kairakunoza @ ウィキ

心のプランター

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だれでも歓迎! 編集
種をまいたら芽が出る。
水の分量を間違えない限り、ゆっくりでも育つ。
大事なのは見極め。
多すぎず少なすぎず、的確な量の水をあげること。



「ただいま」
「おかえり」

お姉ちゃんは想像以上に早く柊先輩の家から帰ってきた。
それに、ただいまという言葉にいつも以上の緊張が含まれている気がしたから玄関まで見にいく。
靴も脱がずにじっと立ったまま、お姉ちゃんは私を待っていた。
待っていたというのはちょっと違うかもしれないけど、とにかく玄関にずっといた。
真っ直ぐに私を見ている。三日ぶりにお姉ちゃんの視線を受け止めた。
いつも以上に真剣な視線を。

「ゆーちゃん、今お父さんは?」
「リビングで寝てるよ」

徹夜したとかで、いつの間にか寝てしまったみたい。
寝てるおじさんの姿を見た時、お姉ちゃんの寝相っておじさん似なんだと思った。

「……ちょっと話があるんだ。外、出れる?」
「いいよ」

断る理由なんてない。
お姉ちゃんも断られることはないと思っていたのか、返事を聞くより先に再び外へと出て行った。
柊先輩の家に言って何があったのかは分からないけど、お姉ちゃんのいきなりの行動を見る限り何かがあったのは確かみたい。
後を追うように靴を履いて家を出るとお姉ちゃんは自転車の隣で待っていた。

「前に、また本屋に行こうって言ってたよね。涼しくはなってないけど今から行こうか」

疑問系ではなく断定で言い切ってお姉ちゃんは自転車にまたがる。
お姉ちゃんの行動の理由がいまいち理解できない
避けている相手を本屋に誘うなんて事は、よっぽどの理由がない限りないと思う。
その理由は、私の思いつく限りでは二つしかない。
拒絶を示すか、和解を示すか。

「後ろに乗っていいの?」
「……う、ん」

二人乗りをさせてくれると分かっているけど確かめる。
返事は曖昧で、少なからず警戒されていることは簡単に感じ取れた。
この前と同じように膝を揃えて荷台に乗って、この前とは少し距離を置いてお姉ちゃんにしがみ付いた。
前はこの状況で「その座り方じゃちょっと危ないからしっかりくっ付いてて」と言われたけど。

「じゃあ、行くよ」

今回はその注意はなかった。分かっていたけど少し残念。
お腹に回した手に少し力を込める。指先に感じるお姉ちゃんのお腹の筋肉の硬直具合から、この前より緊張していることが分かった。
しばらく無言でペダルをこぎ進めるお姉ちゃん。
私は私で何を言っていいのか分からないから、お姉ちゃんの風になびく髪を背中に押し付けて顔を埋めた。

「……三日前。あの時、私はちゃんと起きてたよ」
「うん」

知ってる。
起きていると分かっていたからああいう事をした。
言うつもりはないけど、お姉ちゃんに理解させるために。
お姉ちゃんの中に種をまくために。

「夢じゃないって、分かってる。だから聞きたい」

キィ、とブレーキ音。
少しずつスピードを落として、坂道の途中で自転車が止まった。
止まった状態の自転車に乗ったままでいる事は難しくて、私は荷台から降りる。
お姉ちゃんも自転車から降りてスタンドを立てた。
きっと、本屋に行きたいわけじゃなくて誰もいない場所で話したかっただけなんだと気づく。

「どうして……ああいう事したの?」
「お姉ちゃんはどうしてだと思ってるの?」

私からその理由を口にするつもりなんてない。
私から言ったって、拒絶かそれに近い反応をされることは簡単に想像がつく。
だから言わない。
お姉ちゃんの方から私を意識させるために。
すりこみ現象のように、何も知らないお姉ちゃんに私の存在を植えつける。

「分からないから聞いてるんだよ」

怒っているというよりは、焦っているようなお姉ちゃんの声が路地に響いた。
離れた塀の上を猫が歩いていた。完全に傍観者を決め込んでいる猫の視線がこっちを向いている。
お姉ちゃんは猫っぽいと思ったことが何度もある。
口元がよく猫口になっているからと言うのもあるし、気まぐれで行動がマイペースだからと言うのもある。
お姉ちゃんの喉を撫でたら鳴いたりするのかな……なんて妄想が浮かんで私は手を伸ばした。

「理由なんて……世間一般的な理由だよ?」

キスする理由なんて、私にはそれぐらいしかないよ。
『好きだから』って理由しか、私にはない。
お姉ちゃんは難しく考えすぎてる。
従姉妹だから、同性だから、ありえないって決め付けてる。
だからすぐに見つかるはずの答えが出てこない。
もしそれを見つけたとしても、ありえないからって排除してる。
伸ばした手が、お姉ちゃんの首に触れた。

「……一般的な理由は、今の状況に適用できるの……かな」

ぴくっと僅かに反応しただけで、お姉ちゃんは言葉を続ける。手の平に喉の振動を感じた。
指を上に移動させて、猫にするように喉を撫でる。当然だけど猫のように喉は鳴らない。
でもくすぐったそうに視線を横にそらしたお姉ちゃんは、物理的に無理だけども猫よりも抱き上げたい存在と思った。

「今の状況ってどういう意味?」

逃げられなかったという事に調子に乗って、今度は三日前と同じように目隠しをしてみた。
流石に後ろに逃げられたけど、予想していたからそのまま手を下ろす。
まだ微かに指先に残るお姉ちゃんの喉の温度が名残惜しい。
お姉ちゃんは一歩後ろに下がった後、私が触っていた喉を押さえていた。

「……だってこれは、普通じゃないよね? 非現実的な事だよね?」

同意を求めるようなすがる様な瞳は、『頼れるお姉ちゃん』の瞳ではなかった。
でもこの瞳だって『泉こなた』の瞳には違いないし、こういう表情をもっと見たいとも思った。
これだけじゃない。今まで見たこともないような表情すべてを見たいと思った。
独占欲と呼ばれる感情より、もっと純粋で、でもすごくドロドロとした感情。
一歩近づいて、お姉ちゃんの両手を掴む。
お姉ちゃんは逃げようとしたけど振り払うことはなかった。
振り払おうと思えば出来るぐらいの力で握っていたから、少しどころかかなり嬉しい。
だからとびっきりの笑顔で伝える。
お姉ちゃんの心にまいた種に、水を与える。



「お姉ちゃんがどう思っていても、私にとってはこれが普通で、すっごく現実的な事なんだよ?」



お姉ちゃんの両手の震えと、俯いた表情と、聞こえた場違いな猫の鳴き声を私はずっと忘れないと思う。


















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  • ゆ~ちゃんセクシーだ・・・惚れた -- 名無しさん (2008-04-29 14:41:06)
  • ↓に同感だね。 -- 名無しさん (2007-10-19 21:01:03)
  • ほんとこの人の作品はレベル高すぎ! -- 名無しさん (2007-10-18 04:15:20)
  • 続編待ってました!
    つかさが気になる… -- 名無しさん (2007-10-18 03:01:09)

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