リンノスケ・ザ・ギャンブラー

実にかぐわしい朝餉だ!
目を向けてみると、食卓には色とりどりの食事が並べられていた。


銀色のツヤを持ったご飯は、優しい光を目に照り返し、
大根と油揚げの味噌汁からは、湯気に乗った味噌の香りが心地よく鼻を刺激する。
これだけでも、ご飯を口に放っていくことは出来るけれど、やっぱりおかずは欲しいところだ。


その点においては、この食事を用意してくれた八雲藍は抜かりないと言える。
ご飯の味噌汁の間には、程よく焼けた鮭の切れ身が、静かにかしこまっていた。
魚といえば、焼いたとしても、随分と匂いが際立つが、この部屋にはそんな嫌な煙はない。
僕の家に換気を働かせる機能は生憎と置いていないことからして、八雲藍が何かしらの工夫を凝らしてくれたのだろう。
そういった気遣いが、嫌味なく焼き魚を食卓に飾らせている。


一汁一菜。満足といって差し支えないが、、ここまで揃っているとなると、
もう二品欲しくなってくるのは、僕の我儘だろうか。
しかし八雲藍のことからして、案の定というべきか、目を焼き魚から上に移してみると、
そこにはキュウリの浅漬けとサツマイモの甘露煮が小鉢に入って置いてあった。


そのキュウリのツヤと言ったら、どうだろう!
光沢も良く、色合いも濁ったものではない、はっきりとした緑だ。
見た目だけでシャキッとした食感をイメージさせてくれる。
サツモイモだって、食欲を湧きたてるような鮮やかな黄色だ。
サツモイモが持つ甘味が、見ているだけで舌の上を踊る。


ああ、僕はそれをもう一度、一から順繰りに眺めて、ゴクリと唾を飲み込んだ。
色々あったせいで、ろくに物を口に入れていないし、僕に支給された食べ物は味気ない乾パンだ。
これらのご馳走を見れば、喉を鳴らしてしまうのは致し方ない。
とはいえ、このまま箸を持ってしまうのも、どうにも躊躇してしまうことだ。


「……毒が入っているとでも思うか? その必要がないことは、店主、お前が良く分かっているだろう?」


僕の逡巡が容易に見て取れたのだろうか、目の前で割烹着を着た八雲藍が微笑を携えて、そんなことを言ってきた。
彼女の言うとおり、かの八雲藍が僕を殺すのに、わざわざ毒殺などという面倒な手段を取る必要性はないだろう。
僕と彼女の力の差は歴然。彼女が軽く僕の頭を撫でるだけで、僕は簡単に死んでしまうのだろうから、それも当たり前の話だ。
遅まきながら、僕はその事実を確認すると、急いで箸を掴み、勢いよく食事にかぶり付いた。


      ――

   ――――

     ――――――――



朝食を終えた後は、八雲藍が注いでくれた熱いお茶を、僕はゆっくりと口に運んだ。
何とも奇妙な時間の過ごし方だ。殺し合いに乗っているという八雲藍との対峙は
もっと切羽詰ったものになると思っていた故に、随分と肩透かしを喰らった結果となってしまった。


とはいえ、それも当然のことだったかもしれない。
僕が八雲藍と今こうしてのんびりとしていられるのは、先ほど述べたように、圧倒的な実力差があってのことだ。
僅か一瞬。それだけで勝敗が決してしまう為に、彼女は余裕を持って、僕と接していられるというわけだ。
勿論、この広い会場で効率的に動く為の情報が欲しいということも十分に考えられるだろう。


ともあれ、これは僕にとっては僥倖ということになる。
こうして彼女と戦闘ではなく、会話をするチャンスが巡ってきたのだから。
僕はもう一度お茶を口に含み、喉を潤すと、改めて会話を切り出すことにした。


「食事、ご馳走様。もてなしは、僕としては嬉しい限りだけど、何故二人前も用意してあったんだい?
ひょっとして、この香霖堂で誰かと待ち合わせでもしていたのかな?」


まずは事実確認から、と八雲藍の反応を窺いつつ、話を始める。
しかし、予想どおりというか、予想外というか、彼女はすんなりと口を軽く開いた。


「ああ、実はここで橙と待ち合わせをしていてな」

「橙と?」

「ああ……残念ながら、ここには来なかったがな。店主は橙を見なかったか?」


さて、ここはどう答えるべきか。
本当のことを話したら警戒を与えてしまうだろうし、
話さなかったら、八雲藍の僕への関心は薄れて、用済みとなってしまうかもしれない。
僕がそうして答えあぐねていると、彼女は突然と顔に憂慮の念を色濃く映し、重々しく口を動かし始めた。


「もしかしたら、私は橙に誤解を与えてしまったかもしれないんだ」

「誤解?」

「ああ。この場に来て、最初に会ったのが橙なのだが、当初それこそ私は怒り心頭でな。
幻想郷を破滅させかねない異変、紫様への敵対行為、そしてそれを察するどころか、
それらを防ぐに当たって何の役にも立てなかった自分への怒りが私を支配していたのだ。
今はある程度、冷静さを取り戻したが、橙に会った時は、それこそ怒り狂っていたと言っていい。
そしてその状態で私は『紫様を早くに見つけ、保護しろ。それを邪魔する者は殺せ』と橙に命じたのだ。
その時は何とも思っていなかった、今になって思い返せば、橙は随分と怯えていたように思う。
そう、まるで私がこの殺し合いに乗っている。そのように思わせてしまったかもしれないのだ」


溜息を吐き、悲嘆に暮れた様子で話を終えた八雲藍。
それを聞いた僕はそう来たか、と感心する一方で、さもありなんとも思った。
幻想郷を管理者たる八雲紫の式の八雲藍が、この異変に対して抱く激情は、当然推して知るべきだろう。
そしてそれを受けたのは、見た目どおり幼い橙だ。そこに何かしらの誤解が生じても、おかしくない。


というより、八雲藍が言ったことのほうが、真実味があるように思える。
彼女の幻想郷での役割も考えれば、荒木達に反抗するのは当たり前のことだ。
この場には幻想郷を維持するに当たって重要な人妖が集められている。
それらを失ってしまえば、それこそ彼女の主たる八雲紫の失望は免れないのだから。


しかし、ここで素直に八雲藍を信じて、僕が見聞きした全てをあけすけに話すわけにはいかない。
僕の判断には僕の命はおろか、橙、てゐ、ジョセフ達の命も掛かっているのだ。
早まった決断をしてはいけない。といっても、彼女の話が嘘かどうかなど、僕には分からない。
それを判じるには、あまりに情報が少ないと言える。


それならば、どうするべきか。やや早すぎる嫌いもあるが
僕は八雲藍のスタンスを変える為に、と用意しておいた取って置きのカードを出すことにした。
それ即ち、僕が彼女の主である八雲紫と出会い、言伝を預かってきたというものだ。


元より僕は真っ正直に八雲藍を説得出来るなどとは露ほど思っていなかった。
妖怪である彼女に人間の持つ良識や倫理観を持ち出しても、無意味なことであろうし、
荒木達を倒す、ないしはここの脱出を最優先にと持ちかけても、その成功の可能性を僕からは提示出来ないのだから。


だが、そういった内容の言葉を八雲紫から預かってきたとしたら、どうだろうか。
彼女のことだから、この異変を快く思っていないことは確実だし、それと同様に反意を抱くことにも疑いはない。
その彼女の実力も八雲藍なら十分に知っている上、あの胡散臭い妖怪が何か解決策を思い浮かんでいても不思議はない。
そして何よりも八雲紫の言葉は、式である八雲藍に対して法律として機能する。
これなら八雲藍を説得するに当たって、何の問題もないと言えるだろう。


僕は早速八雲紫に会った旨を告げようしたが、それを遮るように急いで八雲藍がパンと手を叩き、
さっきと打って変わって嬉しそうに僕に語りかけてきた。


「だが、暗い話ばかりではないぞ! 実は私は紫様と会って話をしたのだ!」

「……え? って、ぅえええッッ!!?」


八雲藍の思いがけない台詞に、僕の口から堪らず変な声が漏れ出た。
全く予想していなかった展開故に、僕の思考は真っ白に染め上げられる。
その僕の様子が可笑しかったのだろうか、八雲藍はますます笑みを深めて、口を滑らかに動かしていった。


「驚くことはないだろう。私は紫様の式だ。その繋がりを辿れば、私達が出会うことなどは最早必然だ」

「う、うん」

「それで、だ。何と紫様は、この異変を解決する妙案を思いついたらしい。さすがは紫様だな。
そしてここから重要なのだが、その策を講じるに当たって、結構な人数が必要みたいなのだ。
そういう訳で私は紫様から、参加者を集めてこいとの命令を受けてきた。
改めて問うが、店主、近くで誰かを見なかったか? この場に連れて来られてから、誰かと出会わなかったか?
私は一刻も早く紫様の助けとなりたいのだ。店主、お前もこの異変を解決したいという気持ちは私と同じだろう?」


今度は一転して、切実な表情で僕に訴えかけてくる八雲藍。
僕は「そうだね」と軽く受け流しながら、お茶を口に運んでいったが、
そんな余裕綽々の態度とは裏腹に、内心ダラリと冷や汗を流していた。
当たり前だ。これにはどう受け答えればいいのか、さっぱりと分からなかったのだから。


そもそも考えてみれば、八雲藍のこういった台詞は当たり前のことだった。
八雲紫の言葉がどれほど重いのかは、八雲藍自身が一番良く分かっている。
であるのならば、僕のような考えを持つ輩に対して何らかの予防策を講じるのは当然の成り行き。
この状況は、ひとえに僕の見込みの甘さが招いた結果と言っていい。


しかし、それはそれとして、これから僕は八雲藍にどう対処すればいいのだろうか。
彼女の発言は、すごくもっともらしいが、同時に嘘という可能性もある。
その真偽は幾ら頭を悩ませても、残念ながら僕には一向に分からない。


というか、僕が八雲藍を説得しに来たのに、逆に僕が彼女に説得されつつあるというのは、一体どんな喜劇だ。
全く笑えないぞ。そんなところから妙な反骨心が湧き出て、彼女の発言を嘘と思いたくなる。
だけど、感情に任せての決断など、悪手でしかない。


僕は逸る気持ちを抑えるように深呼吸して、もう一度考えを整理した。
この場合には、やはり僕が八雲紫と出会ったとカマをかけてみるのが正解か?
それで彼女の嘘が見て取れるようなら、そのまま僕の当初の策を実行すればいいし、
彼女が本当のことを言っているようだったら、問題はないのだから。


だけど、そうしようと思って動かした口だが、そこからは言葉を上手く発することが出来なかった。
恐かったのだ。彼女の発言が本当であるのなら、僕は子供の戯言にそそのかされたマヌケということになる。
この状況を顧みて、それを慎重と判断してくれるのなら万々歳だが、無能と目されたなら、目も当てられない。
加えて、僕は彼女の敬愛する八雲紫の名を持ち出して、騙そうとした不逞の輩。そこに余計な情けを期待するのは無理なことだろう。
荒木達に一矢すら報いることの出来ない、そんな無意味で情けない最期を迎えるのは、恐怖以外の何物でも表せない。


それに彼女の発言が嘘だとしても問題だ。僕が彼女が主張する八雲紫を否定する。
それはつまり僕が八雲藍より、あの胡散臭いスキマ妖怪を詳しく、具体的に描写しなければならないということだ。
それも八雲紫を誰よりも知る八雲藍に対してだ。とてもではないが、成功への道筋など見つけられない。


…………いや、問題はそこではないだろう。
元々綱渡りの覚悟で、ここにやって来たのだ。その程度の危険は今更だ。
では、一体どこに問題があるというのか。結局の所、それはここに帰結する。
橙を信じるか、それとも八雲藍を信じるか、だ。


だが正直な所、それすらも分からない。
橙にしろ、八雲藍にしろ、彼女達の言葉は一々が真に迫っていたし、二人の人間性(?)を考えるにしても、
彼女達のことは、そのほとんどが人伝に聞いたあやふやな情報でしかない。
残りの僅かの割合で僕の見識が占めるが、それだってほんの少しの時間を共にして得たものだ。
そんな希薄なものを根拠にして、まともな判断など下せようはずもない。
であれば、どうすべきか? 一体僕はどちらを信じるべきなのだろうか?


「どうした? さっさと答えないか、店主。何も喋ることがないというのであれば、私は先を急がせてもらうぞ」


一種の親しみやすさを感じさせていた八雲藍だが、ここに来て一気に冷然とした雰囲気が伝わってきた。
まるでナイフを喉元に突きつけられたような冷たい感覚。どうやら空になった湯飲みを何回も口に運び、
時間を稼ぐという手段は使えなくなってしまったようだ。もう悠長に頭を抱えている暇はない。
だけど、そんな絶体絶命のような状況で、何故か僕は笑うことが出来た。


天啓のように思い出したのだ。僕には、この状況を上手く好転させることの出来る支給品があったことに。
僕に支給されたのはスタンドDISC、そして賽子。一見すれば、ハズレとも思える品々だ。
実際、僕も今までそう思っていた。だが、使い方を知れば、その意味合いは変わってくる。
そして僕はより確かな未来を手繰り寄せる為、一つの支給品を意気揚々と取り出した。


「……賽子? それをどうするのだ? 何か意味があるのか?」


言葉ではなく、賽子を取り出した僕に苛立ったのか、八雲藍は怒りの口調を露にした。
彼女の目つきも、それに伴って鋭くなる。日頃の僕なら、それに幾らか気おされていたかもしれない。
だけど今の僕は演技などではなく、しっかりと自信を持って、僕は八雲藍に返事をすることが出来た。


「あるよ。それにこれを放ったら、ちゃんと話すよ、色々とね」


そう言って、僕は三つの賽子を握り締めた。
賽子を取り出した理由。それは勿論、博打をする為だ。
つまり、丁が出たら橙を信じる、それとは逆に半が出たら八雲藍を信じるという賭け。
もっと分かりやすく言えば、僕は自分の運命を運否天賦に任せることにしたのだ。


正気の沙汰とは思えないぶっ飛んだ発想だが、別に僕は狂ってはいない。
まとまな頭脳で、冷静に判断を下した結果だ。
その成因となるのが、ここに来る前に出会った因幡てゐだ。
彼女には「人間を幸運にする程度の能力」がある。
彼女の恩恵を受けた人間が迷いの竹林を脱出できるように、
僕もこの思考の迷路を脱け出すチャンスを、幸運の兎との出会いにより得た。
それこそが、この運任せの博打というわけだ。


僕は再び深呼吸をして、てゐの小憎たらしい顔を思い浮かべながら、賽子を投げる。


さあ、出た目は丁か、半か!?




【D-4 香霖堂/朝】

森近霖之助@東方香霖堂】
[状態]:健康、不安 、主催者へのほんの少しの反抗心、お腹いっぱい 、幸運??
[装備]:賽子×3@現実
[道具]:スタンドDISC「サバイバー」@ジョジョ第6部、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:対主催者を増やす。
1:丁か、半か?
2:丁なら八雲藍の説得、半なら情報提供 。
3:魔理沙、霊夢を捜す。
[備考]
※参戦時期は後の書き手さんにお任せします。
※ジョセフの戦いを見て、彼に少しの『希望』を感じました。
※てゐとの協力関係は、彼女の能力を利用した博打と考えています。


【八雲藍@東方妖々夢】
[状態]:左足に裂傷、右腕に銃創(処置済み)、頬を打撲、霊力消費(中)、疲労(中)、森近霖之助に若干の苛立ち
[装備]:割烹着@現地調達
[道具]:ランダム支給品(0~1)、基本支給品、芳香の首 、秦こころの薙刀@東方心綺楼
[思考・状況]
基本行動方針:紫様を生き残らせる
1:森近霖之助から、より正確な情報を得る 。
2:やるべきことは変わらない。皆殺し。
3:橙におしおき。
[備考]
※参戦時期は少なくとも神霊廟以降です。
※放送内容は全て頭に入っています。
※ケガや血は割烹着で上手く隠れています。


<割烹着>
香霖堂に置いてあった日用品シリーズの一つ。
衣服の汚れを防ぐために羽織って着るエプロンの一種。
日本で考案されたもので、着物の上から着用できる。

110:ダブルスポイラー~ジョジョ×東方ロワイヤル 投下順 112:Bloody Tears
110:ダブルスポイラー~ジョジョ×東方ロワイヤル 時系列順 114:燃えよ白兎の夢
108:Other Complex 八雲藍 132:ギャン鬼
093:鳥獣人物戯文 森近霖之助 132:ギャン鬼

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最終更新:2016年01月14日 20:07