侵略者DIO

秘封倶楽部とは、宇佐見蓮子マエリベリー・ハーンの計二名から構成される霊能力者サークル。
その辺の大学を探せば普通にあるような、暇を持て余した少女の遊びだ。
もっとも除霊や降霊はやらない。まともな霊能活動らしい活動は皆無の、いわゆる不良サークルに分類されるのかもしれない。
だが、班員の蓮子とマエリベリー…通称メリーの飽くなき探究心、そして彼女らの持つ『秘密の能力』はこのサークルが普通ではないことを示していた。

秘封倶楽部の裏の顔。それは張り巡らされた世界の結界を(勝手気ままに)暴き出すサークル。
均衡を崩す恐れがある故、一般には禁止されているその行為は、蓮子とメリーの好奇心までも縛ることは出来ない。
星と月を見るだけで時間と場所がわかる蓮子の眼。
結界の境目が見えるメリーの眼。
二人の能力が合わさればこの世の不可思議など嬉々として暴きに暴いてしまう。
彼女らにとって、青天の霹靂こそが日常。二人にとって、多少の危険は付き物。


そう。蓮子とメリーはこの現代社会において常識とは少しかけ離れた、ちょっぴり普通ではない少女たちだった。


たくさん。
たくさんの場所を、メリーは蓮子と共に見て歩いた。
山。河。街。果。
花。草。砂。夢。
船。墓。闇。空。
星。月。人。妖。


それらは確かに、日常と非日常の境目。
夢と現の狭間で少女は、色々な冒険をしてきた。
時間はあっという間に過ぎていくもので、この楽しい時間が永遠に続けばいいのにとメリーはよく思うのだ。
青春を謳歌する少年少女が心に描く夢を、メリーもまた思い出に深く繋ぎ止めていた。

本当に大事な宝物は、夢ではない。
不思議でもなく、光景でもない。
もちろん能力なんかでもなく、思い出でもなかった。

今だ。
今、このとき、この瞬間こそが。
この手に繋ぐひとときの温もりこそが。
メリーにとって、代えることの出来ない何よりの―――大事な大事な、たからもの。



「ねえメリー! 来週の日曜なんだけどさぁ、次はあの噂を確かめに行ってみない?」



始まりはいつも親友のこんな言葉。
大学のカフェでお気に入りの珈琲を飲みながらメリーは、興奮する親友に微笑みながらこう返すのだ。


「面白そうね。でも蓮子? 旅行の費用だって馬鹿にならないわ。またバイトしてお金貯めなくっちゃあ―――」



この時ばかりは、どこにでも居る他愛の無い、けれどもちょっと変わった少女たち。
秘封倶楽部の実態は、ごく普通の少女たちが夢を追う、ごく普通の居場所に過ぎなかった。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽





どこか、幸せな夢を見ていた。
大晦日の深夜。二人で過ごした年明けの星々。彼方鳴る除夜の鐘。
ひび割れたねずみ色の空の下、私は蓮子と再会できた。


「あ…あぁ…! 蓮子…っ! 蓮子ぉ…! 私…っ、わたしも…嬉しいの!
 蓮子に、ずっと会いたかった…! 生きて……また貴方と話したかったの……っ!」


怖くて怖くて仕方なかった。
今までたくさんの危険を渡ってきたけど、殺し合いなんて物騒すぎるイベントに巻き込まれたのは勿論初めてだ。
幸か不幸か、親友蓮子もこの会場のどこかに居るらしい。

会いたかった。
彼女もきっと自分と同じに、怖くて震えていると思った。


「もう離さないわ。メリー。貴方だけは……二度と誰にも 渡 さ な い 」


だから夢の中で蓮子と再会できた時は、嬉しくて、ホッとして、思わず泣いてしまった。
蓮子の姿。蓮子の声。蓮子の笑顔。蓮子の匂い。
紛れもなく、我が親友・宇佐見蓮子と生きて会うことが叶った。


あぁ……神様がいるのなら、本当にありがとう。













「この世界に神なんていないのよ、メリー。……いい加減、目を覚ましなよ」













聞き慣れた声の、聞き慣れない冷たさ。
一足早く夢から覚めた子供の冷笑が、そこには浮かんでいた。



▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
『マエリベリー・ハーン』
【昼】C-3 紅魔館 エントランスホール


幸せ“だった”夢から覚醒すれば――――――『紅』。
見渡す限りの紅が私の視覚を埋め尽くし、現へと引き戻した。
夢は現に変わったのだ。更なる『悪夢』という、この上なく残酷な現実へと。


「…………ぁ、れ……? わた、し……確か、ポルナレフさんと一緒で……」

「おはようメリー。ずいぶん気持ち良さそうに寝てたじゃん。きっと幸せな夢でも見てたんでしょうね?」


目覚めのベルは私にとって、慣れ親しんだ親友の鳴らす号鐘。
でも、何かがおかしい。彼女の響かせる鐘の音は、こんな淀んだ音ではなかったハズだ。
それに何より……

「れん……こ……! そうだ、私……あのひまわり畑で……!」

「メリーに纏わり付いてたあのホウキ頭なら私が追っ払ってあげたわ。他にも変なカウボーイハットの男とか変な髪型マントの女も居たけど、今頃全員喰われてるんじゃない?」

身体を半身だけ起こした私の目に映った蓮子の眼が。
今まで見たこともないような漆黒の闇を交え、私を冷たく見下ろしていた。
いつもの秘めた能力を持つ透き通った瞳とは全然違う、沼に浸かりきったような濁りの瞳。

思い出した。
蓮子はDIOの『肉の芽』に操られ、あの青い天女みたいな女の人と共に私たちを襲ってきたんだ。
そして私は、今は帽子に隠れている蓮子の額に巣食う肉の芽を直視して、夢の世界に迷い込んだんだった。

「れ、蓮子っ! お願い、正気に戻って! 貴方は操られてるのよ!
 ここは何処!? ポルナレフさんたちをどうしちゃったの!? 喰われたって、どういうこと!?」

「あーあーゴメンねメリー。色々訊きたい気持ちはわかるけど、残念ながら今の貴方に質問する権利は無いわ」

少し黙ってろ。蓮子が私の口元に差し向けた刀は、そんな有無を言わぬ迫力を物語る。
私はまたしても泣きそうになった。今度は嬉し涙ではなく、絶望を孕んだ哀しみの涙だ。


そして、蓮子の醸し出す迫力など上から叩き伏せるかのように。

次の瞬間、圧倒的な『負』の迫力が金縛りとなって、私の全身を硬直させた。





「――――――人間は何故……空を飛べたのだと思うね? 麗しきマエリベリー・ハーン」





低く、地の底から湧き出てきた絶望を体現したかのような、声。



「……あぁ、質問の仕方が悪かったかな? 人は何故、飛行機を作り、それに乗り込んだのだと思う? 人類が空を飛ぼうと思った理由を訊いているのだよ」



深い地下から這い現れたような声は、しかし遥か高みから見下すような傲慢と威厳を携えて降りかかる。

途端に全身から汗が噴き出た。

後を追って、歯がカチカチと不規則な音を立て始めた。

皮膚を突き刺す禍々しい寒気が、体中の血液を凍結させる錯覚に戦慄した。

背筋を這う予感に、喉の奥でゴクリという音が鳴った。



「少なくとも私が生まれた時代では、機械が空を飛ぶなど不可能だということが世間での常識。完結した一般論だった。
 目まぐるしい産業と貿易の発展が、人間の思想と生活を著しく変えた科学の時代だったにもかかわらず、だ」



その男は、かつてモノクロの竹林で見た男。
ヴァーチャルの感覚は、リアルより人間の感覚を刺激するという。
夢と現は区別出来ない様に、人間と胡蝶とを区別出来ない様に、
ヴァーチャルとリアルは決して区別出来ない、というのが私たちの時代の常識。


―――そんな鉄の常識を粉々に砕くほどの、絶対なる『悪』の存在。

―――今、私の目の前に居る男は、かつて夢で出会ったヴァーチャルなどよりも……遥か熾烈な存在感を放ち続けている。

―――あの時のような夢なんかじゃない。この現は紛れも無くヴァーチャルを凌駕し、私の心臓を鷲掴みにしてきた。



言葉が、出なかった。



「ふむ……もう少し肩の力を抜きたまえ。……『あの時』のように。
 言葉が出ないのなら代わりに蓮子君に訊こうか? 人間はどうして空を飛ぼうと考えたのだろう。
 古代からの夢だったから? 利便を得たかったから? 地上を見下ろし、優越に浸りたかったから? 何故だ蓮子?」


紅い洋館のホール。いつか見た夢の中で出た、真っ赤なお屋敷。あの時は確かお茶をご馳走になって、お土産にクッキーまで頂いた場所。
今は違う。ここは悪魔の住む根城。階段上に佇むその男は、私から隣に居る蓮子へと質問の標的を変えた。
私には男の質問の意図が理解出来なかったし、とても返答できるような思考状態ではなかったのだ。


「それはとても簡単な答えですよ。人間は『飛ぶ為に』空を翔んだのです」


だから間隙入れず男の質問に冷静に答えた親友の姿を見て、蓮子が私の知っている蓮子ではないことをまた痛感した。
そのあまりにも静かで折目高な様は、逆に私の思考を段々と冷静にすらさせた。

「流石は未来に生きる優秀な学生だ。いや、君たちにしてみれば未来ではなく現代なのかな。
 とにかく正解だよ蓮子君。まさにその通り、物事の問題はもっと根本にあった。人は飛行機を動かす為に空を翔けたのさ」

男は薄く笑いながら拍手を軽く三回、蓮子に惜しみなく披露する。
“飛ぶ為に空を翔ぶ”……一見答えにならないその回答は、果たして私の頭を余計に困惑させてしまった。
そんな情けない姿で戸惑う私を見て蓮子は、やれやれと補足を差し込んでくる。


「世界初の有人動力飛行を成功させたライト兄弟が脚光を浴びるまで、世の教授や科学者は『飛行機を人間に操縦させる』なんて発想が全く無かったのよメリー。
 信じられる? かの兄弟が『自らをパイロットとし動力となる画期的戦略』を実践するそれまでは、余所の実験プロジェクトなんて動力機体の開発しか眼中に無かったんだから」

「その通り。今でこそ数多の飛行機を滑空させている操縦者だが、当初は機体に乗り込んで操縦させようなど露にも思い付かなかったのだ。
 何せ空の遊泳には常に死の危険が付いて回る。わざわざリスクを背負って自ら動力になろうとは誰も考えなかった」


男と蓮子は、まるで大学の教授と学生のような他愛の無さで偉人の歴史を語る。
徒然と誇らしげに話す親友の顔は、どこか楽しそうで。
どうして彼女の隣に居るのが私ではなく、あの男なんだろうと。
ちょっぴりだけ、心の奥から嫌な気持ちが漏れた。


「ライト兄弟とは、初めに勇気を持った者たちのことだ。翼を眺めるのではなく、己の手で、足で、翼を動かそうと考えた者たちだ」


男性にしては嫣然とした面持ち。
ヴァーチャルにはとても実演できない、神秘的な説得力を持つ言葉の一つ一つ。


「こうして人間は『空を飛ぶ為に空を翔んだ』のだ。古来よりの人が持つ夢を叶える為に、勇気ある者だけが操縦桿を掴むことが出来た」


男がせせら笑う。
恐怖し、迷い歩く私の頭を天上から俯瞰して、ただ笑う。


「……さてメリー君。君はどうだ? 操縦桿を掴める者か? はたまた地上から、翔ける者たちを見上げるだけの臆病者か?」


男の言いたいことは、何となく理解出来てきた。私の『意志』を試している。
でも、私は――――――。


「怖いのねメリー?」


親友の声が、誰よりも私の心を乱す。


「誰だって最初は恐怖するものよ。私だってそうだったんだから。
 でもね、ライト兄弟が夢を叶えたのは彼らが独りじゃなかったからよ。隣に同じ志を持つ者が居たから。
 ……メリー。貴方は決して独りじゃない。私と一緒に行こう? 一緒に手を繋いで、空を翔ぼう?」


蓮子が私の耳元で、囁く。
それが私にとっては何よりも怖い。心が究極に揺さぶられるから。
付いて行ってはいけないと、理性に制止される。
親友を連れ戻さなければと、感情に扇動される。



「―――ねえメリー。ふたりで『天国』まで、翔ぼう?」



くらり。



足元が揺らぐ。視界がぼやける。

ふらついた私の肩を、蓮子が優しく支えた。

この手を払わなければならないのに、私は彼女を、

どうしても―――拒絶できなかった。

蓮子は空を翔んでいるんじゃあない。

墜ち続けてるのだ。重力に見放され、ねずみ色の空に向かって落下しているだけだ。

飛行機だって鳥だって、片翼で飛ぶことなど出来はしない。翼は両翼揃ってこそ、初めてその目的を叶えることが出来る。

だったら私は、独りで墜ち続ける蓮子の手を掴むべきなんだろうか。

掴んで、引き戻してあげるべきなのか。



それとも、一緒に――――――



「―――そういえば、まだメリー君とは自己紹介もしていなかったね」


ふと思い出したかのように、男は口を開いた。

「久しぶりだね。いや、初めましてかな? 『夢の中』では楽しい時間をありがとう。
 だが君と実際会うのは“コレ”が最初だ。従って、もう一度名乗らせてもらわなければな」

気さくにも見える空気の裏で、男は心底異質な笑みを浮かべて。



「私の名はDIO。ディオ・ブランドーという。今後ともよろしく、メリー君」



私たちは今再び邂逅を果たしてしまった。


出来ることなら二度と会いたくないと願っていた。
あの夢の中で私はDIOと話して……心が安らいだのだから。
次会えば、今度こそは逃げられない。身も心もこの男に懐柔されてしまう……
そんな底なしの不安が、澱んでいた。


「さてメリー君。私の記憶が確かなら、まだ『あの時』の答えを貰っていないね。もう一度だけ、訊こうか。

 ―――私と友達になってもらえないだろうか?」


手を差し伸べてDIOは語りかける。
この男の狙いが分からない。私なんかと友達になって、何がしたいのだろう?

嫌だ。怖い。助けて。
祈る想いは等しく恐怖に塗り潰され、私に逃げ道がないことを悟らせる。
ここで私がよしんば逃げられたとして、残った蓮子はどうなるのか? 一体誰が彼女を救えるというのか?


この世界に神など居ない。
少なくとも、私も蓮子もどこにでも居る普通の女の子だったハズなのに。
秘封倶楽部とは、ごく普通の私たちふたりが夢を追う、ごく普通の居場所だったハズなのに。
殺し合いなんて出来ないのに。
人を傷付けるなんて出来ないのに。


ただの女の子である私が、どうやってこの天性なる“悪”の魔手から親友を救うというのだろう。


「ねえメリー? 貴方も“こっち”へおいでよ。DIO様と一緒に来れば恐怖なんて無くなっちゃうんだから。
 ねえメリー? 友達の私が誘ってるのよ? きっと楽しいよ! 辛いことなんて全部取り除いてくれるよ!
 ねえメリー? 私たち、友達じゃない。これからはずっと一緒に居られるよ?
 ねえメリー? 私はメリーのこと、好きよ。だから、ね?
 ねえメリー? 早く来なってば。
 ねえメリー? どうしたの?
 ねえメリー? 一緒になろう?
 ねえメリー?
 ねえメリー??
 ねえメリー???」


狂った人形のように唱え続ける蓮子は、どこだかひどく蠱惑的に映って。
それは私からするとDIO以上に妖しく、情欲で、愛染としていて…………蕩けるほどの甘美な、誘惑の蜜。


(そう、よね……。蓮子と一緒なら私も…………)


限界が来たのかもしれない。
DIOは狡猾だった。この男はきっと、私を手中に入れるためにまず蓮子を傀儡にしたんだ。
酷く衰弱し果てた私の心に透き通って侵入してきたのはDIOではなく、他ならぬ親友の言葉だった。


「―――蓮子、わたし…………」

「何も言わなくて良いよメリー。私には貴方の考えてること、全部分かるんだから」


ドロドロと溶け出す心に穿たれる穴を、早く塞ぎたかっただけ。
必死を通り越して、私は半ば諦めた。この穴を塞ぐ方法など、目の前に転がっているから。
放っておけば私は、きっと立っていられなくなっちゃう。二度と光を見ることも出来なくなっちゃう。


『こんな恐怖からは、一刻も早く逃げ出したい』


最後の最後、溺れる私が必死に腕を伸ばして辿り着いた結論は。

蓮子を救い出したいという親愛の気持ちよりも―――この恐怖から抜け出したいという身勝手なエゴが勝った。


「貴方の選択はきっと許されるわメリー。だって人間なんて、所詮エゴイズムの塊なんだもの。
 いいえ、例えこの世の全ての人間がメリーを許さなくとも、私とDIO様だけは貴方の味方になれる。なってあげられる」


蓮子は本当に私の心でも読んだかのように、今私が最も欲しい言葉を投げかけてくれた。

あの時……戦慄の竹林で肉の芽に支配されたポルナレフさんと相対した時。
そこには仲間があった。ツェペリさん。幽々子さん。ジャイロさん。神子さん。そして、阿求。
そこには手段があった。魔を浄化する波紋。無限の可能性を持つ鉄球。そして、迷いを断ち切る白楼剣。
数々の仲間が手段を併せ持っていたからこそ起きた奇跡。その煌きは、一人の男をDIOの支配から解き放った。


じゃあ今は?
仲間なんていない。手段もない。
奇跡は二度も、降ってこない。



―――だったら私は、決して起こらない奇跡に祈るより……蓮子と一緒に空を墜ち続けた方がきっと、楽。



「行こうよ、メリー」



親友の一言が、揺らぐ私への最後の一押しに。
人間は空を飛ぶ為に、空を翔んだ。
そうだというのなら、私が操縦桿を握るのは……本当に空を翔ぶ為?
違うのかもしれない。ただ私は、空を墜ちる為の楽な口実を欲していただけ。
恐怖から逃れる為に、目を瞑って永遠に墜ちていける場所が欲しかった。
その隣で蓮子が微笑んでくれるのなら、もはや私が迷う意味も意義もありはしない。



―――どこまでも墜ちよう。そして、堕ちよう。蓮子と共に、永遠に手を繋いだまま。



かくして私は、空を翔んだ/墜ちた。
右も左もわからない無重力の中、落下の先には深淵のみが大口を開けていた。
ここは夢か現か。そんなことはどうでもいい。
立つことすら出来ない真空の雲界を、今はただ蓮子と。


―――私はもう、どこへ向かうことも出来ない。空の上では、立ち上がりようがないもの。

―――こんなふわふわした空間で、恐怖に立ち向かおうだなんて芸当……普通の女の子である私たちには土台不可能だったのよ。

―――そう、私なんかが恐怖に『立ち向かおう』だなんて…………





『“勇気”を持つために必要なのは蛮勇ではない。“恐怖”を恐れている自分を知ること、これが一番の初歩じゃ。
 安心せい、君は“勇気”を持とうと“立ち向かう”最中におる』




それは突発的だった。
脳内に語り響くあの人の優しげな声が、蓮子と共に歩き出そうとする私の足を止めた。


「どうしたメリー君? 私は君とお話がしたいだけなんだ。さあ、こっちへ……」

「メリー……? 大丈夫だからさ、早く行こう? 何も怖がることなんて無いんだよ」


これまで黙して見ていたDIOも、私の腕を取って歩き出す蓮子も、俯く私をじっと覗き見る。
私は階段に足を掛けた所でピタリと留まっている。すぐ上にはDIOが腕を差し伸べて待ち構えているというのに。




『“勇気”を持ち、自分の“可能性”を信じてほしい。わしから言えるのはそこまでじゃよ』




ずっと遠くだった。
墜ちゆく私たちの、何処か彼方の果てから、ずっと遠く。
泣きじゃくる私に『勇気』と『可能性』を教えて死んでいった、ツェペリさんの声がそこから届いた。


頬を撫でる風が止んだ。
代わりに空に浮かぶ潮騒の演奏が始まった。
地には雲。天には海。
そんな幻想的な風景から一転。いえ、半転かしら。
Zero Gravityから解き放たれた人間は新しい文化を築き上げる、とは現代のアフォリズム。

足を掛けた階段の感触を、今一度確かめる。
私は深呼吸して、目を開けた。
そこには確かに紅に拡がる地面があった。重力があった。
深淵を墜ち続ける私の姿は既に見当たらず、あるのはただひとつの事実。



「―――わ、私は……っ! 絶対に墜ちたりなんかしないわ……! もう逃げない! 『恐怖』と向き合ってみせる!」



見上げた瞳の中心には、面白くなさそうに私を見下ろす化け物の敵意。
DIOの視線から放射されるそれは、私の立ち向かう全身を刺し……だがすぐに鳴りを潜めた。
観察、されているのだと思う。奇妙な行動を繰り返す動物を興味の目で観るかのような、実験種の観察。
望むところよ―――と言いたいけど、私の足はとっくに震えている。涙ぐましい虚勢だ。
でも、墜ちゆく私の手を取ってくれたのはツェペリさんだった。だったら私がこのまま誰も彼をも巻き込んで墜ちるなんて、それだけは絶対に許されない。


「私たちの操縦桿を握るのはDIO……貴方じゃない! 私は自分自身の意志で翔んでみせるわ! 地上から翼を眺める臆病者は……あ、ぁ貴方の方よっ!」


言った。言ってしまった。
破滅を飼い馴らしたようなこの邪悪相手に、たった一人で啖呵を切ってしまった。
味方なんて誰も居ないこの悪魔の城で、男の怒りを買う威勢で食って掛かってしまった。

瞬間、私の首に冷たい殺意が宛がわれる。
どろりと黒ずんだ、気持ちの悪い殺意だった。

死んだと、覚悟した。
当然だ。DIOにとってみれば私なんて、周りを飛び交う鬱陶しい小蠅と変わらない。
アイツがちょちょいと手を捻るだけで私は、あっという間に十を越える肉片へと変貌するに違いない。


「……メリー。アンタ、よりによってDIO様に何を言ったか分かってんの……!? 撤回しなさいよ!!」


ところが私の首筋を狙った殺意の正体はDIOでなく、蓮子の手から妖しく放たれる刀の光沢だった。
ある意味では親友の手によって死ぬのもまた、幸せなのかもしれない。そんな馬鹿げた考えすら頭をもたげるほど、私は死の一歩直前で命綱を握られている。
同時に現在の蓮子は、私の命なんかよりあの男の機嫌の方がよっぽど大事なんだなと痛感し、悔しくなる。妬ましくなる。悲しくなる。
それらは針を一周振り切って、幼稚な感情として私の認識へと新たに植えつけた。
即ち怒りだ。他の誰でもなく、宇佐見蓮子というただ一人の親友に対して私はあろうことか、段々とムカついてきたのだ。
友達だからこそ怒りを覚えるのだし、これまで幾度となく喧嘩くらい経験してきた。今更彼女の頬を思い切りひっぱたいたって誰も文句は言わないハズだ。叩かれた本人以外。

さて、私が最初に振り絞った勇気を親友の滑らかな頬にどうやってぶつけてやろうかと悩み始めた時、実に予想外な音がホールに鳴り響いた。



―――パチ  パチパチ…… パチパチパチパチ



DIOの拍手だ。稀代のオペラコンサートの終焉でも飾るような仰々しい拍手を、あの男は私に振り撒いていた。
唖然と見上げる私と蓮子を差し置き、DIOは椅子からすくっと立ち上がり(何であんな場所に椅子が?)口を開いた。

「成る程、メリー君……君は私が思っていたよりも、いや想像以上に強い女だ。
 正直な所、私や蓮子が手招きした所で君を“堕とせる”とも思っていなかったけどね。このDIOが二度も誘った人間は君を除けばあのポルナレフくらいだよ」

それは光栄ね、と余裕のある言葉遊びでもやりたかったけども、残念ながら今の私にそこまでの度胸は残されていない。
本心では笑いの止まらない膝を如何にして周りから隠すか、そればかりに集中している。

「……私は強くなんか、ないわ。ツェペリさんたちが居たからこそ、ようやく立ってる体を成せているだけだもの」

「強いとも。君は自分で想像している以上に強く……そして弱い存在だ。
 このオレを睨みつけるその瞳……懐かしい女を思い出す。オレの大嫌いな……聖女の瞳だ」

紡ぐDIOが一瞬だけ見せた心の内。
忘却の向こうに映った堪え難き記憶を歯噛みしながら望んでいるような瞳が、私のモノと衝突する。
しかしそれも一寸の光景。DIOはすぐに元の風格を纏い直し、再び私に薄ら笑みを傾けてきた。

「夢の中で君と会話した時にも感じたよ。君の纏う匂いはどこか神聖で、どこか気高く、どこか奔放で、どこか懐かしいと。
 そしてすぐに思った。メリーはまるで『聖女』だ。聖なる女は私にとって少々苦い思い出もある、ハッキリ言うと苦手な部類でね」

「そのわりには……勧誘熱心みたいだけど」

「“だからこそ”だよ。私は君が苦手だが、同時に好きでもある」

男の人と向き合って「好きだ」と言われるシチュエーションが、これほどまでに夢のないモノだとは思わなかった。
果たしてDIOは私の何をそんなに気に入ってくれているのか、逆に興味が出てきたくらい。

「物事は複合的だ。繋がっていて動機や目的が一つだけとは限らない。
 端的に言えば君の『能力』、そして『存在』そのものが私を惹きつけてくれる」

「能力……と、存在そのもの……?」





その『時』…………と認識する瞬間ですら遥か手遅れだと、体が発した危険信号。





私からすればその時、としか言えなかった。
その時、私の眼前からDIOが消えた。そして次に瞬いたその時、圧を放つプレッシャーは私の背後から感じたのだ。
何を言ってるのかわからないですって? 私自身が一番わからないんだもの、しょうがないわ。


「私にも自慢の『能力』はあるんだよ。……実際は自慢しようにも出来るわけがないので、そこが唯一の弱点なのだがね」


耳元で囁かれた悪魔の声に、私は振り向くことを含めた全ての動作を金縛りにされた。
瞬間移動、かと思ったし、それ以外の現象をこの数秒で説明できるほど私の頭は冷静ではなかった。
こういう物理学的な現象はどちらかと言えば蓮子の専攻学科なのだけど……当の蓮子すら、間近で目撃する圧力に声が出ないみたい。
突然襲った不可解現象(スタンド能力?)に固まっていると、次の瞬間DIOはもう元の階段上の定位置に収まり終わっていた。

「メリー君も私と同じのはずだ。君は自身の持つ能力をただの一度として、誇らしげに自慢したことがあるか? 羨ましがられたことがあるか?
 面接の時、『私はひとつ、面白い能力を持っているのですが』と面接官に披露したことがあるか?」

あるわけがない。動物は基本的に他者の『異能』を排除したがる習性を持つ。ヒトなんかはその最たる種族だ。
親友の蓮子にすら、私の瞳を『気持ちが悪い』と言われたことがあるし、私も蓮子の瞳を気持ち悪いと思っている。

「人は己の持つ『能力』が評価されないことに絶対的な嫌悪あるいは恐怖や苛立ちといった負の感情を覚える。
 逆を言えば、自らの固い器に閉じ込めてきた能力を抉じ開け評価してくれる他人こそが、その者にとって『信頼』出来る相手なのだと私は思う」

「……あ、貴方がその、私の『能力』を評価してくれるとでも……言うの!?」

「君は『空を翔べる』人間だ。言い換えるなら『天国まで翔べる』人間とも。
 『空を翔ぶ』とは、『勇気』と『可能性』を信じるという事だ。君はその能力と素質が備わっている」

DIOが語ってくれた言葉は、表面だけをなぞれば確かに魅力的にも聴こえた。一見すれば正論であり、人心掌握に長けた人物だということがよく分かる。
私の能力は先天性のものであり、何故自分にこんな能力が備わっているのかまるで知らない。
自分自身が持つ『謎』。最終的にはそれを解き明かしたくて、秘封倶楽部にも興味を持ったような節もある。

秘封倶楽部を引っ張っているのは蓮子だけど、彼女は私の能力を利用しようだなんて露ほども思ってない。
DIOと蓮子の決定的に違うのはそこだ。DIOは調子の良いことを語っておきながら、所詮私を利用することしか考えてない。
彼の誘いに乗るということは、私は自らの翼をもぎ取ることと同じだ。空を翔ぶのではなく、DIOによって空に墜とされるということ。
だから私は、彼の誘いを蹴ったんだもの。

「ふーむ利用、利用ねえ。確かに私は君を利用しようとも考えている。だが勘違いしてはいけない。
 人間社会とは他人を利用することで繁栄を繰り返してきた。部下や上司、友人や敵、時には家族すらも利用することで、人は上のステージに至れる。
 とやかく言うがメリー、私は君の『境目が見える能力』を本当に高く評価しているのだよ。君が私の元に来るなら、相応の見返りを与えてもいい。
 本来ならポルナレフや蓮子にやったように、君の額にも『肉の芽』を植えつけて強制的に従わせてもいいのだが、それを『しない』と言っているのだ」

肉の芽。
その言葉を聞くと今でも背筋が凍りつく。
邪悪が植えつけた芽によって、私の大切な人間が次々に不幸な目に遭わされてきているのだから。


「残念だけど、貴方にどれだけこの能力を評価されたって、私は貴方なんかの為に能力は使わない!」

「……それならば一つ。実を言えば私は、君の能力の『謎』について少しばかり『心当たり』があるのだよ。
 そして恐らく、そこにいる蓮子も気付き始めている。知らないのは本人の君だけさ」


え……と、私は息を呑んだ。
私ですら自分の謎については解答にまるで辿り着けないというのに、友達の蓮子だけでなく今日初めて会ったような男にまで真相に手を伸ばされている。
それが身の毛もよだつ得体の知れなさと同時に、これまでのDIOの言葉の中で一番私の興味を惹いた。

「蓮子……? ほ、本当なの? 私の能力について心当たりがあるって……」

「…………」

打って変わって、蓮子は私の質問にまるで答える素振りを見せなかった。
でもその沈黙は、イエスと変わらない。蓮子はきっと、何か知ってるんだ……!

「君の『能力』は、君の『存在』そのものと深く関わっていると私は推察している。
 どちらかと言えば私の一番の興味は能力よりもそこなのだ。君の『正体』……一体何者なんだ、君は?」

何者なんだと言われたって、私は私としか答えようがない。
でもこの世に蔓延る謎の答えというのは、案外近くに転がっていることも多い。
私は阿求から見せてもらった、スマホの写真記事の内容を思い出していた。


―――八雲、紫。私の姿にとてもよく似た、女性だった。


あの人と私に何らかの『繋がり』があるのだとしたら、それが私の正体と関係があるのかも。

彼女は誰? 私は、どうしてもそれが知りたい。


「―――教えてやるぞ。君のことを。そして彼女……『八雲紫』のことも」


やっぱり……!
DIOは八雲さんのことを既に知っているんだ……! 多分、私よりも『核心』に近い……!


「だが私が更なる核心に近づくには、時間と……君の助けが必要なのだ。
 再三言うが、私は君のことをとても面白い人材だと思っている。悪いようにはしない……」


それは本当に、決して悪いばかりの話ではなかったのかもしれない。
何せ長年求め続けた謎の『答え』を、片鱗とはいえ教えてくれると言うのだから。


「―――このDIOの物にならないか……? 君の内に眠る謎を、君と共に解いていこうじゃあないか」


でも、違う。そうじゃないのよ……!
だってこんなの、私たちが追い求めてきたミステリーとは程遠いじゃない!
すぐそこに近道が延びていたって。解答への方程式が目の前に落ちていたって。


私たち秘封倶楽部の本質とは結果じゃなく、謎を追い求めていく過程にこそ光り輝く答えがあるんだから!



「私は誰の物でもない! 私はマエリベリー! オカルトサークル秘封倶楽部所属の……世界の謎を解き明かす、たった二人の片割れよ!」



これが私の最後に叫ぶ、魂からの本心。
何回誘われようと、私の決意は変わらない! 私と蓮子だけの秘封倶楽部が、こんな邪悪なんかに侵略されてたまるもんか!


かつて人間は、空を飛ぶ為に飛行機を作り出した。
それならば、幻想の少女たちは? 彼女たちには科学で創った翼など必要としないらしい。
あのひまわり畑で阿求が教えてくれたことがある。幻想少女の心には皆、翼が生えているのだと。だから彼女らは自由に宙を飛行できるのだと。
現代っ子の私には皆目原理不明な論。そんなの全く理屈になっていないじゃないと、溢れ出る疑問を止める事は出来なかった。
だから、だ。目前の現象に理由を付属させなければ気が済まない私や蓮子、ついでに阿求のようなタイプは、だからこそ飛ぶことなど出来ない。
多くの人間はそういった根拠不明の『謎』を畏れてしまう。それは幻想郷も例外ではなく、そこにある人里の民も皆、空など飛べないらしい。
私はロマンを追う人間ではあるけど、それはあくまで人間という型に嵌まった種族の枠を乗り越えたりしない。

要するに、ただの人間が空など飛べるわけがない。ファンタジーやメルヘンじゃあないんだから。
どれだけ夢を見ていようが、心の奥底でこんな固定概念が渦巻いている限り、この世の全ては押し寄せる重力に負けてしまう。


―――私も空を翔びたい。

―――立ち呆けるばかりじゃあ、ダメ。邪悪の醸す『圧』という重力に負けてたら、蓮子に手を差し伸べることなんて……!



「私は翔ぶわ。空を飛ぶ為に、空を翔んでみせる」



これは宣戦布告。
DIOの掌には絶対に墜ちてなんかやらないという、私が選んだテイクオフ。
この操縦桿だけは、絶対に離さない。


「…………そう簡単に堕ちてはくれないか」


宣言を受けたDIOはボソリと小さく呟くと、蓮子へと首を動かして指を鳴らした。

「地下におあつらえ向きな『部屋』がある。ディエゴや青娥たちが帰るまで、とりあえず閉じ込めておけ」

「はい、DIO様」

指令を受けて頭を垂れる蓮子の姿は、さながら犬のようで。
それは私の知る彼女の姿からは最も遠く、見たくない光景そのもの。いわば悪夢。
夢と現は同じもの。私にとっては今こそが覚めたい現だ。

私の腕を強すぎるくらいに掴んで蓮子は、ホールを去ろうと何も言わずに歩き始めた。
抵抗は無駄だと分かっている。
最後に私は、憎むべき敵の不遜な顎を仰ぎながら親友に連れられた。

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
『ディオ・ブランドー』
【昼】C-3 紅魔館 レミリア・スカーレットの寝室


見た目以上に、想像以上に芯の強い女だった。
ああいう手合いを見ると嫌でも思い出す。宿敵ジョナサン・ジョースターの妻となったエリナ・ペンドルトンを。
メリーの私を睨む瞳が、かつての『聖女』と被って見えた。だからあの女をも掌中に収めれば、私は過去の『マイナス』を帳消しに出来る……との打算あっての勧誘でもあった。

「過去の恐怖をモノにする……簡単ではない、か」

ふと口を突いて出た言葉は、私からすればひどく弱々しい気概だ。たかが女一人に惑わされるなど、私はあの頃から何も変わっていないな。
だがこれは『試練』に過ぎない。私に……このDIOに与えられた戦いだ。
承太郎は既に墜としたも同然。ジョースターの血筋はこれで計二人始末できたのだ。計画は順調。
私の好みとは到底言えない装飾のベッドに体を預け、これまでとこれからをゆっくり思案していく。


『生きる』ということは『欲する物を手に入れるということ』……そして『恐怖を克服すること』。


メリーは必ず私の物にする。大事をとって殺すべきかとも考えたが、それでは我が『仮説』の証明が不可能となってしまう。
私の仮説……それはメリーと八雲紫の密接な関係。ただのソックリさんにしてはあまりにも似通い過ぎている。
特に彼女らの『能力』……『境目を見る能力』と『境界を操る能力』は非常に酷似した中身なのだ。

例えば、メリーが時間を経て成長・進化した姿が八雲紫。
例えば、メリーが平行世界で冠している名や姿が八雲紫。
例えば、メリーが何らかの技術で複製された姿が八雲紫。


―――例えば、このDIOとディエゴのような存在。前述のどれとも違う可能性。同一人物であり、全く別人でもある存在。


仮説を並べ出すとキリがない。が、いずれにしろ残る鍵は『八雲紫』にあるだろう。
二人を逢わせてみるとしよう。きっと『何か』が起こるハズだ。

メリーはこの紅魔館から逃げ出そうとは考えない。少なくとも親友の蓮子を救い出すまでは。
だから蓮子に肉の芽を植え、間接的にメリーを茨で絡めた。今のメリーに私の呪縛をどうこう出来る力など無い。
メリーにも肉の芽を、とは私も考えたが……彼女に対してあの芽は使えない。
リスクが大きすぎるのだ。私がポルナレフに仕掛けた芽をひと目覗いただけで、彼女は私の意識に介入してきたのだから。
となればメリーを私の駒にするには、徐々に『壊したあと』でもイイだろう。
手を下すのは私でなく、友人・宇佐見蓮子。メリーは他の誰でもなく、唯一の親友から殻を剥がされていく。
これも筋書きとしては充分面白い。実に悪趣味なシナリオだがね。


さあ、翔べるものなら翔んでみろ。マエリベリー・ハーンよ。
駕籠に閉じ込められた片翼の小鳥が、如何にして自由を手にする? それを観察するのも、また一興。


―――私が……オレが目指す『天国』とは、翼が無い者には決して届くことのない理想郷なのだからな。



【昼】C-3 紅魔館 レミリア・スカーレットの寝室

【DIO(ディオ・ブランドー)@第3部 スターダストクルセイダース】
[状態]:精神疲労(小)、吸血(紫、霊夢)
[装備]:なし
[道具]:大統領のハンカチ@第7部、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:殺し合いに勝ち残り、頂点に立つ。
1:部下を使い、天国への道を目指す。
2:永きに渡るジョースターとの因縁に決着を付ける。承太郎はもう再起不能ッ!
3:神や大妖の強大な魂を3つ集める。
4:ディエゴたちの帰還を待ち、紫とメリーを邂逅させる。
5:ジョルノとはまたいずれ会うことになるだろう。ブチャラティ(名前は知らない)にも興味。
[備考]
※参戦時期はエジプト・カイロの街中で承太郎と対峙した直後です。
※停止時間は5→8秒前後に成長しました。霊夢の血を吸ったことで更に増えている可能性があります。
※星型のアザの共鳴で、同じアザを持つ者の気配や居場所を大まかに察知出来ます。
※名簿上では「DIO(ディオ・ブランドー)」と表記されています。
古明地こいしチルノの経歴及び地霊殿や命蓮寺の住民、幻想郷についてより深く知りました。
 また幻想郷縁起により、多くの幻想郷の住民について知りました。
※自分の未来、プッチの未来について知りました。ジョジョ第6部参加者に関する詳細な情報も知りました。
※主催者が時間や異世界に干渉する能力を持っている可能性があると推測しています。
※恐竜の情報網により、参加者の『6時まで』の行動をおおよそ把握しました。
※八雲紫、博麗霊夢の血を吸ったことによりジョースターの肉体が少しなじみました。他にも身体への影響が出るかもしれません。


『マエリベリー・ハーン』
【昼】C-3 紅魔館 吸血鬼フランドール・スカーレットの部屋


一寸の光も通さないほどの、地下。
我らが種の怨敵こそあの天に輝く傲慢なる太陽なのだ、と訴えかけるような深い闇の通路を降りてきた。
浮遊感が私の器官を支配する。右も左も分からない、ただ分かるのは私と蓮子は遥か地下を墜ちているのだという感覚。
もしも私が翼を手に入れたのだとして、視界が真の闇に紛れてしまえば、それは無用の長物だ。
人は暗黒の中を翔ぶことは出来やしない。翼がその存在意義を主張するには、『光』が必要だ。
私の目の前全てを神々しく照らせるほどの、強力な耀きが。


『着いたみたいですご主人様~。足元にお気を付けくださいませェ』

「ありがとヨーヨーマッ。さ、メリー入って」


蓮子に連れられ、館の地下の地下……世界の最低まで墜ちてきた私たち二人と、妙な緑色の生物。
ヨーヨーマッと呼ばれているそいつは、まるで蓮子の召使いが如く先導してきた。
この変なのは何者なんだろうとか、スタンドにしては妙に低姿勢で献身的だなとか、そんなことはどうでも良かった。

長い螺旋階段の先で大口を開けていた扉の更なる先には、もっと不思議な光景が照らし出されていたんだもの。

「なに、この部屋……? なんだか……」

「子供部屋みたいね。どこか欠落していて、狂気すら感じるわ」

着いた先には、おもちゃ箱でもひっくり返したような陽気の部屋。
小さな女の子が憧れるお嬢様部屋を、そのまま体現したみたいに飾り気のある彩の綺麗な世界だった。
そのわりに部屋は散らかっていて、成長を喪失した女の子が隔離されていたと言われれば信じてしまえる抽象感。
故に、あまり現実的には見えない。空想を描いたラクガキ帳、とでも言うべきかしら。
窮屈な部屋が醸し出す独特の密室さ加減は好きだけど、この部屋は何か得体の知れなさが沈殿している様で。
何となく……怖い。


「メリーはしばらくここで大人しくしてなさい。DIO様の勧誘に首を縦に振るっていうなら、喜んで出してあげるけど」

「蓮子……さっきDIOが言ってた、私の能力の謎に貴方にも心当たりがある、って話。……本当なの?」

「さあ?」

「もしかして八雲紫さんに会ったの……!? あの女の人は今どこにいるの!?」

「うるさいなあ……っ」


さっきまではそれどころじゃなかったけど、こうして改めて現実を叩き付けられると絶望が私を支配してくる。
宇佐見蓮子という人間は。
秘封倶楽部のもう一人の片割れである彼女は。


もう、ここには居ないのだという現実。


「蓮子ぉ……! 私たち、親友同士だったよね……? それが何でこんな……こんなのって、あんまりじゃない……っ!」


もう少しで嗚咽へと変わり果てそうな私の喉奥から吐き出された言葉は、蓮子の心には届かない。
ただただこちらを睨むだけの親友の肩に、無駄だと分かってながらもしがみ付く。
そうでもしないと、蓮子の心は本当にどこか遠い場所に堕ちて行っちゃうような気がして。
藁をも掴む気持ちで、ひたすら彼女を掴んで揺らした。声を掛け続けた。


「……前から思ってたんだけどメリーってさぁ、」


蓮子に似た声が、決して蓮子だと認めたくない声が、私の耳元のすぐ上から降りかかる。
聞きたくない。今の彼女の声なんて、聞きたくない。


「困ったことがあるとすぐ私に縋っちゃうところがあるよねぇ。打算も込みで、って言っちゃうと悪いけど」


でもこれは間違いなく、親友・宇佐見蓮子の声だった。


「私は貴方のそういう所も好きだったし、実際楽しかったわ。頼られてるみたいで」


ずっと一緒に活動してきた、大切な友達の…………冷えた声、だった。


「でも心の何処かで私は、満足してなかったんだと思う。今自分が居る場所は、本当に自分だけの場所なのか。もっと私に相応しい場所があるんじゃないのか、って」


蓮子。
その言葉は、偽り……?


「DIO様は、そんな風に独りで悩んでた私に新しい居場所を与えてくれた。あの方の為なら命だって惜しくはないと思えるわ」


それとも――――――本心?




「―――秘封倶楽部、もう解散しちゃおうよ。貴方も私と一緒に、DIO様の下で……」

「やめてよッ!!」




パシン。

乾いた音が木霊する。
衝動的に、蓮子の頬を叩いてしまった。
絶対に聞きたくなかった言葉に蓋するように、私はとうとう親友を拒絶した。
コレを受け入れてしまったら、私も蓮子と共に堕ち続ける。それだけはと、固く決断したはずなのに。


―――こんなにも心が痛むくらいなら、もういっそのこと…………


心がまた、揺れる。
でも、駄目。ここで私が恐怖に負けたら、ツェペリさんは何の為に死んだの?
孤独に堕ち続ける蓮子の手を、誰が掴むの?

折れてしまいそう。
負けてしまいそう。
傷付けてしまった蓮子に「ごめんね」と、謝ってしまいそう。

でも私が蓮子に謝るのは、今じゃない。
雨に打たれる砂のように、ポロポロと崩れ始めた秘封倶楽部が。
いつかまた、二人で一緒に立ち上げられるその時まで。


―――私は蓮子の手を、絶対に離さない。


『ご主人様、大丈夫ですか?』

「…………大丈夫、よ。メリーも、きっとすぐに分かってくれると思う。
 でも覚えておいて。もし貴方がこのままDIO様に楯突こうって考えを捨てないのなら……」


そして蓮子は、艶やかな指を私の顎に添えて囁いた。




「私が貴方を殺してあげる」




何よりも非情な言葉が鼓膜を破って、脳に反射する。
そう言って蓮子は部屋の入り口の壁に背中を預け、そのままストンと腰を落とした。
傍らには鈍く光る刀。あくまで私を監視するという役目を全うするだけの、人形。

人形だ、今の蓮子は。
こんな蓮子は蓮子じゃない。

私はまだ、『宇佐見蓮子』と再会を果たしてなんかいない。
蓮子が言ったとおりだ。私はこの期に及んで、どこまでも彼女に縋っていた。



(逢いたい。蓮子に、もう一度逢いたいよぉ…………っ!)



夢から覚めた子供の顔と、
夢を捨てきれない子供の顔とが、
宝石箱みたいな部屋の中で 静寂に埋もれた。



【昼】C-3 紅魔館 フランドール・スカーレットの部屋

【宇佐見蓮子@秘封倶楽部】
[状態]:疲労(小)、肉の芽の支配、メリーへの苛立ち
[装備]:アヌビス神@ジョジョ第3部、スタンドDISC「ヨーヨーマッ」@ジョジョ第6部
[道具]:針と糸@現地調達、基本支給品、食糧複数
[思考・状況]
基本行動方針:DIOの命令に従う。
1:メリーをこのまま閉じ込め、監視する。
[備考]
※参戦時期は少なくとも『卯酉東海道』の後です。
※ジョニィとは、ジャイロの名前(本名にあらず)の情報を共有しました。
※「星を見ただけで今の時間が分かり、月を見ただけで今居る場所が分かる程度の能力」は会場内でも効果を発揮します。
※アヌビス神の支配の上から、DIOの肉の芽の支配が上書きされています。
 現在アヌビス神は『咲夜のナイフ格闘』『止まった時の中で動く』『星の白金のパワーとスピード』『銀の戦車の剣術』を『憶えて』います。


【マエリベリー・ハーン@秘封倶楽部】
[状態]:精神消耗
[装備]:なし
[道具]:八雲紫の傘@東方妖々夢、星熊杯@東方地霊殿、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:蓮子と一緒に此処から脱出する。ツェペリさんの『勇気』と『可能性』を信じる生き方を受け継ぐ。
1:蓮子を見捨てない。
2:八雲紫に会いたい。
[備考]
※参戦時期は少なくとも『伊弉諾物質』の後です。
※『境目』が存在するものに対して不安定ながら入り込むことができます。
 その際、夢の世界で体験したことは全て現実の自分に返ってくるようです。
※ツェペリとジョナサン・ジョースター、ロバート・E・O・スピードワゴンの情報を共有しました。
※ツェペリとの時間軸の違いに気づきました。


137:さよなら紅焔の夢。こんにちは深淵の現 投下順 139:幻想に、想いを馳せて
137:さよなら紅焔の夢。こんにちは深淵の現 時系列順 139:幻想に、想いを馳せて
118:紅蒼の双つ星 ― ばいばいベイビィ ― ディオ・ブランドー 176:
118:紅蒼の双つ星 ― ばいばいベイビィ ― 宇佐見蓮子 176:
118:紅蒼の双つ星 ― ばいばいベイビィ ― マエリベリー・ハーン 176:

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最終更新:2017年12月18日 03:18