつ自力で登り詰めていく? それとも楽なコースを選んで行くのかしら?
 ……私は登るわ。何としても。己の『生長』のためならどんな手を使っても。
 霊烏路空は、そのうちのたった一つの崖だった。まだまだ、頂点は見えない」

その声に感情は見えない。
見ているだけで息苦しくなりそうな顔だった。
彼女にも何か、辛い…とてつもなく辛い出来事があったのかもしれない。
ジョナサンは戦慄すると同時に、一気に毒気を抜かれた気分になった。
何となく、彼女の目的が見えた気がする。



「誰かを……救おうとしているのか」

「秋穣子。大切な家族が殺された。私は……見ていることしか出来なかった」

秋穣子。
聞いた名前だ。確か、最初の会場で主催に殺された女の子の名前。
そういえば目の前の少女の容姿はその秋穣子によく似ている。恐らく、姉妹だろうか。

「ゲーム優勝の『願い』で……その子を生き返らせるつもりなのか?
 他の全ての参加者を皆殺しにしてまで、家族である君がその手を穢してまで……?
 例えその子が蘇れたとして、血で穢れた君の手を見たら彼女は悲しむだろう」

「……貴方まで、そんなことを言うのね。知った風なことを…!」

目の前の少女の声色に怒気が孕む。
知った風なこと、と彼女は言った。
家族が殺される悲しさを知りもしないで、上辺の同情をかけられている、と思われているのだろう。

違う。
ジョナサンにも覚えのある気持ち。
愛した父親を目の前で殺された、不甲斐ない気持ち。
家族に手をかけた相手を憎しむ気持ち。
胸の内側から次第に膨れ上がって、破裂しそうになるほどにどうしようもなく苦しい気持ち。

彼女を、彼女たちを救ってあげたい。
しかし方法がわからなかった。
かつて父を殺した憎むべきディオを、『その恨みを晴らすため』に討たんとした時の様に。
部下を殺され復讐に燃えるレミリアの様に。
この少女にも復讐を促せば、彼女は救われるのか。
共に主催を打倒しようと手を差し伸べれば、彼女に笑顔は戻ってくるのか。


無理だ。

父を殺された時、一度はディオを炎に燃える館で倒した時だってジョナサンの心は晴れたりしなかった。
そんな自分だからこそ本能で分かってしまう。

例え復讐心を満たした所で、家族を失った心の穴までは絶対に満たされはしないのだということが。




「……僕は君たちとは、戦えない」


本音が、漏れた。
今まで対峙したことの無い、全く新しい敵の出現に戸惑うしかなかった。
会場で最初に襲い掛かってきた敵、空だったのならば、あるいは説得も出来ただろう。言葉が心に届いただろう。
だが目の前の二人は……説得は不可能だ。既に覚悟を固めている。

「吐き気がするほどの『アマちゃん』なのね、貴方。
 『君たちとは戦えない』ですって? 甘いわよ。大甘。
 既に戦いは『始まっている』わ。そして早くも終わりそうよ。
 今回の『崖』は、大して苦労せずに登れそうね」


―――ゴボ  ゴボゴボ  ゴボォ


「……っ!?」


奇妙な音が近くから零れた。
水面から気泡が漏れるような、そんな不穏な音が。

「私がただペラペラと不幸自慢をするだけの醜い女に見えた?
 ただの『時間稼ぎ』よ。貴方が死ぬまでのタイムリミットを縮めるだけの、ね」

にゃおんと、少女の持つ植木鉢が動き、鳴いた。
よく見ればそれは猫のような顔を持つ植物で、彼女はただそれを抱いていたわけではない。


ゴボ ゴボ……


音の出処がわかった。
ジョナサンは慌てて己の筋骨隆々な腕を見やる。
腕の血管内にビー玉サイズの『何か』が侵入している。音の正体はこれの気泡だ。



「これは……ッ!?」

すぐに指で血管を押さえるが気泡は止まらない。
手首から腕へ。腕から体内へ向けてどんどんと登ってくる。
恐らく最初に攻撃された時だ。あの時、手首から何か仕掛けられた。
今度は花飾りの少女が答えた。

「ご存知ですか? 人の血管内に10cc以上の『空気』を入れるとその空気はどんどん脳や心臓へと向かって行き、
 最終的には空気で血管が塞がれる……俗に言う『空気塞栓』を起こし、ただちに死に至るということを」


空気ッ!

どうやら自分は血管に空気を入れられていたらしい。
恐らく赤い服の少女の持つ植物、あれが作用させた結果なのだろう。
まんまと嵌められ、呑気に会話などしてしまっていた。
医学に詳しくないジョナサンだが、確かに彼女の言った通り血管に空気を直接入れられると危険なのは知っている。
そして見た限り、完全にこれは10cc以上入れられている…ッ!
指で押さえようがどうやっても登り詰めてくる空気を止める事が出来ない。

「……そっちの君も、誰かを救うために殺し合いに乗ってるのか?」

寅丸星と申します。私の一番大切な人を護るそのために、貴方には死んで頂きます」

寅丸星と名乗ったその少女も、赤い服の彼女と同じに誰かを護る為に自らの手を穢す覚悟を決めていた。

二人とも、本気だ。
本気で『捨て』ようとしている。
人が人で或る為の。
或いは妖が妖で或る為の。
或いは神が神で或る為の。
最も大切な部分を捨てて、血を流して、自らをも犠牲にして、
たった一人の存在の為に、穢れを良しとし、呑まれる。

ジョナサンとは闘う動機の『格』。その次元から違っていた。
相容れようが無い。ならばどうするか。


「……僕の名は『ジョナサン・ジョースター』。
 君たちの闘う『覚悟』、その理由はわかった。そっちの君、名前を聞いても…?」

秋静葉と申します。……よろしくお願いします。
 もっとも、もう既に決着はついているかと思われますけど」


ゴボ ゴボ ゴボ ゴボ ゴボ


空気の玉が腕を通り過ぎ、体内へと侵入する。
限界が来た。




「寅丸星。そして秋静葉。
 正直な所、僕には君たちに対してどう接すれば良いかわからない。
 けれどもありがとう。最後に君たちの名前が聞けて、良かった」


血液の塞栓は免れない。
そのはずなのに、ジョナサンは極めて落ち着き払った姿勢で少女に礼を言う。

その姿勢は真の紳士と称するにふさわしく。

勝ちを確信したはずの少女二人の額に、一粒の汗の玉が滴った。


「コオオオォォォォ~~~~~~~……………ッ!!!」


波紋の呼吸。
ツェペリから受け継いだ生命エネルギーはジョナサンの体内を巡り、力に変えた。
仙道を学び、究極の呼吸法のリズムを体得したジョナサンに精神の乱れは無い。

そして波紋の呼吸は『血液』をも自在にコントロールする。

「ムンッ!!」

凄まじい気迫と共にジョナサンは体内の血液中の空気のみを瞬間的に逆流させ、傷口へと押し出した。
例え数十匹の毒蛇に噛まれようとも、その毒のみを体外へと放出する術を持つジョナサンには朝飯前の技術。

かくしてこの危機を無傷で切り抜けたジョナサンはその場でくるりUターン。敵に背を見せ、猛ダッシュで逃げ出した。
これに驚愕したのは静葉と星。
勝ちを確信した瞬間、何事もなく鮮やかに切り返した男の技に一瞬行動が遅れた。
その隙を見計らっての、いきなりの逃走。

「な……ッ!? あの男、今何を……!!」

「………ッ!! 寅丸さん、ボケッとしないで!!
 貴女の『スタンド』をッ!!」

相方に叫ばれ、敵への追跡手段を可能とする『ハイウェイ・スター』をすぐさま発現する。
空気を血液ごと弾いた男の妙技は警戒するべき脅威だが、こちらへ反撃することもなく逃走。
窮余一策の末が逃げの一手など、笑いを通り越して不可解だ。
こうも迷いなく逃げに転じることが出来るだろうか? そこまで柔い男にも見えなかった。




そういえば。


静葉の脳裏に、ある可能性が生じた。
自分は先程倒した鴉妖怪の生死を確認するのを怠った。
『もし』あの時、鴉がまだ生きていて。
今のジョナサンという男に何らかの手段であのさとり妖怪の居場所を伝えられたとしたなら。
現在自分たちが目下捜索中の彼女の元へと先に辿り着いたなら。

―――なんとしてもあの男よりも先にさとりへと辿り着かなければならない……!


「ハイウェイ・スターッ!! 今の男の『ニオイ』を覚え、追うのですッ!」


背を見せ爆走するジョナサンに星の叫びが叩きつけられる。
確かに男の逃げ方には『迷い』が見られない。きっと何かを目掛けて走っている。
油断していたのは自分たちの方だ。
この会場に居るのは誰も彼も一筋縄ではいかない猛者ばかり。
悠長に会話して、相手に情報を与えていたのは自分たちだった。

「……ですがしかしッ! ハイウェイ・スターの追う速度は時速30km!
 貴方がどんなに速い脚を持とうとも、精々が私のスタンドとは五分五分でしょう!
 常に全力で走り続けられる人間など居ないッ!! すぐにバテて足を止める筈……ッ!」

確かに普通の人間ならハイウェイ・スターとの鬼ごっこをやった所で、すぐに憔悴し捕まるだろう。
しかしジョナサン・ジョースターはそういう意味では普通とは違っていた。
彼は波紋戦士。
波紋の呼吸を操る猛者。
例え100km走っても呼吸を乱さず全開で走る術を持つ。


「……この『足跡』! ブチャラティから聞き及んでいた『スタンド』なる能力の一端かッ!?
 もしもこの足跡が空をあんな身体にした手段なら、絶対に捕まるわけにはいかないッ!
 生憎僕はラグビーの試合では『重機関車』と異名を取った選手ッ! ちょっとやそっとのタックルじゃあ止まらないぞッ!!」


その異名の通り、波紋の呼吸を機関車の排煙のように放出させながら足跡の追跡を振り切る。
まず何より優先なのが『古明地さとりの保護』。彼女はこのB-5のどこかに居るはずだ。
後ろの二人よりも必ず先に見つけ出して護らなければいけない。
そして可能ならそのまま彼女たちを何とか無力化したい。
この自分に出来るだろうか……?
いや、億泰や空の無念のためにも。
必ずやり通さなければならないッ!!


ここにジョナサン・ジョースターの、逆転トライへの敗けられない試合が展開する。

両者にとってのゴールラインは、古明地さとり。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


【B-5 魔法の森 北/午前】

【ジョナサン・ジョースター@第1部 ファントムブラッド】
[状態]:腹部に打撲(小)、肋骨損傷(小)、疲労(小)、波紋の呼吸により回復中
[装備]:シーザーの手袋@ジョジョ第2部(右手部分は焼け落ちて使用不能)、ワイングラス@現地調達
[道具]:河童の秘薬(9割消費)@東方茨歌仙、不明支給品0~1(古明地さとりに支給されたもの。ジョジョ・東方に登場する物品の可能性あり。確認済)、
命蓮寺や香霖堂で回収した食糧品や物資、基本支給品×2(水少量消費)
[思考・状況]
基本行動方針:荒木と太田を撃破し、殺し合いを止める。ディオは必ず倒す。
1:古明地さとりの捜索・保護。
2:レミリア、ブチャラティと再会の約束。
3:レミリアの知り合いを捜す。
4:打倒主催の為、信頼出来る人物と協力したい。無力な者、弱者は護る。
5:名簿に疑問。死んだはずのツェペリさん、ブラフォードとタルカスの名が何故記載されている?
 『ジョースター』や『ツェペリ』の姓を持つ人物は何者なのか?
6:スピードワゴン、ウィル・A・ツェペリ虹村億泰、三人の仇をとる。
[備考]
※参戦時期はタルカス撃破後、ウィンドナイツ・ロットへ向かっている途中です。
※今のところシャボン玉を使って出来ることは「波紋を流し込んで飛ばすこと」のみです。
 コツを覚えればシーザーのように多彩に活用することが出来るかもしれません。
※幻想郷、異変や妖怪についてより詳しく知りました。
ジョセフ・ジョースター空条承太郎東方仗助について大まかに知りました。
 4部の時間軸での人物情報です。それ以外に億泰が情報を話したかは不明です。


【秋静葉@東方風神録】
[状態]:顔の左半分に酷い火傷の痕(視覚などは健在。行動には支障ありません)、精神疲労(小)、霊力消耗(小)、肉体疲労(小)、
覚悟、主催者への恐怖(現在は抑え込んでいる)、エシディシへの恐怖、エシディシの『死の結婚指輪』を心臓付近に埋め込まれる(2日目の正午に毒で死ぬ)
[装備]:猫草(ストレイ・キャット)@ジョジョ第4部、上着の一部が破かれた、服のところが焼け焦げた
[道具]:基本支給品、不明支給品@現実(エシディシのもの、確認済み)
[思考・状況]
基本行動方針:穣子を生き返らせる為に戦う。
1:感情を克服してこの闘いに勝ち残る。手段は選ばない。
2:だけど、恐怖を乗り越えただけでは生き残れない。寅丸と共に強くなる。
3:ジョナサンより先にさとりを見つけ、仕留める。
4:エシディシを二日目の正午までに倒し、鼻ピアスの中の解毒剤を奪う。
5:二人の主催者、特に太田順也に恐怖。だけど、あの二人には必ず復讐する。
6:寅丸と二人生き残った場合はその時どうするか考える。おそらく寅丸を殺さなければならない。
[備考]
※参戦時期は少なくともダブルスポイラー以降です。
※猫草で真空を作り、ある程度の『炎系』の攻撃は防げますが、空の操る『核融合』の大きすぎるパワーは防げない可能性があります。


【寅丸星@東方星蓮船】
[状態]:左腕欠損(二の腕まで復元)、精神疲労(小)、肉体疲労(小)
[装備]:スーパースコープ3D(5/6)@東方心綺楼、スタンドDISC『ハイウェイ・スター』
[道具]:基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:聖を護る。
1:感情を克服してこの闘いに勝ち残る。手段は選ばない。
2:だけど、恐怖を乗り越えただけでは生き残れない。静葉と共に強くなる。
3:ジョナサンより先にさとりを見つけ、仕留める。
4:誰であろうと聖以外容赦しない。
5:静葉と二人生き残った場合はその時どうするか考える。
[備考]
※参戦時期は神霊廟以降です。
※能力の制限の度合いは不明です。
※ハイウェイ・スターは、嗅覚に優れていない者でも出現させることはできます。
 ただし、遠隔操作するためには本体に人並み外れた嗅覚が必要です。

※C-4魔法の森にある霊烏路空の死体の傍に制御棒が置かれています。

111:リンノスケ・ザ・ギャンブラー 投下順 113:Second Heaven
109:母なる坤神よ、友と共に 時系列順 113:Second Heaven
100:嘆きの森 ブローノ・ブチャラティ 126:『BOTTOMs ~最低野郎たち、地の底で~』
100:嘆きの森 レミリア・スカーレット 126:『BOTTOMs ~最低野郎たち、地の底で~』
100:嘆きの森 ジョナサン・ジョースター 129:人界の悲
102:呼び覚ませ、猿人時代の魂 秋静葉 129:人界の悲
102:呼び覚ませ、猿人時代の魂 寅丸星 129:人界の悲

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最終更新:2016年01月05日 05:05